紳也特急 243

…………………………………………………………………………………………
■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,243 ■■■■■■■■■■
 全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
 Shinya Express (毎月1日発行) 
…………………………………………………………………………………………
バックナンバーはこちらから
…………………………………………………………………………………………

~今月のテーマ『雑談は相談』~

●『生徒の感想』
○『「相談しましょう」に違和感』
●『相談は雑談から』
○『「話す」の意味』
●『話すトレーニングが必要』
○『話しが癒しにならない時代?』

…………………………………………………………………………………………

生徒の感想
・私は常に人では無いものに依存してきた。勉強、遊び、部活動など様々なものに依存して、擬似的に自立することに成功していた。心の底では他人を信頼できず、表面上だけの人間関係を築き上げてきた。しかし、それは本質的には自立していないのではないと思い、改めて自分自身に自立とは何かに問いかける良い機会になった。今までの自分は人と距離を置くことで、お互いに傷つけず、依存せず、という関係を築いてきた。それは、人との関わりから逃げ続けただけなのではないか。様々な疑問が自分に投げかけられたように感じた。(高1男子)

・私は経験があります。エッチは好きではないですが、彼が抱きしめてくれるエッチの時間は好きです。でも、彼には恋人がいます。愛がないです。愛がないエッチは無関心なんだと気づいて悲しくなりました。私のこころには全く関心がなく、体にしか興味がないのだと思い知り、分かりきっていたことなのに、こころに染み入り、改めて考えさせられました。それでも彼を嫌いになれない自分が嫌です。一緒に先生の話を彼は聞いていたので、少しでも気持ちを理解してくれたらいいなと願うのみです。本当に先生の話を聞くことができてよかったです。ありがとうございました。(高校2年女子)

 人はどのような時に自分の中のもやもやを解消できるのでしょうか。少なくともこの二人は私の話を通して、何か感じ、自分自身の次のステップにしてくれたように思います。「『助けて』が言えない」という本に関わらせていただいた後に、「ザッソウ 結果を出すチームの習慣 ホウレンソウに代わる『雑談+相談』」という本の存在を教えてもらいました。「雑談」や「相談」ということを改めて振り返ると、自分自身がこれらの言葉をちゃんと理解していなかったことに気づかされました。そこで今月のテーマを「雑談は相談」としました。

雑談は相談

「相談しましょう」に違和感
 最近、若者たちの様々な生きづらさを乗り越えるために、いろんな人が「信頼できる大人に相談しましょう」と言っています。わたしはこの言葉にずっと違和感がありました。平気でこのような言葉を口に出している人にはぜひとも「あなたにとって性的なことを含め、信頼できる、相談ができる人はいますか」と聞きたいものです。そもそも「信頼できる大人」がどこにいるのかという疑問もありますし、そもそも「相談しましょう」という言葉自体が理解できません。なぜなら岩室紳也は意識的に、自分から進んで相談したという記憶がないのです。「それは悩みもなく、よかったですね」と皮肉を言う人もいるかもしれませんが、いろんなことを悩み、苦しい思いもし続けてきましたが、「相談に乗って欲しい」や「どうすればいいと思う?」と言ったことを訴えた記憶がどうしても蘇りません。もし私から相談を受けたという記憶がある方は是非おっしゃってください。
 では、どうやって様々な悩みや苦しみを乗り越えてきたかというと、誰かと話をしたり、いろんな情報(書籍、メディア等)からヒントをもらったりしていたように思います。そこでいつもの癖で「相談」を広辞苑で調べてビックリでした。

相談は雑談から
 広辞苑第七版に、「相談」は「互いに意見を出して話しあうこと。談合。また、他人に意見を求めること」とありました。皆さんにとって「相談」のイメージはどのようなものでしょうか。私は「他人に意見を求めること」と思っていました。ついでに「雑談」を調べると、「さまざまの談話。とりとめのない会話。ぞうたん」とありました。すなわち、先に紹介した「ザッソウ」という本はある意味、話していればいろんなことが解決されるという核心をついているのです。
 言葉は社会情勢で変化するものですが、では、なぜ「相談」が「話し合うこと」から「意見を求めること」に変化したのでしょうか。以前だったら家や学校にしか辞書や百科事典がなかったのですが、IT技術の進歩により、今ではパソコンの中に広辞苑等の辞書が入る時代です。信頼度はともかく、Wikipediaのようなサイトもありますし、ネットで調べればいろんな情報にアクセスできます。今や「百科事典」という言葉も死語のようになっていないでしょうか。すなわち、自分が欲している答えがすぐそこにあると思える社会になっています。

「話す」の意味
 陸前高田市でお会いした岩手県立大船渡病院緩和療科の村上雅彦先生にカール・ロジャーズの言葉「人は話すことで癒される」を教えていただきました。その際に村上先生は「雑談自体も緩和ケア」という言葉も教えてくださいました。広辞苑で「話す」を調べると「言葉に出してつたえる。口で述べる。互いに会話をする。ある言語・方言を使う。(遊里語)遊女を買う」とありました。「話すことで癒される」を現代に当てはめて考えると、「話す行為ではないSNSでは人は癒されない」とも言えます。
 そのような議論をしていた時に、カール・ロジャーズの次の言葉も教えてもらいました。
 
 The only person who cannot be helped is that person who blames others.
 助けることができない唯一の人は、他人を非難する、他人のせいにする人です。
 
 同じ「話す」にしても話す内容も大事になるようです。クレーマーという言葉もありますが、確かにクレーマーになる人たちは、相手を非難する、相手のせいにすることで自己発散はされているのでしょうが、本当の意味で癒されてはいないということになります。

話すトレーニングが必要
 少し横道にそれるかもしれませんが、行きつけのヘアメイクサロンの客が、それも年配者がどんどん離れています。そこは基本的に「理容室」なのですが、女性客も多く、子どもから高齢者までが利用していました。神奈川県内でも若手の育成に定評がある先生がおられ、若い人たちが次から次へとその店を卒業し、それぞれが地元に帰って店を持ち、繁盛させていました。わが家は夫婦でそこを利用していたのですが、最近、うちの奥さんは他の店に替えました。理由は簡単で、若い店員さんと話をしていても「ただ疲れるだけ」とのことでした。「どうしてこちらが客なのに若い店員に話を合わせなければならないのか」という思いが強くなったようです。同様の理由でお客さんが激減しているようでした。そこでふと、なぜ自分はその若い店員の話についていけるのか、というかそれはそれで面白いと思えるのかを考え、ここ何回か、少し聞き耳を立てながら利用していました。
 理容師を目指している人たちなので、それなりにお客さんと話ができていると思っていたのですが、丁寧に聞いてみると、お客さんの話をちゃんと聞けていないようでした。「傾聴」という言葉をよく耳にしますが、店員がお客さんの話を「聞いていない、聞けていない、聞き流している」という印象でした。あるお客さんが旅行で美味しい食べ物と出会った話をしているのに対して、「〇〇コンビニの〇〇ってすごく美味しいですよね」と返していました。「美味しい」という言葉に反応しているとも取れますが、そもそもコンビニで売られているものを美味しく思わない人にとっては耐えがたい反応、会話だと思いました。私自身は若者の食文化を知る上で面白いと思ってしまうのですが、癒しを求めに来ているお客さんが多いので、そのお客さんたちに合わせて話すトレーニングが必要と思いました。

話しが癒しにならない時代?
 確かに「人は話すことで癒される」と話すと納得してくれる人が多いと感じています。しかし、若者たちの状況を見ていると、話す経験が乏しい人たちにとって「話す」という行為に変わる「癒し」が必要なのかもしれません。確かに「話す」かわりに「SNS」という時代なのでしょうが、SNSは癒しになりません。なぜなら目から入った情報はわかったような気になるだけです。また、自分勝手に解釈するので、思いは伝わりません。実際、両親からの虐待で死んで心愛ちゃんはアンケートに「先生どうにかなりませんか」と書いていました。しかし、話さない世代の先生はその「文字」情報を読んで、自分なりに「まだ大丈夫」と思ったのではないでしょうか。「いじめ」といえば「アンケート」という考え方自体、人間が変わってしまった時代にそぐわないのかもしれません。
 一方で、「話す」と言葉尻をとらえて非難される時代です。この風潮が続くと、ますます「話す」ことが怖くなると思いませんか。で、あなたはどうしますか。私はしばらく「人は話すことで癒される」ということを強調し、相手を傷付けたら「ごめんなさい」と素直に謝り、謝った人が許される社会に少しでも近づける、少しでも雑談が増える世の中になるよう頑張りたいと思いました。あらためて肝に銘じたい言葉です。
 
 The only person who cannot be helped is that person who blames others.
 助けることができない唯一の人は、他人を非難する、他人のせいにする人です。
     カール・ロジャーズ
2019年11月1日

紳也特急 242

…………………………………………………………………………………………
■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,242 ■■■■■■■■■■
 全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
 Shinya Express (毎月1日発行) 
…………………………………………………………………………………………
バックナンバーはこちらから
…………………………………………………………………………………………

~今月のテーマ『話し言葉が伝わらない社会』~

●『生徒の感想』
○『インターネットは情報が詰まっただけのサイト』
●『伊丹空港ナイフ事件がなぜ起きた?』
○『口頭の注意耐えられず』
●『短いセンテンスで』
○『耳から情報を入れる機会が激減』
●『目から入る情報はスルーされている?』
○『聞く前に自分の中に正解がある』
●『正解依存症』

…………………………………………………………………………………………
●生徒の感想
 友達との何気ない会話がどれだけ心を支えているかを改めて実感した。自分の悩みを解決してもらえなくても、ただ話を聞いてもらえるだけで充分であると知った。これは、実体験として家族や友人に「今日、〇〇なことがあって…」などと打ち明け、仮に打開策が見つからずとも心のもやもやがスッと消えていくような感覚になったことがあるのを思い出したからだ。自分の中にある負の感情は外に出すことで自分以外にも共有でき、楽になるのではと考えた。これによってその後の行動が変わり良い方向に進んで安心したこともある。仮にヒートアップしてしまっていた場合、聞いてくれた人が止めてくれる可能性もある。そういう人を大切にしたいと思った。(高1男子)
 
 I have attended many events, such as this one, but this is my first, told from a Japanese point of view. He did something that many people fail to. He captured the attention of a flock of high school students. This allowed him to get his points across easily. Marvelously done. From what I understood he came across many subjects in a relatively short amount of time, seemingly without missing any detail, in a calm and steady tempo. He touched on taboo subjects such as aids, sexuality, drugs etc. From what I understood these subjects are rarely discussed in Japan, in my opinion, hi did a great job breaking down the walls, high school students are keen to put up, creating a sort of bond of trust between him and the students, enabling him to teach the students about things otherwise not bought in school in Japan. (Just a foreigner’s perspective. )(高校1年男子)
 この生徒さんの聞く力は完ぺきではないかと思うぐらい、私の講演の分析は素晴らしいと感動しました。
 
 思ったことははっきりと言う。「分からない」という答えは私もよく使うけど、心の中に絶対違うと思っている答えがあったりします。私はそういう時恥ずかしくて言えないことが多いけど、思っていることを相手にしっかり伝えていきたいと思いました。(中3女子)
 
 マイク一本の講演にこだわって生徒向けに話し続けていますが、だからこそこのように考えた結果としての反応が多いように思います。
 「目から入る情報(PowerPoint等)はわかったような気になる。一方で耳から入る情報(会話、等)は想像力を育み記憶に残る」という言葉があります。九州大学の精神科の元教授の北山修先生の言葉です。カールロジャーズは「人は話すことで癒される」と教えてくれています。私の話を聞きながらいろんなことを考えてもらえているのかなと思えると、これからもマイク一本の講演にこだわりたいと思います。
 しかし、最近、この話し言葉が伝わらないことが原因でトラブルが起きていないでしょうか。そこで今月のテーマを「話し言葉が伝わらない社会」としました。

話し言葉が伝わらない社会

○インターネットは情報が詰まっているだけ
 伊丹空港でナイフが保安検査を通ってしまった事件が起きた9月26日、私は北海道千歳空港から羽田に向かっていました。千歳空港で「伊丹空港に向かう飛行機が4時間遅れ」という放送が入っていましたが理由は語られていませんでした。事件を知ったきっかけは、千歳から帰ったその足で近所の行きつけの飲み屋さんに寄ったこと。その店主とはその前日、羽田空港行きのバスで一緒になり、彼はJAL、私はANAと羽田では別々のターミナルでした。
 店主:岩室さんは大丈夫だったのですか?
 岩室:何の話?
 店主:ANAは伊丹空港で大混乱でしたが私はJALだったので大丈夫でした。
 岩室:そういえば千歳空港でも伊丹行きが大幅に遅れていましたね。
 こんな会話があったので帰宅後、インターネットで調べて事件のことを詳しく知ることとなりました。しかし、翌日の読売新聞の横浜版には事件は記事にさえもなっていませんでした。もしその飲み屋に寄らなければ、私はこの事件のことを知らず、今回のテーマも違ったものになっていたことでしょう。もっとたどると、日常的に行きつけの店をつくり、その店主と仲良くなり、顔が見える関係性をつくっていたから今回のテーマにたどり着くことができました。
 確かにインターネットには様々な情報があり、自分から積極的に情報にアクセスすると余計な情報まで入手することが可能です。しかし、9月28日に関西で講演した際にこの事件を知らない人が多数いました。これもまた事実です。

●伊丹空港ナイフ事件がなぜ起きた?
 伊丹空港ナイフ事件とは、空港の保安検査でナイフを持っていることが判明した男性をそのままナイフを回収することなく通過させ、大混乱となった事件でした。報道によると「保安検査員は、男性から「これはええねん」と言われ、通過させたと話している」とのことでした。それに対してネット上では様々な書き込みがありました。「馬鹿な関西オッサン一人の為に大混乱だね。『これはええねん』という自己中心的な発言」といったこの男性を責めるツィートや、「わかってて通した係員を処罰しなきゃ、誰だ、名前と顔を公表して欲しい」といった係員を責めるツィートばかりでした。しかし、問題の本質はもっと違うところにあるのではないでしょうか。そもそもこの係員はこの男性が話している言葉をそのまま信用してしまったり、そもそも会話が苦手でその場をスルーしただけだったりという可能性を考えなくていいのでしょうか。

○口頭の注意耐えられず
 2015年4月17日の読売新聞の人生案内というコラムに「口頭の注意耐えられず」という相談がありました。
 「大学生の女子。18歳です。人から注意されたり、自分の考えを否定されたりすることが耐えられません。私の考えや行動を肯定してくれないと嫌なのです。私に注意をするなら、紙に書いて渡してくれればいいのに文字ならば大丈夫なのに、声で言われるとどうして拒絶してしまうのでしょうか。」
 確かに耳から言語情報を入れることが苦手な人がいます。そのような特性や障害を抱えている場合はその人に合ったコミュニケーションを考えてあげる必要があります。しかし、対面での会話が減り、SNSでのやり取りが増えた結果、いわゆる健常者でさえも聞く力が低下しているのではないでしょうか。今回の保安検査の係員も「これはええねん」と自分の判断を否定されたわけです。その状態になった時に「早く行って」、「あんたに対応するのは『無理』」と思ったのではないでしょうか。

●短いセンテンスで
 言葉による思いの伝達方法がどんどん変化していることを日々感じさせていただいています。先日、ある雑誌に依頼された原稿を提出したところ、「一つ一つのセンテンスが長いので、読者に合わせて短くしてください」との注文を受けました。確かにSNSでのやりとりは短文の連続です。SNSに慣れている人にとって長い文章は苦痛になるらしく、ちゃんと読んでもらえないので短文の連続にして欲しいとのことでした。
 目から入る情報と耳から入る情報の違いにしか関心がなかった自分自身を大いに恥じました。時代はどんどん変化し、目から入る情報ももはやSNSに大きく影響されていることを思い知らされました。となると、耳から入る情報はもっと危機的な状況ということになりませんか。

○耳から情報を入れる機会が激減
 ラジオを聞く若者が激減しているだけではなく、テレビやYouTubeといった媒体でも耳から情報を入れる機会が減ってきています。最近、多くの番組で出演者の言葉にテロップを付けて放送しています。もちろん聴覚障害の方々への配慮という点では適切な対応ですが、聞かなくてもテロップを読んでいれば情報が入ってきます。すなわち、想像以上に耳から情報を入れる機会が減り、その結果として聞く力が低下していると危惧されました。

●目から入る情報はスルーされている?
 「目から入る情報はわかったような気になる」のは文字情報の中に答え、正解が示されているからです。例えば「コンドームの使用は性感染症予防に有効です」という文字を見た瞬間、「コンドーム」の「使用」は「性感染症予防」に「有効」という流れが認識できます。ところが、全く同じ情報を耳から入れるとどうなるでしょうか。
 「コンドーム」ってセックスの時に使って避妊や性感染症の予防になるゴム製品だったよね、何、それを「使用」と言っても使ったことがないのでどうやって使うかを教えてもらわないとわからないし、「性感染症」ってそもそも病気なの。だとするとどのような症状があるんだろう。そもそも「予防」と言われても何がどうなっているのかよくわからないので「有効」と言われてもなぜ有効なのかもわからないからもっとちゃんと教えて欲しい、とならないでしょうか。
 要するに目から入った「コンドームの使用は性感染症予防に有効です」という情報はなんとなく正解をもらったような気になる、わかったような気になるだけで、実際にはわかっていない自分のことをスルーすることができる方法なのです。

○聞く前に自分の中に正解がある
 目、視覚から情報を入れることが習慣化されていると、自分の中に完全な理解が成立していない情報であっても、何となくわかったような気になってしまいます。保安検査場でどのようなやり取りがあったかはわかりませんが、「ナイフ」と言われて反応したものの、「これはええねん」と言われたらあまり考えることなく「いいんだ」と思ってしまったのではないでしょうか。これまで正解を押し付けられ続けていると、相手、それも自分より年配者が「これが正解」と言われたことに対して、「それって違うんじゃないですか」という疑問を挟むことは想像だにしなかった、できなかった人であれば、「そうなんだ」と素直に受け止め、「(どうぞナイフを持ったまま)ご通過ください」となっても不思議ではないと思いました。
 「いやいや、ナイフは持ち込み禁止であって、持ち込みを阻止するために保安検査場があるのです」と思ったあなた。実はそう思えるあなたは相当高度なトレーニングを受けてきた方なのです。「ナイフ」と聞いた瞬間に「持ち込み禁止物品」を「係の私が、お客さまが不愉快にならないように伝えた」結果として、「了解しました」という回答と共に「ナイフを回収する」という行動に出ることが求められています。ところがそのような思考の連続性がないと「これはええねん」となると「そうですか」となり、結果として今回の大騒動となったのではないでしょうか。

●正解依存症
 学校の授業で教わることはほぼすべて「正解」にどうたどり着くかということです。そのため、「正解」を与えられると思考がストップし、そのことを受け入れるように訓練されていないでしょうか。岩室が常々言っている「前立腺がんのPSA検診は過剰診断と5倍の見落としがある」と言っても、「がん」という正解にしか目が行かない泌尿器科の先生たちは、「『がん』の『検診』をして何が悪い」となり、それ以上議論になりません。「PSA検診はええねん」と言っている大御所たちのことを信じて疑わないのは「正解依存症」の日本国民の共通の課題なのかもしれません。ぜひ、今回の事件に学び、正解依存症からの脱却を目指したいものです。


…………………………………………………………………………………………
■御意見・御質問、お問い合わせ
☆岩室先生宛の質問も t.watanabe49@gmail.com 受け付けています。
…………………………………………………………………………………………
■登録/解除の方法
http://www.mag2.com/
「紳也特急」(マガジンID:0000016598)は、
上記URLよりいつでも登録/解除可能です。
…………………………………………………………………………………………

2019年10月1日

紳也特急 241

…………………………………………………………………………………………
■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,241 ■■■■■■■■■■
 全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
 Shinya Express (毎月1日発行) 
…………………………………………………………………………………………
バックナンバーはこちらから
…………………………………………………………………………………………

~今月のテーマ『愚者と賢者』~

●生徒の感想
○「賢い」とは
●「へりくだる」とは
○混乱の原因は岩室に
●事業をこなすな
○皮肉

…………………………………………………………………………………………

●生徒の感想
 岩室先生はいつも「どうして?」と聞いていらっしゃいました。他の人にたずねている時に答えを私も考えていましたが、「だって当たり前だから」とか「だってそれが普通だから」と自分の中で出てきました。でもそれではダメで「当たり前」とおもっていたことに立ち止まって疑いを持ったり、考えたりすることはとても大切だと思いました。(高校2年女子)
 
 自分はレイプもの、同人誌などで抜いていたので、今回の講演会でだいぶショックを受けました。これからは控えます。(高校2年男子)
 
 私は“早く自立したい”と今まで思っていました。しかし、実際は自立することは不可能なんだなと思いました。一人で何もかもできる人はいないし、みんな誰かの助けや支えを必要としていることに気づきました。困ったことや辛いこと、嬉しいことも楽しいことも、話せる友達がいるから“笑顔の私”がいるんだなと思うと、友達の偉大さに気づかされました。時には迷惑だと感じることもあるけれど、そう思えることが幸せなんだと思います。非行に走ってしまう友達と自分も同じことをするのではなく、ダメだということがその友達のためにもなります。なので、私は友達にとって迷惑だと思われても、正しい道を教えてあげようと思います!(高校1年女子)
 
 自分はとてもあいまいに物事を考えてしまう人なので、人に何か聞かれたら「わからない」と言ってしまうことも多いし、アンケート調査の時でも選択するところに「わからない」があったらそこに〇をしてしまうことが多いです。しかし、これからは「わからない」とは言わず、何でもいいから答えることが重要なんだなと分かりました。(高校1年男子)
 
 話の中で自殺の話題がありましたが、自殺をすれば周りの人が悲しむということに気づかされました。私は生きることへの執着心が昔から薄く、いつ死んでもいいと思っています。自傷行為にも抵抗はないです。だけど、私はもっと生きることを楽しみたいと思っていました。命の大切さがわかればもっと大切にできると思いました。岩室医師は経験からしか人は学べないと言っていました。私はずっとどうすれば生きたいと思うことができるかを考えていたので、まずは誰かの葬式に行く機会があった時、命を失う悲しみというものを経験しようと思います。(高校1年女子)

 生徒さんの感想は本当に勉強になります。もちろん感想では把握できない、「何言っているかわからない」という生徒さんもいるのでしょうが、若者以上に大人たちの反応にいろいろと学んだ夏でした。
 大人向けに「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」と話したところ、次のような反論がありました。「ビスマルクが『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』と言っていることと違う」という指摘でした。そこで今月のテーマを「愚者と賢者」としました。

愚者と賢者

○「賢い」とは
 言葉というのはいろんなことを考えさせてくれます。「愚者と賢者」と聞くと、自分はどっちだろうと考えてしまいます。何となく自分は愚か者、すなわち愚者なのかなと思いましたが、いつもの癖で広辞苑を紐解いていました。

「賢い」
 (1)おそろしいほど明察の力がある。
 (2)才知・思慮・分別などがきわだっている。
 (3)(生き物や事物の)性状・性能がすぐれている。すばらしい。
 (4)抜け目がない。巧妙である。利口だ。
 (5)尊貴である。たいそう大事である。
 (6)(めぐりあわせなどが)望ましい状態である。よい具合である。
 (7)(連用形を副詞的に用いて)非常に。はなはだしく。

「愚か」
 (1)知能・理解力が乏しいこと。ばか。あほう。
 (2)程度が劣ること。おろそか。
 (3)ばかげていること。
 
 この「賢い」や「愚か」の記述を読むと、賢者とは到底名乗れず、でも愚者と言われることに抵抗を覚えます。もしかしたら意見をくださった方が「愚者」と言われたことにカチンときたのかなと思ったりもしました。でも、自分のことを「賢者」と呼ぶのもいかがなものかと思ってしまいますよね。どちらかと聞かれると少しへりくだった感じで「愚者」というか「愚か者」と言うと思います。

●「へりくだる」とは
 またまた言葉遊びをしてしまい、「へりくだる」を広辞苑で調べると「他をうやまって自分を低く扱う。謙遜する」とありました。ついでに勉強になったのが、「へりくだる」は漢字で「謙る」、「遜る」と書くとのことでした。「謙遜」の両方の漢字が「へりくだる」のひらがな読みだったのを今更ながら知り、本当に一生勉強だなと思いました。「謙遜」を広辞苑で調べると「控え目な態度で振る舞うこと。へりくだること」とありました。
 自分自身を「愚者」だと言った場合、それは少なくとも「他をうやまって自分を低く扱う」でもありませんし、「控え目な態度で振る舞う」や「へりくだる」でもないと思います。ビスマルクの言葉に学べば自分自身が経験にしか学べておらず、とても「賢者」とは言えず、やはり「愚者」なのかなと思いました。
 「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」という言葉は岩室紳也自身の経験から出てきた言葉でしたので、そのことをきちんと伝えなければ、ビスマルクの言葉とダブらせて考え、自分を愚者呼ばわりされたと思う人が出ても仕方がないと反省させられました。

○混乱の原因は岩室に
 さらに反省させられたのが、「目から入る情報はわかったような気になるが、耳から入る情報は想像力を育み記憶に残る」と言いながら、岩室は大人たちにはPowerPointで話し、若者にはマイク一本で話していることでした。
 
 生徒の感想
 パワーポイントを使わないのは珍しいですが、この感想用紙を書いている時、思い出せることが多く、私にも効果があったと思います。(高校1年女子)
 
 生徒さんには岩室自身が経験に学んできた話をしつつ、「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」を伝え、思いが伝わっているという手ごたえがあったのですが、大人にはこの言葉をPowerPoint、すなわち目から入る情報としてしか伝えていませんでした。それだと、PowerPointを見た人はその人なりの解釈をしてしまうということを改めて突き付けられました。
 しかし、これまで今回のような反応はありませんでした。なぜかと考えてみるといろんな要素が絡んでいました。大人向けの講演をするときは同じスライドを使っても、話し言葉でなぜ「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」となるかについて少し時間をかけて説明をしています。しかし、今回の反応は日本思春期学会のワークショップ「これからの学校におけるインターネット・情報モラル教育」での出来事でした。座長でもある私の持ち時間は25分だったのですが、他の演者が時間をオーバーし、結果的に25分で話す予定の話を15分弱で話していました。当然のことながら詳しい説明を抜きに、目から入った情報だけが印象に残ったようでした。

●事業をこなすな
 私は公衆衛生の世界で常々、「事業をこなすことを目的にしないで、事業の狙いが何かを考えましょう」と言い続けています。ところが今回のワークショップで岩室は座長として与えられた1時間30分という時間をどうこなすかだけを考えていました。ディスカッションの時間を残すべく、自分の講演時間を端折り、いい気になっていました。さらに「岩室先生の話はいつ聞いてもいいですね」と、何度も私の話を聞いてくれている人からの声で「短くてもちゃんと伝わったんだ」と勘違いをしていました。でも、私の話を初めて聞いた人の中には「???」しか残らなかったのです。若い人たちには「事業をこなすことを目的にしてはいけない」と言いつつ、実は自分自身が座長として、ワークショップを無事こなすことしか考えていなかったことを反省させられました。

○皮肉
 もう一つ反省させられた反応がありました。先に書いた「目から入る情報はわかったような気になるが、耳から入る情報は想像力を育み記憶に残る」というのに対して、「発達障害の子どもたちには視覚情報は必要不可欠なのでどう考えればいいのか」という指摘でした。もちろん目から入る情報をすべて否定しているわけでもないのですが、十分な説明をしないで話すと、受け止める側の思いを独り歩きさせてしまい、予想だにしない誤解を生むということを改めて経験させていただきました。
 「これからの学校におけるインターネット・情報モラル教育」の座長という大役を引き受けながら、若者たちのSNSやネットのトラブルと全く同じことを自分がしでかしてしまったというのはすごい皮肉であるとともに、貴重な経験でした。
 
 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
 
 さてあなたは・・・・・・・・。岩室は間違いなく「愚者」です。


紳也特急240

…………………………………………………………………………………………
■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,240 ■■■■■■■■■■

全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース!
性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
    Shinya Express (毎月1日発行)
…………………………………………………………………………………………
バックナンバーはこちらから 
………………………………………………………………………………………… 
~今月のテーマ『できるひとが、できることを、できるときに、できるように』~

●『第26回AIDS文化フォーラム in 横浜』
○『なぜ薬物を使うのですか?』
●『あなたはマジョリティですか?』
○『啓発が作り出す生きづらさ』

…………………………………………………………………………………………


●第26回AIDS文化フォーラム in 横浜
 8月2日(金)~4日(日)にかながわ県民センターでAIDS文化フォーラム in 横浜を開催します。
 https://abf-yokohama.org/
 気が付けば1994年の初回から25年、26回目、よく「どうしてこんなに長く続けられたのですか?」と聞かれます。
 一方で、先日、浦安市で高齢者が住みやすいまちづくりの議論をしていた時に興味深いことに気づかされました。浦安市の高齢化率(全人口に占める65歳以上の人の割合)は17.2%と全国的に見れば非常に若い地域です。もちろん今後高齢化率が急上昇すると予測され、いろんな対策を議論し続けています。しかし、浦安市内を丁寧に見ると、既に高齢化率が40%を超えている地区もあり、そのようなところでは高齢者がお互い様の精神で支え合うまちづくりが進んでいることも明らかになりました。その議論をしていたら、「キーパーソンの〇〇さんがいるから」とある人が発言し、会議の参加者の何人かが〇〇さんを知っていたので「そうですよね」と話が打ち切りになりそうでした。確かにキーパーソンの存在は重要なのかもしれませんが、その時、ふと陸前高田市の会議での議論を思い出しました。

できるひとが、できることを、できるときに、できるように。

 陸前高田市の女性の平均寿命は現在岩手県内の市町村比でNo1になっています。その要因として、いろんな活動がいろんなところで展開されていることが功を奏していると考えられています。それぞれの活動にはキーパーソンがいらっしゃるのですが、陸前高田市の会議で出たキーワードが「できるように」でした。どんなに素晴らしいアイディアを持っている人でも、その人がそのアイディアを、能力を発揮するためには、その人を取り巻く環境、いろんな人と人とのつながりが重要です。「できるひと」には必ずそのひとが「できるように」してくれた環境があることに気づかされました。
 AIDS文化フォーラム in 横浜もできるひとが、それぞれができることを、それぞれができるときに行い、神奈川県が会場を提供してくださったり、様々な団体が寄付をしてくださったり、ボランティアの方々が支えてくださったり、それこそ参加者が参加してくださることで支えてくださったりしてくれているおかげで何とか成り立っています。いい意味で、「みんながキーパーソン」です。ということで今月のテーマは「できるひとが、できることを、できるときに、できるように」としました。

できるひとが、できることを、できるときに、できるように

〇なぜ薬物を使うのですか?
 「ダメ絶対運動」というのを聞いたことがあると思います。違法薬物の覚せい剤、大麻、コカインなどの所謂ドラッグを使う人を減らそうという運動です。何を隠そう岩室紳也も違法薬物を使っている人はダメな、弱い、どうしようもない人と思っていましたし、その人たちと自分自身が関わる必要性を感じたこともありませんでした。そのような人に接することがあっても「ではダルクに行ってみたら」や「芹が谷病院の専門外来に紹介しましょう」という思いしかありませんでした。
 ところがいろんなことを勉強してみると、何とドラッグは一度使ったら絶対抜けられないのではないことをベトナム戦争が教えてくれていたようです。兵士の20%がヘロインを与えられていたにも関わらず、兵役を終え、家族や仲間のもとに戻ると95%の人は何のリハビリを受けることなくドラッグフリーの状態になったようです。薬物依存症となった5%の人たちとの違いは依存先があったかなかったかでした。
 では、実際に日本でドラッグを使う人たちはどうなのかを教えてもらうため、今年のAIDS文化フォーラム in 横浜で当事者の話を、専門家を交えて聞く機会を作ることができました。

 回復を応援する共生社会とは
 8月2日(金)15:30~17:30
 薬物依存症の第一人者の松本俊彦先生と、元NHKアナウンサーの塚本堅一さん、薬物で医業停止2年間の処分を受けた新堂慎二さん(仮名)とのトークセッションです。「共に生きる社会を」ときれいごとはいっぱい並んでいますが、皆さんのお隣に引っ越してきた方が「実はドラッグで刑務所に入っていました。でも刑期を終え心機一転頑張りますので、よろしくお願いします」とあいさつに来られたら皆さんはどのような言葉を返しますか。罪を償った人がまだまだ排除し続けられている社会です。その人たちが再チャレンジできる社会になるために何が求められているのかを考えたいと思います。

●あなたはマジョリティですか?
 セクマイ(セクシャルマイノリティ)、LGBTQ、SOGI(Sexual Orientation Gender Identity:性的指向・性自認)などと言った言葉がよく使われますが、人間は自分の存在を肯定するためにいろんな分類を作って、自分の居場所を確認したがるようです。HIV/AIDSに関わりだした当初、岩室は正直なところゲイの方のことがよくわかりませんでしたし、少し敬遠していました。しかし、いろんな経験を重ね続ける中で、そもそもマイノリティ、障がいの問題はマジョリティの側にいることで安心感を得ようとしている人たちのパワハラと思うようになりました。
 「異性愛者とセクマイという分類であなたはどちらに入りますか?」と聞かれると多くの人は「異性愛者」と答えます。「男が好きですか、女が好きですか」と聞かれると、多くの人は異性を思い浮かべます。ところが、「異性なら誰でもいいですか」と聞かれると「とんでもない」ということになります。ということはその人は「異性の中の『このような条件を満たす』人が好き」ということになり、「えっ、そうなの。私の趣味と違う」と同じマジョリティのつもりの人とは別の存在となります。すなわち、丁寧に見ると全員がマイノリティなのに、そのことを認めたくないから、認めることが怖いから何らかの共通項を見つけてマジョリティになりたがっているだけではないでしょうか。このような話を次のセッションでします。なんとAIDS文化フォーラム in 横浜初のYou Tube LIVE配信付きです。

 マイノリティとマジョリティ~生きやすい世の中とは~
 8月2日(金)13:00~15:00
 YouTuberでゲイのかずえちゃん、自らの、様々な体験から生じたPTSDを、ネットを上手に利用して乗り越えてきた体験を持つインターネットポリシースペシャリストの宮崎豊久さんと一緒に「生きやすさ」や「生きづらさ」とその背景について考えます。
 ★You Tube LIVE配信は【とよさんコミュニケーションズ】というチャンネルで。

〇啓発が作り出す生きづらさ
 自分自身の反省を込めて言うと、「HIV/AIDS予防にコンドーム」というメッセージは実はとんでもない啓発方法でした。「えっ、どうして?」と思いますよね。でも、この「正しいメッセージ」を繰り返し聞いた小学生の気持ちになってください。「HIV/AIDSになった人はコンドームを正しく使えなかった人」ということになります。もちろん「HIV/AIDSになっていい」というつもりはありませんし、ならない方がいいに決まっています。しかし、なった人の立場から考えられるようになると「HIV/AIDSになって何が悪い!?!」となります。
 東京都の啓発イベントで岩室が「HIV/AIDSになって何が悪い!?!」と話したら女装家のブルボンヌさんが「医者でそういう言葉を言う人に会ったことがない」と言ってくださいました。この一言が私にとってすごい応援メッセージになりました。自分で口にしながらも、「HIV/AIDSになって何が悪い!?!」というメッセージの重み、深み、難しさを自分だけだと気づくことができませんでした。「できるように」、すなわち岩室がこのメッセージの重み、深み、難しさに気づけるようにしてくれたのがブルボンヌさんでした。まだまだ深掘りをしたいと思い次のセッションを開催します。

 HIV/AIDSになって何が悪い!?!
 8月3日(土)13:00~15:00
 ブルボンヌ(女装パフォーマー)、長谷川博史(JaNP+理事)、岩室紳也の3人で考えます。長谷川さんが「MCが3人揃ったらどこに話が広がるか全く想像がつかないよね」との感想でした。私自身が楽しみにしています。

皆さんのご来場をお待ちしています。

 

紳也特急239

…………………………………………………………………………………………
■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,239 ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース!

性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
    Shinya Express (毎月1日発行)

…………………………………………………………………………………………
スマホ版はこちらから
http://iwamuro.jp/archives/activity/239

バックナンバーはこちらから
http://iwamuro.jp/archives/172
…………………………………………………………………………………………

~今月のテーマ『専門とは?』~

●『専門外かもしれませんが』
○『資格と専門は違う』
●『学位は手段』
○『生きる力』
●『コミュニケーションの専門家は誰?』
○『みんなで育てる専門性、専門家を』

…………………………………………………………………………………………

●専門外かもしれませんが
 最近、相談メールの最後に「専門外だったりしたら返信は大丈夫です」と書いてくる人が増えています。それも結構高校生だったりします。もちろん、返事をしなかったメールはありませんし、あまり詳しく知らないことだったら、詳しい仲間に確認した上で返事をするようにしています。返事に納得してくれたか、くれなかったかはわかりませんが、とりあえず大きなクレームはいまのところありません。
 「岩室先生のご専門は何ですか?」と聞かれるといつも返事が長くなります。専門というよりは取り組んでいることは複数あります。その一部を挙げると「健康なまちづくり」、「HIV/AIDS診療と対策」、「性教育」、「自殺予防」、「薬物依存症のプライマリケア」、「健康づくりの視点からの犯罪予防」でしょうか。このように説明しても、多くの人はこれらに共通点を見いだせないため混乱するだけですが、私から見れば全部つながっています。医師免許という国家資格は持っていて「専門は泌尿器科です」というと多くの人は納得してくれますが、次の瞬間に「どうして泌尿器科の先生が自殺予防に関わっているのですか?」となります。
 そもそも「専門」という枠は誰のためにあるのでしょうか。「専門は?」と聞かれている本人にとってはどうでもいい定義なのでしょうが、その人を活用しようとする人たちにとって、「専門は〇〇です」と言ってもらえると信頼できるか否かの判断材料になるようです。でも、皆さんは専門家に騙されたことはないですか。そこで今月のテーマを「専門とは?」としました。

専門とは?

○資格と専門は違う
 医師免許という資格を持っていても、その人が医学のすべての分野に精通しているとは誰も思いません。しかし、「専門は泌尿器科です」というと何となく泌尿器科領域については信頼してしまいます。一方で医者サイドからみると医学が専門細分化されてきたため、自分たちが信頼される専門家となるべく、各学会は専門医制度を作り、学会認定専門医という資格を設けています。
 しかし、専門医や指導医と認定されたことで、かえって変な自信が植え付けられたのではないかとも思っています。確かに日本泌尿器科学会認定の専門医、指導医は治療のプロ、専門家ですが、病気の予防のプロ、スクリーニングのプロではありません。病気の予防やスクリーニングのプロ、専門家は公衆衛生関係者です。敢えて「公衆衛生医」と言わないのは、医者ではなくても、ちゃんと公衆衛生を学んでいる人であれば予防やスクリーニングについて的確な議論やアドバイスができます。前立腺がんのスクリーニングになっていないPSAが全国的に行われ続けているのも、スクリーニングの専門家の意見を泌尿器科診療の専門医のみならず、多くの医者が無視し続けているからです。

●学位は手段
 よく「医学博士」という肩書を目にすると思います。このような肩書、学位は大学の教授会で承認された論文を書いた人に許されている称号です。岩室はいろいろあって学位は持っていません。しかし、大学の教授になるためには学位というものは必要不可欠な手段ですので、いずれ大学の教授になって欲しい若手には「学位を取れ」と口酸っぱく言っています。大学教授になるといった目的がなくても博士号を取った方はそれなりに頑張った人だと思いますが、学位を持っていることは専門性、専門家の証明にはなりません。学位論文で取り上げた分野について研究し、まとめたというだけです。さらに多くの人が知らないことのようですが、「医学博士」は医者ではなくても取得できる称号です。

○生きる力
 今回、「専門とは?」を取り上げたのは、文部科学省が現行の学習指導要領が目指している「生きる力」を育む教育が、新しい学習指導要領では「社会を生き抜く力」となったのを受け、ふと生きる力や社会を生き抜く力の専門家は誰なのだろうと思ったからです。
 生きる力が言われるようになったとき、公衆衛生の分野では人が健康になるためには生きる力、すなわちIECという考え方が常識でした。すなわちInformation(情報)をどのようにEducation(教育)をしても、増えるのは知識だけです。その知識を活かしつつ生きる力を発揮するためには、他者とのCommunicationが重要だということを理解していた専門家は公衆衛生関係者ということになります。しかし、生きる力を育むために公衆衛生関係者の力を借りようとした学校はあまりありませんでした。
 また、生きる力という目標が出てきた段階ですでにコミュニケーションの危機が始まっていたことを文部科学省関係者は気づいていたのだと思います。しかし、スマホやSNSといったインターネット関連の環境の激変の結果、社会全体のコミュニケーション環境が変わり、残念ながらコミュニケーションが面倒、苦痛になっている人が増えています。

●コミュニケーションの専門家は誰?
 人は当たり前のようにコミュニケーションを行っているつもりでいます。SNSもコミュニケーション手段の一つだと考えている人も多く、敢えて教育されなくてもコミュニケーションはそれなりにとれるようになるものだと思っていないでしょうか。
 横浜市の思春期の部会で知り合ったインターネットの専門家の宮崎豊久さんにコミュニケーションの語源はラテン語のcommunicatioで、その意味は分かちあうこと、共有することだと教わりました。ということはコミュニケーションの専門家は、分かち合いや共有の専門家ということになりますが、皆さんの周りにそのような専門家はいませんよね。インターネットの専門家はあくまでもインターネットという道具を使うという視点での専門家で、決してコミュニケーションの専門家ではありません。コミュニケーションをとるということ、すなわち分かち合うため、共有するためにはお互いのことを認め合う必要があります。それができないと排除や引きこもりになります。コミュニケーションを分かち合いや共有を育むためのものと理解すると、実は私を含め、多くの人はコミュ障なのかもしれません。

○みんなで育てる専門性、専門家を
 先日、日本産婦人科学会が出そうとしている新型出生前検査(母親の血液検査で胎児の病気が診断できる検査)の新たな指針に対して国がストップをかけたことからもわかるように、専門家と称する人たちは決してその一つの課題に関係するすべての分野での専門家ではありません。産婦人科医は診断と治療の専門家ですが、倫理や障害の専門家ではないため、外部がストップをかける必要性がやっと理解されるようになりました。もっとも分かち合ったり、共有したりする力が弱い専門家が聞く耳を持たないというのはよくあることですが。
 では社会を生き抜く力の専門性や専門家はどのように考えればいいのでしょうか。生きる力の時代の反省点としてコミュニケーションについて深く探求しつつ、コミュニケーション能力を具体的に育てる方法についての検証が不十分でした。さらに分かち合いや共有という視点については個人だけの問題ではなく、社会全体のコミュニケーション能力をどう育てるかも問われています。しかし、一人の専門家がこの難題への答えを持っているはずがありません。今こそ改めて社会を生き抜く力を育むために何が必要で何ができるかを、様々な分野の専門家一人一人が謙虚に考え、分かち合い、共有しつつ、いろんな人が集まることで結果として専門性が高まり、課題の解決へとつながるという考え方を広げる必要があるのではないでしょうか。
 岩室はこれまでコミュニケーションや生きる力について考え、発信し続けてきました。これからは社会を生き抜く力を育成する仕組みの一端を担うべく、考え続けつつ、いろんな人とつながり続けたいと思っています。よろしくお願いします。

 

紳也特急238

…………………………………………………………………………………………
■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,238 ■■■■■■■■■■

全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース!

性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
 Shinya Express (毎月1日発行)

…………………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………………
スマホ版はこちらから
http://iwamuro.jp/archives/activity/238

バックナンバーはこちらから
http://iwamuro.jp/archives/172

…………………………………………………………………………………………

~今月のテーマ『困った時』~

●『生徒の感想』
○『金欠への対処』
●『いのちとこころの支援』
○『考え続けるために』
●『HIV/AIDSになって何が悪い』
○『「なぜ?」と思う自分が恥ずかしい?』

…………………………………………………………………………………………

●生徒の感想
 私はずっと前からセックスとか、大人になってもしなくても子どもはできるものだと思っていました。でも、今日、岩室先生の話を聞いてセックスとかをしなければ子どもは生まれてこないということに改めて気づかされまし
た。(中3女子)

 岩室先生は女の人の気持ちがよくわかってくれていてえ、聞いていて安心しました。「女の人はHをしたくない」本当にそうだなと思いました。自分だけなのかも・・・と思っていたので、とても安心しました。(中3女子)

 「何で女が好きなの?」という質問を聞いて、そんなことを考えたことがなかったので、とても心に残りました。男だったら全員が女の人のことが好きという偏見を自分の心の中で持っていたんだということに初めて気づきま
した。(中3男子)

 私は今回の講演会を聞いていて、とてもびっくりしました。今まで思春期についての講演会では多くはスライドなどを使用して、病気になる原因のウイルスの感染の仕組みなどを見たりするもので、今回のように、あまり口に出して言えないような言葉を使わず、科学的な用語を使ったり、直接的に言わないようにする講演会ばかりでした。しかし、岩室先生は「下ネタ」の中に入るようなワードを何ごともなかったかのようにスラスラ話しているところを見て非常に驚きました。先生がしていらっしゃったネクタイもこの講演会に関係のあるものですが、ネクタイとして使いづらい模様のもので恥ずかしくないのかなととても不思議に思ってしまいました。ですが、講演を聞いているうちに、恥ずかしいと思うのはおかしいことなのかもしれないと思いました。実際に恥ずかしいと思って病気のことを相談したり、思春期のこと
について話ができないと自分が困ってしまうことがわかりました。(中3女子)

 私の話だけではなく、いろんな話を聞くと、それまでの自分の思いの未熟さに気づき、次なるステップに踏み出せると思いませんか。最後の感想の「自分が困ってしまう」という言葉にハッとさせられました。広辞苑で「困る」を調べると、①どうしてよいかわからず苦しむ。また、物事の対処や始末に悩む。困惑する。迷惑する。②金銭や物資などが足りず苦しむ。困窮する。とありました。
 困った時、苦しい時、その状況からどう脱するのかは一人ひとり違います。他の人と話すだけで、気が付けば困りごとを乗り越えられる人もいれば、「相談」という形で他の人を頼れる人、その状況から逃れるためひきこもるという選択肢を選ぶ人、自らの命を絶つだけではなく、多くの人を巻き込む人もいます。その違いは何なのかを考えるため、今月のテーマを「困った時」としました。

『困った時』

○金欠への対処
 金銭や食料、日常生活品等が足りず苦しくなった時、あなたならどうその状況を乗り越えますか。支出を抑える。頑張って働く。泥棒。振り込め詐欺に加担。確かにいろんな選択肢があります。振り込め詐欺で年間何百億というお金が騙されていることだけがクローズアップされていますが、そもそもそのような犯罪に手を染める人と、染めない人の違いは何なのでしょうか。育ち? 環境? 仲間? 本人の資質や障害? 社会?

●いのちとこころの支援
 千葉県浦安市で「いのちとこころの支援対策協議会」の会長をさせていただいています。主な目的は浦安市としての自殺対策について協議することですが、自殺というと多くの人は他人ごとと思ってしまうことと、そもそも自殺というのは命が失われるだけではなく、その背景に心の病の問題もあるため、幅広く「いのちとこころ」をどう支援するかという視点で議論を重ねてきました。
 今回、川崎市登戸で起きた事件は殺人事件でもありますが、自殺でもあります。大量殺人事件と言えば大阪池田小学校の事件、相模原の津久井やまゆり園の事件、東京秋葉原の事件、オウム真理教の事件など、忘れられない事件が繰り返されています。しかし、なぜこのような事件が繰り返されるのかを追求し続けている人はどれだけいるのでしょうか。犯罪心理学の先生たちはいろいろ考えてくださっているのでしょうが、川崎の事件の報道でのコメントを見聞きしながら、事件の根っこのところまでを考え続け、追求し続けている専門家もマスコミ関係者もいないのではと思ってしまい、殺人や自殺を「予防」という視点から考えている人は本当に少ないと思わざるを得ません。

○考え続けるために
 なぜか岩室紳也の頭の中には「なぜ」「何故」「??」がいつもあります。
 なぜ人は自殺をするのか?
 なぜ人は泥棒をするのか?
 なぜ人はセックスをするのか?
 なぜ人はひきこもるのか?
 なぜ人は他人を殺せるのか?
 このように明確な答えがない問題を考え続けていると、本当に少しずつですが、自分の中で答えが見えてくるように思っています。しかし、これを一人だけでやっているとどうどう巡りにもなりますし、行き詰まります。考えることを放棄すれば楽になれるのでしょうが、性分なのか悩み続けています。そして、いろんな人と話す中で自分の中の混乱を整理してもらったり、次なるステップへのキーワードをもらったりしています。すなわち、他の人と話すことが次へのステップだけではなく、自分自身の(「なぜ」「何故」「??」への答えがないという)困りごとの解消になっています。まさしく中3の女の子「実際に恥ずかしいと思って病気のことを相談したり、思春期のことについて話ができないと自分が困ってしまう」という言葉の通りです。

●HIV/AIDSになって何が悪い
 6月から東京都が配信するHIV/AIDSのYouTubeの収録がありました。そこで私が「HIV/AIDSになって何が悪いの」と発言したらブルボンヌさんから「そんなことを言う医者に会ったことがない。岩室さんの考え方、姿勢に感動した」と言っていただきました。で、ふと「なぜ岩室紳也はそのように考えるようになったのか?」と考えてしまいました
 HIV/AIDSにならない方がいいのは当たり前のことです。
 でもHIV/AIDSになる人がいることも事実です。
 ではHIV/AIDSになった人はどのような人なのでしょうか。

 誰かとのセックス、誰かとの薬物の回し打ち、HIVが混入した輸血、HIVに感染している人に刺青を入れた時に使用した針や墨を使われた人のいずれかです。

 こう考えると、「誰もがHIV/AIDSになる可能性があるよね」となります。しかし、そう考えられない人は次のように考えるのではないでしょうか。

 コンドームを使わなかった人。
 男同士でセックスをした人。

 どちらも事実かもしれませんが、誰だってコンドームを使わないセックスをすることがあるでしょうし、そもそも異性愛者が正しく、同性愛者が異常という発想自体が変です。でもこうやって、とにかく他人ごとにしようとする無意識が働き、岩室であれば「間違った正解」と思ってしまう考え方を自分の「正解」として作り上げ、その時点で考えることを放棄する人が多いようです。本当は「自分はなぜ異性愛者なのか?」と考えて欲しいのですが、「異性愛者が正しい」という答えを手に入れた人はやはり考えること、深掘りをすることを放棄します。

○「なぜ?」と思う自分が恥ずかしい?
 岩室紳也は人に「なぜ?」と聞くのは平気ですが、「なぜ?」と聞かれるのが怖い人が多いことも実感しています。相手が何かを発言し、そのことを岩室が理解できないと「どうしてそう思うのですか?」と素直に聞いているつもりです。この言葉を正確に、すべての思いを込めて表現すると「どうしてそう思うのですか?私にはそのような発想がありませんでした。ぜひどうしてそのような発想が生まれたのかを教えてください」というつもりで質問をしています。しかし、聞かれている方は「どうしてそう思うのですか?バカじゃない」と言われているように感じることもあるようです。コミュニケーションのむつかしさと言ってしまえばそれまでですが、すぐ、自分なりの答えを出す習慣が身についている人は「岩室紳也はこういう人」とか、「どうして?」と突っ込まれた時、上手く答えられないと「恥ずかしい」と思い、その恥ずかしさから逃げるための答えを探そうとしているように思います。
 あらためて中3の女の子の言葉を紹介します。

 恥ずかしいと思って病気のことを相談したり、思春期のことについて話ができないと自分が困ってしまうことがわかりました。

 恥ずかしいという思いはいい意味でブレーキになることもあります。しかし、時として自分を困った状態に導いてしまうこともあるようです。それを乗り越えるためにも、いろんな人と恥ずかしさを共有できる環境をつくり続けたいと思いました。中3の女の子に感謝です。

紳也特急 237

…………………………………………………………………………………………
■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,237 ■■■■■■■■■■

全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース!

性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
 Shinya Express (毎月1日発行)

…………………………………………………………………………………………

~今月のテーマ『令和の「予防」を考える』~

●『あけましておめでとうございます』
○『痛ましい事故が続いています。』
●『昭和は「正しい知識で予防」の時代』
○『平成は「自己責任で予防」の時代』
●『犯罪予防、事故予防も健康づくり』
○『令和を「お互い様で予防」の時代に』

…………………………………………………………………………………………

●『あけましておめでとうございます』
 今日は、令和元年5月1日。まさしく新しい時代の幕開け初日です。昭和と平成をほぼ30年ずつ生きてきた人間として、二つの時代を振り返り、次の令和で何が求められているのかを考えてみました。

○『痛ましい事故が続いています。』
 87歳の高齢者が運転する車が暴走し31歳のお母さんと3歳の娘さんが亡くなられました。
 青信号で横断歩道を渡って登校していた小学校3年生の2人が車にはねられ1人が亡くなられました。
 神戸市でバスが歩行者に突っ込み、20代の方が2人亡くなられました。
 札幌でタクシーと軽自動車が衝突し、20代の歩行者が亡くなられました。
 犠牲者の方とそのご家族のことを思うと言葉が浮かびません。皆さんはこれらの事故、事件をどのような視点で注目されていたでしょうか。私は犯罪予防も健康づくりと言い続けているように、これらの事故、事件にも予防という視点が必要だと思っています。

 2015年10月26日、「ポケモンGO」をしていたトラック運転手に、横断歩道を渡っていた小学校4年生の男児がはねてられ亡くなられた事件を記憶されているでしょうか。
 2018年6月5日に東名高速であおり運転、高速道路上での強制停車の結果、トラックが突っ込み、その場にいたお子さんのご両親が亡くなられました。この事件に対して懲役18年の判決が出た時、専門家が「立法時の想定から外れた」や、「判決には一定の抑止効果がある」といった論評をしていました。私は思わず、法律にどれだけ抑止力があるのだろうか。そもそもニュースも見ていない人が増えている中で事件のことを知らない人が多いのではと思っていました。
 高齢者の交通事故の問題はかなり前から話題になっています。ポケモンGOはともかく、運転中にスマホをいじっている人は後を絶ちません。インターネット時代は情報氾濫社会と言われていますが、自分が興味を持ち、直接アクセスしないとその情報に触れることもできず、情報が持つ抑止力も期待できない時代になりました。もちろん高齢者は早く免許を返納し、運転手は前方に注意をし、信号を守ることは確かに正解です。しかし、そのようなきれいごとをいくら言い続けても次なる犠牲者を減らす効果は限定的です。
 今日から「令和」という新しい時代になりましたが、これまでのきれいごとの、あるべき論の予防策ではなく、より実効性のある予防策を考える必要があります。ということで今月のテーマを「令和の『予防』を考える」としました。

『令和の「予防」を考える』

●『昭和は「正しい知識で予防」の時代』
 昭和は様々な技術の革新、発展だけではなく、様々な分野で原因と結果の関連性が明らかになった時代でした。塩分の取り過ぎで高血圧になり、高血圧の人たちは脳卒中になる確率が高いことが明らかになり、医者になったばかりの私は塩分を減らすための健康教育をしたり、尿中の塩分測定をして減塩を促したり、血圧を下げる薬を処方したりしていました。住民の方を、患者さんを正解にどう近づけるかを考え、教育をし、治療をすることが医者の仕事だと思っていました。

 正しい知識を持ちましょう

 この言葉をどれだけ使ったことでしょう。しかし、正直なところ、私の健康教育で血圧が下がった人はいなかったと思います。この「正しい知識を持ちましょう」という言葉は健康づくりのみならず、様々な普及啓発活動に従事している多くの人たちが、いまだに、何の疑いもなく、伝え続けている言葉です。

○『平成は「自己責任で予防」の時代』
 平成になるとインターネットに様々な情報があふれた結果、人はその中から正しい情報を取捨選択できていると勘違いするようになりました。情報を伝える側もパソコンを駆使し、きれいな、情報がいっぱい詰まったスライドを作成し、一所懸命健康教育を行うようになりました。受け手側の住民も研修会に出かけたり、自らインターネットの中から自分なりの正解を見つけ、飛びついたりするようになりました。その結果なのか、不思議と医療に間違いはないと勘違いをし、前立腺がん(PSA検診)のように国も推奨していない検診が幅を利かせるようになりました。
 確かに日本人の平均寿命は延びる一方だったので、平成という時代は一人ひとりが健康になった時代と言えます。しかし、なぜ平均寿命が延びたのかを皆さんは理解されているでしょうか。地域別にみれば、平均寿命が延びた地域もあれば、平均寿命の全国順位がどんどん下がっている地域もあります。
 小学3年生が車にはねられた事故を受け、「なぜ大人たちが通学路に立っていなかったのか」とネットで指摘する人がいました。しかし、その人は2017年に島根県益田市で登校の見守り活動の最中に車にはねられて亡くなられた方の事故をご存じないでしょう。見守る大人が立っていれば、その方が犠牲になったかもしれません。

●『犯罪予防、事故予防も健康づくり』
 先日、陸前高田市の広田診療所の岩井直路先生に「本人も家族も地域も良かったと思える人生にするために」というお話を聞かせていただきました。そして、「良かったと思える人生」について果たしてどれだけの人が考えているのだろうかと改めて考えさせられました。
 人間の死亡率は100%です。亡くなる原因はがん、心臓病、脳卒中、事故、など様々ですが、死なない人はいません。たとえ長生きをしても、人生の成功者と言われても、交通死亡事故死の加害者になれば、とても「良かったと思える人生」とは言えません。
 事故の、事件の加害者の責任を否定するつもりは毛頭ありません。しかし、正しい知識があっても、自己責任を追及しても、犯人に刑罰を与えても、事故の、事件の犠牲者になって命を落としてしまえば被害者も、そのご家族も一瞬にして「良かったと思える人生」ではなくなります。

○『令和を「お互い様で予防」の時代に』
 健康づくりの世界では「信頼」「つながり」「お互い様」の三要素がそろった中で暮らしている人は健康で長寿だということが証明されています。それだけではなく、犯罪も減ることが明らかになっています。誰かを責め、「あなたが悪い」と言い続けているだけだと、次の犠牲者はあなたに、私になるのかもしれません。

 人は経験に学び、経験していないことは他人ごと

 この言葉は平成が教えてくれた名言です。昭和から平成にかけて人間関係が希薄し続けてきた結果、気が付けば他人ごと意識が蔓延するようになりました。令和の時代は、この他人ごと意識を払拭し、他人の経験に学び、「お互い様」の意識が持てる関係性を再構築し、気が付けば様々な分野で「予防」が進む時代にしたいものです。対策と結果がわかりやすく直結していないことに挑戦することが求められている難しい時代になりました。でも、急がば回れ。できることを、できる人が、積み重ね続けましょう。

…………………………………………………………………………………………
■御意見・御質問、お問い合わせ
☆岩室先生宛の質問も t.watanabe49@gmail.com 受け付けています。
…………………………………………………………………………………………
■登録/解除の方法
http://www.mag2.com/
「紳也特急」(マガジンID:0000016598)は、
上記URLよりいつでも登録/解除可能です。
…………………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………………

紳也特急 236

~今月のテーマ『罪を憎んで人を憎まず』~

●『生徒の感想』
○『2重刑罰社会』
●『誰の言葉?』
○『教職員不祥事根絶ポータルサイト』
●『自制心について』
○『職を辞してもらいたい』
●『不祥事根絶を自分自身の課題として考える難しさ』

…………………………………………………………………………………………

●『生徒の感想』
 マスターベーションは男の必須科目であるとおっしゃっていましたが、周りの人々はマスターベーションに対してタブーな話であるという認識が強くあり、私も良いことではないんだと考えていました。ところが、今回先生がやって当り前であるように話されていたので、私の考えがおかしいのかと大変驚きました。(中3男子)
 →やって当り前です。頑張ってください。

 私はもともとつきあっていた人に「やろう」、「写真を送って」などと言われていて、この講演会を聞いて私のことをちゃんと好きではなく、体で好きということを思いました。私はちゃんと人を見て、良いパートナーを見つけられるようにしたいなと思いました。(中3女子)
 →気が付いてよかったね。

 講演会を聞く前の朝の時点で、また、いつもどおり画像や映像を使って、よくわからない話をされるものだと正直思っていました。ですが、いざ話をきいてみると、映像や画像があるわけでもなく、手持ちのマイク一本で話をしているのにスッと内容が入って来て大変分かりやすかったです。ちょっと聞きづらいと思うような内容のものも、大人に聞いていたりして、当たり前にわかっているものだと思っていたのに、先生方も迷ったりしているのは新鮮でした。(中3男子)
 →大人も性のことを正確に知らないものです。

 「自立することは依存先を増やすこと」についての説明が一番印象に残りました。人と話すことは健康にもつながっているんだと知り、これからはもっと友達といる時間を増やそうと思いました。(中3女子)
 人生についても考えることができる良い機会となりました。依存をすることはいけないことだと思っていたけど、依存をすることも大事だということに気が付きました。依存することのできる友達をつくろうと思いました。(中3女子)
 自立をすることだけを考えるのではなく、友人や家族に依存することで、ストレスを減らし、事件や事故を防ぐことができるんだなと思いました。(中3男子)
 →思いが伝わって何よりです。

 話を聞いて、私は将来男を選ぶとき、自分で判断せずに、友人に相談したりして人生を歩んでいきたいと思いました。(中3女子)
 →すばらしい!

 年度末の講演ラッシュはいつも新たな気づきをいただく機会になっています。生徒さんたちは話をききながら、いろんなことを感じ、考え、そして新たな一歩を踏み出そうとしています。一方で大人たちは、残念ながら自分と考え方が一致しない人たちを、価値観が一致しない人たちを、罪を犯した人たちを排除し、その人たちに学ぼうとはしません。「だって考え方が違うから、価値観が一致しないから話したって無駄。それに悪いことをした人たちに学ぶことなんてない」とただただ切り捨てて、自分自身に学ぶ力自体がないことを認めたがりません。そんなことを考えていたところ、違法薬物で逮捕され懲戒解雇となった人や医業停止となった医師の方とつながる機会をいただきました。そこで、今月のテーマを「罪を憎んで人を憎まず」としました。

『罪を憎んで人を憎まず』

○『2重刑罰社会』
 日本は法治国家なので、罪を犯した場合は、裁判所が下した判決に基づく刑罰を受け、その刑に服した後は社会復帰が認められることになっています。しかし、ピエール瀧がコカイン使用で逮捕された後のマスコミでの排除はもちろんのこと、過去の著名人たちが排除されてきた状況を見ると、どうも日本はただの法治国家ではないように思えてなりません。大人たちは若者たちのSNS上のいじめを問題視していますが、様々なマスコミがよってたかって罪を犯した人を叩くのに便乗して、大人たちもSNSを通して、いじめを通り越して、社会自体から排除しようとしていないでしょうか。時には自分が裁判官になったような気分になり、間違った情報を鵜呑みにし、社会的排除に加担している人が増えているように感じるのは私だけでしょうか。そして今の社会は、罪人にとって「法律による処罰」だけではなく、社会によって生きていく術までを奪われてしまう2重刑罰社会になっているようです。

●『誰の言葉?』
 「罪を憎んで人を憎まず」を広辞苑第七版で調べると、「犯した罪は罪としてにくむべきものだが、その罪を犯した人までもにくんではならない」とありました。ネットで誰の言葉だったのかを調べると諸説あるようです。
 “Hate the sin, love the sinner.”はインドの非暴力運動の指導者で独立の父と言われているマハトマ・ガンジーの言葉だそうです。“Hate not the person but the vice.”は『孔叢子』刑論にある孔子の言葉だそうです。ちなみに“vice”は不道徳、悪徳、邪悪、非行等の意です。
 いずれにせよ、「人」と「その人の行い」を分けて考えるべきだと教えてくれています。

○『教職員不祥事根絶ポータルサイト』
 埼玉県はこのようなサイト
 https://www.pref.saitama.lg.jp/e2201/fusyouji-boushi/main6.html
 を立ち上げ、不祥事の根絶を目指しているようです。そして教育長は次の3点を強調されています。

1.自制心を大事にすることです。
2.児童生徒から慕われたとしても、教師の側からは恋愛の対象として見てはいけません。また、児童生徒を性の対象として見ているのであれば、その方には教師という職を辞してもらいたいと思います。
3.不祥事根絶を自分自身の課題として考えるということです。

 この3点をどう考えるかが重要だと思いました。

●『自制心について』
 皆さんはどうして反社会的なことをしないで済んでいるのでしょうか。私の場合、「自らの気持ちで反社会的なことをしないで済んでいる」のではなく、「いろんな人との関係性が結果として岩室紳也の反社会的欲求にブレーキをかけている」と考えています。一見「自制心」に見えることが、実は関係性の中から生まれている力、社会性だと認識しています。
 しかし、往々にして個人が解決することを求め、その個人に責任を押し付けていないでしょうか。もちろん個人の責任を否定するつもりはありませんが、それだけだと同じようなトラブルが繰り返されることは、これまでの多くの事件や事象が示してくれています。

○『職を辞してもらいたい』
 「欲求をコントロールできない場合には、専門の医療機関を受診することを考えても良いのではないでしょうか」とありますが、われわれ医療者を買いかぶらないで欲しいと思いました。そのような解決力がある医者がいたら、真っ先に私がかかりたいです。それとも医療者に能力がないことを承知でただただ丸投げをしているのなら、完全に責任逃れの言い訳として医療者を利用していることになりますので、ご遠慮申し上げます(笑)。薬物依存症できちんと医療にかかわっている人であっても再犯率が高い現状は「専門の医療機関だけ」ではどうにもならないことの証なのです。ちなみにこのようなとんでもない要求を受け入れた医療機関があるのであれば、ぜひどなたか教えてください。
 「児童生徒を性の対象として見ているのであれば、その方には教師という職を辞してもらいたいと思います」という思いはわかります。しかし、もう少し冷静に考える必要があります。もちろん「児童生徒に対して性的な行動に出ること」は絶対許されません。しかし、人の感情にまで介入するのは不可能です。大事なことはきれいごとを言うのではなく、反社会的な行動に出ないようにするためには何が大事かを皆で議論することです。

●『不祥事根絶を自分自身の課題として考える難しさ』
社会で起こっている、このサイトにアップされている様々な問題(薬物、性犯罪、飲酒運転、体罰、いじめ等)を世間の人たちは「自分自身の課題」と考えているのでしょうか。考えているとすればこのようなサイトにはならないはずです。
結局のところ、一人ひとりの「他人ごと意識」が問題解決を遅らせていると言わざるを得ません。この「他人ごと意識」を蔓延させているのが「課題」「問題」には「答え」があると思いこませる「教育」ではないかと思っています。不祥事を起こす人と起こさない人の違いをもっと研究する必要があります。その答えが出た暁には、多くの人が「自分自身の課題として考える」ことができるようになっていることでしょう。しかし、今のところは私がいつも申し上げているように「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」なのです。
人を排除する理由は、「罪」の原因を考えたくない、考えることを放棄した結果のようです。さらに言うと、自分が所属している社会にそのような人がいるという現実を受容できないため、「排除」と言う手段に出ていないでしょうか。「自分自身の課題」となれば、「明日はわが身」にならないように「罪」の原因を皆で議論していると思います。でもそうならないということは、「罪」の原因は、「排除」の原因は「他人ごと意識」ということになりませんか。「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があること自体、「他人ごと意識」を、「排除」を解消する難しさが昔から変わらないことを示しているのかもしれません。

…………………………………………………………………………………………
■御意見・御質問、お問い合わせ
☆岩室先生宛の質問も t.watanabe49@gmail.com 受け付けています。
…………………………………………………………………………………………
2019年4月1日

紳也特急 235

~今月のテーマ『歪んだ自己実現』~

●『児童虐待の結果の「死」』
○『マズローの欲求の5段階説』
●『「自己実現」は誤訳』
○『認知の歪みと歪んだ自己実現』
●『歪んだ自己実現が可能となる環境』

…………………………………………………………………………………………

●『児童虐待の結果の「死」』
 児童虐待の末に「死」という悲しい結末に至る事件について、世間は、社会は、そして一人ひとりはどう受け止めているのでしょうか。千葉県野田市で心愛さんが両親に殺された事件は親の、児童相談所の、教育サイドの責任と考えているのでしょうか。児童養護施設の施設長が元入所者に殺された事件は、「成人して『誰でもよかった』と言うのはあまりにも非常識。お世話になった施設長に何とむごいことを」とただただ憤るだけなのでしょうか。ちゃんと根っこの原因について考えたいものです。
 久しぶりに中学校の講演で「チャンピオン君は出すな」、「当校で使用している中学校の教科書に書かれていないマスターベーションの話はするな」、「児童養護施設のお子さんもいて、施設ではスマホの所持を認めていないので配慮を」、「虐待を受けていた子がいるから『レイプ』を話題にしないでくれ」と言われました。もちろん学校の要望はそのまま聞いて講演をしたのですが、生徒さんからは「いつからセックスをしていいのか?」といったストレートな質問がありました。「触らぬ神に祟りなし」の大人たちと、それこそ日々現実と向き合い続けている生徒さんたちのギャップは本当に大きくなっていると感じています。
 一方でうれしい出会いもありました。薬害エイズ問題に真正面から取り組んでこられた先生が、講演の中で「専門家として、各自が積極的に意見を発信する重要性」という話をしてくださいました。専門家であればなおさら真摯に事実と向き合い、社会の、一人ひとりの常識を疑い、根っこの問題を考えることを心がけ続けたいと思っています。
 最近、日本人が当たり前のように使っている言葉が、実は根拠がなかったり、誤訳だったりということに気づかされています。インターネットの専門家の宮崎豊久さんが見つけてくださったマズローの言葉を読んでみてください。

自己実現の欲求を叶えた人たちに共通する15個の特徴
 1)正確に現実を知覚し、未知や曖昧さを好む。
 2)自然・環境・他人・自分を受け入れる受容性がある。
 3)行動が自発的かつ自然体で気取りや作為がない。
 4)普遍的かつ社会的な課題が興味の中心にある。
 5)孤独を好みプライバシーへの欲求が強い。
 6)物理的・社会的に外部の環境から独立している。
 7)認識が絶えず新鮮で様々なことに感動する。
 8)神秘的な体験に価値を感じる。
 9)人類全体に対して役に立ちたいと考えている。
 10)少数の人間との深い結びつきを重視する。
 11)民主的な性格で他者への偏見が薄い。
 12)手段と目的が明確に区別でき、目的を重視する。
 13)哲学的で悪意のないユーモアセンスを持つ。
 14)健康的な子供に近い創造性と独創性を持つ。
 15)特定の文化に組み込まれることに抵抗する。

 「あれっ?」と思いませんか。「自己実現」とこの「共通する15個の特徴」に矛盾を感じ、原文を含めて再検証してみました。そこで今月のテーマを「歪んだ自己実現」としました。

『歪んだ自己実現』

○『マズローの欲求の5段階説』
 「自己実現の欲求」を最上位にしたマズローの欲求の5段階説に多くの人は学び、「そうなんだ」と思っていなかったでしょうか。何を隠そう、私も疑問に思うこともなく、「人間の欲求をそのように階層化できるんだ」とそれこそ考えることを放棄していました(反省)。しかし、原文を読んでみると、そもそも「欲求の5段階説」自体が誤訳でした。
 「欲求の5段階説」の原文は「hierarchy of needs」です。「needs」は「欲求=demand」ではなく「必要とすること」です。また、「自己実現」の原文は「self-actualization」です。マズローは、人間には「生理的」「安全」「所属」「承認」「self-actualization」の「欲求」があると言っていたのではなく、「生理的」「安全」「所属」「承認」「self-actualization」
が「必要」だと言っていたのです。

●『「自己実現」は誤訳』
 では「self-actualization」の正確な訳は何かを探ると、「(自らの才能や潜在能力に応じて)できることを具現化すること」です。「できることを具現化する」というのは「自己実現」に近いものだととらえることもできますが、「自らの才能や潜在能力に応じて」という言葉が加わることで、「欲求」のように背伸びするのではなく、その人なりにできることを具現化することが「必要」と言っているのです。
 「自己実現」という言葉は学習指導要領に繰り返し登場するだけではなく、現行の高校の教科書には「心の健康と自己実現」という章まであります。そこには次のように書かれています。

 「~になりたい」「~してみたい」など、自分なりの目標をかかげてそれに近づこうとすることや、それを達成することを自己実現と言います。人間には、自分自身を高め、もっている力を最大限に発揮したいという高次な欲求があり、それが自己実現の原動力になっています。

 私から誤訳と教わった先生が、「昨日の授業で『あなた方は何になりたいのですか。よく考え、自分の目標を設定し、それに向かって頑張ってください』と自信たっぷりに話してしまった」と反省されていました。実際、岩室紳也は子どもの頃は飛行機のパイロットになりたいと思っていましたが、目が悪いため断念せざるを得ず、それ以降は「〇〇になりたい」といった「高次な欲求」はありませんでした(苦笑)。いま、医者になり、HIV/AIDSをはじめとしたいろんなことに首を突っ込んでいるのも、「(自らの才能や潜在能力に応じて)できることを具現化している」だけのように思います。そしてそれをし続けることが岩室紳也にとって必要だったのです。

○『認知の歪みと歪んだ自己実現』
 痴漢をした人たちは「女性も喜んでいると思っていた」そうです。その人たちは実は、家でも、学校でも、職場でもいい子、いい人を演じている、演じさせられているため、気が付けば演じている世界がリアルなのか、バーチャルなのかの区別がつかなくなっているのではないでしょうか。そして「認知の歪み」の結果として痴漢という社会的に容認されない行為に走ってしまっているだけです。
 心愛さんの事件も、他人から見ればひどい虐待でも、父親は「正しい躾」だと思って、スマホで動画まで撮影していたと思います。もちろんその行為は正常な感覚からすれば間違いなく「認知の歪み」です。しかし、何でもいいから「自己実現」を果たしたいと思った結果が、歪んだ躾、歪んだ自己実現だとすると、そのような行動に至った原因は何でしょうか。
 「施設に恨みがあった。施設の関係者なら誰でもよかった」という発想は、「恨みを晴らす」という自己実現のために、(他者から見れば理解できない)殺人という行為に至ったと考えると、そのような認知の歪み、歪んだ自己実現に至った原因が見えてくると思いませんか。
 「生理的に必要な食料等を得」、「安全も獲得でき」、「家族、児童養護施設等に所属でき」、「周囲の人から承認もされ」た上で、人は「(自らの才能や潜在能力に応じて)できることを具現化できる」人たちは健全な社会性を身に着けられることは容易に想像できます。しかし、家でも、学校でも、施設でも、職場でもいい子を演じ続ける一方で、「で、君は何になりたいんだ」「何をしたいんだ」と言われても、返す言葉が出ない人は大勢います。教科書が、学習指導要領が、世間の自己実現プレッシャーが様々な事件の根っこの原因の一つになっていると思いませんか。
 人はいろんな辛い経験や失敗もするでしょうが、辛い経験や失敗を重ねながら、その一方で、できたことを褒めてもらえれば自信が生まれ、次のステップに進めるのではないでしょうか。PTSD(Posttraumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)という言葉は有名ですが、私はつい先日までPTG(Posttraumatic Growth:心的外傷後成長)という言葉は聞いたことはありませんでした。しかし、言われてみれば当たり前のことで、心的外傷に直面しても、そこから人はいろんな関係性の中で、自分の生き方を見つけていけるはずです。だからこそ、一人ひとりのトラウマに、一緒に向き合ってくれる人を増やす必要があります。

●『歪んだ自己実現が可能となる環境』
 今の世の中は昔であれば絶対素人では撮影できない動画をいとも簡単に撮影できます。昔だったら、そもそもカメラも大きく、隠し撮りができないだけではなく、万が一撮影に成功しても、写真部に入っていなければフィルムを現像することも、焼き付けることもできませんでした。しかし、今は国会議員までもがパートナーとのセックスの場面を動画で撮影していたといった「歪んだ自己実現」が可能となる環境になっています。
 だからこそ、岩室紳也は「アダルトビデオ、エッチサイトは5人以上で見ろ」「オナニーは1日に5回以上しても大丈夫」など、「あの人は嘘をつかない」と思ってもらえる講演をこれからも生徒さんに届けたいと思っています。
 こんな感想をもらいました。

 何かを教える人間とはということについても考えさせられた。貴重な時間だった。(高1男子)

 でも、それを阻むのが「傷つきたくない病の大人たち」だと改めて思いました。
 大人よ、もっと自信を!!!

紳也特急 234

~今月のテーマ『マスクと薬と予防接種で広がるインフルエンザ』~

●『ひきこもりの方とのやり取り』
○『何バカなことを』
●『医者も勉強しよう』
○『マスクで広がるインフルエンザ』
●『抗ウィルス薬で広がるインフルエンザ』
○『予防接種でインフルエンザが広がる理由』
●『で、どうすればいい』

…………………………………………………………………………………………

●『ひきこもりの方とのやり取り』
 ひきこもりの方とメールのやり取りをしたことはありますか。もしあるとすれば、その時、何を考え、何を求めてやり取りをされていますか。実は私はひきこもっている方とやり取りをしながら、いつも楽しい思いをさせていただいています。

 何でそう考えるの?
 何でそうなるの?
 でも、それってありだよね。
 みんなとあなたはどこが違うの?

 多くの人は「ひきこもりの人との関り」というと、どうすればその人を社会に引っ張り出せるかを考えると思います。しかし、私はそんなことを全く考えないまま、いろんな新しい気付きをもらいながら、楽しくやり取りをさせていただいています。もちろん、その方から「引きこもりを解消するにはどうすればいいかのアドバイスが欲しい」という質問も来ますが、そんな時、「正解を返そう」ではなく「どうして正解を求めるのだろうか」とまた逆突っ込みをしています。ま、その逆突っ込みに懲りずにやり取りを続けてもらっているのですが、そんな中、今回、新たな発見がありました。
 皆さんはメールへの返信に送られてきたメールを入れて返しますか。返信だけでタイトルを変えずに返しますか。それとも、タイトルも変更し、送られてきた内容を残さないで返しますか。
 インターネットのルール、常識があるかわかりませんが、「返信」だけで送った内容を入れて返す人が少なくありません。Googleのgmailはただの「返信」で返すと、やり取りされたメールが一体のグループとして認識される機能もあるためか、その方法で使っている方も多いようです。しかし、私は基本的にタイトルも変え、相手方のメール内容をそっくりそのままで残さないようにしています。もちろん、「この書き込みについてこう思います」と言いたい場合は別ですが。新たに書くからこそ今、私が伝えたいことが何かがきちんと伝わると思ったからです。
 今回ご紹介しているひきこもりの方とのやり取りには二つのパターンがありました。タイトルも変え、送ったメールを引用しない方法と、タイトルも変えず、メール内容も含めた返信が来る場合がありました。岩室が書いた言葉へのこだわりがあり、思わず「そのまま返信」となるように感じました。一方で、多くの場合は、こちらが送ったメールを咀嚼した上で、自分の意見を送ってくださっていました。すなわち、余裕がある時は相手が何を言おうが、相手の言葉を受け止めた上で、自分はどう考えているのか、どうしたいのかを言えればぶつかることはありません。
 他人が言っていることを受け止められないと、「反論」、「否定」、「無視」、「排除」、「離別」といった手段に出て、気が付けばひきこもっていることも少なくないのではないかと思ったりしました。皆さんは自分が理解できないことを言われた時、どのように対処されているでしょうか。「反論」、「否定」、「無視」、「排除」、「離別」と言う選択肢を選んでいないでしょうか。それとも「咀嚼」、「反芻」、「受容」を含めた対応をされているでしょうか。そのテストケースとして今月のテーマを「マスクと薬と予防接種で広がるインフルエンザ」としました。

『マスクと薬と予防接種で広がるインフルエンザ』

○『何バカなことを』
 「マスクと薬と予防接種で広がるインフルエンザ」などと言うと、「岩室紳也は本当に医者か?」と言われそうです。というかここまで読んだ方の中に「???」と思いながら手を自分がしているマスクに持って行っている人がいると思います。この時期の研修会ではマスクをしている人が多いのですが、私がマイクを向けると、多くの人は「マスクをしたまま返事をするのは失礼」と思ってか、マスクの真ん中を持ちながらマスクを引き下げ、礼儀正しく返事をしてくださいます。その時、岩室紳也は「マスクを触らないでください。インフルエンザに感染しますよ」と心の中で叫んでいます。

●『医者も勉強しよう』
 今回の原稿の内容を岩室から聞いていた人が、かかりつけのお医者さんに「インフルエンザを予防するにはどうすればいいか」を聞いたら「マスク」とのこと。「マスクは意味がないという医者もいますが」とさらに振ったら東京大学を出たというその先生は「そんなのはヤブ」とバッサリ。でもその先生は本当に感染症を知っているのでしょうか。おそらく私のHIV/AIDSの患者さんを紹介すると「診療経験がないから」と断ることでしょう。
 実は私のHIV/AIDSの患者さんは施設等に入るにしても、あまり問題は起こっていません。「なぜ?」と聞かれることが多いのですが、それは「治療をしているHIVを持っている人は他人に感染させる力がないから」と言い続けてきたからですが、最近、世界中でU=U、すなわちundetectable(検出されない)ということはuntransmittable(感染させない)ということだとわかってきました。でも、先入観を覆すことはすごく難しいことだとインフルエンザが教えてくれています。

○『マスクで広がるインフルエンザ』
 インフルエンザの感染経路は「接触感染」と「飛沫感染」です。「飛沫」は「しぶき」と読むように、「ハクション」とくしゃみをした時に飛ぶ「しぶき」が感染する原因だということを示しています。大事なことは「しぶき」には重量があるということです。皆さんも自分ですごいくしゃみをし、しぶきをばらまいた時に、そのしぶきが落ちていくのを見たことがあると思います。実は「飛沫(しぶき)」は2メートルぐらいしか飛びませんし、飛び出したら重力で落下し、机、家具、床に付着します。
 インフルエンザに感染するのは、口、のど、鼻にある粘膜にインフルエンザウィルスが付着した時です。もちろん至近距離でくしゃみ(飛沫)をかけられたときに口を開いていたりすれば喉の奥にインフルエンザウィルスが飛び込み感染することがあります。しかし、飛沫感染は実は少ないのです。当たり前のことですが、他人にくしゃみをひっかけられる場合はそう多くはないですよね。
 ところが飛沫が落下して付着した机、家具、床に触れればあなたの手にインフルエンザウィルスが付着します。ということは人がいるところで生活している人は、ほぼ全員、自分の手にインフルエンザウィルスを付けているということです。その手で「予防」のつもりで付けているマスクに触れれば、マスクの表面にインフルエンザウィルスが付着します。飛沫の水分が乾燥すれば、インフルエンザウィルスは吸い込まれやすい状況になるため、吸い込まれ、のどに付着し、インフルエンザに感染します。いかがでしょうか。

●『抗ウィルス薬で広がるインフルエンザ』
 世界で一番抗インフルエンザウィルス薬を使っているのが日本です。しかし、日本が一番感染率が少ないという話は聞きません。当たり前のことです。確かにタミフルにはじまり、最新のゾフルーザ等々、抗インフルエンザウィルス薬は多く、服用すると症状も急激に改善し、患者さんは楽になります。薬の副作用の議論もありますが、それはさておき、薬を飲んで、症状が治まったらあなたならどうしますか?
 文部科学省はインフルエンザと診断されたら「発症した後五日を経過し、かつ、解熱した後二日を経過するまで」出席停止、登校禁止としています。しかし、社会人に対してその拘束力はありませんので、皆さんは仕事に、買い物に行きますよね。しかし、感染した人は症状が治まってもウィルスの排出は続いているため、その人はインフルエンザウィルスを拡散中ということになります。

○『予防接種でインフルエンザが広がる理由』
 今年はインフルエンザに感染している人が過去最高になりそうとのこと。だから症状を和らげるためにも今から予防接種をと言っている先生がいます。もちろん患者さんのことを考えれば適切なアドバイスだと思います。しかし、症状が軽ければその人は医療機関でインフルエンザに感染しているという診断を受けないまま外出するでしょう。でもしっかり感染力はあります。すなわち、本人は楽になっても、実はインフルエンザを広げる役割を担うことがあります。

●『で、どうすればいい』
 結局のところ、「接触感染」を防ぐしかありません。だから、以下のことを守りましょう。

1.(自分がくしゃみ、咳をしている場合以外は)マスクはしない
2.特に子どもにはマスクをさせない。
3.(他人がインフルエンザウィルスを付着させた可能性があるところ)蛇口等はつかわない。
4.手で顔を触らない。
  この中で、一番現実的な対応が「マスクをしない」ではないでしょうか。

 「反論」は大いに期待していますが、単なる「否定」や「無視」で終わってしまうと先に進みません。また、この程度のことで「排除」、「離別」が生まれるのはもったいないです。ま、日本人はお金があるのだから「無駄」も大事なのかもしれませんが(笑)。