紳也特急 116

~今月のテーマ『転ばぬ先の杖』~

●『大学に行くのが怖くなりました』
○『性教育バッシングは転ばぬ先の杖?』
●『責任転嫁か対策追究か』
○『バーチャルではない飯島愛』
●『議会も、マスコミもバーチャル社会』
○『一期一会を大切に』
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●『大学に行くのが怖くなりました』
 HIVに感染しないためには感染する行為(セックス、刺青、輸血、薬物の廻し打ち)を伝えるだけでは不十分だということを私の患者さんが教えてくれました(紳也特急113号参照)。薬物を使ってハイになると「自分の人生はどうなってもいい」とか「コンドームなんて関係ない」という状態になると教わってから、薬物を使っていたため感染してしまった人の話や、大学生の間でも薬物が蔓延しているので他人事ではないという話をするようになりました。ある高校でその話をした後、「先生の話を聞き、大学に行くのが怖くなったのですがどうしたらいいですか」という真顔での質問がありました。話をしてみると本気で「そんな危ない社会に飛び込みたくない」と考えていました。
 考えることを放棄している、あるいは考えることを放棄させられている若者が多いのは承知していたつもりですが、ここまで来ると正直なところ私の方が怖くなってきました。世の中には様々なリスクがありますが、交通事故が心配だから外出を控える人がいたとするとその人のことをこころが病んでいると考えます。薬物が蔓延している大学が怖いから進学しないというこの生徒さんはやはりこころが病んでいると考えるべきなのでしょうか。それとも、リスクがある場ならリスクを排除してから学生募集をするべきなのでしょうか。
 子どもたちに苦労をさせたくないと思う大人が増えていますが、転ばぬ先の杖ばかりだと転ぶことをおそれ、それこそ歩かなくなる人たちが増えてしまうのではないかと心配になります。そこで今月のテーマを「転ばぬ先の杖」としました。

『転ばぬ先の杖』

○『性教育バッシングは転ばぬ先の杖?』
 「単刀直入に申し上げますが、あの講演の内容、踏み込みすぎているとは思われませんか?確かに、性についての知識を教えた上で、その中の危険な部分を伝えるというのは効果的に思えるかもしれません。ですが、やはり中高生はまだ10代、若いんです。話の本質を理解するよりも先に、興味が勝ってしまうんです。あなたのような方が今日のように所謂「過激な性教育」を、学校の講演会という場で、それを希望しない未成年にまで半強制的に、詳し過ぎる性の知識を与えてしまう場で話すということは、ありがちな表現になってしまいますが、10代の望まない妊娠を助長しているとはお考えにならないのでしょうか。確かにあなたは今日の講演の中で、セックスするときはコンドームを必ず付けてくださいだとか、そういった忠告もなさっていましたが、少し話し方のノリが軽いというか、危険性があまり伝わってこなかったです。確かに笑いを交えて話すと、中高生相手であれば堅苦しい口調よりは聞いてもらえるでしょう。ですが、それは逆に、内容までも軽く受け止めることには繋がらないでしょうか。」
 まだあったか性教育バッシングという感じのご批判です。これを読むと一緒に聞いていた先生からだと思われるでしょうが、実は生徒さんからでした。もっと長文でいろんなことが書いてあったのですが、メールをやり取りする中であらためて気付かされたのが、「性教育バッシング」は転ばぬ先の杖であり、転んだ人(トラブルに巻き込まれた人)に対しては、あなたが悪いのではなく、社会が悪いというスタンスを取っていることでした。

●『責任転嫁か対策追究か』
 過激な性教育が悪い。コンドームを教えるのが悪い。岩室紳也が悪い。社会が悪い。政治家が悪い。企業が悪い。大人が悪い。悪者を作って当事者や当事者を取り巻く一人ひとりの、そして何より自分の責任を棚に上げ、すべての責任を「過激な性教育」に転嫁することで、望まない妊娠をした人も、性感染症に罹患した人も、様々な性のトラブルに巻き込まれた人も救おうという考え方だと今頃気がつかされました。生徒指導もそのようなスタンスでしているようです。
 確かに何が悪い、誰が悪いと考え始めると一見答えらしい、責任の所在が見えてくるのかも知れません。HIV/AIDSが世界中に広がったのは、そもそもSlim病として中央アフリカの一部の部族の中だけでやり取りされていたウイルスをその地域から持ち出した人が悪い。みんながたった一人とだけセックスをしていれば広がることはなかったのに複数の人とセックスをした人が悪い。買売春は世界的にも非難されるべき行為なのにそんなことをしている人が悪い。確かに性の問題では悪者探しが簡単です(笑)。
 セックスについて教えるからセックスがしたくなるので教える人が悪い。コンドームを教えるから使ってみたくなるので教える側が悪い。確かにコンドームも知らなければ、性に関する興味もわかなければ、そして何よりセックスをしなければトラブルは起こらないのかも知れません。でもセックスレスが増えていることの責任追究をすると誰が悪いということになるのでしょうか。
 セックスができないのはセックスの仕方を教えてくれない学校教育が悪い。3次元(生身の女性)の人との付き合い方を教えてくれなかったから2次元にはまってしまった。アダルトビデオの最初に「このようなセックスをしている人はいません」と字幕で事実を教えてくれなかったのでセックスができなくなった。セックス以外の楽しみを提供しているゲームメーカーが悪い。コンドームは完ぺきではないと岩室が言ったので、性感染症が怖くてセックスができない。岩室が100%確実な避妊法はないと言ったのでセックスができない。岩室が童貞処女でもHPVによる子宮頸がんになる可能性があると言ったので怖くなってセックスができない。
 悪者探し、責任転嫁で一番問題なのはそのような姿勢の人は自分を語っていないことと、当事者と一緒になって自分ができることを追求せず、責任転嫁に終始していることだと改めて気付かされました。

○『バーチャルではない飯島愛』
 亡くなった飯島愛ちゃんのことで先日フライデーの取材を受けました(4月3日発売予定)。改めて彼女に教わったことを振り返っていたのですが、彼女は自分が体験したこと、自分がしていること、自分が感じていることを大切にしていました。いま、どう行動すれば、どう発言すれば周りの受けがいいかではなく、自分自身がどう思うか、いま、自分がどう思っているかを大切にしていました。最初に会って一緒に仕事をした時のことをメルマガに書いていたのですが、彼女はコンドームではなく検査を積極的に勧めていました。今思えば当たり前のことで、彼女自身が検査を受けていたので「検査を受けよう」と言っていただけでした。コンドームを使わないこともあった彼女は決してきれいごとで「コンドームを使おう」とは言いませんでした。その愛ちゃんに学び、私も自分ができること、自分がしていること語るようにした結果、少しは人に聞いてもらえる話ができているように思います。
 自分を語らない、自分の生き方ではなく、他人の生き方を批判するだけの人たちはもしかしたら自分抜きの、人間抜きのバーチャル社会に生きているのではないでしょうか。人を批判するだけの人は結局のところ自分は何ら痛みを感じません。2次元に、ゲームに、ネットいじめにはまっている人は、自分自身は一切の痛みを感じることなく自分の快感を追求することができます。ただ、そのような社会に生きていれば、当然のことながら人としての強さや優しさが生まれません。その点、飯島愛ちゃんの存在感、リアリティはすごかったことを改めて実感させてもらっています。

●『議会も、マスコミもバーチャル社会』
 こんなことを言っては怒られるかもしれませんが、日本の議会というところは質問されたことには答えなければなりませんが、相手に逆質問をされない、双方向のコミュニケーションを否定したバーチャル社会のようです。それを変えようとした人が排除されるというのが事実だとすると、バーチャル議会がつくるバーチャル社会、バーチャル人間という構図も納得です。
 マスコミもよく考えてみると事実を報道しているのでしょうが、どこか他人事意識を感じてしまう、バーチャル社会の出来事を連日報道しているように思いませんか。もちろん読者があっての、視聴者があってのマスコミでしょうが、私もマスコミで取り上げてもらう時にどこか一方通行のコミュニケーションだと感じています。しかし、議会が、マスコミが悪いというのも責任転嫁ですよね。

○『一期一会を大切に』
 一方で飯島愛ちゃんは決してバーチャル人間ではありませんでした。ぶつかり合う中から愛ちゃんに学んだことは、過去を見るのではなく、今を大切にするということでした。しかし、実際には今を受け入れられず、過去の自分に「あの時こうしなければ」と責任を転嫁している人が少なくないようです。皆さんはどうですか。
 人は失敗をするもの。時には同じ失敗を繰り返します。ただ、失敗を恐れていては何もできません。昨日より今日を、今日より明日を良くしようと考えれば、過去を振り返って落ち込んでいる余裕はないです。「反省はするけど後悔はしない」というパトリックの教えは、後悔しないためには、今できることを、一期一会を大切にしようということでもあります。今を大切にするためには、今を、一期一会を楽しめないとだめです。先日、フレッシュフォワグラを焼きイチゴのソースで食べた時は久しぶりの食との出会いの感動を味わいました。でも朝、ご飯とお味噌汁と目玉焼きを食べている時も楽しいですし、患者さんや講演の聞き手との一期一会も感動です。
 一期一会。自分と同じ時代に生き、先に逝ってしまった一人ひとりを思い出した時に、その人と一緒にいたその時間を大切にしていれば、決して後悔はしないものですね。飯島愛ちゃんをはじめ、私の前からいなくなった一人ひとりの人が教えてくれています。あらためて一人ひとりにありがとう。(合掌)

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