紳也特急 12

~今月のテーマ「一人ひとりの依存症~

今月号のindex
●『薬物とエイズにみる他人事意識?』
○『コミュニケーションに依存』
●『セックスに依存?』
○『岩室がいま依存しているもの』
●『一人ひとりの依存症』
○『ライフスキル・生きる力』

◆CAIより今月のコラム「アタシ流のこみにゅけーしょん!」

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●薬物とエイズにみる他人事意識?

 水谷修さんという定時制高校の先生が「さよならが、いえなくて」(日本評論社)という薬物に関する本を出しました。先生と一人の薬物依存症の少女ジュンとの手紙等のやりとりが一冊の本になっています。薬物に関心がある人も、関心のない人もぜひご一読下さい。私の率直な感想は、薬物だけではなく、若者の性、コミュニケーション不足、等々、現代社会の様々な歪(ひずみ)を考える上で貴重な本だと思いました。
 しかし、その一方で薬物依存について他人事意識をもった人は「所詮、親が離婚し借金をかかえるような家庭の問題でしょ」と切り捨ててしまうのではないだろうかと危惧しています。この本は書店や専門家からの評価は高いようですが販売部数がのびていないとのことです。「エイズはこんなに大切な問題なのにどうしてみんな関心がないの」と言っていた過去の自分と、いまのこの本の評価とどこか似ているような気がしました。本が売れないのは本の存在を知らないだけの問題なのか、それとも他人事意識を払拭する何かが欠けているのか、これからの売れ行きに注目したいと思います。
 個人的には水谷さんのキャラクター(と言っても会ったことはないのです)が出ていてすごく訴えかけてくる内容だと思います。薬物依存で苦しんでいるジュンを正すのではなく、一人の人間として彼女を受容することで彼女自身が変わるのを待っている水谷さん。今年のAIDS文化湊易in 横浜(8月4日〜6日)のキャッチフレーズ「いま、一人ひとりができること」を実践している彼の姿勢には共感するところ大です。水谷さんは8月4日に「薬物乱用とエイズ」のセッションを持ってくれるます。

ということで今月のテーマは「一人ひとりの依存症?」
(注:ここで使っている「依存」は依存症の厳密な定義ではありません)

○コミュニケーションに依存

 コミュニケーションというのは視覚、聴覚、ことば、体を通してお互いを感じあうもので、当然相手が必要になってきます。話す相手なら夫婦、恋人、愛人、友人、知合い、行きずり、といろいろです。人と話すことでコミュニケーションをとることについては誰も文句は言いませんが、もし、あなたが誰とも話せない、コミュニケーションが取れない状況に陥ったら精神状態はどのようになるでしょうか。私だったら結構早くおかしくなってしまうのではないかと思います。人とコミュニケーションを取ることは人間にとって必要不可欠で、人はある意味でコミュニケーションということに依存し、心の平穏を保っているのではないでしょうか。

●セックスに依存?

 ただ、一つひとつのコミュニケーションには深さ、浅さがあり、自分が満足するコミュニケーションにも個人差があります。会話、本能的なコミュニケーションであるセックス、等、いろんなタイプのコミュニケーションを合わせたところで人が満たされているか否かが決まるようです。
 セックスの相手も話す相手と同じように夫婦、恋人、愛人、友人、知合い、行きずり、といろいろでしょうが、それが愛人、友人、単なる知合いや行きずりとなれば抵抗感を持ってしまう人もいますよね。どうしてなのでしょうか。誰とセックスをするかは個人の選択、自己責任です。しかし、それは逆に言えばプライバシーに関することで、とりたてて人に言うものでもありません。言うから聞いてしまった他人はその人の価値観でコメントをしたくなるものです。どのような相手を選ぶかは本人がどれほどセックスというコミュニケーションに飢えているかで変わってくるのではないでしょうか。もちろん金銭目的の人もいるでしょうが。
 若い時からセックスをするのは社会的な抵抗感がなくなったこともあるでしょうが、昔の人の方(岩室もおじさんになったか)が家庭、学校、地域でもっと多くのコミュニケーションを蓄積していたため敢えてセックスを通したコミュニケーションを求める必要がなかったようにも思えます。

○岩室がいま依存しているもの
 そこで、自分の依存について分析してみました。

★奥さん依存
 私がいま一番依存しているのは奥さんでしょう。パート仕事は持っているものの、基本的には専業主婦であり、炊事、洗濯、掃除、と家事一切をしてくれていますし、何より居心地のよい巣を作ってくれています。寮生活が10年以上にも及んだ思春期を過ごした私にとって「家庭」はあこがれだったようです。家に帰って何がいいか?
 生活全般はもちろんのこと、楽しみや価値観を共有したり、本音で話しができる相手がいることかなと思っています。その点、寮生活も友人ととことん話し合う時間がありコミュニケーションスキルを向上させる上ではよかったと思います。

★仕事依存
 その次は仕事? 皆さんは何のために仕事をしていますか。私はよく仕事をする方ですが、目的はと言われると返す言葉がありません。仕事の良いところは、毎日することがある、毎日話す相手がいる、取り敢えず仕事をしていれば収入がある、ということです。特に、「毎日することがある」しかも収入を仕事の対価としてもらっているので強制的に働かされているのでしょうが、働かせてもらっていると思うようになりました。さらに、仕事場に行けば毎日話す相手が待ってくれています。一人ぼっちになることもなく、自ら若いお母さんたちのように「公園デビュー」という新しく仲間づくりをする苦しさもありません。「仕事が生き甲斐」といった時に仕事内容の面白さもあるでしょうが、社会的に認められた状態で収入も、コミュニケーションの相手も同時に得られるというのが仕事の良さではないでしょうか。学校も同じはずですが?

★IT依存
 その次はIT(パソコン、インターネット)ですね。IT(Information Technology:情報技術)はコミュニケーションに必要な情報を容易に伝達、共有することができます。ITも「仕事のため」と言いつつ結局はコンピューターの先にいる「人」とのコミュニケーションを求めているように思います。携帯電話、i-modeにはまっている若い人達と私と大差はないと思います。メールチェックをしてそこにメールがあると何となく安心する?という感覚がいまの子供たちに広がっていませんか。学校で講演していると途中で携帯やピッチが鳴り出すことがあります。マナーがなっていない、機械の使い方がわかっていない点は「しっかり勉強しろ」と言いたいのですが、メル友がいる方がまだいいのかなと思ったりもしています。

★アルコール依存
 毎日ビール、ワイン、日本酒、あるものなら何でもOKの生活を送っていると、アルコール依存症になるのではと思いつつ、25年間飲みつづけても取り敢えずいまの所大丈夫です。お酒は好きだけどつまみや食事も一緒に楽しんでいるのがいいのでしょうか。さらに飲みながら話すことも楽しんでいます。ちなみに、カラオケでのコミュニケーションは希薄だからきらいです。他にも楽しみや拠り所がいっぱいあるので一つにはまって依存しなくても良いからなのかなと思ったりします。

●一人ひとりの依存症

 人から依存できるものを取り上げたらどうなるでしょうか。おそらく生きていくことがつらくなるのでしょう。淋しさを紛らわすためにセックスをする若い人が少なくありません。決して「セックスがしたい」のではないのですがコミュニケーション、ぬくもり、依存できるものを求めているように思います。家庭や友人関係、地域の中でもたれ合う、ぶつかり合う関係があるとコミュニケーションをとり、自分自身が依存できるものを発見できると思いませんか。依存できるものがあることは結局その人にとって大切なんです。セックスに走る若者に対して少しでも抑止力を発揮したいと思っている人は「ダメ」と言ってもそれこそダメでしょう。「ほら、こんな楽しいことがあるよ」と示してもそのことが楽しいと受取れる感性がその人にないとダメです。では、どうしたらいいのか?

○ライフスキル・生きる力

 ライフスキル教育、生きる力を育てようということが盛んに言われていますが、「それって何だろう?」と思っていました。結局、人間は人の間に身を置き触れ合う、コミュニケーションをとることで心身の安静を保つことができるのでしょう。少々のぶつかり合いの中で、人と触れ合うことに楽しみと安らぎ、そして暇つぶしをどう身につけるかがライフスキル・生きる力ではないでしょうか。子供と触れ合う、コミュニケーションスキルをみがくの機会を多くすることでライフスキル・生きる力が育まれるのではないでしょうか。
 知合いのお子さんが私の講演を聞いたあと、「エイズーいま、何を、どう伝えるか」を読んでくれたそうです。その人曰く「前から渡してあったのにぜんぜん興味を示さなかったのに先生の話を直接聞いて少し勉強してみようと思ったようですよ」と。本を読む、外界とのコミュニケーションを持とうとするきっかけをつくれたことはよかったかな、少しはライフスキルにつながるかな、と思いましたがいかがでしょうか。

 ところで、あなたはどうでしたか。いまのあなたはどうですか。コミュニケーションとっていますか?

◆CAI編集者より今月のコラム

「アタシ流のこみにゅけーしょん!」 

 学生の時から私のポリシーとして存在するのは一人で飲みにいける場所を見つけることではないでしょうか?お茶でもね、、、。でも私は。
 学生の時には同じ世代の仲間と楽しく歌舞伎町でゲロを吐くのは良いのですが時には一人で飲みに行き違う世代の人達とコミニュケーションをとるのは今の自分の人格を形成しているのでは?と最近考えます。それは就職して新しい町に引っ越しても、ギラギラと目を光らせカウンターだけの店を探し、外観、店の雰囲気、マスターのキャラ、客層など、探し当てるのにも結構センスが要求されると思います。
 就職しても会社の同僚や上司、たまに取引先の人などと酒の席を交える事もありましたが、所詮は会社のつながりで正直私は楽しめないかな。
 さーそして飲み屋デビュー!常連の仲間入りに認められれば、そこは第二の寝室?言葉、感情をさらけ出しこの上ない一時を。ああ。失敗も多いけど。

 最近のお気に入り!板橋の「蜃気楼」さん、また宜しくね。
                               わ(♂)