紳也特急 120

~今月のテーマ『十年一昔』~

●『刺青で感染しない?』
○『10年前の岩室の話を覚えていた』
●『今の時代の長屋の付き合い』
○『10年で変わる啓発方法』
●『毎年変わるAIDS文化フォーラム in 横浜』
○『十年一日』も大事

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●『刺青で感染しない?』
 質問です。先日刺青の彫り士の方と話した際、HIVは刺青では感染しないと言われるのです。墨ツボの共有のことが心配であることを話しましたら、肝炎は可能性があってもHIVウイルスは弱いし血液の中の量も圧倒的に少ないのだから絶対にありえないと言われるのです。もちろん針はディスポ前提でお話していたのですが…。私は実際の彫りの現場も刺青による感染についてもイメージがつかず、可能性としては起こりうるというあやふやな前提で話してきたことに気が付きました。今までの性教育の中ではまちがったことを言ってきたのかとちょっと心配になってきてしまいました。医療関係者なのに人に伝える立場なのに勉強不足ですみません。ただ、この刺青ブームのなかでもし感染が確実に起こるのであればやはり大きな感染経路だなあと思っています。先生のご意見お伺いできますでしょうか?
 もちろん針と墨の使い回しをすれば感染する可能性がありますし、多くの彫り師の方がその事実をご存じだと信じたいですね。それにしても感染症のことを正確に理解してもらうことの難しさをあらためて感じた次第です。その一方でこのメールをいただいて昔の自分を思い出しました。私自身、刺青(Tattoo)での感染がイメージできず、感染経路は「セックス」、「輸血」、「薬物の廻し打ち」と言っていた時代がありました。このイメージを変えてくれたのが実際に国内で彫ったTattooで感染した私の患者さんでしたので、私も偉そうなことを言える立場にはありませんでした。
 人はリアリティをもって物事に向き合うには「体験」が欠かせません。健康づくりにはIEC、すなわちInformation、Education、Communicationのセットが必要と教えてくださった現国立保健医療科学院の林院長をはじめ、いろんな人とのコミュニケーションの中で私自身の中で様々なことについてのリアリティを育ててもらった10年でした。そう、実は今月号でこの紳也特急が120号を迎え、配信が始まってから丸10年経ちました。感謝です。
 10年とは本当に短いようで長い年月の積み重ねでした。10年前の今頃、当時の県立厚木病院で診療したHIV/AIDSの患者さんは30人で、その半数は外国籍の方でしたし、診断がついても亡くなる方の方が圧倒的に多い時代でした。この10年間で患者さんの数は3倍以上になり、HIV/AIDSの治療も劇的に進歩する一方で、HIV/AIDSに対する私自身の理解や伝え方も大きく変わってきました。十年一昔とはよく言ったもので、1999年の状況と2009年の状況は大きく変わっています。そこで今月のテーマを「十年一昔」としました。

『十年一昔』

○『10年前の岩室の話を覚えていた』
 健康教育の効果は短期間しか持続しないと言われています。確かに皆さんは10年前に習ったことを覚えていますか。覚えていたとしてもそのことをいつ習ったかということは忘れていますよね。講演会の効果を評価するためには、講演会の直後だけではなく、数ヵ月後に知識や意識の変化が持続しているかを確認することが求められています。ところが、その集団をずっと追いかけることが難しいため知識や意識がいつまで続くかはわからないものだと思っていました。
 ところが先日、私の講演を10年近く前に聞いたにも関わらず、ちゃんと記憶の中に残っている人がいるというのをお隣さんに教えてもらいました。われわれ夫婦よりも10歳若いお隣さん一家とは今のマンションに引っ越して来て以来、何かと行き来する関係でした。先日、その一家と近所の飲み屋さんで飲んでいた時に、「そう言えば私の部下が岩室さんのことを知っていましたよ」という話をしてくれました。職場の人たちで風俗の話になった時に、部下の彼が風俗に行くのはいかがなものかといった話をした時に「どうして」と先輩たちが突っ込むと、「高校時代に岩室紳也という人の話を聞いた」と言い、「その岩室さんってうちのお隣さんで時々一緒に酒を飲んでいるよ」と盛り上がったそうです。高校で私の話を聞いてから10年近くは経っているはずなのに記憶の中に残っていて職場の話題になるというのはうれしい限りですし、何よりこの話を私につなげてくれたお隣さんに感謝です。

●『今の時代の長屋の付き合い』
 この情報を教えてくれたお隣さんと一緒に飲むほどまで仲良くしていなければこの事実を知らずにいたことになります。仲良くできているのはひとえに家内の内助の功です。「家内」と書くだけで男尊女卑だとか、男女平等社会に逆行と怒られそうですが、確かに私は家の中にいてくれる存在を求めていますし、そのような思いに応えてもらっています。彼女もよく私のことを超保守的な男と言いますが、その通りですね。家で食事をしない時でも、必ず家に帰ってから風呂あがりのビールを楽しむために野菜中心のおつまみを作ってもらっています。そのおすそわけがお隣さんの食卓の一品になることもしばしばで、小学校3年生になる娘さんの体の一部は「岩室家の食事で作られている」と言ってもらっています。昔の長屋ではおかずのやりとり、物々交換が当たり前だったように、わが家も前にもこのメルマガで紹介したように人呼んで「高級長屋」のお付き合いをさせてもらっています。この夏もうちの奥さんがお隣の娘さんの夏休みの自由課題を手伝うことになったようで、またそのことを口実にお隣さんとの納涼会があるだろうと、これまた楽しみが増える夏です。あらためてお隣とつながり続けてくれる家内に感謝です。

○『10年で変わる啓発方法』
 「握手でHIV(エイズウイルス)はうつる?」は紳也特急の第一号のタイトルです。紳也特急は私がパトリックとの握手でパニックになったエピソードから始まり、それからの約9年間、私はこのエピソードを講演の中で紹介し続けました。講演の際に私が生徒さんと握手をすることでその生徒さんとのコミュニケーションが生まれ、医者でも誤解していたのだから皆さんが誤解するのは無理もないけど、ぜひこの機会に「傷でうつる」といった曖昧な情報や表現に惑わされることなく、皆さんが感染する行為は「セックス」、「輸血」、「薬物の廻し打ち」に加え、最近は「刺青(Tattoo)」もありますよと言い続けてきました。しかし、最近はこのエピソードをあまり使わなくなりました。
 きっかけはある高校で「あなたは自分がエイズになるって考えたことがありますか?」という私の質問に対して「エイズって何ですか?」と真顔で答える生徒がいたことでした。確かに紳也特急をはじめたころは薬害エイズが和解したとはいえ、まだエイズパニック後の偏見や誤解が渦巻いていました。学校でエイズ教育を行っている人たちの中にも混乱がありましたし、当時配られていたパンフレットの中には誤解を生む表現が少なくありませんでした。しかし、1999年頃は「エイズ」という言葉を知らない人は一人もいませんでした。
 ところが、最近、マスコミがエイズを取り上げなくなっただけではなく、授業の中で生徒たちにエイズを教える先生たちもあまりエイズ報道を身近で経験していない若い先生たちが増えています。確かにHIV/AIDSについて教科書に記載されている内容は充実してきましたが、世間の関心が薄れた分、HIV/AIDSは数多ある感染症や病気の一つになり、授業を受けている生徒さんにとって記憶に残らない病気の一つになっているようです。そのような生徒さんに「握手でうつらないのにパニックになった岩室紳也の話」をすると、感想に「握手でうつるとわかってよかった」と書かれてしまいます。さらに、誤解が増えれば偏見や差別も助長されますので、皆さんが感染する行為は「セックス」、「輸血」、「薬物の廻し打ち」、「刺青(Tattoo)」ですとシンプルに伝えています。時代とともに人の意識や知識は変化するものだと教えてくれた生徒さんに感謝です。

●『毎年変わるAIDS文化フォーラム in 横浜』
 今年もまたAIDS文化フォーラム in 横浜の夏になりました。紳也特急が始まった年のAIDS文化フォーラム in 横浜は6回目でしたが、今年で16回目を迎えることができました。ここまで続いたのも多くの仲間、パートナーのお陰です。今年のセッションを持ってくださる方の中には岡山市で開業される一方で若者からのメール相談に日々応えておられる上村茂人先生、飛騨高山の住職の大下大圓さんをはじめ、初出演という方も大勢いらっしゃいます。友人の水谷修さんも来てくれますし、今年は水谷さんと大下さんと私とのトークもあります。HIV/AIDSを取り巻く状況が日々刻々と変化する中で、AIDS文化フォーラム in 横浜の内容も参加者も年々変化するとともに、第一回のフォーラムの際に「文化」という言葉を入れたことの意味が年々理解されていくように感じています。
 運営委員も一人ひとりができることを自然体でやっていて、一人ひとりが思いついたアイディアを出し、やれそうな人がやるという本当に気楽な、市民の手による、市民のためのフォーラムです。今回のテーマ「他人事!?」を上手に描いてくれたプロの方の文字を使って、パソコンでうちわを作った人がいました。そのうちわが素敵だったのでフォーラムの参加者に使ってもらおうと500本製作しました。皆さん、フォーラムに参加された際にはぜひ購入してください。このようにいろんな人とつながりながら歩んできましたが、あらためてAIDS文化フォーラム in 横浜を一緒に作り続けてきた仲間に感謝です。

○『十年一日』も大事
 変わることが多い中で変わらないものもありますよね。皆さんは家にいる間、何をしていますか。私は書斎で仕事をしているか、風呂に入っているか、食事をしているか、お酒を飲んでいるか、テレビを見ているかでしょうか。寝ている時間を除けば、書斎で仕事をしている時間がもっとも長いかもしれません。「紳也さんは仕事と咳しかしない」と隣の娘さんに言われていますが、10年前と変わらないことと言えば帰る家、帰りたい家がある幸せです。最近、帰る家が、帰りたい家がない若者たちが増えていますが、このことだけは「十年一昔」ではなく「十年一日」、変わらないのがいいですよね。このことについてはあらためて家内に感謝です。そしてそのような環境が十年後に今まで以上に多くの人にある社会を作りたいですね。

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