紳也特急 13

〜今月のテーマ「医療ミス」を考える〜

☆AIDS文化フォーラム in 横浜報告

●『情報公開が基本』
○『岩室の医療ミス』
●『ミスが起こるプロセス -人違いの場合-』
○『医療ミスを防ぐ工夫の限界』
●『構造的な問題』
○『専門職としての責任』
●『患者は受け手から医療の共同参画者へ』

◆CAIより今月のコラム「新学期に入りました」

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☆AIDS文化フォーラム in 横浜報告
 8月4日〜6日、7回目の「AIDS文化フォーラム in 横浜」が開催され、盛会の内に終了することができてほっとしています。6年前にこのフォーラムが始まったきっかけは、国際エイズ会議が専門家を対象としているのに、当事者である感染している人、そしてこれから感染する可能性がある人、いわゆる一般市民にメッセージを送り、一緒に考える場がないということがきっかけでした。正直なところ当初は「市民のための」とか「ボランティアによる」という言葉の意味が心から納得できてはいませんでした。6年経った今回のフォーラムの特徴は、何人もの当事者・感染している人達が自らメッセージを送ってくれたことでした。「カミングアウト」ということがセンセーショナルに取り上げられた頃と違い、今やフォーラムで当事者が語ることが当たり前になり、普通のこと、そして重要なこととしてフォーラムに位置づいています。そしてこのような活動を支えるマンパワーとして100名ものボランティアが支えてくださっていることが極自然である状況を見ると「世の中変わった」と思うのは私だけではないと思います。
 翻って私もかかわっている医療現場は、教育現場はどうでしょうか。「市民のための」というなら「患者・感染者」あるいは「若者・青少年」が中心になって「市民自ら」が求めていることを訴える環境が出来ているのでしょうか。現実の現場はまだ「当事者主体」ではないと思います。自らの反省を込めて「主体者」、「主役」について考えさせられたフォーラムでもありました。来年は2001年8月3日(金)〜5日(日)に開催されます。

今月のテーマ

○医療ミス」を考える

●『情報公開が基本』
 医療ミスが毎日のように報道されている中で、医者として何とも言えない気分でいます。そこへCAIのメンバーから「医療ミス」についてコメントを求められましたので今月は「医療ミス」について考えたいと思います。医療ミスについて考えている時に昭和60年8月12日に墜落した日航機の操縦室での最後のやり取りのテープが公開されました。このテープを聞き、多くの人は最後まであきらめなかったパイロット達の仕事ぶりを改めて評価したことと思います。「尾翼がない状況を知らず懸命に操縦していた人達に責任はない、やむを得ない状況だった」という理解が得られたと思います。しかし、このテープが公開されるまでは本当にどうにもならなかったのだろうか、という疑念を持っていた人もいたでことしょう。「薬害エイズ」、「献血によるHIV感染」の被害は判断ミスによる医療ミスで、それらの原因は患者が十分な情報公開のもとでリスクを含めて選択する権利を行使できない状況があることです。医療ミスの問題は同じように密室性にあり、情報公開や患者サイドも一緒に考える状況があれば医療ミスも減らせ、具体的かつ効果的な対策も立てられると思います。

○『岩室の医療ミス』
 常に「自分はどうか」ということを考えるようにしている私としては人を云々する前に「岩室はどうか」ということを考えてみました。私の医療ミスには自分で「気がついているミス」と「気がつかないミス」があるでしょう。患者からの指摘で気づかされたミスで、忘れられないケースがあります。大学を卒業して5年目、診療所に住み込みで診療をしていた頃に高血圧で受診していた50歳代の女性でした。薬による治療で血圧の状態も安定していたのですがある日突然来なくなりました。そして数ヶ月してから「○○という病気があったのを診療所の岩室先生は見落としていた」というお叱りの情報が入ってきました。幸い命には別状はなかったのですが思い返してみればそのような徴候がなかったわけではないので「誤診」、「見落とし」、「ミス」と言われても仕方ありません。私の反省点は、一度診断がついて治療している患者でも新たな病気がないかどうかを常に考えておかなければならないということと、患者さんに「気になる症状があれば何でも言ってください」と話さなければならないということでした。

●『ミスが起こるプロセス -人違いの場合-』
 みなさんは自分自身が人を間違わずにいられるにはどのような過程・プロセスが必要だと思いますか。私は外来で診察している患者の顔と病名が一致するまで何回かかかります。人を覚えるまでにかかる時間の違いを分析すると次のようになります。

・2回目で覚える人:印象的な外観や特徴的な病気がある人

・3〜4回目で覚える人:本人が積極的に質問をしてくる人

・5回目以降にならないと覚えない人:多くの患者さん

 このように、私の場合は患者さんの名前、顔、そして病気が一致するには少なくとも5回以上主治医という立場で会わなければなりません。しかし、病院で手術を受ける患者の場合どのような診療経過をたどって手術台に上がるでしょうか。
1.外来受診・検査予約
2.検査
3.検査結果告知(手術が必要と告知)
4.入院(手術前日:主治医も初めて会う?麻酔科医、手術室看護婦の巡回)
5.手術当日(手術は時として一度も診察していない医師が行うこともある)
 このように診断から治療までが比較的効率よく進むと医者に会う日数が5日程度で手術になってしまうケースがあります。比較的小規模の病院で、しかも医者が少ない科ではそれでも同じ医者が何度か会い、告知をし、その後のフォローを含めてお互いに顔と名前だけではなく、心理状態までも把握できますが、大病院で医者の数が多いと同じ医者に2度会わずに手術になる人が少なくありません。こんな体制では相当な注意をしなければ人違いが起こると思います。

○『医療ミスを防ぐ工夫の限界』
 患部の左右の間違いもあります。私は手術を始める際にカルテ、X線所見、等を自分の目で必ず確認するようにしています。これは先輩から繰り返し「左右を間違えた先輩がいる」、という話を聞いたためで、私も同じことを後輩の先生に話すようにしています。医療ミスが起こるたびに事故防止マニュアルの必要性が語られ、手術患者の手足にバンドを巻いたり、注射器の色を変えたり、次々と工夫も生まれています。しかし、情報、マニュアル、工夫はある程度必要でしょうが最終的にはそれらの情報を使っている「人」自体の意識の問題が重要です。ただ、正直な所、私は人のこのような能力を見分ける方法はよくわかりません。

●『構造的な問題』
 医療現場の構造的な問題があります。人違いをなくすためにリストバンドを使うことが奨励されていますが、このような対策だけで良いと思い違いをしている人がいます。本来なら主治医が手術室に入る前に心細くなっている患者とその家族に声をかけ、麻酔がかかる直前の患者にも再度声をかけていれば人違いは起こり得ません。患者の気持ちになって医者も一緒に手術室に入ると言うのが無理な時代になったのでしょうか。手術をする医者が直前まで忙しく働き、ミスをしない工夫のために患者が手術室に入る前の看護婦さんの仕事が増え、患者さんにやさしく声をかけている余裕がなくなっている状況自体が問題だと思います。しかし、医療の採算性を確保するには、短い入院期間に多くの処置をすることが必要で、その弊害が「人違い」を含めた多くの医療ミスに出ています。昔も医療ミスはあったでしょうが、私が医者になった20年前の医療内容はミスをするほど医療行為が複雑ではなく、入院期間は長く、薬は少なく、手術も限られたものでミスが起こるリスク自体が少なかったと思います。それが急速な医療技術の進歩に伴って医者が覚えなければならない知識量、こなさなければならない手技量が格段に増えた分だけミスが起こる可能性が高くなっています。同じことが看護婦さんたちにも言えます。(だからミスがあってもいいということではもちろんありません)

○『専門職としての責任』
 脱脂粉乳に毒素が混入した事件で「マニュアルはなかったのか」という指摘もありました。正直に告白しますが、私は細菌が産生した毒素が加熱で消えないということを学んだ覚えはありますがすっかり忘れていました。私の保健所管内で今回の事件が起こっていたとしたらそこまでの追及が出来たか不安です(反省)。私も反省しなければなりませんが、食品会社の専門家が忘れていたでは済まされません。マニュアル以前の問題で、医者ががんと言う病気の存在を忘れていたので経過観察しているうちに患者ががんで死んでしまったというのが許されないのと同じではないでしょうか。専門職としての最低限の知識と確認は常に怠らないようにする必要がありますし、それを怠った時は責任を追及されてしかるべきでしょう。

●『患者は受け手から医療の共同参画者へ』
 残念ながら人は必ずミスをしてしまうので、医療者一人一人のミスをカバーするシステムづくりが重要だと思います。これは単にマンパワーを増やすとか、組織の中でダブルチェック体制を作ることを提案しているのではありません。(患者に意識障害がある場合や子供除いて)患者自身も医療に参加して「先生、看護婦さんこの薬はいつもの抗生物質ですよね。でも5日間も使っているのに一向に熱は下がらないですね」といったように自分が受けている医療内容を患者・当事者が医療者と一緒に確認することが必要ではないでしょうか。現状では医療内容の良し悪しについての客観的な情報は人の噂程度のものしかありません。今でも「医者にこんなことを聞いていいのでしょうか」という相談を受けますが、大いに聞くべきです。聞くことで患者自身が判断する基準ができます。何よりその時の医療者の対応で、情報を開示する立場をとっているか、患者の気持ちを大事にしているか、ミスをしそうか、がわかると思います。それでも「医者に任せて自分は目をつぶっていたい」と思っているあなたは医療ミスから逃れられない???

余談:包茎対応の医療ミス???
 3歳児健診で「うちの子は包茎ですか?」と相談した親に対して医者・保健婦が(包茎の対応についてあまり勉強もせず無責任に)「泌尿器科に行って相談しなさい」と言い、泌尿器科医も(岩室の論文を読まず慣習で)真性包茎だから手術をした。その結果「ムケチン」になっていじめられて登園拒否になった男の子。さて、これは誰のミス(?)ですか?

◆CAI編集者より今月のコラム
「新学期に入りました」

みなさん、宿題はちゃんとやりましたでしょーか? ワタシは「ボクの夏休み」を8月3日までしかできませんでした。 残り28日分の夏休みをどう処分したらよいのでしょう? やっぱ来年の夏まで寝かせておこうかな?

 さて、身体を動かしつつ、遠くを見ることの多かった職を変え、 毎日10時間はコンピューターを操作する仕事を続けていたら、 最近になり、視力がぐぐっと落ちてしまいました。 投げられた消しゴムが、途中で見えなくなってキャッチできない...。 反射神経も鈍ってきているのかな。
 なんでも、アメリカには動態視力がアップするビタミン剤があるとのこと。「ソーサや、マグワイアが去年あんなにホームランを打てたのは その薬を飲み続けているおかげ」 というまことしやかな噂を耳にしました。 ドラッグストアで普通に販売されている商品らしく 日本でも探せば手に入るような気がするので 探しているのだけれど、なかなか見つかりません。ご存じの方はCAIまでご一報下さい。 どうしても、「あること」に挑戦したいのです。 ふふふふふ。楽しみ。
                              絹(♀)