紳也特急 231

~今月のテーマ『新時代のエイズ対策の方向性』~

●『生徒の感想に気づかされたこと』
○『「治療ができる病気」という話はもういらない』
●『医療の課題』
○『予防はコンドームから治療へ?』
●『あらゆる場面で検査を』
○『LGBTQを言う前に』
●『HIVと薬物使用』
○『HIVを持っていても苦しまない』
●『新時代のエイズ対策では』

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●『生徒の感想に気づかされたこと』
 先輩から「生々しい」と聞いていたので少し緊張しましたが、聞いてみると奥が深くて聞き入りました。普通、学校生活で耳にしない言葉がたくさん出ましたが、みんなが笑って講演会に出られてよかったと思います。(中3女子)

 「人間はいきているだけで迷惑を周りに与えている」という言葉が印象に残りました。この前の話で「人間はいきているだけでありがとう」という言葉があって、僕は「生きているだけでありがとう」に賛成の方なんですけど、今回の「生きているだけで迷惑を周りに与えている」ということを知り、生きるってことは大変だと少し思いました。(中3男子)

 岩室先生の友人がエイズになったのは「自分でとった行動だから」と言っていました。このことから私は最後は自分で考えて行動するということを学びました。(中3女子)

 先生は医者だから人の亡くなっていくところをたくさん見て、命の大切さを知っていて、そういった方から命の大切さを教えていただくのはありがたいことだととても学びになるなと思いました。先生が何度もおっしゃっていた「人と話す」ということを大事にしていきたいなと思います。(中3)

 何気なくこのような感想を読んでいた時に、いろんな人とHIV/AIDSの話をする機会をいただき、気づかされたことがありました。岩室紳也はこれまでさせていただいてきたHIV/AIDSに関する多くの経験を、自分の診療、講演、仕事、生活、考え方の中で、それなりに活かしてきていました。一方で、これまでの経験値の蓄積をきちんとまとめ、提示してきいませんでした。そのため、保健医療や教育分野の関係者と話をしていても、マスコミの取材を受けていても、どことなく「今の時代のHIV/AIDSは違うんだけど」と思いつつ議論がかみ合っていませんでした。
 そこで今月のテーマを「新時代のエイズ対策の方向性」とし、岩室紳也がいま、HIV/AIDS対策はこうあるべきと考える姿をまとめてみました。

『新時代のエイズ対策の方向性』

○『「治療ができる病気」という話はもういらない』
 HIV(エイズウィルス)に感染しても治療をきちんと継続すれば、AIDSを発症することなく、天寿を全うできる時代になりました。もちろんこのことがきちんと伝わっていないからもっと啓発を、教育をしなければならないという人もいます。確かにHIV/AIDSが未知の、怖い病気だった時代を知っている人はそう思うかもしれませんが、イマドキの若者たちにAIDS文化フォーラムで案内文を読んでもらうと「エーアイーディーエス文化フォーラムにようこそ」と読む時代です。「エイズ」という呼び名自体を聞いたこともない時代になったので糖尿病と同じように扱って欲しいものです。
 糖尿病もエイズも高校の教科書に記載されています。肥満から糖尿病になる場合もあり、その人たちは食べ過ぎなければ、運動をきちんとすればいいこともわかっています。もちろん予防や治療をきちんとしなければHIV感染症同様、様々な合併症を起こします。糖尿病を専門に治療に当たっている先生たちは、いかに患者さんがきちんと生活習慣を確立できるかを考え、日々工夫をしながら診療をしています。すなわち、HIV/AIDSも糖尿病も、医療(治療)が提供できることは十分進歩して確立されているので、HIV/AIDSだけを特別伝える必要はありません。興味をもった人は教科書を読めばいいのです。

●『医療の課題』
 HIVの医療で一番の問題は、診療してくれる医者がまだまだ少ないことです。もちろんちゃんと診てくださる先生も徐々に増えていますが、診療拒否も解消されないどころか、いろんなところで増えているようにも感じます。その原因は医者ですが、医者が取得する医師免許が医者にとって単に収入を得る手段になっていることで、この問題はHIV/AIDSだけではなく、地域医療全般に言えることです。

 医師法には以下の記述があります。

 医師法 第四章 業務 第一九条 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。

 詳しくは延べませんが、「マズローの欲求5段階説」のトップにある「自己実現」を叶えた人たちに共通する15個の特徴の一つに「手段と目的が明確に区別でき、目的を重視する。」というのがあります。医師免許は所詮手段で、国が医師に免許を与える目的は医師法第一条にある「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする」です。このことは第159回直木賞受賞作の島本理生「ファーストラブ」(p170)にも書かれていました。

 人助けしたいやつはたいてい同情できる人間しか助けたがらない。助けたくない人間まで助けなきゃいけないのが医者と弁護士だけ。

 少なくとも作者の医者への期待は大きいのですが、それを裏切っているのが医者なのでしょうか。でも、これはHIV/AIDSの世界だけの問題ではなく、医者の偏在といったことを含め、制度全体で考える必要があるようです。

○『予防はコンドームから治療へ?』
 岩室紳也がHIV/AIDS対策に取り組み始め、脚光を浴びたのは、当時、多くの人が口にしたがらなかった「コンドーム」を公言し続けたからです。しかし、治療の進歩のおかげでHIV感染予防の考え方が少し変化してきています。HIVに感染していても治療をきちんとすればAIDSを発症しないだけではなく、精液、血液等の中のHIVが現在の検査技術では検出できないほどのレベルまでウイルスを抑え込むことができます。そのようにウイルスが抑えられている人はコンドームなしでセックスをしても相手にうつす可能性が「ほぼゼロ」と言えるようになりました。
 ここで大事なことは「ほぼゼロ」ということと共に、「ちゃんと治療をし、ウイルスが抑えられている人」である必要があります。「私はHIVに感染しているけど、ちゃんと治療しているからあなたに感染させないからコンドームなしのセックスを楽しみましょう」という言葉を信じてはいけません。それなら、なぜ岩室はこの事実をこうやって書くのでしょうか。「私は性感染症を持っていないからコンドームなしのセックスを楽しみましょう」と誘う人がいた時に、「決めるのはあなたです」ということをお伝えするためです。

●『あらゆる場面で検査を』
 結局のところ、感染している本人にとって一番大事になるのが感染しているか否かを確認するための検査を受けることです。糖尿病の人でも同じです。「糖尿病が悪化し、のどが渇いて水分を多量に飲むようになったり、尿の量が増えたりしている人は検査を受けましょう」とは言わないですよね。なぜなら、そのようなことを訴える前に、毎年の健康診断で血糖や尿糖の検査をすればいいだけのことです。しかし、HIV感染に関してはプライバシーなどを「言い訳」にして、ご本人にとって大事な健康診断の場面を奪っています。
 手術前の血糖検査は必須項目です。なぜなら糖尿病がコントロールされていない人が手術を受けるととんでもない合併症が起こるからです。手術前の肝機能検査も必須科目です。肝臓が悪い人に手術の時に様々な薬を使うと、その副作用で死なないとも限りません。同じように手術前のHIV抗体検査も必須項目です。HIVの影響で免疫力が低下している人が大きな手術を受けると、さらに免疫力が下がり、手術が成功しても合併症で死んでしまう可能性があるからです。
 職場への採用前のHIV抗体検査も必須項目です。せっかくこの人材が欲しい、活躍して欲しいと思っているのに、本人がHIV感染に気付かず、治療開始時期が遅れ、それこそ亡くなるようなことがあれば、職場にとっても大きな損失です。
 「身に覚えがある方は検査を受けましょう」というスローガンは早くやめて欲しい呼びかけです。そう言っているあなたこそ、不勉強、偏見の塊だということを自覚してくださいね(笑)。

○『LGBTQを言う前に』
 MSM(男性とセックスをする男性)の間でHIV感染が広まっていたことは事実です。しかし、これからも同じ状況が続くかと言えば、必ずしもそうとは言えません。
 健康づくりで最も成功したとされる「80歳で20本以上の歯を」と訴えた8020運動の成功要因は単純でした。できる人ができることを、身をもって示したことでした。職場でブラッシングしたり、かかりつけ歯医者さんがいることを日常生活の中で話したり、歯医者さんも「ではまた来年も来てくださいね」と営業努力を重ねたりと、できる人ができることを重ね続けた結果が今の日本人の歯の状況をよくしています。
 セクシュアリティだけではなく、そもそも性の問題について真剣に取り組んでいるのは今やセクシャルマイノリティと言われる人たちです。異性愛者たちの集団は、性教育バッシングをはじめ、結局のところきれいごとを唱えている人たちに翻弄されています。将来的には「あれ? なぜ日本だけが異性間のHIV感染がこんなに蔓延したの」と世界から驚きの目で見られる可能性もあります。でも、それはHIV/AIDSだけの問題ではありません。

●『HIVと薬物使用』
 反省を込めて言うと、この夏に「つながりから考える薬物依存症」(大修館書店)を出すまでの経緯こそが岩室紳也がHIV/AIDSに関して一番学んでいなかったことでした。HIV/AIDSの診療を行い、日本の薬物依存症の第一人者である松本俊彦先生が身近にいたにもかかわらず、自分自身が薬物使用者の診療をすべき立場と思っていませんでした。これは今回書かせていただいたように、「診療拒否をする医者」、「術前検査をしない医者」と同じレベルでした。だからこそ敢えて「新時代のエイズ対策」をかかせていただいています。ぜひ多くのHIV診療医が自分の外来診療の中で薬物依存症のプライマリケアを展開する時代を作り上げたいものです。

○『HIVを持っていても苦しまない』
 よく、「HIVに感染している人たちの苦しみを支えたい」という人がいらっしゃるのですが、それこそ「新時代のエイズ対策」の状況をご存じないと言わざるを得ません。なぜなら、もちろん全員とは言いませんが、多くのHIVに感染している当事者の方々は淡々と治療をし、仕事を、恋愛をし、日常生活を送っておられます。面倒なことと言えば、2~3か月毎に通院をしなければならないことでしょうか。ご心配をいただいていることはありがたいのですが、現状は大きく変わってきていることをお知らせすべきとこのようなことを書かせていただいています。

●『新時代のエイズ対策では』
★採用時や健康診断、手術前のHIV抗体検査を常識にしよう。
★どの医療機関でもHIV感染症の治療薬を投与できるようにしよう。
★薬物使用者を、HIVの診療をしている医療機関もフォローするようにしよう。

「あれ、コンドームの達人はコンドームを放棄したのか?」と思われた方へ。
もちろん、そうではありません。
避妊が必要なのにコンドームを使わない方がいます。
フェラで様々な性感染症をもらう可能性があるのに、フェラの時にコンドーム
を使わない人がほとんどです。
もちろんコンドームは大事です。

 でも、先に紹介した「自己実現を叶えた人たちに共通する15個の特徴」の一つに「正確に現実を知覚し、未知や曖昧さを好む。」というのがあります。
 「人間なんて所詮理屈通り、理想通りの選択ができない」という現実を知覚し、「なぜできないのだろうか」という自分にとって未知や曖昧と思ってしまうところを好むことが大事だそうです。コンドームを使わない人へのアプローチにはもしかしたらこのような人間心理に働きかける新しいアプローチが必要なようです。ぜひそのような新しいアプローチを開拓したいと思っています。