紳也特急 235

~今月のテーマ『歪んだ自己実現』~

●『児童虐待の結果の「死」』
○『マズローの欲求の5段階説』
●『「自己実現」は誤訳』
○『認知の歪みと歪んだ自己実現』
●『歪んだ自己実現が可能となる環境』

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●『児童虐待の結果の「死」』
 児童虐待の末に「死」という悲しい結末に至る事件について、世間は、社会は、そして一人ひとりはどう受け止めているのでしょうか。千葉県野田市で心愛さんが両親に殺された事件は親の、児童相談所の、教育サイドの責任と考えているのでしょうか。児童養護施設の施設長が元入所者に殺された事件は、「成人して『誰でもよかった』と言うのはあまりにも非常識。お世話になった施設長に何とむごいことを」とただただ憤るだけなのでしょうか。ちゃんと根っこの原因について考えたいものです。
 久しぶりに中学校の講演で「チャンピオン君は出すな」、「当校で使用している中学校の教科書に書かれていないマスターベーションの話はするな」、「児童養護施設のお子さんもいて、施設ではスマホの所持を認めていないので配慮を」、「虐待を受けていた子がいるから『レイプ』を話題にしないでくれ」と言われました。もちろん学校の要望はそのまま聞いて講演をしたのですが、生徒さんからは「いつからセックスをしていいのか?」といったストレートな質問がありました。「触らぬ神に祟りなし」の大人たちと、それこそ日々現実と向き合い続けている生徒さんたちのギャップは本当に大きくなっていると感じています。
 一方でうれしい出会いもありました。薬害エイズ問題に真正面から取り組んでこられた先生が、講演の中で「専門家として、各自が積極的に意見を発信する重要性」という話をしてくださいました。専門家であればなおさら真摯に事実と向き合い、社会の、一人ひとりの常識を疑い、根っこの問題を考えることを心がけ続けたいと思っています。
 最近、日本人が当たり前のように使っている言葉が、実は根拠がなかったり、誤訳だったりということに気づかされています。インターネットの専門家の宮崎豊久さんが見つけてくださったマズローの言葉を読んでみてください。

自己実現の欲求を叶えた人たちに共通する15個の特徴
 1)正確に現実を知覚し、未知や曖昧さを好む。
 2)自然・環境・他人・自分を受け入れる受容性がある。
 3)行動が自発的かつ自然体で気取りや作為がない。
 4)普遍的かつ社会的な課題が興味の中心にある。
 5)孤独を好みプライバシーへの欲求が強い。
 6)物理的・社会的に外部の環境から独立している。
 7)認識が絶えず新鮮で様々なことに感動する。
 8)神秘的な体験に価値を感じる。
 9)人類全体に対して役に立ちたいと考えている。
 10)少数の人間との深い結びつきを重視する。
 11)民主的な性格で他者への偏見が薄い。
 12)手段と目的が明確に区別でき、目的を重視する。
 13)哲学的で悪意のないユーモアセンスを持つ。
 14)健康的な子供に近い創造性と独創性を持つ。
 15)特定の文化に組み込まれることに抵抗する。

 「あれっ?」と思いませんか。「自己実現」とこの「共通する15個の特徴」に矛盾を感じ、原文を含めて再検証してみました。そこで今月のテーマを「歪んだ自己実現」としました。

『歪んだ自己実現』

○『マズローの欲求の5段階説』
 「自己実現の欲求」を最上位にしたマズローの欲求の5段階説に多くの人は学び、「そうなんだ」と思っていなかったでしょうか。何を隠そう、私も疑問に思うこともなく、「人間の欲求をそのように階層化できるんだ」とそれこそ考えることを放棄していました(反省)。しかし、原文を読んでみると、そもそも「欲求の5段階説」自体が誤訳でした。
 「欲求の5段階説」の原文は「hierarchy of needs」です。「needs」は「欲求=demand」ではなく「必要とすること」です。また、「自己実現」の原文は「self-actualization」です。マズローは、人間には「生理的」「安全」「所属」「承認」「self-actualization」の「欲求」があると言っていたのではなく、「生理的」「安全」「所属」「承認」「self-actualization」
が「必要」だと言っていたのです。

●『「自己実現」は誤訳』
 では「self-actualization」の正確な訳は何かを探ると、「(自らの才能や潜在能力に応じて)できることを具現化すること」です。「できることを具現化する」というのは「自己実現」に近いものだととらえることもできますが、「自らの才能や潜在能力に応じて」という言葉が加わることで、「欲求」のように背伸びするのではなく、その人なりにできることを具現化することが「必要」と言っているのです。
 「自己実現」という言葉は学習指導要領に繰り返し登場するだけではなく、現行の高校の教科書には「心の健康と自己実現」という章まであります。そこには次のように書かれています。

 「~になりたい」「~してみたい」など、自分なりの目標をかかげてそれに近づこうとすることや、それを達成することを自己実現と言います。人間には、自分自身を高め、もっている力を最大限に発揮したいという高次な欲求があり、それが自己実現の原動力になっています。

 私から誤訳と教わった先生が、「昨日の授業で『あなた方は何になりたいのですか。よく考え、自分の目標を設定し、それに向かって頑張ってください』と自信たっぷりに話してしまった」と反省されていました。実際、岩室紳也は子どもの頃は飛行機のパイロットになりたいと思っていましたが、目が悪いため断念せざるを得ず、それ以降は「〇〇になりたい」といった「高次な欲求」はありませんでした(苦笑)。いま、医者になり、HIV/AIDSをはじめとしたいろんなことに首を突っ込んでいるのも、「(自らの才能や潜在能力に応じて)できることを具現化している」だけのように思います。そしてそれをし続けることが岩室紳也にとって必要だったのです。

○『認知の歪みと歪んだ自己実現』
 痴漢をした人たちは「女性も喜んでいると思っていた」そうです。その人たちは実は、家でも、学校でも、職場でもいい子、いい人を演じている、演じさせられているため、気が付けば演じている世界がリアルなのか、バーチャルなのかの区別がつかなくなっているのではないでしょうか。そして「認知の歪み」の結果として痴漢という社会的に容認されない行為に走ってしまっているだけです。
 心愛さんの事件も、他人から見ればひどい虐待でも、父親は「正しい躾」だと思って、スマホで動画まで撮影していたと思います。もちろんその行為は正常な感覚からすれば間違いなく「認知の歪み」です。しかし、何でもいいから「自己実現」を果たしたいと思った結果が、歪んだ躾、歪んだ自己実現だとすると、そのような行動に至った原因は何でしょうか。
 「施設に恨みがあった。施設の関係者なら誰でもよかった」という発想は、「恨みを晴らす」という自己実現のために、(他者から見れば理解できない)殺人という行為に至ったと考えると、そのような認知の歪み、歪んだ自己実現に至った原因が見えてくると思いませんか。
 「生理的に必要な食料等を得」、「安全も獲得でき」、「家族、児童養護施設等に所属でき」、「周囲の人から承認もされ」た上で、人は「(自らの才能や潜在能力に応じて)できることを具現化できる」人たちは健全な社会性を身に着けられることは容易に想像できます。しかし、家でも、学校でも、施設でも、職場でもいい子を演じ続ける一方で、「で、君は何になりたいんだ」「何をしたいんだ」と言われても、返す言葉が出ない人は大勢います。教科書が、学習指導要領が、世間の自己実現プレッシャーが様々な事件の根っこの原因の一つになっていると思いませんか。
 人はいろんな辛い経験や失敗もするでしょうが、辛い経験や失敗を重ねながら、その一方で、できたことを褒めてもらえれば自信が生まれ、次のステップに進めるのではないでしょうか。PTSD(Posttraumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)という言葉は有名ですが、私はつい先日までPTG(Posttraumatic Growth:心的外傷後成長)という言葉は聞いたことはありませんでした。しかし、言われてみれば当たり前のことで、心的外傷に直面しても、そこから人はいろんな関係性の中で、自分の生き方を見つけていけるはずです。だからこそ、一人ひとりのトラウマに、一緒に向き合ってくれる人を増やす必要があります。

●『歪んだ自己実現が可能となる環境』
 今の世の中は昔であれば絶対素人では撮影できない動画をいとも簡単に撮影できます。昔だったら、そもそもカメラも大きく、隠し撮りができないだけではなく、万が一撮影に成功しても、写真部に入っていなければフィルムを現像することも、焼き付けることもできませんでした。しかし、今は国会議員までもがパートナーとのセックスの場面を動画で撮影していたといった「歪んだ自己実現」が可能となる環境になっています。
 だからこそ、岩室紳也は「アダルトビデオ、エッチサイトは5人以上で見ろ」「オナニーは1日に5回以上しても大丈夫」など、「あの人は嘘をつかない」と思ってもらえる講演をこれからも生徒さんに届けたいと思っています。
 こんな感想をもらいました。

 何かを教える人間とはということについても考えさせられた。貴重な時間だった。(高1男子)

 でも、それを阻むのが「傷つきたくない病の大人たち」だと改めて思いました。
 大人よ、もっと自信を!!!