紳也特急 254号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,254  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『「伝える」から「伝わる」へ』~

●『生徒の感想』
○『「正解依存症」が阻むリスクコミュニケーション』
●『戦時中と同じ!?!』
○『できていなかったことはすぐにはできない』
●『どこから、どこへ、どうやって』
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●生徒の感想
 久しぶりに中学3年生を対象に対面の講演をさせていただきました。最前列の生徒さんは私から2メートル以上離れていたため私はマスクなし。もちろん換気と空気の流れの創出はばっちり。生徒への質問をする時はマスクをした先生が生徒にマイクを向けてくださいました。「思春期講演会」という位置づけでしたが、HIV/AIDSだけではなく、新型コロナウイルスも盛り込んだところ、生徒さんの理解も深まったと思います。

 私はこの講演をきいて、ここまで本当のことをまっすぐに言って、教えてくれる人は今まで一度もないと思いました。

 今回の講演を聞いて、感染しないために何かをがむしゃらにするのではなくて、簡単なことを丁寧にやればいいと分かった。

 コロナウイルスのこともくわしく教えてもらいました。2m以上離れていればマスクをつけなくていいこと。水筒などを床においてはいけないことです。これらの新しく知ったことをいかしていけたらいいなと思います。

 講演を聞くまで、コロナは2m離れていてもうつると思っていました。ですが、人と人が向かい合わなくて、同じ方向に向いていればうつらないことを初めて知りました。

 志村さんの話も今はメッキリされませんが、ご家族の方々はけんさんの顔を一度も見ることなく、白骨化した状態でもどってきた。しかし、飛沫さえ防げれば顔を合わせることができたらしい。それを聞いて思ったことは、無知ということは恐ろしいなと、ただただ思いました。

 今、新型コロナウイルスの感染者を差別したり、過度に遠ざけたりすることが問題になっています。その話を聞いただけでは、私もきっとそれをする側になると思います。しかし、岩室先生は、しっかりとした知識から、マスクを外して講演をしました。どの社会問題にも言えることだと思いますが、私たちは知識、経験が少なすぎるから、人をそうやって差別したり、過度に隔離してしまうのだと思います。だからこそ私は「リアル」を知ること、考えること、大人になってもたくさんの人と関わりながら、していかなければならないと思いました。

 ビックリしたのが最後の感想でした。「差別」とか、「リアル」といった言葉は使っていないのですが、何かを感じてくれたようでうれしかったです。大人たちはよく「正しい知識」と言いますが、「正しい」には、「間違っていない」や「曖昧」も含まれています。さらに「伝わる」こともあれば「伝わらない」こともあります。多くの人は「伝える」ということを簡単に、自分目線で考えていますが、相手があることですので、「伝える」だけではなく「伝わる」という意識を持ちたいものです。そこで今月のテーマはずばり、『「伝える」から「伝わる」へ』としました

「伝える」から「伝わる」へ

○「正解依存症」が阻むリスクコミュニケーション
 今回、新型コロナウイルスのことでいろんな方と話をしていると、正解依存症に陥っている方が一定数いらっしゃることに気づかされます。岩室紳也が考える正解依存症とは以下のような状態です。

 自分なりの「正解」を見つけると、その「正解」を疑うことができないだけではなく、その「正解」を他の人にも押し付ける、自分なりの「正解」以外は受け付けない、考えられない病んだ状態。

 その一方で「リスクコミュニケーションが重要」という言葉が独り歩きしています。リスクコミュニケーションをわかりやすく解説していた階層図は、下段から「情報の伝達」→「意見の交換」→「相互の理解」→「責任の共有」→「信頼の構築」の順になっています。トップが「信頼の構築」ですが、正解依存症の人にその人の正解を押し付けられてもとても「信頼の構築」はおろか、「意見の交換」さえもできません。すなわち、正解依存症の人たちはリスクコミュニケーションが成立し得ない人たちということになります。

●戦時中と同じ!?!
 戦時中のこととこのコロナ禍の時代を経験値で比べることはできません。ただ、朝の連続テレビ小説「エール」でちょうど今、第2次世界大戦の真っただ中の日本を描いていて、そこに流れる重苦しい空気はまるで今の時代と同じだと感じています。
 戦時中、国が言っていたことを盲目的に信じた正解依存症の人たちは一切聞く耳を持たず、自分たちが信じた正解を周囲に押し付けていました。「どこか変?」と思ってもとても言える雰囲気ではなかったでしょう。今回のコロナ禍でのマスクがその典型で、今朝のテレビ番組でも「感染症の専門家」が「マスクが大事」と得意気に話し、「どのような場面でマスクが大事」ということは一切話していませんでした。

○できていなかったことはすぐにはできない
 閉塞感と言えば東日本大震災後、被災地では心がつらくなる人たちが増え、こころのケアチームが数多く支援に入ってくださいました。もちろん大変ありがたかったのですが、自ら「つらい」と言える人や、周囲が変調に気づいたり、スクリーニングでこころのケアチームにつながったりする人にとって大変ありがたい存在でした。しかし、こころがつらくなっていても、自分自身のこころの状況を上手く理解も処理もできず、突発的な行動に出ないとも限りません。そのような事態も想定し、陸前高田市ではハイリスク者対策に加え、「はまってけらいん、かだってけらいん運動」を推進してきました。気仙地域の言葉で、「はまって」は「集まって」、「か?だって」は「おしゃべりをする」という意味で、カールロジャーズの「人は話すことで癒される」を地域の中で実践し続け、「自殺を予防する」のではなく「気がつけば自殺が減っている」社会づくりを目指し続けています。
 このような思いになったのは、陸前高田市では震災前からHIV/AIDSのイベントを市役所と青年会議所が続ける中で、人と人がつながることの大切さを共有できていたからでした。逆に、このような土壌がなければ、早期発見、早期対応や相談しましょうといった通り一遍の発想しか生まれませんし受け入れられません。実際、竹内結子さんが亡くなられた後のニュースを見ても「官房長官は特定の事例には言及しなかったものの、新型コロナウイルスの影響下で悩みを抱えている人もいると述べ、自殺防止のためのホットラインや相談窓口などを利用するよう呼び掛けた」と繰り返し報道されています。官房長官は素人ですので致し方ないのですが、せめて、「この閉塞感でつらくなっているこころを癒すため、最大限の感染予防策を講じながら、リアルで、対面で、人と話す機会を増やし続けたいものです」という原稿を誰かに作っていただきたかったです。でも、できていなかったことはすぐにはできないのです。

●どこから、どこへ、どうやって
 性行為で感染するHIV/AIDSを伝えようとしたとき、「性感染症」という言葉はもちろんのこと、実は「セックス」という言葉でも伝わらないということを突き付けられていました。さらに言うと「コンドーム」も丁寧に、科学的に、わかりやすく伝えなければ予防方法になるということが伝わらなかったのです。今回の新型コロナ対策として、航空会社で、さらにはスーパーで手袋をして対応している人たちは「何のための手袋?」ということを考えないで「とにかく手袋」や「言われたから手袋」になっていないでしょうか。もっとびっくりは電車の中で床に荷物を置いている人のあまりにも多いことです。で、感染症の正確な情報が伝わるにはどうすればいいかを考え、試行錯誤し続けた結果たどり着いたのが「病原体(ウイルス)は、どこから、どこへ、どうやって」でした。
 「そんなの当たり前」と思った人も多いと思いますが、そもそもセックスの際にウイルスがどこにいるかの前に、「そもそもセックスって何?」という人もいれば、「射精って何?」という人もいます。新型コロナウイルスでも、「飛沫?」、「接触感染?」と聞いて頭の中に「?」が林立している人は、「接触アプリ」と聞いて「人と触れ合うのがいけない」と勝手に思い込んでいても不思議ではありません。
 結局、伝わる話は、伝える側がちゃんと伝えたい相手と繰り返しコミュニケーションを取り、双方が納得できる伝え方にたどり着くことが求められています。でもそのような話ができる専門家はまだまだ少ないようです。この閉塞感が和らぐのにはもう少し時間がかかりそうですね。皆さん、ぼちぼちやりましょう。
2020年10月1日