紳也特急 260号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,260  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行) 
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~今月のテーマ『「わかりあう」ではなく「わかちあう」』~

●『生徒の感想』
○『わかりあえない自分を認める』
●『AIDS「文化」フォーラム』
○『「わかりあえない」のは当たり前』
●『「わかちあい」を促進するする「対話」』
○『「わかちあい」を阻害する「わかったつもり」』
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●生徒の感想
 はじめは90分間ずっと話を聞くのは大変そうだなと思っていましたが、あっという間に講演が終わっていて、すごく驚きました。(中3女子)

 私は今、お付き合いしている男子がいるのですが、その人に何度もせがまれ、少し困っていました。なので今日、岩室先生の話を聞くことができ、自分でやりたくないと思った時はきちんと断ろうと思いました。(中3女子)

 先生のお話を聞いている内に気がついたことがありました。それは、話の中に出てきた感染症や依存症について、どうしても他人ごとだと思ってしまう根拠のない自信を持ちがちになっているということでした。(中3女子)

 全然知識がなかったことがわかりました。先生にあの2時間で教えてもらったことは、今後の人生で役に立つと思うので、これからもそういった「正しい知識」を学ぼうと思いました。
 僕がこれまで参加した講演会は、パワーポイント等を使った、いわゆる「全く身にならない講演会」だったので最初は先生の講演会を「たいくつそう」だと思っていたのですが、いざ始まると、先生の話をあきずに聴き、良い経験にすることが出来ました。ありがとうございました。(中3男子)

 若い人たちに話す機会は、私自身にとって元気をもらえる場になっています。感想文だけを紹介すると彼らが私の話をそれなりに受け止めてくれているように思うかもしれません。でも、実際は私の話に対して必ずしも快く思っていなかったり、反発している生徒さんもいたりしますが、そのような生徒さんは、担任の先生たちが読むであろう感想文に本音を書くはずもありません。
 そんなことを考えていた時の講演でインターネットの専門家の宮崎豊久さんに教えていただいた「コミュニケーション」の語源が「わかちあい」だということを再確認していました。正直なところ、65歳の私が10代の若者たちの感覚について理解することも、また、若者たちがこの年配者を理解することも難しいと思います。年齢に関係なく、人と人が「わかりあう」ことは不可能と言ってもいいと思います。しかし、私が若者たちの感覚を、若者たちがこの年配者の思いをお互いに「わかちあう」、「共有する」ことはできるかと思っています。そこで今月のテーマを、「わかりあう」ではなく「わかちあう」としました。

「わかりあう」ではなく「わかちあう」

○わかりあえない自分を認める
 ゲイの友人に「何でゲイなの」と聞き、「岩室さんは何で女が好きなの」と返された時、「男なら女でしょ」とつい言ってしまった自分がいました。今だったらきれいごととして「LGBTQをはじめとしていろんな生き方があるよね」と言えますが、そもそも人は、自分とは違う他人を本当に理解できるのでしょうか。自分がなぜ女性に惹かれるのかを説明できないことを思い知らされたこの会話を通して、そもそも相手を「理解できる」、お互いが「わかりあえる」というのは空想ではないかと思っていたようです。ただ、そう思っている自分に気がつくのにその後何十年もかかり、こうやって文字化できたのはごく最近の出来事でした。

●AIDS「文化」フォーラム
 今年で28回目を迎えるAIDS文化フォーラム in 横浜ですが、これまでも多くの人たちから、どうして「AIDS」にこだわるのか、「文化」と名付ける意味は何か、と指摘され続けてきました。実は同じ思いを私自身も持っていましたが、最近になってやっと「AIDS文化フォーラム」の名の意味とその重みがわかるようになりました。
 27年前に始まったAIDS文化フォーラム in 横浜では、何と27年間もHIV/AIDSについて考え、対話し続けてきました。他の感染症で、市民が、同じ市民のためにその感染症について考え、いろんな人と対話し続けてきたフォーラムはあったでしょうか。当時の事務局長だった長澤勲さんが「フォーラムがHIV/AIDSを医療だけの問題としてとらえるのではなく、広く文化の問題としてとらえることに重きを置いているからです」と教えてくださっていました。しかし、正直なところ当時の私の頭の中は「??????」でした。今思うと、私はこの「文化」という表現について、命名者の思いを「わかりあう」状況にはありませんでした。しかし、「何だかよくわからないけど、何となく間違いではなさそうだし、まっいいか」という気持ちで「わかちあう」ことはできていたようです。そして、28回目を迎える今年のフォーラムでは、人が生きていること自体を「文化」ととらえるからこそ、HIV/AIDSを単なる感染症ととらえるのではなく、HIV/AIDSでつながった人たちを通して様々なことが「わかちあえる」と感じています。
 
○「わかりあえない」のは当たり前
 先日、違法薬物所持で刑務所に入っていた人が出所し、私の外来に来られました。その人が刑務所に入っていた時に一度だけ刑務所に出向き面会していました。その時のことを「何で先生が来たのかわからなかった」と話してくれました。なぜ岩室が会いに行ったのか。目的は何だったのか。そのように聞かれても正直なところ答えはありません。たまたま行く時間とそちら方面に出向く機会、さらに刑務所から手紙をいただいたといういろいろが重なったからとしか言えません。正直なところ会ったからと言って何かが変わるとも思っていませんし、その人がどのような思いで刑務所に入れられる行為に至ったのかもわかりませんし、わかろうとする気もありません。すなわち、「動機」は「わかりあえない」けど、「結果」を「わかちあいたい」と思っていました。
 
●「わかちあい」を促進するする「対話」
 斎藤環先生に教えていただいた、「対話(dialogue)の目的は『対話を続けること』。相手を変えること、何かを決めること、結論を出すことではない」という一言は非常に示唆に富んでいます。「わかりあう」ということは結論を共有することですが、「わかちあう」ということは「対話を続けること」のようです。すなわち、お互いが目指している方向性や、思っている結論が違っていても、まずは「そういう考え方をする人もいるんだ」ということを「わかちあう」ことが重要です。
 
○「わかちあい」を阻害する「わかったつもり」
 これも斎藤環先生の言葉ですが、「議論、説得、正論、叱咤激励は「対話」ではなく「独り言」である。独り言(monologue)の積み重ねが、しばしば事態をこじらせる」はまさしく今起こっている新型コロナウイルス感染拡大の第4波の原因ではないでしょうか。新型コロナウイルスの感染拡大を見ていると、多くの人たちは感染拡大を予防する方法について確固たる自信があるようです。しかし、結果として収束していないところをみると、それは単に「わかったつもり」になっているだけではないでしょうか。予防策を広げなければならない社会を一つの「文化」ととらえ、尊重し、その文化を「わかちあう」ためにも、まずはその文化の中に飛び込むことから始める必要があります。当然のことながら私は「こうすれば感染拡大が収まる」という結論は持ち合わせていませんが、夜の街と言われている一つひとつの店にお邪魔すると、「ここはこうすれば」というアイディアは自ずと生まれます。
 若い世代で感染が拡大する要因を一つ一つ、「キスでうつるって知っている」とか、「タバコのフィルターを触る直前の指の消毒ってしないよね」と対話を重ね続けることで、気がつけば感染拡大が収まっていくのではないでしょうか。何呑気なことを言っているんだとお叱りを受けそうですが、急がば回れという言葉もあります。
 新型コロナウイルス対策でこそ一人ひとりの生き方を「文化」ととらえ、「わかちあう」ことからはじめ、お互いができることを考え続けることが求められているように思いますが、おそらく何言われているのか「わかんな~~~い」と言われてしまうのでしょうね(苦笑)。