紳也特急 81

〜今月のテーマ『責任と認識と行動』〜

●『マスコミ報道に学ぶ』
○『あなたの仕事に感謝』
●『前立腺癌検診』
○『前立腺癌とは』
●『前立腺癌の治療』
○『前立腺癌の早期発見に向けて』
●『本当に早期発見?』

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●『マスコミ報道に学ぶ』
 高1が中2殺害。高校生が写真店主殺害。男児投げ落とし。中1が母親ののどを刺す。本当にいろんな事件が起こり、胸が痛むとともに、今後このような事件がもっと増えていくであろうことは容易に想像できます。マスコミもステレオタイプの報道に終始し、殺人事件が起こる度に「警察は動機を追及中」ということしか言いません。しかし、自分の行動が思うように行かず、自分の挫折へのこだわりを解消できず衝動的な行為に出てしまうことを「こころの病」ととらえると、そのように病んだ人たちに動機などあるはずがありません。
 このように、とかくマスコミに文句を言いがちですが、最近マスコミに学んだのは耐震偽装事件での「責任の認識とその後の行動」についての報道でした。視聴者は得てして「偽装をすれば重大な結果になることは目に見えているし、専門的な資格が何のために与えられているのか。人の住まいを建設して販売することの責任の重さを実感しているのか」と自分のことを棚に上げて報道を見ています。私もそうでした。しかし、実際にトラブルや問題が発覚したときに責任ある行動をとることでしか責任を全うできない、という当たり前の報道を見ていて、あの連中が悪い、と他人事意識でいては「自分自身もone of themではないか」と反省させられました。「責任の認識は、その後の行動があってはじめて証明される」を肝に銘じるためにも、今月のタイトルは「責任の認識と行動」としました。

『責任と認識と行動』

○『あなたの仕事に感謝』
 一級建築士が偽装をするなどとは到底考えられないため、罰則も軽くなっているそうです。いま、国会では罰則を強化する議論が進んでいますが、もっと資格の重みや社会の中で一人ひとりの責任の重さを実感できるよう、いろんな人と関わり、多くの人からその資格の責任の重さが認められているということを実感できる環境づくりの方が大切で効果的ではないでしょうか。そこで思い出すのがテレビでも流れた公共広告機構のCMムービーでした。
「命は大切だ。命を大切に。そんなこと、何千何万回言われるより、「あなたが大切だ」誰かがそう言ってくれたら、それだけで生きていける。」これを「資格は大切だ。資格を大切に。そんなこと、何千何万回言われるより、「あなたの仕事に感謝しています」誰かがそう言ってくれたら、それだけで一生懸命働ける。」そう思いませんか。

●『前立腺癌検診』
 ところが、岩室紳也も性教育、エイズ教育、ヘルスプロモーションでは飛び回り、病院ではHIV/AIDSや小児泌尿器科の診療を一生懸命やって医師としての責任を全うしているつもりでした。しかし、泌尿器科医、さらには公衆衛生医という立場で責任を全うしていないことがあると反省させられました。実は前から疑問に思っていたPSAという腫瘍マーカーを使った前立腺癌の早期発見システムについて、メルマガを含め、所謂書面で意思表明をしたことがありませんでした。何人もの泌尿器科医や公衆衛生の大学教授にも投げかけてみたのですが、一番びっくりしたのは「あの偉い先生が言っているから間違いない」という某教授からの返事で、いつの間にかあまり表立って言わないようにしていました。
 日本では病気の早期発見のために検診を行い、がんの場合は転移をする前に手術で取ってしまうことで命をながらえるという考え方に沿って、胃がん検診子宮がん検診、大腸がん検診等が行われてきました。その結果、多くのがんが減ってきたという意見もあれば、もっと他の要因、例えば塩分摂取量が減ったから胃がんが減ったという意見や、一時ブームにもなったがんもどき理論のようにそもそも「がん」と診断する病理診断に問題があるといった議論が繰り返されてきました。そんな中でPSAという、前立腺癌患者で高くなる血液検査が簡便にできるようになり、PSAによる前立腺癌検診が始まりました。

○『前立腺癌とは』
 前立腺で作られる前立腺液と精嚢腺で作られる精嚢腺液に精巣(睾丸)で作られる精子が混じって精液になります。以前は前立腺という言葉は、男性が歳をとると排尿するにも時間がかかり、医者に行くと「前立腺肥大症」と診断されてはじめて耳にする言葉だったと思います。その前立腺に他の臓器と同様に癌ができることがあります。前立腺癌の治療を専門にしているのが泌尿器科ですので私も多くの前立腺癌患者さんの診療をしてきました。
 私が医者になった25年前は、前立腺癌と診断されるのは大きく二つのパターンからでした。前立腺癌は骨に転移をしやすく、腰などが痛くなって整形外科で診察を受けると、典型的なエックス線写真で前立腺癌の転移だとわかり泌尿器科に紹介されるパターンと、尿の出が悪く、前立腺肥大症を疑ってお尻(肛門)から前立腺を診察すると、肥大症とは違う硬いしこりが前立腺の中にできていて癌と診断されるパターンでした。いずれの場合も前立腺の細胞を一部とってきて、癌かどうかを診断していましたが、その頃から血液検査で、前立腺酸性フォスファターゼ(PAP)やγ―セミノプロティン(γ-Sm)といった検査が異常に高い値になっているのを経験していました。

●『前立腺癌の治療』
 非常に大きくなった状態や転移してから見つかっていた前立腺癌でしたが、その一部は女性ホルモンによる治療をすることで癌細胞の増殖を抑えることができることもありました。大雑把に言って、三分の一は女性ホルモン治療で天寿を全う。三分の一は女性ホルモン治療で5年程度は癌が抑えられた後に癌が再発。三分の一は最初から女性ホルモン治療が無効でした。日本人の寿命が延びるに従ってか、日本人の生活様式が変化したためか、前立腺癌は増加し続ける一方で、早期に、前立腺の中だけに癌細胞がある間であれば、前立腺だけを手術でとってしまうことで、前立腺癌を治すことができるという手術が比較的安全、かつ確実にできるようになりました。

○『前立腺癌の早期発見に向けて』
 こうなると泌尿器科医は何とか前立腺癌を早期に発見したいといろんな試みを行いました。もっとも簡単な方法は、全身に前立腺癌が転移をしている人で最新の前立腺癌の腫瘍マーカーであるPSAが高くなっているのであれば、それが低い内に検査をし、早期に前立腺癌を発見できるのではないかと考えました。そして、いくつかのトライヤルを経て、PSAを用いた前立腺癌検診が始まりました。まだ、PSAがどれくらいだと、実際に前立腺から細胞を取ってきて、本当に癌細胞があるのかを検査する必要があるのかについての議論は続けられていますが、PSAで絞り込んだ人たちに精密検査をすると、前立腺の中だけにとどまった早期の前立腺癌が発見されるという経験を泌尿器科医は重ねていきました。

●『本当に早期発見?』
 ところが前立腺癌があまりにも高率に見つかるため、私の頭の中に????が並びました。そして、そもそも日本人の前立腺の中にどれだけ癌が潜んでいるのか、すなわち、前立腺癌以外の病気で亡くなった方の前立腺を調べたときにその人の死因にならなかった前立腺癌がどれくらいあるかを調べた貴重な論文のことを思い出しました。
・和田鉄郎:最近の日本人の前立腺潜伏癌(ラテント癌)の臨床病理学的検討日泌尿会誌、78、2065‐2070、1987
 この論文で報告されている年代別に前立腺癌細胞が見つかった率です。
 39歳以下0.0%、40歳〜6.7%、50歳〜12.1%、60歳〜21.7%、70歳〜34.7%、 80歳〜50.0%。80歳代では半数の人に前立腺癌細胞が見つかっています。
この数字を、前立腺癌検診結果を年代別に報告している論文(参考文献)で検討したところ、不思議な結果でした。
 わかりやすく説明すると、50歳代の人10000人にPSA検診を行って100人が精密検査を受けたところ、12人の前立腺癌患者さんが見つかりました。さて、この12人という率はもともとこの100人を別の方法でふるい分けていてもこの中に12人は前立腺癌細胞を持っていたはずです。もしかしたら、PSA検診というのはこの10000人の中にいた121人の前立腺癌細胞を持った人の中から、12人の将来癌死する可能性のある人を絞り込んでいるのかもしれませんが、そのような証拠もありません。このあたりがきちんと議論されないといけないのですが、そのためには多くの方に、亡くなる前のPSA検査と、亡くなった時の解剖にご協力いただかなければなりませんが、そのようなことは今の時代不可能です。
 さて、皆さんはどうされますか。私は前立腺癌検診を受けません。一応、泌尿器科学会認定指導医ですが。

参考文献
・真弓研介、他:高松市における大規模な前立腺がん検診についてー延べ4万5千人のPSA検査の結果と考察ー、泌尿器外科、16、1011−1014、2003
・服部一紀:茨城県における前立腺癌検診の現況、泌尿器外科、16、1001−1004,2003
・三原修一:検診におけるインフォームド・コンセントと個人情報保護、泌尿器外科、16、934、2003
・小倉昌弘、他:前立腺がん検診を3年間実施して、泌尿器外科、18、925-928,2005
・大井勝、他:前立腺癌スクリーニングにおける年齢階層別PSA基準値の有用性泌尿器外科、18、936-939、2005
・北島清彰、他:高知県越知町における前立腺がんスクリーニング、泌尿器外科18、1005-1007、2005