紳也特急 88

〜今月のテーマ『学校教育の基本』〜

●『あなたが、わたしが、Living Together』
○『教育の基本?』
●『教育現場の抵抗感』
○『「私」を語ろう』
●『教師は「私」を語るな』
○『スローガンではなく規定(定めること)』
●『「技術」ではなく「考え方」を』

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●『あなたが、わたしが、Living Together』
 〜つながることからはじまるHIV/AIDSの予防〜
 人がこころを動かされるのは、人の声や思い、経験、学びに出会ったときです。しかし、人と人との関係性が希薄だったり、無かったりするところでは、メッセージは伝わりません。「命を大切にしよう」「相手を思いやろう」「共に生きよう」と、スローガンを連呼するだけでは、多様な人たちに本当のメッセージは届かないのです。
 では、私たちはHIV/AIDSの予防やLiving Togetherの実現に向けて、いま、何を、どう伝えていけばいいのでしょうか。このシンポジウムでは、「当事者性」、「関係性」、「事例性」をキーワードに、新しい時代に向けた多様なメッセージをとおして、こころに響くメッセージとは何かを考えます。
 このような思いを込めて、日本エイズ学会の市民公開講座として、次の皆さんにご登壇いただき、シンポジウムを行ないます。

日時:12月2日(土曜日)13時〜15時30分
場所:開催日時:2006年12月2日 午後1時00分〜3時30分
開催場所:学術総合センター〔国立情報学研究所〕一橋記念講堂
     東京都千代田区一ツ橋-1-2 電話:03-4212-2000(代表)
参加費:無料、予約不要

1.HIVが教えてくれたこと
北山翔子(「神様がくれたHIV」紀伊國屋書店:著者)
 知識も情報も大切。でも知識が、情報があれば感染を防げるのでしょうか。自分の相手が感染しているはずがないと思ってしまった。その思いをつづった著書「神様がくれたHIV」で伝えたいことは。

2.HIV陽性者の声を届けるために
矢島嵩(日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス「HIV陽性者スピーカー研修・派遣事業」の研修担当 & ぷれいす東京で感染告知をされて間もない「新陽性者のPEER Grop Meeting(PGM)」のコーディネータ)
 HIVに感染している人たちの声を届ける取組み。当事者の声が伝えること。当事者の声だからこそ伝わることは。

3.関係性を創るために 〜リーディングという手法を含めて〜
生島嗣(ぷれいす東京)
 リーディングという手法が生まれた背景。リーディングだから伝わる真実とは。

4.新しい教材開発に向けて 〜CGを駆使したコンテンツ開発〜
佐藤真康(株式会社ケーシーズ代表)
 民間企業が、CG(Computer Graphics)を駆使した教材開発に取り組んだ経緯は。実際の映像と反響は。

5.エイズと私を語る 〜学校でのエイズ教育の課題〜
安藤晴敏(神奈川県立津久井高等学校副校長)
 教育は最大のワクチンと言われている。学校現場でのエイズ教育を実践してきた立場からの課題認識と今後に向けて。

6.ピアが語る性 〜リアリティと当事者性〜
遠見才希子(聖マリアンナ医科大学医学部2年生)
 同世代に送る性のメッセージの実際。なぜ、ピアを行なうのか。ピアに求められているものは何か。

7.学校のニーズとディマンド 〜多様性とセクシュアリティを踏まえて〜
岩室紳也((社)地域医療振興協会ヘルスプロモーション研究センター)
 学校との連携は難しいといわれている。本当にそうなのか。学校現場が求める視点とは。学校と連携するコツとは。

 このようなシンポジウムに向けた準備をしつつも、学校教育と「つながること」の難しさと大切さを改めて考えさせられる機会をいただきました。そこで今月のテーマを「学校教育の基本」としました。

『学校教育の基本』

○『教育の基本?』
 教育基本法の議論を聞いていると、どこか「他人事」のように思えてしまいます。しばしば「家庭」という言葉が出てきますし、確かに「家庭」がしっかりしていればそこで家庭教育がなされ、学校は勉強をしっかり教え、社会で大人たちが子供に関心をもち、ちゃんとしかる雰囲気があれば理想的な社会教育もされるでしょう。朝ごはんをしっかり食べさせてもらえれば学校でも勉強に身が入るでしょう。しかし、実際には「家庭」や「社会」の教育力が低下していることに対して、スローガンで「教育力の再生」をうたい、実際に制度改正で変えやすいのが「学校教育」なのでそこにメスを入れる。一番大事な若者たちの実際に目をそむけた改正で、ぎりぎりの中で頑張っておられる学校の先生方がやる気をなくさないことを願わずにはいられません。
 その学校現場に学社連携といったことで地域の人を呼んで話を聞く機会を設けるという方針を文部科学省が打ち出しています。エイズ予防の際にも、先に紹介したシンポジウムのスピーカーたちによる学校での講演会等が開催されています。文部科学省が作り上げた学社連携という機会を上手に活かし、生徒さん一人ひとりの生きる力の向上を図りたいものです。

●『教育現場の抵抗感』
 ただ、トップ(文部科学省)が学社連携という考え方を打ち出したものの、必ずしもそのことを現場が快く受け入れているとは限りません。さらに、こと性教育に関する学社連携については学校現場にいる一人ひとりの先生の個人的な思いや価値観、宗教観も当然影響してきます。先日も、ある高校で話をする際に、お1人の先生が「どうしてもコンドームの実物はダメ」ということで反対をされ、コンドームについてはパワーポイントで説明するということになりましたが、それもまた一つの考え方かなと妙に納得していました。

○『「私」を語ろう』
 11月18日(土)23時30分からNHK教育の土曜フォーラムという番組の中で、私が高校生にエイズ予防、愛の反対は無関心、コンドームの難しさといったことを話をしている場面が放送されました。自分でその放送を見ながら、私が若者たちに伝えたいことは、単にコンドームの装着法やHIV/AIDSの医学的知識、性に関する悩みの解決法ではなく、私自身が性の問題とどう向き合ってきたか、自分の中の誤解や偏見、差別をどう克服してきたか、私の患者さんたちがどのような思いでいま、生きているのか、死んでいったのかがどこまで伝わったかを自分なりに評価しようという意識で見ていました。少しは自分の意図が伝わったかなと思いました。そして、私の話を参考にされるのはいいけど、私の話は「岩室紳也」の話であり、それをそっくり他の方が真似るような中味ではありません。地域保健医療関係者が性やエイズを語る時は、むしろ、積極的にその人の中の「私」を磨いて、「私」を語ってもらいたいと各地で語ってきました。

●『教師は「私」を語るな』
 ところが、ある学校関係者の方から貴重なご指摘をいただきました。
 『「学校教育」は公教育であり、教師が「私」を語ところではない。「私」を磨きつつも「私」を語るところではない』のことでした。この話を伺い、長年のもやもやがやっと晴れたような気がします。この考え方が徹底しているからこそ、確立された、みんなも納得するような、私から見ればスローガンに聞こえる目標を教えるんですね。それが日本式学校教育の基本だと先生方は叩き込まれている。自分がどうこうではなく、理想に向かって生徒さんを導くことを目指しておられるんだと理解すると「ガッテン」です。
 実は医学教育もそうです。メタボリックな医者、保健師、栄養士が平気な顔で「あんた痩せなさい」と指導しています。「専門職の私もできなかったのでどうやっていけばいいか一緒に考えましょう」と住民参加を求めるのがヘルスプロモーションの考え方なのですが、これが日本で浸透しません。「自分を振り返る」という考え方ではなく、「他人の生活を振り返り指導をする」という考え方ですね。ますます「ガッテン」です。
 最近のマスコミの論調も完全に「自分を棚に上げて」いますよね(失礼)。日本のマスコミは自分のことではなく、他人の事実を客観的に伝えることが求められているのでしょうね。悩んでいたことの道筋が見えました。このことを教えてくださった方に感謝です。

○『スローガンではなく規定(定めること)』
 学校教育で言われる「愛は相手を大切に思う心」というのもスローガンだと思っていたのですが、学校教育ではこれはスローガンではないそうです。その時間のその学年の性の指導を行う上で、そう規定したほうが、この指導の意図するところが生徒に分かりやすいからそうしているとのことでした。なるほど。なるほど。 確かに生徒さんに何かを教えるときには、まず最初に「このことの意味はこういうことですよ」と規定しておいて、どうしてそうなのかを後で説明するという教育手法があります。でも、ひねくれた私は、生徒さんたちがこの規定を信じ込んでしまうと、「愛は相手を大切に思う心」というと「愛している」と言われた子は「相手は私を大切に思っている」と勘違いしないかが心配になります。でも、そうならないように教育するのが学校教育の基本のようです。

●『「技術」ではなく「考え方」を』
 さらに、学校教育は『「技術」ではなく、「考え方」を学ばせるところ』という考え方も教えてくださり、このことについて私も同感でした。しかし、理解の仕方が違いました。例えば『学校教育における「性」は命や愛に結びついたものでなければならない』ということを規定ととらえられなかった私は、私自身のことを振り返り、中学生のときに、高校生のときに命の大切さも、「愛」の本当の意味もわからなかった私がいたことを生徒さんたちに伝えます。そして、多くの患者さんや人との出会いを通して「性」が命や愛に結びついていることを理解していったプロセスを示しつつ「考え方」を伝えようとしていました。しかし、その考え方を学校の教師に求めてしまったのが失敗でした。学校の先生方は「性は命や愛に結びついたものだという前提、規定の下で話をされる存在だったのです。そして、「学校教育」は公教育であり、教師が「私」を語ところではないというルールを理解していなかったことに反省です。
 コンドーム装着についても、自分を守るスキル、「技術」としてではなく、「ここまでやっても破れることがある」という事例、事実を通して、自分の選択についての「考え方」を伝えているつもりです。しかし、コンドーム装着という「技術」を見せられると、それは「技術」教育であり、「考え方」を教える教育の基本から逸脱していると伝わってしまう所が難しいんですね。
 小学校のエイズ教育でジョナサン君の差別事件をとりあげ、「命を大切にしよう」、「差別や偏見をなくそう」という「考え方」を学び、最終学習目標は「規定」を理解し、正解として示せることです。ガッテンです。
 だからこそ、学社連携のもとで、学校現場に出かける人はぜひとも、教師に求めることなく、誤解をされないよう、上手に「つながることからはじまるHIV/AIDSの予防」を実践してもらいたいと思います。何を隠そう私も。

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