紳也特急 237

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース!

性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
 Shinya Express (毎月1日発行)

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~今月のテーマ『令和の「予防」を考える』~

●『あけましておめでとうございます』
○『痛ましい事故が続いています。』
●『昭和は「正しい知識で予防」の時代』
○『平成は「自己責任で予防」の時代』
●『犯罪予防、事故予防も健康づくり』
○『令和を「お互い様で予防」の時代に』

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●『あけましておめでとうございます』
 今日は、令和元年5月1日。まさしく新しい時代の幕開け初日です。昭和と平成をほぼ30年ずつ生きてきた人間として、二つの時代を振り返り、次の令和で何が求められているのかを考えてみました。

○『痛ましい事故が続いています。』
 87歳の高齢者が運転する車が暴走し31歳のお母さんと3歳の娘さんが亡くなられました。
 青信号で横断歩道を渡って登校していた小学校3年生の2人が車にはねられ1人が亡くなられました。
 神戸市でバスが歩行者に突っ込み、20代の方が2人亡くなられました。
 札幌でタクシーと軽自動車が衝突し、20代の歩行者が亡くなられました。
 犠牲者の方とそのご家族のことを思うと言葉が浮かびません。皆さんはこれらの事故、事件をどのような視点で注目されていたでしょうか。私は犯罪予防も健康づくりと言い続けているように、これらの事故、事件にも予防という視点が必要だと思っています。

 2015年10月26日、「ポケモンGO」をしていたトラック運転手に、横断歩道を渡っていた小学校4年生の男児がはねてられ亡くなられた事件を記憶されているでしょうか。
 2018年6月5日に東名高速であおり運転、高速道路上での強制停車の結果、トラックが突っ込み、その場にいたお子さんのご両親が亡くなられました。この事件に対して懲役18年の判決が出た時、専門家が「立法時の想定から外れた」や、「判決には一定の抑止効果がある」といった論評をしていました。私は思わず、法律にどれだけ抑止力があるのだろうか。そもそもニュースも見ていない人が増えている中で事件のことを知らない人が多いのではと思っていました。
 高齢者の交通事故の問題はかなり前から話題になっています。ポケモンGOはともかく、運転中にスマホをいじっている人は後を絶ちません。インターネット時代は情報氾濫社会と言われていますが、自分が興味を持ち、直接アクセスしないとその情報に触れることもできず、情報が持つ抑止力も期待できない時代になりました。もちろん高齢者は早く免許を返納し、運転手は前方に注意をし、信号を守ることは確かに正解です。しかし、そのようなきれいごとをいくら言い続けても次なる犠牲者を減らす効果は限定的です。
 今日から「令和」という新しい時代になりましたが、これまでのきれいごとの、あるべき論の予防策ではなく、より実効性のある予防策を考える必要があります。ということで今月のテーマを「令和の『予防』を考える」としました。

『令和の「予防」を考える』

●『昭和は「正しい知識で予防」の時代』
 昭和は様々な技術の革新、発展だけではなく、様々な分野で原因と結果の関連性が明らかになった時代でした。塩分の取り過ぎで高血圧になり、高血圧の人たちは脳卒中になる確率が高いことが明らかになり、医者になったばかりの私は塩分を減らすための健康教育をしたり、尿中の塩分測定をして減塩を促したり、血圧を下げる薬を処方したりしていました。住民の方を、患者さんを正解にどう近づけるかを考え、教育をし、治療をすることが医者の仕事だと思っていました。

 正しい知識を持ちましょう

 この言葉をどれだけ使ったことでしょう。しかし、正直なところ、私の健康教育で血圧が下がった人はいなかったと思います。この「正しい知識を持ちましょう」という言葉は健康づくりのみならず、様々な普及啓発活動に従事している多くの人たちが、いまだに、何の疑いもなく、伝え続けている言葉です。

○『平成は「自己責任で予防」の時代』
 平成になるとインターネットに様々な情報があふれた結果、人はその中から正しい情報を取捨選択できていると勘違いするようになりました。情報を伝える側もパソコンを駆使し、きれいな、情報がいっぱい詰まったスライドを作成し、一所懸命健康教育を行うようになりました。受け手側の住民も研修会に出かけたり、自らインターネットの中から自分なりの正解を見つけ、飛びついたりするようになりました。その結果なのか、不思議と医療に間違いはないと勘違いをし、前立腺がん(PSA検診)のように国も推奨していない検診が幅を利かせるようになりました。
 確かに日本人の平均寿命は延びる一方だったので、平成という時代は一人ひとりが健康になった時代と言えます。しかし、なぜ平均寿命が延びたのかを皆さんは理解されているでしょうか。地域別にみれば、平均寿命が延びた地域もあれば、平均寿命の全国順位がどんどん下がっている地域もあります。
 小学3年生が車にはねられた事故を受け、「なぜ大人たちが通学路に立っていなかったのか」とネットで指摘する人がいました。しかし、その人は2017年に島根県益田市で登校の見守り活動の最中に車にはねられて亡くなられた方の事故をご存じないでしょう。見守る大人が立っていれば、その方が犠牲になったかもしれません。

●『犯罪予防、事故予防も健康づくり』
 先日、陸前高田市の広田診療所の岩井直路先生に「本人も家族も地域も良かったと思える人生にするために」というお話を聞かせていただきました。そして、「良かったと思える人生」について果たしてどれだけの人が考えているのだろうかと改めて考えさせられました。
 人間の死亡率は100%です。亡くなる原因はがん、心臓病、脳卒中、事故、など様々ですが、死なない人はいません。たとえ長生きをしても、人生の成功者と言われても、交通死亡事故死の加害者になれば、とても「良かったと思える人生」とは言えません。
 事故の、事件の加害者の責任を否定するつもりは毛頭ありません。しかし、正しい知識があっても、自己責任を追及しても、犯人に刑罰を与えても、事故の、事件の犠牲者になって命を落としてしまえば被害者も、そのご家族も一瞬にして「良かったと思える人生」ではなくなります。

○『令和を「お互い様で予防」の時代に』
 健康づくりの世界では「信頼」「つながり」「お互い様」の三要素がそろった中で暮らしている人は健康で長寿だということが証明されています。それだけではなく、犯罪も減ることが明らかになっています。誰かを責め、「あなたが悪い」と言い続けているだけだと、次の犠牲者はあなたに、私になるのかもしれません。

 人は経験に学び、経験していないことは他人ごと

 この言葉は平成が教えてくれた名言です。昭和から平成にかけて人間関係が希薄し続けてきた結果、気が付けば他人ごと意識が蔓延するようになりました。令和の時代は、この他人ごと意識を払拭し、他人の経験に学び、「お互い様」の意識が持てる関係性を再構築し、気が付けば様々な分野で「予防」が進む時代にしたいものです。対策と結果がわかりやすく直結していないことに挑戦することが求められている難しい時代になりました。でも、急がば回れ。できることを、できる人が、積み重ね続けましょう。

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紳也特急 236

~今月のテーマ『罪を憎んで人を憎まず』~

●『生徒の感想』
○『2重刑罰社会』
●『誰の言葉?』
○『教職員不祥事根絶ポータルサイト』
●『自制心について』
○『職を辞してもらいたい』
●『不祥事根絶を自分自身の課題として考える難しさ』

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●『生徒の感想』
 マスターベーションは男の必須科目であるとおっしゃっていましたが、周りの人々はマスターベーションに対してタブーな話であるという認識が強くあり、私も良いことではないんだと考えていました。ところが、今回先生がやって当り前であるように話されていたので、私の考えがおかしいのかと大変驚きました。(中3男子)
 →やって当り前です。頑張ってください。

 私はもともとつきあっていた人に「やろう」、「写真を送って」などと言われていて、この講演会を聞いて私のことをちゃんと好きではなく、体で好きということを思いました。私はちゃんと人を見て、良いパートナーを見つけられるようにしたいなと思いました。(中3女子)
 →気が付いてよかったね。

 講演会を聞く前の朝の時点で、また、いつもどおり画像や映像を使って、よくわからない話をされるものだと正直思っていました。ですが、いざ話をきいてみると、映像や画像があるわけでもなく、手持ちのマイク一本で話をしているのにスッと内容が入って来て大変分かりやすかったです。ちょっと聞きづらいと思うような内容のものも、大人に聞いていたりして、当たり前にわかっているものだと思っていたのに、先生方も迷ったりしているのは新鮮でした。(中3男子)
 →大人も性のことを正確に知らないものです。

 「自立することは依存先を増やすこと」についての説明が一番印象に残りました。人と話すことは健康にもつながっているんだと知り、これからはもっと友達といる時間を増やそうと思いました。(中3女子)
 人生についても考えることができる良い機会となりました。依存をすることはいけないことだと思っていたけど、依存をすることも大事だということに気が付きました。依存することのできる友達をつくろうと思いました。(中3女子)
 自立をすることだけを考えるのではなく、友人や家族に依存することで、ストレスを減らし、事件や事故を防ぐことができるんだなと思いました。(中3男子)
 →思いが伝わって何よりです。

 話を聞いて、私は将来男を選ぶとき、自分で判断せずに、友人に相談したりして人生を歩んでいきたいと思いました。(中3女子)
 →すばらしい!

 年度末の講演ラッシュはいつも新たな気づきをいただく機会になっています。生徒さんたちは話をききながら、いろんなことを感じ、考え、そして新たな一歩を踏み出そうとしています。一方で大人たちは、残念ながら自分と考え方が一致しない人たちを、価値観が一致しない人たちを、罪を犯した人たちを排除し、その人たちに学ぼうとはしません。「だって考え方が違うから、価値観が一致しないから話したって無駄。それに悪いことをした人たちに学ぶことなんてない」とただただ切り捨てて、自分自身に学ぶ力自体がないことを認めたがりません。そんなことを考えていたところ、違法薬物で逮捕され懲戒解雇となった人や医業停止となった医師の方とつながる機会をいただきました。そこで、今月のテーマを「罪を憎んで人を憎まず」としました。

『罪を憎んで人を憎まず』

○『2重刑罰社会』
 日本は法治国家なので、罪を犯した場合は、裁判所が下した判決に基づく刑罰を受け、その刑に服した後は社会復帰が認められることになっています。しかし、ピエール瀧がコカイン使用で逮捕された後のマスコミでの排除はもちろんのこと、過去の著名人たちが排除されてきた状況を見ると、どうも日本はただの法治国家ではないように思えてなりません。大人たちは若者たちのSNS上のいじめを問題視していますが、様々なマスコミがよってたかって罪を犯した人を叩くのに便乗して、大人たちもSNSを通して、いじめを通り越して、社会自体から排除しようとしていないでしょうか。時には自分が裁判官になったような気分になり、間違った情報を鵜呑みにし、社会的排除に加担している人が増えているように感じるのは私だけでしょうか。そして今の社会は、罪人にとって「法律による処罰」だけではなく、社会によって生きていく術までを奪われてしまう2重刑罰社会になっているようです。

●『誰の言葉?』
 「罪を憎んで人を憎まず」を広辞苑第七版で調べると、「犯した罪は罪としてにくむべきものだが、その罪を犯した人までもにくんではならない」とありました。ネットで誰の言葉だったのかを調べると諸説あるようです。
 “Hate the sin, love the sinner.”はインドの非暴力運動の指導者で独立の父と言われているマハトマ・ガンジーの言葉だそうです。“Hate not the person but the vice.”は『孔叢子』刑論にある孔子の言葉だそうです。ちなみに“vice”は不道徳、悪徳、邪悪、非行等の意です。
 いずれにせよ、「人」と「その人の行い」を分けて考えるべきだと教えてくれています。

○『教職員不祥事根絶ポータルサイト』
 埼玉県はこのようなサイト
 https://www.pref.saitama.lg.jp/e2201/fusyouji-boushi/main6.html
 を立ち上げ、不祥事の根絶を目指しているようです。そして教育長は次の3点を強調されています。

1.自制心を大事にすることです。
2.児童生徒から慕われたとしても、教師の側からは恋愛の対象として見てはいけません。また、児童生徒を性の対象として見ているのであれば、その方には教師という職を辞してもらいたいと思います。
3.不祥事根絶を自分自身の課題として考えるということです。

 この3点をどう考えるかが重要だと思いました。

●『自制心について』
 皆さんはどうして反社会的なことをしないで済んでいるのでしょうか。私の場合、「自らの気持ちで反社会的なことをしないで済んでいる」のではなく、「いろんな人との関係性が結果として岩室紳也の反社会的欲求にブレーキをかけている」と考えています。一見「自制心」に見えることが、実は関係性の中から生まれている力、社会性だと認識しています。
 しかし、往々にして個人が解決することを求め、その個人に責任を押し付けていないでしょうか。もちろん個人の責任を否定するつもりはありませんが、それだけだと同じようなトラブルが繰り返されることは、これまでの多くの事件や事象が示してくれています。

○『職を辞してもらいたい』
 「欲求をコントロールできない場合には、専門の医療機関を受診することを考えても良いのではないでしょうか」とありますが、われわれ医療者を買いかぶらないで欲しいと思いました。そのような解決力がある医者がいたら、真っ先に私がかかりたいです。それとも医療者に能力がないことを承知でただただ丸投げをしているのなら、完全に責任逃れの言い訳として医療者を利用していることになりますので、ご遠慮申し上げます(笑)。薬物依存症できちんと医療にかかわっている人であっても再犯率が高い現状は「専門の医療機関だけ」ではどうにもならないことの証なのです。ちなみにこのようなとんでもない要求を受け入れた医療機関があるのであれば、ぜひどなたか教えてください。
 「児童生徒を性の対象として見ているのであれば、その方には教師という職を辞してもらいたいと思います」という思いはわかります。しかし、もう少し冷静に考える必要があります。もちろん「児童生徒に対して性的な行動に出ること」は絶対許されません。しかし、人の感情にまで介入するのは不可能です。大事なことはきれいごとを言うのではなく、反社会的な行動に出ないようにするためには何が大事かを皆で議論することです。

●『不祥事根絶を自分自身の課題として考える難しさ』
社会で起こっている、このサイトにアップされている様々な問題(薬物、性犯罪、飲酒運転、体罰、いじめ等)を世間の人たちは「自分自身の課題」と考えているのでしょうか。考えているとすればこのようなサイトにはならないはずです。
結局のところ、一人ひとりの「他人ごと意識」が問題解決を遅らせていると言わざるを得ません。この「他人ごと意識」を蔓延させているのが「課題」「問題」には「答え」があると思いこませる「教育」ではないかと思っています。不祥事を起こす人と起こさない人の違いをもっと研究する必要があります。その答えが出た暁には、多くの人が「自分自身の課題として考える」ことができるようになっていることでしょう。しかし、今のところは私がいつも申し上げているように「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」なのです。
人を排除する理由は、「罪」の原因を考えたくない、考えることを放棄した結果のようです。さらに言うと、自分が所属している社会にそのような人がいるという現実を受容できないため、「排除」と言う手段に出ていないでしょうか。「自分自身の課題」となれば、「明日はわが身」にならないように「罪」の原因を皆で議論していると思います。でもそうならないということは、「罪」の原因は、「排除」の原因は「他人ごと意識」ということになりませんか。「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があること自体、「他人ごと意識」を、「排除」を解消する難しさが昔から変わらないことを示しているのかもしれません。

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2019年4月1日

紳也特急 235

~今月のテーマ『歪んだ自己実現』~

●『児童虐待の結果の「死」』
○『マズローの欲求の5段階説』
●『「自己実現」は誤訳』
○『認知の歪みと歪んだ自己実現』
●『歪んだ自己実現が可能となる環境』

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●『児童虐待の結果の「死」』
 児童虐待の末に「死」という悲しい結末に至る事件について、世間は、社会は、そして一人ひとりはどう受け止めているのでしょうか。千葉県野田市で心愛さんが両親に殺された事件は親の、児童相談所の、教育サイドの責任と考えているのでしょうか。児童養護施設の施設長が元入所者に殺された事件は、「成人して『誰でもよかった』と言うのはあまりにも非常識。お世話になった施設長に何とむごいことを」とただただ憤るだけなのでしょうか。ちゃんと根っこの原因について考えたいものです。
 久しぶりに中学校の講演で「チャンピオン君は出すな」、「当校で使用している中学校の教科書に書かれていないマスターベーションの話はするな」、「児童養護施設のお子さんもいて、施設ではスマホの所持を認めていないので配慮を」、「虐待を受けていた子がいるから『レイプ』を話題にしないでくれ」と言われました。もちろん学校の要望はそのまま聞いて講演をしたのですが、生徒さんからは「いつからセックスをしていいのか?」といったストレートな質問がありました。「触らぬ神に祟りなし」の大人たちと、それこそ日々現実と向き合い続けている生徒さんたちのギャップは本当に大きくなっていると感じています。
 一方でうれしい出会いもありました。薬害エイズ問題に真正面から取り組んでこられた先生が、講演の中で「専門家として、各自が積極的に意見を発信する重要性」という話をしてくださいました。専門家であればなおさら真摯に事実と向き合い、社会の、一人ひとりの常識を疑い、根っこの問題を考えることを心がけ続けたいと思っています。
 最近、日本人が当たり前のように使っている言葉が、実は根拠がなかったり、誤訳だったりということに気づかされています。インターネットの専門家の宮崎豊久さんが見つけてくださったマズローの言葉を読んでみてください。

自己実現の欲求を叶えた人たちに共通する15個の特徴
 1)正確に現実を知覚し、未知や曖昧さを好む。
 2)自然・環境・他人・自分を受け入れる受容性がある。
 3)行動が自発的かつ自然体で気取りや作為がない。
 4)普遍的かつ社会的な課題が興味の中心にある。
 5)孤独を好みプライバシーへの欲求が強い。
 6)物理的・社会的に外部の環境から独立している。
 7)認識が絶えず新鮮で様々なことに感動する。
 8)神秘的な体験に価値を感じる。
 9)人類全体に対して役に立ちたいと考えている。
 10)少数の人間との深い結びつきを重視する。
 11)民主的な性格で他者への偏見が薄い。
 12)手段と目的が明確に区別でき、目的を重視する。
 13)哲学的で悪意のないユーモアセンスを持つ。
 14)健康的な子供に近い創造性と独創性を持つ。
 15)特定の文化に組み込まれることに抵抗する。

 「あれっ?」と思いませんか。「自己実現」とこの「共通する15個の特徴」に矛盾を感じ、原文を含めて再検証してみました。そこで今月のテーマを「歪んだ自己実現」としました。

『歪んだ自己実現』

○『マズローの欲求の5段階説』
 「自己実現の欲求」を最上位にしたマズローの欲求の5段階説に多くの人は学び、「そうなんだ」と思っていなかったでしょうか。何を隠そう、私も疑問に思うこともなく、「人間の欲求をそのように階層化できるんだ」とそれこそ考えることを放棄していました(反省)。しかし、原文を読んでみると、そもそも「欲求の5段階説」自体が誤訳でした。
 「欲求の5段階説」の原文は「hierarchy of needs」です。「needs」は「欲求=demand」ではなく「必要とすること」です。また、「自己実現」の原文は「self-actualization」です。マズローは、人間には「生理的」「安全」「所属」「承認」「self-actualization」の「欲求」があると言っていたのではなく、「生理的」「安全」「所属」「承認」「self-actualization」
が「必要」だと言っていたのです。

●『「自己実現」は誤訳』
 では「self-actualization」の正確な訳は何かを探ると、「(自らの才能や潜在能力に応じて)できることを具現化すること」です。「できることを具現化する」というのは「自己実現」に近いものだととらえることもできますが、「自らの才能や潜在能力に応じて」という言葉が加わることで、「欲求」のように背伸びするのではなく、その人なりにできることを具現化することが「必要」と言っているのです。
 「自己実現」という言葉は学習指導要領に繰り返し登場するだけではなく、現行の高校の教科書には「心の健康と自己実現」という章まであります。そこには次のように書かれています。

 「~になりたい」「~してみたい」など、自分なりの目標をかかげてそれに近づこうとすることや、それを達成することを自己実現と言います。人間には、自分自身を高め、もっている力を最大限に発揮したいという高次な欲求があり、それが自己実現の原動力になっています。

 私から誤訳と教わった先生が、「昨日の授業で『あなた方は何になりたいのですか。よく考え、自分の目標を設定し、それに向かって頑張ってください』と自信たっぷりに話してしまった」と反省されていました。実際、岩室紳也は子どもの頃は飛行機のパイロットになりたいと思っていましたが、目が悪いため断念せざるを得ず、それ以降は「〇〇になりたい」といった「高次な欲求」はありませんでした(苦笑)。いま、医者になり、HIV/AIDSをはじめとしたいろんなことに首を突っ込んでいるのも、「(自らの才能や潜在能力に応じて)できることを具現化している」だけのように思います。そしてそれをし続けることが岩室紳也にとって必要だったのです。

○『認知の歪みと歪んだ自己実現』
 痴漢をした人たちは「女性も喜んでいると思っていた」そうです。その人たちは実は、家でも、学校でも、職場でもいい子、いい人を演じている、演じさせられているため、気が付けば演じている世界がリアルなのか、バーチャルなのかの区別がつかなくなっているのではないでしょうか。そして「認知の歪み」の結果として痴漢という社会的に容認されない行為に走ってしまっているだけです。
 心愛さんの事件も、他人から見ればひどい虐待でも、父親は「正しい躾」だと思って、スマホで動画まで撮影していたと思います。もちろんその行為は正常な感覚からすれば間違いなく「認知の歪み」です。しかし、何でもいいから「自己実現」を果たしたいと思った結果が、歪んだ躾、歪んだ自己実現だとすると、そのような行動に至った原因は何でしょうか。
 「施設に恨みがあった。施設の関係者なら誰でもよかった」という発想は、「恨みを晴らす」という自己実現のために、(他者から見れば理解できない)殺人という行為に至ったと考えると、そのような認知の歪み、歪んだ自己実現に至った原因が見えてくると思いませんか。
 「生理的に必要な食料等を得」、「安全も獲得でき」、「家族、児童養護施設等に所属でき」、「周囲の人から承認もされ」た上で、人は「(自らの才能や潜在能力に応じて)できることを具現化できる」人たちは健全な社会性を身に着けられることは容易に想像できます。しかし、家でも、学校でも、施設でも、職場でもいい子を演じ続ける一方で、「で、君は何になりたいんだ」「何をしたいんだ」と言われても、返す言葉が出ない人は大勢います。教科書が、学習指導要領が、世間の自己実現プレッシャーが様々な事件の根っこの原因の一つになっていると思いませんか。
 人はいろんな辛い経験や失敗もするでしょうが、辛い経験や失敗を重ねながら、その一方で、できたことを褒めてもらえれば自信が生まれ、次のステップに進めるのではないでしょうか。PTSD(Posttraumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)という言葉は有名ですが、私はつい先日までPTG(Posttraumatic Growth:心的外傷後成長)という言葉は聞いたことはありませんでした。しかし、言われてみれば当たり前のことで、心的外傷に直面しても、そこから人はいろんな関係性の中で、自分の生き方を見つけていけるはずです。だからこそ、一人ひとりのトラウマに、一緒に向き合ってくれる人を増やす必要があります。

●『歪んだ自己実現が可能となる環境』
 今の世の中は昔であれば絶対素人では撮影できない動画をいとも簡単に撮影できます。昔だったら、そもそもカメラも大きく、隠し撮りができないだけではなく、万が一撮影に成功しても、写真部に入っていなければフィルムを現像することも、焼き付けることもできませんでした。しかし、今は国会議員までもがパートナーとのセックスの場面を動画で撮影していたといった「歪んだ自己実現」が可能となる環境になっています。
 だからこそ、岩室紳也は「アダルトビデオ、エッチサイトは5人以上で見ろ」「オナニーは1日に5回以上しても大丈夫」など、「あの人は嘘をつかない」と思ってもらえる講演をこれからも生徒さんに届けたいと思っています。
 こんな感想をもらいました。

 何かを教える人間とはということについても考えさせられた。貴重な時間だった。(高1男子)

 でも、それを阻むのが「傷つきたくない病の大人たち」だと改めて思いました。
 大人よ、もっと自信を!!!

紳也特急 234

~今月のテーマ『マスクと薬と予防接種で広がるインフルエンザ』~

●『ひきこもりの方とのやり取り』
○『何バカなことを』
●『医者も勉強しよう』
○『マスクで広がるインフルエンザ』
●『抗ウィルス薬で広がるインフルエンザ』
○『予防接種でインフルエンザが広がる理由』
●『で、どうすればいい』

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●『ひきこもりの方とのやり取り』
 ひきこもりの方とメールのやり取りをしたことはありますか。もしあるとすれば、その時、何を考え、何を求めてやり取りをされていますか。実は私はひきこもっている方とやり取りをしながら、いつも楽しい思いをさせていただいています。

 何でそう考えるの?
 何でそうなるの?
 でも、それってありだよね。
 みんなとあなたはどこが違うの?

 多くの人は「ひきこもりの人との関り」というと、どうすればその人を社会に引っ張り出せるかを考えると思います。しかし、私はそんなことを全く考えないまま、いろんな新しい気付きをもらいながら、楽しくやり取りをさせていただいています。もちろん、その方から「引きこもりを解消するにはどうすればいいかのアドバイスが欲しい」という質問も来ますが、そんな時、「正解を返そう」ではなく「どうして正解を求めるのだろうか」とまた逆突っ込みをしています。ま、その逆突っ込みに懲りずにやり取りを続けてもらっているのですが、そんな中、今回、新たな発見がありました。
 皆さんはメールへの返信に送られてきたメールを入れて返しますか。返信だけでタイトルを変えずに返しますか。それとも、タイトルも変更し、送られてきた内容を残さないで返しますか。
 インターネットのルール、常識があるかわかりませんが、「返信」だけで送った内容を入れて返す人が少なくありません。Googleのgmailはただの「返信」で返すと、やり取りされたメールが一体のグループとして認識される機能もあるためか、その方法で使っている方も多いようです。しかし、私は基本的にタイトルも変え、相手方のメール内容をそっくりそのままで残さないようにしています。もちろん、「この書き込みについてこう思います」と言いたい場合は別ですが。新たに書くからこそ今、私が伝えたいことが何かがきちんと伝わると思ったからです。
 今回ご紹介しているひきこもりの方とのやり取りには二つのパターンがありました。タイトルも変え、送ったメールを引用しない方法と、タイトルも変えず、メール内容も含めた返信が来る場合がありました。岩室が書いた言葉へのこだわりがあり、思わず「そのまま返信」となるように感じました。一方で、多くの場合は、こちらが送ったメールを咀嚼した上で、自分の意見を送ってくださっていました。すなわち、余裕がある時は相手が何を言おうが、相手の言葉を受け止めた上で、自分はどう考えているのか、どうしたいのかを言えればぶつかることはありません。
 他人が言っていることを受け止められないと、「反論」、「否定」、「無視」、「排除」、「離別」といった手段に出て、気が付けばひきこもっていることも少なくないのではないかと思ったりしました。皆さんは自分が理解できないことを言われた時、どのように対処されているでしょうか。「反論」、「否定」、「無視」、「排除」、「離別」と言う選択肢を選んでいないでしょうか。それとも「咀嚼」、「反芻」、「受容」を含めた対応をされているでしょうか。そのテストケースとして今月のテーマを「マスクと薬と予防接種で広がるインフルエンザ」としました。

『マスクと薬と予防接種で広がるインフルエンザ』

○『何バカなことを』
 「マスクと薬と予防接種で広がるインフルエンザ」などと言うと、「岩室紳也は本当に医者か?」と言われそうです。というかここまで読んだ方の中に「???」と思いながら手を自分がしているマスクに持って行っている人がいると思います。この時期の研修会ではマスクをしている人が多いのですが、私がマイクを向けると、多くの人は「マスクをしたまま返事をするのは失礼」と思ってか、マスクの真ん中を持ちながらマスクを引き下げ、礼儀正しく返事をしてくださいます。その時、岩室紳也は「マスクを触らないでください。インフルエンザに感染しますよ」と心の中で叫んでいます。

●『医者も勉強しよう』
 今回の原稿の内容を岩室から聞いていた人が、かかりつけのお医者さんに「インフルエンザを予防するにはどうすればいいか」を聞いたら「マスク」とのこと。「マスクは意味がないという医者もいますが」とさらに振ったら東京大学を出たというその先生は「そんなのはヤブ」とバッサリ。でもその先生は本当に感染症を知っているのでしょうか。おそらく私のHIV/AIDSの患者さんを紹介すると「診療経験がないから」と断ることでしょう。
 実は私のHIV/AIDSの患者さんは施設等に入るにしても、あまり問題は起こっていません。「なぜ?」と聞かれることが多いのですが、それは「治療をしているHIVを持っている人は他人に感染させる力がないから」と言い続けてきたからですが、最近、世界中でU=U、すなわちundetectable(検出されない)ということはuntransmittable(感染させない)ということだとわかってきました。でも、先入観を覆すことはすごく難しいことだとインフルエンザが教えてくれています。

○『マスクで広がるインフルエンザ』
 インフルエンザの感染経路は「接触感染」と「飛沫感染」です。「飛沫」は「しぶき」と読むように、「ハクション」とくしゃみをした時に飛ぶ「しぶき」が感染する原因だということを示しています。大事なことは「しぶき」には重量があるということです。皆さんも自分ですごいくしゃみをし、しぶきをばらまいた時に、そのしぶきが落ちていくのを見たことがあると思います。実は「飛沫(しぶき)」は2メートルぐらいしか飛びませんし、飛び出したら重力で落下し、机、家具、床に付着します。
 インフルエンザに感染するのは、口、のど、鼻にある粘膜にインフルエンザウィルスが付着した時です。もちろん至近距離でくしゃみ(飛沫)をかけられたときに口を開いていたりすれば喉の奥にインフルエンザウィルスが飛び込み感染することがあります。しかし、飛沫感染は実は少ないのです。当たり前のことですが、他人にくしゃみをひっかけられる場合はそう多くはないですよね。
 ところが飛沫が落下して付着した机、家具、床に触れればあなたの手にインフルエンザウィルスが付着します。ということは人がいるところで生活している人は、ほぼ全員、自分の手にインフルエンザウィルスを付けているということです。その手で「予防」のつもりで付けているマスクに触れれば、マスクの表面にインフルエンザウィルスが付着します。飛沫の水分が乾燥すれば、インフルエンザウィルスは吸い込まれやすい状況になるため、吸い込まれ、のどに付着し、インフルエンザに感染します。いかがでしょうか。

●『抗ウィルス薬で広がるインフルエンザ』
 世界で一番抗インフルエンザウィルス薬を使っているのが日本です。しかし、日本が一番感染率が少ないという話は聞きません。当たり前のことです。確かにタミフルにはじまり、最新のゾフルーザ等々、抗インフルエンザウィルス薬は多く、服用すると症状も急激に改善し、患者さんは楽になります。薬の副作用の議論もありますが、それはさておき、薬を飲んで、症状が治まったらあなたならどうしますか?
 文部科学省はインフルエンザと診断されたら「発症した後五日を経過し、かつ、解熱した後二日を経過するまで」出席停止、登校禁止としています。しかし、社会人に対してその拘束力はありませんので、皆さんは仕事に、買い物に行きますよね。しかし、感染した人は症状が治まってもウィルスの排出は続いているため、その人はインフルエンザウィルスを拡散中ということになります。

○『予防接種でインフルエンザが広がる理由』
 今年はインフルエンザに感染している人が過去最高になりそうとのこと。だから症状を和らげるためにも今から予防接種をと言っている先生がいます。もちろん患者さんのことを考えれば適切なアドバイスだと思います。しかし、症状が軽ければその人は医療機関でインフルエンザに感染しているという診断を受けないまま外出するでしょう。でもしっかり感染力はあります。すなわち、本人は楽になっても、実はインフルエンザを広げる役割を担うことがあります。

●『で、どうすればいい』
 結局のところ、「接触感染」を防ぐしかありません。だから、以下のことを守りましょう。

1.(自分がくしゃみ、咳をしている場合以外は)マスクはしない
2.特に子どもにはマスクをさせない。
3.(他人がインフルエンザウィルスを付着させた可能性があるところ)蛇口等はつかわない。
4.手で顔を触らない。
  この中で、一番現実的な対応が「マスクをしない」ではないでしょうか。

 「反論」は大いに期待していますが、単なる「否定」や「無視」で終わってしまうと先に進みません。また、この程度のことで「排除」、「離別」が生まれるのはもったいないです。ま、日本人はお金があるのだから「無駄」も大事なのかもしれませんが(笑)。

 

紳也特急 233

~今月のテーマ『性犯罪の予防を考える』~

●『あけましておめでとうございます。』
○『専門性とは』
●『排除しかできない日本人?』
○『「性」の難しさ』
●『加害者になる人、ならない人』
○『男はオオカミではなくライオン?』
●『犯罪と本能は紙一重』

…………………………………………………………………………………………

●『あけましておめでとうございます。』
本年もよろしくお願いします。

朝日新聞の「フロントランナー」に!
 昨年の12月1日の世界エイズデーに朝日新聞の「フロントランナー」欄で取り上げていただきました。レッドリボン越しのカラー写真だけではなく、大勢の生徒さんが手を挙げている群馬県草津町立草津中学校での講演風景に加え、ケニアの小学校に入学した時の写真まで掲載した2ページにわたる記事でした。多くの人から「読みましたよ」とお声掛けいただきました。
 一方で私の外来に来る大人たちは子どもの保護者が多く、その世代は新聞を読んでいないからか、反応はほとんどありませんでした。Googleで「年代別新聞購読率」を調べると、20代で7.4%、30代で16.6%でした。朝日新聞のシェアが全新聞の28%なので外来での反応はうなずけます。ちなみに私の年代でも59.9%です。
 反応の中で一番うれしかったのが、外来に通っているHIVの患者さんが「いつも先生がおしゃっていることそのままでしたね」というものでした。私自身の活動が多岐にわたるため、取材してくださった記者の方もどうまとめるかでご苦労されたと思いますが、本当に上手にまとめていただきました。ありがとうございました。
 多岐にわたる活動の中で、昨年は違法薬物使用者への関りが増え、「つながりから考える薬物依存症」を出し、警察や性暴力被害者支援団体の依頼で性犯罪や性暴力に関する講演もさせていただきました。しかし、性犯罪や性暴力に関われば関わるほど、予防の大切さと性犯罪、性暴力に向き合う難しさを感じていました。そこで2019年1月のテーマを「性犯罪の予防を考える」としました。

『性犯罪の予防を考える』

○『専門性とは』
 多岐にわたる仕事をしながら、いつも「岩室の専門は何か」を自分に問い続けています。「自殺対策もやっています」というと、多くの人に「精神科医でもないのに?」という目で見られるので、自分から「精神科医は精神科疾患の治療のプロです。うつで自殺企図がある人の治療の専門家ですが、自殺予防のプロは公衆衛生医です」と説明しています。
 警察官の仕事は犯罪者を逮捕、検挙することですが、犯罪を予防するプロではありません。裁判官は犯罪者に刑罰を与えるプロですが、やはり犯罪を予防するプロではありません。厳罰化で犯罪を抑止しようという考え方がありますが、本当に厳罰化で犯罪が抑止できるのでしょうか。「平成」が終わる前に「駆け込み需要」ならぬ「駆け込み死刑」が行われたと報道されていますが、果たしてこれらの死刑執行がどれだけの犯罪を予防したのでしょうか。

●『排除しかできない日本人?』
 先日NHKで、オウム真理教がサティアンを構えていた上九一色村を管轄していた保健所の薬剤師さんが「オウムの人たちは他の人とつながっていなかったように感じた」とコメントしていました。犯した罪を下された刑罰に従って償うことは当然ですが、犯罪被害者の傷は永遠に消えません。だからこそ、刑罰による抑止に加え、なぜオウムの人たちが大量無差別殺人をするに至ったかを考え、犯罪自体を予防する視点を持ち、そこを考えるプロを養成することが急務です。
 しかし、日本人一人ひとりが警察官、裁判官になるだけで、犯罪者に学ぶことをしないまま、加害者の排除しかできないのであれば、被害者は増え続けるだけです。

○『「性」の難しさ』
 性暴力の問題はもっと複雑です。広辞苑第七版で「性暴力」は「主に女性や幼児に対する、強姦や性的ないたずら、セクシャル‐ハラスメントなどの暴力的行為」と書かれていますがこの記述自体が男性の性暴力被害者の二次被害を作り出しています。さらにセクハラなどは「どこまでが」といった線引きの議論になりかねないため、敢えて今回は「性犯罪」を中心に考察してみました。
 2018AIDS文化フォーラム in 横浜で「男が痴漢になる理由」を書いた斉藤章佳さんと話す機会をいただきました。斉藤さんは精神保健福祉士として大勢の痴漢で逮捕された人たちと関わる中で、その人たちが家庭でも、学校でも、職場でもいい子を、いい人を演じ、そのストレスから逃れ、自己実現をした結果が痴漢という犯罪行為だったと教えてくださいました。従来から「犯罪予防は健康づくりから」と言い続けているので、岩室個人としては「ガッテン」していました。
 ところが先日、性暴力被害者支援をしている人たちに話をした時、斉藤さんの話をしたら、会場から「斉藤さんは加害者を弁護する立場で、法廷で証言をされたのです。被害者のことを考えると絶対許せません」という声をいただきました。私の推測ですが、斉藤さんはおそらく事実関係に関してではなく、性犯罪加害者の心理に関する証言をされたのだと思います。しかし、その方は「悪いものは悪い」、「被害者心理を考え弁護いらない。厳罰に処するべき」という、日本の法律を無視した裁判官の立場でした。もちろん加害者が悪いのですが、自分たちで法律を決めたのであればその範囲内で生きていくしかありません。気に入らないなら法律を改正するように働きかけたり、自らが立法府に入ったり、関わったりする中で自分が思う方向性を打ち出すしかありません。

●『加害者になる人、ならない人』
 中高生にも当然のことながら性犯罪者は存在します。盗撮、裸写真のネットばらまき、痴漢、デートレイプ、強制性交などは全て犯罪だという知識を伝えても、その知識だけで犯罪は予防できないと考えています。そのため、私は「答えを与える講演」ではなく「問いかける講演」を行っていますが、次のような感想がありました。

「絶対にばれないとしたら性犯罪を犯すか」という質問に非常に衝撃を受けました。人間の善悪の判断基準となるものは他人の目という非常に不安定なものなのだと知らされたような気がした。(高2男子)

 他人の目を意識できる人と意識できない人の違いは、そもそも他人の中で常にその集団がどのような社会を求めているかを繰り返し経験するしかありません。昨今、他人とつながることを厭う、絆(ほだし)を嫌う人が増えています。ほだしの意の中にある「束縛」があるからこそ、その社会の中で暮らしていくために求められる行動とは何かを動物たちが教えてくれています。

○『男はオオカミではなくライオン?』
 「男はオオカミなのよ、気を付けなさい」というキャンディーズの歌は間違っています(笑)。ライオンでした。ライオンは、一頭のオスライオンがリーダーとなったpride(プライド)という群れの中で、複数のメスライオンが子育てをします。ところがリーダーのオスライオンを蹴落とす別のオスライオンが現れると、新しいリーダーは自分の子孫を残すためにプライドのメスたちとの性交を求めます。しかし授乳している、子どもにおっぱいを与えているメスライオンは発情しません。そこで新しいリーダーとなったオスライオンは子殺しをし、メスを発情させ、目的を達成します。自分の子どもを殺されたメスライオンは新しいリーダーに逆らうのではなく、それを受け入れて子どもを育てます。これがライオンの社会です。
 一方でオオカミは雄雌が入り混じった集団で生活します。一番の理由は集団で暮らしていなければ天敵であるトラやヒョウ、クマから自分たちの命を守れないからです。ライオンのような子殺しをすれば、当然のことながら血の匂いが周囲に流れ、天敵たちに見つかってしまいます。もちろん自分たちの食事のための狩りはするでしょうが、天敵に見つかる行為は最小限にするということを集団で学習していると思われます。「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」と言い続けていますが、オオカミもライオンもそれぞれが作り上げてきた社会に学んでいます。

●『犯罪と本能は紙一重』
 ライオンが子殺しはオスの本能的な欲望(性欲)を体現した結果です。これを人間にあてはめれば、人間男子は本能的欲望(性欲、射精欲)を満たすためであれば、相手を殺した後にレイプに及ぶことも考えられますし、実際、そのような事件は後を絶ちません。
 #MeToo運動の広がりで、性暴力被害の実態が明らかになり、いわゆる泣き寝入りが減ることが期待されます。性暴力、性犯罪は絶対に許されませんが、#MeToo運動が広がってきた今だからこそ、糾弾だけではなく、予防について真剣に考える必要があるのではないでしょうか。児童虐待が減らないのも、予防の取り組みがほとんどされず、通報しかやらないからです。今こそ性犯罪、性暴力の予防に力を入れなければ今後ますます被害者が増え続けるだけです。
 で、誰が、どのように予防をすればいいのでしょうか。キーワードは「社会性の回復」だと思います。誰もやっていない分野だからこそ、できる人が、できることを、できるところから取り組み、その情報を共有し続けましょう。
 本年もよろしくお願いします。

紳也特急 232

~今月のテーマ『ぼちぼちが大事』~

●『生徒さんの感想』
○『なぜ、あの子が』
●『性教育をしっかりやれ』
○『多様性とは』
●『インターネットはリスクを分散させる機能のはず』
○『自分の、他人の弱さに向き合うために』

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●『生徒さんの感想』
 私は将来産婦人科医になりたいと幼稚園生のころからずっと思っています。それは命が始まる場所に立ち会えるということは特別なことだと思ったからです。でも私が小学生の時に両親が離婚しました。理由は父の麻薬の使用です。何年も父のその姿を見てきました。母も気づいていたと思います。だけどしびれを切らして母は父と離婚しました。当時の私はそれ以外にも様々な災難が降りかかり絶望していました。生きることの意味を感じませんでした。父が許せませんでした。
 でも、今日の先生のお話を聞き、父は独りだったんだと気づきました。孤独から逃げるように麻薬をやっていたのだと思いました。今は父のことを許せます。そして改めて産婦人科医になりたいと思いました。「生きる」ことに関わり、出産された妊婦さんだけではなく、そのご家族が幸せになれるようにしっかりとケアをできたらなと思います。
 今日は講演を聞かせていただき、どうもありがとうございました。

 岩室先生は「人は経験からしか学べない」とおっしゃっていました。自分は今までいろんな経験をしましたが、思い出そうとしてもほぼすべての記憶があいまいでした。しかし、自分が失敗したり、後悔したりしたことは覚えていました。
 自分なりの解釈ですが、先生は「失敗から学べ」ということを言っていたんじゃないかと思いました。なので、失敗を恐れず挑戦して、失敗をした時はしっかり学び、次に生かしていきたいと思いました。

 生徒さんたちの感想を読むと、話し手の想い以上のことを感じ、考えてくれているのを教えていただいています。「性教育」というと「正しい知識」を伝えることが大事だと思っている人が少なからずいらっしゃいますが、私はこれらの感想から、生徒さんたちの心に響きそうなことを、おごらず、あせらず、丁寧に伝え続ける必要性を改めて教わりました。感謝です。
 そこで今月のテーマを「ぼちぼちが大事」としました。

『ぼちぼちが大事』

○『なぜ、あの子が』
 最近、性に関する講演を依頼される理由、きっかけが変わってきています。性犯罪について話して欲しいという要望が増えています。また、講演後に個別で「実は、親戚が盗撮で捕まったのですが、すごくいい子だったのです」といった相談が寄せられる回数も確実に増えています。そのよう時、「なぜ」を説明する前に「次のような視点で考えましょう」と投げかけます。
 男性であればご自身に伺います。女性であれば、次に会った身近な人に聞いてみてくださいと。

 絶対にバレないと保証されていたら、あなたは盗撮、痴漢、レイプ、不倫、児童買春はしませんか。
 もししないというのであれば、なぜしないのですか。

 もちろん「する」と答える人は少ないでしょうが、「なぜしない」かを考えてください。盗撮で捕まった人たちはスマホ、パソコンに大量に証拠を残していることからも、「自分が捕まる」という発想さえもありません。それもそのはずです。小さい時から「あなたは余計なことを考えなくてもいいから勉強ができればいいのよ」と教え込まれて結果です。

●『性教育をしっかりやれ』
 11月に開催された日本性感染症学会の発表や質疑を聞いていて呆れてしまいました。「性教育が大事」とわかったような発表や質問をする人が後を絶ちませんでした。一番呆れたのは「HPVワクチンが大事」と目の色を変えて訴えている先生がポロっと、「自分の中学生の娘が『あの注射(HPVワクチン)は危ないのでしょ』と言っているのです」と恥ずかしげもなく話していたことでした。もちろん娘さんはワクチンを打っていないようでした。自分の子どもさえも「教育」できないのに、「日本は世界の恥だ」ときれいごとばかりを並べていました。
 「岩室は『ぼちぼち』などと生ぬるいことを言っているから性感染症が増えている」と怒られそうですが、大事なことは「できる人ができることを」で、「できない人は黙っていましょう」です(笑)。

○『多様性とは』
 同性愛が明らかになると死刑に処せられる国があります。多くの日本人は「それはおかしい」と言うでしょうが、本音ではどうでしょうか。国民に選ばれた代表が「生産性がない」とはっきりおっしゃっています。
 津久井やまゆり園の犯人が「障がい者は不幸をつくることしかできない」と言ったのに対して、多くの人は憤りを覚えたでしょうが、妊娠しているお母さんが血液検査を受け、胎児に障害があることが分かったら96%が中絶を選んでいるというこの制度を日本人が容認しています。この事実を棚に上げて犯人を責めることができるのでしょうか。
 薬物使用者の方が一番ご苦労されるのが、刑務所から出てきた後の「孤独」です。元々孤独から薬物に手を出し、刑に服した後も世間の冷たい目にさらされ、ますます孤独になり、再犯してしまいます。あなたの家庭で、地域で、職場で刑務所を出た元薬物使用者を受け入れてあげられるでしょうか。Noですよね。日本社会は犯罪者も罪を償えば無罪放免ということになるという建前です。しかし、現実には一度犯罪者になれば、一生「あの人は・・・」と後ろ指を指され続けます。
 「多様性を認めよう」と言いながら、実は認めないからこのスローガンの存在意義があるのかもしれません。

●『インターネットはリスクを分散させる機能のはず』
 性犯罪に走ってしまう理由は、性犯罪に走らない理由同様、根っこが深く、決して一つだけではありません。ただ、岩室紳也自身のことを振り返ってみると、もし、いま、痴漢や児童買春で逮捕されたらいろんな人に迷惑がかかるし、いろんなところに影響がでるし、何より、岩室紳也のキャリア、人生が社会的には終わりを迎えることは容易に想像できます。そんなことを考えていると、ふとよぎる性欲を自分で抑え込んでいるのが分かります。
 インターネットを含め、世間にあふれているアダルト映像も、ある意味、性犯罪抑止力となっているところがあります。あり得ないレイプや痴漢の場面をバーチャルなものと理解した上で、AV男優さんが自分になり替わって演じてくれているような錯覚を楽しむこと自体は今の社会では許される範囲となっています。しかし、それを一人で見続けている内に人は現実とインターネットの中のバーチャルの違いが分からなくなり、錯覚から犯罪者になってしまいます。
 そうならないためには、盗撮、痴漢、レイプといったことをしたいと思っている自分と向き合うことが不可欠です。ただ、一人で向き合っていると勘違いが起こるので、いつも話しているように「アダルトビデオは5人以上で見ろ」です。

○『自分の、他人の弱さに向き合うために』
 自分が弱い、未熟な人間だと認めるにはどうすればいいのでしょうか。昨今は「自己肯定感」なる言葉がもてはやされていますが、私自身、この自己肯定感はよくわかりません。
 HIV/AIDSの患者さんたちと、性のトラブルに巻き込まれた人たちと関わり、その人たちのある意味失敗を共有させていただく中で、そしてその人たちが「普通」の人で、岩室自身と何ら変わらないということを繰り返し経験させていただいています。もちろん変な人もいますが(笑)。気が付けば「みんなちがってみんないい」ということが染みついています。
 さらに言うと、小学校6年間、アフリカのケニアの現地の学校にいたことも貴重な経験になっていました。小学校3年生の時に成績が良かったので飛び級をしました。こう書くと、日本では「すごい。勉強ができたんだ」となりますが、ケニアでは「Shinyaは一学年上で勉強した方がShinyaのためになる」というだけの理由でした。その上の学年で教室の一番後ろの席に座らされました。ただでさえ体格が大きい同級生たちでしたので黒板が見えなかった上に近眼がどんどん進むため、先生に「前に座らせてください」とお願いしたところ、次のように言われました。「Shinya、あなたは勉強ができるから後ろでいいの。この子(と同級生の一人を指しながら)は勉強ができないから先生の近くに座っているの、と。

 勉強ができる人がいれば、できない人もいる。
 スポーツが得意な人がいれば、不得意な人もいる。
 肌の黒い人もいれば、黄色い人もいる。

 ただそれだけのことでした。

 犯罪者になった人もいれば、今のところ犯罪者になっていない人もいる。

 そう思える社会であることが求められているはずなのに、人を許さない社会というのはいろんな経験をしていない、まるで子どもだけの社会なのかもしれません。

 情けは人の為ならず。

 改めてこの言葉をかみしめたいと思いました。

今日、2019年12月1日、朝日新聞にでかでかと岩室紳也が出ています!!!

 

紳也特急 231

~今月のテーマ『新時代のエイズ対策の方向性』~

●『生徒の感想に気づかされたこと』
○『「治療ができる病気」という話はもういらない』
●『医療の課題』
○『予防はコンドームから治療へ?』
●『あらゆる場面で検査を』
○『LGBTQを言う前に』
●『HIVと薬物使用』
○『HIVを持っていても苦しまない』
●『新時代のエイズ対策では』

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●『生徒の感想に気づかされたこと』
 先輩から「生々しい」と聞いていたので少し緊張しましたが、聞いてみると奥が深くて聞き入りました。普通、学校生活で耳にしない言葉がたくさん出ましたが、みんなが笑って講演会に出られてよかったと思います。(中3女子)

 「人間はいきているだけで迷惑を周りに与えている」という言葉が印象に残りました。この前の話で「人間はいきているだけでありがとう」という言葉があって、僕は「生きているだけでありがとう」に賛成の方なんですけど、今回の「生きているだけで迷惑を周りに与えている」ということを知り、生きるってことは大変だと少し思いました。(中3男子)

 岩室先生の友人がエイズになったのは「自分でとった行動だから」と言っていました。このことから私は最後は自分で考えて行動するということを学びました。(中3女子)

 先生は医者だから人の亡くなっていくところをたくさん見て、命の大切さを知っていて、そういった方から命の大切さを教えていただくのはありがたいことだととても学びになるなと思いました。先生が何度もおっしゃっていた「人と話す」ということを大事にしていきたいなと思います。(中3)

 何気なくこのような感想を読んでいた時に、いろんな人とHIV/AIDSの話をする機会をいただき、気づかされたことがありました。岩室紳也はこれまでさせていただいてきたHIV/AIDSに関する多くの経験を、自分の診療、講演、仕事、生活、考え方の中で、それなりに活かしてきていました。一方で、これまでの経験値の蓄積をきちんとまとめ、提示してきいませんでした。そのため、保健医療や教育分野の関係者と話をしていても、マスコミの取材を受けていても、どことなく「今の時代のHIV/AIDSは違うんだけど」と思いつつ議論がかみ合っていませんでした。
 そこで今月のテーマを「新時代のエイズ対策の方向性」とし、岩室紳也がいま、HIV/AIDS対策はこうあるべきと考える姿をまとめてみました。

『新時代のエイズ対策の方向性』

○『「治療ができる病気」という話はもういらない』
 HIV(エイズウィルス)に感染しても治療をきちんと継続すれば、AIDSを発症することなく、天寿を全うできる時代になりました。もちろんこのことがきちんと伝わっていないからもっと啓発を、教育をしなければならないという人もいます。確かにHIV/AIDSが未知の、怖い病気だった時代を知っている人はそう思うかもしれませんが、イマドキの若者たちにAIDS文化フォーラムで案内文を読んでもらうと「エーアイーディーエス文化フォーラムにようこそ」と読む時代です。「エイズ」という呼び名自体を聞いたこともない時代になったので糖尿病と同じように扱って欲しいものです。
 糖尿病もエイズも高校の教科書に記載されています。肥満から糖尿病になる場合もあり、その人たちは食べ過ぎなければ、運動をきちんとすればいいこともわかっています。もちろん予防や治療をきちんとしなければHIV感染症同様、様々な合併症を起こします。糖尿病を専門に治療に当たっている先生たちは、いかに患者さんがきちんと生活習慣を確立できるかを考え、日々工夫をしながら診療をしています。すなわち、HIV/AIDSも糖尿病も、医療(治療)が提供できることは十分進歩して確立されているので、HIV/AIDSだけを特別伝える必要はありません。興味をもった人は教科書を読めばいいのです。

●『医療の課題』
 HIVの医療で一番の問題は、診療してくれる医者がまだまだ少ないことです。もちろんちゃんと診てくださる先生も徐々に増えていますが、診療拒否も解消されないどころか、いろんなところで増えているようにも感じます。その原因は医者ですが、医者が取得する医師免許が医者にとって単に収入を得る手段になっていることで、この問題はHIV/AIDSだけではなく、地域医療全般に言えることです。

 医師法には以下の記述があります。

 医師法 第四章 業務 第一九条 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。

 詳しくは延べませんが、「マズローの欲求5段階説」のトップにある「自己実現」を叶えた人たちに共通する15個の特徴の一つに「手段と目的が明確に区別でき、目的を重視する。」というのがあります。医師免許は所詮手段で、国が医師に免許を与える目的は医師法第一条にある「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする」です。このことは第159回直木賞受賞作の島本理生「ファーストラブ」(p170)にも書かれていました。

 人助けしたいやつはたいてい同情できる人間しか助けたがらない。助けたくない人間まで助けなきゃいけないのが医者と弁護士だけ。

 少なくとも作者の医者への期待は大きいのですが、それを裏切っているのが医者なのでしょうか。でも、これはHIV/AIDSの世界だけの問題ではなく、医者の偏在といったことを含め、制度全体で考える必要があるようです。

○『予防はコンドームから治療へ?』
 岩室紳也がHIV/AIDS対策に取り組み始め、脚光を浴びたのは、当時、多くの人が口にしたがらなかった「コンドーム」を公言し続けたからです。しかし、治療の進歩のおかげでHIV感染予防の考え方が少し変化してきています。HIVに感染していても治療をきちんとすればAIDSを発症しないだけではなく、精液、血液等の中のHIVが現在の検査技術では検出できないほどのレベルまでウイルスを抑え込むことができます。そのようにウイルスが抑えられている人はコンドームなしでセックスをしても相手にうつす可能性が「ほぼゼロ」と言えるようになりました。
 ここで大事なことは「ほぼゼロ」ということと共に、「ちゃんと治療をし、ウイルスが抑えられている人」である必要があります。「私はHIVに感染しているけど、ちゃんと治療しているからあなたに感染させないからコンドームなしのセックスを楽しみましょう」という言葉を信じてはいけません。それなら、なぜ岩室はこの事実をこうやって書くのでしょうか。「私は性感染症を持っていないからコンドームなしのセックスを楽しみましょう」と誘う人がいた時に、「決めるのはあなたです」ということをお伝えするためです。

●『あらゆる場面で検査を』
 結局のところ、感染している本人にとって一番大事になるのが感染しているか否かを確認するための検査を受けることです。糖尿病の人でも同じです。「糖尿病が悪化し、のどが渇いて水分を多量に飲むようになったり、尿の量が増えたりしている人は検査を受けましょう」とは言わないですよね。なぜなら、そのようなことを訴える前に、毎年の健康診断で血糖や尿糖の検査をすればいいだけのことです。しかし、HIV感染に関してはプライバシーなどを「言い訳」にして、ご本人にとって大事な健康診断の場面を奪っています。
 手術前の血糖検査は必須項目です。なぜなら糖尿病がコントロールされていない人が手術を受けるととんでもない合併症が起こるからです。手術前の肝機能検査も必須科目です。肝臓が悪い人に手術の時に様々な薬を使うと、その副作用で死なないとも限りません。同じように手術前のHIV抗体検査も必須項目です。HIVの影響で免疫力が低下している人が大きな手術を受けると、さらに免疫力が下がり、手術が成功しても合併症で死んでしまう可能性があるからです。
 職場への採用前のHIV抗体検査も必須項目です。せっかくこの人材が欲しい、活躍して欲しいと思っているのに、本人がHIV感染に気付かず、治療開始時期が遅れ、それこそ亡くなるようなことがあれば、職場にとっても大きな損失です。
 「身に覚えがある方は検査を受けましょう」というスローガンは早くやめて欲しい呼びかけです。そう言っているあなたこそ、不勉強、偏見の塊だということを自覚してくださいね(笑)。

○『LGBTQを言う前に』
 MSM(男性とセックスをする男性)の間でHIV感染が広まっていたことは事実です。しかし、これからも同じ状況が続くかと言えば、必ずしもそうとは言えません。
 健康づくりで最も成功したとされる「80歳で20本以上の歯を」と訴えた8020運動の成功要因は単純でした。できる人ができることを、身をもって示したことでした。職場でブラッシングしたり、かかりつけ歯医者さんがいることを日常生活の中で話したり、歯医者さんも「ではまた来年も来てくださいね」と営業努力を重ねたりと、できる人ができることを重ね続けた結果が今の日本人の歯の状況をよくしています。
 セクシュアリティだけではなく、そもそも性の問題について真剣に取り組んでいるのは今やセクシャルマイノリティと言われる人たちです。異性愛者たちの集団は、性教育バッシングをはじめ、結局のところきれいごとを唱えている人たちに翻弄されています。将来的には「あれ? なぜ日本だけが異性間のHIV感染がこんなに蔓延したの」と世界から驚きの目で見られる可能性もあります。でも、それはHIV/AIDSだけの問題ではありません。

●『HIVと薬物使用』
 反省を込めて言うと、この夏に「つながりから考える薬物依存症」(大修館書店)を出すまでの経緯こそが岩室紳也がHIV/AIDSに関して一番学んでいなかったことでした。HIV/AIDSの診療を行い、日本の薬物依存症の第一人者である松本俊彦先生が身近にいたにもかかわらず、自分自身が薬物使用者の診療をすべき立場と思っていませんでした。これは今回書かせていただいたように、「診療拒否をする医者」、「術前検査をしない医者」と同じレベルでした。だからこそ敢えて「新時代のエイズ対策」をかかせていただいています。ぜひ多くのHIV診療医が自分の外来診療の中で薬物依存症のプライマリケアを展開する時代を作り上げたいものです。

○『HIVを持っていても苦しまない』
 よく、「HIVに感染している人たちの苦しみを支えたい」という人がいらっしゃるのですが、それこそ「新時代のエイズ対策」の状況をご存じないと言わざるを得ません。なぜなら、もちろん全員とは言いませんが、多くのHIVに感染している当事者の方々は淡々と治療をし、仕事を、恋愛をし、日常生活を送っておられます。面倒なことと言えば、2~3か月毎に通院をしなければならないことでしょうか。ご心配をいただいていることはありがたいのですが、現状は大きく変わってきていることをお知らせすべきとこのようなことを書かせていただいています。

●『新時代のエイズ対策では』
★採用時や健康診断、手術前のHIV抗体検査を常識にしよう。
★どの医療機関でもHIV感染症の治療薬を投与できるようにしよう。
★薬物使用者を、HIVの診療をしている医療機関もフォローするようにしよう。

「あれ、コンドームの達人はコンドームを放棄したのか?」と思われた方へ。
もちろん、そうではありません。
避妊が必要なのにコンドームを使わない方がいます。
フェラで様々な性感染症をもらう可能性があるのに、フェラの時にコンドーム
を使わない人がほとんどです。
もちろんコンドームは大事です。

 でも、先に紹介した「自己実現を叶えた人たちに共通する15個の特徴」の一つに「正確に現実を知覚し、未知や曖昧さを好む。」というのがあります。
 「人間なんて所詮理屈通り、理想通りの選択ができない」という現実を知覚し、「なぜできないのだろうか」という自分にとって未知や曖昧と思ってしまうところを好むことが大事だそうです。コンドームを使わない人へのアプローチにはもしかしたらこのような人間心理に働きかける新しいアプローチが必要なようです。ぜひそのような新しいアプローチを開拓したいと思っています。

紳也特急 230

~今月のテーマ『正解依存症』~

●『保健室のつぶやき』
○『「正解」とは何か』
●『「社会通念」とは何か』
○『「病気にならない」という正解』
●『「人に迷惑をかけない」という不正解』

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●『保健室のつぶやき』
 携帯もメリットデメリットがありますが、スマホの普及のおかげで、リストカットや境界性人格障害がグンと減ったと保健室で実感しています。一部の子たちは家庭での孤独を薄めるため、ずーっとLINEをつなげっぱなしにして、寝るときもLINE、朝起きてLINEで「おはよう」。まるで兄弟が同じ部屋にいる、というような感じで、ずーっとLINEで同じ時間を共有。
 スマホのなかった時代の人間からは信じられない(というかそんな煩わしいことしたくない)ことですが、彼ら彼女らにとっては、夜という時間を乗り越えるための大切なツールです。
 一方で、スマホのなかった時代には、夜がくるたびリストカットをしていたであろう子たちが、LINEで誰かとつながって寂しさを癒し(紛らわし?)、自分が一人ではないことを知る。スマホこそリアルという子たちが一定数います。

 もしこの養護教諭の先生が感じておられるように、リストカットや境界性人格障害が減っているとすれば、LINEが人と人をつなぎ、これまで問題とされていたことが解消される方向に向かっていることになるので、SNSはそれなりにいい側面もあるととらえるべきです。もっとも「素人が勝手に決めつけるな」という専門家の声も聞こえたような・・・(笑)。
 一方でSNSのトラブルがあるのも事実ですし、SNSにつながっている時間を調査すると、夜中までLINEをやっている、さらにTwitterでつぶやいている子たちはSNS依存症、ネット依存症と診断されることでしょう。ゲームに費やす時間が多いとゲーム依存症や最近WHOが国際疾患分類に追加した「ゲーム障害」と言われるのでしょうか。専門家と言われている先生は「ゲーム障害が“疾患”になったことで、今後は研究が進むだろう。今がスタートラインと思う」とコメントしています。でも、これって絶対「変」です。病院で患者が来るのを待っている人たちにとってはそうかもしれませんが、若者たちに接し続けている人にとって既に「事件は現場で起きている」のです。
 専門家の先生もそうですが、どうも日本人は一定の枠に物事や価値観を当てはめ、結果として大事なものを見失っているように思えてなりません。「ずっとLINE」が「不正解」で、「LINEを上手に使う」のが「正解」になっていないでしょうか。本当の「正解」は別のところにあるのですが、そのことに気づかない、気づけない社会になっています。そこで、今回のテーマを「正解依存症」としました。

『正解依存症』

○『「正解」とは何か』
 「正解」を広辞苑で引くと、「(1)正しい解釈。正しい解答。(2)結果として、よい選択であること」とあります。「正しい」を引くと「(1)まがっていない。よこしまでない。(2)よいとするものや決りに合っている。法・規則などにかなっている。きちんとしている」とあります。
 ではお聞きします。皆さんは「正解」の、「正しい」人生を生きてきましたか。人に後ろ指をさされることを一度たりともしたことはないですか。それこそテストでとなりの「正解」が見えて「コピペ」したことはないですか。結局、「正解」とは理想ではあるものの、「正解」を追い求めると、だんだんつらくなります。なぜなら、現実の世界では自分がその「正解」にたどり着けないことを繰り返し経験するからです。ところが、自分ではなく、他人に、自分の家族に、子どもに、それこそ患者に、生徒に「正解」を求めると、それにこたえられない人を「ダメな人」と切り捨てることで自分を保つことができます。

●『「社会通念」とは何か』
 愛媛県伊方町にある四国電力伊方原発3号機の運転を差し止めた2017年12月の広島高裁の仮処分決定について、同じ広島高裁が2018年9月25日に四国電力の異議を認め、前の決定を取り消しました。「あれ?正解はどっち」と思いますよね。細かいことはさておき、この取り消しを命じた裁判長は、伊方原発から約130キロ離れた熊本県阿蘇山の破局的噴火について、「頻度は著しく小さく、国は具体的な対策をしておらず、国民の大多数も問題にしていない」と指摘し、「発生の可能性が相応の根拠をもって示されない限り、想定しなくても安全性に欠けないとするのが社会通念」と判断したようです。
 「社会通念」を広辞苑で引くと、「社会一般で受け容れられている常識または見解。良識。」となっています。では、そもそも「社会」とは何なのでしょうか。広辞苑には「(1)人間が集まって共同生活を営む際に、人々の関係の総体が一つの輪郭をもって現れる場合の、その集団。諸集団の総和から成る包括的複合体をもいう。自然的に発生したものと、利害・目的などに基づいて人為的に作られたものとがある。家族・村落・ギルド・教会・会社・政党・階級・国家などが主要な形態。」とあるのは、ま、そうかなと思います。
 しかし、次のような解釈もあります。(2)同類の仲間。(3)世の中。世間。家庭や学校に対して利害関心によって結びつく社会をいう。裁判官がもし「同類の仲間」や「利害関心によって結びつく社会」をひいきしているとすれば大問題です。そして、そもそも「社会通念」という言葉を使った時点でこの裁判官は失格と言わざるを得ません。まさしく裁判官なりの「正解」に判決を導いたのでしょうが、結果的には「社会通念」という言葉を理解していなかったと言わざるを得ません。この裁判長も、必死に正解を探し求めた結果、「社会通念」という言葉にたどり着き、それが「正解」と勘違いをし、とんでもない判決を出したと言えます。
 ちなみに、ここで言っていることは「原発反対」とか「原発賛成」といった話ではなく、あくまでも「正解依存症」というものを解明するための論点とご理解ください。

○『「病気にならない」という正解』
 私はよく「エイズになって何が悪い」と言っていますが、この言葉はなかなか理解されません。確かに「コンドームを使えばHIV感染は予防できる」というのは「正解」です。「早期に検査を受ければエイズ発症を未然に防ぐことができる」というのも「正解」です。しかし、「正解」通りの行動がとれない人がいます。好き好んでHIVに感染する人はいません。感染した人たちにとって一番大事なことはHIVと共に、その人が望む生活を享受し続けられるような社会をつくることです。感染予防をあまり強く言いすぎると、「感染することが悪いこと」という考える社会通念をつくってしまう懸念があります。実際、「いいエイズ(薬害)」と「悪いエイズ(性感染)」という発想があっという間に蔓延したのが日本社会でした。
 「生老病死」という言葉に学べば、「病気」は「生まれること」、「老いること」、そして「死ぬこと」と同じレベルでその人の人生の中の必然的な出来事です。その現実とどう向き合い、どう生き続けられるかを他人ごと意識ではなく、自分ごととしてとらえられるような社会通念をどうつくるかが問われていますが、本当に難しいです。

●『「人に迷惑をかけない」という不正解』
 よく、大人たちは子どもたちに「人に迷惑をかけるな」と教えます。これって一見「正解」です。しかし、人に迷惑をかけたことがない人なんていません。となると、「人に迷惑をかけない」というのは一人ひとりの行動結果から検証すると「不正解」になります。
 「もやもやしたら… 相談してみようよ!」や、「一人でなやんいるあなたへ ~SOSを出していんだよ!~」を小中学生への自殺予防のメッセージとしている自治体があり、それが大人気で各方面で参考にする動きが広まっています。でも「相談する」とか、「SOSを出す」といった「正解」に基づく行動がとれない子たちが増えているという現実が見えていない人たちにはぜひ自分自身が「正解依存症」になっていることをぜひとも実感してもらえればと思います。ちなみに、10歳~14歳の自殺は2008年~2012年と2013年~2017年の5年間で比較すると、男子で1.35倍、女子で1.71倍と増えています。
 一人ひとりがつながるためにできることは何かを考え、そして行動し続けたいと思います。

 

紳也特急 229

~今月のテーマ『正解に押しつぶされる人々』~

●『ある保健室の先生とのやり取り』
○『アンガーマンジメント?』
●『怒り、イライラの原因』
○『怒り、イライラの乗り越え方』
●『正論遠ざける会議の作法』
○『「正解」を逆手利用する人たち』

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●『ある保健室の先生とのやり取り』
岩室:今の子たちは質問すること、答えを求めることには慣れているのですが、わからないことを仲間と共有すること、誰かに聞くことが苦手ではないですか。
保健室:リアルに高校生と付き合っているものとして理由を考え、生徒に聞いてみました。

・なんでも検索できる時代だからこそ、「わからない」ことは本人の努力不足だと思われる、と思って軽々しく口にできない
・ネットが発達した社会で育った人間として、自分の発言が周りに及ぼす影響を理解し過ぎて、不用意な発言をすることに無意識にブレーキをしてしまっている
・わからない、という負担感を共有出来る人間関係がそもそも出来ていない
・わからないことを誰かと共有することは、自分の弱みを見せたようで、彼らにとって痛みが伴う
・わからない、ということがあることを無意識でも認めたくない
・わからない、という自覚がそもそもない
・答えがない、わからないことを見ないふりできる
・答えがないことにそもそも興味がない
・答えが出ないのであれば、質問しても仕方がない
・答えのない質問を共有して、帰ってくる答えが自分に合っているとは限らない
・そもそも人とあまり話さない

保健室:それでも一対一で話せばしっかりと自分の意見を伝えてくれるので、会話ができないわけではありません。

 「答え」という言葉のプレッシャーがすごいですね。と同時に「答え」に対するこだわりもすごいと思いませんか。「答え」には「間違い」の答えもあれば、「正解」もあります。しかし、ここで言われている「答え」は「正解」の方を指しています。人間の生き方に「正解」なんてないのに、「正解」があると信じ込まされ、それにつぶされているのが今の若者たちなのでしょうか。そこで今月のテーマを「正解に押しつぶされる人々」としました。

『正解に押しつぶされる人々』

○『アンガーマンジメント?』
 この原稿を書いている時に、ある高校から依頼文が届きました。そこに生徒さんの状況を教えてくださるコメントがついていました。

 SNSに関するトラブルが多く、指導をしても改善されない。
 相手の許可なく写真をアップ。
 友達同士で騙し合い、人間不信。
 教室に入るのに時間がかかる。
 すぐ他人に当たる。
 こんな子には教師がアンガーマネジメントを指導。

 思わず「アンガーマネジメント」をネットで検索すると「Anger Management」とのこと。英語圏育ちなので、angerはaとeを合わせた「ae」に始まるアエンギャーと発音するはず。ま、発音はどうでもいいけれど、そもそも怒りのマネージメント、イライラのコントロール方法を教師が教えなければならない本質的な理由が何かを考えさせられました。

●『怒り、イライラの原因』
 そもそも、いろんな人と関わっているとイライラしませんか。「腹立つ~」と思うことっていっぱいありますよね。どんなに仲がいい人でも、ここは嫌い。ここは許せない。そう思うのが人と人の関係性で当たり前のこと。しかし、よくよく考えてみると、この「当たり前」ということがどれだけ多くの人に共有されているのでしょうか。
 広辞苑に「当たり前」は(1)そうあるべきこと。(2)ごく普通であるさま。とあります。「そうあるべきこと=ごく普通であるさま」ではないはずです。
この矛盾こそが実は「当たり前」なのです。ところが、「そうあるべきこと=正解・正論=ごく普通であるさま」と理解している人が多くなっているように思います。
 自分にとって「そうあるべきこと=正解・正論=ごく普通であるさま」ではない状況を他人が作り出している場合に怒りやイライラが生まれます。しかし、そのような状況、すなわち自分のこころの中に怒りやイライラが芽生えること自体、ある意味「ごく普通であるさま」ですし、それを乗り越えるしかありません。ただ、そこに「正解・正論」を置いてしまうと相手を認めたり、受け入れたりすることができず、結果として身動きがとれなくなり、押しつぶされてしまうのではないでしょうか。

○『怒り、イライラの乗り越え方』
 怒りやイライラといった感情が芽生えるその都度、それらを表出している人を見たら、皆さんどう思いますか。大人げない。子どもか。ちょっと冷静に。と思いますよね。
 日本アンガーマネジメント協会のサイトに「6秒間で怒りを可視化~感情的ではなく理性的に~」、「怒りのピークは6秒と言われており、その6秒間に絶対に行ってはいけないのは「反射的に言動をとること」です」というのが出ていました。確かに自分自身もイラッとしても自分を落ち着かせている時が少なからずあります。逆に、相手がイラッとしているけどその怒りの矛先を収められていないなと感じることもあります。こうやって自分自身のこころのコントロール方法を分析してもらうと面白いですが、「これを全員にやるの?」と思ってしまいました。
 自分自身がいつ、どのようにして「怒り」や「イライラ」の乗り越え方を身に着けてきたのかわかりませんが、おそらくそれはいろんな人と関わる経験をしてきた結果です。だからこそ「人と人をつなぎ、つながれた関係性の中で一人ひとりが育つことを目指したい」と思っていろんなところで発言し続けています。しかし、そのやり方が逆に怒りやイライラを引き起こしていたのではないかと反省させられる記事がありました。

●『正論遠ざける会議の作法』
 2018年8月29日の読売新聞「読み解く」の欄の記事です。行政が主催する会議で「本質についても議論してほしい」と「正論」を投げかけた役人が委員の一人から激しく叱責されたとのことでした。それを「正面からの議論を封じる妙な作法」と皮肉っているのですが、そもそも自分の意に沿わないことに対して、「切れる」ことでしか返せない、本質の議論ができない人たちがこの国を導いていることを自ら暴いてしまったようです。
 逆の見方をすると、この方にはこの方なりの「正解」があり、それ以外は認められないと考えると「本質」が見えてきます。そしてこの方は、ご本人が理解できない、理解したくもない、自分が考えている「正解」が否定されかねない「本質の議論」から身を遠ざける方法として「切れる」ことしか反射的に思い浮かばなかったのでしょうね。この方はおそらく6秒待ってもだめだと思いませんか。
 本質の議論というのは結果もなかなか見えませんし、「で、その議論をしても現実にできるの?」という話になります。「『人と人をつなぎ、つながれた関係性の中で一人ひとりが育つことを目指したい』なんてきれいごとを言うな。いま、できることをしなければだめだ」と私も激しく叱責される、というかそもそもそのような会議に呼ばれないことと思います。いやいや、実は呼ばれていた、というか、自分が会長をやっていた会議でこの方向性に持っていったら、行政がその会議をつぶしてくださいました。だから目先の対策だけが繰り返される日本になってしまうのです。おそらく学校では「道徳」の次は「アンガーマネジメント」の授業が行われ、「皆さん、6秒ですよ。わかりましたね」というのが徹底されるのでしょうか。

○『「正解」を逆手利用する人たち』
 「暴力容認」などと言えば、「暴力を認めるなんて野蛮人」と叱られます。「暴力反対」というスローガンをかかげるのは本当に簡単です。正解です。正論です。でもこの正解を、正論を掲げた結果、18歳の一人の女子体操選手が選手生命をかけて戦うことになりました。一番大事なことは「本質の議論」をすることです。そしてもっと卑怯なことは、この「正解」、「正論」を振りかざして自分の想いを通し、他人を押しつぶそうとしている多くの大人たちです。
 「暴力」。「いじめ」。「戦争」。「自殺」。「原発」。「基地」。どれもなくしたいものばかりです。でもなくなりません。だからこそ「正解探し」ではなく、「本質の議論」が求められているのです。でもそれができない大人たちは、実は冒頭に紹介した高校生たちと同じです。

・なんでも検索できる時代だからこそ、「わからない」ことは本人の努力不足だと思われる、と思って軽々しく口にできない
・ネットが発達した社会で育った人間として、自分の発言が周りに及ぼす影響を理解し過ぎて、不用意な発言をすることに無意識にブレーキをしてしまっている
・わからない、という負担感を共有出来る人間関係がそもそも出来ていない
・わからないことを誰かと共有することは、自分の弱みを見せたようで、彼らにとって痛みが伴う
・わからない、ということがあることを無意識でも認めたくない
・わからない、という自覚がそもそもない
・答えがない、わからないことを見ないふりできる
・答えがないことにそもそも興味がない
・答えが出ないのであれば、質問しても仕方がない
・答えのない質問を共有して、帰ってくる答えが自分に合っているとは限らない
・そもそも人とあまり話さない

 大人も「わからない」を認め、そのことを人と話しませんか。でも、それって「めんどくさ」、ですよね。その私たちが日本を、子どもたちをつくっているのです。

 

紳也特急 228

~今月のテーマ『絆(きずな+ほだし)が作り上げたAIDS文化フォーラム』~

●『25回目を迎えたAIDS文化フォーラム in 横浜』
○『「想い」が始まり』
●『できる人が、できることを』
○『#リアルとつながる』
●『性犯罪のリアルに迫る』
○『三ツ矢雄二と語るセクシュアリティ&コンドーム』
●『宗教とエイズ Part13』
○『メディアの向こうのリアルにつながれ!』
●『コンドームの縫いぐるみがつなぐリボン』
○『つながりから考える薬物依存症』

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●『25回目を迎えたAIDS文化フォーラム in 横浜』
 8月3日(金)~5日(日)に開催されるAIDS文化フォーラム in 横浜( http://abf-yokohama.org/ )。先日、プログラムを見た人が「よく、これだけのプログラムを揃えられましたね」と言ってくださいました。確かに、25年連続で開催してきたこともすごいし、京都、佐賀、陸前高田、名古屋に広がったこともすごいし、3日間、聞きたいプログラムが横並びで行われる充実した内容になっているのもすごいし、何より、入場料無料というのがすごい!
 「どうしてこんなことが可能になったのですか?」と聞かれても、おそらく誰も「このようにすれば、どこででも同じことができると思いますよ」という明確な答えを言えないと思います。何を隠そう、25年間関わっていた岩室紳也も、そして運営委員も誰一人として答えられないと思います。
 ただ、25回も開催できたことに感謝しつつ、今月は「絆(きずな+ほだし)が作り上げたAIDS文化フォーラム」をテーマに、AIDS文化フォーラム in 横浜について少し掘り下げつつ、岩室が出演するプログラムの紹介をしたいと思います。

『絆(きずな+ほだし)が作り上げたAIDS文化フォーラム』

○『「想い」が始まり』
 1994年に横浜で第10回国際エイズ会議が開催されました。しかし、入場料8万円では市民はもちろんのこと、HIV/AIDSに関心を持っている保健医療関係者も教育関係者も参加できません。そこで、前年にベルリンで開催された第9回国際エイズ会議に参加された南定四郎さんが、国際会議とは別で開催された「市民のための市民によるフォーラム」を目にされたそうです。「ぜひこれを日本でも」と考え、個人的に横浜YMCAに「何かできないか」と働きかけた結果、神奈川県も「いいアイディア」とのことで第1回のAIDS文化フォーラム in 横浜の開催につながりました。まさしく一人の「想い」が原動力でした。

●『できる人が、できることを』
 AIDS文化フォーラム in 横浜の始まりで一番印象に残っているのは「文化」という言葉をYMCAの事務局の長澤さんが提案したことでした。当時、まだ30代だった岩室は「???」でしたが、積極的に反論するような思いもなく、そのネーミングになりました。この一件は象徴的ですが、それ以降も、フォーラムの運営に当たって、気が付けば大事にしてきたことが「できる人が、できることを」、「人のアイディア、思いを尊重しよう」だったと思います。
 会場ボランティアの存在抜きで運営は考えられないのですが、それに長けている人がいつも上手に取り仕切ってくれています。岩室はパソコンが得意なので運営委員会の議事録作成やMLの運営を担当しています。まさしく「できる人が、できることを」を大事にし続けてきました。お陰様で、ネットに詳しい運営委員の加入でHPのリニューアルも実現し、Facebook(https://www.facebook.com/abfyokohama/)も立ち上がりました。
 ここでぜひお伝えしたいことは、運営委員はもちろんのこと、プログラム主催者、プログラム登壇者は全員ボランティアだということです。もちろん、旅費だけでも出したいという思いはありますが、残念ながらその財力もないのが本フォーラムです。だから絆(きずな)、すなわち、つながりでお願いし、受ける側も絆(ほだし)、仕方がないかと受けてきてくださっています。感謝しかありません。

○『#リアルとつながる』
 25年も続いているということは、第1回の時はまだ生まれていないという世代が多くなっているということです。教科書には「エイズ」という章もある時代になっていますが、逆に「リアル」に、「自分ごと」と感じない世代が多いのも事実です。そこでオープニングにはHIVに感染されている方々に登壇していただくこととしました。
 薬害エイズの原告で、参議院議員の川田龍平さん。HIV陽性者団体のJaNP+代表理事の高久陽介さん。「神様がくれたHIV」(紀伊國屋書店)の著者の北山翔子さん。この3名にご登壇いただくこととお願いし、快諾していただきました。でも、この3名だけだと確かに「リアル」だけれど、現代社会にどうPRし続ければいいか、アイディアの広がりがないのでYouTuberのかずえちゃんにご登壇いただきたいということになりました。このアイディア、人選も新しく運営委員になってくださった宮崎豊久さんのお陰です。正直なところ、「会ったこともないかずえさんが来てくれるのだろうか」という不安は、実際に会ってみると「喜んで」と言っていただけました。大事なことは「想いをつなぐ」ことだと改めて思いました。

●『性犯罪のリアルに迫る』
 「男が痴漢になる理由」という衝撃的な本を執筆された斉藤章佳さんのことは1年以上前から存じ上げていました。昔から「犯罪予防は健康づくりから」と言い続けていた自分にとって、斉藤さんが本の中で何を語っているのか、予防(一次、二次、三次)という視点で何を考えておられるのかに興味がありすぐに本を読ませていただきました。率直に言うと、すごく「わかる!!!」と感動するところと、「???」というところも・・・。絶対この人とつながりたいという思いがつのるばかり。でも、ご本人につながるチャンスがない。
 そんな時にありがたいのが「仲間」の存在。同じように斉藤さんの話に興味を持った宮崎豊久さんが彼の講演を聞きに行き、連絡先を聞いてくれたので早速連絡をしました。ありがたいことに、AIDS文化フォーラム in 横浜に毎年のように講演に来てくれている松本俊彦先生とは知り合いとか。出演を快諾してくださいました。

○『三ツ矢雄二と語るセクシュアリティ&コンドーム』
 大人気漫画のタッチの声優の三ツ矢雄二さんは昨年のフォーラムの前に、ご自身がゲイであることをカミングアウトされていました。その三ツ矢さんが登壇されたプログラムが大人気でした。とにかく自然体で、それこそアダルト映像の声優を演じたり(言っていいのかな)、本当に盛り上がりました。今年もぜひご参加をとお願いしたところ、再登板が実現しました。
 ところが今年は司会進行をする岩室紳也に少々プレッシャーがかかっています。しらかば診療所の井戸田一朗先生がご一緒だからです。何と、お二人ともゲイの方です。壇上にいる岩室が、数の上で言うと「マイノリティ」です。社会的にはなかなかない状況ですが、大いに楽しみたいと思っています。
 自分自身が「ゲイ」を理解できなかった時に亡くなったパトにこんな質問をしたことがありました。「ねっ、男が好きなら岩室はどうなの?」と投げかけたら、「趣味じゃない」とあっさり言われました。異性愛者の男に「女なら誰でもいい?」と聞いているようなもののですよね。でも、こんな話ができる仲間がいたから学べたことも多いと感謝です。

●『宗教とエイズ Part13』
 AIDS文化フォーラムでいろんな勉強をさせてもらいましたが、この「宗教とエイズ」は本当に自分の生き方を変えてくれたセッションです。事務局を担ってくれている横浜YMCAは字のごとく、Young Men’s Christian Associationというキリスト教関連の団体です。ただ、AIDS文化フォーラムin 横浜の事務局を担っていただいている中で「キリスト教の教えに沿っていただきたい」といった話は皆無でした。個人的には「カトリックはコンドームや同性愛に反対」という思い込みがあったので、「触らぬ神にたたりなし」程度の認識でした。
 転機が訪れたのがそれこそ14年前でした。佐賀県に講演に行った際に浄土真宗本願寺派の僧侶の古川潤哉さんと知り合う機会を得ました。仏教の立場でホスピスや若者の性の問題に取り組まれていたので、ぜひ「宗教とエイズ」というセッションを開催したいという雰囲気になり、第一回目の「宗教とエイズ」が開催されました。
 といっても、この二人の思いだけでは13年もこのセッションが続くはずがありません。カトリックの方で、HIV/AIDSデスクに関わっておられる伊東和子さんが運営委員会におられたことで、今年は神道の方の登壇も実現しました。「できる人が、できることを」がこのフォーラムの実際ですし、社会全体がこのようになればいいと思っています。

○『メディアの向こうのリアルにつながれ!』
 下村健一さんと言えば元TBSのアナウンサーで、お顔を見れば「あの人」と多くの人が気が付く有名人が、今年2回目のAIDS文化フォーラム in 横浜へのご登壇です。昨年はオープニングでAV女優の吉沢明歩さんとご一緒していただいたりしましたが、今年は昨年のお話しを受け、再登壇していただくことができました。
 インターネットの発達で情報とどう向き合えばいいのかということへの関心が高まる一方で、そもそもメディアが発信する情報がどれだけリアルなものか、信頼できるものなのかといった議論がまだまだ足りません。
 そんな堅苦しい話はともかく、下村健一さんのような超有名人をこのフォーラムにつないでくれたのが運営委員の山田雅子さんです。彼女は別の活動で下村さんと知り合い、そのご縁で昨年も、そして今年も下村さんが関わってくださることになりました。本当に「できる人が、できることを」ですね。

●『コンドームの縫いぐるみがつなぐリボン』
 「Ribbon を繋ごう in YOKOHAMA」はAIDS文化フォーラム in NAGOYA主催となっていますが、中心的に動いているのがピンク色のコンドームのゆるキャラのジミー・ハットリ君です。様々なリボン運動がある中、最近はHIV/AIDSのレッドリボン運動が走りだったことを多くの人は知りません。一方で、皆さんはオレンジ・イエロー・スプリンググリーン・レインボー・パープルはどのような運動を指しているかご存知でしょうか。この企画がすごいのは、「それぞれの運動がつながりましょう」ということを狙っているところです。正直なところ、そのような発想は岩室紳也にはありませんでした。ジミー君はただのゆるキャラではありませんでした。

○つながりから考える薬物依存症
 このタイトルはAIDS文化フォーラム in 横浜が産んだ本のタイトルそのものです。松本俊彦先生、安藤晴敏先生、そして岩室紳也の3人で執筆しました。薬物依存症は「ダメ、ゼッタイ」だけでは防げません。何より必要なのが「つながり」「居場所」「絆(きずな+ほだし)」です。そしてこれは単に薬物依存症の患者さんたちだけが必要としていることではなく、今を生きる一人ひとりが求めていることです。

 このようにいろんな人が、いろんな人を、いろんな思いで、つなぎ続けてきたのがAIDS文化フォーラムです。フォーラムで学んだことの集大成を「HIV感染も、薬物依存も、性犯罪も根っこは同じ!?」で話します。このフォーラムを運営する機会をいただけたことに感謝するとともに、会場で皆様とお会いできるのを楽しみにしています。