「リスク」と正しく向き合うために

 
「リスク」と正しく向き合うために

正解依存症に注意
 昔の岩室紳也はHIV感染予防のためにはノーセックスかコンドームと声高に叫んでいました。この言葉で、正解で傷つく人は誰でしょうか。中学校や高校で私のこの話を聞いた後にHIVに感染した人が岩室のHIV外来を受診する気になるでしょうか。せっかく正解を教えてもらったのにそれを実行できなかったと思って、受診しないことも考えられます。
 私が考える正解依存症とは「自分なりの「正解」を見つけると、その「正解」を疑うことができないだけではなく、その「正解」を他の人にも押し付ける、自分なりの「正解」以外は受け付けない、考えられない病んだ状態」です。新型コロナウイルス対策はマスク警察をはじめ、多くの正解依存症を生んでいないでしょうか。

ハイリスクアプローチの問題点
 私が専門の一つとしている公衆衛生ではハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチということを学生時代から学びます。ところが、昔の私を含め、多くの人が誤解をしていました。
 新型コロナウイルス対策でクラスターの早期発見、早期対応、ハイリスクアプローチの重要性が繰り返され、3密、カラオケ、飲食店、飲酒といった機会や行為のリスクが繰り返し強調されてきました。しかし、同じような状況にあっても感染しない、感染を予防できている人たちがいます。その違いが「根本原因・誰もが抱えうるリスク」にさらされ続けるか、それともそれを克服できるかの違いです。ポピュレーションアプローチを普及啓発と単純化して理解している人がいますが、実は本当の意味はこの「根本原因・誰もが抱えうるリスク」へのアプローチです。
 そして、ハイリスクアプローチの発想しか持てない人は結局は他人ごと意識であり、偏見と差別を生み、正解依存症となります。ぜひ「何故、自分は今感染していないのか」を考えたいものです。

リスクとは
 岩室紳也は初めてHIVに感染しているパトリックと握手をした瞬間、パニックになりました。彼の汗の中に含まれているHIVが自分の傷だらけの手についたのです。もちろん感染しませんでした。「何故?」と追及し続けた結果、「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」ということにたどり着きました。

リスクとは
 日本人は「リスク」を「危険」と理解し、ゼロリスク=危険ゼロを目指します。しかし、“risk”とは「危険への暴露につながる状況」を言うため、risk reductionという発想になります。

感染者排除の歴史に学ぶ
 HIV/AIDS対策では当初、男性同性間性的接触、ハッテン場、新宿2丁目、不特定多数との性交渉など、偏見、差別、誹謗中傷、誤解に基づく「感染機会」の除去、排除が叫ばれていました。しかし、そのような機会であってもノーセックス、コンドーム、Undetectable=Untransmittable、すなわち科学的見地からの「感染経路」の遮断や回避につながることが共有され、感染拡大が抑えられるようになりました。
 新型コロナウイルスの場合も夜の街、ホストクラブ、接待を伴う飲食店、3密、カラオケ、ライブハウスといった偏見、差別、誹謗中傷、誤解に基づく「感染機会」の除去や排除ではなく、科学的見地からの「感染経路」の遮断や回避が求められています。
 なぜ、排除が繰り返されているのかをヘイトスピーチという視点で検証すると、「感染機会対策」というのは一見合理的で道理や理屈にかなっていると考えられがちです。これこそが、社会にまん延するリスクです。