紳也特急 283号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『同調圧力』~

●『生徒の感想』
〇『なぜ異性愛者?』
●『理解増進法案?』
○『個人の判断が基本?』
●『考えてはいけない』
○『周りに合わせます』
●『できることを考える』
○『3年後を考える』
●『同調圧力に屈しないのはなぜ?』
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●生徒の感想
 私はあまりみんなに知られていないのですが、私は男子なのですが男子のことが好きになってしまいます。今回の講演会で出てきた「ゲイ」ということですよね?私が生きていく中でどのように生きて行けば良いのでしょうか?(中3男子)

 自分は女子として生まれ、物心がついたころからあまり女子らしいことが好きじゃなく男子のように過ごしてきた時、母におかしいから辞めなさいと言われてからずっと悩んでいました。けど、今日の講演会であんまり悩むことはないのかなと思い、自信が付いたような気がしました。自分勝手な感想かもですが、岩室先生に助けられた気がします。今日はありがとうございました。(中3女子)
 
 自分で調べたり、保健の授業がないと学ぶ機会が少ないけれど、生きていく上でとても大切なことを学ぶことができてとてもためになりました。「LGBTを理解することはできないけれど、分かち合うことが大切」ということが、本当にそうだなと思い、周りの人はもちろん、自分も認めたいなと思いました。(中3女子)
 
 一番印象に残ったのが、「社会がそういう空気を作っている」という言葉でした。(中3女子)
 
 日本は空気を読むといった言葉や、忖度という言葉が流行した通り、周りと違う行動をとることが難しい国民性、文化があると思う。しかし、その文化に流されることなく、自分はなぜこの行動をとるのか、この人が発する言葉の背景には何があるのか、この行動をとることで相手に与える影響はどうか、自分はその行動をされて嬉しいのかなど自分に常に軸を向け、なぜを問い続けて考える癖をつけたいと思った。(大学2年女子)
 
 LGBT理解増進法案について国会内外で様々な議論、主張が展開されています。一方で3月13日からマスク着用は個人の判断にゆだねられることになりました。一見異なる事象のようですが、共通している根底の問題が「同調圧力」だと思いました。そこで今月のテーマを「同調圧力」としました。

同調圧力

〇なぜ異性愛者?
 ゲイの友達に「岩室さんはなぜ異性が好きなのですか?」と聞かれた時にその理由を説明することができませんでした。それ以来、「岩室は異性が好きな自分のことが理解できません。自分のことも理解できないのにLGBTQAの人について理解できるはずもありません。だから理解ではなく、お互いの存在を認め合う、分かち合うことが大事」と話し続けています。それが先に紹介した生徒さんの感想につながったと思います。

●理解増進法案?
 今の国会でLGBT理解増進法の議論が行われていますが、そもそも「理解増進」ということ自体が理解できません。「理解するのが、理解する努力をするのが当たり前」という同調圧力を感じます。一方で「自分は女と自認している男が女風呂に入ってきたらどうする」といった、法案づくりの過程でちゃん議論をすればクリアできることを取り上げ、むしろ議論を避ける方向に持って行こうとしているのではないでしょうか。そもそも、LGBTQAの方々のことを国会で議論するのであれば、人権の観点から、保健体育の教科書の中にきちんと性の多様性について記載し、さらに同性婚をはじめ、人として生きていく上での障壁を取り除く法律を作る必要があるはずです。しかし、日本では同性婚の議論は時期尚早という同調圧力があり、まずはこの辺りからということなのでしょうか。

〇個人の判断が基本?
 3月13日からマスクを着用するか否かは基本的に個人の判断となります。そのためのアドバイスとして厚生労働省のHPに次のように書かれています。

 高齢者など重症化リスクの高い方への感染を防ぐため、医療機関を受診する時、高齢者など重症化リスクの高い方が多く入院・生活する医療機関や高齢者施設などへ訪問する時、通勤ラッシュ時など、マスクの着用を推奨します。
 新型コロナウイルス感染症の流行期に重症化リスクの高い方が混雑した場所に行く時については、感染から自身を守るための対策としてマスクの着用が効果的です。
 
 マスクをすれば医療機関、高齢者施設、通勤ラッシュで出会う高齢者など重症化リスクの高い方への感染を、リスクの高い方が感染することを防げるとのことです。本当でしょうか。

●考えてはいけない
 今でもマスクを徹底しているのに医療機関や高齢者施設でクラスターが出続けていますが、そのことがほとんど報道されない、議論にさえならないのはなぜでしょうか。マスクをしているのにクラスターが発生するということは、マスクでは予防ができない感染経路対策が不十分だったということです。でも日本社会ではマスクが役に立たない場合があることについて、考えてはいけない、指摘してはいけない、議論をしてはいけない空気、同調圧力が存在しています。
 ある講演会の感想で高校生が「これから考えることを放棄しないようにしたいと思いました」と書いてくれましたが、確かに大人たちは「ぐずぐず言っていないで、大人が言うことを聞いて従っていればいい」ということを子どもの頃から子どもたちに叩き込んでいますよね。
 
○周りに合わせます
 3月13日以降、皆さんはマスクの扱いをどうしますか?「周りに合わせます」「周りの状況を見ながら決めます」という方が圧倒的に多く、同調圧力にとりあえず抵抗しないことを選択した結果だと思います。その選択を否定するつもりはありませんが、「周りに合わせる」という選択をする方は「周りに合わせない」という選択をする人が、なぜ合わせないのか、マスクを外している時に、どのような、自分が感染しない、自分から他者を感染させない対策を取っているかをぜひ考えてみてください。もっとも考えずに外す人も少なからずいるでしょうが・・・・・

●できることを考える
 岩室紳也は3月13日以降も講演会、研修会、診療がありますので、臨機応変に、ご一緒させていただく方への感染症対策を伝える手段としてマスクを扱いつつ、外したいと思います。既に実践していることですが、具体的に言うと次のようになります。
 
★挨拶時
・初めて会う方にはマスク姿でご挨拶
・すぐにマスクの意味を説明して外します

★講演会、研修会の場面
・最初はマスクで登壇
・講演の中で飛沫は2メートル先に落下、エアロゾルは空気の撹拌と排気が基本。距離があり、サーキュレーター代わりの小型扇風機を使っているのでマスクは不要と話します。
 
★診療の場面
・マスクで対応(病院の決まりなので)
・患者さんから聞かれたら、外してもいい理由を説明。直接向き合わなければ飛沫はお互いの顔(口、鼻、目)にかからない。エアロゾル対策として、診療室のエアコンの送風を下向きに固定して患者との間にエアカーテンがある状態にして、空気は部屋の両側のドアの下から排気。ベッドに寝かせたお子さんの診察を話しながらする際にはマスクは着用。

★屋内、電車等で
・マスクなし。
・飛沫を他者の顔(口、鼻、目)にかけない。
・咳が出る時は咳エチケット(肘で飛沫を受け止める)。
・新幹線、飛行機等で横に人がいる際には携帯型扇風機で空気の流れを創出。

〇3年後を考える
 中学3年生に話した時、ふと「3月13日以降もマスクを着け続けたいという人は、ぜひいつまでマスクをし続けるのかを考えてみてください」と問いかけてみました。もちろん、気が付けば新型コロナウイルスが消え、コロナ禍前の状況に戻ることがあればその時は外せるのかもしれません。しかし、そうならない時、マスクを外せないまま、3年後、高校を卒業し、就職試験、面接試験となった時、「私はとにかくマスクは外せません」と訴えるあなたを果たしてその職場は採用してくれるでしょうか。
 
●同調圧力に屈しないのはなぜ?
 中学生に「岩室さんはどうやって同調圧力に屈しない力を身につけたのですか」と聞かれました。その時思い出したのがケニアの小学生時代に「イエロー」といじめられていた時の経験でした。確かにいじめる人たちがいて、その人たちが集団になっていたのですが、それも同調圧力だったと思います。でも、その中で私に寄り添ってくれるドイツ人のクレメントという友人がいました。自分がいじめという同調圧力に押しつぶされなくて済んだのは、それに立ち向かってくれる友人がいたからでした。その経験から同調圧力には屈したくないと思うようになったようです。
 同調圧力は決してマスクだけの話ではなく、様々な問題の根底に流れている、考えることを放棄するというリスクの結果だと思っています。そのようなリスクを克服するため、私は3月13日にまずはマスクを外すことからコミュニケーションの機会を増やしたいと思っています。皆さんはいかがですか?
 

紳也特急 282号

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~今月のテーマ『マスクの達人』~

●『生徒の感想』
○『考え方の“癖”』
●『原点、基本から考える“癖”を』
○『黙食でできる感染予防は?』
●『マスクでできる感染予防』
○『マスクでできない感染予防』
●『マスクでおこる感染』
○『絶対マスクをしなければならない場面』
●『マスクの達人講座』
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●生徒の感想
 先生の絆・自立・依存の話を聞いて、独りで生きていけばいいと思っていたのが、少しは人とも関わってみようかなと思うようになった。私はあまり性格が良い人ではありませんが、自分でできるかぎりのことをして、もっとたくさんの人とめぐりあって、いい出会いができたらいいなと思った。(中3女子)

 自分はテレビやSNSの情報を信じてばかりいたので考えを改めるべきだと感じた。(中3男子)

 私の固定観念を破壊した素晴らしい講習でした。あなたの教えは私の人生に必ず役立つでしょう。(高2男子)

 はじめに先生の身のまわりでたくさんの人が命を落としていることを知り、驚きました。また、それを阻止するために「根本を切る」という発想のコロナ対策に関する内容も、とても勉強になりました。(高1女子)

 自分はマスクは絶対につけなければいけないものだと思っていて、マスクをしていない人を見ると嫌な気持ちになるので、その認識を改めようと思いました。適切な条件下ならば、別にマスクを外しても問題ないということをしっかり頭に入れなければいけないなと思いました。(高1男子)

 生徒さんの感想はまるで生徒さんと対話をしているような感覚になります。そして多くの気づきをもらえます。新型コロナウイルス対策について、なぜ毎日感染者数を入力し、グラフを眺め、疑問点があればデータを加工し続け、気が付けば3年が経過しました。業務でもなく、お金になるわけでもないのにもかかわらずここまでやっているのは何故なのかを考えてしまいました。
 HIV/AIDSの時もそうでしたが、適切な情報提供がされないため、たくさんの人が命を落としているからです。もちろん亡くなられた一人ひとりを存じ上げているわけではないのですが、人が亡くなることって本当に辛いことですよね。この思いがコンドームの達人の活動の原点でした。最近は新型コロナウイルスを感染症法上の5類にするために、そして政府のこれまでの情報発信をうやむやにするために、マスクも、黙食も、個人の、自治体や学校の考え方、判断にゆだねられています。そこで、今月のテーマを「コンドームの達人」に学び、「マスクの達人」としました。

マスクの達人

〇考え方の“癖”
 この原稿を書いている時、NHKの朝のニュースで、寒波に備える心構えという視点に立った「知っておきたい考え方の“癖”」という放送がありました。大雪に注意という放送をしていても、結局のところ立ち往生や様々なトラブルが起きている理由をさぐったとのこと。あまり変化ないしいつもと一緒でしょという「正常性バイアス」、不要不急の外出は控えてという報道があっても、みんな外出しているし自分もいいでしょという「同調性バイアス」、これまで大丈夫だったから今回もたぶん大丈夫という「楽観主義バイアス」というのを考え方の“癖”として紹介していました。これって新型コロナウイルスに向き合う時の日本人の考え方ですよね。でも、これは考え方の“癖”ではなく、単に考えることを放棄している自分への言い訳だと思いませんか。

●原点、基本から考える“癖”を
 新型コロナウイルスの感染経路は飛沫感染、エアロゾル感染、飛沫やエアロゾルが落下した食品を食べたり、手に付着した飛沫やエアロゾルに含まれたウイルスを除去しないまま食べ物を素手で触って口に入れたりする接触(媒介物)感染の3つです。私の考え方の“癖”は、常に原点に、基本に、根本に沿うことです。この考え方の“癖”はケニア時代の小学校の教師の、“Shinya, why do you think so?”と繰り返し聞かれ、自分で説明することを求められたことで培われたのかもしれません。

〇黙食でできる感染予防は?
 学校で給食を食べる時、生徒さんたちは黙食を強いられ続けています。しかし、これは黙食が単に正常性バイアスに、同調性バイアスになっているだけで、そもそも食事の時にリスクとなる感染経路は何かを考えることを放棄した結果ではないでしょうか。
 食事中の会話時の飛沫で感染するのは、その飛沫を直接顔にかけられるか、料理にかけられ、その料理を食べた場合です。裏を返せば、会話をしても、相手の顔に、料理に飛沫をかけない、かけられないように注意すればいいだけです。「いやいや生徒たちはそれができないから黙食させている」というのであれば、生徒さんに「黙食」か「飛沫の飛ぶ方向を考えながらの会話可」のいずれかを選択させればいいのではないでしょうか。
 エアロゾル感染やエアロゾルが落下、付着することに対する対策は黙食でも、会話をしていても同じで、サーキュレーター等でエアロゾルを拡散、排気するしかありません。たまたまなのかもしれませんが、NHK首都圏ナビの番組で映っている教室でそのような装置が使われているところは発見できませんでした。
https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20230127b.html
 しかし、エアロゾルはうんと小さい飛沫なので、黙食でも出続けています。その落下したエアロゾルでクラスターが出たという報告は聞かないので、エアロゾルの落下による接触(媒介物)感染のリスクは非常に低いと考えられます。
 手に付着したウイルスについては素手で食べなければ、お箸やフォーク、スプーンで食べていれば大丈夫です。手で食べるパン食の場合は、パンを触る直前にアルコールティッシュでパンに触れる指先を消毒しながら食べればいいだけで、黙食は関係ありません。
 でもこのように、飛沫、エアロゾル、落下付着したウイルスとわけて考えられないから、「黙食」という言葉に同調するのです。

●マスクでできる感染予防
 マスクを着ける理由、外していい場面を確認するためにも、そして正しいマスクの使用方法を考えるためにも、そもそもマスクの意味、効用を理解する必要があります。
 不織布マスクや布マスクは飛沫が口から飛び出すのを防いでくれます。しかし、ポリウレタンマスクだと、飛沫を少しは通してしまいます。
 他者のくしゃみを浴びた場合はそのくしゃみの中の飛沫をもらう可能性がありますので、その時マスクをしていれば口を開けていても飛沫が口の中に飛び込むのを防げます。しかし、口を閉じていればマスクなしでも飛沫をかけられても飛沫で感染しません。
 エアロゾル感染予防で唯一マスクの効果が期待されるのが、口から飛び出したエアロゾルを不織布マスクが一定程度捕捉し、空中に飛散するエアロゾルの量を減らすことだけです。

〇マスクでできない感染予防
 ポリウレタンや安倍のマスクに代表される性能の悪い布マスクだと、かえって口や気道、肺が温められ、マスクを通過して排出されるエアロゾルの量が増えます。もちろん多くのエアロゾルがそれらのマスクを通過して吸入されます。不織布マスクをしていても、マスクと顔の隙間からエアロゾルが空中に排出されてしまいますし、マスクと顔の隙間から吸入されます。

●マスクでおこる感染
 不織布マスクを着けていながら、マスクの表面、裏面に飛沫やエアロゾルを付着させると、それらを吸い込むリスクが高まります。子どもたちだけではなく、大人たちもマスクの表面や裏面を繰り返し触っています。コロナ前にある中学校でマスクをしている生徒とマスクをしていない生徒でインフルエンザを発症するのはどちらが多いか調べてもらったら、マスクをしている生徒さんの方が多いという結果でした。これはマスクの正しい使い方を知らないためだと当時、養護教諭の先生と話していましたが、それ以外の理由として、マスクの表面に付着した飛沫やエアロゾルの水分が乾き、より小さなエアロゾルとなり、マスクを通過する可能性も否定できません。

〇絶対マスクをしなければならない場面
 しゃべりながら他人の顔に飛沫をかけてしまうのを避けられない介護。
 学生に調理の指導をしながら調理の場面を見せざるを得ない実習。
 他にもいろいろ考えられますが、裏を返すと、自分の飛沫が他人の顔や料理にかからないように工夫ができればマスクはいらないということになります。

●マスクの達人講座
 1.マスクは不織布、個包装

 2.包装から取り出すときはマスクの縁、ゴム紐、金具のところだけを触る

 3.マスクを広げる時は縁のところだけを触る

 4.マスクを外す際にはその形状を崩すことなく、顔に接していた面を下にして置く

 5.マスクの表面、裏面を触ってしまった場合は新しいものにとりかえる

 6.使用時間が長くなればなるほど、呼吸でマスクの表面に付着した他人のエアロゾルや飛沫が乾燥し、マスク越しに吸入されるリスクが高まるためできるだけこまめに新しいものに取り換える

 7.使用は最長で1日

 8.捨てる時はマスクに付着した自分や他人の飛沫やエアロゾルに含まれているウイルスが拡散しないよう封筒に入れて廃棄

 マスクを他人の飛沫やエアロゾルを吸い込まないため、すなわち自分が他人から感染しないためにつけていると思っている人が少なくありませんが、それこそ考えることを放棄する“癖”の結果でしょうか。私は屋内マスクが解禁になったらすぐに外します。皆さんはどうされますか?

「マスク、換気、手洗い」という正解依存症

 コロナ禍も4年目を迎え、新型コロナウイルス感染症も5類になりましたが、この3年以上の間、日本人は「マスク、換気、手洗い」という正解依存症に陥ってしまいました。あれだけ、マスコミから専門家と称する方々が「マスク、換気、手洗い」を言い続けてきたので洗脳されても仕方がないと思います。しかし、「マスク、換気、手洗い」は何のため?」を考えれば、それらが正解ではないことは当初からわかっていたことでした。

 マスクは自分の飛沫を口から飛び出すのは防いでくれますが、オミクロン株で主流とされているエアロゾルについてはマスクと顔の隙間からエアロゾルは侵入します。北大病院のHP(p4)にはN95マスクの周囲から10%の空気漏れがあれば、マスクを着用していないのと同じ状態になる」と書かれています。

 換気は二酸化炭素を排出する効果はありますが、エアロゾルはウイルスの周囲に水分が付着した状態で、一定の重量があるため、しっかりと空気の流れを創出し、外に排気するということが不可欠です。なのに、なぜかCO2センサーが各方面で導入されています。

 手洗いは飛沫やエアロゾルが落下したところを触った結果として手に着いたウイルスを洗い流すことが目的です。しかし、そもそも手指についたウイルスはどのように感染経路となる口、鼻、目にはいるのでしょうか。直接手指を入れたりなめたりしなければ、食べ物やコンタクトレンズを触る直前に手指を清潔にしなければ意味はありません。こまめな手洗いではなく、口等に素手で食べ物を触る直前の手洗いが必要です。

 正解依存症を脱却できましたか

「相談して」という正解依存症

ブログ「正解依存症」の目次

LGBT理解増進法はおかしい

 いきなり政治ネタですか、と言われそうですが、皆さんに問いかけたいと思います。
 皆さんは恋人を作るとしたら、異性がいいですか、同性がいいですか、両方いいですか、それともそのような感覚はないですか。
 皆さんは自分の体の性別と、心の性別に違和感はありますか。

 実は私はHIV/AIDSに関わり始めた時、今でいうLGBTQの方のことが理解できないばかりか、それこそ偏見の目で見ていましたし、差別さえしていたと思います。ところが、ある日、友人になったゲイの人と次のような会話をしていました。

岩:なんでゲイなの?
G:岩室さんはなんで女が好きなの?
岩:男なら女でしょ。
G:じゃ、オレ異常?
岩:ごめん。確かになぜ異性が好きなのか、自分でも説明できない。

 すなわち、自分がなぜ異性愛者なのかも説明することも、理解することもできないのに、自分とは異なる性的指向の人のことを理解するなんて無理ですよね。LGBT理解増進法は中身の問題ではなく、そもそも論として異性愛者が上から目線で「LGBTのことを理解してあげる」という法律ではないでしょうか。それこそ正解依存症の人たちが良かれと思って作ったとしか思えません。

「マスク、換気、手洗い」という正解依存症

ブログ「正解依存症」の目次

岩室紳也も正解依存症だった

 では「岩室紳也は正解依存症ではないのか」と自分自身を問い詰めてみると、実は岩室紳也も講演の中で自分の正解を押し付けていました。

 エイズウイルスに感染しないためにはノーセックスかコンドーム!!!

 HIV/AIDSの普及啓発に携わっていた時、このようなメッセージを得意げになって伝え続けていました。確かにこのメッセージはエイズウイルス感染予防の観点からいうと、非常に科学的で正しいと言えます。しかし、講演でこのメッセージを聞いたにもかかわらず、結果的にエイズウイルスに感染した人がいたとしたら、「岩室先生に診てもらおう」と思うでしょうか。おそらく逆の思いで「岩室先生に正解を教えてもらっていたのに、それを守れなかった自分」という思いになり、私の外来を受診できないですよね。岩室紳也こそが正解依存症だったと思い知らされました。

 ここでは少しずつ、世の中に蔓延する正解依存症について、紹介しつつ、そこから脱却するにはどうすればいいかを考えたいと思います。

LGBT理解増進法はおかしい

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正解依存症とは

 岩室紳也が考える正解依存症とは次のようなものです。

 自分なりの「正解」を見つけると、その「正解」を疑うことができないだけではなく、その「正解」を他の人にも押し付ける、自分なりの「正解」以外は受け付けない、考えられない病んだ状態。

 「依存症」と聞くと薬物依存症、アルコール依存症、ゲーム依存症、ネット依存症、セックス依存症、等々を思い浮かべると思います。私も個人の問題だと思っていましたが、それは大きな誤解だと気づかされました。その結果、松本俊彦先生たちと「つながりから考える薬物依存症」(大修館書店)という本を出させていただいています。

 一言で言い切ると、それは正解依存症と怒られるでしょうが(笑)、少なくとも正解依存症は孤立、孤独の病気のようです。
コロナ禍の時、ある中学生が「親には家でゲームばっかりやっていると言われるけど、コロナで学校にも行けず、友達と遊べず、結果的に家ですることがないからゲームをしている。学校に行けるならゲームなんかいらない」と言っていました。

岩室紳也も正解依存症だった

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正解依存症まん延社会

 コロナ禍を経験し、またいろんなところで感染予防の話をさせていただく中で、つくづく感じさせられたのが、多くの人が求めていることが唯一無二の「正解」だということでした。一通り話し終わった後、「話の内容はよく分かったのですが、で、結局のところマスクは必要ですか、不必要ですか」との質問を受けると、自分自身の普及啓発能力を反省するしかありませんでした。しかし、マスクに限らず、様々な場面について同じように「〇〇は必要ですか、不必要ですか」や「〇〇は是ですか、非ですか」と繰り返し聞かれる中でふと思い出したことがありました。
 新型コロナウイルスが広がる中で、政府の専門家委員会の先生と話をする機会があった時に、きっぱり、「私は岩室先生とは意見が異なります」と言われ、残念ながらそれ以上議論を続けることが出来ませんでした。
 一方で次のように言われたこともあります。

 岩室先生は見えてくるもが多いと、楽しいと表現されていますが、多くの人は逆に混乱に陥ると思います。AかBだけでなくて、A~Zまであったら、どれが正しいのかという視点になるからだと思います。

 なるほどと思いました。新型コロナウイルスとマスクの関係のA~Dを並べてみました。

A:飛沫感染をさせないためにはマスクは必要。
B:自分が飛沫感染しないためには、飛沫を直接顔にかけられそうになったときはマスクは効果的。
C:不織布マスクをしていてもマスクと顔の隙間からエアロゾルはむしろ多く排泄されることになる上、マスクをしていてもエアロゾルはマスクと顔の隙間から吸い込むのでエアロゾル感染対策にはならない。
D:いろんなところを触った指を洗わない、消毒しないままマスクがずれた時にマスクの表面を触ったら、指についていた飛沫やエアロゾル内のウイルスがマスクの表面に付着し、結果的に吸い込むことになって危険。

 「ややこしい話はどうでもいいから、マスクは必要か不必要かを教えてくれ」という方が多いのではないでしょうか。

 確かにそのような視点に陥れば苦痛以外の何物でもないでしょう。でも、人間って、というか生きるってことはそんなに単純じゃないですよね。マスク警察が跋扈した時、科学的に考えられない、一方的に自分の意見を押し付ける人はなぜそうするのだろうか、と考えていました。そこにあったのは、正解依存症がまん延している社会でした。

正解依存症とは?

ブログ「正解依存症」の目次

紳也特急 281号

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~今月のテーマ『こころに響くリアルな対話』~

●『生徒の感想』
○『対話とは』
●『対話の実際』
○『リアルな対話だから伝わる』
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 あけましておめでとうございます。
 皆様はいかがお過ごしでしょうか。
 岩室家は昨年、千葉県いすみ市出身、2022年5月22日生まれの「こなつ」という新しい家族(猫)が増え、にぎやかで楽しい正月を迎えています。
 猫を含めリアルなつながりが大事だと実感した1年でしたので、まずは元気の源の生徒の感想です。

●生徒の感想
 当り前を当たり前に話してくれる大人ってあんまりいないので、皆にとっても、自分にとっても、本当にいい機会になったので、講師の先生も、用意を手伝ってくれた方々にも、本当に感謝してもしきれないなと思いました。(中3女子)

 私は性的なはなしよりも、生徒からの質問の受け答えがとっても大人な考え方で、人の死に方に価値をつけたくないという岩室さんの言葉がかっこよかったです。(中3女子)

 生徒と同じように話せる大人が初めてだったので勉強になった。(高1男子)

 自立と依存と絆のことを教えてもらい、昔を思い出しました。一人の自分を助けてくれた女子が今の自分をつくってくれたことに改めて感謝したいと思います。(高1男子)

 自分がしたくなかったら、相手に嫌われるとか関係なく、断る勇気が大切なんだなと改めて思いました。(高1女子)

 特に記憶に残っているのが「どこから、どこへ、どうやって」の言葉です。岩室先生もおっしゃっていましたが、僕も性感染症にかかる人はまじめではないと思っていました。しかし、「どこから、どこへ、どうやって」で考えるとそれは大きな間違い、偏見であるということに気づきました。(中3男子)

 今日の講演で、生理について男子はいろいろ知れたと思うので、たよらないといけない時はたよろうと思いました。(中2女子)

 オナニーは皆やっているから別に自分がやっていても恥ずかしくないんだなとあらためて知ることができました。(中2男子)

 私が1番心に残っていることは、未成年だからにんしんしたらいけないわけではなく、大変な子育てを楽しめる時期になってから子どもを産んだ方が良いということです。(中1女子)

 最近の講演後の感想が以前と比べてビシバシ伝わってくるものが多くなったように思っています。何故なのかと考えていた時、ふと生徒さんたちはこの3年間、リアルで、マスクなしで話す人を見たことがないことに気づかされました。おそらく同じ話でもマスクをして話していたらそんなに響かなかったのではと思いました。そこで今月のテーマを「こころに響くリアルな対話」としました。

こころに響くリアルな対話

〇対話とは
 精神科医の斎藤環先生が「ひきこもりと対話」という話の中で「対話(dialogue)とは、面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと。思春期の問題の多くは『対話』の不足や欠如からこじれていく」と教えてくださっています。以前はこの言葉についてあまり深く考えず、「そうだよね」と思いながら紹介していました。しかし、コロナ禍の今、「面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと」の大切さを強調して訴え続けています。文部科学省も対話的な学びの大切さを訴えているのですが、そもそも「対話」とは何かを深く考えていないのかなとも思いました。
 「面と向かう」というのはまさしく(相手の)顔と向き合うことです。すなわち、声だけのやりとりではなく、マスクなしの、お互いの顔を見せ合いながら、微妙に変化する表情を含めたキャッチボールをすることではじめて対話が成立します。

●対話の実際
 実際の講演では次のようなステップを踏んでマスクなしの講演に移行します。
 講演先には早目に着くようにし、会場を確認し、少しでも空気の流れが創出されるようにしてもらいます。講演会が始まる時、今のご時世なので最初はマスクをして登場します。性やエイズ関連の講演依頼がほとんどなので、最初に私自身がHIVの感染経路を正しく理解していないかった話から対話的講演会が始まります。

 私が最初にエイズの患者さんの診療を頼まれたころは治療薬もなく、エイズウイルス(HIV)に感染したら5年から10年でほとんどの人が亡くなっていました。今のコロナよりはるかに怖い病気だったので患者さんを診るなんて到底できないと最初は断りました。

 その時、「何で感染する?」と聞かれ、恥ずかしながら初めてHIVの感染経路を、すなわちウイルスは、(感染している人の)どこから、(感染する人の、その時の場合は医療者の)どこへ、どうやって(うつるか)かを考えました。

 HIVは性行為で感染しますが、患者さんとはセックスはしません。患者さんから感染するというのは針刺し事故だけです。すなわち点滴、注射、採血の際にだけ感染予防のことを考え、注意すればいいということに気づかされました。

 ところで新型コロナウイルスは何で感染しますか?
   「飛沫」と答えられる生徒は半数以下です。

 飛沫はどれぐらい飛びますか?
   「2メートル」と答えられる生徒は1割程度です。

 感染している人の口から飛び出す飛沫は2メートル先に落下するので、最も近い生徒さんから3メートル以上離れているテーブルに戻ったので、マスクを外しても最前列の生徒さんに飛沫は届かないですよね。

 でも、ちょっと勉強している人は「エアロゾル、小さい飛沫での感染は大丈夫なの?」と思いましたよね。では、このエアロゾルを体験してみましょう。全員私の方を見ていて話しもしていないので一度マスクを外してください。

 口の前に掌を当てて優しく『はーっ』て息を吹きかけてください。掌が湿ります。これがエアロゾルという小さな飛沫です。このエアロゾルは空気中をさまよい続け、最終的には落下する、空気より重いものです。だから世間でよく言う換気では外に追い出せません。積極的に空気の流れをつくり、エアロゾルを拡散させる必要があります。この講演会場を見てもらうと、暖房もできる大型の扇風機が作動していますが、創り出された空気の流れが体育館の反対側の横の扉が少しだけ開けてあります。そこから排気されるようにしています。

 後ろの人は見えないでしょうが、私のテーブルには首振り型の携帯型扇風機が作動し、私の周りの空気を撹拌しています。何故空気の流れを創ったり、空気を撹拌したりする必要があるのでしょうか。ウイルスは何個、体に入ると感染すると思いますか。私も勉強をするまではウイルスは1個でも体内に入れば感染すると思っていました。しかし、新型コロナウイルスを身長60センチのアカゲザルに感染させるという実験を行ったところ、数千から数万個のウイルスを感染させる必要があることが明らかになっています。すなわち、感染を予防するということは、体内に入るウイルス量をゼロにすることではなく、体内に入るウイルス量をできるだけ減らす努力をするということです。

 そして飛沫もエアロゾルも最終的には落下します。テーブルに付着した飛沫を触った指先を洗わないで口に入れるポテトフライをつかんだり、(見本を見せながら)パリパリ海苔のコンビニのおにぎりのラップにウイルスが付いていたら、ラップを外した時にウイルスが着いた指で直接海苔を触るので危ないですよね。

〇リアルな対話だから伝わる
 200人もの聴衆の中には当然のことながら私の顔もよく見えないという人もいます。でも、話の内容が聞きたいもので、なおかつ、前述のように聞き手との対話形式だと気が付けば聞き入ってくれるようです。でも、同じ内容を、スライドを使った講演やFacebookで繰り返し伝えているつもりですが、意外と伝わっていません。
 コロナ禍で講演会のみならず授業もオンラインが増えました。私も機材を揃え、AIDS文化フォーラムも8月の横浜、12月の名古屋、今月の陸前高田もハイブリッドで配信しています。しかし、3日間行った横浜で、初日をオンラインで視聴してくださった方が「やっぱりリアルがいい」と2日目、3日目は現地で参加してくださったように、リアルな対話だからこそ思いが伝わることを実感しています。
 昨年は公衆衛生学会、エイズ学会、性感染症学会などで、多くの人とマスクを外した懇親会を重ねてきました。もちろん感染予防のためにお互いの顔に、料理に飛沫をかけないように、携帯型扇風機を回してエアロゾルを拡散しながらです。本年もできることを重ねつつ、リアルな逢瀬を楽しみたいと思います。

 本年もよろしくお願いします。

紳也特急 280号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
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~今月のテーマ『論文が生む誤解・偏見・差別?』~

●『生徒の感想』
○『日本エイズ学会での学び』
●『当事者の力で感染経路にたどりついたHIV』
○『日本人は「感染経路対策」が苦手?』
●『俯瞰と判断 vs 論文』
○『感染経路は論文にならない?!?』
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●生徒の感想
 先生が「今日の夜、飲みに行きます」と言う話をされた時、正直かなり驚きました。私は感染症に対する知識はあっても、マスクをし、消毒をし、人との食事の機会を減らすだけです。きちんと対策をすれば、マスクをせずに会話をしたり、食事をしたりしても大丈夫だという考えを思いつくことすらできませんでした。知識を持つだけではなく、関心を持ち、考えることが大切だと気づかされました(高2女子)。

 感染経路が限られているので対策をすれば大丈夫なのに広がってしまうのは、知識不足がほぼ理由の全てを閉めているような気がした。けど、経験したり、おっしゃっていたように本当の意味での命の大切さを知っていないと、積極的にそのようなことを学ぼうとはしないと思う。(高2男子)

 テレビや周りの人に言われて何となく信じていることも、実はよく調べると正確ではないことがわかって驚きました。(高2女子9

 日常的にご飯を食べながらスマホをいじってしまうことが多いため、今一度そういうところから見直し、感染しないように心がけたいと思った(高2女子)。

 岩室先生が何度かマスクを外す際、マスクの置き方が気になっていました。マスクに手が極力触れないように外していたと聞き、いつも自分がマスクを外す時、手が触れてしまっているので、今日から気を付けていこうと思った。(高2女子)

 マスクをしているのが当たり前だったので、リスクをしっかり考えれば、外してもいいのではという意見が新しくて、聞いていて勉強になりました(高2男子)

 マスクをどうやってつけて、どうやってとった方が感染しないかを学べた(高2女子)。

 科学的に考えれば当たり前ですが、マスクが必要な場面が、国や学校から指示されているものと違っていて驚きました(高2女子)

 わかりやすく話せば、感染経路についての理解は広まりますが、相変わらず日本では感染経路についての理解が広がらず、新型コロナウイルスの感染拡大も第8波を迎えています。そんな時、日本エイズ学会に参加し、論文が誤解・偏見・差別を生んでいるのではないかと気づかせてもらいました。そこで今月のテーマを「論文が生む誤解・偏見・差別?」としました。

論文が生む誤解・偏見・差別?

○日本エイズ学会での学び
 2022年11月18日~20日に静岡県浜松市で開催された第36回日本エイズ学会にリアルで参加してきました。全参加者の約半数がリアルで参加し、懐かしい方々と楽しく談笑、議論をさせていただきました。日本エイズ学会は発足当初から、他の医療系の学会と異なり、保健医療福祉関係者だけではなく、当事者、NGOの方々が参加する開かれた学会で、いろんな視点からHIV/AIDSの問題を考えられる素晴らしい機会です。
 このご時世なので新型コロナウイルスを取り上げたプログラムを数多くありましたが、シンポジウム『無くならない感染症への偏見・差別 ~ハンセン病、HIV、新型コロナウイルスと、教訓は何故いかされなかったか~』を聞かせていただき、誤解・偏見・差別が生まれる背景を垣間見させていただきました。

●当事者の力で感染経路にたどりついたHIV
 感染経路とは、感染症の病原体が生体に侵入する道筋、経路を言います。すなわち、病原体(ウイルス)が感染している人のどこに存在し、感染する人のどこから、どうやって侵入するか、うつるかを明らかにしたものです。

病原体(ウイルス)は、どこから、どこへ、どうやって

 HIV(エイズウイルス)の場合、AIDSという病名が付いた病気が性行為、血液製剤使用、薬物の回し打ち、出産授乳でつながった人たちの間で広がりました。しかし、性行為、血液製剤使用、薬物の回し打ち、出産授乳は感染する行為、感染機会で、感染経路ではありません。感染経路が明らかにならなければ、感染しないためには、感染する行為を、感染機会をすべて避けるしかないためだけではなく、感染する行為が、感染機会が、それこそ感染者が偏見や差別にさらされることになります。そのため、感染経路を明らかにし、それぞれの行為で、機会で感染が成立しないための感染経路対策を考えるようになりました。その原動力となったのは当事者や当事者を支えてきた関係者、専門家たちでした。
 男性同性間のセックスであっても、異性間のセックスであっても、感染を防ぐためには感染経路を遮断するコンドームが有効です。違法薬物を注射で使用しても感染しないためには一人だけで注射器を使うことが有効です。すなわち、欧米では感染経路を断つためにできることは何かを考え、専門家が正しい知識としての感染経路対策を伝えたり、関係機関がコンドームを配布したり、薬物の回し打ちをしないため個人で使用できる注射器を配布したりしてきました。

○日本人は「感染経路対策」が苦手?
 ところが日本ではいまだにHIV感染予防のための感染経路対策としてコンドームの有用性を伝えたり、イベントや講演会でコンドームを配布したりすることへの抵抗感が根強くあります。ましてや薬物の回し打ちを避けるための注射器の配布は言語道断とされています。すなわち、感染経路対策より「不特定多数とのセックスはだめ」、「薬物はダメ、絶対」といった感染機会対策、感染者対策を重視し続けています。
 新型コロナウイルスの場合も感染経路、すなわち「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」を理解するのではなく、当初から夜の街といったハイリスクな感染者集団を特定したり、飲食と言った感染機会を避けたりすればいいといった感情が先立ち、未だに理論的に感染経路対策を考えられないのではないでしょうか。

●俯瞰と判断 vs 論文
 マスクを外せない日本人と、マスクをしない欧米人の違いはどこにあるのでしょうか。欧米人は、物事を俯瞰して見て、マスクのメリットとデメリットを総合的に判断し、社会として何を選択すべきかを決めています。ワクチンも打つ打たないは個人の判断と責任とされています。一方で日本人は「とにかく感染しないため」を重視し、子どもたちの発達に及ぼす影響といったことを考えることができません。なぜなら日本の専門家たちもマスコミも「そのようなエビデンスは、論文はどこにあるの」となるからです。
 広辞苑に「エビデンス」は「証拠。特に、治療法の効果などについての根拠」と書かれており、日本人は「証拠を示せ」という意味でエビデンスという言葉を使います。しかし、Oxford Dictionaryの“evidence”は“The available body of facts or information indicating whether a belief or proposition is true or valid.”とあります。わかりやすく言うと「(新型コロナウイルス対策の)エビデンスとは、現在入手できる一連の事実や情報に基づき、提案された対策が間違いではない、あるいは有効かを考えるためのもの」です。大きな違いは自分で考え、判断するための“evidence”と、他人に答えを教えてもらう「エビデンス」の違いのように思いませんか。

○感染経路は論文にならない?!?
 ある元新聞記者の方はいろんな論文を読み、多くの専門家の話を聞いておられました。専門家が書く論文には客観的に間違っておらず、「感染機会である、3密状態、カラオケ、飲食店で感染が広がった」と書かれています。しかし、「3密状態、カラオケ、飲食店で飛沫感染、エアロゾル感染、落下した飛沫やエアロゾルが付着した食べ物での感染が何割ずつだった」という論文はありませんし書けません。「マスクを外せない子どもたちが陥る精神的な問題」といった論文が出てくるとしてもずいぶん先になるでしょうし、そもそもマスクが原因か否かの証明は難しいので論文にならないのではないでしょうか。
 すなわち、感染機会や感染者は一見客観的な論文になり、専門家の業績となり、マスコミも報道し、その論文を読んだ専門家は自信を持って論文に基づいたコメントをします。一方で感染経路は理論的に「病原体(ウイルス)は、どこから、どこへ、どうやって」を考え、理解し、説明する必要がありますが、その根拠となる論文は示せません。
 誤解・偏見・差別が生まれる背景に何があると思いますか。私はハイリスクな感染機会や感染者を集計した論文と、個人の判断と責任を重視しないだけではなく、強烈な同調圧力を醸し出す、そして何より理論的に感染経路を考えることを放棄した国民性があるのではと思っているのですが、皆さんはどう思われますか?

紳也特急 279号

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~今月のテーマ『一緒に盛り上がれない若者たち?』~

●『生徒の感想』
○『3日で10講演』
●『「共有」は経験から』
○『人を許せない場合』
●『盛り上がった結果?』
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●生徒の感想

 言葉を濁すことなく、ユーモアを交えながらも真剣にお話ししてくださったので、しっかりと理解できたし、当事者意識も持つことができました。ネット検索して 1 番上に出てくるような情報やテレビの特集でやっている情報、鵜呑みにせずしっかりと見極めることが大切だと感じました。(高2女子)

 学校どころかテレビでも聞けないような話が聞けたので良かった。役に立つ時が来るのかはわからないが今日のことは大人になっても覚えていようと思った。(高2男子)

 とても聞いていて楽しかったです。あ、そういう考えがなぜ思いつかなかったんだ?と思うような単純なことに、毎秒のように気づくことができて、性やコロナの知識以上に、普段の生活の上での物事のとらえ方自体を360℃ひっくり返されたような気分でした。(高1男子)

 今回の講演の内容は、人と関わる上で知らなければいけない大切なことだと感じたので、日本は確か 性的同意年齢が 13 歳だと思うのですが、その年齢でこの話をする必要があるんじゃないかと聞いていて感じました。(高2女子)

 性教育を男女一緒に受ける意味を改めて感じることができました。(高2女子)

 今後必要になる知識だと思いますし、貴重な講座?ありがとうございました!ゴムの事は大切だとは思いますが私個人としては女子の前で見せて欲しくなかったです。あと言葉の表現の仕方が問題だと思います。セックスではなく行為、生理ではなく女の子の日って表現してほしいです。文句ばかりで申し訳ないですが、率直な意見感想です。(高1女子)

 大切なことを話していることはわかりますが、話が多くて自分の中でまとめられませんでした。すみません。結局、感染症になるのは自己責任だと思いました。何もしなければ、家に1人でひきこもっていれば感染することはないのだから、かかってしまったのならそれは自分の行動によるものだと考えました。自分に関係ないとは思っていないけど、やはり少し受け入れがたいです。(高2女子)

 講演の後の感想は本当に勉強になります。私の投げかけに対して「面白い」と感じる人がいる一方で「不愉快」と感じる人がいることもその通りだと思います。「自己責任」という発想が既にインプットされ、修正できないというのも怖いと思いました。感想を読ませていただき、一人ひとりに大事なことは、一人ひとりがどう受け止めたかを仲間と共有することだと改めて思いました。一方で「感想」と「講演時の反応」の大きなギャップにも気づかされましたので、今月のテーマを「一緒に盛り上がれない若者たち?」としました。

一緒に盛り上がれない若者たち?

○3日で10講演
 この原稿を書く直前の2022年10月26日(水)から28日(金)に北海道苫小牧市と恵庭市で、2泊3日で10講演をさせていただきました。高校生8回、中学生1回、PTA 1回でした。このように連続して講演することは正直なところ疲れますが、連続して講演をするといろんな気づきをいただけるので結構好き好んでお受けしています。
 その中のある高校では毎年1年生と2年生に講演を聞いてもらっています。ある生徒さんは「昨年と中身が同じだった」と率直な感想をくれました。このような感想は裏を返せば、ちゃんと聞き、理解し、記憶に残っているから「同じ」と思うのでしょう。一方で「忘れていたことが多かったが改めて聞くことで思い出して勉強になった」という声もあり、受け止め方、聞き方も人それぞれだと思いました。
 なぜこんなに早く感想をもらえるのか。実は感想文はアンケートをスマホで入れる方式をとったとのことでした。時代は変わっていますね。

●「共有」は経験から
 一方で感想と生徒の講演時の反応のギャップが気になりました。多くの生徒さんが感想には「面白かった」と書いてくれ、私が笑いを取ろうとするツボに多くの生徒さんが「くすっ」と反応してくれるにも関わらず、以前だったらみんなで、大きな声で笑ってくれていたのがそうはならないことに気づかされました。確かに年々反応してくれなくなっている、自分の感情を表出させない生徒さんが増えているとは感じていましたが、コロナ禍でそのことが加速していました。
 そこで、最後の質問コーナーで反応してくれそうな、答えてくれそうな生徒に直接質問を促すと、そのことに刺激されてか、次から次へと質問が出て、先生たちも「あの子たちにあんなに質問をする力があったのですね」と言っていました。

 精液を飲むと肌がきれいになるって本当ですか?
 TENGAをどう思いますか?
 お勧めのコンドームは何ですか?
 オナニーはいつまでするのですか?
 足ピンはやめた方がいいですか?  などなど

 一緒に盛り上がれない、というより、一緒に盛り上がっていいんだ、自分の気持ちをぶつけてもちゃんと周りは受け止めてくれるということを経験してもらえるような仕掛けが求められていると思いました。確かに講演中にマイクを向け、反応してくれた生徒さんの名前を聞き「〇〇君に、〇〇さんに拍手を」と言うとみんな喜んで大きな拍手をしてくれます。盛り上がることを共有する経験を仕掛けることが求められる時代のようです。

○人を許せない場合
 考えさせられる質問もありました。

 先生は「人を傷つけるようなことをした場合、その人は謝るしかないし、謝られた方は許すしかない」と言っていましたが、許せない場合、許されない場合はどうすればいいのでしょうか。

 人と関わっているといろんな形で相手を傷つけてしまいます。もちろん私の話で傷つく人もいるでしょうし、生きていればいろんな人に、言葉に傷つけられます。一対一の関係性の場合、「ごめんなさい」で納得できない、してくれない場合は対話を重ね、双方の落としどころを見つけていくしかありません。しかし、当然のことながら相手が許してくれない場合も少なくありません。
 性犯罪、ヘイトスピーチ、暴力、飲酒運転、殺人、戦争等々の被害者は加害者を絶対に許すことはできないでしょうが、残念ながら加害者は社会が決めたルール(法律、制度)で裁かれ、そのルールに則った対応を被害者側は受け入れざるを得ません。一方でそのようなルール自体が存在しなかったり、無視されたりする場合も少なくなく、その場合は、社会全体でその問題を考えなければなりません。しかし、社会自体がそのようなことを考えない、考えたくないとなっていることも事実です。
 一例として、薬物使用で服役していた人が出所してあなたの隣に引っ越してきたら近所づきあいをするどころか、そのような人は自分が住んでいる社会から追い出そう、排除しようとするのではないでしょうか、と問いかけました。確かに多くの人は排除を選択するでしょうから、当然のことながらそのようなカミングアウトはしません。
 今回の質問はすごく深い意味を持つ、裏を返せば、許せない、許さない、排除し続ける社会に戸惑っている若者たちを代表した質問だったと思いました。これもつながれない、一緒に盛り上がれない社会の裏返しなのかもしれません。

●盛り上がった結果?
 一方で、この原稿を書いている時に盛り上がった結果の事故のニュースが飛び込んできました。10月29日に韓国ソウルの繁華街・梨泰院で起きたハロウィーンの転倒事故です。亡くなられた方、負傷された方はお気の毒だと思いますが、ニュース番組で「原因は調査中です」と報道していたのにはびっくりでした。

 「地下1階の居酒屋に有名人」大勢殺到か

 このような報道もありますが、いわゆる「群集事故」に原因や犯人はいるのでしょうか。Wikipediaで調べただけで、日本だけでこんなにあります。

 1934年1月8日京都駅構内で海軍に入団する新兵の見送り 死者77名
 1937年10月27日 横浜駅を出発する軍用列車の見送り 死者26人
 1954年1月2日 皇居二重橋の一般参賀 死者16名
 1956年1月1日 新潟県西蒲原郡弥彦村の彌彦神社で初詣客 死者124名
 1960年3月2日 横浜市立体育館の歌謡ショー将棋倒し 死者12名
 2001年7月21日 兵庫県明石市花火大会歩道橋事故 死者11名

 海外に目を転じると2022年10月1日にインドネシアのサッカー場で131人が死亡した事故は記憶に新しいですが、残念ながら、盛り上がると群れ過ぎて事故が起こるリスクが高くなりますが、そのリスクを避けるために群れないと、それはまたそれでいろんな問題が出てきます。人間というのは本当に難しい存在だということを意識し続けるしかないのだと改めて思いました。