「ダメ人間」という正解

 学校での講演の後の質問コーナーは本当に楽しいです。「正解」について考え続けていると、ドンピシャな質問が出るものです。高校での講演で「これまで出会ったもっともダメだった患者さんはどのような人でしたか」と聞かれました。その学校は毎年定員割れする、いわゆる学習困難校と言われる学校でしたが、私の話を1時間20分、真剣に、もちろん笑いもあり、ちゃんとマイクを向けると言葉を返してくれる生徒さんでした。おそらくこれまでダメだしをされ続けた、ダメ人間扱いされ続けてきた中で出た質問なのかなと思いました。皆さんなら「患者さん」を「人」に置き換えて考えた時にどう返しますか。正解依存症の話を事前にしていたのでこのような質問が出たのかなとも思いましたが、私は次のように返しました。

 昔の、正解依存症について考えていなかった頃の岩室なら、「コンドームも着けずに、風俗に行って遊んだら、セックスをしたら性感染症になって当たり前」と患者さんに説教をしていたでしょうし、「ダメ患者、ダメ人間」というレッテルを貼っていたでしょう。でもそう思っていた頃の私こそ「ダメ医者」ですよね。「なぜコンドームをつけなかったのか、つけられなかったのか」「風俗に行ったのか、行くしかなかったのか」「性感染症のことを考えなかったのか、考えられなかったのか」と深掘りすると、本人だけの問題ではなく、社会で考えなければならない問題がいっぱいあります。一人ひとり、いろんな事情を抱えて生きていることに学ぶ姿勢を持てば「ダメな人」はいないことがわかります。
 
 さらに言うと、岩室紳也自身がダメ人間だと最近わかりました。少し時間が出来たので料理を覚えようとラーメンづくりを妻に教わったのですが、2回教わっても「人参、根菜は水から」といったことが覚えられずダメ出しをされました。そこで気が付いたのが、自分はマニュアルがないとすぐ忘れるし、何度か失敗を重ねながら今に至っているということでした。

 このように話すと生徒さんは安心したような顔をしてくれていました。「ダメ人間」の反対をAIに聞くと「誠実な人」「有能な人」「しっかり者」と出ました。なんだかすっきりしません。そもそも人間という存在はダメな要素を多々持っていると思いませんか。しかも「ダメ」の基準も千差万別です。自分が勝手に「ダメな人」というレッテルを貼り、個人に責任を押し付けて考えることを放棄する姿勢は、まさしく今の社会と同じです。

つづく

ブログ「正解依存症」の目次