「紳也特急」カテゴリーアーカイブ

紳也特急 286号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,286  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『不要不急の外出はない』~

●『生徒の感想』
○『きょうよう、きょういくの大切さ』
●『犯罪予防も健康づくりの視点で』
○『自分の責任を考える難しさ』
●『バナナ320本で死ぬ』
○『対話で確認を』
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●生徒の感想
 
 岩室先生はたくさん経験して、たくさん失敗して、失敗したことにしっかり気づいて、そこからたくさん学んで今につながっていてすごいと思いました。(高2女子)
 
 「3密を避けろ」と言われ続け、当たり前のことなのに、「背中合わせで話せばOK」ということを考えてすらいませんでした。(中3男子)
 
 成績を伸ばすためには先生の話をよく聞けばいいという話は本当にその通りだと私も感じました。英語や数学は全然聞いていないのでテストの点が悪いけれど、自分が好きな教科は死ぬほど集中して先生の言葉を一言も逃すことのないように聞いているので、比較的テストの点もよいんだろうなと納得しました。(高2男子)
 
 オンデマンド授業になった当初は朝早くに起きて学校に行かずに済んで良かったと思っていたが、一か月ほどで一人家にいることに退屈さを感じてきた。久々に登校したのはテストの日であったが、次の日も試験があるにも関わらず友達と1時間も立って話したのは思い出深く、人と触れ合うことの幸せを痛感したあの感覚は今でも鮮明に覚えている。誰かと話せる環境や自分の居場所があるだけで多くの人が壁を乗り越えられると思う。つまり、“不要不急の外出”は人間の本質的には存在しないのではないかと私は思う。外に出て日光を浴びて人と会って話すことは人間が生きていく上で必要なことである。(女子学生)
 
 情報を受け入れつつ、友人に話して自分の認識が合っているのかを確かめることが大事とおっしゃられていたことが印象的でした。(高2女子)
 
 一見つながらない感想を羅列したように思われたかもしれません。しかし、私の中ではどれも自分自身が経験してきた事象につながり、最終的には今月のテーマにもつながりました。失敗や悔しい経験に学ぶことは容易ではありません。学ぶためには何より人の話を聞きながら考え続けることです。そのためにも人と会い、自分の考え方との相違に気づけると次なる道が開かれます。
 “不要不急の外出”は人間の本質的には存在しない。本当にその通りです。コロナ禍で繰り返し発信し続けられた“不要不急の外出は控えてください”というメッセージが世の中の様々なトラブルの根底にあるのではと思えます。そこで今月のテーマを「不要不急の外出はない」としました。

不要不急の外出はない

〇きょうよう、きょういくの大切さ
 5月はこのメルマガを発行し続けてくれている渡部さん、陸前高田市の戸羽太前市長、THINK ABOUT AIDSというラジオ番組を長年続けてきた仲間をはじめ、いろんな人と飲む機会をいただきました。コロナ前だったら当たり前の飲み会が制限され、閉店に追い込まれた行きつけのお店もある中、カールロジャーズの言葉、「人は話すことで癒される」を痛感しています。一つひとつの出会いが「不要不急」ではなく「必要不可欠」であり、きょうよう、きょういくの大切さを再認識しました。教養、教育ではなく、今日の用、今日行く所があって初めて人はこころを病まずにいられます。少なくとも私はそうだと思いました。
 
●犯罪予防も健康づくりの視点で
 長野県中野市で4人が亡くなられた事件。犯人が被害者の女性が「独りぼっちをバカにした」と一方的に恨みを抱いたと報道されています。裏を返せば本当に独りぼっちだったのでしょう。犯罪報道でマスコミは常に「動機は?」という視点で原因を探りますが、今回の事件に限らず、京アニ事件、津久井やまゆり園事件、座間の9人殺害事件、秋葉原事件、等々、多くの人が理解に苦しむ殺人事件が繰り返されています。もちろん犯人が悪いのですが、これらの犯罪を予防するという視点はほとんど聞きません。敢えて聞くとしたら厳罰化ですが、死刑以上の厳罰が無い以上、別の方法で予防を考える必要があります。紳也特急216号で「犯罪予防も健康づくり」を書かせていただきましたが、未だにそのような発想は広がりを見せていません。

〇自分の責任を考える難しさ
 新型コロナウイルスが5類となり、定点把握のデータでも再び感染者数が増え始めています。感染者数を増やさないためには、全員が感染経路対策を徹底するか、80%以上の人が感染かワクチン接種のいずれかで免疫を獲得するかしかありません。
 新型コロナの予防を考える上で宮崎や大分の高校で500人規模のインフルエンザの集団感染が起きたことに学びたいものです。コロナもインフルも感染経路は同じで、これだけ大規模な感染が起きたということは、500人がお互いに飛沫を掛け合ったり、落下した飛沫やエアロゾルでの接触(媒介物)感染が起こったりしたとは考えられません。今回はエアロゾル感染対策が不十分な環境を共有していたと思われます。その理由として考えられるのが、空気の流れを創ってエアロゾルを外に排気するという意識が相変わらず浸透していないことです。文部科学省の最新の通知も「適切な換気の確保」としか書かれておらず、「適切」の意味は紹介していません。
 感染が繰り返され、クラスターが続くと、私は自分自身の普及啓発力の無力さを繰り返し反省させられます。しかし、普及啓発をしている人の多くはそのような発想を持たず、感染した人がちゃんと言っていることを守らない、自己責任だと思っているようです。
 殺人が繰り返されている現実、現状に対して「犯人の動機は」「家族の育て方は」と当事者だけに責任を押し付けていないでしょうか。マスコミでコメントをしている人たちも、それを見ている一人ひとりも、自分自身ができることは何かを考え、その責任の一端でも果たそうと思えば、犯罪の予防も少しずつは進むのではないでしょうか。しかし、予防対策の効果、結果は絶対に見えませんのでそんなことやってられないとなるのでしょうね。

●バナナ320本で死ぬ
 2023年5月29日の読売新聞に、小学5年生の生徒が「バナナ320本を食べると死ぬ」というネット上の都市伝説を給食にバナナが出た際にクラスメートに伝えた話からネット情報に翻弄される子どもたち、授業に支障を来している教育現場の問題、さらには脳の成熟より「本能」が先行しているといった記事になっていました。
 昔から都市伝説はいろいろありましたが、口コミのものばかりでそれらを仲間で議論したものでした。ところが最近はYouTubeをはじめ、ある意味しっかりした映像になっているものが多く、判断能力だけではなく、家族や友達を含めた判断をするための対話的環境が弱い子どもたちはもちろんのこと、多くの人たちの間で都市伝説を信じ込む人が増えていても不思議ではありません。「目から入った情報はわかったような気になり、耳から入る情報は想像力を育み記憶に残る」という北山修先生の言葉を思い出していました。本当にその通りですね。

〇対話で確認を
 最初に紹介した高2女子の感想「情報を受け入れつつ、友人に話して自分の認識が合っているのかを確かめることが大事とおっしゃられていたことが印象的でした」を読ませてもらって、ちゃんと私の思いを受け止めてくれたことをうれしく思うとともに、これは感染症対策や犯罪予防などにも当てはまる、これから伝え続けなければならないことだと再認識しました。
 カールロジャーズは「人は話すことで癒される」と言っていますが、癒されるだけではなく、自分自身の勘違いや誤解をも修正してくれます。これからもいろんな人たちと対話を重ね続けたいですし、きょうようときょういくの必要性を繰り返し伝え続けたいと改めて思いました。

紳也特急 285号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『中途半端』~

●『生徒の感想』
○『普及啓発の矛盾』
●『出るウイルス量と感染するウイルス量』
○『漂うものも最後は落ちる』
●『手から食べ物、そして口から肺へ』
○『手からマスク、そして肺へ』
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●生徒の感想
 
 依存症は孤独の病気だと話していて、自分もゲームが好きで、家にいる時はよくゲームをしていて、前に少しだけ何でゲームをするのかを考えたら、家にいると誰とも関わらないからだと思ったことがあって共感出来ました。でも、学校に行って、友達と話したり、サッカーをする方が楽しいので、それで依存症にならなかったのだとわかりました。でも友達などと関わっているといいこともあればよくないこともあるので絆(きずな)のもう一つの読み方(ほだし)も知ることができてよかったです。(中3男子)

 奇抜な話題が目立つ講和でしたが、そこの本質は先生がおっしゃっていた「孤独」という病があるのかな、と考えさせられるお話でした。思えば昨今の世の中、性的な話題はともかく、抜本的な性教育までもがはばかられる始末で、こういった物事に対する具体的な対話が難しいがために間違った脅し文句のような広告で知識が広まることが少なくないと思います。だからこそ“保健講和”という形で意見交流の場を提供していただいたことが、とりわけてそういった経験則にも疎い高校生にも刺さったのだと思います。誰しもが社会コミュニティでの生活を求めているものだなと改めて深く感じ取るきっかけになりました。今日はありがとうございました。(高2男子)
 
 私は小学校に入学してから卒業近くまで、幼稚園では仲の良かった人、数名にいじめられていた。しかし、日々された嫌なことや言われたことははっきりと覚えているが、自宅に帰ってから両親に言おうか考えたりしたことはなく、更には自宅で、学校であったことを思い出していた覚えもない。その後、小学校6年生の頃に、周囲の友達がいじめを先生に伝えてくれ、先生や両親に事実が知られることになった。「どうして6年間も言わなかったのか」「よく6年間も耐えられたね」と何度も聞かれ言われたが、それに対しては自分自身でも疑問であった。されたことに対する嫌な感情は今でも覚えており、その人のことを考えるだけで否定的な気分になるが、自宅に帰ると平気だったのはなぜだろうか。講義を通して、それは自宅や両親、家族の存在が大きくて暖かく、かつ唯一の居場所であったからだと、すとんと腑に落ちた。何をされても声をあげずに6年間過ごせて良かったとは到底考えてはいないが、改めて自分自身には最初から居場所があったことが救いであったのだと痛感した。(女子大学生)

 岩室先生の講話を聴いて、「学びて思はざれば則ち罔し。思ひて学ばざれば則ち殆し」という言葉を思い出しました。自分一人で考えたり、逆にインターネットの情報をそのまま鵜呑みにしたりすることの危険性が身に沁みて分かった講和でした。(高2男子)
 
 同じような講演をしていても、当然のことながら一人ひとりの受け止め方は違います。これが普及啓発の難しさでもあり、自分自身の学びにもつながるありがたい機会でもあります。皆さんは「学びて思はざれば則ち罔し。思ひて学ばざれば則ち殆し」の意味をご存じでしょうか。私はよくわからなかったので改めてネットで調べ、「教わるばかりで、自分で考えることが少ないと力はつかない。自分で考えてばかりで、人に学ばないようだと、考えが偏るので危険このうえない」ということの意味を考えさせられました。いろんな人と対話をしながら、繰り返し考え続けることが新たな気づきにつながるのです。
 しかし、残念ながらこの3年間の新型コロナウイルス対策はいろんな意味で対話も、考え続けることも中途半端だったと言わざるを得ません。そこで反省の意味を込め、今月のテーマは「中途半端」としました。

中途半端

○普及啓発の矛盾
 このメルマガが発行された1週間後の5月8日(月)から新型コロナウイルス感染症は感染症法上の2類相当から5類に移行し、季節性インフルエンザと同じ扱いになります。そこで改めて新型コロナウイルス感染症に対して国民がとっている行動と、岩室がこれまで予防で伝えようとしてきたことのズレ、矛盾に気づかされています。
 3月13日にマスク装着が個人の判断となりましたが、結果的に今まで同様、多くの人が屋外を含めてマスクを装着し続けています。一方で感染した人たちが持っているN抗体の保有率は上昇をし続け、全世代平均で2022年11月に29%だったのが2023年2月時点で42%へと確実に増え続けるといういい方向に向かっています。ちなみにイギリスではすでに80%を超えています。これだけ多くの人がマスクをしているのに感染する人が増え続けているのはなぜなのでしょうか。それは、マスクをしていても感染する経路と、マスクをしているから感染する経路について考えなさいと言われているように思いませんか。

●出すウイルス量と感染するウイルス量
 インフルエンザウイルスに感染している人が1回のくしゃみで排出するウイルス量は200万個。1回の咳で10万個。インフルエンザウイルス感染者のくしゃみをあびて感染する確率は100万分の1。アカゲザルが新型コロナウイルスにエアロゾルで感染するのに必要なウイルス量は数千個から数万個。いろんな方にこれらの数字は教えていただき「そうなんだ」としか思わず、深く検証することを怠っていました。まさしく「学びて思はざれば則ち罔し。思ひて学ばざれば則ち殆し」でした。
 一番考えなければならなかったことは、「くしゃみ」や「咳」だけではなく、そもそも「呼吸」の際にどれだけのウイルスがエアロゾルという形で出続けているかということでした。くしゃみで200万個、咳で10万個だとすると、普通に息をしていれば1分間とは言いませんが、一定時間で数万個は出すのではないでしょうか。しかも、咳やくしゃみの場合は大量にウイルスを含んでいる大きな飛沫はすぐに落下するのに対して、軽い空気中をさまようエアロゾルはその空間の中で濃度を高め、結果として感染するリスクを増やし続けます。こう考えるとエアロゾル対策は本当に重要です。

〇漂うものも最後は落ちる
 エアロゾルは空気の流れを創って拡散、排気しなければ漂い続けますし、マスクをしていても顔とマスクの隙間から口、鼻、肺へと吸入され続けます。でもエアロゾルは1時間もすれば落下します。ここで大事なことは、感染している人が閉鎖空間の中に居続ければその人が排出するエアロゾルがその空間で落下をし続けるということです。雪が降り続ければ積もるように、エアロゾルも、見えないものの落下し、積もり続け、その量は時間とともに増え続けます。落下したウイルスの感染力は1日程度持続します。家庭内感染を調査した論文では、ドアノブや家族が頻繁に触るところからウイルスが検出されたとしていますが、それは感染している人が咳を止める時に手に付着したウイルスをドアノブにつけているだけではなく、家族が落下したエアロゾルを手に付け、それをドアノブにつけた可能性を裏付けるとも言えます。すなわち、感染している人と同じ空間を共有していれば誰の手にもウイルスが付着するということです。だからこそ、接触(媒介物)感染対策が重要になります。

●手から食べ物、そして口から肺へ
 手についたウイルスを洗い落とさずに食べ物に付着させて口にすれば、口腔内にあるACE2レセプター経由で新型コロナウイルスが体内に取り込まれる可能性があることはこれまで伝え続けてきました。しかし、ここで気づかなかったことがありました。皆さん、口に食べ物を入れ、噛みながら味わっているとおいしい香りも味わえますよね。すなわち、食べ物に、料理に付着したウイルスは口腔内で再びエアロゾル化して肺の中に吸い込まれている可能性があります。すなわち、接触(媒介物)感染にはエアロゾル感染という要素もあるということです。

〇手からマスク、そして肺へ
 マスクをしている人がマスクの表面を触っているのをよく見かけます。子どもたちではそのような光景が頻繁に見受けられますが、マスクを触っている指先は当然のことながらいろんなところに触れていて、指先にウイルスが付着している可能性があります。すなわち、手や指に落下したエアロゾルや飛沫の中のウイルスを付着させ、それをマスクの表面に届け、全部ではないものの、少しずつマスク越しに吸入し肺に届けているのです。すなわち、この感染経路は広い意味で接触(マスク媒介)感染となります。
 これまではこのような場面は予防を考える上で問題だと指摘し続けてきました。しかし考え方を変えるとマスクを触るというのはその指をなめるよりは少ない量のウイルスで免疫をつける立派な予防法なのかもしれません。これからは「マスクの表面を触ることは感染するリスクはありますが、マスクにつけるウイルス量が少なければ感染免疫をつけることにつながるのであまり神経質になる必要はありません」と言わなければならないのでしょうか。
 結局のところ、感染予防は本当に奥が深く、中途半端な感染予防対策のように見えていることも、視点を変えると感染予防の一つの選択肢として尊重されるべきなのだと思いました。皆さんはどう思われますか。私は考え続けたいと思います。

紳也特急 284号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
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~今月のテーマ『リアルだから響く』~

●『生徒の感想』
○『マスクを外さない、外せない日本人』
●『マスクなしがなぜ響く』
○『ChatGPTが教えてくれるマスクの効用』
●『マスクで感染が増えている?????』
〇『考えることを放棄しない』
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●生徒の感想

 岩室先生の話はとても説得力があり、コロナの感染のことなど、先生の話の中で新しい知識になったこと、元の知識を改めて確認できたことも多くあり、自分はあまり講演が好きではないのですが、今回スクリーンを使わず、私達の意見を聞きながら、話題を広げていき、とても色々なことを話しているのに、とても聞きやすく、印象に残る講演会でした。(中3女子)

 経験したか らこそ分かる人間関係や心理を知る事ができて、今まで考えたことがなかったことを考える機会になりました。(中3男子)

 冒頭にお話してた家族葬について共感しました。小さい頃に葬式には行ったことがありますがあまり覚えてません。中学生の時に1度親戚の葬式に行きましたが初めてのような感覚でとても悲しく切なくなぜ?とも思いました。その時に初めて学んだ感情でもありました。(中3女子)

 今回の講義を終えて、改めて人を今までの経歴ではなく人柄でみようと思いました、ゲイや依存症も差別的な考えはやめようと思いました。(中3男子)

 僕も大きさを気にしていたのですが、「持ち物より持ち主」で安心しました。(中3男子)

 本校の包茎代表という 異名をもらい 嬉しく 思います。岩室先生のお話は私からもお金を払いたいぐらい大切なお話でした。握手した時に手汗があったのであの時ハグをしたかったです。(中3男子)

 マジで必死に笑いをこらえた。さすがに下ネタは耐久出来たが限界で笑い狂った。やっと笑いがおさまった。下ネタに耐えるがんじょうな体にしたい。(中3男子)

 2月後半から3月にかけて中学校、高校での講演をいくつもさせてもらったのですが、以前よりすごくいい反応をしてくれました。ある高校では先生たちが「この子たちがあんなに反応するとは思ってもいませんでした」との声をいただきました。そこでふと思ったのが「マスクをしていない人の話を聞けなかった3年間」でした。私は事前に「飛沫は2メートルしか飛ばないから最前列とは2メートル以上の距離をとっている」ことや、「岩室が排出するエアロゾルを拡散するために首振り型携帯扇風機を持参していること」を説明した上でマスクを外して講演をしています。そうすると生徒さんたちは安心するだけではなく、マスクなしの岩室の表情を楽しめるようです。
 そこで今月のテーマを「リアルだから響く」としました。

リアルだから響く

〇マスクを外さない、外せない日本人
 2023年3月13日から「マスクは個人の判断で」となりましたが皆さんはどうされていますか。私は患者さんの診察時以外では、電車、屋内での買い物時を含め外しています。講演の際にマスクを外すと生徒さんの目線はまるで「人間ってこんな顔をしていたんだ」と言わんばかりです(笑)。一方で電車や屋内はおろか、屋外でもマスクを外さない、外せない日本人が多いのは何故なのでしょうか。
 多くの人から見ると、マスクをしないで電車に乗っている私は「非常識」な存在に映っていると思います。しかし、誰ともしゃべらず、パソコンで原稿を打っているだけなので、マスクで自分が排出する飛沫を気にする必要もなければ、マスクをしていないためかえって周囲の人たちにエアロゾルを吸入させてしまうリスクを下げているのです。しかも、窓が開いている近くに座り、エアロゾルの拡散、排気を意識していますが、そのように考えながら電車に乗っていることに誰一人気づかないでしょうし、「何言っているのかわからない」と言われそうです(笑)。

●マスクなしがなぜ響く
 精神科医の斎藤環先生が「対話とは、面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと」と教えてくださっています。一方で常々「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」と伝えるようにしています。

 「経験」を広辞苑で調べると次のように書かれています。
 ①人間が外界との相互作用の過程を意識化し自分のものとすること。人間のあらゆる個人的・社会的実践を含むが、人間が外界を変革するとともに自己自身を変化させる活動が基本的なもの。
  ㋐外的あるいは内的な現実との直接的接触。
  ㋑認識として未だ組織化されていない、事実の直接的把握。
  ㋒何事かに直接ぶつかる場合、それが何らかの意味で自己を豊かにするという意味を含むこと。
  ㋓何事かに直接にぶつかり、そこから技能・知識を得ること。
 ②〔哲〕感覚・知覚から始まって、道徳的行為や知的活動までを含む体験が自覚されたあり方、またその状態。

 私が中高生向けの講演で、対面で、マスクなしで話すのは、単に情報を伝えるだけではなく、自分自身の失敗談を含め、自分やいろんな人の経験を伝える時、言葉だけではなく、その時の気持ちを思い出しながら自分の表情を見せながら話すことで、よりリアルに、直接的に思いが伝わると思っているからです。
 3月まで放送していた朝ドラ「舞いあがれ」で興味深い経験をさせてもらいました。最終週が新型コロナウイルス感染拡大の第1波の時期の設定で、出演者がマスクをしている場面が流れたのですが面白いほどセリフにリアル感がありませんでした。どの役柄もコロナに翻弄され、苦労をし、お互いに気遣い合う場面なのですが、マスクで顔が隠れているためか、これほどまでに感情が伝わらないのかと思いました。

〇ChatGPTが教えてくれるマスクの効用
 ChatGPTに「マスクの効用について教えてください」と入力すると次の答えが返ってきました。

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マスクには、以下のような効用があります。
1.感染症の予防:マスクは、呼吸器系の感染症の予防に効果があります。感染症の原因となる細菌やウイルスが飛沫や飛沫核として咳やくしゃみ、話し声などで放出されるのを防ぎ、他者への感染リスクを低減します。
2.環境汚染物質の除去:マスクは、PM2.5や花粉などの環境汚染物質を除去する効果があります。マスクのフィルター部分が、空気中の微小粒子を吸着して取り込むことによって、呼吸器系への影響を抑えることができます。
3.季節性のアレルギー症状の緩和:マスクは、季節性の花粉症などのアレルギー症状の緩和にも効果があります。マスクが鼻と口を覆うことによって、花粉や他のアレルゲンが体内に取り込まれるのを防ぐことができます。
4.呼吸器系疾患患者の保護:マスクは、呼吸器系疾患患者にとっても有効です。感染症やアレルギー症状の悪化を防ぎ、症状の緩和につながります。
以上のように、マスクには様々な効用があります。ただし、マスクを適切に使用するためには、正しい装着方法や使用期限などについても注意が必要です。
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 膨大な情報を集めたAI(ChatGPT)は、「他人にうつさない効果」はちゃんと示してくれますが、「マスク装着者がうつらない効果」については言及していません。

●マスクで感染が増えている?????
 マスクが装着者の感染予防になるということを否定するつもりはありません。確かに目の前にいる人がマスクをしないまま私が口を開けている時にくしゃみをしたら飛沫が私の口から入ることでしょう。しかし、多くの人はそのような場面ではなく、小さい飛沫で空気中をさまようエアロゾルを吸い込むことが何となく怖いと思っているのではないでしょうか。でも、エアロゾルは拡散すれば吸い込む量は減りますし、マスク越しで入るエアロゾルは防げても、マスクと顔の隙間から入るエアロゾルは防げません。一方でマスクの表面をウイルスが付いているかもしれない指で何度も触っている人が後を絶ちません。最近感染者数が増え始めているという指摘もありますが、もしかしたらマスクをすることで周りにエアロゾルをばらまいていることや、マスクの表面をウイルス付きの指で触っていることが感染が増えている原因ではないかと思ったりしています。

〇考えることを放棄しない
 そもそもマスクは何のため?
 この質問を掘り下げられる人と、掘り下げられない人の違いは何だろうかと考え続けている中で、コロナが広がり始めた時に、政府の専門家委員会に入っている先生が言った一言を思い出してしまいます。

 岩室先生と考え方が違いますから。

 対話にならない、対話ができないこの人が政府の専門家委員会で持論を展開し続ければ、当然のことながら「そもそもマスクは何のため?」といった基本的な議論は生まれません。
 リアルというのはある意味自分自身が直接問われる厳しい場面ですが、そこを乗り越えると思いが伝わることをリアルに接してくれた中高生が改めて私に教えてくれました。4月からもまたリアル講演が続きますが、真剣勝負と思って頑張りたいと思います。マスクのない日本を目指して。

紳也特急 283号

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Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『同調圧力』~

●『生徒の感想』
〇『なぜ異性愛者?』
●『理解増進法案?』
○『個人の判断が基本?』
●『考えてはいけない』
○『周りに合わせます』
●『できることを考える』
○『3年後を考える』
●『同調圧力に屈しないのはなぜ?』
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●生徒の感想
 私はあまりみんなに知られていないのですが、私は男子なのですが男子のことが好きになってしまいます。今回の講演会で出てきた「ゲイ」ということですよね?私が生きていく中でどのように生きて行けば良いのでしょうか?(中3男子)

 自分は女子として生まれ、物心がついたころからあまり女子らしいことが好きじゃなく男子のように過ごしてきた時、母におかしいから辞めなさいと言われてからずっと悩んでいました。けど、今日の講演会であんまり悩むことはないのかなと思い、自信が付いたような気がしました。自分勝手な感想かもですが、岩室先生に助けられた気がします。今日はありがとうございました。(中3女子)
 
 自分で調べたり、保健の授業がないと学ぶ機会が少ないけれど、生きていく上でとても大切なことを学ぶことができてとてもためになりました。「LGBTを理解することはできないけれど、分かち合うことが大切」ということが、本当にそうだなと思い、周りの人はもちろん、自分も認めたいなと思いました。(中3女子)
 
 一番印象に残ったのが、「社会がそういう空気を作っている」という言葉でした。(中3女子)
 
 日本は空気を読むといった言葉や、忖度という言葉が流行した通り、周りと違う行動をとることが難しい国民性、文化があると思う。しかし、その文化に流されることなく、自分はなぜこの行動をとるのか、この人が発する言葉の背景には何があるのか、この行動をとることで相手に与える影響はどうか、自分はその行動をされて嬉しいのかなど自分に常に軸を向け、なぜを問い続けて考える癖をつけたいと思った。(大学2年女子)
 
 LGBT理解増進法案について国会内外で様々な議論、主張が展開されています。一方で3月13日からマスク着用は個人の判断にゆだねられることになりました。一見異なる事象のようですが、共通している根底の問題が「同調圧力」だと思いました。そこで今月のテーマを「同調圧力」としました。

同調圧力

〇なぜ異性愛者?
 ゲイの友達に「岩室さんはなぜ異性が好きなのですか?」と聞かれた時にその理由を説明することができませんでした。それ以来、「岩室は異性が好きな自分のことが理解できません。自分のことも理解できないのにLGBTQAの人について理解できるはずもありません。だから理解ではなく、お互いの存在を認め合う、分かち合うことが大事」と話し続けています。それが先に紹介した生徒さんの感想につながったと思います。

●理解増進法案?
 今の国会でLGBT理解増進法の議論が行われていますが、そもそも「理解増進」ということ自体が理解できません。「理解するのが、理解する努力をするのが当たり前」という同調圧力を感じます。一方で「自分は女と自認している男が女風呂に入ってきたらどうする」といった、法案づくりの過程でちゃん議論をすればクリアできることを取り上げ、むしろ議論を避ける方向に持って行こうとしているのではないでしょうか。そもそも、LGBTQAの方々のことを国会で議論するのであれば、人権の観点から、保健体育の教科書の中にきちんと性の多様性について記載し、さらに同性婚をはじめ、人として生きていく上での障壁を取り除く法律を作る必要があるはずです。しかし、日本では同性婚の議論は時期尚早という同調圧力があり、まずはこの辺りからということなのでしょうか。

〇個人の判断が基本?
 3月13日からマスクを着用するか否かは基本的に個人の判断となります。そのためのアドバイスとして厚生労働省のHPに次のように書かれています。

 高齢者など重症化リスクの高い方への感染を防ぐため、医療機関を受診する時、高齢者など重症化リスクの高い方が多く入院・生活する医療機関や高齢者施設などへ訪問する時、通勤ラッシュ時など、マスクの着用を推奨します。
 新型コロナウイルス感染症の流行期に重症化リスクの高い方が混雑した場所に行く時については、感染から自身を守るための対策としてマスクの着用が効果的です。
 
 マスクをすれば医療機関、高齢者施設、通勤ラッシュで出会う高齢者など重症化リスクの高い方への感染を、リスクの高い方が感染することを防げるとのことです。本当でしょうか。

●考えてはいけない
 今でもマスクを徹底しているのに医療機関や高齢者施設でクラスターが出続けていますが、そのことがほとんど報道されない、議論にさえならないのはなぜでしょうか。マスクをしているのにクラスターが発生するということは、マスクでは予防ができない感染経路対策が不十分だったということです。でも日本社会ではマスクが役に立たない場合があることについて、考えてはいけない、指摘してはいけない、議論をしてはいけない空気、同調圧力が存在しています。
 ある講演会の感想で高校生が「これから考えることを放棄しないようにしたいと思いました」と書いてくれましたが、確かに大人たちは「ぐずぐず言っていないで、大人が言うことを聞いて従っていればいい」ということを子どもの頃から子どもたちに叩き込んでいますよね。
 
○周りに合わせます
 3月13日以降、皆さんはマスクの扱いをどうしますか?「周りに合わせます」「周りの状況を見ながら決めます」という方が圧倒的に多く、同調圧力にとりあえず抵抗しないことを選択した結果だと思います。その選択を否定するつもりはありませんが、「周りに合わせる」という選択をする方は「周りに合わせない」という選択をする人が、なぜ合わせないのか、マスクを外している時に、どのような、自分が感染しない、自分から他者を感染させない対策を取っているかをぜひ考えてみてください。もっとも考えずに外す人も少なからずいるでしょうが・・・・・

●できることを考える
 岩室紳也は3月13日以降も講演会、研修会、診療がありますので、臨機応変に、ご一緒させていただく方への感染症対策を伝える手段としてマスクを扱いつつ、外したいと思います。既に実践していることですが、具体的に言うと次のようになります。
 
★挨拶時
・初めて会う方にはマスク姿でご挨拶
・すぐにマスクの意味を説明して外します

★講演会、研修会の場面
・最初はマスクで登壇
・講演の中で飛沫は2メートル先に落下、エアロゾルは空気の撹拌と排気が基本。距離があり、サーキュレーター代わりの小型扇風機を使っているのでマスクは不要と話します。
 
★診療の場面
・マスクで対応(病院の決まりなので)
・患者さんから聞かれたら、外してもいい理由を説明。直接向き合わなければ飛沫はお互いの顔(口、鼻、目)にかからない。エアロゾル対策として、診療室のエアコンの送風を下向きに固定して患者との間にエアカーテンがある状態にして、空気は部屋の両側のドアの下から排気。ベッドに寝かせたお子さんの診察を話しながらする際にはマスクは着用。

★屋内、電車等で
・マスクなし。
・飛沫を他者の顔(口、鼻、目)にかけない。
・咳が出る時は咳エチケット(肘で飛沫を受け止める)。
・新幹線、飛行機等で横に人がいる際には携帯型扇風機で空気の流れを創出。

〇3年後を考える
 中学3年生に話した時、ふと「3月13日以降もマスクを着け続けたいという人は、ぜひいつまでマスクをし続けるのかを考えてみてください」と問いかけてみました。もちろん、気が付けば新型コロナウイルスが消え、コロナ禍前の状況に戻ることがあればその時は外せるのかもしれません。しかし、そうならない時、マスクを外せないまま、3年後、高校を卒業し、就職試験、面接試験となった時、「私はとにかくマスクは外せません」と訴えるあなたを果たしてその職場は採用してくれるでしょうか。
 
●同調圧力に屈しないのはなぜ?
 中学生に「岩室さんはどうやって同調圧力に屈しない力を身につけたのですか」と聞かれました。その時思い出したのがケニアの小学生時代に「イエロー」といじめられていた時の経験でした。確かにいじめる人たちがいて、その人たちが集団になっていたのですが、それも同調圧力だったと思います。でも、その中で私に寄り添ってくれるドイツ人のクレメントという友人がいました。自分がいじめという同調圧力に押しつぶされなくて済んだのは、それに立ち向かってくれる友人がいたからでした。その経験から同調圧力には屈したくないと思うようになったようです。
 同調圧力は決してマスクだけの話ではなく、様々な問題の根底に流れている、考えることを放棄するというリスクの結果だと思っています。そのようなリスクを克服するため、私は3月13日にまずはマスクを外すことからコミュニケーションの機会を増やしたいと思っています。皆さんはいかがですか?
 

紳也特急 282号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『マスクの達人』~

●『生徒の感想』
○『考え方の“癖”』
●『原点、基本から考える“癖”を』
○『黙食でできる感染予防は?』
●『マスクでできる感染予防』
○『マスクでできない感染予防』
●『マスクでおこる感染』
○『絶対マスクをしなければならない場面』
●『マスクの達人講座』
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●生徒の感想
 先生の絆・自立・依存の話を聞いて、独りで生きていけばいいと思っていたのが、少しは人とも関わってみようかなと思うようになった。私はあまり性格が良い人ではありませんが、自分でできるかぎりのことをして、もっとたくさんの人とめぐりあって、いい出会いができたらいいなと思った。(中3女子)

 自分はテレビやSNSの情報を信じてばかりいたので考えを改めるべきだと感じた。(中3男子)

 私の固定観念を破壊した素晴らしい講習でした。あなたの教えは私の人生に必ず役立つでしょう。(高2男子)

 はじめに先生の身のまわりでたくさんの人が命を落としていることを知り、驚きました。また、それを阻止するために「根本を切る」という発想のコロナ対策に関する内容も、とても勉強になりました。(高1女子)

 自分はマスクは絶対につけなければいけないものだと思っていて、マスクをしていない人を見ると嫌な気持ちになるので、その認識を改めようと思いました。適切な条件下ならば、別にマスクを外しても問題ないということをしっかり頭に入れなければいけないなと思いました。(高1男子)

 生徒さんの感想はまるで生徒さんと対話をしているような感覚になります。そして多くの気づきをもらえます。新型コロナウイルス対策について、なぜ毎日感染者数を入力し、グラフを眺め、疑問点があればデータを加工し続け、気が付けば3年が経過しました。業務でもなく、お金になるわけでもないのにもかかわらずここまでやっているのは何故なのかを考えてしまいました。
 HIV/AIDSの時もそうでしたが、適切な情報提供がされないため、たくさんの人が命を落としているからです。もちろん亡くなられた一人ひとりを存じ上げているわけではないのですが、人が亡くなることって本当に辛いことですよね。この思いがコンドームの達人の活動の原点でした。最近は新型コロナウイルスを感染症法上の5類にするために、そして政府のこれまでの情報発信をうやむやにするために、マスクも、黙食も、個人の、自治体や学校の考え方、判断にゆだねられています。そこで、今月のテーマを「コンドームの達人」に学び、「マスクの達人」としました。

マスクの達人

〇考え方の“癖”
 この原稿を書いている時、NHKの朝のニュースで、寒波に備える心構えという視点に立った「知っておきたい考え方の“癖”」という放送がありました。大雪に注意という放送をしていても、結局のところ立ち往生や様々なトラブルが起きている理由をさぐったとのこと。あまり変化ないしいつもと一緒でしょという「正常性バイアス」、不要不急の外出は控えてという報道があっても、みんな外出しているし自分もいいでしょという「同調性バイアス」、これまで大丈夫だったから今回もたぶん大丈夫という「楽観主義バイアス」というのを考え方の“癖”として紹介していました。これって新型コロナウイルスに向き合う時の日本人の考え方ですよね。でも、これは考え方の“癖”ではなく、単に考えることを放棄している自分への言い訳だと思いませんか。

●原点、基本から考える“癖”を
 新型コロナウイルスの感染経路は飛沫感染、エアロゾル感染、飛沫やエアロゾルが落下した食品を食べたり、手に付着した飛沫やエアロゾルに含まれたウイルスを除去しないまま食べ物を素手で触って口に入れたりする接触(媒介物)感染の3つです。私の考え方の“癖”は、常に原点に、基本に、根本に沿うことです。この考え方の“癖”はケニア時代の小学校の教師の、“Shinya, why do you think so?”と繰り返し聞かれ、自分で説明することを求められたことで培われたのかもしれません。

〇黙食でできる感染予防は?
 学校で給食を食べる時、生徒さんたちは黙食を強いられ続けています。しかし、これは黙食が単に正常性バイアスに、同調性バイアスになっているだけで、そもそも食事の時にリスクとなる感染経路は何かを考えることを放棄した結果ではないでしょうか。
 食事中の会話時の飛沫で感染するのは、その飛沫を直接顔にかけられるか、料理にかけられ、その料理を食べた場合です。裏を返せば、会話をしても、相手の顔に、料理に飛沫をかけない、かけられないように注意すればいいだけです。「いやいや生徒たちはそれができないから黙食させている」というのであれば、生徒さんに「黙食」か「飛沫の飛ぶ方向を考えながらの会話可」のいずれかを選択させればいいのではないでしょうか。
 エアロゾル感染やエアロゾルが落下、付着することに対する対策は黙食でも、会話をしていても同じで、サーキュレーター等でエアロゾルを拡散、排気するしかありません。たまたまなのかもしれませんが、NHK首都圏ナビの番組で映っている教室でそのような装置が使われているところは発見できませんでした。
https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20230127b.html
 しかし、エアロゾルはうんと小さい飛沫なので、黙食でも出続けています。その落下したエアロゾルでクラスターが出たという報告は聞かないので、エアロゾルの落下による接触(媒介物)感染のリスクは非常に低いと考えられます。
 手に付着したウイルスについては素手で食べなければ、お箸やフォーク、スプーンで食べていれば大丈夫です。手で食べるパン食の場合は、パンを触る直前にアルコールティッシュでパンに触れる指先を消毒しながら食べればいいだけで、黙食は関係ありません。
 でもこのように、飛沫、エアロゾル、落下付着したウイルスとわけて考えられないから、「黙食」という言葉に同調するのです。

●マスクでできる感染予防
 マスクを着ける理由、外していい場面を確認するためにも、そして正しいマスクの使用方法を考えるためにも、そもそもマスクの意味、効用を理解する必要があります。
 不織布マスクや布マスクは飛沫が口から飛び出すのを防いでくれます。しかし、ポリウレタンマスクだと、飛沫を少しは通してしまいます。
 他者のくしゃみを浴びた場合はそのくしゃみの中の飛沫をもらう可能性がありますので、その時マスクをしていれば口を開けていても飛沫が口の中に飛び込むのを防げます。しかし、口を閉じていればマスクなしでも飛沫をかけられても飛沫で感染しません。
 エアロゾル感染予防で唯一マスクの効果が期待されるのが、口から飛び出したエアロゾルを不織布マスクが一定程度捕捉し、空中に飛散するエアロゾルの量を減らすことだけです。

〇マスクでできない感染予防
 ポリウレタンや安倍のマスクに代表される性能の悪い布マスクだと、かえって口や気道、肺が温められ、マスクを通過して排出されるエアロゾルの量が増えます。もちろん多くのエアロゾルがそれらのマスクを通過して吸入されます。不織布マスクをしていても、マスクと顔の隙間からエアロゾルが空中に排出されてしまいますし、マスクと顔の隙間から吸入されます。

●マスクでおこる感染
 不織布マスクを着けていながら、マスクの表面、裏面に飛沫やエアロゾルを付着させると、それらを吸い込むリスクが高まります。子どもたちだけではなく、大人たちもマスクの表面や裏面を繰り返し触っています。コロナ前にある中学校でマスクをしている生徒とマスクをしていない生徒でインフルエンザを発症するのはどちらが多いか調べてもらったら、マスクをしている生徒さんの方が多いという結果でした。これはマスクの正しい使い方を知らないためだと当時、養護教諭の先生と話していましたが、それ以外の理由として、マスクの表面に付着した飛沫やエアロゾルの水分が乾き、より小さなエアロゾルとなり、マスクを通過する可能性も否定できません。

〇絶対マスクをしなければならない場面
 しゃべりながら他人の顔に飛沫をかけてしまうのを避けられない介護。
 学生に調理の指導をしながら調理の場面を見せざるを得ない実習。
 他にもいろいろ考えられますが、裏を返すと、自分の飛沫が他人の顔や料理にかからないように工夫ができればマスクはいらないということになります。

●マスクの達人講座
 1.マスクは不織布、個包装

 2.包装から取り出すときはマスクの縁、ゴム紐、金具のところだけを触る

 3.マスクを広げる時は縁のところだけを触る

 4.マスクを外す際にはその形状を崩すことなく、顔に接していた面を下にして置く

 5.マスクの表面、裏面を触ってしまった場合は新しいものにとりかえる

 6.使用時間が長くなればなるほど、呼吸でマスクの表面に付着した他人のエアロゾルや飛沫が乾燥し、マスク越しに吸入されるリスクが高まるためできるだけこまめに新しいものに取り換える

 7.使用は最長で1日

 8.捨てる時はマスクに付着した自分や他人の飛沫やエアロゾルに含まれているウイルスが拡散しないよう封筒に入れて廃棄

 マスクを他人の飛沫やエアロゾルを吸い込まないため、すなわち自分が他人から感染しないためにつけていると思っている人が少なくありませんが、それこそ考えることを放棄する“癖”の結果でしょうか。私は屋内マスクが解禁になったらすぐに外します。皆さんはどうされますか?

紳也特急 281号

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~今月のテーマ『こころに響くリアルな対話』~

●『生徒の感想』
○『対話とは』
●『対話の実際』
○『リアルな対話だから伝わる』
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 あけましておめでとうございます。
 皆様はいかがお過ごしでしょうか。
 岩室家は昨年、千葉県いすみ市出身、2022年5月22日生まれの「こなつ」という新しい家族(猫)が増え、にぎやかで楽しい正月を迎えています。
 猫を含めリアルなつながりが大事だと実感した1年でしたので、まずは元気の源の生徒の感想です。

●生徒の感想
 当り前を当たり前に話してくれる大人ってあんまりいないので、皆にとっても、自分にとっても、本当にいい機会になったので、講師の先生も、用意を手伝ってくれた方々にも、本当に感謝してもしきれないなと思いました。(中3女子)

 私は性的なはなしよりも、生徒からの質問の受け答えがとっても大人な考え方で、人の死に方に価値をつけたくないという岩室さんの言葉がかっこよかったです。(中3女子)

 生徒と同じように話せる大人が初めてだったので勉強になった。(高1男子)

 自立と依存と絆のことを教えてもらい、昔を思い出しました。一人の自分を助けてくれた女子が今の自分をつくってくれたことに改めて感謝したいと思います。(高1男子)

 自分がしたくなかったら、相手に嫌われるとか関係なく、断る勇気が大切なんだなと改めて思いました。(高1女子)

 特に記憶に残っているのが「どこから、どこへ、どうやって」の言葉です。岩室先生もおっしゃっていましたが、僕も性感染症にかかる人はまじめではないと思っていました。しかし、「どこから、どこへ、どうやって」で考えるとそれは大きな間違い、偏見であるということに気づきました。(中3男子)

 今日の講演で、生理について男子はいろいろ知れたと思うので、たよらないといけない時はたよろうと思いました。(中2女子)

 オナニーは皆やっているから別に自分がやっていても恥ずかしくないんだなとあらためて知ることができました。(中2男子)

 私が1番心に残っていることは、未成年だからにんしんしたらいけないわけではなく、大変な子育てを楽しめる時期になってから子どもを産んだ方が良いということです。(中1女子)

 最近の講演後の感想が以前と比べてビシバシ伝わってくるものが多くなったように思っています。何故なのかと考えていた時、ふと生徒さんたちはこの3年間、リアルで、マスクなしで話す人を見たことがないことに気づかされました。おそらく同じ話でもマスクをして話していたらそんなに響かなかったのではと思いました。そこで今月のテーマを「こころに響くリアルな対話」としました。

こころに響くリアルな対話

〇対話とは
 精神科医の斎藤環先生が「ひきこもりと対話」という話の中で「対話(dialogue)とは、面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと。思春期の問題の多くは『対話』の不足や欠如からこじれていく」と教えてくださっています。以前はこの言葉についてあまり深く考えず、「そうだよね」と思いながら紹介していました。しかし、コロナ禍の今、「面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと」の大切さを強調して訴え続けています。文部科学省も対話的な学びの大切さを訴えているのですが、そもそも「対話」とは何かを深く考えていないのかなとも思いました。
 「面と向かう」というのはまさしく(相手の)顔と向き合うことです。すなわち、声だけのやりとりではなく、マスクなしの、お互いの顔を見せ合いながら、微妙に変化する表情を含めたキャッチボールをすることではじめて対話が成立します。

●対話の実際
 実際の講演では次のようなステップを踏んでマスクなしの講演に移行します。
 講演先には早目に着くようにし、会場を確認し、少しでも空気の流れが創出されるようにしてもらいます。講演会が始まる時、今のご時世なので最初はマスクをして登場します。性やエイズ関連の講演依頼がほとんどなので、最初に私自身がHIVの感染経路を正しく理解していないかった話から対話的講演会が始まります。

 私が最初にエイズの患者さんの診療を頼まれたころは治療薬もなく、エイズウイルス(HIV)に感染したら5年から10年でほとんどの人が亡くなっていました。今のコロナよりはるかに怖い病気だったので患者さんを診るなんて到底できないと最初は断りました。

 その時、「何で感染する?」と聞かれ、恥ずかしながら初めてHIVの感染経路を、すなわちウイルスは、(感染している人の)どこから、(感染する人の、その時の場合は医療者の)どこへ、どうやって(うつるか)かを考えました。

 HIVは性行為で感染しますが、患者さんとはセックスはしません。患者さんから感染するというのは針刺し事故だけです。すなわち点滴、注射、採血の際にだけ感染予防のことを考え、注意すればいいということに気づかされました。

 ところで新型コロナウイルスは何で感染しますか?
   「飛沫」と答えられる生徒は半数以下です。

 飛沫はどれぐらい飛びますか?
   「2メートル」と答えられる生徒は1割程度です。

 感染している人の口から飛び出す飛沫は2メートル先に落下するので、最も近い生徒さんから3メートル以上離れているテーブルに戻ったので、マスクを外しても最前列の生徒さんに飛沫は届かないですよね。

 でも、ちょっと勉強している人は「エアロゾル、小さい飛沫での感染は大丈夫なの?」と思いましたよね。では、このエアロゾルを体験してみましょう。全員私の方を見ていて話しもしていないので一度マスクを外してください。

 口の前に掌を当てて優しく『はーっ』て息を吹きかけてください。掌が湿ります。これがエアロゾルという小さな飛沫です。このエアロゾルは空気中をさまよい続け、最終的には落下する、空気より重いものです。だから世間でよく言う換気では外に追い出せません。積極的に空気の流れをつくり、エアロゾルを拡散させる必要があります。この講演会場を見てもらうと、暖房もできる大型の扇風機が作動していますが、創り出された空気の流れが体育館の反対側の横の扉が少しだけ開けてあります。そこから排気されるようにしています。

 後ろの人は見えないでしょうが、私のテーブルには首振り型の携帯型扇風機が作動し、私の周りの空気を撹拌しています。何故空気の流れを創ったり、空気を撹拌したりする必要があるのでしょうか。ウイルスは何個、体に入ると感染すると思いますか。私も勉強をするまではウイルスは1個でも体内に入れば感染すると思っていました。しかし、新型コロナウイルスを身長60センチのアカゲザルに感染させるという実験を行ったところ、数千から数万個のウイルスを感染させる必要があることが明らかになっています。すなわち、感染を予防するということは、体内に入るウイルス量をゼロにすることではなく、体内に入るウイルス量をできるだけ減らす努力をするということです。

 そして飛沫もエアロゾルも最終的には落下します。テーブルに付着した飛沫を触った指先を洗わないで口に入れるポテトフライをつかんだり、(見本を見せながら)パリパリ海苔のコンビニのおにぎりのラップにウイルスが付いていたら、ラップを外した時にウイルスが着いた指で直接海苔を触るので危ないですよね。

〇リアルな対話だから伝わる
 200人もの聴衆の中には当然のことながら私の顔もよく見えないという人もいます。でも、話の内容が聞きたいもので、なおかつ、前述のように聞き手との対話形式だと気が付けば聞き入ってくれるようです。でも、同じ内容を、スライドを使った講演やFacebookで繰り返し伝えているつもりですが、意外と伝わっていません。
 コロナ禍で講演会のみならず授業もオンラインが増えました。私も機材を揃え、AIDS文化フォーラムも8月の横浜、12月の名古屋、今月の陸前高田もハイブリッドで配信しています。しかし、3日間行った横浜で、初日をオンラインで視聴してくださった方が「やっぱりリアルがいい」と2日目、3日目は現地で参加してくださったように、リアルな対話だからこそ思いが伝わることを実感しています。
 昨年は公衆衛生学会、エイズ学会、性感染症学会などで、多くの人とマスクを外した懇親会を重ねてきました。もちろん感染予防のためにお互いの顔に、料理に飛沫をかけないように、携帯型扇風機を回してエアロゾルを拡散しながらです。本年もできることを重ねつつ、リアルな逢瀬を楽しみたいと思います。

 本年もよろしくお願いします。

紳也特急 280号

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~今月のテーマ『論文が生む誤解・偏見・差別?』~

●『生徒の感想』
○『日本エイズ学会での学び』
●『当事者の力で感染経路にたどりついたHIV』
○『日本人は「感染経路対策」が苦手?』
●『俯瞰と判断 vs 論文』
○『感染経路は論文にならない?!?』
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●生徒の感想
 先生が「今日の夜、飲みに行きます」と言う話をされた時、正直かなり驚きました。私は感染症に対する知識はあっても、マスクをし、消毒をし、人との食事の機会を減らすだけです。きちんと対策をすれば、マスクをせずに会話をしたり、食事をしたりしても大丈夫だという考えを思いつくことすらできませんでした。知識を持つだけではなく、関心を持ち、考えることが大切だと気づかされました(高2女子)。

 感染経路が限られているので対策をすれば大丈夫なのに広がってしまうのは、知識不足がほぼ理由の全てを閉めているような気がした。けど、経験したり、おっしゃっていたように本当の意味での命の大切さを知っていないと、積極的にそのようなことを学ぼうとはしないと思う。(高2男子)

 テレビや周りの人に言われて何となく信じていることも、実はよく調べると正確ではないことがわかって驚きました。(高2女子9

 日常的にご飯を食べながらスマホをいじってしまうことが多いため、今一度そういうところから見直し、感染しないように心がけたいと思った(高2女子)。

 岩室先生が何度かマスクを外す際、マスクの置き方が気になっていました。マスクに手が極力触れないように外していたと聞き、いつも自分がマスクを外す時、手が触れてしまっているので、今日から気を付けていこうと思った。(高2女子)

 マスクをしているのが当たり前だったので、リスクをしっかり考えれば、外してもいいのではという意見が新しくて、聞いていて勉強になりました(高2男子)

 マスクをどうやってつけて、どうやってとった方が感染しないかを学べた(高2女子)。

 科学的に考えれば当たり前ですが、マスクが必要な場面が、国や学校から指示されているものと違っていて驚きました(高2女子)

 わかりやすく話せば、感染経路についての理解は広まりますが、相変わらず日本では感染経路についての理解が広がらず、新型コロナウイルスの感染拡大も第8波を迎えています。そんな時、日本エイズ学会に参加し、論文が誤解・偏見・差別を生んでいるのではないかと気づかせてもらいました。そこで今月のテーマを「論文が生む誤解・偏見・差別?」としました。

論文が生む誤解・偏見・差別?

○日本エイズ学会での学び
 2022年11月18日~20日に静岡県浜松市で開催された第36回日本エイズ学会にリアルで参加してきました。全参加者の約半数がリアルで参加し、懐かしい方々と楽しく談笑、議論をさせていただきました。日本エイズ学会は発足当初から、他の医療系の学会と異なり、保健医療福祉関係者だけではなく、当事者、NGOの方々が参加する開かれた学会で、いろんな視点からHIV/AIDSの問題を考えられる素晴らしい機会です。
 このご時世なので新型コロナウイルスを取り上げたプログラムを数多くありましたが、シンポジウム『無くならない感染症への偏見・差別 ~ハンセン病、HIV、新型コロナウイルスと、教訓は何故いかされなかったか~』を聞かせていただき、誤解・偏見・差別が生まれる背景を垣間見させていただきました。

●当事者の力で感染経路にたどりついたHIV
 感染経路とは、感染症の病原体が生体に侵入する道筋、経路を言います。すなわち、病原体(ウイルス)が感染している人のどこに存在し、感染する人のどこから、どうやって侵入するか、うつるかを明らかにしたものです。

病原体(ウイルス)は、どこから、どこへ、どうやって

 HIV(エイズウイルス)の場合、AIDSという病名が付いた病気が性行為、血液製剤使用、薬物の回し打ち、出産授乳でつながった人たちの間で広がりました。しかし、性行為、血液製剤使用、薬物の回し打ち、出産授乳は感染する行為、感染機会で、感染経路ではありません。感染経路が明らかにならなければ、感染しないためには、感染する行為を、感染機会をすべて避けるしかないためだけではなく、感染する行為が、感染機会が、それこそ感染者が偏見や差別にさらされることになります。そのため、感染経路を明らかにし、それぞれの行為で、機会で感染が成立しないための感染経路対策を考えるようになりました。その原動力となったのは当事者や当事者を支えてきた関係者、専門家たちでした。
 男性同性間のセックスであっても、異性間のセックスであっても、感染を防ぐためには感染経路を遮断するコンドームが有効です。違法薬物を注射で使用しても感染しないためには一人だけで注射器を使うことが有効です。すなわち、欧米では感染経路を断つためにできることは何かを考え、専門家が正しい知識としての感染経路対策を伝えたり、関係機関がコンドームを配布したり、薬物の回し打ちをしないため個人で使用できる注射器を配布したりしてきました。

○日本人は「感染経路対策」が苦手?
 ところが日本ではいまだにHIV感染予防のための感染経路対策としてコンドームの有用性を伝えたり、イベントや講演会でコンドームを配布したりすることへの抵抗感が根強くあります。ましてや薬物の回し打ちを避けるための注射器の配布は言語道断とされています。すなわち、感染経路対策より「不特定多数とのセックスはだめ」、「薬物はダメ、絶対」といった感染機会対策、感染者対策を重視し続けています。
 新型コロナウイルスの場合も感染経路、すなわち「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」を理解するのではなく、当初から夜の街といったハイリスクな感染者集団を特定したり、飲食と言った感染機会を避けたりすればいいといった感情が先立ち、未だに理論的に感染経路対策を考えられないのではないでしょうか。

●俯瞰と判断 vs 論文
 マスクを外せない日本人と、マスクをしない欧米人の違いはどこにあるのでしょうか。欧米人は、物事を俯瞰して見て、マスクのメリットとデメリットを総合的に判断し、社会として何を選択すべきかを決めています。ワクチンも打つ打たないは個人の判断と責任とされています。一方で日本人は「とにかく感染しないため」を重視し、子どもたちの発達に及ぼす影響といったことを考えることができません。なぜなら日本の専門家たちもマスコミも「そのようなエビデンスは、論文はどこにあるの」となるからです。
 広辞苑に「エビデンス」は「証拠。特に、治療法の効果などについての根拠」と書かれており、日本人は「証拠を示せ」という意味でエビデンスという言葉を使います。しかし、Oxford Dictionaryの“evidence”は“The available body of facts or information indicating whether a belief or proposition is true or valid.”とあります。わかりやすく言うと「(新型コロナウイルス対策の)エビデンスとは、現在入手できる一連の事実や情報に基づき、提案された対策が間違いではない、あるいは有効かを考えるためのもの」です。大きな違いは自分で考え、判断するための“evidence”と、他人に答えを教えてもらう「エビデンス」の違いのように思いませんか。

○感染経路は論文にならない?!?
 ある元新聞記者の方はいろんな論文を読み、多くの専門家の話を聞いておられました。専門家が書く論文には客観的に間違っておらず、「感染機会である、3密状態、カラオケ、飲食店で感染が広がった」と書かれています。しかし、「3密状態、カラオケ、飲食店で飛沫感染、エアロゾル感染、落下した飛沫やエアロゾルが付着した食べ物での感染が何割ずつだった」という論文はありませんし書けません。「マスクを外せない子どもたちが陥る精神的な問題」といった論文が出てくるとしてもずいぶん先になるでしょうし、そもそもマスクが原因か否かの証明は難しいので論文にならないのではないでしょうか。
 すなわち、感染機会や感染者は一見客観的な論文になり、専門家の業績となり、マスコミも報道し、その論文を読んだ専門家は自信を持って論文に基づいたコメントをします。一方で感染経路は理論的に「病原体(ウイルス)は、どこから、どこへ、どうやって」を考え、理解し、説明する必要がありますが、その根拠となる論文は示せません。
 誤解・偏見・差別が生まれる背景に何があると思いますか。私はハイリスクな感染機会や感染者を集計した論文と、個人の判断と責任を重視しないだけではなく、強烈な同調圧力を醸し出す、そして何より理論的に感染経路を考えることを放棄した国民性があるのではと思っているのですが、皆さんはどう思われますか?

紳也特急 279号

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~今月のテーマ『一緒に盛り上がれない若者たち?』~

●『生徒の感想』
○『3日で10講演』
●『「共有」は経験から』
○『人を許せない場合』
●『盛り上がった結果?』
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●生徒の感想

 言葉を濁すことなく、ユーモアを交えながらも真剣にお話ししてくださったので、しっかりと理解できたし、当事者意識も持つことができました。ネット検索して 1 番上に出てくるような情報やテレビの特集でやっている情報、鵜呑みにせずしっかりと見極めることが大切だと感じました。(高2女子)

 学校どころかテレビでも聞けないような話が聞けたので良かった。役に立つ時が来るのかはわからないが今日のことは大人になっても覚えていようと思った。(高2男子)

 とても聞いていて楽しかったです。あ、そういう考えがなぜ思いつかなかったんだ?と思うような単純なことに、毎秒のように気づくことができて、性やコロナの知識以上に、普段の生活の上での物事のとらえ方自体を360℃ひっくり返されたような気分でした。(高1男子)

 今回の講演の内容は、人と関わる上で知らなければいけない大切なことだと感じたので、日本は確か 性的同意年齢が 13 歳だと思うのですが、その年齢でこの話をする必要があるんじゃないかと聞いていて感じました。(高2女子)

 性教育を男女一緒に受ける意味を改めて感じることができました。(高2女子)

 今後必要になる知識だと思いますし、貴重な講座?ありがとうございました!ゴムの事は大切だとは思いますが私個人としては女子の前で見せて欲しくなかったです。あと言葉の表現の仕方が問題だと思います。セックスではなく行為、生理ではなく女の子の日って表現してほしいです。文句ばかりで申し訳ないですが、率直な意見感想です。(高1女子)

 大切なことを話していることはわかりますが、話が多くて自分の中でまとめられませんでした。すみません。結局、感染症になるのは自己責任だと思いました。何もしなければ、家に1人でひきこもっていれば感染することはないのだから、かかってしまったのならそれは自分の行動によるものだと考えました。自分に関係ないとは思っていないけど、やはり少し受け入れがたいです。(高2女子)

 講演の後の感想は本当に勉強になります。私の投げかけに対して「面白い」と感じる人がいる一方で「不愉快」と感じる人がいることもその通りだと思います。「自己責任」という発想が既にインプットされ、修正できないというのも怖いと思いました。感想を読ませていただき、一人ひとりに大事なことは、一人ひとりがどう受け止めたかを仲間と共有することだと改めて思いました。一方で「感想」と「講演時の反応」の大きなギャップにも気づかされましたので、今月のテーマを「一緒に盛り上がれない若者たち?」としました。

一緒に盛り上がれない若者たち?

○3日で10講演
 この原稿を書く直前の2022年10月26日(水)から28日(金)に北海道苫小牧市と恵庭市で、2泊3日で10講演をさせていただきました。高校生8回、中学生1回、PTA 1回でした。このように連続して講演することは正直なところ疲れますが、連続して講演をするといろんな気づきをいただけるので結構好き好んでお受けしています。
 その中のある高校では毎年1年生と2年生に講演を聞いてもらっています。ある生徒さんは「昨年と中身が同じだった」と率直な感想をくれました。このような感想は裏を返せば、ちゃんと聞き、理解し、記憶に残っているから「同じ」と思うのでしょう。一方で「忘れていたことが多かったが改めて聞くことで思い出して勉強になった」という声もあり、受け止め方、聞き方も人それぞれだと思いました。
 なぜこんなに早く感想をもらえるのか。実は感想文はアンケートをスマホで入れる方式をとったとのことでした。時代は変わっていますね。

●「共有」は経験から
 一方で感想と生徒の講演時の反応のギャップが気になりました。多くの生徒さんが感想には「面白かった」と書いてくれ、私が笑いを取ろうとするツボに多くの生徒さんが「くすっ」と反応してくれるにも関わらず、以前だったらみんなで、大きな声で笑ってくれていたのがそうはならないことに気づかされました。確かに年々反応してくれなくなっている、自分の感情を表出させない生徒さんが増えているとは感じていましたが、コロナ禍でそのことが加速していました。
 そこで、最後の質問コーナーで反応してくれそうな、答えてくれそうな生徒に直接質問を促すと、そのことに刺激されてか、次から次へと質問が出て、先生たちも「あの子たちにあんなに質問をする力があったのですね」と言っていました。

 精液を飲むと肌がきれいになるって本当ですか?
 TENGAをどう思いますか?
 お勧めのコンドームは何ですか?
 オナニーはいつまでするのですか?
 足ピンはやめた方がいいですか?  などなど

 一緒に盛り上がれない、というより、一緒に盛り上がっていいんだ、自分の気持ちをぶつけてもちゃんと周りは受け止めてくれるということを経験してもらえるような仕掛けが求められていると思いました。確かに講演中にマイクを向け、反応してくれた生徒さんの名前を聞き「〇〇君に、〇〇さんに拍手を」と言うとみんな喜んで大きな拍手をしてくれます。盛り上がることを共有する経験を仕掛けることが求められる時代のようです。

○人を許せない場合
 考えさせられる質問もありました。

 先生は「人を傷つけるようなことをした場合、その人は謝るしかないし、謝られた方は許すしかない」と言っていましたが、許せない場合、許されない場合はどうすればいいのでしょうか。

 人と関わっているといろんな形で相手を傷つけてしまいます。もちろん私の話で傷つく人もいるでしょうし、生きていればいろんな人に、言葉に傷つけられます。一対一の関係性の場合、「ごめんなさい」で納得できない、してくれない場合は対話を重ね、双方の落としどころを見つけていくしかありません。しかし、当然のことながら相手が許してくれない場合も少なくありません。
 性犯罪、ヘイトスピーチ、暴力、飲酒運転、殺人、戦争等々の被害者は加害者を絶対に許すことはできないでしょうが、残念ながら加害者は社会が決めたルール(法律、制度)で裁かれ、そのルールに則った対応を被害者側は受け入れざるを得ません。一方でそのようなルール自体が存在しなかったり、無視されたりする場合も少なくなく、その場合は、社会全体でその問題を考えなければなりません。しかし、社会自体がそのようなことを考えない、考えたくないとなっていることも事実です。
 一例として、薬物使用で服役していた人が出所してあなたの隣に引っ越してきたら近所づきあいをするどころか、そのような人は自分が住んでいる社会から追い出そう、排除しようとするのではないでしょうか、と問いかけました。確かに多くの人は排除を選択するでしょうから、当然のことながらそのようなカミングアウトはしません。
 今回の質問はすごく深い意味を持つ、裏を返せば、許せない、許さない、排除し続ける社会に戸惑っている若者たちを代表した質問だったと思いました。これもつながれない、一緒に盛り上がれない社会の裏返しなのかもしれません。

●盛り上がった結果?
 一方で、この原稿を書いている時に盛り上がった結果の事故のニュースが飛び込んできました。10月29日に韓国ソウルの繁華街・梨泰院で起きたハロウィーンの転倒事故です。亡くなられた方、負傷された方はお気の毒だと思いますが、ニュース番組で「原因は調査中です」と報道していたのにはびっくりでした。

 「地下1階の居酒屋に有名人」大勢殺到か

 このような報道もありますが、いわゆる「群集事故」に原因や犯人はいるのでしょうか。Wikipediaで調べただけで、日本だけでこんなにあります。

 1934年1月8日京都駅構内で海軍に入団する新兵の見送り 死者77名
 1937年10月27日 横浜駅を出発する軍用列車の見送り 死者26人
 1954年1月2日 皇居二重橋の一般参賀 死者16名
 1956年1月1日 新潟県西蒲原郡弥彦村の彌彦神社で初詣客 死者124名
 1960年3月2日 横浜市立体育館の歌謡ショー将棋倒し 死者12名
 2001年7月21日 兵庫県明石市花火大会歩道橋事故 死者11名

 海外に目を転じると2022年10月1日にインドネシアのサッカー場で131人が死亡した事故は記憶に新しいですが、残念ながら、盛り上がると群れ過ぎて事故が起こるリスクが高くなりますが、そのリスクを避けるために群れないと、それはまたそれでいろんな問題が出てきます。人間というのは本当に難しい存在だということを意識し続けるしかないのだと改めて思いました。

紳也特急 278号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『インフルエンザに学ぶ』~

●『生徒の感想』
○『インフルエンザが冬に流行し夏は収まる理由』
●『新型インフルエンザが1年で収束した理由』
○『日本流のウィズコロナ?』
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●生徒の感想
 コロナの感染の仕方は、キスなどがあるとは思わなかったので、知れてよかった。(高1男子)

 今の時代の新型コロナウイルスを例に出して、とても分かりやすい講座だった。どんなうつり方で、どうすればうつる可能性を低くできるかを考えさせられた。(高1男子)

 はじめに先生の身の回りでたくさんの人が命を落としていることを知り驚きました。また、それを阻止するために根元を切るという意思で、医者として、今のコロナ対策に取り組んでいる内容もとても勉強になりました。(高1女子)

 パートナーのことを考えるということを授業中よく聞いてきたが、先生の授業で具体的にどういう風に考え行動するのか知ることができた。またコロナのことなどももちろん感染対策は必要だがどこまでするべきなのか本当に意味があるのかというのを考えながら日々生きていく必要があると思った。(高2男子)

 私もハンドタイプの扇風機を使っていますが、ただ暑いから使うのではなく、コロナ予防のため小さな飛沫を拡散させ、自分のため以外にも使用できるというのが驚きでした。(高2女子)

 講演の際に新型コロナウイルスの話を盛り込むと、今でも「そうだったんだ」という反応をもらいます。もっときちんと感染経路を含めた情報を伝えなければと思っていましたが、実は自分自身もしっかり勉強してないことがありました。「新型コロナウイルスとインフルエンザの同時流行に注意を!」と専門家が呼び掛けているのを受け、改めてインフルエンザのデータを見直したところ、自分自身の不勉強に気付かされました。そこで今月のテーマを「インフルエンザに学ぶ」としました。

インフルエンザに学ぶ

〇インフルエンザが冬に流行し夏は収まる理由
 紳也特急271号でインフルエンザが冬に流行し夏は収まる理由を考察しましたが、国立感染症研究所が毎年いろんな型のインフルエンザで調べているHI抗体(Hemagglutination inhibition test:赤血球凝集抑制試験法)でみると、その理由がさらに明確になりました。HI抗体は多くの型のインフルエンザウイルスで10代から40代で50~80%と高くなっており、この年代が一番感染していると言えます。抗体を持っていてもウイルスに感染しますが、発症しても症状は軽くすみますので、この年代は医療機関を受診せず、カウントされていないと考えられます。
 一方で10歳未満や高齢者では抗体価が低くなっていますが、特に10歳未満は感染が確認される人数も多く、その人たちは感染することで免疫を獲得します。また、10歳未満や高齢者はワクチン接種率が高く、ワクチンによる免疫に加え、感染することで免疫を獲得する人たちと合わせると、夏場には80%ぐらいの人がインフルエンザに対する免疫を持つことになるのではないでしょうか。
 新型コロナウイルスもワクチン接種率が80%を超えた2021年10月~12月はほとんど感染している人が捕捉されませんでしたが、夏場のインフルエンザも同じような免疫状況になっているからと考えられます。
 インフルエンザのHI抗体は数年間持続するため、インフルエンザがほとんど流行しなかった2020年冬から2021年春の状況を表す2021年7月~9月のHI抗体も若い世代では比較的高い値でしたが高齢者は値が低くなっていました。今年のHI抗体の結果はまだ出ていませんが、昨年よりさらに低くなると考えられますので、高齢者の間では新型インフルエンザの時のように冬場を待たずに流行する可能性があります。もっとも高齢者の方は相変わらず人との接触を避けている人が多いので、インフルエンザは今年も流行しないかもしれません。

●新型インフルエンザが1年で収束した理由
 HI抗体検査結果がインフルエンザの流行に及ぼす効果を教えてくれるのが2009年に大騒ぎになった新型インフルエンザでした。日本では2009年の夏場に流行が始まり、年末には収束に向かい、2010年以降のインフルエンザは従来通り、冬場に流行し、夏場は収まるという状況に戻りました。
 国立感染症研究所は新型インフルエンザ(A/California/7/2009(H1N1)pmd09)についても流行の前後でHI抗体価を調べています。その結果、流行前はHI抗体価が低く、新型インフルエンザが流行しても不思議ではない状況だということが裏付けられました。ところが、翌年は他のインフルエンザウイルスと同程度のHI抗体保有率となっており、いわゆる普通のインフルエンザになっていました。
 一方で新型コロナウイルスに感染した際にできる抗体はインフルエンザに対するHI抗体のように長く持続しないため、何度も新型コロナウイルスに感染する人がいますし、集団免疫を獲得することが難しいと言えます。

〇日本流のウィズコロナ?
 新型コロナウイルスとインフルエンザは感染経路対策では多くの共通点がありますし、ワクチンによる免疫が5カ月程度しか持続しないという点も似ています。しかし、感染することで得られる免疫の持続時間に大きな差があるため、新型コロナウイルスが今よりうんと弱毒化でもしなければ当分収まらないと考えるしかありません。
 となると感染予防が大事になるのですが、最近講演した事業所では飛沫感染予防のためのアクリル板は設置していたものの、エアロゾル対策として空気の流れを創る必要性が周知されていなかったためアクリル板が原因と考えられるエアロゾル感染でのクラスターが発生していました。残念ながらこれが日本流のウィズコロナなのかと思ってしまいました。HIV/AIDSが確認されてから41年経ちましたが、今でも「共に生きる」ということを確認し続けなければならないのが感染症の現実です。焦らず、地道に啓発し続けましょう。

紳也特急 277号

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~今月のテーマ『文化だから続く』~

●『生徒の感想』
○『「文化」とは』
●『人の営みを支えるものは』
○『フォーラムは対話の場』
●『文化に、対話に学ぶ』
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●生徒の感想
 今回の講演では、単なる知っていることのおさらいであったり、知っていることの答え合わせのような内容ではなく、考えさせられる内容であった。お話の中で、詳しく知りたい人はホームページを読んでほしい、などの発言があったことからも、岩室先生は、私たちに対して「知識の拡充」を目的として来校したのではなく、考えることを促すために私たちに話をしてくださったのではないかと思う。実際に、岩室先生のお話のなかでも、「考えてほしい」であったり、「話し合ってみてほしい」という言葉が多く聞かれたと思う。
 中でも印象に残っていることは、ゲイについて何人かの生徒に質問していた際に、生徒の一人がゲイに対する考えとして「普通と違う」という発言をした後のことである。私は、ゲイは決して病気ではなく、異常でもない、普通である、ということを知識としているため、この生徒が普通ではないと言い放った際に少し違和感を覚えた。しかしそのあとに岩室先生が、経験を持つ人と、知識のみを持つ人の違いを話し、知識だけでは不十分で、経験しないとわからないということを聞き、ゲイに対して知識を持っているので私は差別主義者ではないと思っていた自分を少し懐疑的にみる機会を得た。つまり、私の周りには、ゲイであることをカミングアウトしている人がいないので自分のことを顧みる機会が今までなかった。そのため知識があるので、直面しても公平に接していけると思っていたのだが、経験がないためにもしかしたら自分のなかにも他とは違うと思ってしまう気持ちが少なからずあるのではないかと思ったのである。
 今回の講演は、思春期の性とエイズというタイトルであったが、新型コロナウイルスや、女性の生理のはなし、自立や依存のはなしなど、多岐にわたるとともに、それぞれのトピックで考えさせられる問いかけがあり、非常にいい講演が聞けたと思う。こうした講演は成長するとともに、聞く機会が減っていくと思うので、とてもいい経験であったと思う。こうした講演を聞き、それについてしっかりと考え、議論していくということでこの講演が生きていくのではないかと思う。(高1男子)

 2022年8月5日(金)~7日(日)の間、第29回AIDS文化フォーラム in 横浜をハイブリッド方式で開催することができました。1994年の国際エイズ会議と同時並行で始まった市民による市民のための第1回のフォーラムから何と29回も続いていますが、運営している側も正直なところどうしてこんなに続いているのか、よくわかりませんでした。
 一方で夏休み前の講演の生徒さんの感想を読ませてもらい、また、フォーラムをコロナ前の形式に戻して開催し、今年のテーマ「文化 ~くりかえされるもの うまれるもの~」を考え続けた結果、「文化」という視点だったからこそここまで続いたのだと気づかされました。そこで今月のテーマを「文化だから続く」としました。

文化だから続く

○「文化」とは
 AIDS文化フォーラム in 横浜のHPにも、「HIV/AIDSを医療だけの問題ではなく、広く文化の問題としてとらえることに重きを置き「文化」の2字を入れています」と書かれています。AIDS文化フォーラム in 横浜の名付け親の長澤勲さんは今年のフォーラムのオープニングセッションで  「文化は人の営み」という視点を紹介してくださいました。
人が行う営みに影響することは多岐にわたっています。HIV/AIDSで言えばセクシュアリティだけではなく、性産業、ドラッグ、違法薬物の問題も考える必要があります。AIDS文化フォーラム in 横浜が長く続いている理由は、実は「HIV/AIDSの問題を解決するためには〇〇を実現する必要があります」といったスローガンを掲げるのではなく、いろんな人が登壇し、いろんな考え方や視点を紹介し、それを聞いた人が何かを持ち帰ると言った緩やかなつながりの場だからだと気づかされました。まさしく、AIDS文化フォーラムはそこに集う人たちの営みそのものでした。

●人の営みを支えるものは
 とはいえ、このフォーラムを運営すること自体、いろんな人の知恵だけではなく、労力が求められていますが、お陰様で今年も無事運営することができました。運営委員がいつもお互いにかけあっている言葉が「できる人が、できることを、できる時に、できるように」です。一見当り前のことですが、実はこれが意外と難しいことで、押し付け合いがつい生まれてしまうのが人間社会ですよね。
 では、なぜ押し付け合いではなく、「お互い様」や「できる人が、できることを、できる時に、できるように」という関係性が生まれたのか、正直なところそこがずっとわからずじまいでした。ところが今年のフォーラムを通して、何となくその理由が見えたように思いました。

○フォーラムは対話の場
 コロナ禍の最中でもフォーラムは続きましたが、従来のように2時間枠ではなく、配信のみのため短い1時間前後の枠で、登壇者も全員が配信会場に集まれない状況で、時には全員がオンラインで顔を合わせるといった方式でした。配信による開催はコロナ禍で職場や学校等でも増える一方でオンラインの問題点も指摘されています。しかし、今年は一部のプログラムを以前のようにリアルで集う状況に戻したからこそ、オンライン配信の問題点を実感、経験できました。
 今年はコロナ禍前から使っていた神奈川県民センターのホールをメイン会場に、ハイブリッド方式で開催しました。岩室は以前と同じ2時間枠の7つのプログラムに登壇させてもらいました。開催方式は以下でした。

1.登壇者全員がホールに集合しface to faceで
2.登壇者の一部がオンライン参加(顔出し)
3.登壇者の一部がオンライン参加(顔出しなし)

 過去2年間と比べ、時間がたっぷりとれるため、face to faceで登壇してくださった方々とは「対話形式」で、話をいろんな方向に広げることができました。一方で、オンライン参加の方と顔なじみではない場合、残念ながら「対話形式」にはならず、「司会者がオンライン参加者に振ることで発言してもらう形式」にならざるを得ませんでした。特に顔を出せない方がおられたセッションでは振るタイミングがなかなかうまく取れませんでした。

●文化に、対話に学ぶ
 では対話だとなぜ話が広がるのでしょうか。斎藤環先生が示してくださった「ひきこもりと対話」は「対話」を理解する上ですごく大事な示唆を与えてくださっています。

 対話(dialogue)とは、面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと。
 思春期問題の多くは「対話」の不足や欠如からこじれていく。
 議論、説得、正論、叱咤激励は「対話」ではなく「独り言」である。
 独り言(monologue)の積み重ねが、しばしば事態をこじらせる。
 外出させたい、仕事に就かせたい、といった「下心」は脇において、本人の言葉に耳を傾ける。
 基本姿勢は相手に対する肯定的な態度。
 肯定とは「そのままでいい」よりも、「あなたのことをもっと知りたい」
 対話の目的は「対話を続けること」。
 相手を変えること、何かを決めること、結論を出すことではない。

 これまで全国各地で開催されたAIDS文化フォーラムにはいろんなプログラムがありました。当然のことながら参加者がどのプログラムを選び、参加するかは参加者の判断に任されています。すなわち、AIDS文化フォーラム自体が一つの「文化」、「人の営み」でした。一方で意識したわけではないですが、横浜の運営委員会が主催するプログラムは一つのテーマについて「登壇者同士の対話」を提供していたのだと改めて気づかされました。
 第1回のフォーラムが開催された1994年の1月、パトと握手をした岩室紳也は感染不安のパニック状態になっていました。その私が、その後、HIV感染予防のためには当時の厚生省も日赤も認めていなかった輸血で感染するリスクを訴えたり、実際に自分の患者さんにHIV感染の経路となった刺青を見せてもらえたり、気が付けば薬物依存症の人のプライマリケアをさせていただいたり、ほとんど誰も言わない細かい新型コロナウイルスの感染経路対策に言及できているのも、実はAIDS文化フォーラムでの多くの人との対話に、対話だからこそ学べたのだと気づかされました。
 主義主張、思い、正解を伝えるプログラムやイベントも必要ですが、AIDS文化フォーラムは全体としていろんな人が集う「文化」であり、特に横浜ではこれからも「対話」を大事にしたいと改めて思いました。来年は第30回です。がんばります。