紳也特急 111号

~今月のテーマ『童貞と処女の性感染症』~

●『公衆浴場で感染しますか?』
○『尖圭コンジローマの院内感染対策』
●『子宮頚がんとHPV』
○『童貞の性感染症?』
●『童貞とのセックスで性感染症』
○『コンドームでうつすHPV』
●『正確な記述の難しさ』

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●『公衆浴場で感染しますか?』
 ある県の看護協会で性感染症の講演をさせていただいた時に、「公衆浴場で性感染症にかかることはあるでしょうか」という質問を受けました。確かに今まで同じような質問を受けてきたことがあるのですが、「あり得ますよ。でも大量のお湯で洗い流されていることや、そもそも公衆浴場を使う時のルールとして、風呂桶、湯船の縁に座るのはマナーとしても、衛生上もいけないことですよね。ですから、そのようなことをしなければ大丈夫ですよ」や、「性感染症はセックスでうつる病気ですから、セックスでうつったのでなければ性感染症とは言いません」といった回答をしてきたように思います。ある時は、小さなお子さんが淋菌に感染しているということが明らかになり、性的虐待かどうかを判断する上で保護者との入浴で感染し得るかどうかと聞かれたこともありました。入浴中の浴槽のお湯の中を淋菌が泳いで、偶然女の子の膣に感染することは考えにくいのですが、淋菌は感染力が強いので、淋菌性尿道炎の父親や淋菌性腟炎の母親の分泌物がついたタオルを介して女児に感染する可能性は否定できないと思います。
 このように性感染症と言われる病原体が他の経路で感染する可能性はいろいろと考えられますが、今回、講演後の質問で、「性感染症の始まりがセックスではない可能性は?」という質問から童貞と処女の性感染症もあり得るという気づきをいただきましたので、今月のテーマを「童貞と処女の性感染症」としました。

『童貞と処女の性感染症』

○『尖圭コンジローマの院内感染対策』
 性感染症の患者さんを診療していると「絶対セックスはしていません」と言い張る人がいます。もちろんしていない人もいるでしょうが、明らかに事実を隠そうと思っていたり、言いたくない事情があったりという人も少なくないと考えています。ただ、本人の治療の問題だけではなく、パートナーがいるとしたらその人も治療を受ける必要がありますので、きちんとした情報確認を心がけることは性感染症の診療をしている医者としては当然の義務だと考えています。
 ただ、われわれが診療する性感染症の中で、セックスをしなくても感染が広がる可能性があることが常識になっているのが尖圭コンジローマです。ヒトパピローマウイルス(HPV)によって引き起こされるこの病気は、ちょっとした皮膚と皮膚の接触だけで感染するだけではなく、尖圭コンジローマの患者さんを診察したベッドのシーツを変えないまま次の患者さんを診察するとうつる可能性があるので、必ずシーツを換えたり、診察や治療をする際には手袋を着用したりすることは医療関係者の常識です。
 では感染力が強い淋菌の際にはどうしているのでしょうか。もちろん尿道の分泌物を採取する際には手袋を着けることや診察台の周囲に付着しないことを注意しますが、それほど神経質にならない理由は淋菌とHPVが感染する場所の違いからです。男性の場合、淋菌は尿道に(もちろん、さらに侵入して前立腺や精巣上体等にも)感染しますがそもそも淋菌性尿道炎の患者さんの尿道から出た淋菌が次の患者さんの外尿道口に付着するような診察の仕方はしません。淋菌性結膜炎や淋菌性肺炎というのもありますが、目に、肺に前の患者さんの淋菌が到達する可能性は排除しているつもりです。しかし、HPVは皮膚から皮膚、皮膚からシーツを介して皮膚への感染ですので、院内感染対策は厳重に行う必要があります。

●『子宮頚がんとHPV』
 子宮頚がんがHPVの長期の持続感染の結果であることが明らかになりました。さらにHPVが子宮頚部に達するのは男性とのセックスの結果であることも共通認識されています。私もメンバーになっている「子宮頚がんを考える市民の会」のHPにも20歳代前半までの人は性交渉を経験してから3年以上たっていれば子宮頚がん検診を受けましょうと推奨しています。しかしこのHPでは「HPVは性交渉の経験のある女性であれば、誰でも感染したことがあると考えられているとてもありふれた存在です」という表現はあっても「子宮頚がんが性感染症です」という直接的な表現は避けられています。
 確かに「性感染症」という呼称は必ずしもポジティヴな印象だけではなく、長年にわたって染みついてしまった陰湿なイメージがあるのでしょう。「性病」から「性行為感染症」、さらに「性感染症」と呼び方は変わっても人の印象というのは簡単には変わりません。これは「性」を介して「人」から「人」にうつるということから性感染症になった人は必ず「元カレ」の「元カノ」の「元カレ」の「元カノ」のといったいわゆるセクシュアルネットワークの中の一人であるという烙印を押されるためではないでしょうか。本人はそのネットワークの一番端っこにいても印象としては不特定多数の人とのセックスが行われているネットワークの一員というレッテルが貼られてしまうことを嫌っているのだと思います。しかし、HPVは童貞と処女でうつしあう可能性があり得ました。

○『童貞の性感染症?』
 HPVが院内感染するという常識をもう少し掘り下げて考えてみると、「HPVは人が住んでいるところにいた経験のある人であれば、誰でも感染したことがあると考えられているとてもありふれた存在です」ということになります。HPVにはいろんなタイプがありますが、HPVがいわゆる疣(イボ)の原因でもあることから皮膚を含めたいろんなところにHPVが存在することが理解できます。真性包茎という包皮が剥けず亀頭部が全く露出できない状態の人がHPVによる陰茎がんになるリスクが高いということは常識ですが、これも子宮頚がんと同じHPVの長期の持続感染の結果です。では包皮内にどうやってHPVが入るのかといえばパートナーの女性からももらう場合もあるでしょうが、皮膚にはHPVがいますので、それが何らかの拍子に包皮内に入ってしまえば持続感染が起こることは容易に想像できます。しかし、この場合、この男性が感染したHPVは性感染症でしょうか。違いますよね。童貞の方がHPVを包皮内に入れて陰茎がんになる可能性は十分あります。

●『童貞とのセックスで性感染症』
 よく「相手がセックスの経験がなければその人とセックスをしてもHIVに感染しませんか?」と聞かれます。もちろん、相手が輸血、薬物の回し打ち、刺青等で感染していればその人が童貞であってもその人とのセックスでHIVに感染する可能性はあります。同じように、例え童貞であっても、真性包茎ではなくても、その男性が人の住んでいるところで生活をしていればペニスにHPVを持っている可能性があります。すなわち、HPVは相手が性体験がなくても感染している可能性があるということですので、「童貞とのセックスでHPV感染」という事態があり得ます。

○『コンドームでうつすHPV』
 前立腺や精液中にHPVが存在するため、HPV感染予防にコンドームがある程度役に立つことは明らかです。さらに男性の亀頭部や陰茎の皮膚にHPVが存在する場合、コンドームでそのHPVを覆ってしまえば女性が接触することがないので感染予防が可能です。しかし、HPVがコンドームの覆っていない男性の皮膚やコンドームが接触する女性の外陰部を含めた皮膚に存在する場合、たとえコンドームをつけていてもコンドームの表面に付着したHPVが性行為で子宮頚部に運ばれてしまう可能性もありますのでコンドームの使用はHPV感染を100%予防することはできません。このややこしい話を丁寧に説明すると、男性がコンドームをつけていても、女性の外陰部にいたHPVがコンドームの表面に付着してしまうと、もともと女性が持っていたHPVが子宮頚部に運ばれて女性が感染することが考えられます。この場合は女性の皮膚から男性が装着したコンドーム経由で女性の子宮頚部にはこばれたことになりますので、これは一応性感染と考えるべきでしょうし、コンドームでうつしたHPVということになります。

●『正確な記述の難しさ』
 「子宮頚がんを考える市民の会」のHPの記載に「ヒト・パピローマウイルス(HPV)は性交渉により感染します」と書かれていますが、本当に正確に表現しようとすると「子宮頚がんの原因となるヒト・パピローマウイルス(HPV)は性交渉により感染しますが、男性のパートナーがHPVに感染していたとしてもその人は必ずしも性交渉で感染したとは限りません。さらに男性のパートナーがHPVに感染していなくても、女性がその男性との性交渉でHPVに感染する可能性があります。また、女性同士の性交渉でもHPVに感染する可能性があります。」とするべきなのでしょうか。「童貞と処女の性感染症」もありますので、いろんなパンフレット等の記述を変えなければいけませんが、正確さを期すがあまり、伝えたいことが伝わらないということもよくあります。言葉は難しいですね。