紳也特急 190号

~今月のテーマ『ソーシャルキャピタルで他人事意識解消』~

○『考えるきっかけ』
●『成功と失敗に学ぶ』
○『信頼・お互い様・ネットワーク』
●『お互い様で自分事』
○『HIVの診療拒否、受け入れ拒否はなぜ起こるのか』

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○『考えるきっかけ』
 今回、岩室先生の話を聞いて、家に帰ってから、生きるということ、AIDSのこと、友人関係、とにかくいろいろなことを考えました。性についての授業と聞いていたので、それについてばかりの話だと思っていたので、こんなにいろいろ考えることになるとは思いませんでした。たくさんのことを考えるきっかけを作ってくれてありがとうございました。
 避妊についてですが、失敗したら傷つくのは女性の方だと思っていて、でも避妊は基本的には男性がするものだと思っていました。傷つくのは自分なのに相手任せにするなんておかしな話だと思いました。家に帰ってからまず先生のHPを見て、YouTubeでコンドームの装着法の動画を見ました。でも、どんなにしっかり装着したとしてもゴムであるのだから破れてしまうこともあるという話を聞いてとても怖いなあと思ったし、つければ大丈夫なんて、そう簡単にしていいことではないのだと改めて思いました。
 大学生にもなれば付き合っている人がいればその人とセックスするのが当たり前かと思っていましたが、先生の話を聞いて考え直しました。セックスをすると聞いて妊娠したら困るということはいつも思いますが、病気になるかもしれないということも考えたことはほとんどなかった自分を恥ずかしく思いました。そのうち自分も彼氏とセックスしようと思っていたのですが、ちゃんと話をして、いろいろ考えてからにしようと思い改めました。純潔でいるのも素敵ですね。
 とにかく今回は私たちに考える機会をいろいろと与えてくれてありがとうございました。たくさんのことを真剣に考え、広い友好関係を作り、人間としても心を病まずに生きていきたいと思います。これからもたくさんの人に先生の考えを広めていって欲しいなと思います。
 私の話が考えるきっかけになったのをすごくうれしく思いました。
 「エイズは他人事ではない」という言葉をどんなに力を入れて訴えても、データを駆使して訴えてもほとんどの人の心に響くことなく、他人事意識はそのままになってしまいます。しかし、この学生さんのように自分事としてとらえてくださった理由、原因はどこにあるのだろうかと考えていた時に、陸前高田市の菅野利尚民生部長が、「岩室さん、ソーシャルキャピタルに関する研究班の資料を使っていいかな」と声をかけてくださいました。「もちろんOKですよ」と返事をしつつ、どこに興味を持っていただけたのかを確認したところ、ソーシャルキャピタルの醸成に他人事意識の解消法のヒントがありました。 そこで、今月のテーマを「ソーシャルキャピタルで他人事意識解消」としました。

『ソーシャルキャピタルで他人事意識解消』

●『成功と失敗に学ぶ』
 HIVの患者さんの高齢化は今後避けて通れない問題になっています。実際、私が診ている患者さんでも認知症になり、施設のお世話にならなければならない方もいらっしゃいます。ただ、医療機関でさえも診療拒否が出る状況の中で、施設で受け入れてもらう状況をつくることは必ずしも容易ではありません。幸いにも私の患者さんはある施設では上手に受け入れられた一方で、別の施設では2回目以降の受け入れを拒否されるという事態になりました。1回目はOKだったのに2回目以降を拒否された理由を検証してみると岩室自身がソーシャルキャピタルの研究班員であったことを恥じなければならないと反省しきりでした。
 最初の施設で受け入れてもらう際に、私は講演をするだけではなく、主たる職員の方と顔が見える関係性を構築し、患者さんの様子を見に直接お邪魔したりしていました。もちろん、施設で困ったことがあった場合は職員の方が直接私の携帯やメールに連絡をする体制もとり、実際に何度も電話もメールもありました。しかし、もう一つの施設にはドクターもおり、私が行った研修会を受講できなかった職員の方にも私の資料を使ってその先生がお話をしてくださいました。そのため、実際に職員の方が私に直接連絡をされることも、私が再度お邪魔することもありませんでした。このことが結果的に2回目以降の受け入れ拒否になったと反省しています。

○『信頼・お互い様・ネットワーク』
 厚生労働省は健康づくり運動を全国的に広めるため、健康日本21(第2次)を推進していますが、その中で「ソーシャルキャピタルの醸成」を大きな柱としています。ソーシャルキャピタルの日本語訳は「社会関係性資本」ですが、要は「人と人との絆」や「人と人との支え合い」のことです。ソーシャルキャピタルが醸成された効用として、健康面では健康行動が活発化し、喫煙率が低下し、自殺も減り、最終的には総死亡率も低下するということが明らかになっています。ただ、東日本大震災の後にさんざん言われた「絆」にしても、正直なところ、感覚的にはわかるけど、で、「どうすれば絆が強くなるの?」という思いはないでしょうか。実はソーシャルキャピタルについても同じような思いを持っている人が少なくありません。ただ、今回、敢えてこのような言葉を紹介したのは、その理解を通して、健康教育、性教育、他人事意識の解消法などにつながるヒントがあったからです。
 ソーシャルキャピタルをわかりやすく言うと「信頼」、「お互い様」の精神、「ネットワーク」が存在する状況です。先に紹介した私の成功例は、(岩室と施設の職員間の)信頼と、(エイズ拠点病院と受け入れてくれた施設との間の役割分担を確認した上での)お互い様の精神と、(それらを可能にする情報ツールと対面による双方向の)ネットワークの存在があったソーシャルキャピタルが醸成されたと言えます。一方で失敗例は、(岩室と施設の職員間の)信頼を勝ち得る努力不足の結果、(エイズ拠点病院と受け入れてくれた施設との間の役割分担を確認した上での)お互い様の精神ができあがらないまま、(それらを可能にする情報ツールの活用や対面による双方向の)ネットワークづくりもされないまま、結果的に「拒否」となりました。

●『お互い様で自分事』
 他人事意識を解消するにはまずは、相手が抱える課題について「お互い様」と思えることが大事ですが、そのためには、相手側を「人」として認識する必要があります。しかし、HIV/AIDSの医学的な説明だけではそこに「人」は存在しません。私は性教育、エイズ教育では「事例」が大事と言っていますが、結局のところ病気を抱えた「人」が存在しなければ、聞き手が「お互い様」と思える状況は作れません。
 その次に大事になってくるのがその話の中に「信頼」が存在することです。私が「全くバカな患者で、コンドームを使わなければHIVに感染するのは当たり前だよね」と言えば、私が患者さんに対して「お互い様」も「信頼」もないことが聞き手に伝わります。しかし、「岩室紳也が今感染していないのはむしろ偶然の状況だった」という思いで、「ここにいる皆様には可能であれば予防して欲しいし、万が一感染したらもちろん受け入れてあげますよ」と伝えることで私に対する「信頼」が生まれるようです。先の大学生がいろんなことを考えてくださるようになったのもこの「信頼」がどこかで生まれ、その結果として「お互い様」と思えたからではないでしょうか。
 大学での講義を実現してくださったのはこの大学の先生と知り合うきっかけをくださったあるネットワークのおかげでした。このように「お互い様」、「信頼」、「ネットワーク」というキーワードを意識し続けることで健康教育が効果的なものになっていき、そのことをないがしろにするとネットワークが壊れ、結果的に思いが伝わらず、「知ったことではない」となることを改めて思い知らされました。

○『HIVの診療拒否、受け入れ拒否はなぜ起こるのか』
 あらためてこの課題を検証すると、診療をしている、受け入れているところには「お互い様」、「信頼」、「ネットワーク」が存在し、診療拒否、受け入れ拒否のところには「お互い様」、「信頼」、「ネットワーク」が存在しません。このことは別にHIVだけの問題ではなく、障がい者、性的マイノリティーをはじめ、ノーマライゼーションということが言われ続けている全ての分野に共通しています。
 「お互い様」の気持ちが育つには、自分自身が失敗や理解されないといった辛い思いを数多く経験し、失敗する、辛い思いをする自分という事実を受け入れざるを得なかった経験を繰り返ししている必要があります。自分自身が失敗しない、あるいは失敗していてもそのことを無意識の内に自分の意識から消し去っている人は、失敗する相手を受け入れられないまま、「どうして私が診なければならないの」となります。
 最近は人を「信頼」できない時代になっています。私も長く公務員をしていましたが、マスコミだけではなく、選挙でも相変わらず行政叩き、公務員叩きが横行しています。行政改革、機構改革、政治改革の名の下で、本質を見ずに目先の自分の業績づくりに一所懸命になっている人があまりにも多いと思いませんか。そしてその人たちは結果的に、「信頼」も「お互い様」も「ネットワーク」も切り崩しているとしか思えません。ソーシャルキャピタルが醸成された結果の効用として行政効率や町おこし、防災、治安、防犯の向上にもつながることは明らかになっていますが、その状況に逆行している日本はこのままでは本当におかしくなることでしょう。
 「ネットワークづくり」の逆がいつも指摘している「関係性の喪失」です。つながりを拒否する風潮が当たり前になっている今の日本でこそ、ソーシャルキャピタルの醸成を意識した取り組みが必要なようです。
 これからは他人事意識の解消も、HIV患者さんの受け入れもソーシャルキャピタルの醸成と言う視点で推し進めたいと思いました。