紳也特急 20号

〜今月のテーマ『感染症との共生(結核編)』〜

●『安部英無罪が意味するもの』
○『読者からの質問』
●『感染症との共生(結核編)』
○『結核菌はみんなの病気』
●『感染と発病の違い』
○『免疫のありがたみと限界』
●『「隔離=予防」という誤解』
○『「予防接種」という誤解』
●『共生に向けた発想』
○『結核との共生にむけた7ヵ条』

◆CAIより今月のコラム
「海への回帰」

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●『安部英無罪が意味するもの』

 同じ医者として恥ずかしい。そして、このような司法判断をしてしまう司法制度に法を委ねていることも問題なのでしょう。超難関の司法試験を通るには「常識」というものを捨てて、法律書に沿った判例をつくり出す能力が求められているのでしょう。そのような人が判断すれば当然の事のように「無罪」なのでしょう。
 人間にはミスはつき物です。ついやってしまった、といった失敗もあります。コンドームなしのセックスだとHIV感染の可能性ありとわかっていてもコンドームを使わずに感染してしまうことだってあります。そう思えれば、セックスで感染した人を差別したり、敬遠することもなくなるはずです。私は講演する時はコンドームの達人講座をしつつも、そのような人達が受け入れられる雰囲気づくりのために「でも、わかっていても感染したらどうぞ僕の外来に来て下さい。頑張って治療しましょう」と話すようにしています。
 しかし、「誰にだってあり得ること」というのと今回の判断は違います。判決が有罪と認めつつ執行猶予がついたのであれば世間も納得したと思いますが、無罪はひどい。安部さんが無罪だとすれば仕事に責任を取る必要はなくなってしまうのではないでしょうか。
 今回の判断でエイズ教育が歪みそうで心配です。薬害エイズは犯罪的な事件であったとして決着していたはずが、防ぎようがなかった事件となり、その理由を追求する授業が多くなり、性感染のエイズを取り上げなくなる人が増えるのではないでしょうか。ちょっと心配し過ぎでしょうか?

○『読者からの質問』
「彼氏は真性包茎ですがコンドームの装着はどうしたらいいですか」という彼女の方からの相談を受け、頭の中が「真性包茎にコンドーム???」でパニックになっていました。実際のところどうなのか、また、この質問にはどう答えるのが良かったのか。

岩室
「真性包茎は仮性包茎になるまでセックスをするな」が結論です。真性包茎はコンドームが外れやすいのでセックスの途中で脱落する危険が高くなります。

今月の話題は
●『感染症との共生(結核編)』
 性教育やエイズ教育をしつつ、保健所で結核、赤痢、O157、等、様々な感染症に関わっていると感染症には「予防可能」なものと「予防不可能」なものがあることに気がつきます。(誤解のないように薬害エイズはすべてとは言えませんが「予防可能」であったと思います。)感染症のすべては予防しきれない、感染症と共に生きるという発想が重要であることが理解できないと、感染症を持った人を偏見の目で見たり差別したりします。HIV/AIDSで偏見や差別が広がったのは決してHIV/AIDSだけの問題ではなく、感染症というものを理解していないためだと思います。そこで今回は「感染症との共生」について結核を例に書きたいと思います。

○『結核菌はみんなの病気』
 今、日本にどれだけ結核菌に感染している人がいるかご存知ないと思います。皆さんのまわりにどれだけ感染している人がいますか。現在、結核菌を持っている人は20才人口の2%、40才で10%、60才で約50%、80才以上なら70%以上になります。高齢者が多い施設に勤めている方は毎日接している人の半数以上が結核菌を持っていると聞いてどう思いますか。私、大丈夫???その人たちを治療する必要がないの、等々、パニックになりそうですよね。しかし、大丈夫です。何より皆さん自身、今肺結核を発病していないですよね。

●『感染と発病の違い』
 HIV/AIDSでよく言われることですが、病原体(HIVや結核菌)に感染することと(AIDSや肺結核を)発病することは違います。ただ、HIVと結核の違いはHIVは感染後何の治療もしなければほとんどの人が発病するのに対して、結核の場合は感染して治療をしなくても肺結核(肺に結核の陰や咳が出て、重症になると排菌する)を発病する人は6分の1の確率です。すなわち、結核菌に感染した人の80%以上の人は咳も出なければ胸に影もでません。さらに発病までの期間は2ヶ月から2年と差があり、発病しても自然に治る人もいます。病院で「胸に古い影がありますね」と言われ「身に覚えがない」と思った人もいるはずです。実は気がつかないだけで周囲に結核菌に感染している人は多勢います。

○『免疫のありがたみと限界』
 結核菌に感染しても発病しないのは「免疫」のお陰です。しかし、結核菌に対する免疫力は発病を押さえることは出来ても、実は結核菌をすべて死滅させるわけではありません。結核の治療をしても体内の菌はゼロになるわけではありません。すなわち、一度結核菌に感染した人は終生体のどこかに結核菌を持ちつづけているということです。そして、例えばAIDSを発病する、糖尿病になる、抗がん剤やステロイドを使う、というようなことで免疫力が低下すると免疫力で押さえられていた結核菌が増えて肺結核等を発病してしまいます。結核菌を持っている高齢者の方が加齢と共に免疫力が低下して結核を発病するのは当然のことであり、やむを得ないことです。発病しても排菌する前(発病から排菌まで数ヶ月)に発見すれば周囲の人への感染を防ぐことができますので高齢者の方は定期検診と咳が出たら早めにX線検査を受けることをお勧めします。

●『「隔離=予防」という誤解』
 感染症と聞けば「予防対策」が浮かびます。予防で一番効果的なのが感染している人と接触しないことで、肺結核患者が排菌している場合は結核予防法で排菌が止まるまで隔離入院になります(隔離入院の間の医療費は公費で全額面倒を見ます)。隔離が必要な感染症は現在の日本ではほぼ結核だけですが、幸い結核も治療をすれば数週間で退院できるようになります。ちなみに、結核菌は空気感染(飛沫核感染)ですから、食器や寝具等は消毒する必要はありません。

○『「予防接種」という誤解』
 予防接種(BCG)も予防対策の1つですが、BCGは結核予防の効果があまりないということがわかってきました。乳児にBCGを接種すると重症な結核性髄膜炎を発病する可能性を低減することは明らかになっています。しかし、大人の肺結核を予防することは出来ません。「えっ! じゃどうして小学生、中学生にBCGをしているのですか?」と思いますよね。法律に明記されていることと、BCGは効果があると主張する専門家もいるため未だに継続されています。

共生に向けた発想
 あなたの周囲で排菌している結核患者(Aさん)がいるとわかったらどう思うでしょうか。Aさんと一緒にいたわけですからうつっている可能性があります。しかし、Aさんと接触があったから検診を受けると思うと「Aさんさえいなければ」、「Aさんにうつされたかもしれない」と思ってしまいます。実はこの発想はちょっと被害妄想的です。Aさんもまた誰か(Bさん)から感染したわけです。もしかしたらあなたとAさんが一緒にBさんと接触したかもしれません。「Aさんが発病したということは私も感染している可能性がある。でも、Aさんが発病したので私は排菌する前に早期発見できるかもしれない」と思えればAさんに感謝するという全く逆の発想になります。

○『結核との共生にむけた7ヵ条』
1.生後早いうちにBCGを接種して結核性髄膜炎を防ぎましょう。
2.免疫力が下がらないように気をつけましょう。
3.免疫が下がったら定期的に胸部X線検診を受けましょう。
4.2週間以上続く咳が出たら胸部X線検査を受けましょう。
5.周囲に結核患者がいたら自分も検査を受けましょう。
6.周囲に結核患者がいたらその人に感謝しましょう。
7.誰でも年に1回は胸部X線検診を受けましょう。

◆CAI編集者より今月のコラム
「海への回帰」  

春になると必ず行きたくなるところがある。そこは・・・海だ。
 きっと、これを読まれている方々の中には、春に何もない海に行きたいだなんて、おかしなことを言う奴がいるもんだとお思いの方もいらっしゃることだろう。
 自分自身、なぜ自分は春になると海に行きたいという衝動にかられるのか、実のところよくわからない。だが、この衝動こそ、本能とよべるのではないかと思う。
 こう述べてしまうと、私をキザな奴とお思いになる方がいるかもしれないが、私がこう思うのもちゃんとした理由がある。
 ある雑誌に書いてあったことなのだが、どうやら、海水の状態とヒトが生まれる前に過ごしていた母親の羊水の状態が似ているらしい。(もしかしたら、嘘かもしれないので、この真実は岩室先生にうかがってみましょう)もし、この事実が正しいとすれば、母親の体内温度と同じような、暖かな春の日差しのなかで海を感じることで、自分自身、母胎回帰しているのではないかということになる。
 きっと、私が春になると海に行きたくなるのも、今までと違った自分でこれから始まる新しい生活を送るために、いままでの自分と別れるために、つまり、生まれ変わるために、私を、母胎回帰するための海へ誘うのではないだろうか。
 春。始まりの季節。新たな自分で新生活を送りたいという方、是非、海に行ってぼんやりと時を過ごすのはいかがでしょうか。

                                   Y.K