紳也特急 233号

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~今月のテーマ『性犯罪の予防を考える』~

●『あけましておめでとうございます。』
○『専門性とは』
●『排除しかできない日本人?』
○『「性」の難しさ』
●『加害者になる人、ならない人』
○『男はオオカミではなくライオン?』
●『犯罪と本能は紙一重』

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●『あけましておめでとうございます。』
本年もよろしくお願いします。

朝日新聞の「フロントランナー」に!
 昨年の12月1日の世界エイズデーに朝日新聞の「フロントランナー」欄で取り上げていただきました。レッドリボン越しのカラー写真だけではなく、大勢の生徒さんが手を挙げている群馬県草津町立草津中学校での講演風景に加え、ケニアの小学校に入学した時の写真まで掲載した2ページにわたる記事でした。多くの人から「読みましたよ」とお声掛けいただきました。
 一方で私の外来に来る大人たちは子どもの保護者が多く、その世代は新聞を読んでいないからか、反応はほとんどありませんでした。Googleで「年代別新聞購読率」を調べると、20代で7.4%、30代で16.6%でした。朝日新聞のシェアが全新聞の28%なので外来での反応はうなずけます。ちなみに私の年代でも59.9%です。
 反応の中で一番うれしかったのが、外来に通っているHIVの患者さんが「いつも先生がおしゃっていることそのままでしたね」というものでした。私自身の活動が多岐にわたるため、取材してくださった記者の方もどうまとめるかでご苦労されたと思いますが、本当に上手にまとめていただきました。ありがとうございました。
 多岐にわたる活動の中で、昨年は違法薬物使用者への関りが増え、「つながりから考える薬物依存症」を出し、警察や性暴力被害者支援団体の依頼で性犯罪や性暴力に関する講演もさせていただきました。しかし、性犯罪や性暴力に関われば関わるほど、予防の大切さと性犯罪、性暴力に向き合う難しさを感じていました。そこで2019年1月のテーマを「性犯罪の予防を考える」としました。

『性犯罪の予防を考える』

○『専門性とは』
 多岐にわたる仕事をしながら、いつも「岩室の専門は何か」を自分に問い続けています。「自殺対策もやっています」というと、多くの人に「精神科医でもないのに?」という目で見られるので、自分から「精神科医は精神科疾患の治療のプロです。うつで自殺企図がある人の治療の専門家ですが、自殺予防のプロは公衆衛生医です」と説明しています。
 警察官の仕事は犯罪者を逮捕、検挙することですが、犯罪を予防するプロではありません。裁判官は犯罪者に刑罰を与えるプロですが、やはり犯罪を予防するプロではありません。厳罰化で犯罪を抑止しようという考え方がありますが、本当に厳罰化で犯罪が抑止できるのでしょうか。「平成」が終わる前に「駆け込み需要」ならぬ「駆け込み死刑」が行われたと報道されていますが、果たしてこれらの死刑執行がどれだけの犯罪を予防したのでしょうか。

●『排除しかできない日本人?』
 先日NHKで、オウム真理教がサティアンを構えていた上九一色村を管轄していた保健所の薬剤師さんが「オウムの人たちは他の人とつながっていなかったように感じた」とコメントしていました。犯した罪を下された刑罰に従って償うことは当然ですが、犯罪被害者の傷は永遠に消えません。だからこそ、刑罰による抑止に加え、なぜオウムの人たちが大量無差別殺人をするに至ったかを考え、犯罪自体を予防する視点を持ち、そこを考えるプロを養成することが急務です。
 しかし、日本人一人ひとりが警察官、裁判官になるだけで、犯罪者に学ぶことをしないまま、加害者の排除しかできないのであれば、被害者は増え続けるだけです。

○『「性」の難しさ』
 性暴力の問題はもっと複雑です。広辞苑第七版で「性暴力」は「主に女性や幼児に対する、強姦や性的ないたずら、セクシャル‐ハラスメントなどの暴力的行為」と書かれていますがこの記述自体が男性の性暴力被害者の二次被害を作り出しています。さらにセクハラなどは「どこまでが」といった線引きの議論になりかねないため、敢えて今回は「性犯罪」を中心に考察してみました。
 2018AIDS文化フォーラム in 横浜で「男が痴漢になる理由」を書いた斉藤章佳さんと話す機会をいただきました。斉藤さんは精神保健福祉士として大勢の痴漢で逮捕された人たちと関わる中で、その人たちが家庭でも、学校でも、職場でもいい子を、いい人を演じ、そのストレスから逃れ、自己実現をした結果が痴漢という犯罪行為だったと教えてくださいました。従来から「犯罪予防は健康づくりから」と言い続けているので、岩室個人としては「ガッテン」していました。
 ところが先日、性暴力被害者支援をしている人たちに話をした時、斉藤さんの話をしたら、会場から「斉藤さんは加害者を弁護する立場で、法廷で証言をされたのです。被害者のことを考えると絶対許せません」という声をいただきました。私の推測ですが、斉藤さんはおそらく事実関係に関してではなく、性犯罪加害者の心理に関する証言をされたのだと思います。しかし、その方は「悪いものは悪い」、「被害者心理を考え弁護いらない。厳罰に処するべき」という、日本の法律を無視した裁判官の立場でした。もちろん加害者が悪いのですが、自分たちで法律を決めたのであればその範囲内で生きていくしかありません。気に入らないなら法律を改正するように働きかけたり、自らが立法府に入ったり、関わったりする中で自分が思う方向性を打ち出すしかありません。

●『加害者になる人、ならない人』
 中高生にも当然のことながら性犯罪者は存在します。盗撮、裸写真のネットばらまき、痴漢、デートレイプ、強制性交などは全て犯罪だという知識を伝えても、その知識だけで犯罪は予防できないと考えています。そのため、私は「答えを与える講演」ではなく「問いかける講演」を行っていますが、次のような感想がありました。

「絶対にばれないとしたら性犯罪を犯すか」という質問に非常に衝撃を受けました。人間の善悪の判断基準となるものは他人の目という非常に不安定なものなのだと知らされたような気がした。(高2男子)

 他人の目を意識できる人と意識できない人の違いは、そもそも他人の中で常にその集団がどのような社会を求めているかを繰り返し経験するしかありません。昨今、他人とつながることを厭う、絆(ほだし)を嫌う人が増えています。ほだしの意の中にある「束縛」があるからこそ、その社会の中で暮らしていくために求められる行動とは何かを動物たちが教えてくれています。

○『男はオオカミではなくライオン?』
 「男はオオカミなのよ、気を付けなさい」というキャンディーズの歌は間違っています(笑)。ライオンでした。ライオンは、一頭のオスライオンがリーダーとなったpride(プライド)という群れの中で、複数のメスライオンが子育てをします。ところがリーダーのオスライオンを蹴落とす別のオスライオンが現れると、新しいリーダーは自分の子孫を残すためにプライドのメスたちとの性交を求めます。しかし授乳している、子どもにおっぱいを与えているメスライオンは発情しません。そこで新しいリーダーとなったオスライオンは子殺しをし、メスを発情させ、目的を達成します。自分の子どもを殺されたメスライオンは新しいリーダーに逆らうのではなく、それを受け入れて子どもを育てます。これがライオンの社会です。
 一方でオオカミは雄雌が入り混じった集団で生活します。一番の理由は集団で暮らしていなければ天敵であるトラやヒョウ、クマから自分たちの命を守れないからです。ライオンのような子殺しをすれば、当然のことながら血の匂いが周囲に流れ、天敵たちに見つかってしまいます。もちろん自分たちの食事のための狩りはするでしょうが、天敵に見つかる行為は最小限にするということを集団で学習していると思われます。「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」と言い続けていますが、オオカミもライオンもそれぞれが作り上げてきた社会に学んでいます。

●『犯罪と本能は紙一重』
 ライオンが子殺しはオスの本能的な欲望(性欲)を体現した結果です。これを人間にあてはめれば、人間男子は本能的欲望(性欲、射精欲)を満たすためであれば、相手を殺した後にレイプに及ぶことも考えられますし、実際、そのような事件は後を絶ちません。
 #MeToo運動の広がりで、性暴力被害の実態が明らかになり、いわゆる泣き寝入りが減ることが期待されます。性暴力、性犯罪は絶対に許されませんが、#MeToo運動が広がってきた今だからこそ、糾弾だけではなく、予防について真剣に考える必要があるのではないでしょうか。児童虐待が減らないのも、予防の取り組みがほとんどされず、通報しかやらないからです。今こそ性犯罪、性暴力の予防に力を入れなければ今後ますます被害者が増え続けるだけです。
 で、誰が、どのように予防をすればいいのでしょうか。キーワードは「社会性の回復」だと思います。誰もやっていない分野だからこそ、できる人が、できることを、できるところから取り組み、その情報を共有し続けましょう。
 本年もよろしくお願いします。