紳也特急 245号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『HIV対策のブレイクスルー』~

●『生徒の感想』
○『薬の劇的な進歩』
●『U=U』
○『90-90-90』
●『どこでも検査を』
〇『HIV感染症の医療費』
●『PrEP』
〇『教科書にゲイを!』
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新年、明けましておめでとうございます。
 昨年も相も変わらずいろんなことに首を突っ込み、いろいろと考え続けさせていただきました。本年も試行錯誤を続けたいと思います。
 新年早々、FMで「THINK ABOUT AIDS」に出演します。
 1月1日18:00-18:55 FMとやま
 1月3日19:00-19:55 広島FM
 ぜひ聞いてください。

●生徒の感想
 本日は講演会をしていただき、ありがとうございました。前からどんな話が聞けるのか楽しみにしていました。思ったより数倍楽しくて、とても良いことを聞いたなあと思いました。包茎友の会会長に任命していただきありがとうございました。AVについて質問できたのでうれしかったです。依存について良く知れてよかったです。覚せい剤を使う人は、おかしい、バカだなと思っていましたが、先生の話を聞いて、そういう人に対してかわいそうと思いました。ちゃんと話を聞いてあげないといけないと思いました。(中3男子)

 私は今までにもこういった「講演会」を聞いてきました。でも、どの講演会も性に関するワードがにごされていて、自分の中でどこか「大人ってそんなもんだよな」、「大切な話って言ってるだけで、本当は自分で言うのもはずかしいんでしょ」、「今の世の中、そういうことを言ったらダメだもんね」と思っていたところがありました。でも岩室先生は私の中のイメージを思いっきりぶち壊していきました。ためらうこともなく、ありのままの言葉で私たちに教えてくださったり、笑う人に向けて「それは違う!」と言っていた姿に、すごい人が来たな!と思いました。(中3女子)

 岩室先生はとても広い視点を持っている人でした。一つの物事に対して、世間の意見や社会の風潮に独自の意見と考え方で見ることができていました。僕も一つのことには様々な視点で考えるようにはしていますが、岩室先生の視点は初めてでした。それはなぜかと講演後考えていました。僕の結論としては、岩室先生はそのような視点で考えさせられる経験をしていた。僕はしていなかったというものでした。まさに「経験していないことは他人ごと」だったわけです(高1男子)
 
 私は岩室先生に「二次元しか好きになれないのですが、なにか具体的な解決法などありますでしょうか?」という質問をしました。先生の答えは「画面の女の子に触れていると虚しく感じられるのではないだろうか」というお答えをいただきました。帰ってから実践してみたのですが、虚しく感じるどころか、更に推しがかわいく思えてしまったという結果で終わりました。ですが、先生の話を聞いて、リアルにも少し希望を持てたので良かったです。(高1男子)

 今後の“性活”に活かしたい話でした。(中3男子)

 バーチャルYouTuberの由宇霧さんのチャンネルでコラボされていた動画を見ていて、この講習の前にもいろいろ勉強させていただいていました。(高1男子)

 生徒さんの反応はいつも勉強になります。一方で大人たちは頭が固いのか、こちらの伝え方が悪いのか、なかなかこちらの発信に対して反応してくれません。ところが、HIV/AIDS対策について医療費の観点から指摘をしたところ、非常に興味を示していただきました。また、ちょうど同時期に医学書院の「公衆衛生」という雑誌でHIV/AIDS対策の特集を企画する機会をいただきましたので、改めて2020年以降のHIV/AIDS対策について考えたいと思いました。そこで新年のテーマを「HIV対策のブレイクスルー」としました。

HIV対策のブレイクスルー

〇薬の劇的な進歩
 今回のテーマをHIV/AIDS対策ではなくHIV対策としたのも、AIDSという状態になった人への対応方法はほぼ確立されているのですが、HIVとの向き合い方についてはまだまだ多くの議論が必要と思ったからです。
 今年で27回目を迎えるAIDS文化フォーラム in 横浜(2020年8月7日(金)~8月9日(日))ですが、この四半世紀の間に大きな変化が起こっていました。ところが、人間は不思議と過去に強烈な印象を叩き込まれると、その呪縛からなかなか抜け出せないものです。1994年に第1回のAIDS文化フォーラム in 横浜が開催された時は、HIVを今のようにコントロールする薬がありませんでした。後に主流になった3剤併用療法ができるようになったのが1997年のインジナビルからでしたが、1日1500㏄以上の水分を摂取する必要があったり、1999年から使えるようになったエファビレンツは変な夢を見たりするなど、副作用が強く、服用し続けられない人も少なからずいました。ところが、今では一日一回食事に関係なく一錠飲めばいい、副作用の少ない薬も開発され、多くの方がそれほど苦痛なく薬を服用し続けられる状況になりました。

●U=U
 一般的にどのような治療薬であっても、その役割は使っている患者さんのためと考えてしまいます。しかし、最近はU=U、すなわち薬を服用することで、患者さんの血液検査でHIVが検出限界以下(undetectable)の状態になっていれば、その人がコンドームなしでパートナーとセックスをしても相手に感染させない(untransmittable)ということが明らかになっています。
 抗HIV薬で血液中のウィルス量が検出できない程度まで抑えられるということは、当然のことながら他の体液中のHIVも抑えられていることは予想できます。かなり前の話ですが、残念ながら亡くなってしまったパトリックの協力を得て、精液中のHIVを検査したところ、血液同様検出限界以下でした。ただ、検出限界以下と言っても「ゼロ」ではないため、当然のことながら「感染しない」とは言えないというのが常識でした。ところが、海外の複数の報告からHIVが継続的に検出限界以下に抑えられているHIVに感染している人からは、約130,000回のコンドームなしのセックスでパートナーのHIV感染がおこりませんでした。
 検出限界以下であってもゼロではないのになぜ感染がおこらないのかについて、クリアカットな説明はできません。ただ、感染している人が治療中ということは体液中にも服用している薬剤が含まれていることで、相手の体内に入ったかもしれないHIVが相手に感染することを防いでいる可能性が考えられます。いずれにせよ、U=Uは以前だったら考えられない感染予防の視点です。T as P(Treatment as Prevention:治療で予防)の時代になったのです。

〇90-90-90
 U=Uが確立されたことで、HIV対策で重要になるのが、感染している人が本人のためだけではなく、社会のためにも治療を受けることです。例えば咳をすることで結核菌を出し続けている肺結核の患者さんは他の人に感染させる可能性がありますので、入院勧告という形で入院治療の対象となります。
 90-90-90というのはHIVに感染している人の90%が検査を受け、その内の90%の人が治療を受け、治療を受けている人の90%が血液検査でHIVが検出限界以下にコントロールされていることを目指しましょうということです。日本では最新の副作用が少ない薬が使えるだけではなく、様々な制度のおかげで患者さんの負担が少ないため感染が判明した人のほとんどが治療を受けています。また、治療を、すなわち抗HIV薬の服薬をきちんとしていればほとんどの人のHIVが検出限界以下になりますので、日本で一番大事なことは感染している人が検査を受ける環境をどう整備するかということです。ちなみに、日本の状況は最悪でも80-95-95と考えています。

●どこでも検査を
 自治体が実施する保健所等でのHIV抗体検査件数は2018年が13万件でしたが、ピーク時の2008年は17.7万件でした。単純計算で27%落ち込んでいるということになりますが、その間に20~59歳の人口は8%減少しています。この数字を見せると、「検査を受ける人が落ち込んでいるのは担当者の普及啓発が足らないからだ」という指摘になりがちですが、少なくとも「心配な人は、心当たりがある人は検査を受けましょう」という旧態依然とした啓発活動ではだめです。
 そもそもなぜ残りの20%の人が検査を受けないのでしょうか。検査というと初期の頃のいろんな呪縛から、プライバシー、匿名、公的機関(保健所)が実施、と言った思い込みが強くないでしょうか。誰もががんになる可能性があるのに、検診を受けない人が多いですよね。健康診断を受けている多くの人は「職場検診」といった半強制的なものだからです。であれば、HIV検査も半強制的でいいと思います。検査件数が増えれば検査の価格も下がります。もちろん、陽性になった場合、未だにある偏見や誤解から解雇といった事態にならないよう、検査会社が陽性を確認した段階で保健所に連絡を入れ、職場の適切な対応を後押しする制度を構築することも重要です。その際、すべての保健所で人材を確保できないでしょうから、その都度、私のようなHIV診療経験を持つ地域の医師を派遣すればいいと思います。
 
〇HIV感染症の医療費
 これまでの累積HIV感染者数は30,149人。死亡報告数は1,003人。現在治療中の患者は約25,000人。1日に服用する抗HIV薬の値段は約7千円。1年で255万円。検査等々を含めると年間約300万円。年間の総医療費が750億円。国民医療費42.6兆円の0.17%です。昨今の日本の医療費削減はジェネリック医薬品の使用が大きな柱になっていますが、抗HIV薬は日進月歩のため、ジェネリック医薬品が出てきたときには日本ではその薬剤が使われていないことが多く、従来の医療費削減方法での効果は期待できません。
 今は、HIV感染が明らかになるとすぐに抗HIV療法が開始されます。2018年の新規感染者数は1,317人ですので、2018年と同程度の感染者の増加があれば、毎年40億円医療費が増えます。逆に予防活動で年に100人の感染が予防できたら、年間3億円、10年累積で165億円の医療費削減です。

●PrEP
 このようなことをFacebookに書いたら「3億円で100人減らせる方法を示せ」と指摘されました(笑)。もちろん「これ」という特効薬はありませんが、これまでのように、「コンドームを使おう」、「検査を受けよう」と正解を発信するだけではなく、いろんな発想の組み合わせを考える必要があります。その最初が先に述べたように「検査」を受ける人を増やすことです。
 PrEP(Pre-Exposure Prophylaxis:暴露前予防投与)という方法もあります。これはHIV感染のリスクがある性行為を行う前に抗HIV薬を服用することで、万が一HIVが体内に入っても感染を予防することを可能にする対策です。海外では2つの成分が入っているツルバダ配合錠という薬が使われ、1回5,000円でPrEPを実施すると感染するリスクを86%下げられるとされています。

〇教科書にゲイを!
 これら以上に強調したいのが「教科書に男性同性愛の記述を!」ということです。敢えて「LGBTQ等の記述を!」と言いません。あくまでもHIV対策という意味で男性同性愛の人が自分のセクシュアリティときちんと向き合える社会をつくることが何より急務です。しかもこの対策は何と予算を増やさずにすぐ出来ます。
 自民党の皆様。教科書の記述を変えるだけで、マスコミがこのことを取り上げ、確実に毎年100人以上の新規HIV感染者数を、毎年3億円、10年累積で165億円の医療費を減らすことができます。ぜひそのような夢が見られる2020年になることを祈念しています。
 
 本年もよろしくお願いします。