紳也特急 268号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,268  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『医学は公衆衛生の中の一分野』~

●『生徒の感想』
○『健康な社会へ~公衆衛生』
●『推論の積み重ねが公衆衛生の役割』
○『ワクチンの効果が流行を隠蔽』
●『感染経路対策かワクチンかではない』
○『HPVでも感染経路対策とワクチンを分ける必要性』
●『HPVワクチン積極的勧奨再開に向けて』
○『感染経路を完全に断つという選択肢も』
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●生徒の感想
 講演を聞いて、思ったことは先生が思っていたよりも面白かったことです。講演だから先生の話はつまらなくて、長いから正直眠くなるんだろうなーと思っていたけれど、腹が痛くなるほど笑いました。個人的に一番笑ったのは年賀状の下り。しかし、面白いだけではなく、内容もしっかりとわかりやすく、結構強烈に頭の中に残っています。(内容は書きたくないけど)わかりやすく、いい講演だと思いました。(中学3年男子)

 岩室先生の決まり文句みたいなやつ。「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」がすごい印象に残っています。すべての根本なんだなと思いました。(中学3年女子)

 “I love you”のLOVEの意味が「愛してる」なじゃくて「大切、大事」っていう意味で、思ってたのと違ったけど、すごく素敵な意味でいいと思いました。(中学3年女子)

 講演を聞く前は思春期は親に反抗したりするイメージで、あまりよくはないものかと思っていました。だけど岩室先生の話を聞いて、思春期はその人の人格をつくるための大切な時期ということに気づけた。(中学3年男子)

 講師の先生の話し方は、おもしろくもわかりやすく、話の内容がすらすらと頭に入ってきた。母や健康体で私を生んでくれたが、エイズに感染し、不安の中で子を産む母も世の中にはいるんだ、と実感すると同時に、母に感謝したいという気持ちも浮かんだ。(中学3年女子)。

 対面の講演が増え、生徒さんの生の感想をいただくと元気が出ます。一方でマスコミの報道を見ていると相変わらず「オミクロン株」、「ワクチン接種率が日本より高い韓国で感染拡大」といった脅しばかりです。その一方で、なぜ、今の日本でこれだけ感染拡大が収まっているのかのコメントが専門家たちから出てきません。そんなことを思っていたら、Facebookでのやり取りで、神奈川県の保健所の元同僚、元厚生労働省の医系技官、現在精神科開業医の原田久さんが、星旦二先生の言葉を教えてくださいました。「医学は公衆衛生の中の一分野」。ガッテンでした。その言葉を今月のテーマにしました。

医学は公衆衛生の中の一分野

○健康な社会へ~公衆衛生
 共同通信社の依頼で「健康な社会へ~公衆衛生」というテーマで連載を書かせていただき、現時点で徳島新聞、下野新聞、秋田魁新聞、千葉日報が掲載してくれています。正直なところ、医学生時代、公衆衛生の授業は苦手でしたし、将来、公衆衛生の虜になるなんて思ってもいませんでした。それは自分で勝手に公衆衛生を医学の中の一分野と決めつけ、「公衆衛生医」と「泌尿器科医」を天秤にかけていたからでした。しかし、20回の連載を書かせていただく中で、自分が取り組んできた様々な課題は、実は多くの人が手をつけたがらない分野だったことに気づかされました。
 HIV/AIDSの普及啓発活動も診療も、子どもの包茎の手術は不要だということも、PSA検診が過剰治療を生んでいることへの警鐘も、新型コロナウイルスの感染経路対策が浸透していないこともしかりです。裏を返せば、それらに手をつけると奥があまりにも深く、対応も決して簡単なことではありません。さらに様々な批判に立ち向かわなければならない割には、多面的な取り組みをしても成果が見えにくいことばかりだったからでした。実はこのような活動の積み重ねこそが公衆衛生という分野でした。

●推論の積み重ねが公衆衛生の役割
 いま、日本で新型コロナウイルスの感染者数は低いレベルで推移しています。なぜでしょうか。新型コロナウイルスがキスでうつることや、不織布マスクをつけていてもエアロゾル感染予防にはならないことなどが伝わっていなくてもこれだけ抑えられているのは一にも二にもワクチンの効果です。でも、こういうと「ワクチンが効いているというエビデンスは?」と言ってくる人が多いのも事実です。しかし、ワクチンが行き渡らなかった時は感染拡大が繰り返され、第5波に至っては膨大な数の人が感染しました。ところが第4波までと異なり、ワクチン接種率が70%を超えた今、その後増えていない理由として考えられるのが「ワクチン効果」だけです。
 新型コロナウイルスのまん延と同時期に全世代の女性の自殺が増えたことの因果関係を証明することはできません。それでも自殺対策という視点でできることは何かを考え続け、断定的なことは言えなくても、推論されることを、できることを探し、伝え続けることこそが公衆衛生の役割です。

○ワクチンの効果が流行を隠蔽
 ワクチンの効果の基本は重症化予防ですが、重症者、死亡者が減るだけではなく、発症したはずの人が発症せず、無症状のため検査を受けず捕捉されません。さらにワクチンを受けていなければ感染後に大量のウイルスを排出していたはずが、排出するウイルス量が減るため、もらった人も感染しない、あるいは無症状、軽症で済み、やはり捕捉されない。すなわちワクチンで実際の流行を見えなくしてしまっているとも言えます。
 最近、感染が判明している人の中の60歳以上の割合が増え続けており、ワクチンの効果は6か月ぐらいでかなり低下し、3回目の追加接種が必要と考えられます。このままだと未来永劫、年2回接種になりそうです。このように、入手できるデータで、課題と考えられることを検証し伝え続けるのも公衆衛生の役割です。

●感染経路対策かワクチンかではない
 HPVワクチンの積極的勧奨が副反応への懸念から2013年6月から中止されていましたが、2021年11月に積極的勧奨を正式に再開することになりました。しかし、副反応の可能性があることがどのようなことで、どのような頻度で起こったかという事実は広く公開されているとは言えません。
同じ積極的勧奨の対象だった新型コロナウイルスワクチンの場合、因果関係はわかっていないものの、2021年11月28日現在、ワクチン接種者99,653,851人中1,325人の方が、すなわち75,210人に1人が接種後に亡くなられていることが厚生労働省のHPに継続的にアップされています。
 感染症を予防するには「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」を念頭に感染経路対策を行いつつ、体内に入った時の対策としてワクチン接種という選択肢を行使するか否かを個々人が判断することが求められています。しかし、新型コロナウイルス対策では感染経路対策は「3密」といった感染機会のメッセージが主になり、結果的に第4波まで感染の拡大と収束が繰り返されました。このように書いているからなのか、「岩室先生はワクチンに賛成ですか、反対ですか」という質問を繰り返し受けまた。さらに私がワクチンを打ったと知ると、「感染経路対策を推進しているのにワクチンを打つのですか」といった批判をする人までいました。感染経路対策とワクチン接種はまったく別の対策であって、どちらかを選択すればもう一つはしなくてもいいというものではありません。しかし、日本人は二者択一が好きなのか、感染経路対策とワクチンを分けて考えられないことが明らかになったと言えます。これもまた公衆衛生が対象にすべき課題と言えます。

○HPVでも感染経路対策とワクチンを分ける必要性
 先日開催された日本性感染症学会でHPVワクチンの積極的勧奨再開を報告されている医師とのやり取りで新型コロナウイルスワクチンと同じ懸念が生まれました。公衆衛生の役割はHPVワクチンに賛成するとか、反対するといった立場を表明することではありません。全世界で接種が行われ、日本の政府も承認し、今後は積極的勧奨を再開するHPVワクチンを含めて、いま、どのような情報提供が必要かということを考え、伝え続けるだけです。
 WHOのHPにはワクチン以外に
 ・健康教育とタバコのリスクの強調
 ・年齢や文化に応じた性教育
 ・性的に活発な人へのコンドーム教育
 ・男性の割礼
 が出ています。個人的に面白いと思ったのが男性の割礼です。
 WHOは男性の割礼をHIV感染予防対策としても推奨しています。これは包茎の人が包皮内を清潔に保てないと、HIV感染のリスクが高まるという理屈からでした。今回、HPV感染予防でも同じことを言っているということは、男性の亀頭部を清潔にすることがHPV感染予防上重要なことだとWHOも認めているということです。岩室が繰り返し強調していた女性の子宮頸部へのHPV感染予防のために亀頭部のごしごし洗いが大切だと言っていることをWHOも承認してくれたと考えています。ここで「エビデンス」と言わないでください。なぜならそのようなエビデンスを出すような非人道的実証実験などできるわけがありません。

●HPVワクチンの積極的勧奨再開に向けて
 新型コロナウイルスワクチンを接種してもブレイクスルー感染は起きますし、接種した人が亡くなることもありますので、やはり感染経路対策をしっかり学習し、ワクチンを打っても感染経路対策を実践できるようになっていることを目指すのが公衆衛生です。
 HPVはセックスで感染するので、HPVの感染経路がつながるセックスをする前に3回の接種を完了していればいいのです。多くの人がセックスをしていない高1までにすればいいという発想はあまりにも上から目線で、個人が考え選択することを放棄させています。HPVワクチンの効果が10年程度という話もあります。さらに、9価ワクチンは今のところ公費負担の対象になっていませんし、ワクチンを打ってもやはりHPVに感染することを少しでも予防することが求められています。
 ワクチンのメリット、デメリットを強調する方もいますが、ワクチンはあくまでもウイルスに暴露された場合の対策です。その効果を否定するつもりもありませんが、そもそもウイルスに暴露されないようにすることと、暴露されるリスクがない人は慌ててワクチンを打つ必要がないということを申し上げているだけです。しかし、先の日本性感染症学会では積極的勧奨が開始されたら、4価ワクチンであってもすぐに打つべきと言っていましたが、そのような発想の医師がいることを伝えることもまた公衆衛生の役割です。9価ワクチンが使用できるようになるまでセックスをしないという選択肢をがん予防教育として高校で行うことも公衆衛生の役割と考え、私自身、講演を依頼されたところで実践し続けています。

●感染経路を完全に断つという選択肢も
 ワクチンは確かに進化した医学の恩恵です。一方で新型コロナウイルス対策を見れば、中学校の教科書に書かれている、わかりやすい、かつ的確な感染経路対策を伝えられる医師がマスコミに登場していないのも事実です。だからこそ、そのことを学校の先生方に気づいてもらい、生徒さんたちに伝えていただけるよう、これからも働きかけ続けています。
 新型コロナウイルスワクチン接種とその後の死亡例に因果関係があるか否かはともかく、新型コロナウイルスに感染して亡くなられる方が減り、社会の経済活動が動き始めているのは事実です。HPVワクチン接種とその後の副反応に因果関係があったとしても、子宮頸がんに罹患するリスクが減ることは間違いありません。確かにその選択を個人レベルですることは辛いことですが、一人ひとりが考え、判断し、受け入れ続けなければならないのが健康づくり、不健康づくりです。だからこそ、専門家を交えたリスクコミュニケーションが求められていますが、まだまだ道半ばです。
 ま、新型コロナウイルスに感染したくなければ一生誰にも会わない、子宮頸がんになりたくなければ一生セックスをしないという絶対、かつ確実な選択肢もあります。医学はいろんな事実を示してくれていますが、最後に選ぶのは一人ひとりです。でも、一人で悩むのはあまりにも辛いことなので、「信頼、つながり、お互い様」という視点で健康づくりを進めている公衆衛生関係者と共に考え続けられる社会を構築し続けたいですね。