紳也特急 286号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,286  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『不要不急の外出はない』~

●『生徒の感想』
○『きょうよう、きょういくの大切さ』
●『犯罪予防も健康づくりの視点で』
○『自分の責任を考える難しさ』
●『バナナ320本で死ぬ』
○『対話で確認を』
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●生徒の感想
 
 岩室先生はたくさん経験して、たくさん失敗して、失敗したことにしっかり気づいて、そこからたくさん学んで今につながっていてすごいと思いました。(高2女子)
 
 「3密を避けろ」と言われ続け、当たり前のことなのに、「背中合わせで話せばOK」ということを考えてすらいませんでした。(中3男子)
 
 成績を伸ばすためには先生の話をよく聞けばいいという話は本当にその通りだと私も感じました。英語や数学は全然聞いていないのでテストの点が悪いけれど、自分が好きな教科は死ぬほど集中して先生の言葉を一言も逃すことのないように聞いているので、比較的テストの点もよいんだろうなと納得しました。(高2男子)
 
 オンデマンド授業になった当初は朝早くに起きて学校に行かずに済んで良かったと思っていたが、一か月ほどで一人家にいることに退屈さを感じてきた。久々に登校したのはテストの日であったが、次の日も試験があるにも関わらず友達と1時間も立って話したのは思い出深く、人と触れ合うことの幸せを痛感したあの感覚は今でも鮮明に覚えている。誰かと話せる環境や自分の居場所があるだけで多くの人が壁を乗り越えられると思う。つまり、“不要不急の外出”は人間の本質的には存在しないのではないかと私は思う。外に出て日光を浴びて人と会って話すことは人間が生きていく上で必要なことである。(女子学生)
 
 情報を受け入れつつ、友人に話して自分の認識が合っているのかを確かめることが大事とおっしゃられていたことが印象的でした。(高2女子)
 
 一見つながらない感想を羅列したように思われたかもしれません。しかし、私の中ではどれも自分自身が経験してきた事象につながり、最終的には今月のテーマにもつながりました。失敗や悔しい経験に学ぶことは容易ではありません。学ぶためには何より人の話を聞きながら考え続けることです。そのためにも人と会い、自分の考え方との相違に気づけると次なる道が開かれます。
 “不要不急の外出”は人間の本質的には存在しない。本当にその通りです。コロナ禍で繰り返し発信し続けられた“不要不急の外出は控えてください”というメッセージが世の中の様々なトラブルの根底にあるのではと思えます。そこで今月のテーマを「不要不急の外出はない」としました。

不要不急の外出はない

〇きょうよう、きょういくの大切さ
 5月はこのメルマガを発行し続けてくれている渡部さん、陸前高田市の戸羽太前市長、THINK ABOUT AIDSというラジオ番組を長年続けてきた仲間をはじめ、いろんな人と飲む機会をいただきました。コロナ前だったら当たり前の飲み会が制限され、閉店に追い込まれた行きつけのお店もある中、カールロジャーズの言葉、「人は話すことで癒される」を痛感しています。一つひとつの出会いが「不要不急」ではなく「必要不可欠」であり、きょうよう、きょういくの大切さを再認識しました。教養、教育ではなく、今日の用、今日行く所があって初めて人はこころを病まずにいられます。少なくとも私はそうだと思いました。
 
●犯罪予防も健康づくりの視点で
 長野県中野市で4人が亡くなられた事件。犯人が被害者の女性が「独りぼっちをバカにした」と一方的に恨みを抱いたと報道されています。裏を返せば本当に独りぼっちだったのでしょう。犯罪報道でマスコミは常に「動機は?」という視点で原因を探りますが、今回の事件に限らず、京アニ事件、津久井やまゆり園事件、座間の9人殺害事件、秋葉原事件、等々、多くの人が理解に苦しむ殺人事件が繰り返されています。もちろん犯人が悪いのですが、これらの犯罪を予防するという視点はほとんど聞きません。敢えて聞くとしたら厳罰化ですが、死刑以上の厳罰が無い以上、別の方法で予防を考える必要があります。紳也特急216号で「犯罪予防も健康づくり」を書かせていただきましたが、未だにそのような発想は広がりを見せていません。

〇自分の責任を考える難しさ
 新型コロナウイルスが5類となり、定点把握のデータでも再び感染者数が増え始めています。感染者数を増やさないためには、全員が感染経路対策を徹底するか、80%以上の人が感染かワクチン接種のいずれかで免疫を獲得するかしかありません。
 新型コロナの予防を考える上で宮崎や大分の高校で500人規模のインフルエンザの集団感染が起きたことに学びたいものです。コロナもインフルも感染経路は同じで、これだけ大規模な感染が起きたということは、500人がお互いに飛沫を掛け合ったり、落下した飛沫やエアロゾルでの接触(媒介物)感染が起こったりしたとは考えられません。今回はエアロゾル感染対策が不十分な環境を共有していたと思われます。その理由として考えられるのが、空気の流れを創ってエアロゾルを外に排気するという意識が相変わらず浸透していないことです。文部科学省の最新の通知も「適切な換気の確保」としか書かれておらず、「適切」の意味は紹介していません。
 感染が繰り返され、クラスターが続くと、私は自分自身の普及啓発力の無力さを繰り返し反省させられます。しかし、普及啓発をしている人の多くはそのような発想を持たず、感染した人がちゃんと言っていることを守らない、自己責任だと思っているようです。
 殺人が繰り返されている現実、現状に対して「犯人の動機は」「家族の育て方は」と当事者だけに責任を押し付けていないでしょうか。マスコミでコメントをしている人たちも、それを見ている一人ひとりも、自分自身ができることは何かを考え、その責任の一端でも果たそうと思えば、犯罪の予防も少しずつは進むのではないでしょうか。しかし、予防対策の効果、結果は絶対に見えませんのでそんなことやってられないとなるのでしょうね。

●バナナ320本で死ぬ
 2023年5月29日の読売新聞に、小学5年生の生徒が「バナナ320本を食べると死ぬ」というネット上の都市伝説を給食にバナナが出た際にクラスメートに伝えた話からネット情報に翻弄される子どもたち、授業に支障を来している教育現場の問題、さらには脳の成熟より「本能」が先行しているといった記事になっていました。
 昔から都市伝説はいろいろありましたが、口コミのものばかりでそれらを仲間で議論したものでした。ところが最近はYouTubeをはじめ、ある意味しっかりした映像になっているものが多く、判断能力だけではなく、家族や友達を含めた判断をするための対話的環境が弱い子どもたちはもちろんのこと、多くの人たちの間で都市伝説を信じ込む人が増えていても不思議ではありません。「目から入った情報はわかったような気になり、耳から入る情報は想像力を育み記憶に残る」という北山修先生の言葉を思い出していました。本当にその通りですね。

〇対話で確認を
 最初に紹介した高2女子の感想「情報を受け入れつつ、友人に話して自分の認識が合っているのかを確かめることが大事とおっしゃられていたことが印象的でした」を読ませてもらって、ちゃんと私の思いを受け止めてくれたことをうれしく思うとともに、これは感染症対策や犯罪予防などにも当てはまる、これから伝え続けなければならないことだと再認識しました。
 カールロジャーズは「人は話すことで癒される」と言っていますが、癒されるだけではなく、自分自身の勘違いや誤解をも修正してくれます。これからもいろんな人たちと対話を重ね続けたいですし、きょうようときょういくの必要性を繰り返し伝え続けたいと改めて思いました。