紳也特急 299号

…………………………………………………………………………………………
■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,299  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
…………………………………………………………………………………………
バックナンバーはこちらから
…………………………………………………………………………………………
~今月のテーマ『膣内射精障害の新たなリスク?』

●『生徒の感想』
○『対話で生まれる気付き』
●『偏見や差別を助長する情報』
○『自分の選択肢を増やす情報』
●『膣内射精障害と子宮頸がん?』
○『溶連菌による集団食中毒』
●『落下付着した飛沫に注意』
○『AIDS文化フォーラム in 横浜のお知らせ』
…………………………………………………………………………………………
●生徒の感想

 今まで考えたこともないようなことが話で出てきて、頭がついていかなかったんですが、個人的に思ったことは、性とか自分が恥ずかしい、調べたくないようなことでも、自分自身を守っていくために知っておくことは大切だなと思ったのと、これから先、なにが起こるかわからないからこそ、時々岩室先生の話しを思いだしてみようと思います。(中3女子)

 皆さんはどれだけ「今まで考えたこともないようなこと」に遭遇してきたでしょうか。実は岩室紳也はこの1ヶ月の間にもいくつもの「今まで考えたこともないようなこと」に遭遇しました。その代表格が「膣内射精障害の新たなリスク?」であり、「溶連菌による集団食中毒」でした。
 そこで今月のテーマをわかりやすく「膣内射精障害の新たなリスク?」としました。

膣内射精障害の新たなリスク?

○対話で生まれる気付き
 最近、いろんな方と対面で話すことが増えました。飲み会の席だったり、イベントでの立ち話だったり、それこそ患者さんとの診察室でのマスクを外した雑談だったり。その中で、特に1対1の関係性だからこそ聞かせていただける話がいくつもあります。その一つが膣内射精障害の新たなリスクを考えさせられた事例でした。
 男性の膣内射精障害は今や深刻な事態になっており、講演会で「床オナ禁止」と言ったことを話すようになって久しいです。ただ、いくら岩室紳也が声高に伝えたところで全国の床オナ事情がそう変わるとは思っていませんでしたが、少しでも膣内射精障害で苦しむ人を減らせればという思いで講演の中に必ず入れていました。しかし、そんな悠長な話ではありませんでした。
 ある方と雑談する中で「子宮頸がんで子宮全摘をしなければならない人がいた」というだけではなく、「その方のパートナーが膣内射精障害だった」という話を伺いました。思わず「何でこれまで膣内射精障害の新たなリスク?について考えてこなかったのか」と大いに反省させられました。

●偏見や差別を助長する情報
 今まで子宮頸がんのリスクとして、性交人数が多い、多産、タバコを吸う、ストレスが多いなどといった情報が流布された結果、スティグマ、偏見、差別がいろいろ貼られ、どれだけの人が苦しんで涙を流してきたことでしょうか。またそれらのスティグマの結果、子宮頸がん予防で大事なHPVワクチンの接種や検診の必要性が十分浸透していません。HIV/AIDSでも不特定多数との性交渉、MSM(男性同性間性的接触)、肛門性交といったことが強調され、他人ごと意識が助長され本当に必要な検査やコンドームのことが十分伝わらなかったり、異性間の性交渉で感染した方に「ゲイでもなければ遊んでもいないのに」と言われたりすることもありました。新型コロナウイルス感染症でも夜の街、ホストクラブ、飲食店利用者と言った犯人捜しの結果、未だに正しい情報が伝わっていない現実があります。
 すなわち、偏見や差別を助長するのは情報の伝え方の問題もありますが、一方で受け止める側の問題でもあります。確かにHIV/AIDSで感染している人はMSMの方に多いのですが、それならその方々にどう啓発すればいいかを考えるべきところ、その情報をMSMの方の排除につなげる人が未だに多いのも事実です。

○自分の選択肢を増やす情報
 1人の感染症予防医として、一人ひとりが予防したいことについて、自分ができること、自分の選択肢を増やす情報をいかに伝えられるかを考え続けてきました。最近のことで言えば、「新型コロナウイルス感染予防のため、自分の飛沫を料理にかけたり、他者の飛沫がかかった料理を食べたりしないようにしましょう」と言い続けています。このような情報は「どこにエビデンスがあるのだ」というお叱りの、岩室個人への攻撃材料にはなるものの、新型コロナウイルスに感染した方へのスティグマ、偏見、差別にはつながりません。
 ここから書かせていただくことは、もちろんエビデンスもなければ、個人的な見解ではありますが、皆さんが考え、伝え、選択する材料になればと思って書かせていただきます。

●膣内射精障害と子宮頸がん?
 膣内射精障害でこれまで岩室が意識していたことは、男性が膣内で射精することでができないため、気が付けば長時間、膣とペニスの挿入を継続していることがカップル双方の負担になったり、妊娠ができなかったりすることだけでした。しかし考えてみれば当たり前のことですが、妊娠希望のカップルが、コンドームを使わないで長時間の性交を繰り返ししていれば、結果的にペニス(亀頭部)に付着したHPV(ヒトパピローマウイルス)が子宮頸部に付着、定着する確率が高くなります。もっとも、そもそも子宮頸がんの原因であるHPVは亀頭部から子宮頸部に付着するという事実がきちんと伝えられていません。
 男性の陰茎がんの原因の一つがHPVであり、真性包茎のように亀頭部をむいてHPVを除去する清潔操作ができない人が陰茎がんのリスクが高いことは泌尿器科医の常識です。子宮頸部に感染、移植されるHPVは男性亀頭部から運ばれるため、男性の亀頭部をごしごし洗い、亀頭部に付着したHPVを少しでも減らすことでHPVを子宮頸部に移すリスクを減らす必要があることはこれまでも伝えてきました。HPVワクチンが有用であることは否定しませんが、9価ワクチンを使ってもカバーできるHPVのタイプは9割ですので、HPVに感染するリスクを減らすことはワクチンを打っている人にとっても重要です。
 これから床オナの話をする際に、「子どもを一緒につくりたい大事なパートナーの子宮頸がん予防のためにも、本人にワクチン接種と検診受診を丸投げするだけではなく、自分自身が膣内射精障害にならないオナニーをマスターしましょう」と言いたいと思いました。

○溶連菌による集団食中毒
 もう一つの「今まで考えたこともないようなこと」が溶連菌による集団食中毒でした。このことにたどり着いたのが、少し前から話題になっている「人食いバクテリア」でした。新型コロナウイルスでもそうでしたが、ニュースやワイドショーで伝えられる専門家による解説や感染予防策が今回も納得できませんでした。とはいえ、ずいぶん前の診療所時代に子どもたちの溶連菌感染症を診療したのを最後に、あまり勉強もしていなかったので改めていろいろ調べて見てびっくりしました。溶連菌による集団食中毒が多数報告されていたのです。
 保健所でノロウイルス対策や様々な食中毒関係の事案を経験していましたが、溶連菌(溶血性連鎖球菌)で集団食中毒が発生していたことは不勉強と大いに反省するとともに、考えてみれば当たり前のことでした。詳しくはHPにアップしていますが、溶連菌の食中毒で一番学ばなければならないのが、新型コロナウイルス同様、感染経路を再確認することでした。

●落下付着した飛沫に注意
 溶連菌の感染経路をインターネットで調べてみてください。ChatGPTに聞くと以下の回答でした。
Q:溶連菌の感染経路を教えてください(2024年6月27日)
A:(中略)食べ物や飲み物を介して:感染者が扱った食べ物や飲み物を摂取することで感染することもありますが、これはまれです。
 溶連菌感染症は特に小児の間で一般的で、保育園や学校などで集団発生することがよくあります。感染予防のためには、手洗いや咳エチケット(咳やくしゃみをする際にはティッシュや肘で口を覆うなど)が重要です。

 食べ物を介した感染は「まれ」と言い切っています。しかし、東京都保健医療局には「食品を介して最近が口に入って感染する「経口感染」があります」とありますし、過去の流行のグラフを見ると、学校の春夏冬休みの時期とゴールデンウィークに流行が収束しています。
 このことに学べば、感染した人がマスクをせずに食べ物を扱ったりすれば食中毒が起きても全く不思議ではないだけではなく、溶連菌が流行する幼児期や学童期のお子さんは自宅で家具や床に溶連菌を付着させている可能性があります。傷や水虫から溶連菌が侵入して起こる劇症型溶連菌感染症を予防するには、傷の手当を清潔にするだけではなく、溶連菌の侵入経路になり得る水虫等も放置せず、治したり、体全体の清潔を心掛け毎日入浴したりすることが重要と言えます。溶連菌の食中毒に学べば、新型コロナウイルスを含んだ飛沫が落下付着した食べ物を食べて新型コロナウイルスに感染するのは、エビデンスはなくても当たり前と思いませんか。でも、こう主張しても「エビデンスは?」と未だに反論されますが、反論している専門家たちは溶連菌による集団食中毒のことを知っているのでしょうか。実は多くの論文は医者ではなく、食品衛生監視員の人たちが書いたり、報告したりしているようです。
 まだまだ分からないこと、不勉強なことがあるようなので、これからもアンテナを高くし、考え続けたいと思います。

○AIDS文化フォーラム in 横浜のお知らせ
 2024年8月2日(金)~8月4日(日)第31回AIDS文化フォーラム in 横浜が開催されます。
 ぜひ会場にいらしてください。お会いできるのを楽しみにしています。