紳也特急 302号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,302  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『予防再考』~

●『大学生の質問』
○『一次予防、二次予防、三次予防』
●『「予防ができる」という錯覚の原因』
○『予防は結果?』
●『「正解」の裏には別の「正解」が』
○『表面的な予防から根っこの予防へ』
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●大学生の質問
 
 児童虐待を減らす仕事に就きたいと思い、児童相談所などでお手伝いをさせてもらっていますが、後追いばかりで予防になっていないように思います。予防につながる仕事はあるのでしょうか。(大学3年生女子)
 
 大学生を対象に「思春期のこころと性」というタイトルで講演させていただいた後、この質問をいただきました。講演の中で児童相談所における児童虐待相談対応件数が1990年の1,101件から2023年には219,170件に増加していると話したのであればまだそのような質問が出てきたのは理解できますが児童虐待の話は一切していませんでした。おそらく講演の中で、いろんな問題を解決するために、わかりやすい早期発見、早期対応だけではだめで、そのような事態にならないための方策、予防が大事という話をした意図を理解してもらえたからこそこのような質問になったのかなと思っています。そこで今月のテーマを「予防再考」としました。

予防再考
 
〇一次予防、二次予防、三次予防
 公衆衛生の分野で当たり前のように言われている「一次予防、二次予防、三次予防とは」で検索するとAIによるまとめ、概要が示され、次のように書かれていました。
 
 一次予防、二次予防、三次予防は、予防医学における病気の予防や管理の概念です。?
 一次予防:病気にならないように、生活習慣や環境を改善したり、健康教育を受けたりすることで健康増進を図る。
 二次予防:病気や障害の重症化を予防するために、健康診断や人間ドックなどで早期発見・早期治療を行う。
 三次予防:すでに発病している病気を管理し、合併症やさらなる損傷を予防したり、社会復帰できる機能を回復させたりする。
 
 AIが示した「一次予防、二次予防、三次予防は、予防医学における病気の予防や管理の概念です」というのは非常に偏った判断です。そもそも「予防」というのは病気の予防だけではなく、事故、犯罪、災害といった幅広い分野で使われている概念です。さらにこの回答で一番びっくりしたのが「健康教育を受けたりすることで」というくだりです。もしこれを学生さんが読むと教育で人を変えられると錯覚してしまうのではないでしょうか。さらに早期発見・早期治療(対応)でも予防ができるとも受け取れますが、大学生が質問してくれたように(二次)予防のつもりが後追いになっているだけの場合が少なくありません。
 
●「予防ができる」という錯覚の原因
 と、偉そうに発信している私ですが、自分の反省を込めて話すようにしているのが「エイズ予防にノーセックスかコンドーム」と声高に叫んでいた頃はまったく予防がわかっていなかったということです。「エイズ予防にノーセックスかコンドーム」という情報をきちんと伝えれば、教育すれば、誰もがHIVに感染せずに済むと勘違いしていました。なぜそうなったかというと、自分自身がそもそもなぜコンドームを使えるようになったのか、使う気になったのかを考えられずにいたからでした。
 コンドームについて考える前に、私がシートベルトを習慣化できた理由を考えてみました。交通事故で死なないためにシートベルトをするというのは常識ですが、それでもしない人も、できない人もいます。私がシートベルトを習慣化できるようになったのは、法律がシートベルトをしなければ、すぐに警察に捕まり罰金を払わなければならないことを教えてくれただけではなく、捕まれば車にかけている保険料がゴールド免許対象にならないことも影響していましたし、何より周りのみんながシートベルトをしているのも見せてもらっていたからでした。すなわちいろんな条件が重なることで気が付けばシートベルトをすることが習慣化されていました。でも単純な発想の人は厳罰化で様々な事件が予防できると錯覚しています。
 
〇予防は結果?
 岩室紳也がコンドームを使うようになったのは「パートナーが妊娠しては困る」というシンプルな理由です。パートナーに対する思いやりとか、自分が性感染症を持っているかもしれないからパートナーにうつさないようにでも、パートナーが性感染症を持っているかもしれないので自分がうつらないためでもありませんでした。コンドームを使っていたというのはあくまでも結果であって、論理的に考えて行動していたわけではありませんでした。自分がHIVに感染するとはまったく思えなかったにもかかわらず、むしろ他人ごと意識だったからこそ「エイズ予防にノーセックスかコンドーム」と叫べていたのでした。
 敢えてここまで書いたのは、「予防」を呼びかけている多くの人も私と同様、自分のことを棚に上げていると思うからです(苦笑)。それがいいとか、許されるとか、悪いとかの話ではなく、それが人間の本性であり、自分たちの本性を無視した議論は全く意味がないと感じたからです。
 
●「正解」の裏には別の「正解」が
 「エイズ予防にノーセックスかコンドーム」は決して間違いではなく、この言葉を、この正解を聞かされた多くの人がそうだよねと思い、自分なりの言葉で伝えてくださいました。一方で反論する人たちはと言えば、「コンドームをつけたら若い子たちもセックスをしていいのか。岩室紳也はコンドームをすれば誰とでもセックスをしていいと言っている」とこれまた極端な反応をしていました。誰も「正解を伝えても他人はその通りできるものではない」という本当の正解を教えてはくれませんでした。
 一方で「エイズ予防にノーセックスかコンドーム」という私なりの「正解」に対して、別の「正解」を教えてくれたのがゲイの友人でした。「どちらも感染していなければコンドームは不要」という「正解」でした。確かにそうですよね。もちろん検査をして感染していないことを確認したのか、といった突っ込みはできますが、HIV/AIDSが身近ではないと感じている、あるいは感じたい人にとっては「どちらも感染していなければコンドームは不要」という「正解」を選択したくなるのも理解できますよね。もっとも一番多い「正解」は「HIV/AIDSは他人ごと」ではないでしょうか。
 
〇表面的な予防から根っこの予防へ
 国が進めている健康日本21という健康づくり運動でも人と人のつながりの重要性が指摘されて久しく、ヘルスプロモーションやソーシャルキャピタルといった考え方でも、結局の所、人と人の関係性、つながりが重要とされています。他の人とつながっている人は健康的な行動をとり、自殺も少なく、教育、防災、治安、経済成長といった面でも効用が確認されています。しかし、そのような話をすると必ず次のような質問を受けます。「人とつながることを拒否する人はどうすればいいのでしょうか」と。
 関係性が希薄になってきた現代社会において、人と人をつなぐというのは世直し的な、壮大な社会実験と言えますし、「無理」と思う人が多いのではないでしょうか。私も正直なところ「無理」と思っています。でも横浜のドヤ街と言われる寿町で活動されている方に教わったのが次の言葉です。
 
 人を変えることはできないけれど、人は変わることができる。
 
 この言葉を信じ、つながりの大切さを伝え続けるしかないと思っています。皆さん、頑張りましょう。