紳也特急 304号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『偏見差別ゼロは無理?!?』~

●『生徒の感想』
○『考えない社会がつくる教科書』
●『考えるより二者択一』
○『二者択一の反対が多様性』
●『発想を変えるには』
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●生徒の感想

コンドームはただ子どもが生まれることを防ぐことだと思っていたが、病気の感染を防ぐことなどもできると知り、コンドームは大切なものだとわかった。(中2男子)

私は一度こうだと思ったら、そのまま決めつけて考えてしまう悪い癖に悩んでいたのですが、先生の「正解依存症」に関する話を聞いて、解決の糸口を見つけられました。(高2男子)

このメルマガが発行される前日まで、日本エイズ学会総会に参加していました。学会では2030年までにHIV/AIDSの終結に向け、「HIV新規感染者をゼロ」、「AIDS発症者をゼロ」、「AIDS関連の差別・偏見ゼロ」という3つのゼロの目標が示されていました。3つのゼロの中で最初の2つは頑張れば限りなくゼロに近づけられると思いますが、差別・偏見ゼロについては???です。
そこで今月のテーマを「偏見差別ゼロは無理?!?」としました。これは学会等の方針、方向性にケチをつけているのではなく、偏見差別を減らすために何が求められていることをまずは考えたいという視点からです。

偏見差別ゼロは無理?!?

〇考えない社会がつくる教科書
 エイズ学会では「エイズ・性教育再考」というテーマで市民公開講座をさせていただきました。「再考」という言葉を入れたのは、実は再考すること、考えることは本当に難しいことだと最近痛感しているからです。そもそも「考える」というのはどういうことでしょうか。
 健康づくりの基本(IEC=Information、Education、Communication)に学べば、IとEで得た知識を活かすのは他者 とのコミュニケーションです。コミュニケーションを重ねることで、一人ひとりの健康づくりのために何をしなければならないのか、何が足らないのか、どうして足らないのか、あるいはどうして上手くいくこともあるのか、といった様々な視点が一人ひとりの中に広がります。このようなプロセスが「考える」ということなのかと思いました。しかし、そもそもコミュニケーションというのは面倒なもので、コミュ障の人は、考えるプロセスを放棄しすぐ正解に飛びつきたがらないでしょうか。
 最新の中学校の保健体育の教科書には次のような記述があります。「自分の血液・自分で処理する・傷口はしっかりおおい、ほかの人がふれないようにする」、「ほかの人のけがの処置・直接血液や傷口にふれないようにビニール手袋などを装着する」。これを読んだときに思わず「では意識がない出血している人を見負けた時にビニール手袋がなかったらどうすればいいのでしょうか」と考えてしまいました。しかし、この教科書の執筆者も、出版社も、検定を通している文部科学省も何も考えず、正解を伝えていると思っているのでしょうか。

●考えるより二者択一
 前記の教科書の記述はそれこそ30年前にもあり、「これはおかしい」と大騒ぎをしたところ、心ある、勉強熱心な担当者がいる教科書会社はすぐ修正してくれました。しかし、担当者が変わり、編者も変わると、何の疑いもなく、とんでもない記述に戻ってしまいました。
 そうなってしまうのは自分なりの正解を見つけると、その正解を疑うことができないだけではなく、その正解を他の人にも押し付ける「正解依存症」そのものです。新型コロナウイルス予防も、インフルエンザ予防も相変わらず「マスク、手洗い、換気」しか言わない、言えない専門家が多いですよね。これは知識不足や勉強不足ということではなく、自分でつかんだ正解を疑い、考えることができないからのようです。正解か×かの二者択一です。
 アメリカで次期大統領にトランプ前大統領が選出されましたが、「4年前より良くなったか悪くなったか」、「トランプ(男)かハリス(女)か」、と二者択一を求めた結果でした。日本の選挙でもSNSが選挙結果を左右するようになってきましたが、それが功を奏すのは二者択一の選択に持ち込めた場合です。「103万円の壁を打ち破るか打ち破らないのか」が典型です。本来は税のあり方を各政党が考え、いろんな選択肢を示せばいいのでしょうが、そんなことをしても誰も政策を読んでくれません。やはり二者択一の提示のほうが分かりやすく、受け入れやすいようです。

〇二者択一の反対が多様性
 今回の日本エイズ学会では教育や普及啓発の演題がほとんどなく、予防としてPrEP(=Pre-exposure prophylaxis、プレップ)、セックスの前に薬を飲んでおくことで予防をしようという議論が盛んにおこなわれていました。個人的にはPrEPも選択肢の一つとして重要だと理解していますが、コンドームについても啓発し続ける必要があります。しかし、コンドームもPrEPもといった議論はありませんでした。二者択一、PrEPに賛成か反対か以外は相手にされない学会になってきているようでした。
 先の自民党総裁選挙を思い出してください。小泉進次郎議員が「夫婦別姓」を推進すると言い、結果的にそれで自民党員からNoを突き付けられました。この事実を見ても、性の多様性の問題は今の日本の保守層が受け入れがたい問題なのです。夫婦別姓は×なのです。偏見や差別の原因は「正しい知識」の問題ではなく、二者択一での選択の結果と考えると理解が進みます。すなわち、LGBTは〇か×、薬物は〇か×か、セックスワーカーは〇か×か。〇か×かで判断する人たちがマジョリティーの世界では対立する問題に対して×、すなわち排除する判断になり、排除、偏見、差別が容認されるのです。そのような社会で偏見や差別がゼロになるということは全員が〇になるか、全員が×になるかを意味し、現実的ではありません。偏見や差別を減らすには、二者択一の考え方を変え、多様性を受け入れることを目指さなければならないのですが、これこそ難しい問題です。

●発想を変えるには
 では偏見差別を減らすことは無理なのでしょうか。「正しい知識を持ちましょう」といった呼びかけではなく、一人ひとりの考え方を変えるような取り組みが行われれば結果的に偏見や差別が減ると期待されます。二者択一の発想から、二者以外の選択肢があることを示し続ける中で、一人ひとりが多様な視点が持てるようになれば、「みんな違ってみんないい」という発想になれるのではないでしょうか。
 例えば「マスクをするかしないか」という話になった時、「なぜマスクをするのか?」や「マスクは何を予防する?」といった突っ込みを入れたいものです。「LGBTは気持ち悪い」という人がいれば、「そう思わない人も多いけどなぜあなたは気持ち悪いの?」と。
 以前、ゲイの友人に「偏見差別をなくすにはどうすればいい?」と聞いたときに「知るより慣れろ」と教えてもらいました。ここでいう「慣れる」というのはいろんな人とかかわる経験をすることだと改めて思いました。
 2024年12月8日(日)にAIDS文化フォーラム in 名古屋が開催されます。いろんな出会いとキャッチボールの中からいろんな気づきを共有しましょう。会場でお会いできるのを楽しみにしています。