紳也特急 308号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,308  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『常識』~

●『生徒の感想』
○『常識と正解の違い』
●『民主主義における常識と正解のギャップ』
○『「常識」と「正解」が考えることを放棄させる?』
●『対話には常識も正解もない』
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●生徒の感想

 特に印象に残ったことが「話すこと」でした。コロナを経て、次第に話すことが減り、悩みを打ち明けることが少なくなっていました。自分はバイセクシャルで、男、女どちらも恋愛対象です。だからこそ、ゲイの人の気持ち、ストレートの人の気持ちもわかるので、話すだけでなく、聞き上手になることも大事なのだと思いました。無関心をやめ、人の話が聞ける、悩みを話してもらえる、そんな人になれるように頑張ります。(高2男子)

 先生の話で一番印象に残ったのは「対話」です。自分は2年生の半分を休んでしまっていたのですが、その期間、友達と会う機会や話す機会がなく、思春期真っただ中の自分はとても気持ちが落ち込んで、「死にたい」と考えてしまうこともありました。ですが、一人の友達が家に来てくれ、その友達と話していると少しずつ気分が良くなり、3年生になると少しずつ学校に行けるようになり、今回の講演を聞くことができました。この友達と面と向かって会話をし、学校に行けるようになったことが、先生が話していた「対話」の効果なのではないかと思いました。(中3男子)

 先生の話は判断材料であり、自分で考えることが大事。(高1男子)

 今日は、物事に対する考え方、常識だと思っていた考え方が大きく変わりました。(中3男子)

 2月後半から3月にかけて中高生向けの講演ラッシュでした。そんなに話していて面白いの? いつも同じような話をしていてつまらなくないの? と心配してくださる方もいます。しかし、話している最中の一人ひとりの反応を見せてもらっていると、「話を聞いてくれてありがとう」という気持ちになりますし、さらに前述のような感想をいただくと「もっと頑張らないと」と思ってしまいます。この2カ月、いろんな生徒さんと向き合う中で彼らが私の話を真剣に聞いてくれるのは、「先生の話は判断材料であり、自分で考えることが大事」や「常識を覆された」といった、おそらく昔はいろんな人と接する中で学べたことが、今では学ぶ機会さえも奪われているのではないかと思いました。
 そこで今月のテーマを「常識」としました。

常識

〇常識と正解の違い
 この命題をChatGPTに聞くと次のような回答でした。

 「常識」は、社会や文化で形成される一般的なルールや価値観であり、変化することがある。
 「正解」は、論理や科学に基づいた客観的な答えであり、変わりにくい。

 つまり、「常識=正解」とは限らず、時には常識が間違っていることもあるため、正解をしっかり見極めることが大切だということです。
 しかし、果たしてそうでしょうか。新型コロナウイルスやインフルエンザとマスクについての世間の対応をみていると、論理や科学に基づいた客観的な答え「正解」ではなく、社会や文化で形成させる一般的というより迎合的なルールや価値観に基づいた「常識」が、気が付けば一人ひとりの「正解」になっていると思えてなりません。ただ、このようなことを考える意味はまさしく常識が社会や文化で形成されるルールや価値観であり、決して常識が正解ではないということだと改めて気づかせてもらいました。

●民主主義における常識と正解のギャップ
 民主主義は多くの人にとって「正解」であり「常識」だと思われてきたと思いますし、私自身もそう思ってきました。しかし、トランプ大統領の当選後の、兵庫県の斎藤元彦知事の再選後の報道を見ていると、選挙民が選んだ、それこそ民主主義の結果誕生したリーダーたちをあたかも何らかの理由で間違って選出された、早々に退任してもらわなければならない人たちという報道が続いていないでしょうか。これらの報道を見ていると、報道の「常識」、報道の「正解」に疑問を抱かざるを得ません。
 報道が果たす役割があるとすれば、トランプ大統領を、斎藤元彦知事を当選させた人たちの「常識」と、反対していた人たちの「常識」のぶつかり合いの中で、二極化に走るのではなく、双方の対話を促進することを模索することではないでしょうか。もっともそのような対話をしたがらない、対話にならない人たちがいることもこれまた事実ですが。すなわち、SNSをはじめとしたインターネット社会が創り出す文化の中で、民主主義の要、代表的な手段である選挙制度という「正解」が果たしてこの先機能するのだろうかという議論を繰り広げてほしいと思うのですが、残念ながらそのような報道はあまりないように思います。

〇「常識」と「正解」が考えることを放棄させる?
 「トランプ大統領が発動した自動車への関税はおかしい」というのは多くの人の「常識」であり「正解」のようです。すなわち、その人たちにとって「トランプはおかしい」というその人の「常識」や「正解」が関税の発動で裏付けられた、裏付けられていると思うようです。そして、それ以上の議論に、そもそもSNS時代の民主主義が突き付けられている課題についての議論にたどり着かないようです。すなわち、一人ひとりの「常識」や「正解」は実はその人に考えることを放棄させているのだと思いませんか。
 このような問題はいろんなところで散見されます。
 2024年の小中高生の自殺者数、529人で過去最多…女子が初めて男子を上回る
 この報道に添付されているグラフを見れば。コロナ禍が始まった2020年から女子の自殺が急増しているのが明らかですが、そのことへの言及はありません。それはこの記者のみならず、この原稿をチェックしているデスクや、取材している自殺対策に取り組んでいる人たち全てが、「相談しましょう」、「相談しやすい若者に合致したSNSサイトを立ち上げましょう」というそれぞれの「常識」や「正解」から脱却することができないからだと思いませんか。まさしく正解依存症ですし、常識依存症という言葉を加えてもいいのかもしれません。

●対話には常識も正解もない
 一方で報道をする立場を擁護する視点に立つと、報道の利用者は報道に「常識」や「正解」を求めます。すなわち、「トランプさんを選んだのはアメリカ国民の民主主義の結果です」や「斎藤元彦知事を選んだのは兵庫県民の民主主義の結果です」と報道をしようものなら、「報道している立場としてトランプを、斎藤知事を容認しているのか」とそれこそ非難され〇〇新聞は、〇〇テレビは容認派だと炎上することでしょう。「いやいや報道機関の使命は・・・」と言っても理解どころかそれこそ火に油を注ぐことになり大炎上してしまうのが現代SNS社会です。
 このやり取りでわかるのがまったく「対話」になっていないということです。対話とは決して相手に何かを求めたり、押し付けたりすることではなく、あくまでも相手の思いをきちんと受け止めることです。対話の反対は独り言と思えば対話のすばらしさ、大切さ、そして難しさがわかると思います。ただ、この対話ができないのがこれまた現代社会の大きな課題であり、常識なのかもしれません。
 で、どうすればいいのでしょうか。辛抱強く、丁寧な対話をし続けるしかありません。皆さん、頑張りましょう。