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■■■■■■■■■■■ 紳也特急 vol,325 ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『AIDS文化フォーラム in 横浜からの学び』~
●『生徒の感想』
○『「文化」とは』
●『人は文化の中で生きている』
○『世間にも社会にもある文化』
●『「問い」の共有にはじまる気づきと関係づくり』
○『対話と独り言、問いと正解』
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●生徒の感想
自分で考えられない人が多くなった今の時代に生きる私たちにとって、今日学んだ「予防する」ということは自分を守るため、相手を守るためにとても重要なことだということを改めて感じることができました。(高2女子)
勉強以外の、人として大切なことが何か、少しわかった気がしました。(高2女子)
あまり伝えにくいような内容を、面白く、わかりやすく伝えてくださって、とても耳から入ってる!!って感じがして勉強になりました。二時間しかお話が聞けなかったのは残念ですが、貴重なお話をしてくださり、ありがとうございました。(高2男子)
私は今まで失恋したときとか、悲しいときにずっと歌を聞いていたけど、これからは友達に話そうと思いました。(高2女子)
岩室先生は普通に生きていたら経験していなかったような話をたくさん話してくださいました。印象に残ったこととして、性の話をユーモアを入れつつ平然と話していたことです。私は周囲より性に関する興味が強く、女なのにどこか不純な人間なのではと思っていました。先生の話し方や扱い方を見て聞いて、価値観が変わりました。ありがとうございました。(高2女子)
病院の先生はおもしろくない人だと思っていたがこんなにおもしろい人がいたのが驚きです。(高2男子)
「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」という岩室先生の言葉にとても共感しました。(高2男子)
生徒さんが私の話に興味を持ってくれる理由を実はずっ~~~~~~~~~と考えていましたがやっと、というかおそらくこういうことかと気づかされたのが、自分自身がAIDS文化フォーラム in 横浜を2027年8月で卒業すると思った時でした。キーワードは「文化」でした。そこで今月のテーマを「AIDS文化フォーラム in 横浜からの学び」としました。
AIDS文化フォーラム in 横浜からの学び
〇「文化」とは
文化とは、ある集団の人々が、長い時間をかけて共有し、受け継いできた考え方や価値観、行動様式だそうです。皆さんにとって大事な文化はありますか。私にとって人生の大半をかけてきたAIDS文化フォーラム in 横浜こそが大事な文化でした。しかし、正直なところ、30代でAIDS文化フォーラム in 横浜の関わった時に、当時、AIDS文化フォーラム in 横浜の事務局をされていた長澤勲さんが「文化」という言葉を入れようと提唱されても私は「???」でした。ただ、今思うと、「???」は決して否定ではなく、単なる「???」でした。別の言い方をすれば自分の中に「問い」が目覚めただけでした。一方でなぜ「AIDS文化フォーラム in 横浜」なのかについての答えにたどり着いたのはそれから約30年後でした。その間、何度も「問い直し」をしていたようです。
●人は文化の中で生きている
AIDS文化フォーラム in 横浜で「文化」にこだわった理由は次のように語り継がれています。
なぜAIDS”文化”フォーラムなのか。それはフォーラムを医療や福祉の問題だけではなく、HIV感染者やAIDS患者を病気と共に生きる人間としてとらえること、そしてすべての人間が、HIV/AIDSに関わりを持ちながら、日常の生活・社会的活動に関わっているという側面を大切にしたいという考え方で「文化」の2文字を使ったのです。「文化」の2文字を入れたことで、フォーラムの開催プログラムの幅は大きく広がることができました。
HIV/AIDSを意識していない人も、どっぷりつかっている人も、実はHIV/AIDSの諸問題が日々刻々動いている社会の中で、本人が気づこうが気づかなかろうが、生きているのです。これがまさしくHIV/AIDSを取り巻く「文化」でした。そのため、当初から「AIDS」を看板にしていましたが、プログラムは「これってAIDSに関連するの?」と指摘された内容を当たり前のように取り上げてきましたし、それこそがAIDS文化フォーラム in 横浜の存在意義だと思ってきました。「これってAIDSに関連するの?」と思った瞬間に、自分自身の正解が、実は真の課題へのアプローチを遮っているのでした。
〇世間にも社会にもある文化
「文化」にこだわり続けた中で、最近気づかされたのが「文化」が存在する空間、関係性が二つあることでした。一般的には文化は社会の中に存在すると思われていますが、実は「社会」に存在する場合もあれば、「世間」に存在する場合があるようです。もちろんどちらも立派な文化です。
西欧から入ってきた社会(society)という概念は多様性、個人、契約、公的ルールなどを前提としています。一方で英訳がない「世間」は同調圧力、空気感、当たり前の普通、正解といった視点が重視されます。この違いこそが社会と世間の違いですが、日本では「社会の世間化」がますます顕著になったと思っています。
なぜこのような問題提起をしているかというと、AIDS文化フォーラム in 横浜では発足時から「問い」を重視してきたからです。「AIDSに関係がないプログラムが多い」という指摘に対して、誰もが「〇〇とAIDSは関係がある」と思える正解だけを追求しても問題の本質は明らかになりません。だからこそ、様々な切り口で、時にはセッションの中で「AIDS」という言葉が出なくても、そこで深められた議論からHIV/AIDSの課題を乗り越えるためのヒントを次々ともらっていました。ただ、ここに常に立ちはだかったのが「世間の常識」でした。せっかくの素晴らしいセッションを聞かずにクレームを言う人もいれば、聞いてもその意味が理解できず「AIDSと関係がない」とバッサリという方も常にいました。
●「問い」の共有にはじまる気づきと関係づくり
AIDS文化フォーラム in 横浜の名物企画の一つが「宗教とAIDS」です。これは他のところではまずは見られない、キリスト教、仏教、イスラム教の方々が登壇し、ある意味好き勝手なトークを繰り広げる場です。2026年のAIDS文化フォーラム in 横浜でも開催しましたが、2時間、事前の打ち合わせもなく、でも、登壇者も、聴衆も大満足の会となりました。でも、なぜ、事前打合せも、シナリオもない会が、2時間も、20年以上も続くのか不思議ではないですか。正直なところ、何年もこの形式で開催し、それなりの手ごたえを持っていたにもかかわらず「なぜできるのか?」についての明確な回答は持ち合わせていませんでした。でも、その答えにやっとたどり着くことができました。
対話を通した問いの共有と問い直しから生まれる気づきと関係づくり
でした。一人ひとりがいろんな思いで発言したことについて、みんなが気が付けば「問い」を投げかけて話が展開されます。その結果、「こんな視点があるんだ」、「どの宗教も目指している方向性は同じだ」、「カルトはこうやって生まれるんだ」といった当初、想定さえもしていなかった話題提供と気づきをもらえる場となっています。
〇対話と独り言、問いと正解
昨今、対話の意味を深掘りする中で、対話と相対する独り言の違いが明確になってきました。対話には「問い」が求められるのに対して、独り言には「正解」が求められます。問いには問い直しが繰り返されるため終わりがないのですが、独り言は「正解」が明らかになればそこで話は終わりです。というかその正解に向かって話が展開されるだけです。
AIDS文化フォーラム in 横浜で私が担当してきたセッションは、何らかの正解、落し所を目指しているのではなく、「問い」の連続の中で、気が付けば登壇者の一人ひとりが、聴衆の一人ひとりが何らかの気づきが得られればいいというものでした。しかし、「問い」の意味を理解してもらうには、実際にそのやり取りを経験してもらわない限り伝わらないのも事実でした。それは正解依存症社会が作り上げた世間が育んだ文化が立ちはだかっていると思いました。それは以下のような文化でした。
問いより正解を重視する文化
問いを立てるより、答えを覚えることが評価される文化
ただの問いなのに、責められていると受け取る人もいる文化
「問い」や「問い直し」ではなく、「正解探し」を積極的に後押ししてくれる生成AI時代に、どうやって対話の、問いの面白さを伝えられるのか。これからも考え続けたいと思います。
来年のAIDS文化フォーラム in 横浜は2027年8月7日(土)~8月8日(日)です。
よろしくお願いします。