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■■■■■■■■■■■ 紳也特急 vol,320 ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『自立は依存先を増やすこと』~
●『生徒の感想』
○『人生の予定は未定』
●『HIV診療はクリニックで』
○『おちんちん外来に後継者が』
●『国際エイズ会議と公衆衛生学会がきっかけで講演と仲間が増えた』
○『あまたの当事者が教えてくれたこと』
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●生徒の感想
印象に残ったことが、私たちには断る権利があるということです。行為の際、相手の同意が得られていないのに行ってしまうと犯罪になるのが怖いと思いました。嫌だったらいやとはっきり言えるようになりたいです。この判断は自分を守るためだけではなく、相手と良い関係を保つためでもあると思いました。(中3女子)
エイズになる原因や重み、コンドームの大切さがわかった。コンドームマスターの話を聞いたことにより今まで考えたことなかった、実際に妊娠してしまったりエイズになってしまった人がどのように悩むのかやどんな気持ちで相談するのかを考える良い機会となった。(高1男子)
自立の意味を聞いて感銘を受けました。つらいことがあったらもっと色々な人に頼ろうと思った。(高1男子)
今回、とても興味深い内容をお話していただきありがとうございました。先生が仰っていた、「人は一人で生きられない」「自立とは依存先を増やすこと」というお考えは、私も前々から考えてはいたものの上手に向き合うことができないものでした。人間関係で苦労することも多く、期待した分落胆する、逆に期待されたとして、いつ相手が落胆するかという漠然とした不安を抱えてしまっています。ですが、この先何十年と死なない限り人とは折り合いをつけながら関わらないといけません。悩んでいたときに、先生がおっしゃった「正解依存症」という言葉に心が軽くなりました。受動的に動いてしまうのに失敗を恐れ、成功だけにこだわってしまう私たちにはその言葉がぴったりだと感じました。自他ともに認めて、意見を押し通すのではなく、寄り添って共に在ることが大切なのだとお話を拝聴して感じました。コロナに直面して姿が見えないものに間違ったおびえ方をしてしまい、先入観や固定観念にとらわれている私にとって、今回のお話は新鮮なものでした。フィルターを通して同じ人間を見ず、話を聞いて理解を深め、聴かせる人間にゆっくりなっていきたいです。対話の重要性や孤独と自立の関係、思考が先生のお話のおかげで明らかなものになりました。ありがとうございました。(高2女子)
今月のメルマガを発行する前日の2026年3月31日に厚木市立病院を退職しました。これまでの私のモチベーションを支えてくださったのが、今回も紹介させていただいた生徒さんのみならず、患者さん、住民の皆さん、そして一緒に仕事をさせていただいた方々の声と思いでした。そこで今月のテーマを「自立は依存先を増やすこと」とし、これまでの医者人生を振り返ってみました。
自立は依存先を増やすこと
〇人生の予定は未定
1981年4月に医者になり、横浜市立市民病院での初期研修後の1983年6月1日に当時の神奈川県立厚木病院に赴任して以来、あしかけ42年9ヶ月お世話になりました。当時は泌尿器科医としてのトレーニングを重ね、1990年3月31日に神奈川県を退職し、自治医科大学泌尿器科教室で泌尿器科医となる予定でした。その後は努力と運次第で自治医科大学第3代教授に・・・・・などと空想していました(笑)。しかし、米瀬泰行教授が急逝される一方で神奈川県衛生部の小宮弘毅部長が自治医科大学の卒業生の今後のことを考えてくださり、臨床と公衆衛生の兼務という新しい勤務形態を用意してくださった結果、神奈川県に残ることになりました。そして気が付けば、公衆衛生、性教育、HIV/AIDS診療、AIDS文化フォーラム in 横浜、さらにはおちんちん外来といった大学卒業時には想像だにし得なかった医者人生を歩ませていただきました。
●HIV診療はクリニックで
厚木市立病院でこれまで関わってきたHIV/AIDSの患者さんは150名を超えました。最初に診療をさせてもらったのが1994年。当時はやっと抗HIV薬が出たものの、ウイルスをコントロールするには至らず、AIDSを発症した患者さんが亡くなるのを見送るしかない状況でした。もちろん偏見や差別、診療拒否は当たり前でした。U=U(Undetectable=Untransmittable:治療でウイルスが血中で検出限界以下になっていればコンドームなしの性交渉でもパートナーを感染させない)時代になったいまこそ、感染不安を言い訳にせず、その人と向き合えるようになったと思っています。
しかし今でも「HIVは・・・」、「薬物使用者は・・・」、「病院の言うことを聞かない患者は・・・」と診療を拒否される場合が少なくありません。その一方で「U=Uなら問題ないです」と、今回厚木市立病院の近くの開業医さんで患者さんたちの診療を継続することができました。本当に感謝です。ただ、制度上の問題で、自立支援医療制度を使わなければならない人は、指定を受けた医療機関でしかその制度が使えないため、「制度の壁」で診療が継続できないことを今回改めて知りました。これはいろんな意味で改善しなければならないことですが、行政の壁を切り崩すのは非常に難しいですが頑張ります。
〇おちんちん外来に後継者が
1991年4月に日本泌尿器科学会に参加したことをきっかけに「包茎の手術は不要」と気づかされました。それ以来、むきむき体操を推進し、神奈川県立厚木病院の産科病棟の理解を得て新生児へのおちんちん外来を開始したのが1994年1月。日本家族計画協会から「OCHINCHIN」なる冊子を出させていただいたのが1999年7月。論文や講演でむきむき体操の重要性を伝え続けてきましたが、残念ながら、泌尿器科医でこのことに関心を持ってくれる医者はほとんどいませんでした。もっとも、私が大学の泌尿器科教室に戻って泌尿器科専門医の道を歩んでいたら、おそらく包茎の手術は若い先生のトレーニングの機会としか思わず、今では繰り返し反対しているPSA検診も問題視せず、前立腺がんの手術に邁進し、2012年に導入されたロボット手術の習熟にいそしんでいたと思います。
おちんちん外来は岩室が厚木市立病院を退職したら消滅する運命かと思っていたら、若い泌尿器科の開業医の先生が興味を持ってくださり、引き継いでいただくことになりました。詳細はHPで紹介します。
●国際エイズ会議と公衆衛生学会がきっかけで講演と仲間が増えた
私の臨床医としての人生の前半は泌尿器科医としての手術の習熟に勤しんでいました。しかし、気が付けば30年以上にわたってHIV/AIDS診療とおちんちん外来が主で、さらに薬物依存症のプライマリケアやトランスジェンダーの方々の診療にも関わらせていただいていました。その原点になるのが実は公衆衛生であり、AIDS文化フォーラム in 横浜であり、性教育でした。
1990年に神奈川県に残ることになり、「さて何をしたもんだろう」と思っていた時に青野原診療所や津久井保健所の時の仲間と共に日本公衆衛生学会で発表をしたところ、いろんな仲間ができました。一方で1994年に横浜で開催された第10回国際エイズ会議に向けた準備を通してAIDS文化フォーラム in 横浜の立ち上げに関わらせてもらいました。このフォーラムは「文化」の名の通り、いろんな人の生き方に触れる機会であり、それまでの専門職だけの世界とは異なる、本当にいろんな人が関わる世界でした。そこで学ばせてもらった私は公衆衛生の仲間にとっても貴重な存在だったようで、いろんな仕事が次々と舞い込んできたのを思い出しています。もちろん公務員という枠の中で動くのが基本でしたが、「エイズ」という緊急事態の中、日常業務に支障がない範囲で自由奔放に、それこそ全国レベルで活動させていただきました。
〇あまたの当事者が教えてくれたこと
泌尿器科診療、へき地診療、公衆衛生活動、HIV/AIDSを通して「正しい知識と情報」をきちんと伝え、それらを受け手が実践できるようにすることが大事だと学ばせてもらっていました。「エイズ予防にはノーセックスかコンドーム」と正解を伝え続けていましたが、ふと当事者に目を向けると、それが実践できていない人ばかりでした。しかし、一人ひとりはごく普通の生活者でした。もちろん私のメッセージが届いていなかったからHIVに感染し、多くの方が亡くなられていたのですが、そもそもHIV/AIDSは予防できるのだろうか。HIV/AIDSになって何が悪い。こう思うようになったのは当事者との関りがあったからでした。
また、生徒向けに性教育をしていても、「正しい知識」を伝えただけではトラブル回避はできないことにも気づかされました。もちろん、「で、どうすればいい?」という問いへの明確な答え、正解はありません。でもあと何年活動を続けられるかはわかりませんが、「で、どうすればいい?」を追求し続けたいと思います。
結局のところ、岩室紳也の医者としての人生は、多くの人への依存の上に成り立っていたことは確かです。そのことに感謝しつつ、少しでも恩返しができたらと思っています。今後ともよろしくお願いします。