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■■■■■■■■■■■ 紳也特急 vol,305 ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『できる予防、できない予防』~
●『生徒の感想』
○『できないには理由がある』
●『論文命』
○『できることは一人ひとり異なる』
●『事例分析』
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●生徒の感想
「なぜかを考える」という先生のお考えと、私自身の考えが全く同じでとても驚きました。なぜ周囲の人は結果や出来事ばかりに意識がいくのか、なぜその根本となる理由や原因は考えずにいられるのかが、私には全く共感出来ません。もちろん否定するつもりもありませんが、初めて「なぜかが大切」という事を仰っている方に出会う事が出来たので、本当に嬉しかったです。質問へのご丁寧な返答もありがとうございました。とても心が救われたような気がします。本当にありがとうございます。(高2女子)
正解依存症という言葉がとても印象に残りました。私は感情や人それぞれの感覚の際などを排除した、理想論こそが正しいと申しして、それを他者に押し付けてしまうことがあるので、柔軟な思考を身に着けようと思いました。あらためて今回は本当にありがとうございました。(高2女子)
生徒さんの感想は本当に勉強になります。「なぜかを考える」や「正解依存症」を伝えている自分自身がなぜかを考えておらず、正解依存症になっていました。ちょうどこの年末、全国でインフルエンザが猛威を振るい、新型コロナウイルスも着実に増えています。インフルエンザは過去10年でもっとも12月に感染者数が多くなっています。NHKのニュースではアナウンサーが屋外の取材の際に「感染予防のためにマスクをしています」と言えば、「マスクは何のため」と「なぜかを考える」と押し付ける一方で、考えられない人に考えなさいと正解を押し付けていたことに気づかされました。そこで今月のテーマを「できる予防、できない予防」としました。
できる予防、できない予防
○できないには理由がある
コロナ禍を経験して多くの人は少なくともコロナ禍前より「マスク」「換気」「手洗い」はしているになぜインフルエンザの患者数が過去10年間で年内最高???と思いませんか。専門家の方は「正しい、マスク、換気、手洗い」がされていないと言いますが何が「正しい」のでしょうか。で、たどり着いた結論は、「マスク」「換気」「手洗い」の効果があるとすれば、それら以外の予防策で、以前はそれなりにできていたものが今年はできなかったということです。それは「感染による感染免疫、集団免疫の獲得」ではないでしょうか。
インフルエンザは基本的に冬場の忘年会、新年会、さらには春節で多くの中国の方が来られたり、春の歓送迎会といった多くの人が集まる行事で集団感染が起こったりしていました。その時に獲得した集団免疫で夏場を乗り切り、でも免疫が切れる冬場にかけてまた次の流行が起きています。もちろんその時に流行するウイルスの型や、そもそも冬場に免疫を獲得しなかった2023年のように夏場以降に感染拡大が起きました。すなわち集団免疫、感染免疫の獲得は結果論であって、自分から「感染しますので免疫力をお願いします」ということはありません。
●論文命
新型コロナウイルスの蔓延時、特に第3波以降はある程度感染経路が整理されつつありました。その時、岩室は繰り返し、飛沫が、エアロゾルが落下付着した料理を食べたら感染するリスクがあると訴え続けてきました。ウイルスは数日間感染力を維持しているので作り置きの料理も危ないです。それらの料理に付着した新型コロナウイルスは口腔内に多数あることが論文で証明されていたウイルスの感染経路になっているACE2レセプターを通して感染が成立するのではないかと指摘し続けていました。しかし「新型コロナウイルスが付着した料理を食べて感染したという論文はない」と相手にもされませんでした。論文がないのではなく、そのような研究をしなければという発想の研究者がいなかっただけです。
しかし、これは泌尿器科医として深刻な思いである前立腺がんのPSA検診でも同じでした。今年岩室は70歳になりますが、70代の日本人男性の約3割が前立腺がん細胞を持っています。しかし、その3割の人が全員前立腺がんで亡くなるわけではありません。私はPSAで異常値と言われる4.0ng/ml以上になった70代の人で組織(精密)検査受けた人の3割に前立腺がん細胞が見つかっているという総説的な論文を書いていますが、泌尿器科医は誰も読もうとも思わないようです。ちなみに、あと数年もすれば「これだけPSA検診が普及して多くの治療が行われているのに、日本人の前立腺がん死はあまり下がっていないということは過剰治療の疑いがあるという論文は出ると期待していますが、無理ですかね。
論文が大事だということは言うまでもありませんが、新型コロナウイルスやインフルエンザ同様、飛沫感染する溶連菌感染症も集団食中毒を引き起こしているのですが、このことを多くの医者は知ろうともしません。しかし、それを責めるのもまた違うのだと反省させられました。論文命を叩き込まれてしまうと、論理的に話を展開しようとしても受け付けてもらえない論文命(正解)依存症なのです。
○できることは一人ひとり異なる
当たり前のことですが、どのようなことであっても、一人ひとりができることは一人ひとり異なります。今回反省させられたのは、予防啓発をする立場としてもう少し「できる予防、できない予防」という話を盛り込むべきだったということです。そして、結果的に今回のインフルエンザの大流行のように、多くの人が感染したとしても、「どうして感染したのか」を知りたい方には丁寧に聞き取りをし、可能な範囲で感染経路を明らかにし、次なる予防に資する情報を提供することです。もちろん「そんな話、聞きたくない」という方も大勢いますので、その方々に思いの押し売りをしないよう、注意したいと思います。ただ、「できる予防」について知りたい方と話しているとこちらが勉強になります。次のような事例の相談を受けました。
●事例分析
鼻水と喉の痛みを訴えていたお父さんからお子さん二人と奥さんに感染が広がったケースでどのような感染経路が考えられるかという相談でした。お子さんは不登校で、一人は父親と釣りをしてお魚をさばくのが楽しみだとのこと。そのさばいたお魚を家族で食べて家族中に広がったと考えられました。もちろんこういうと「家の中ではマスクをしないから換気をしても感染は防げない」とおっしゃる専門家の方もいるでしょうが、それだと家庭の中の感染予防はすべて「できない予防」になってしまします。ま、そう考える方がいてもそれはその方の自由ですのでそこまで深入りするつもりはありません。
二人暮らしの定年後のカップルがほぼ同時に発症したとのこと。方や39度の発熱、方や37度の発熱に加え咽頭痛があったとのこと。「岩室さんの言うことは結構守っていたのですが」とのことだったので発症前の行動をお聞きすると夫婦で新しくできたレストランに行ったとのこと。店は天井にエアコンがあった(?)が料理はマスクなしのシェフがお客さんと談笑しながら作っては自分で配膳していたとのこと。もちろん火を通して料理もあれば、火が通っていないものもあったとのこと。
これらの事例から、日本で冬場にインフルエンザの大流行が生まれるのは、もちろん多くの人が交流する中での飛沫感染、エアロゾル感染も否定できませんが、20%~50%と言われる無症状感染者が料理をつくったり、配膳したりする中で料理を介した接触(媒介物)感染で広がっている可能性も否定できないと考えてしまいます。こうやって考えてできる次なる予防もあれば、そんなのあり得ないと否定してできない次なる予防もあります(笑)。何より、感染症対策の原則を、これからもきちんと考え続けたいと思います。
本年もよろしくお願いします。