「紳也特急」カテゴリーアーカイブ

紳也特急 299号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
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~今月のテーマ『膣内射精障害の新たなリスク?』

●『生徒の感想』
○『対話で生まれる気付き』
●『偏見や差別を助長する情報』
○『自分の選択肢を増やす情報』
●『膣内射精障害と子宮頸がん?』
○『溶連菌による集団食中毒』
●『落下付着した飛沫に注意』
○『AIDS文化フォーラム in 横浜のお知らせ』
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●生徒の感想

 今まで考えたこともないようなことが話で出てきて、頭がついていかなかったんですが、個人的に思ったことは、性とか自分が恥ずかしい、調べたくないようなことでも、自分自身を守っていくために知っておくことは大切だなと思ったのと、これから先、なにが起こるかわからないからこそ、時々岩室先生の話しを思いだしてみようと思います。(中3女子)

 皆さんはどれだけ「今まで考えたこともないようなこと」に遭遇してきたでしょうか。実は岩室紳也はこの1ヶ月の間にもいくつもの「今まで考えたこともないようなこと」に遭遇しました。その代表格が「膣内射精障害の新たなリスク?」であり、「溶連菌による集団食中毒」でした。
 そこで今月のテーマをわかりやすく「膣内射精障害の新たなリスク?」としました。

膣内射精障害の新たなリスク?

○対話で生まれる気付き
 最近、いろんな方と対面で話すことが増えました。飲み会の席だったり、イベントでの立ち話だったり、それこそ患者さんとの診察室でのマスクを外した雑談だったり。その中で、特に1対1の関係性だからこそ聞かせていただける話がいくつもあります。その一つが膣内射精障害の新たなリスクを考えさせられた事例でした。
 男性の膣内射精障害は今や深刻な事態になっており、講演会で「床オナ禁止」と言ったことを話すようになって久しいです。ただ、いくら岩室紳也が声高に伝えたところで全国の床オナ事情がそう変わるとは思っていませんでしたが、少しでも膣内射精障害で苦しむ人を減らせればという思いで講演の中に必ず入れていました。しかし、そんな悠長な話ではありませんでした。
 ある方と雑談する中で「子宮頸がんで子宮全摘をしなければならない人がいた」というだけではなく、「その方のパートナーが膣内射精障害だった」という話を伺いました。思わず「何でこれまで膣内射精障害の新たなリスク?について考えてこなかったのか」と大いに反省させられました。

●偏見や差別を助長する情報
 今まで子宮頸がんのリスクとして、性交人数が多い、多産、タバコを吸う、ストレスが多いなどといった情報が流布された結果、スティグマ、偏見、差別がいろいろ貼られ、どれだけの人が苦しんで涙を流してきたことでしょうか。またそれらのスティグマの結果、子宮頸がん予防で大事なHPVワクチンの接種や検診の必要性が十分浸透していません。HIV/AIDSでも不特定多数との性交渉、MSM(男性同性間性的接触)、肛門性交といったことが強調され、他人ごと意識が助長され本当に必要な検査やコンドームのことが十分伝わらなかったり、異性間の性交渉で感染した方に「ゲイでもなければ遊んでもいないのに」と言われたりすることもありました。新型コロナウイルス感染症でも夜の街、ホストクラブ、飲食店利用者と言った犯人捜しの結果、未だに正しい情報が伝わっていない現実があります。
 すなわち、偏見や差別を助長するのは情報の伝え方の問題もありますが、一方で受け止める側の問題でもあります。確かにHIV/AIDSで感染している人はMSMの方に多いのですが、それならその方々にどう啓発すればいいかを考えるべきところ、その情報をMSMの方の排除につなげる人が未だに多いのも事実です。

○自分の選択肢を増やす情報
 1人の感染症予防医として、一人ひとりが予防したいことについて、自分ができること、自分の選択肢を増やす情報をいかに伝えられるかを考え続けてきました。最近のことで言えば、「新型コロナウイルス感染予防のため、自分の飛沫を料理にかけたり、他者の飛沫がかかった料理を食べたりしないようにしましょう」と言い続けています。このような情報は「どこにエビデンスがあるのだ」というお叱りの、岩室個人への攻撃材料にはなるものの、新型コロナウイルスに感染した方へのスティグマ、偏見、差別にはつながりません。
 ここから書かせていただくことは、もちろんエビデンスもなければ、個人的な見解ではありますが、皆さんが考え、伝え、選択する材料になればと思って書かせていただきます。

●膣内射精障害と子宮頸がん?
 膣内射精障害でこれまで岩室が意識していたことは、男性が膣内で射精することでができないため、気が付けば長時間、膣とペニスの挿入を継続していることがカップル双方の負担になったり、妊娠ができなかったりすることだけでした。しかし考えてみれば当たり前のことですが、妊娠希望のカップルが、コンドームを使わないで長時間の性交を繰り返ししていれば、結果的にペニス(亀頭部)に付着したHPV(ヒトパピローマウイルス)が子宮頸部に付着、定着する確率が高くなります。もっとも、そもそも子宮頸がんの原因であるHPVは亀頭部から子宮頸部に付着するという事実がきちんと伝えられていません。
 男性の陰茎がんの原因の一つがHPVであり、真性包茎のように亀頭部をむいてHPVを除去する清潔操作ができない人が陰茎がんのリスクが高いことは泌尿器科医の常識です。子宮頸部に感染、移植されるHPVは男性亀頭部から運ばれるため、男性の亀頭部をごしごし洗い、亀頭部に付着したHPVを少しでも減らすことでHPVを子宮頸部に移すリスクを減らす必要があることはこれまでも伝えてきました。HPVワクチンが有用であることは否定しませんが、9価ワクチンを使ってもカバーできるHPVのタイプは9割ですので、HPVに感染するリスクを減らすことはワクチンを打っている人にとっても重要です。
 これから床オナの話をする際に、「子どもを一緒につくりたい大事なパートナーの子宮頸がん予防のためにも、本人にワクチン接種と検診受診を丸投げするだけではなく、自分自身が膣内射精障害にならないオナニーをマスターしましょう」と言いたいと思いました。

○溶連菌による集団食中毒
 もう一つの「今まで考えたこともないようなこと」が溶連菌による集団食中毒でした。このことにたどり着いたのが、少し前から話題になっている「人食いバクテリア」でした。新型コロナウイルスでもそうでしたが、ニュースやワイドショーで伝えられる専門家による解説や感染予防策が今回も納得できませんでした。とはいえ、ずいぶん前の診療所時代に子どもたちの溶連菌感染症を診療したのを最後に、あまり勉強もしていなかったので改めていろいろ調べて見てびっくりしました。溶連菌による集団食中毒が多数報告されていたのです。
 保健所でノロウイルス対策や様々な食中毒関係の事案を経験していましたが、溶連菌(溶血性連鎖球菌)で集団食中毒が発生していたことは不勉強と大いに反省するとともに、考えてみれば当たり前のことでした。詳しくはHPにアップしていますが、溶連菌の食中毒で一番学ばなければならないのが、新型コロナウイルス同様、感染経路を再確認することでした。

●落下付着した飛沫に注意
 溶連菌の感染経路をインターネットで調べてみてください。ChatGPTに聞くと以下の回答でした。
Q:溶連菌の感染経路を教えてください(2024年6月27日)
A:(中略)食べ物や飲み物を介して:感染者が扱った食べ物や飲み物を摂取することで感染することもありますが、これはまれです。
 溶連菌感染症は特に小児の間で一般的で、保育園や学校などで集団発生することがよくあります。感染予防のためには、手洗いや咳エチケット(咳やくしゃみをする際にはティッシュや肘で口を覆うなど)が重要です。

 食べ物を介した感染は「まれ」と言い切っています。しかし、東京都保健医療局には「食品を介して最近が口に入って感染する「経口感染」があります」とありますし、過去の流行のグラフを見ると、学校の春夏冬休みの時期とゴールデンウィークに流行が収束しています。
 このことに学べば、感染した人がマスクをせずに食べ物を扱ったりすれば食中毒が起きても全く不思議ではないだけではなく、溶連菌が流行する幼児期や学童期のお子さんは自宅で家具や床に溶連菌を付着させている可能性があります。傷や水虫から溶連菌が侵入して起こる劇症型溶連菌感染症を予防するには、傷の手当を清潔にするだけではなく、溶連菌の侵入経路になり得る水虫等も放置せず、治したり、体全体の清潔を心掛け毎日入浴したりすることが重要と言えます。溶連菌の食中毒に学べば、新型コロナウイルスを含んだ飛沫が落下付着した食べ物を食べて新型コロナウイルスに感染するのは、エビデンスはなくても当たり前と思いませんか。でも、こう主張しても「エビデンスは?」と未だに反論されますが、反論している専門家たちは溶連菌による集団食中毒のことを知っているのでしょうか。実は多くの論文は医者ではなく、食品衛生監視員の人たちが書いたり、報告したりしているようです。
 まだまだ分からないこと、不勉強なことがあるようなので、これからもアンテナを高くし、考え続けたいと思います。

○AIDS文化フォーラム in 横浜のお知らせ
 2024年8月2日(金)~8月4日(日)第31回AIDS文化フォーラム in 横浜が開催されます。
 ぜひ会場にいらしてください。お会いできるのを楽しみにしています。

紳也特急 298号

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~今月のテーマ『コロナは何も変えなかった』~

●『学生の感想』
○『専門家ではないので』
●『HIV/AIDS診療の今昔物語』
○『「考え続ける」「つなぎ続ける」という専門性』
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●学生の感想
 
 私は元々不登校で、中学に約2年通っていない。高校からは少し特殊な学校に通い、なんとか社会復帰した。その過程でたくさんの社会の外れものを見てきたし、自分も、少なくとも世間一般の人達よりは、そのような経験をしてきたつもりだ。そんな私には、この世に溢れる「人とのつながり」を説くようなもののほとんどが何もわかっていない偽善者の戯言と感じられた。
 しかし、今回の講義は違った。岩室先生はこの講義で、自立とは依存先を増やすこととおっしゃり、一貫して人に頼ることを肯定し、そこから学んで前に進むように説かれていた。人に受け入れられることを諦めて自分の力だけを頼りに生きなければならないと思って生きてきた私にとってかなりの衝撃であった。今までの人生の全てが否定されたということによる不快感と、今までの苦悩が全て報われて救われたような感覚を同時に味わった。私の人生の分岐点になる様な、大きな経験をさせてもらった気がしている。もし今回の講義を私が10代の頃に聞く機会があれば、私の人生は全く異なったものになっていたのかもしれない、そう感じられるような時間だった。思いもよらないところで、貴重な時間を過ごさせてもらった。ありがとうございました。(大学生男子)
 
 この感想をいただき、いろんな思いが私の中で行き来しました。ただ、一つだけ思ったのが、この大学生が10代の時に私の全く同じ話を聞いてもおそらく今回のように響かなかっただろうと。私自身も、様々な経験、出会い、他者の話に影響を受けてきました。他者の話で言うと、忘れもしない、もとNHKアナウンサーの松平定知さんの講演を聞いた時のショックは今でもよく覚えています。マイク1本で2時間近く、聴衆を、少なくとも私を飽きさせることなく話していました。しかし、なぜ松平さんの講演が私のこころに刺さったかというと、自分自身が講演をし始めていたからでした。
 
 人は経験に学び、経験していないことは他人ごと。
 
 確かに様々な経験に直接学べる時もありますが、私の場合は自分自身が一つ一つの経験の積み重ねに学んでいたと改めて学ばせていただきました。
 一方で経験に学べないことも多々あったのがコロナ禍でした。これまで、なぜ、人はもっと科学的に感染対策を考えられないのかと思ってきましたが、それは大きな勘違いだったと反省させられました。そこで今月のテーマを「コロナは何も変えなかった」としました。

コロナは何も変えなかった
 
〇専門家ではないので
 ある方とHPVワクチンの議論をしていた時に、「専門家ではないので」とかわされてしまいました。いやいや、今、二人でしている議論、対話は専門家としての知識や知見をやりとりしているのではなく、むしろ一般人が持たなければならない視点についてなのにと思いつつ、「なるほどこうやって議論を、対話を避けるのか」とも思いました。
 コロナ禍で繰り返しマスコミに登壇した「専門家」もそうでしたし、いま、様々な課題をマスコミ、特にテレビで紹介する時に「専門家に聞いてみました」という振りになることが多いですよね。そしてその専門家に疑問を挟まない暗黙のルールがあるかの如く、「しかし、こういう見方もできるのではないでしょうか」といった突っ込みは一切行われません。
 実は岩室紳也は泌尿器科医でありながら、気が付けばHIV/AIDS診療に携わり、薬物依存症の方の診療もしています。そもそもHIV/AIDS診療の専門家は、薬物依存症診療の専門家は誰でしょうか。医療関係者の理解で言うと少なくとも泌尿器科医ではないはずです。なのに、どうして私が対応しているかというと、当初のHIVは他に診てくれる医者がいなかったり、薬物依存症の患者が適切、専門とされる診療科や支援施設、支援団体にアクセスしたがらなかったりするからでした。

●HIV/AIDS診療の今昔物語
 30年前の1994年、横浜で国際エイズ会議が、第1回AIDS文化フォーラム in 横浜が開催され、当時の県立厚木病院で最初のAIDSの患者さんを受け入れるという岩室紳也の人生でおそらくもっとも激変の年でした。その後、HIV/AIDS患者さんが増えるにしたがって、近隣の大学や病院の医師や薬剤師さん、看護師さんと勉強会を開催し、顔が見える関係性を構築するための「小田急HIV沿線の会」を開催してきました。コロナ禍で4年間開催できませんでしたが、つい先日再開し、そこで私は「HIV/AIDS診療の今昔物語」という話をさせていただきました。
 1994年当時、感染が判明した人たちは、治療薬がないだけではなく、セクシュアリティへの無理解や様々な場面で診療拒否に遭遇していました。しかし、歯医者さんと顔を突き合わせ、勉強会を重ねた結果、HIVに感染している人の歯科診療体制を構築することができました。認知症になった方の施設入所に当たっては、施設に出向き、感染防御策等をきちんと丁寧に説明させていただくと受け入れはスムースどころか、「認知症が進む前に、もう少し早くこの方を紹介していただければ、この方の人となりを理解した介護ができたので、次はもう少し早目につないでください」とアドバイスを受けました。在宅ケアは訪問入浴、訪問看護、ヘルパーさんを含め、こちらの想像以上の方の支援を得ることができました。透析が必要な人には透析を受け入れる施設も確保することができています。すなわち、「今」も「昔」も、専門性とか、universal precautionといった理屈の一方的な押し付けではなく、この人を何とかしたいという思いで人と人をつなぎ続ければ、様々なことが少しずつ前に進むということを話させていただきました。

〇「考え続ける」「つなぎ続ける」という専門性
 大学生が「自立は依存先を増やすこと」という言葉に反応してくれたように、私もいろんな依存先を増やし続けてきたからこそ、いろんな人が私の患者さんだけではなく、私たち病院の職員をも支え続けてくださっています。
 一方で新型コロナウイルスの現状を見ると、デルタ株まではいろんな人がいろんな工夫をし、それはそれで一定の効果はあったものの、オミクロン株になり重症化する人が確実に減った結果、報道もされず、でも今また全国で感染者数が増えてきているのに次のワクチン接種は秋冬頃となっています。身近でもクラスターが出ていますが、感染経路対策については4年以上が経過したにもかかわらず全くと言っていいほど浸透していません。
 そもそも新型コロナウイルス感染症の蔓延が始まった頃から、マスコミだけではなく、ほとんどの国民は専門家が言っていることを自分勝手に受け止めるだけで、考えることを放棄したまま今日に至ったのだと気づかされました。これまでコロナ禍の問題点を考えてきたつもりでしたが、気が付けば、「考えることを放棄している日本社会」に新型コロナウイルスが入り込んだというコロナ禍の本質に目を向けていなかったことを今頃気づき、反省している次第です。
 新型コロナウイルス感染症だけではなく、社会には様々な課題が山積しています。これからもできることは何かを考え続けることを放棄せず、できることを重ね続けたいと思いました。紳也特急のトップに「社会が直面する課題を専門家の立場から」と専門家を名乗っていますが、では岩室紳也は何の専門家なのか。「考え続ける」「つなぎ続ける」という専門性を持った専門家になりたいと改めて思いました(笑)。

紳也特急 297号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
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~今月のテーマ『性犯罪が減らない理由』~

●『教員の性犯罪』
○『10年経っても変わらない視点』
●『こころを病むから犯罪者に』
○『こころを病まないために』
●『信頼・つながり・お互い様』
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●教員の性犯罪

 残念なニュースが続いています。リンクはすぐ切れるでしょうから記事の冒頭だけ紹介します。

 中学校元校長を懲戒免職 スカート内を盗撮か 相模原市教委
 相模原市立の中学校の元校長が電車内や駅の構内で女性2人のスカートの中などを盗撮したとして、市の教育委員会は懲戒免職の処分にしました。

 女性教諭(27)が保健室で男子生徒にキスして懲戒免職 相談を受けたのに適切な指導をせず抱きしめる 「私を守って」とメッセージも
 中学校の保健室で、男子生徒を抱きしめたりキスをしたりなどした、27歳の女性養護教諭が懲戒免職処分になりました。4月23日付けで懲戒免職処分となったのは、三重県内の公立中学校に勤務する27歳の女性養護教諭です。

 東京の小学校の男性教諭逮捕 勤務校の男子児童に抱きつきか
 3月、都内の小学校に勤める38歳の男性教諭が春休み中に駐車場で同じ学校の男子児童に抱きついたとして、不同意わいせつの疑いで逮捕されました。

 懲戒免職。逮捕。盗撮。不同意わいせつ。こういう記事を皆さんはどのような思いで読んでいるのでしょうか。
 2024年10月に全国被害者支援ネットワークに研修会を依頼されました。常々「犯罪予防も健康づくり」(紳也特急188号)と言い続けてきたことで認めていただいたようです。しかし、多くの日本人は未だに「犯罪予防は厳罰化で」という発想しかないと思いませんか。そこで今月のテーマを「性犯罪が減らない理由」としました。

性犯罪が減らない理由

〇10年経っても変わらない視点
 先に紹介した相模原市の元校長による盗撮事件について、相模原市の鈴木英之教育長は2024年4月18日に開かれた会見で「校長がこのような行為をしたことは誠に遺憾で被害者にお詫び申し上げます。今後起こらないように教職員への研修を繰り返していきたい」と話していました。2014年に神奈川県立高校の教頭が電車や駅構内で盗撮を繰り返していたとして懲戒免職処分になった際、神奈川県教育委員会の桐谷次郎教育長は「教職員を厳しく指導していきたい」と話していました。
 この時から性犯罪が起きる度に教育長、教育委員会は指導や研修を徹底すると言っています。一方で私は指導や研修では性犯罪は減らせませんと言い続けてきました。百歩譲って研修で、指導で犯罪が予防できるのだとすると、その研修を、指導を十分、効果的にしていなかった責任が教育委員会にあります。教育長は監督責任を取る必要があるのではないでしょうか。でも、多くの人は研修で、指導で簡単に予防できるはずもないと思っているのでマスコミも教育長の責任追及をしません。では、どうすればすべての犯罪を止められないまでも、少しでも犯罪を減らせるのでしょうか。

●こころを病むから犯罪者に
 人が犯す罪の中には確かに情状酌量の余地があるものも存在します。しかし、誰が考えても性犯罪は情状酌量の余地はありません。では、皆さんはどうしてそのような犯罪の加害者にならないのでしょうか。精神科医の春日武彦先生に教わった視点が一番「犯罪者の本質」をついていました。犯罪者をこころが病んだ状態の人ととらえることでした。

 こころを病むとは、その人のものごとの優先順位・価値観が周囲の人の常識や思慮分別から大きくかけ離れてしまうこと。

 性犯罪を例に考えるとわかりやすいです。すべての男がそうだとは言いませんし、異性愛者ではない人もいますが、女性の下着に興味を持つ男は大勢います。しかし、その男たちのほとんどは盗撮をしません。なぜなら「犯罪者にならない人のものごとの優先順位・価値観が周囲(世間一般)の人の常識や思慮分別からかけ離れていないから」です。裏を返すと「犯罪者、盗撮者になる人のものごとの優先順位・価値観は周囲(世間一般)の人の常識や思慮分別から大きくかけ離れてしまっている」のです。

〇こころを病まないために
 では、こころを病まないために何が必要なのでしょうか。こころを病めば当然のことながらストレスが溜まります。春日先生は、誰しも、すなわち結果的に犯罪者になってしまう人も、本当は目標のある生活をしたいと考えていると言います。ただ、誰しも実生活の中で挫折や失敗、失恋等を経験します。問題はその時にいろんな人との関係性の中から客観性、経験、情報、志、余裕、想像力をもらえると、そのストレスを乗り越えることができると言います。逆にそれらがないとストレスをため込み、こころが病み、犯罪者となってしまう。
 欲求の5段階説や自己実現と誤訳されたマズローのhierarchy of needs(人が必要としていることの階層化)に学べば、自己実現ではなく、自らの才能や潜在能力に応じて、できることを具現化すること(self-actualization)が必要、needsです。そのためにはいろんな人から受けるlove、すなわち大切に、大事にされる経験こそが必要、needsです。さらに、自分自身がいろんな人を大切に、大事にする経験がなければ自尊心や自信が得られず、self-actualizationの要素の一つである「道徳心」が育たず、犯罪者になるのです。

●信頼・つながり・お互い様
 犯罪予防も健康づくりという言葉を裏付ける考え方がソーシャルキャピタル、社会関係性資本です。ソーシャルキャピタルの三要素は「信頼」「つながり」「お互い様」です。そしてこの三要素が揃っている環境で暮らしている人は自らが健康的な行動をとれるだけではなく、地域の治安、防犯にも効果があることがわかっています。しかし、皆さんは「人とつながることで犯罪は予防可能です」と言われてもすぐに「そうだよね」と思えないですよね。岩室紳也も公衆衛生をきちんと勉強していなかったころは同じく思えませんでした。ましてや気が付けば教育長になっていた方々がこのような視点を持っているはずがないのは百も承知です。
 では、どうすればいいのでしょうか。人とつながることがウザイと思っている多くの人たちに、犯罪だけではなく、ひきこもり、不登校、児童虐待を減らすには人と人をつなぐことが大切、と言ってもスルーされるだけです。そして、これからもどこかの教育長が「性犯罪予防のために研修や指導を徹底します」といい、国民がそのニュース映像を見て納得し、次なる犯罪被害者が生まれる・・・・・これが犯罪を減らせない理由なのです。実は教育長だけではなく、マスコミも、国民も「犯罪予防は厳罰化で」ということを正解と信じ切っている正解依存症に陥っていないでしょうか。
 依存症の治療はなかなか難しいですが、国民一人ひとりのneedsが明らかになったからには、私はこれからも地道に人と人がつながる大切さを訴え続けたいと思います。犯罪被害者を減らすために!!!

紳也特急 296号

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~今月のテーマ『次なる失われた30年』~

●『生徒の感想』
○『なぜ「失われた30年」になったのか』
●『終活で気づいたこと』
○『人は考えることを放棄するもの』
●『反省はしても後悔はしない』
○『30年後も続くマスク禍?』
●『二刀流を誇りに』
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●生徒の感想

 LGBTは学者などが人間を知り尽くしたいという自己満足で名前をつけ分類したものだと思うのですが本当に必要なのでしょうか。分類してしまう事自体が差別的であり、LGBTを理解できないというセクシュアリティを持つ人々に強制してしまっているのではないか、LGBTに関わらず、分類さえしなければ差別や争いが生まれることはないのではないかと思っています。(高2男子)

 LGBTQについて理解はしないけれど認めるという言葉がとても印象に残った。私は今までLGBTQについて理解を深めるのが大切だと考えていた。しかし、どのように理解を深めればいいのかよく分からなかった。自分が正しい、自分が普通といった認識を持っていたからだ。先生の講演を聞き、まず私が考えていた普通とはなにか、そもそもLGBTQに普通など存在するのかを考えさせられた。先生がおっしゃっていた通り自分は体は女性であり、性の認識も女性であるが、なぜそうなのかは自分でもよくわからないし理解できない。自分のこともわからないのに同性愛者のことなんて理解できるはずもない。私が自分自身の身体、性を認めているように他の人のことも理解をするのではなく認め合うことが大切ということを学んだ。(高1女子)

 自分のためにも相手のためにも、今回のお話を全世界の人たちの共通理解?になればいいなと思います。LGBTで男性同士、女性同士が好きな人がいるから、同性でも結婚できる国もあるのに、日本はまだ認められてないから不思議です。(中3女子)

 学校では色々な問題の正解を求められる、もしくは自分の正解を見出すことが多い。しかし、今回の講習は今までの常識を教えられてきた定石を覆すようなお話だった。学校でこのような切り込んだ話はしないものだと思っていたため驚いた。心の中に秘めていた表には出さないようにしていた考えをしても良いと感じ心が少し楽になった。友達に気軽に話せるようになりたい。堂々と自身を持って人前で意見できるようになりたいと思った。(高1女子)

 日本が正解依存症になってしまっているという点に非常に共感を持てました。近年正しさを追求するあまり多くの人がその行動に理由をつけようとしています。これが自分はとても嫌だと感じます。自分の考えを持たずただ提示されたものに疑問を持たないこと、その結果人が話すことに不正解だと言い正解を話すということが一種のパターンになってしまうことがとても不安です。今日先生に話してもらったことを一つの考えとして受け止め、今後の人生に役立てたいと思います。(高2女子)

 沖縄で開催された第25回GID(Gender Identity Disorder:性同一性障害)学会で学会の名称がGI(Gender Incongruence:性別不合)学会に変更されました。その学会で「トランスジェンダーと性教育」というタイトルで講演をさせてもらう準備をしながら講演をしていたからか、それとも学会で話を聞いてくださった当事者の方々も「理解ではなく存在を認める」という視点に共感してもらえたからか、前記のような感想を多くいただきました。若い生徒さんの力ってすごいですよね。生徒さんや学会の参加者の多くは頭が柔軟ですが、残念ながら私を含め、多くの人は大人になるとなかなか硬くなった頭を、思考パターンを修正することは至難の業です。未だに屋外で、一人で運転している車の中でマスクをしている人たちを見ると、コロナ禍はこれから30年は続くのではないかと思い、今月のテーマを「次なる失われた30年」としました。

次なる失われた30年

○なぜ「失われた30年」になったのか
 日経平均株価が約34年前の1989年末につけた終値を上回り、史上最高値を更新しました。低成長と物価低迷が続いたこの30年余は「失われた30年」と言われていますが、気が付けば欧米の給与が、物価が日本の倍以上に、逆に日本人の給与が、物価が欧米の半分になっています。春闘での賃上げが報道されても、相変わらず「物価が高い」というテレビ報道は消えません。そもそも物価が高騰しなければ、物づくりをしている人たちの収入は増えないのに、どうしてそのことを報道しないのでしょうか。答えは簡単で視聴者が求めていないから、すなわち「そうだ、そうだ」となれないからです。
 「失われた30年」になった本当の理由は100円ショップの台頭を含め、「とにかく安いのが一番」という空気を、考えることなく受け入れてきた、生活習慣、思考パターンが原因ではないでしょうか。でわが家はというと、購入した中古マンションが2.5倍になっても踊らされることなく、身の丈に合った生活をこれまでも、そしてこれからも続けるだけです。

●終活で気づいたこと
 よく「人に迷惑をかけたくない」という話を聞きます。最近はお葬式も家族葬が増え、子どもたちが人の死を、命を感じる機会がなくなっているにも関わらず、大人たちは家族葬を選ぶ一方で「命を大切に」というきれいごとを言って自己満足しています。
 そこでふと思ったのが、「岩室紳也が死んだ時に何が誰の、どのような迷惑になるのか?」でした。事務所を兼ねた自分の部屋を見渡すと、引っ越して来て以来20年以上ほぼ触っていないカメラや、どんどん増えるパソコン関連の機械等があふれていました。それらを一つずつ、いま流行りの終活のつもりでメルカリで処分し続けています。でも、裏を返せば、不要なものが増えてもそのことに気づかないまま、考えることを放棄していた自分がいたということです。他の人には考えることを放棄しないことの大切さを伝えたいと思っていたにも関わらず、当の自分が考えることを放棄していました(笑)。

○人は考えることを放棄するもの
 結局のところ、自分自身が一番学ばなければならなかったことは「人は考えることを放棄するもの」だということでした。コロナでの状況を思い出すと、海外ではある段階から考えることを放棄した結果、マスクを使わず、感染が広がり、多くの方が亡くなり、でもウイルスが弱毒化する中で集団免疫をある程度獲得し、コロナ前の生活を取り戻しています。一方で日本では、3密回避、マスク着用等が浸透し、感染経路について考えることを放棄し、結果的に「とにかくマスク」という生活習慣が残ったにもかかわらず、コロナだけではなく季節外れのインフルエンザの流行に遭遇しています。でも、日本の専門家はコロナ対策が上手くいったから死者が少なかったと言っていますが、コロナ対策の副作用については因果関係が明確ではないのでなかったことになっています。
 一公衆衛生医として新たに考えなければならないことは「人は考えることを放棄するもの」という事実とどう向き合えばいいかでした。

●反省はしても後悔はしない
 亡くなった親友でHIVの患者でもあったパトが教えてくれた言葉です。自分で考え、選択した、決めたことだから、いろいろ反省点はあっても後悔しない。確かにその通りですね。
 人を変えることはできないけれど、人は変わることはできる。ドヤ街で活動している人が教えてくれた言葉です。人を変えようとしている間は、結局は人間という生き物の本質を理解しておらず、人を変えられると錯覚しているだけだと改めて反省させられました。
ではどのように考え、後悔しないようにすればいいのでしょうか。

○30年後も続くマスク禍?
 実はコロナ禍の前から中高生でマスクが外せない生徒さんが増えていました。そのことを問題視する大人たちも気が付けばコロナ禍で「マスクは個人の選択」を刷り込まれ、コロナ禍前の危機感がかき消されてしまいました。今も「春は花粉症の季節なので、多くの人がマスクをしているのは花粉症だからで、もう少しすればマスクをとる人が増える」と思っている人も多いと思いますが、そうなるどころか、30年後は今以上にマスクをしている人が増えているのではないでしょうか。

●二刀流を誇りに
 で、岩室紳也はこれからどうするのか、どうしたいのか。明後日の4月3日に医学生に公衆衛生の講義をするのですが、講師紹介を次のようにお願いしました。

 自治医科大学医学部卒後、臨床医、公衆衛生医の2刀流を実践し続け、AIDS文化フォーラムというボランティア活動は31年目を、東日本大震災後岩手県陸前高田市の支援は14年目を迎える。

 大谷翔平選手の二刀流がすごいと尊敬されているのは、打者も、投手もどちらもすごく大変なことだと多くの人が理解しているからです。確かに打者も投手も結果が数字として残るので誰から見てもその両方で数字を残している大谷選手は「すごい」となるのですが、残念ながら公衆衛生は結果が簡単に出ません。だから臨床医を辞めて気楽に転職できる分野としか思っていない医者が少なくありません。でも、そんなに甘い世界ではないことを学生さんに伝えたいと改めて思いました。
 そして、30年後にマスク禍が悪化し、マスク率だけではなく、自殺が、不登校が増え続けていても、自分にできることは何かを考え、生徒さんと、住民の方と、様々な方々と、一人ひとりが否定されない、一人ひとりの言葉を拾ってもらえる対話を重ね、一人ひとりが元気をもらえ、とにかく後悔せずに済む地域づくりを続けたいと思いました。これからもよろしくお願いします。

紳也特急 295号

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~今月のテーマ『多様性って何?』~

●『生徒の質問』
○『認めていないから認めよう?』
●『多様性の意味』
○『岩室紳也の回答』
●『多様性とdiversityの違い』
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●生徒の質問

 「なぜ医者になったのですか?」
 
 「人とうまく話すにはどうすればいいですか?」
 
 「先生にとって多様性って何ですか?」
 
 このような質問を受けた時、皆さんならどう答えますか。
 
 卒業前のこの時期に講演を依頼されることが多いのですが、講演終了後にこのような質問がひっきりなしに続き、うれしくなります。相変わらずマスクをしている生徒さんが半数以上という現実の中で、20年後にこのコロナ世代で引きこもり、自死が顕著になり、少子化どころか結婚ということが過去の人たちがしていたこととならなければと懸念しています。一方で自分なりに考え、その思いをぶつけてくれる生徒さんにこそ、他の生徒さんが学んで欲しいという思いで返事を返しています。
 「なぜ医者に」というのは私の講演があまりにも医者らしくないと映るからでしょうか。医者になったのはある方に勧められ、「No」と言えず、気が付けばこんな仕事をしていました。「うまく話す」は講演が聞きやすかったからでしょうか。いつも意識していることが「対話」で、自分の思いを押し付ける「会話」にならないように心がけるといいですよと話しています。いろいろあった質問の中で特に印象的だったのが多様性についての質問だったので、今月のテーマを「多様性って何?」としました。

多様性って何?

○認めていないから認めよう?
 「先生にとって多様性って何ですか?」と質問してくる生徒さんがいた時、皆さんはどのような思いでその生徒さんに向き合うでしょうか。一見すると自分の身体的な性とは異なる性自認をしているようにも見えたのですが、実はそれは私にとってどうでもいいことでした。
 そもそもこの生徒さんがなぜ岩室にこのような質問をしたのか、気になりませんか。私は講演の中で、ゲイだということを知らなかった男性の友人が私に自分のセクシュアリティをカミングアウトした時、自分自身のセクシュアリティに向き合っていなかった自分自身の経験談を紹介していました。この生徒さんがその話をどう受け止めたかはわかりませんが、おそらく「多様性を認めよう」「多様性を理解しよう」という声が非常に大きい中で、岩室は一言も「認めよう」とは言わず、はっきりと「岩室は理解できない」と他の人とは違った見方を伝えたのでそこを聞いてみようと思ったのではないでしょうか。
 そもそも「認めよう」ということは「認めていない人が多い」の裏返しですし、認めていない人が多数派だから「認めてあげよう」という上から目線の、他人ごとの発想が生まれるのだと思います。世の中には理解できないことが多い中で、理解できるという発想自体が変です。

●多様性の意味
 「多様性」の英訳はdiversity、variety、multiformity、multifariousness、manifoldnessですが、広辞苑で「多様性」は出ていません。
 Oxford English Dictionaryでdiversityを調べると“The quality, condition, or fact of being diverse or different; difference, dissimilarity; divergence.”とあります。
 ChatGPTに「多様性とは」と聞くと「さまざまな要素や特性が存在することを指します。これは人々や事物、思考や意見、文化や言語などが異なることを包括しています。多様性は、個々の違いを認め、尊重し、受け入れることを重視する考え方や価値観を表しています。社会全体や組織、グループなどにおいて、異なる背景や経験を持つ人々が共存し、相互に学び合うことが重要であるとされています」と回答してくれています。怖いと思いませんか。「認め、尊重し、受け入れることを重視する考え方や価値観」があたかも正しいかのような説明です。
 Copilotでは、「多様性とは、人や物事がさまざまな種類や特徴を持っていることを言います。例えば、人の多様性とは、性別や年齢、国籍、価値観など、人々がそれぞれ違う属性や思考を持っていることです」との回答でした。

○岩室紳也の回答
 先ほどの生徒さんに私は次のように返事をしました。
 
 あなたと私は全く違う人間です。われわれの周りにいる一人ひとりもわれわれと全く違う人間です。性が違う人もいれば価値観が違う人もいます。すなわち私にとっての多様性というのは事実としてそこに存在していることでしかありません。LGBTQ+について「多様性を認め、理解しましょう」という人がいますが、その考え方に私は違和感を覚えます。正直なところ私はLGBTQ+の人のことは理解できません。と同時に、私自身は異性愛者ですが、なぜそうなのか理解も説明もできません。さらに言うと、異性ならだれでもいいかというとそうではないのに「異性愛者」という言い方も実は変だと思っています。
 一方で私は医者です。LGBTQ+の人たちのことが理解できなくてもHIV(エイズウイルス)に感染しているゲイの方の診療もしていますし、FTM、女性から男性に性転換した人の、MTF、男性から女性に性転換した人たちのホルモン療法はさせてもらっています。これは医療技術提供者として当然のことだと思っていますが、それをしてくれる医者が少ないのも社会の現実です。
 
 いかがでしょうか。こう答えたのは次のような考えに基づいてです。
 
●多様性とdiversityの違い
 日本ではdiversityという言葉も「多様性」と同義語として使われていますが、違うということはお判りいただけたのではないでしょうか。英英辞書にあるように、diversity、違いは事実、factでしかありません。他人が認めるとか認めないといった判断が入ることではありません。色覚異常がない人にとって、赤と黒の違いのように。すなわち、日本でいう多様性とは、「他者が認めなければならないもの」のようですが、英語で言うdiversityとは「他者がその存在を認めたり、理解したりしなくても、そこに事実として存在するもの」です。
 LGBT理解増進法なるとんでもない法律ができましたが、私はLGBTはもとより、自分自身も理解できません。皆さんはいかがですか?

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~今月のテーマ『対話を阻む正解』~

●『生徒の感想』
○『経験が学びになるには?』
●『自分ごとの経験が不可欠』
〇『住民力の大切さ』
●『一人ひとりの正解』
〇『対話を阻む正解』
●『正解がないのが対話』
〇『緊急時、災害時にこそ対話を』
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●生徒の感想

 考えることによって正しい知識を得ることができるということがわかった。感染症や誤訳について新しい見解を知ることができたのが印象に残った。(高3男子)

 答えづらい質問をするのは少し良くないと思ってしまった。相手を不快にさせてしまうかもしれないから。(高2女子)

 講演会も復活し、いろんな生徒さんの感想をもらいますが、今回は敢えてこの二つだけを紹介したいと思いました。そして今月のテーマを「対話を阻む正解」としました。

対話を阻む正解

〇経験が学びになるには?
 正月早々能登半島地震が発生してから1ヶ月経ちました。いろんな情報が飛び交っていますが、被害は本当に甚大であるにも関わらず、感染症や震災関連死の増加、復旧の遅れ、支援の遅れ、等々、様々な指摘がされています。私は東日本大震災の際には陸前高田市につながりがあったことでお手伝いに入ることができましたが、今回は残念ながらつながりがないことから募金以外に関わる方策がないのが現状です。ただ、災害に備えるために必要な視点について、いろいろと気づかされ続けています。
 これまで繰り返し「人は正しい知識に、正解に学ぶのではなく、経験に学び、経験していないことは他人ごと」と言ってきました。しかし、今回の震災を受け、このことをもっと突き詰める必要があると気づかされました。自分自身、東日本大震災で被災した岩手県陸前高田市に今でも入り続けており、震災やそこからの復旧、復興に当たっていろんな経験をさせてもらっていたにもかかわらず、経験していても十分学習できていなかった、身についていなかった、考えていなかったことが多々あることに改めて気づかされました。その一例が水道の耐震化の問題でした。

●自分ごとの経験が不可欠
 今回、能登半島地震の報道で上下水道管の復旧に時間がかかっていますが、そもそも水道管の復旧にどれぐらいの時間がかかっていたのかを考えたことはありませんでした。さらに自分自身が住んでいる地域の水道管の耐震化がどの程度進んでいるかほとんど関心がありませんでした。つい先日も近所で一時的に道路の通行止めまでした大規模な水道管の工事が行われていましたが、そのありがたみを今回の地震で思い知ることになりました。
 耐震適合性のある管の延長/基幹管路総延長=耐震適合率で見ると、神奈川県は73.1%に対して最も低い高知県は23.2%、全国平均が41.2%でした。ちなみに石川県七尾市が21.6%、加賀市が17.9%でした。水道復旧の困難さは実は陸前高田市で経験していましたが次の記事を丁寧に読んだのは今回が初めてでした。

 陸前高田ようやく全域で水道復旧

 いま、陸前高田市で定宿にさせていただいている民宿むさしがある地域は、この記事にあるように2011年6月26日、震災から108日目にやっと水道が復旧していました。この地域の水道の復旧が市内でも最も遅れていたのは知っていましたが、当時は水道管の耐震適合率といったことを調べるという発想もありませんでした。この地域での復旧までの期間を今回の能登半島地震に当てはめると2024年4月17日となります。現段階での見通しで「遅い地域は4月以降となる見込み」となっていますが、能登半島よりも支援が入りやすかった陸前高田市でもそれだけ時間がかかっていたことに学んでいなかったことを反省しています。被災地での水道の復旧をもっと早めるには、そもそも地域での水道管の耐震化を促進することが求められていたのですが、東日本大震災からの復旧という経験をしていたにもかかわらず、なぜ地域間格差があるのかを含め、自分ごととして勉強できていませんでした。人は経験に学びますが、自分ごとの経験であることが必要、というか不可欠だと痛感させられました。

〇住民力の大切さ
 一方で今回の地震で改めて明らかになったのが住民力の大切さでした。福島第一原発事故を受け、石川県志賀町にある志賀原発も稼働停止中だったため、震災で大きな問題は起きていません。しかし、この原稿を書いている時に次のようなニュースがありました。

 石川 志賀町で大地震引き起こした活断層とは異なる断層確認

 この記事では志賀原発の再稼働の判断が注目されますが、それ以上にびっくりしたのが珠洲原発構想が住民の反対で阻止されていたことでした。

 「珠洲原発があったら…もっと悲惨だった」 能登半島地震で孤立した集落、原発反対を訴えた僧侶の実感

 珠洲原発を止めて「本当によかった」 無言電話や不買運動に耐えた阻止活動28年の感慨

 珠洲原発は今回の能登半島地震の震源のほぼ真上といっていい所に建設される予定でした。もし建設されていたら(もちろん福島第一原発の事故があったおかげ(?)で稼働停止中だったでしょうが)、もし稼働中だったらどうなっていたのでしょうか。珠洲原発計画は2003年12月に凍結されたのですが、たった20年前のことです。
 住民力が専門家たちの予想よりも的確だったのは何故でしょうか。ここ数十年で蓄積された「学問」ではなく、もっと大局的な判断ができていたからではないでしょうか。そもそも日本列島の「もと」は2000万年~1500万年前頃にアジア大陸から離れ、太平洋へ向かって移動しました。

 日本海の拡大と北部フォッサマグナ地域の沈降

 一方で今回の現象は

 「数千年に1回の現象」防潮堤や海沿い岩礁約4m隆起 石川 輪島

 とのことです。いろんな立場の人がいるからこそ、専門家や企業を信じる人もいれば、自分の世界観やそれまで何となく学習していたことの方を信じる人もいます。もし今回の地震が100年後に起きていたら専門家や企業を信じていた方々は自分たちの判断が間違っていなかったと思って旅立てたことだと思います。このようにいろんな意見が、それぞれの正解があるからこそ、一人ひとりが考え、判断し、その結果を受け入れることが大切だということが確認できた、いい機会になったのではないでしょうか。

●一人ひとりの正解
 ただ、珠洲原発に賛成した人たちが間違いで、反対した人たちが正しかったという話ではないと思います。イスラエルとハマスも、ロシアとウクライナも双方自分たちの正解、正義を信じて戦っています。中国、ロシア、北朝鮮とアメリカ、日本、韓国も双方の正解を信じて疑わず、お互いに歩み寄るつもりはありません。人間というのはそういう存在だということを認識した上で、自分の身の処し方を考える必要があるのでしょうか。
 新型コロナウイルス対策、インフルエンザ対策におけるマスクの意味について、岩室紳也は自分なりの納得の中で一定の主張をしていますが、全く違う視点でご自分の正解を信じて疑わない方々が街中でマスクを着けて生活されています。このように一人ひとりが自分なりの正解を疑うことなく、それこそ他の人にも押し付ける正解依存症になっている社会の中で、われわれはどのような方向性を目指せばいいのでしょうか。

〇対話を阻む正解
 ここで改めて最初に紹介した女子高生の言葉を紹介します。

 答えづらい質問をするのは少し良くないと思ってしまった。相手を不快にさせてしまうかもしれないから。(高2女子)

 確かに相手を不快にさせてしまうことを避けるのが今の日本ですが、そもそも相手が不快に思うことを完璧に避けるには相手と関わらないこと以外にありません。しかし、それは無理だとするとどのような関りが双方に求められているのでしょうか。
 この生徒さんの指摘で気になったのが「答えづらい質問」という生徒さんの基準、正解に沿った指摘でした。私の講演はいろんな人との、今の自分はもちろんのこと、過去の自分、これまで出会った人との、そして目の前にいる生徒さんとの対話の中で話を組み立てているつもりですが、こちらが対話のつもりでも、対話ではなく質問や不快に思う指摘、正解の押し付けのように受け止められる難しさを感じました。対話が成立していたら、「今の発言について私は不愉快に思ったのですが、なぜそのような発言をしたのでしょうか」と返してもらえれば、「いやいや、こういう意味で発言したのですが、その真意が伝わっていなかったのですね。失礼しました」という対話になったと思います。

●正解がないのが対話
 斎藤環先生の言葉をいつも反芻しています。

 対話(dialogue)とは面と向かって声を出して言葉を交わすことで、思春期の問題の多くは対話の不足や欠如からこじれていく。議論、説得、正論、叱咤激励は「対話」ではなく「独り言」である。独り言(monologue)の積み重ねが、しばしば事態をこじらせる。対話の目的は「対話を続けること」。相手を変えること、何かを決めること、結論を出すことではない。

 一方が対話をしているつもりでも、その相手が正解を押し付けられていると受け止めれば対話は成立しません。すなわち、対話の中には正解はなく、お互いの可能性を模索するプロセスです。でも正解を求めている人たちは、相手の言葉に正解を求め、自分も正解を発信しなければならないと考えてしまいます。テレビのコメンテーターの言葉を聞いている人たちも、どれだけその言葉と対話をしているのでしょうか。「そうだ、そうだ」と自分の中の正解と照らし合わせているだけではないかと思ったりしています。難しいですね。

〇緊急時、災害時にこそ対話を
 東日本大震災で被災地に入らせてもらった時、一番心掛けていたのが対話だったことを思い出しました。それは「こうしましょう」と言わず、被災地で暮らしている、活動している一人ひとりの言葉を拾いながら、その中で自分を含めた一人ひとりができることを見つけることでした。なぜそれができたのかを改めて振り返ると、治療方法もなく、ただただ死を迎えるしかなかったAIDSの患者さんと向き合う中で、一番大事だったことがおしゃべりをする、対話をすることだと気づかせてもらったからだと思います。
 陸前高田市で全国から保健師さん等が支援に入ってくださり、全戸訪問をしてもらう中、われわれがとにかく支援者に求めたのが、住民一人ひとりと話してください、対話をしてくださいということでした。人は話すことで癒されるというカール・ロジャーズの言葉を教えてもらった時に「これだ」と思ったのを鮮明に覚えています。同じ地域で暮らしている知人、友人に言えないことも、遠くから来た、しかも専門家の人たちにはこころの内を話したくなるようで、多くの専門職の支援者は「今日はこれだけしか訪問できませんでした」と帰ってこられました。しかし、それこそが住民の方々のこころの健康づくりであり、いま陸前高田市で進んでいる「はまってけらいん、かだってけらいん運動」の原点でした。
 これからも正解を求めるのではなく、いろんな人と対話を続けられるよう、日々精進したいと思いました。bsp;

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~今月のテーマ『時代は変わっても、人は変われない』~

●『生徒の感想』
○『人は経験に学び、経験していないことは他人ごと』
●『院外処方は時代の流れ』
○『変われない自分を見つめて』
●『変われる人への期待』
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●生徒の感想

 正しい知識を得るには映像だけのテレビやインターネットよりも、人の声で聴き、想像力や考えて判断をすることが大切だとわかりました。特に性知識はしっかりと身に着けた方がよいと思いました。(高1男子)

 自分は性の知識をそれなりに持っていると思っていたんですけど、講座を受けていると、知らないものばかりだったのでもっと調べなきゃなと思いました。(高1男子)

 正解を疑えと言っていたが、自分は脳の処理量を減らすため、事象について疑い、それを正しいという根拠を考えてこなかったので、これは知っていると決めたらそれ以上疑うことがないことが多いので、治したいと思った。(高2男子)

 相談するではなく、対話の中で答えが見つかる可能性があるという話題、タメになりました。自分は他人を頼ったり相談したりするのが大嫌いなので・・・・・(高2女子)

 コンドームの扱い方も、女だからといって知らない顔をするのではなく、自分の体を守る身として意識していきたいです。(高3女子)

 学校での講演も復活し、このようにいろんな感想をもらう日常が戻ってくると時代の変化というのをあまり感じることはありません。ところが京都で開催された日本エイズ学会で「偏見、差別、誤解」のシンポジウムを開催したり、厚木市立病院で抗HIV薬の院外処方が求められたりする中で、時代が大きく変わってきている、動いている一方で人はなかなか変われないと思わされた年の瀬でした。そこで2024年1月号のテーマを「時代は変わっても、人は変われない」としました。

時代は変わっても、人は変われない

〇人は経験に学び、経験していないことは他人ごと
 今年の日本エイズ学会では多くの方の支援を得て「偏見、差別、誤解」のシンポジウムの座長と発表をさせていただきました。同じメンバーで10月に開催されたAIDS文化フォーラム in 京都でも発表していたので議論を深めることができました。だからこそ言えるのですが、あらためて気づかされたのが「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」ということでした。
 新型コロナウイルス患者への対応で、外国籍の方々への支援で、HIV/AIDSの相談で、HIV/AIDSの診療や普及啓発で「偏見、差別、誤解」にさらされたり、経験したりした人たちが登壇しました。どの方のメッセージも本当に重いもので、フロアは立ち見が出るほどの満員御礼状態でした。参加してくださった方々も口々に「よかった」と言ってくださったのですが、では、このシンポジウムを企画した時に考えていた「HIV/AIDSや新型コロナウイルスでわれわれが経験してきた偏見、差別、誤解を繰り返さないための方策が見つかったか」というと、私自身の答えはNoでした。だからと言ってこのシンポジウムが無駄だったとは思いませんし、すごく意味があるシンポジウムだったと今でも自負しています。
 登壇してくださった方々も、岩室紳也も、次なるパンデミックの際に冷静に対応できるでしょう。というか今回の新型コロナウイルス対策でもそれぞれが非常に冷静、かつ的確に対応されていました。しかし、なぜそのような対応が可能だったかと言えば、それぞれが、それまで様々な経験を通して、自らの中にある、あるいは周囲にある偏見、差別、誤解と早い段階で向き合う経験を重ねてきたからだったように思います。一方で一人ひとりが、それぞれの経験を通して培ったものを他の人に、次の世代に簡単引き継げないのは当たり前と言えば当たり前のことだということも実感させていただきました。

●院外処方は時代の流れ
 いま、医療機関を受診し、薬を処方されるとその処方箋を持って薬局に行き薬を受け取ります。このシステムを「院外処方」と言います。この制度が始まったのは1956年で、当初は医療の質的向上を図るため、つまり、医師の指示した薬に対して、薬剤師がチェックすることによって、 患者の安全性を一層高めることが本来の目的だったとのことです。しかし医療費が高騰し続ける中、医療費を抑制するために様々な取り組みが行われる中、院外処方も医療費抑制策の一つとして重要な役割を担うようになりました。すなわち病院や診療所の中で薬を受け取るシステムだと、より多くの薬を出せば出すほど購入価格と薬価との差額で医療機関が儲かることになります。それに対して院外処方だと医療機関は処方箋代しかもらえないので、余計な薬を出さず、医療費が抑制されるという発想からでした。
 私がHIV/AIDS診療を始めた1994年頃はHIVをコントロールできるような治療薬もなく、次から次へと患者さんが亡くなる時代でした。その後、少しずつ治療薬が開発されたものの、院外処方にすればHIVに感染していることを院外薬局で他の患者さんに知られることへの懸念もあり、多くの病院ではHIV/AIDSの患者さんの薬は院内処方としてきました。また、HIVに感染している患者さんの診療を拒否する医療機関が多かったことから、診療をしている医療機関は医療保険で「ウイルス疾患指導料2」というのが認められ、一定の要件を満たせば月1回5,500円の指導料をもらえるようになっています。
 しかし、時代は変わり、特に大学病院等は率先してHIVの治療薬も院外処方としてきました。一方で多くの病院に感染制御の専門家(インフェクションコントロールドクター:Infection Control Doctor(ICD))が勤務するようになり、厚木市立病院でも大学から派遣される先生たちもHIV診療をしてくださることになりました。大学病院等でHIV診療の経験があり、当たり前のように院外処方をされてきた若い先生から見ると偏見や差別に直面してきた世代の人間が院内処方にこだわってきた理由が理解できないのも当然のことです。

〇変われない自分を見つめて
 時代が変わった。世間はそこまで気にしなくなった。今の流れに合わせるのが基本。と、いろいろ思うのですが、一方で昔はもちろんのこと、未だに自分だけではなく、患者さんが受け続けている不当な扱いを考えると、割り切れない自分がいます。それはおそらく、時代が変わっても、そして変わる前の時代も、変わった後の時代も経験している私は「変わる前の時代のままの人間」、すなわち変われない人間なのだと改めて思いました(笑)。変われない理由は年齢もあるのでしょうが、言い訳に聞こえるかもしれませんが、それ以上に強烈な差別、偏見、誤解を経験してきたから故にしみついてしまったこだわりがあると思います。
 一方で次のような経験を先日しました。HIVの患者さんが急に健康診断書が必要だということで開業医さんを紹介したら偉い剣幕で「HIVに感染している人を紹介してもらっては困る」とおしかりを受けました。U=U、すなわち、治療によって血液中のHIVが検出できない(Undetectable)の状態にある患者さんはコンドームなしでパートナーとセックスをしても相手にうつさない(Untransmittable)ということが常識になっているにもかかわらずそのことが医療関係者の中に浸透していません。でも、変われない岩室紳也がいるのであれば、変わらないこの先生を責めることはできないと思いました(反省)。

●変われる人への期待
 では変われる人とはどのような人なのかと考えると、まだ柔軟性がある若者です。中高生に講演をさせてもらうと、私の言葉を本当に真剣に受け止め、吸収してくれているのが伝わってきます。だからこそメルマガで生徒の感想を毎回紹介させていただいています。その意味でも、これからの余生、講演を通して、変われる人への期待を込めていろんな思いを伝え続けたいと改めて思いました。
 こんなことを考え、書き連ねていたこの年末に、東日本大震災の少し前に亡くなられたHIVの患者さんのご家族から連絡があり、AIDS文化フォーラム in 横浜に多額のご寄付をいただきました。その患者さんは最期までご自宅での生活を希望されていたので、訪問看護、入浴サービス、ショートステイ等々、本当に多くの方に支えられる調整を岩室がしたことに感謝されてのことでした。この患者さんとの日々を振り返るとそれこそ昨日のことのように思い出されますし、東日本大震災と言えば私にとってはほんの少し前に起きたことですが、考えてみれば多くの人にとって東日本大震災は遠い出来事になっています。だからこそ、経験した人が、その経験を、変われる人への期待を込めて伝え続けるのが責務なのだと改めて思いました。
 本年もどうぞよろしくお願いします。

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~今月のテーマ『自分だけ依存』~

●『生徒の感想』
○『依存とは』
●『SNSのありがたさ』
○『依存症の中心には痛みがある』
●『反抗期の痛み』
○『「自分だけ依存」にならないために』
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●生徒の感想
 
 今まで芸能人や大学生が薬物で捕まった、というニュースに馬鹿すぎと思ってたが、その人たちは孤独や同調圧力からなのかと考えるとヤパい奴ではなく、受け止め方が変わって共感したり、身近に感じたりした。(高2女子)

 いつも学校で友達と話している下ネタの話は、ただ面白いだけだと思っていましたが、性のことについて話すことができる友達がいるというのは、とても精神面で大切だということが分かりました。(高1男子)
 
 凄く自分の中で正解が広がりました。お話を聞く前までは、エロいはなしとかになるといつも気まずくなっていました。でも、先生みたいな方がいると知り、そんなことどうでもよくなりました。また二次元について理解があるのは驚きでした。ぜひ語り合いたいです。(高2男子)。
 
 オナニーで相談する男の子との会話も面白くて笑いっぱなしだった。その話の中で、痴漢や強姦のAVを1人で見ていたら勘違いし、犯罪に繋がるケースがあることに驚いた。そんなに男性はセックスをしたいもの?1度男の子の体になって体験してみたい。オナニーじゃ満足しないの、できないの?(高2女子)
 
 先生の引き付けるようなお話のおかげで、考えることが大事なのだと知ることができました。(中3男子)
 
 考えることは本当に大事ですが、皆さんはどのような場面で考える機会を得ているのでしょうか。私は講演の準備をしたり、実際に講演をしたり、さらにはいろんな質問を受けたり、相談を受けたりすることを通していろんなことを考え続けさせてもらっています。講演会も復活し、いろんなやり取りを通して「依存症」について考える機会が増える中、自分だけにしか依存できず、他者に依存できない人が増えているように感じましたので今月のテーマを「自分だけ依存」としました。

自分だけ依存

○依存とは
 広辞苑で「依存」を調べると「他のものをたよりとして存在すること」とありました。確かに子どもの頃は基本的に親に、保護者に、周囲の大人にたよりながら生活、成長していきます。しかし、思春期になればそれまでの依存から脱却する過程として反抗期を迎え、親だけではなく、社会の様々なことに対して疑問を持ったり、反発したりするようになります。ここで参考になるのが熊谷晋一郎先生の言葉ではないでしょうか。
 
 自立は依存先を増やすこと
 
 子どもが成長し、親離れの時期を迎える際に経験する反抗期は、裏を返せば親からは一定の距離を取りたくなる一方で、他の依存先を得て、自立へと向かう過程と考えると納得できます。一方で親離れをしようとする時に、他の人が依存先になるのではなく、ゲームやスマホ、SNS、ネットが依存先になると様々な依存症になってしまうのでしょうか。

●SNSのありがたさ
 実は先月、突然の腰痛を経験し、整形外科に駆け込んでいろんな検査をしてもらいつつ、痛み止めを処方してもらい、何とか仕事をこなしていました。そんなことをFacebookに書き込んだところ、多くの方に心配をしていただく中でストレッチの大切さを教えてくださった先生がいました。実はここが大事で、医療を過信してはいけないということを改めて実感させられました。検査で明らかにここが悪い、ここが原因というのがなかったことから、原因の一つとしてその前の3週間ほどずっとパソコンに向かい、体をほとんど動かしていなかったことを思い出すきっかけになりました。ストレッチをしつつ、主治医に運動不足の話をしたところ(先のアドバイスがなければしていなかったと思います)、腰痛の運動療法として体幹の筋トレを勧められました。ストレッチと筋トレを真面目にやってみたところ、少しずつ改善に向かっています。SNSでこのように大変ありがたいアドバイスをいただけたことに感謝する一方で、もしこのようなアドバイスに接することがなければ、ここまで改善しえなかったと思いました。
 一方で同じSNSを使っていても、SNS依存、スマホ依存、ネット依存になる若者たちも少なくないのが実情です。では、SNSも、スマホも、ネットも、ゲームも、アルコールも、上手に付き合える人と依存症になってしまう人の違いは何なのかを考えていた時に次の言葉を教えてもらいました。

 依存症の中心には痛みがある。
 
 妙に納得できる言葉だと思いませんか。

○依存症の中心には痛みがある
 インターネットの専門家の友人、宮崎豊久さんが教えてくれたEdward J. Khantzianという精神科医の言葉です。早速この先生の著書“Understanding Addiction as Self Medication: Finding Hope Behind the Pain” を取り寄せましたがまだ届いていません(12月末予定)。しかし、このタイトルだけでも多くの示唆をいただけます。
 依存症は自己治療(自己手当)である。すなわち、アルコール依存症も、薬物依存症も、その背景には、その中心にはその人の痛みがあり、アルコールも、薬物も、それこそゲームも、スマホも、SNSもその人の自己手当である。もちろんそれは適切なレベルの手当てではないのですが、ご本人はそれで楽になっているのは何となく納得できます。一方でその痛みを乗り越えるには、痛みの裏に隠れている希望を見つけることが大切であるとも教えてくれています。すごく納得ができるだけではなく、説得力があると思いませんか。

●反抗期の痛み
 いま、反抗期がない若者が増加しているとの指摘が少なからずあります。その理由についていろんな人がいろんなことを言っていますが、子ども、若者自身にとって反抗期というのはある意味「痛み」と表現できると思いました。そしてその痛みから逃れたくて「反抗」をする人たちが多かった時代に「反抗期」という言葉が生まれ、「反抗期の子どもに、若者にどう接すればいいか」を悩んだり、「放っておけ」となったりしていました。反抗期を脱することができた子どもたち、若者たちが自立した状況を見ると、それこそ自分自身のことを考えると、まさしく「自立は依存先を増やすこと」であり、親離れのためには自分の世界を広げることが大事だということが理解できます。で、実際にどうやって自分の世界を広げたか、依存先を増やしたかを考えると、いろんな仲間をいろんな方法でつくってきたでしょうし、昔はその手段は対話、会話を含めた関係性づくりがベースにありました。
 ところが、いま、その反抗期に差し掛かる年齢の時に子どもが、若者が手に入れるものがスマホやゲームです。もちろんスマホを使いながら、ゲームをしながら、SNSで上手に仲間を作っている人もいれば、それが上手くいかず、反抗期の痛みを避ける手段としてスマホ依存、ネット依存、ゲーム依存になる子どもが、若者が少なくないと考えると、何となく納得できませんか。

○「自分だけ依存」にならないために
 依存症の中心に痛みがあるという言葉に学ぶとすれば、痛みをどう乗り越えるかが大事になります。今回、腰痛を乗り越えるため、鎮痛効果が優れているロキソニンを処方してもらいましたし、それで助かった部分もありましたが、当然のことながら鎮痛剤だけに依存していると鎮痛剤依存症になるだけでした。根本的な解決のためにはやはり痛みを回避することが不可欠でした。
 「自立は依存先を増やすこと」の裏返しが「自分だけ依存」と考えると、様々な依存症の根本原因が「自分だけ依存」と言えるのではと思いました。そして「自分だけ依存」にならないためには、いろんなつながりを作り続けるしかありません。でもつながりを「うざい」と感じ、「居心地がいい自分だけの世界」にはまってしまうとなかなかそこから抜け出せません。
 昔のように成長と共に体の内から湧き出た反抗期を一人でやり過ごす手段としてのゲームも、スマホも、ネットもなかった時代は、自ずと仲間とつるみ、気が付けば依存先を増やせたのに対して、今は反抗期さえも経験できない怖い時代になったのかもしれません。自分だけ依存にならないためにも、やっぱり反抗期は大事なようです。

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~今月のテーマ『AIDS文化フォーラム in 横浜の30年』~
●『生徒の感想』
○『薬害・MSM・異性間・刺青』
●『日本と海外の評価の違い』
○『“文化”の2文字』
●『続くからこそ“文化”』
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●生徒の感想

 初めて知ったことがいろいろありましたが、一番びっくりしたのがコンドームに表と裏があったことです。(中3女子)
 
 今までは教科書にコンドームの画像がなく、言葉だけで説明されていることがあったりしてもあまり気にならなかったけれど、今日の講演を聞いておかしいと感じました。単語だけ覚えたり、細かいことをあいまいにするのではなく、すべてはっきりと今日の講演のように教えてもらえることが重要だと思った。感染症対策の話も、換気を気をつけろと言われることがほとんどで、サーキュレーターなどの重要さをあまり感じられていなかったので今日知れてよかった。(高2女子)

 研究・周知・実行の中では一番簡単そうに見える周知にも色々苦労があるって話でしたね。(高2男子)
 
 経験談も混じえた分かりやすい話し方だった。ただ、岩室さんが経験したことが壮絶というか、自分らには考えられないようなことばかりであったためか、大真面目に話していると分かっていても、少し笑ってしまう事があった。ただただ話すことだけ話すのと、そうやって笑いありの話し方では、頭に入る効率というか、集中できる力は全然違うと知った。先生の話し方は、私が今まで体験してきた講習会の講師の中でも一番分かりやすかったと感じています。本日はどうもありがとうございました。(高2男子)

 「岩室さんが経験したことが壮絶というか、自分らには考えられないようなことばかりであった」という言葉にハッとさせられました。確かにこれまで経験させてもらってきたことはあまりにも壮絶で、一般の、素人の方だけではなく、医療の専門家の多くの人たちでも経験できない世界だったのかなと思いました。盟友の夜回り先生こと水谷修さんがよく講演会で「皆さんとは違う夜の世界で生きてきた」と話していますが、確かに岩室紳也も多くの人が経験しない、というか気づくこともない世界を見せてもらってきました。ただ、岩室紳也が経験してきたことを多くの人と共有させていただくだけではなく、その経験の意味を、その経験を深掘りし、学ぶ場がありました。1994年に横浜で始まったAIDS文化フォーラムでした。そこで今月のテーマを「AIDS文化フォーラム in 横浜の30年」としました。

AIDS文化フォーラム in 横浜の30年

○薬害・MSM・異性間・刺青
 30回目を迎えた今年のAIDS文化フォーラム in 横浜のテーマは「未来をみつめて」でした。そのオープニングに血液製剤で感染した薬害エイズの被害者の後藤智己さん。男性同性間性的接触で感染したMSMの奥井裕斗さん。異性間の性行為で感染された北山翔子さんが登壇してくださいました。奥井さんはこれまで他の感染経路の方に会ったことがなかったと話され、会場に来られた方もいろんな感染経路の方が同じステージに登壇されているのをはじめて拝見し、いろんなことを考えさせられたとおっしゃってくださいました。
 HIV/AIDSの診療に当たっているといろんな感染経路の方にお会いするのですが、その内2人の方にAIDS文化フォーラムのステージ上で率直な話をいろいろ聞かせてもらってきました。残念ながら亡くなってしまったパトには何度も登壇してもらい、第1回目のコンドームの正しい着け方講座に始まり、感染した時のセックスは自分で選択(choice)したことだから、その選択に反省点はあっても後悔はしていない、などの視点を教えてもらいました。刺青で感染し、妊娠を契機に感染が判明した石田心さんには刺青での感染が実際に起こり得ることを教えていただきました。一方で、今や医療の進歩で体調に全く問題がなく、本業で大活躍のため、お忙しいのも事実ですが、いまだに顔出しができない、登壇をお願いできない社会状況が続いている現実を突きつけられています。
 このように単にいろんな感染経路の方々だけではなく、その方々の深い思いやその後の生き方を含めて教えていただけていることに改めて感謝するとともに、一人ひとりの思いを伝え続ける役割があると改めて思いました。

●日本と海外の評価の違い
 30回目を迎えたAIDS文化フォーラム in 横浜のオープニングで、今だからこそ気付かせてもらった「日本と海外の違い」がありました。現在エイズ予防財団の理事長をされている白阪琢磨先生が1988年に世界で最初に抗HIV薬であるAZTを開発されたアメリカ国立衛生研究所(NIH)の満屋裕明先生の元に留学されていた時のエピソードを教えてくださいました。夏休みにバーベキューをしていた時、そこに集まった現地アメリカの人たちに「私はAIDSのウイルスの研究をしている」と話したところ、みんなが「お前は偉いな」と感動しながら聞いてくれたそうです。しかし、日本でこのような経験をすることはなかったどころか、AIDSの研究で留学すると話したところ、医者仲間から「帰国しても一緒にすき焼きは食べないぞ」と冗談とは言え言われていたとのことでした。このような経験があり、ちゃんと取り組まなければならない病気だという認識に至ったとのことでした。
 確かに亡くなった私の母親も「もう少しまともな病気を診たら」と言ったりしていましたが、白阪先生の話と合わせて考えると、日本人は自分の思いや価値観がまるで正解であるかのように思い込み、そのことを疑ったり、物事の本質を考えることなく相手に押し付けるところがあるのかもしれません。

○“文化”の2文字
 AIDS文化フォーラム in 横浜のHPにも、毎年の報告書にも次の文言が記載されています。
 
 なぜAIDS“文化”フォーラムなのか。それはフォーラムを医療や福祉の問題だけではなく、HIV感染者やAIDS患者を病気と共に生きる人間としてとらえること、そしてすべての人間が、HIV/AIDSに関わりを持ちながら、日常の生活・社会的活動に関わっているという側面を大切にしたいという考え方で「文化」の2文字を使ったのです。「文化」の2文字を入れたことで、フォーラムの開催プログラムの幅は大きく広がることができました。
 
 今回、30周年を迎えたからこそ、そして近年、コロナ禍を経験したからこそ、この“文化”の重みを感じています。第1回のフォーラムが始まった1994年の時点で私は37歳の若輩者でした。それからの30年の間に出会った、そして別れざるを得なかった多くの方々に、「生きるとは何か」を教え続けてもらっています。
 今年のフォーラムでも薬物使用の経験を持った人たちの話を聞かせてもらいましたが、同じメンバーに毎年登壇していただいているのは、まさしく「『薬物使用者』というレッテルを貼って当たり前という日本社会の中で生きざるを得ない一人ひとりの今」を聞かせてもらえるまたとない貴重な経験だと思ってのことだと改めて思いました。

●続くからこそ“文化”
 正直なところ、「AIDS文化フォーラム in 横浜はいつまで続けるのか?」という思いは自分の中にここ数年常にありました。ただ、30回目の今年のフォーラムでいろんな出会いをいただく中で、自分自身の今年の体験も、気が付けば30年間このフォーラムを続けさせてもらったからこその積み重ねだと気づかせていただきました。HIV/AIDSと、そしてHIV/AIDSに関係する様々な社会と出会ってしまった以上、そこでの自分自身の学びを、それこそ生徒さんに指摘された「岩室が経験した壮絶な、彼らには考えられないようなこと」を伝え続けることが使命だと思いました。
 今年もAIDS文化フォーラム in 横浜の報告書がほぼ完成しましたが、早速来年の第31回AIDS文化フォーラム in 横浜に向けてのディスカッションが始まっています。是非今年よりバージョンアップした出会いを提供できるよう、仲間の皆様と共に頑張ります。30回も開催できたことに感謝申し上げます。ありがとうございました。

紳也特急 290号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『インフルとコロナはどう違う?』~

●『生徒の感想』
○『なぜ季節外れのインフル?』
●『加湿が効果的な理由』
○『コロナの後遺症は侮れない』
●『免疫持続期間の違い』
○『これからのウイズコロナ、ウイズインフルを考える』
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●生徒の感想

 先生がおっしゃられたように、正しい感染経路を理解していればマスクよりもずっと有効だという話は新鮮でした。とりあえずマスクをしていればいいんだなと思っていたので、正しい感染経路を知ることから始めようと思います。(高2女子)

 今日の講演をきいて、ウイルスが少し体内に入っただけで感染するわけではないということが初めて知ったことだったので、自分が正しいと思っていた知識はもしかしたら違うかもしれないという意識をもって過ごしたいです。極端にいろいろ避けるのではなく、体内に入ってくるウイルスを減らすという感染対策はまだ浸透していないけどとてもいいなと思いました。(高2女子)。

 日本人はまわりに合わせる民族なので、何かを広めたりしたいときは、誰かが一人行動を起こして、ゆっくり変えていくしかないと聞いて、自分もまわりに流されずに考えて行動しようと思いました。(高2女子)

 感染症に関して、考えれば納得できることも多くて面白かったです。(高2女子)

 私はいつも見ているテレビが完全なものだと思っていたし、教科書に書かれていることで十分な知識が得られると思っていました。しかし、先生がおっしゃっていたことのほとんどを知りませんでした。改めて情報を正しく知る大切さを知ることができました。今後は伝えられている情報以外に知っておくべきことはあるかを考えながら生活していこうと思います。(高2女子)

 今までのコロナに対する常識とは違う話をしてくださって、普通に考えたら当たり前だったけど、今まで考えたことなかったことを考えることができてよかったなと思いました。また、日本人の性格(同調圧力とか)が原因となって、今現在起こっていることがたくさんあると感じました。(高2女子)

 「考えたことがなかった」という感想をよくいただきます。インフルエンザが9月なのに目立って増えていますが、「なぜ、今なのか?」という話も聞きません。一方でテレビに登場される先生方は「これからの季節は乾燥が進みますからインフルエンザが広がりやすくなります」とコメントされていますが、「なぜ乾燥が進むとインフルエンザが広がりやすくなるのか」の説明はありません。ちょうど一年前の278号で「インフルエンザに学ぶ」を書かせていただきましたが、新型コロナウイルスの出現で感染経路等々について様々なことがより詳しくわかってきた一方で、インフルエンザと新型コロナウイルスの共通点や違いが必ずしも理解されていないようにも思います。そこで今月のテーマを「インフルとコロナはどう違う?」としました。

インフルとコロナはどう違う?

○なぜ季節外れのインフル?
 今回のタイトルを考える前に、そもそもなぜ日本の、北半球のインフルエンザが冬場に急増し、夏場はほとんど患者がいないのに、東南アジアでは年中同じ程度の感染者がいて、南半球では流行はほぼ逆のパターンなのに年中それなりに感染した人が確認されるのでしょうか。
 北半球では年末年始から春にかけて、クリスマス、忘年会、お正月、新年会、春節、歓送迎会と人が集まり、お互いにインフルエンザをうつし合う機会が増えます。実際、2009年の夏場に流行した新型インフルエンザがその翌年から他のインフルエンザと同じような流行の仕方をしたのも、翌年の抗体検査の結果から、他のインフルエンザ同様の抗体保有率だったことが証明されています。
 裏を返せば、冬場にしっかりみんなが密になり、多くの人が感染して抗体を、免疫を持っていなければ今年のように集団免疫が早く切れ、夏場からインフルエンザが流行しても全く不思議ではありません。

●加湿が効果的な理由
 これまで、インフルエンザやいわゆる風邪と呼ばれていた他のコロナウイルス感染症の予防に「加湿が有効」と言われてきました。私もなんとなく「のどの粘膜を保護するのだろうか?」と素人的に考えていましたが、新型コロナウイルスのお陰でその理由が科学的、視覚的に紹介されました。
 富岳で( https://www.youtube.com/watch?v=QOzGDi5waJQ :15:26以降)湿度が低いと小さな飛沫(エアロゾル)が増え、湿度が高いとすぐ落下する大きな飛沫が増えます。すなわち、加湿することで浮遊するエアロゾルが減ります。また、加湿とエアロゾルの関係が明らかになったことで、インフルエンザの感染経路としてエアロゾル感染を意識する必要性が再確認されたと言えます。
 ただ、これまでインフルエンザ対策として行われてきた加湿は冬場の暖房との併用だったので何となく受け入れやすかったのですが、年中流行するコロナや夏場のインフルエンザ対策としてどこまで受け入れられるかは未知数ですし、いろいろ考える必要があるようです。

○コロナの後遺症は侮れない
 コロナ禍の最中、多くの人がコロナの後遺症のことを気にしていましたが、今はどうでしょうか。いつも「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」と言っていますが、本当にその通りだと思いました。というのも、私の仕事仲間でまだ40代の方が少し前に新型コロナウイルスに感染し、未だに味覚障害が残り、体のだるさを訴え続けています。もはやコロナはただの風邪になったと言い切っている人もいますが、決してそうではありません。感染予防を、発症予防をこれからも徹底し、体内に取り入れるウイルス量を少しでも減らす工夫をし続けたいと改めて思いました。

●免疫持続期間の違い
 2022年の年末から増え始めたインフルエンザは例年ほどの流行ではありませんでしたが、定点当たりの感染報告数はちゃんとした波になっていました。その後夏場にかけてインフルエンザは例年ほど減少しませんでしたし、コロナ禍前より早く9月になってから急増し、夏休み明けの学校で学級閉鎖、学校閉鎖が相次いでいます。
 一方で新型コロナウイルスは9月になってやっとピークを超えましたが、第8波までの状況を見れば、減少したかと思うとまた増加に転じ、インフルエンザのように低い状況が続く期間がほぼないことが見えてきました。すなわち、感染が広がることで得られる個人の免疫力はもちろんのこと、集団の免疫力もインフルエンザほどは長く持続しないようです。
 ちなみにインフルエンザが冬場にしっかり流行し、集団免疫を獲得した年を見ると、約26週間、約6か月は集団免疫が持続されていました。

○これからのウイズコロナ、ウイズインフルを考える
 コロナ禍前の日本人はインフルエンザに対して、あまり意識することなく、というか意識していなかったからこそ結果としてウイズインフルができていました。ワクチンをする人、マスクをする人、加湿をする人がいつつも、結果的に冬場の感染拡大を、3,000人前後が亡くなることを容認しつつ、集団免疫を獲得して夏場を乗り越えていました。
 ところがコロナ禍で日本人が選択したのは「とにかく予防」でした。その結果、今年のインフルエンザが示しているように中途半端な免疫の獲得につながり、結果的にはインフルエンザが短い周期で流行する状況となっています。もちろん新型コロナウイルスが流行を繰り返している状況は言うまでもありません。
 実は岩室紳也は医者になってからこれまで、一度もインフルエンザのワクチンを打っていませんし、インフルエンザを発症したこともありません。もちろん「感染したことはない」と言っているわけではありません。私はこれからのウイズインフルも、ウイズコロナも、とにかく体内に入れるウイルス量を減らし、上手く行けば感染予防になり、仮に感染したとしても発症が予防できることを期待して、できるだけの感染予防対策を心掛けつつ、多くの人との交流を楽しみたいと思っています。皆さんはどうされますか?