「紳也特急」カテゴリーアーカイブ

紳也特急 308号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,308  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『常識』~

●『生徒の感想』
○『常識と正解の違い』
●『民主主義における常識と正解のギャップ』
○『「常識」と「正解」が考えることを放棄させる?』
●『対話には常識も正解もない』
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●生徒の感想

 特に印象に残ったことが「話すこと」でした。コロナを経て、次第に話すことが減り、悩みを打ち明けることが少なくなっていました。自分はバイセクシャルで、男、女どちらも恋愛対象です。だからこそ、ゲイの人の気持ち、ストレートの人の気持ちもわかるので、話すだけでなく、聞き上手になることも大事なのだと思いました。無関心をやめ、人の話が聞ける、悩みを話してもらえる、そんな人になれるように頑張ります。(高2男子)

 先生の話で一番印象に残ったのは「対話」です。自分は2年生の半分を休んでしまっていたのですが、その期間、友達と会う機会や話す機会がなく、思春期真っただ中の自分はとても気持ちが落ち込んで、「死にたい」と考えてしまうこともありました。ですが、一人の友達が家に来てくれ、その友達と話していると少しずつ気分が良くなり、3年生になると少しずつ学校に行けるようになり、今回の講演を聞くことができました。この友達と面と向かって会話をし、学校に行けるようになったことが、先生が話していた「対話」の効果なのではないかと思いました。(中3男子)

 先生の話は判断材料であり、自分で考えることが大事。(高1男子)

 今日は、物事に対する考え方、常識だと思っていた考え方が大きく変わりました。(中3男子)

 2月後半から3月にかけて中高生向けの講演ラッシュでした。そんなに話していて面白いの? いつも同じような話をしていてつまらなくないの? と心配してくださる方もいます。しかし、話している最中の一人ひとりの反応を見せてもらっていると、「話を聞いてくれてありがとう」という気持ちになりますし、さらに前述のような感想をいただくと「もっと頑張らないと」と思ってしまいます。この2カ月、いろんな生徒さんと向き合う中で彼らが私の話を真剣に聞いてくれるのは、「先生の話は判断材料であり、自分で考えることが大事」や「常識を覆された」といった、おそらく昔はいろんな人と接する中で学べたことが、今では学ぶ機会さえも奪われているのではないかと思いました。
 そこで今月のテーマを「常識」としました。

常識

〇常識と正解の違い
 この命題をChatGPTに聞くと次のような回答でした。

 「常識」は、社会や文化で形成される一般的なルールや価値観であり、変化することがある。
 「正解」は、論理や科学に基づいた客観的な答えであり、変わりにくい。

 つまり、「常識=正解」とは限らず、時には常識が間違っていることもあるため、正解をしっかり見極めることが大切だということです。
 しかし、果たしてそうでしょうか。新型コロナウイルスやインフルエンザとマスクについての世間の対応をみていると、論理や科学に基づいた客観的な答え「正解」ではなく、社会や文化で形成させる一般的というより迎合的なルールや価値観に基づいた「常識」が、気が付けば一人ひとりの「正解」になっていると思えてなりません。ただ、このようなことを考える意味はまさしく常識が社会や文化で形成されるルールや価値観であり、決して常識が正解ではないということだと改めて気づかせてもらいました。

●民主主義における常識と正解のギャップ
 民主主義は多くの人にとって「正解」であり「常識」だと思われてきたと思いますし、私自身もそう思ってきました。しかし、トランプ大統領の当選後の、兵庫県の斎藤元彦知事の再選後の報道を見ていると、選挙民が選んだ、それこそ民主主義の結果誕生したリーダーたちをあたかも何らかの理由で間違って選出された、早々に退任してもらわなければならない人たちという報道が続いていないでしょうか。これらの報道を見ていると、報道の「常識」、報道の「正解」に疑問を抱かざるを得ません。
 報道が果たす役割があるとすれば、トランプ大統領を、斎藤元彦知事を当選させた人たちの「常識」と、反対していた人たちの「常識」のぶつかり合いの中で、二極化に走るのではなく、双方の対話を促進することを模索することではないでしょうか。もっともそのような対話をしたがらない、対話にならない人たちがいることもこれまた事実ですが。すなわち、SNSをはじめとしたインターネット社会が創り出す文化の中で、民主主義の要、代表的な手段である選挙制度という「正解」が果たしてこの先機能するのだろうかという議論を繰り広げてほしいと思うのですが、残念ながらそのような報道はあまりないように思います。

〇「常識」と「正解」が考えることを放棄させる?
 「トランプ大統領が発動した自動車への関税はおかしい」というのは多くの人の「常識」であり「正解」のようです。すなわち、その人たちにとって「トランプはおかしい」というその人の「常識」や「正解」が関税の発動で裏付けられた、裏付けられていると思うようです。そして、それ以上の議論に、そもそもSNS時代の民主主義が突き付けられている課題についての議論にたどり着かないようです。すなわち、一人ひとりの「常識」や「正解」は実はその人に考えることを放棄させているのだと思いませんか。
 このような問題はいろんなところで散見されます。
 2024年の小中高生の自殺者数、529人で過去最多…女子が初めて男子を上回る
 この報道に添付されているグラフを見れば。コロナ禍が始まった2020年から女子の自殺が急増しているのが明らかですが、そのことへの言及はありません。それはこの記者のみならず、この原稿をチェックしているデスクや、取材している自殺対策に取り組んでいる人たち全てが、「相談しましょう」、「相談しやすい若者に合致したSNSサイトを立ち上げましょう」というそれぞれの「常識」や「正解」から脱却することができないからだと思いませんか。まさしく正解依存症ですし、常識依存症という言葉を加えてもいいのかもしれません。

●対話には常識も正解もない
 一方で報道をする立場を擁護する視点に立つと、報道の利用者は報道に「常識」や「正解」を求めます。すなわち、「トランプさんを選んだのはアメリカ国民の民主主義の結果です」や「斎藤元彦知事を選んだのは兵庫県民の民主主義の結果です」と報道をしようものなら、「報道している立場としてトランプを、斎藤知事を容認しているのか」とそれこそ非難され〇〇新聞は、〇〇テレビは容認派だと炎上することでしょう。「いやいや報道機関の使命は・・・」と言っても理解どころかそれこそ火に油を注ぐことになり大炎上してしまうのが現代SNS社会です。
 このやり取りでわかるのがまったく「対話」になっていないということです。対話とは決して相手に何かを求めたり、押し付けたりすることではなく、あくまでも相手の思いをきちんと受け止めることです。対話の反対は独り言と思えば対話のすばらしさ、大切さ、そして難しさがわかると思います。ただ、この対話ができないのがこれまた現代社会の大きな課題であり、常識なのかもしれません。
 で、どうすればいいのでしょうか。辛抱強く、丁寧な対話をし続けるしかありません。皆さん、頑張りましょう。

紳也特急 307号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
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~今月のテーマ『大人も子どもも求めていることは同じ』~
●『保護者の感想』
○『否定しない、否定されない』
●『考える材料提供にとどめる』
○『話しやすい環境整備』
●『正解依存症の人に正解依存症を伝えるには』
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●保護者の感想
 
 感染症について自分で考えることの大切さ、情報をしっかり知ること、本当に勉強になりました。正解依存症について、なるほどな、こういうことかと腑に落ちました。「人は話すことで癒される」やっぱり話すことは大事だと思いました。

 性感染症についてだけではなく、コロナ、インフルエンザ等なんとなく思い込んでいたことを改めて学ぶことができました。講義内容は深いのに、中学生が恥ずかしがらずに楽しめる講演でした。生徒が質問していたのもよかったです。

 こういうきかっけは親が言えない現代、とてもありがたいです。どうぞ、残念なこどもの間違いが増えませんように…。子どもとたくさん話してくれてありがとうございました。

 男子生徒、聞きづらい質問をしてくれてありがとう!すてきな大人になってください!

 マスクをすることを否定せずにインフルエンザ、コロナの話をしていてとてもよかったです。

 性についてはもちろん、人生や自分の仕事、考え方についてもとても考えさせられました。他人がどう、世界がどう、普通がどう、ではなく、違和感を覚えたらその自分の感覚を大事に、自分を、命を大切にしながら過ごしたいと思いました。自分が学生のときに聞きたかったです。あのとき、無理やりされたのをいやと言えていたら…、もっと自分の体を大事にしていたら…、と思うことがあります。

 いつもは生徒の感想を紹介していましたが、今回は中学3年生向けの講演会を一緒に聞いてくださった保護者の感想を紹介させてもらいました。そもそも学校から案内があっても来ない、来られない保護者が多い中で、大勢聞きに来てくださり、率直な感想をいただきました。実は大人も、子どもたちも立場の違いを除けば基本的に受け止め方も、求めていることも同じかなと思いました。そこで今月のテーマを「大人も子どもも求めていることは同じ」としました。

大人も子どもも求めていることは同じ

〇否定しない、否定されない
 いつも話を聞いてもらい、話の中から一つでも何か感じてもらえることがあればいいと思って話をしています。その際に最近一番気を付けているのが反射的に「拒否」となる言葉遣いです。例えば新型コロナウイルスやインフルエンザ予防でのマスクの話をする場合、「飛沫感染予防には・・・」「エアロゾル感染予防には・・・」といった話だけをすれば本来的にはいいのですが、それだけだと結果とし「マスクをしていることを否定している」となる方が少なくありません。もちろんそのような意図はありませんし、丁寧に私の言葉をくみ取っていただければそのような意図はないことが理解できるはずです。しかし、今の聞き手は自分の思考パターンの一部でも否定されると、自分自身を全否定されたと受け止めてしまう人が少なくありません。「マスクをすることを否定せずに・・・」と書いてくださった保護者の方もおそらく「否定せずに・・・」ということを日常生活の中でいつも気を付けておられるからさらっと書いてくださったのだと思いました。
 ちなみに同じ講演会を聞き、「親に同じように話すことを求めているのか」という趣旨の意見がありました。親ができないからこそ岩室が話しているということを受け止められる保護者と、受け止められない保護者がいることもこれまた事実として考え、対応し続けたいと思いました。

●考える材料提供にとどめる
 では、聞き手の誤解を修正したい場合、どのようなアプローチが必要なのでしょうか。そこで考えたいのが繰り返し紹介している「正解依存症」の方々の思考パターンです。すなわち「自分なりの正解を見つけると、その正解を疑うことができないだけではなく、その正解を他の人にも押し付ける、自分なりの正解以外は受け付けられない、考えられない病んだ状態」の方に、話し手の正解を伝えれば、それこそ拒否されるのが当たり前でした。
 新型コロナウイルス対策に関して言えば、子どもたちを含め、ほとんどの日本人は正解依存症になっているといって過言ではありません。こういうと読者の方は「私は違います」と言いながら、「でも岩室さんの考え方には賛同しかねます」となっていないでしょうか(笑)。実は私は賛同者を集めようとは全く思っていません。だからこそ、飛沫感染、エアロゾル感染、接触(媒介物)感染の説明をする際、最近気を付けて付け加える言葉が「岩室紳也が言っていることは信頼しなくていいです。ただ、お伝えしている情報について、自分でどう判断するかは考えてください」と聞き手に丸投げしています。
 実はこの方法は受け入れやすいようです。「そんなの違う」「あり得ない」という人もいれば「そのような視点で考えたことはなかった」と思う人もいるようです。すなわち考え、判断するのはあなたで、私の役割は材料提供だけなのです。一見ずるいように思われるでしょうが、実は考えることを放棄している人たちが多い、正解依存症が増えている現代社会では大事な視点のようです。
 ただ、反省を込めて言うと、保護者の中には「私もあなた(岩室)と同じように話さなければならないのか」といった反発もありましたので「保護者が岩室と同じことを話していたらこれも変だよね」という一言があるべきだったと、これまた反省させられました。

〇話しやすい環境整備
 講演で必ず伝えているのが「対話の大切さ」です。斎藤環先生が「対話とは、面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと。思春期問題の多くは対話の不足や欠如からこじれていく。議論、説得、正論、叱咤激励は対話ではなく独り言である。独り言の積み重ねが、しばしば事態をこじらせる」と教えてくれていますが、本当にその通りだと思いませんか。
 学校の講演会で生徒が質問しやすい、自分の思いを口に出しやすい環境整備、対話の大切さの実感も重要です。講演の際にいろんな生徒さんにマイクを向けますが、そこでとにかく回答してくれたら「すごい。みんな拍手」と訴えると、拍手が起こるだけではなく、答えた本人も嬉しそうにします。講演後の質問タイムに「オナニーの時に足ピンはダメですか」といった質問が出た際には、「その質問、実は他のみんなも聞きたかったんだよね。質問してくれた彼に拍手!!!」。このような工夫が話しやすい、対話の環境整備につながります。

●正解依存症の人に正解依存症を伝えるには
 生徒さん、若者たちだけではなく、保護者の方にも「正解依存症」の考え方がある意味スムースに受け取っていただけているのかなと思っています。でもおそらく「あなたは正解依存症ではないでしょうか」と訴えるだけだと反発だけが生まれます。その反発を最小限にとどめるには何より「岩室紳也も正解依存症でした」という説明が効果的です。
 初めてHIVに感染している人の診療を頼まれた時、岩室紳也は完全に拒否モードになっていました。しかし、その原因はHIVの、感染症の感染経路を正しく理解していなかっただけのことでした。すなわち岩室紳也もその時点では完全なる正解依存症だったという説明を最初にします。こう伝えると「正解依存症」という言葉が、レッテルが、聞き手に向けられたものではなく、話し手のレッテルであり、要は一般的な、誰もがなり得ることだと受け止めてもらえます。一方でちゃんと情報を収集し、きちんと考えれば「ただただ怖い」ではなく、「ここだけ注意をすれば予防は簡単」となり、正解依存症から脱却できます。
 結局のところ、大人も子どもも求めていることは同じで、他者の経験談、失敗談から学べる環境です。皆さん、大いに自分の失敗を語りましょう!!!

紳也特急 306号

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~今月のテーマ『誰も正解を教えてくれないから公衆衛生医になった』~

●『生徒の感想』
○『正解は自分で探すもの』
●『悩む力』
○『公衆衛生の大失態』
●『公衆衛生は無念さへの抵抗』
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●生徒の感想

 私は保健の授業で扱う性教育の内容が苦手で、授業を休んでしまうこともあり、本日の講和を不安な気持ちで臨んでいました。ですが先生の話し方もあり、楽しく講話を聴くことができました。(高2女子)

 結構気まずい感じの授業になるのかなと思っていたのに、出だしから面白い話になったのでお話が記憶に残りました。面白さと真剣さを交えながらお話ししてくださったので、いつもなら絶対寝ているような場所なのに一睡もせず聞けました。(高2男子)

 私個人、1人の人とか、1つのものだけを好きになると、それがダメになった時、メンタルを保てないと思い、いろんなことに興味を持ったり、多趣味になることを意識して過ごしてきたのですがちゃんと合っていたのだと安心しました。また、私は数回痴漢の被害に遭ったことがあります。ただただ気持ち悪く、怖かったので何でこんなことをするのかと今も怒っています。ただ、今回の先生のお話を聞いて、犯人にもそんな背景があったのかもと思いました。きっとこれから先も性犯罪者を許すことはできないけれど、少し私の気持ちは軽くなりました。(高2女子)

 毎月、メルマガを書く際に一番自分の支えになっているのが話を聞いてくれた人たちの感想であり、私に講演を依頼してくださる人達の思いです。そもそも「性教育が苦手」、「気まずい」、「性犯罪は許せない」というのは「そうだよね」と思う一方で「みんなが納得できる性教育」、「みんなが気まずくならない性教育」、「性犯罪ゼロ社会」などあり得ません。しかし、岩室紳也は何故か性教育、HIV/AIDS予防教育をしなければならないという衝動にかられ、性犯罪を予防するにはそもそも性犯罪に走る人たちの背景を丁寧に確認する必要があるのではと思ってこれまでいろんなことに首を突っ込み、発信し続けてきました。先日、「公衆衛生の未来図~保健師活動への期待~」というタイトルで保健師さん向けに話をする機会をいただく中で、そもそも岩室紳也がなぜ公衆衛生に、HIV/AIDS予防教育に、性教育に取り組むことになったかを考えさせられました。その答えは「誰も正解を教えてくれないから」でした。
 そこで今月のテーマをずばり「誰も正解を教えてくれないから公衆衛生医になった」としました。

誰も正解を教えてくれないから公衆衛生医になった

〇正解は自分で探すもの
 気が付けば30年以上、HIV/AIDSに関わり、AIDS文化フォーラム in 横浜がきっかけとなり、このメルマガが発行される2025年2月1日に岩手県陸前高田市でAIDS文化フォーラム in 陸前高田に出ています。
 でも、なぜここまでHIV/AIDSに関わってきたかということを自分自身あまり考えてきませんでした。それこそ気が付けば保健所に勤務し少しずつ公衆衛生に関わり、気が付けば目の前にHIV/AIDSがあり、気が付けばHIV/AIDSの診療に関わり、気が付けばAIDS文化フォーラムに関わってきただけだと思っていました。しかも医学生時代、公衆衛生には全く興味もなく、将来絶対公衆衛生医にならないと思っていました。にもかかわらず気が付けば先日も「公衆衛生の未来図~保健師活動への期待~」という講演依頼をもらっていました。なぜそうなったのかを考えた時、実は「誰も正解を教えてくれない」、「正解は自分で探すもの」ということを自ら経験してきたからでした。
 忘れもしない1994年1月29日に、後に私の患者にもなったHIVを持っていたパトと握手をし、彼の手の汗を感じた時、「汗の中のHIVが自分の手にある傷に付着したら感染」とパニックになりました。ところが当時、「そんなことで感染しない」と教えてくれる専門家はいませんでした。HIVに感染しないためにはセックスの際にコンドームを装着すれば予防ができるのに、「コンドームをすれば誰とでもセックスをしていいのか」と論点を変えた攻撃をする人たちが未だに後を絶ちません。HIVに感染している人は男性同性愛者が多いとわかるとむしろそのことがバッシングの理由にされました。すなわち、誰も正解を考え、それを必要な人に、というか社会に向けて発信しようとは思わなかったのです。だからその世界に踏み込み、自分で考え、悩み続けてきたのだといまさらながら気づかされました。

●悩む力
 保健師さん向けの講演会で私が一番申し上げたかったのは次の一言でした。

 住民の健康づくりのため、未知の世界を含め、一緒に考え、発信し、悩み続けるのが保健師・公衆衛生!

 新型コロナウイルス対策を見ても、今でも感染が繰り返されているにも関わらず、専門家もマスコミも、(もちろん国民も)もはや考えることを放棄し、発信もしていません。それは公衆衛生の中で「悩み続ける」という視点ができていないからではないでしょうか。
 私がHIV/AIDSに関わる中で学ばせてもらったことが、気が付けば感染症対策を考える上で非常に重要な視点でした。それは暴露されるウイルス量が少なければ、感染するリスクも減らせるということでした。HIVに感染している人が、ちゃんと最新の薬を服用し、体内のウイルスをすべて排除することはできないまでも、血液中のウイルス量を検出限界以下(<20copies/ml)にすれば、コンドームなしでセックスをしてもパートナーに感染させないということが明らかになりました(U=U:Undetectable=Untransmittable)。もちろん、血液の中にも、精液の中にも、膣分泌液の中にもHIVはちゃんと存在しています。この情報に触れた時、私は正直なところ理解、というか受け入れることができませんでした。しかし、このことについて、様々な論文を読み、いろんな人と対話を重ね、悩み続ける中でその事実を受け入れられるようになりました。
 確かに感染力が強いノロウイルスは10個程度体内に入るだけで感染しますが、一方でノロウイルスに感染しても発症しない、下痢も嘔吐もしない人が30%います。感染力が弱いHIV/AIDSの感染を考えるときU=Uは基本中の基本ですし、新型コロナウイルスがアカゲザルに感染するには数万個のウイルスが必要とか、インフルエンザに感染している人のくしゃみを浴びた人が感染する確率は100万分の1ということも受け入れられるようになりました。すなわち、当初は理解できなくとも、悩み続けることで、自分が納得するだけではなく、住民一人ひとりの健康づくりに寄与する情報は何かを考えられるようになりました。

〇公衆衛生の大失態
 私自身公衆衛生医を自負していますが、実は私の素晴らしい多くの公衆衛生医の仲間たちは、実はすべての公衆衛生医の中の本当はマイノリティーだと思っています。「病院等で働くのがきつくなったから公衆衛生にでも、保健所にでも行くか」という医者が公衆衛生を実践できるわけがありません。その人たちがこれまで臨床の現場で求められていたのが「正解」でした。診断を間違えない、適切な指導や手術ができる。このような正解を求められ続けた医者が、住民と悩み続けられるはずがありません。実際、「私が言っていることを守っていればいい」という公衆衛生医の何と多いことか。
 「マスク、換気、手洗い」をこれだけ言っているのに年末年始のインフルエンザの大流行を見れば、仮に「マスク、換気、手洗い」ということが適切な感染予防策だとしても、「いつ、どのような場面でマスク?」、「窓を開けるだけの換気がなぜ無効?」、「いつ手洗いすると感染予防が可能に?」という基本的な視点が伝わっていません。すなわち、今回のインフルエンザの記録的な流行は公衆衛生の大失態ですが、そう思っている専門家はどれだけいるのでしょうか。もっとも、これが人間、これが日本人という考え方を受容しなければならないのもこれまた公衆衛生の現実です(苦笑)。
 こう言うというと「で、どのようにすればよかったのか」とお叱りを受けるでしょうが、そもそもそう思うこと自体、一緒に悩んでいない、悩む力が不足している、正解を求める正解依存症ではないでしょうか(笑)。

●公衆衛生は無念さへの抵抗
 「犯罪予防も健康づくり」と言い続けていますが、殺人はもとより、性犯罪、いじめ、闇バイト、等々、様々な犯罪が繰り返されています。HIV/AIDSを見ても、未だにほとんどの医者がU=Uを知りません。しかし、例え多くの医者が、専門家が関心を持たないとしても、関心を持たない人たちが悪い、と断罪して個人的にすっきりするのでは公衆衛生医とは言えません(笑)。むしろ「自分はここまで思っているのにその思いを伝える力の無さ、無念さ」を力にし、無念さへの抵抗をあきらめることなく、少しでも一人ひとりの健康づくりを進めることが公衆衛生であり、公衆衛生医の役割と思いつつ、その同志として保健師さんに大いに期待したいと思い講演をさせていただきました。その結果、受講してくださった方々と悩みを、無念さを共有できたかと思うだけではなく、また別の気づきもいただきました。
 一言で言うと「保健師、公衆衛生に女性が向いている」ということでした。保健師は、公衆衛生は悩み続けることが求められているのですが、それが苦手なのが実は「雄(オス)」だと思いませんか。今では男性保健師も増え、何人ものすばらしい男性保健師とお付き合いする中で、彼らは本当に柔軟な思考、姿勢を持っています。しかし、雄(オス)の中でこの柔軟性を持っている人の割合を考えると、男性保健師は一定程度しか増えないのも仕方がないのかなと思いました。個人的にはこれからもいろんな悩みや無念さが続くと思いますが、いろんな人と対話をしながら、少しでも誰かのお役に立てるよう、公衆衛生の視点で頑張りたいと改めて思いました。

紳也特急 305号

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~今月のテーマ『できる予防、できない予防』~

●『生徒の感想』
○『できないには理由がある』
●『論文命』
○『できることは一人ひとり異なる』
●『事例分析』
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●生徒の感想

 「なぜかを考える」という先生のお考えと、私自身の考えが全く同じでとても驚きました。なぜ周囲の人は結果や出来事ばかりに意識がいくのか、なぜその根本となる理由や原因は考えずにいられるのかが、私には全く共感出来ません。もちろん否定するつもりもありませんが、初めて「なぜかが大切」という事を仰っている方に出会う事が出来たので、本当に嬉しかったです。質問へのご丁寧な返答もありがとうございました。とても心が救われたような気がします。本当にありがとうございます。(高2女子)

 正解依存症という言葉がとても印象に残りました。私は感情や人それぞれの感覚の際などを排除した、理想論こそが正しいと申しして、それを他者に押し付けてしまうことがあるので、柔軟な思考を身に着けようと思いました。あらためて今回は本当にありがとうございました。(高2女子)

 生徒さんの感想は本当に勉強になります。「なぜかを考える」や「正解依存症」を伝えている自分自身がなぜかを考えておらず、正解依存症になっていました。ちょうどこの年末、全国でインフルエンザが猛威を振るい、新型コロナウイルスも着実に増えています。インフルエンザは過去10年でもっとも12月に感染者数が多くなっています。NHKのニュースではアナウンサーが屋外の取材の際に「感染予防のためにマスクをしています」と言えば、「マスクは何のため」と「なぜかを考える」と押し付ける一方で、考えられない人に考えなさいと正解を押し付けていたことに気づかされました。そこで今月のテーマを「できる予防、できない予防」としました。

できる予防、できない予防

○できないには理由がある
 コロナ禍を経験して多くの人は少なくともコロナ禍前より「マスク」「換気」「手洗い」はしているになぜインフルエンザの患者数が過去10年間で年内最高???と思いませんか。専門家の方は「正しい、マスク、換気、手洗い」がされていないと言いますが何が「正しい」のでしょうか。で、たどり着いた結論は、「マスク」「換気」「手洗い」の効果があるとすれば、それら以外の予防策で、以前はそれなりにできていたものが今年はできなかったということです。それは「感染による感染免疫、集団免疫の獲得」ではないでしょうか。
 インフルエンザは基本的に冬場の忘年会、新年会、さらには春節で多くの中国の方が来られたり、春の歓送迎会といった多くの人が集まる行事で集団感染が起こったりしていました。その時に獲得した集団免疫で夏場を乗り切り、でも免疫が切れる冬場にかけてまた次の流行が起きています。もちろんその時に流行するウイルスの型や、そもそも冬場に免疫を獲得しなかった2023年のように夏場以降に感染拡大が起きました。すなわち集団免疫、感染免疫の獲得は結果論であって、自分から「感染しますので免疫力をお願いします」ということはありません。

●論文命
 新型コロナウイルスの蔓延時、特に第3波以降はある程度感染経路が整理されつつありました。その時、岩室は繰り返し、飛沫が、エアロゾルが落下付着した料理を食べたら感染するリスクがあると訴え続けてきました。ウイルスは数日間感染力を維持しているので作り置きの料理も危ないです。それらの料理に付着した新型コロナウイルスは口腔内に多数あることが論文で証明されていたウイルスの感染経路になっているACE2レセプターを通して感染が成立するのではないかと指摘し続けていました。しかし「新型コロナウイルスが付着した料理を食べて感染したという論文はない」と相手にもされませんでした。論文がないのではなく、そのような研究をしなければという発想の研究者がいなかっただけです。
 しかし、これは泌尿器科医として深刻な思いである前立腺がんのPSA検診でも同じでした。今年岩室は70歳になりますが、70代の日本人男性の約3割が前立腺がん細胞を持っています。しかし、その3割の人が全員前立腺がんで亡くなるわけではありません。私はPSAで異常値と言われる4.0ng/ml以上になった70代の人で組織(精密)検査受けた人の3割に前立腺がん細胞が見つかっているという総説的な論文を書いていますが、泌尿器科医は誰も読もうとも思わないようです。ちなみに、あと数年もすれば「これだけPSA検診が普及して多くの治療が行われているのに、日本人の前立腺がん死はあまり下がっていないということは過剰治療の疑いがあるという論文は出ると期待していますが、無理ですかね。
 論文が大事だということは言うまでもありませんが、新型コロナウイルスやインフルエンザ同様、飛沫感染する溶連菌感染症も集団食中毒を引き起こしているのですが、このことを多くの医者は知ろうともしません。しかし、それを責めるのもまた違うのだと反省させられました。論文命を叩き込まれてしまうと、論理的に話を展開しようとしても受け付けてもらえない論文命(正解)依存症なのです。

○できることは一人ひとり異なる
 当たり前のことですが、どのようなことであっても、一人ひとりができることは一人ひとり異なります。今回反省させられたのは、予防啓発をする立場としてもう少し「できる予防、できない予防」という話を盛り込むべきだったということです。そして、結果的に今回のインフルエンザの大流行のように、多くの人が感染したとしても、「どうして感染したのか」を知りたい方には丁寧に聞き取りをし、可能な範囲で感染経路を明らかにし、次なる予防に資する情報を提供することです。もちろん「そんな話、聞きたくない」という方も大勢いますので、その方々に思いの押し売りをしないよう、注意したいと思います。ただ、「できる予防」について知りたい方と話しているとこちらが勉強になります。次のような事例の相談を受けました。

●事例分析
 鼻水と喉の痛みを訴えていたお父さんからお子さん二人と奥さんに感染が広がったケースでどのような感染経路が考えられるかという相談でした。お子さんは不登校で、一人は父親と釣りをしてお魚をさばくのが楽しみだとのこと。そのさばいたお魚を家族で食べて家族中に広がったと考えられました。もちろんこういうと「家の中ではマスクをしないから換気をしても感染は防げない」とおっしゃる専門家の方もいるでしょうが、それだと家庭の中の感染予防はすべて「できない予防」になってしまします。ま、そう考える方がいてもそれはその方の自由ですのでそこまで深入りするつもりはありません。
 二人暮らしの定年後のカップルがほぼ同時に発症したとのこと。方や39度の発熱、方や37度の発熱に加え咽頭痛があったとのこと。「岩室さんの言うことは結構守っていたのですが」とのことだったので発症前の行動をお聞きすると夫婦で新しくできたレストランに行ったとのこと。店は天井にエアコンがあった(?)が料理はマスクなしのシェフがお客さんと談笑しながら作っては自分で配膳していたとのこと。もちろん火を通して料理もあれば、火が通っていないものもあったとのこと。
 これらの事例から、日本で冬場にインフルエンザの大流行が生まれるのは、もちろん多くの人が交流する中での飛沫感染、エアロゾル感染も否定できませんが、20%~50%と言われる無症状感染者が料理をつくったり、配膳したりする中で料理を介した接触(媒介物)感染で広がっている可能性も否定できないと考えてしまいます。こうやって考えてできる次なる予防もあれば、そんなのあり得ないと否定してできない次なる予防もあります(笑)。何より、感染症対策の原則を、これからもきちんと考え続けたいと思います。
 本年もよろしくお願いします。

紳也特急 304号

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~今月のテーマ『偏見差別ゼロは無理?!?』~

●『生徒の感想』
○『考えない社会がつくる教科書』
●『考えるより二者択一』
○『二者択一の反対が多様性』
●『発想を変えるには』
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●生徒の感想

コンドームはただ子どもが生まれることを防ぐことだと思っていたが、病気の感染を防ぐことなどもできると知り、コンドームは大切なものだとわかった。(中2男子)

私は一度こうだと思ったら、そのまま決めつけて考えてしまう悪い癖に悩んでいたのですが、先生の「正解依存症」に関する話を聞いて、解決の糸口を見つけられました。(高2男子)

このメルマガが発行される前日まで、日本エイズ学会総会に参加していました。学会では2030年までにHIV/AIDSの終結に向け、「HIV新規感染者をゼロ」、「AIDS発症者をゼロ」、「AIDS関連の差別・偏見ゼロ」という3つのゼロの目標が示されていました。3つのゼロの中で最初の2つは頑張れば限りなくゼロに近づけられると思いますが、差別・偏見ゼロについては???です。
そこで今月のテーマを「偏見差別ゼロは無理?!?」としました。これは学会等の方針、方向性にケチをつけているのではなく、偏見差別を減らすために何が求められていることをまずは考えたいという視点からです。

偏見差別ゼロは無理?!?

〇考えない社会がつくる教科書
 エイズ学会では「エイズ・性教育再考」というテーマで市民公開講座をさせていただきました。「再考」という言葉を入れたのは、実は再考すること、考えることは本当に難しいことだと最近痛感しているからです。そもそも「考える」というのはどういうことでしょうか。
 健康づくりの基本(IEC=Information、Education、Communication)に学べば、IとEで得た知識を活かすのは他者 とのコミュニケーションです。コミュニケーションを重ねることで、一人ひとりの健康づくりのために何をしなければならないのか、何が足らないのか、どうして足らないのか、あるいはどうして上手くいくこともあるのか、といった様々な視点が一人ひとりの中に広がります。このようなプロセスが「考える」ということなのかと思いました。しかし、そもそもコミュニケーションというのは面倒なもので、コミュ障の人は、考えるプロセスを放棄しすぐ正解に飛びつきたがらないでしょうか。
 最新の中学校の保健体育の教科書には次のような記述があります。「自分の血液・自分で処理する・傷口はしっかりおおい、ほかの人がふれないようにする」、「ほかの人のけがの処置・直接血液や傷口にふれないようにビニール手袋などを装着する」。これを読んだときに思わず「では意識がない出血している人を見負けた時にビニール手袋がなかったらどうすればいいのでしょうか」と考えてしまいました。しかし、この教科書の執筆者も、出版社も、検定を通している文部科学省も何も考えず、正解を伝えていると思っているのでしょうか。

●考えるより二者択一
 前記の教科書の記述はそれこそ30年前にもあり、「これはおかしい」と大騒ぎをしたところ、心ある、勉強熱心な担当者がいる教科書会社はすぐ修正してくれました。しかし、担当者が変わり、編者も変わると、何の疑いもなく、とんでもない記述に戻ってしまいました。
 そうなってしまうのは自分なりの正解を見つけると、その正解を疑うことができないだけではなく、その正解を他の人にも押し付ける「正解依存症」そのものです。新型コロナウイルス予防も、インフルエンザ予防も相変わらず「マスク、手洗い、換気」しか言わない、言えない専門家が多いですよね。これは知識不足や勉強不足ということではなく、自分でつかんだ正解を疑い、考えることができないからのようです。正解か×かの二者択一です。
 アメリカで次期大統領にトランプ前大統領が選出されましたが、「4年前より良くなったか悪くなったか」、「トランプ(男)かハリス(女)か」、と二者択一を求めた結果でした。日本の選挙でもSNSが選挙結果を左右するようになってきましたが、それが功を奏すのは二者択一の選択に持ち込めた場合です。「103万円の壁を打ち破るか打ち破らないのか」が典型です。本来は税のあり方を各政党が考え、いろんな選択肢を示せばいいのでしょうが、そんなことをしても誰も政策を読んでくれません。やはり二者択一の提示のほうが分かりやすく、受け入れやすいようです。

〇二者択一の反対が多様性
 今回の日本エイズ学会では教育や普及啓発の演題がほとんどなく、予防としてPrEP(=Pre-exposure prophylaxis、プレップ)、セックスの前に薬を飲んでおくことで予防をしようという議論が盛んにおこなわれていました。個人的にはPrEPも選択肢の一つとして重要だと理解していますが、コンドームについても啓発し続ける必要があります。しかし、コンドームもPrEPもといった議論はありませんでした。二者択一、PrEPに賛成か反対か以外は相手にされない学会になってきているようでした。
 先の自民党総裁選挙を思い出してください。小泉進次郎議員が「夫婦別姓」を推進すると言い、結果的にそれで自民党員からNoを突き付けられました。この事実を見ても、性の多様性の問題は今の日本の保守層が受け入れがたい問題なのです。夫婦別姓は×なのです。偏見や差別の原因は「正しい知識」の問題ではなく、二者択一での選択の結果と考えると理解が進みます。すなわち、LGBTは〇か×、薬物は〇か×か、セックスワーカーは〇か×か。〇か×かで判断する人たちがマジョリティーの世界では対立する問題に対して×、すなわち排除する判断になり、排除、偏見、差別が容認されるのです。そのような社会で偏見や差別がゼロになるということは全員が〇になるか、全員が×になるかを意味し、現実的ではありません。偏見や差別を減らすには、二者択一の考え方を変え、多様性を受け入れることを目指さなければならないのですが、これこそ難しい問題です。

●発想を変えるには
 では偏見差別を減らすことは無理なのでしょうか。「正しい知識を持ちましょう」といった呼びかけではなく、一人ひとりの考え方を変えるような取り組みが行われれば結果的に偏見や差別が減ると期待されます。二者択一の発想から、二者以外の選択肢があることを示し続ける中で、一人ひとりが多様な視点が持てるようになれば、「みんな違ってみんないい」という発想になれるのではないでしょうか。
 例えば「マスクをするかしないか」という話になった時、「なぜマスクをするのか?」や「マスクは何を予防する?」といった突っ込みを入れたいものです。「LGBTは気持ち悪い」という人がいれば、「そう思わない人も多いけどなぜあなたは気持ち悪いの?」と。
 以前、ゲイの友人に「偏見差別をなくすにはどうすればいい?」と聞いたときに「知るより慣れろ」と教えてもらいました。ここでいう「慣れる」というのはいろんな人とかかわる経験をすることだと改めて思いました。
 2024年12月8日(日)にAIDS文化フォーラム in 名古屋が開催されます。いろんな出会いとキャッチボールの中からいろんな気づきを共有しましょう。会場でお会いできるのを楽しみにしています。

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~今月のテーマ『性教育とは!?!』~

●『生徒の感想』
○『性教育ブームで思うこと』
●『性教育にこそ多様性を』
○『夫婦別姓反対も一つの意見』
●『多様性の反対は』
○『自分が聞きたい「対話」とは』
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●生徒の感想
 
 人と対話をすることがとても大事というのを聞いて、確かに私も友達や家族に悩みを相談すると気が楽になるなと思いました。(高2女子)
 
 正解依存症というものも集団における多様性の喪失であり、異なる意見が生まれ、それが認められ、相互に影響を与え合うのが本来の健全な民主主義だと思うので、そのような社会を作れるよう頑張ります。そして、マスコミだけを信じるのは悪手だと思うので、確かな対話を重視したいです。本日は腐敗した社会への抵抗を先導してくださるような革新的な講演をしてくださり励みになりました。有難うございました!(高2男子)
 
 私は人に自分の弱さをさらけ出すことが苦手で、泣き顔を家族にも友人にも赤の他人にも誰にも見せたくはありません。相談や話すことも正直苦手で常に明るい自分自身でいたいので、悩んでいることはすべて自分で消化(自分が辛い状況ということは伝えず相手と日常会話をする、遊ぶ、一人で文字化する、画像化する)してきました。失敗談を相手に話すこと、正直とてつもなく怖くて、嫌だと思ってしまうのですが少しずつ頑張ってみます。
 いま、学校に通えてない日が続いており(続く時もあり)そのことでこれから先生たちと話さなければなりません。嘘をついてしまうかもしれないし、しっかり自分が思っていることを伝えられるかもわかりません。でも、少しだけで頑張って対話したいと思います。本日はご講演ありがとうございました。(高2)
 
 学校側は岩室紳也に性教育を依頼し、もちろん性教育のつもりで話をしています。しかし、今回紹介した生徒の感想には一言も「性」のことは触れられていない一方で「対話」という言葉が彼らの感想に書かれていました。そこで今月のテーマを「性教育とは!?!」としました。

性教育とは!?!

〇性教育ブームで思うこと
 昨今、性教育がブームになっているようでいろんな書籍が出版されています。「性」をきちんと取り上げ、いろんな視点で「性」について考えられる環境が整備されつつあることはすごく大事だと思っていました。ところが、先日、ある自治体から「幼児期の性教育」についての講演依頼をいただいた結果、ブームの裏で起きていることを考えさせられました。
 その自治体では3歳児健診の際に性教育に関するリーフレットを配っていたのですが、それを見直すきっかけとしての専門職向けの勉強会の依頼でした。リーフレットの一部を紹介すると「お母さん、お父さんが逃げたりすると、お子さんは性について『聞いてはいけない』とマイナスイメージを持つことにつながってしまいます」とありました。皆さんはどう思われますか。
 もちろん性について話せる人もいれば、話せない人もいます。今は話せないけど話せるようになりたいと思っている人もいれば、絶対話したくないという人もいます。お子さんにとって大事なことは「この社会には性について話せる人もいれば、話したくない人もいる」ことを理解することではないでしょうか。そのために保護者に伝えなければならないことは何かを考えてみました。

●性教育にこそ多様性を
 「性」を全く語らない、それこそ「性について語りたくない」と伝えることも立派な性教育だと思っています。こう話すと「では誰が正しい情報を伝えるのですか」と反論されます。でもちょっと考えていただきたいのが、最近、性に関連する分野ではLGBTQ+を含め、「多様性」を認めることの大切さが言われていますよね。それなら「性を語りたくない」人の存在も認められるべきだと思いませんか。ただ、それが保護者の場合、お子さんにとって保護者以外の人から正しい情報が得られる環境整備が大事になります。
 大人向けの講演会をすると、決まって出る質問が「母子家庭ですが、異性である息子に何をどう教えればいいでしょうか」です。もちろん私の本を読んでお母さんが教えるというのでもいいでしょうし、お友達で話ができる人が家に来た時に話してもらうという手もあります。ちなみに私はマンションに住んでいますが「マンション」と呼ばず「高級長屋」と呼んで近所づきあいを大切にしています。そのおかげか、隣の男の子が「赤ちゃんはどうすればできるの」とお母さんに聞いた時「岩室さんに聞いてきなさい」と言われて来ました。お子さんが学校に行っていれば、お母さんがPTAの役員をして、岩室を学校に外部講師として呼ぶという手もあります。もちろんPTAの役員なんて面倒でしたら、他の方法をご検討いただくしかありません。

〇夫婦別姓反対も一つの意見
 今回の衆議院議員選挙で「選択的夫婦別姓」に賛成している政党もあれば、はっきり反対と述べている政党もあります。自民党はNHKのアンケートに「夫婦の氏制度のあり方は、旧姓の使用ができないことで不便を感じている人に寄り添い、運用面で対応する形で一刻も早い不便の解消に取り組む。今後の制度のあり方については社会的意義や運用上の課題などを整理しつつ、どのような形がふさわしいかを含め合意形成に努める」としています。このような政党で小泉進次郎さんが「選択的夫婦別姓の導入」を打ち出して総裁選に出馬したのはどう考えても彼の周囲のブレーンの力量不足です(笑)。もちろん、岩室紳也は選択的夫婦別姓には賛成どころか早期に実現すべきだと思っていますが、そう思っていない人たちを否定するつもりもありません。いろんな意見がある、表明できることが保障されている社会こそが健全ではないでしょうか。そしていろんな意見がある問題こそきちんと対話を重ね、方向性を見出したいものです。

●多様性の反対は
 ChatGPTに「多様性の反対は」と聞くと、次のような回答でした。
 
 「均一性」や「単一性」です。日本語では、「画一性」や「一様性」とも表現されることがあります。これらは、個々の違いが少なく、同じような特徴を持つものが集まっている状態や、異質な要素が少ない状態を指します。
 
 本当にそうでしょうか。今の社会では「多様性の反対」は「正解依存症」のように思います。多様性というのはいろんな人がいることを認める考え方で、最近では性の多様性、LGBTQ+やSOGIといった視点で多くの人に理解が広まりました。しかし、それらのことが受け入れられない人が少なくなく、岸田政権では総理大臣秘書官が同性婚について「見るのも嫌だ」と発言するなど、やはり違う感性を持った人がいることも認める必要があります。もちろんそのような発言をする方が総理秘書官でいいとは思いませんし実際には更迭されていますが、そのような人の存在が認められないなら、それこそその人が正解依存症ではないでしょうか。
 結局、いろんなことを一人ひとりに突き付けるのが「性」です。その「性」を誰かに伝えたいという思いを多くの人が持つのはいいのですが、気をつけたいのが押し付けにならないことです。「性教育」はあくまでも「多様性を受容した上で進めるべきこと」と改めて思いました。

〇自分が聞きたい「対話」とは
 この原稿を書いていた時に「性教育で何を伝えたらいいか」という質問が保健師さんからありました。おそらく先輩から「あなたがやりなさい」と急に振られ、たまたまその自治体で岩室が講演をしていたので聞いてきたようでした。皆さんならどう答えますか。私の答えはシンプルでした。「あなたが聞きたいと思う話をしてあげてください」でした。シンプルと言いながら、これが実はすごく難しいことです。なぜなら皆さんは性教育で聞きたいことはありますか。ないですよね。なぜならそもそも自分が性教育を受けるということも考えられないと思います。
 こう考えると、学校の先生はすごく偉いと思いませんか。授業を聞きたいと思っていない生徒たちの気持ちを引き付ける素晴らしい授業ができる人達が数多くいます。文部科学省は「対話的な学び」を打ち出しています。10月末に開催された日本公衆衛生学会(札幌)のテーマは「ともにいきる 協創を拓く対話」でした。これからの時代は「教育」から「対話」への発想転換が必要だと改めて思いましたし、生徒さんの感想が性に偏らず、感想の中に「対話」という文言が出てきたことはこれからの私の講演の方向性を示してくれたように思いました。皆さん、対話力を磨きましょう。

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~今月のテーマ『予防再考』~

●『大学生の質問』
○『一次予防、二次予防、三次予防』
●『「予防ができる」という錯覚の原因』
○『予防は結果?』
●『「正解」の裏には別の「正解」が』
○『表面的な予防から根っこの予防へ』
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●大学生の質問
 
 児童虐待を減らす仕事に就きたいと思い、児童相談所などでお手伝いをさせてもらっていますが、後追いばかりで予防になっていないように思います。予防につながる仕事はあるのでしょうか。(大学3年生女子)
 
 大学生を対象に「思春期のこころと性」というタイトルで講演させていただいた後、この質問をいただきました。講演の中で児童相談所における児童虐待相談対応件数が1990年の1,101件から2023年には219,170件に増加していると話したのであればまだそのような質問が出てきたのは理解できますが児童虐待の話は一切していませんでした。おそらく講演の中で、いろんな問題を解決するために、わかりやすい早期発見、早期対応だけではだめで、そのような事態にならないための方策、予防が大事という話をした意図を理解してもらえたからこそこのような質問になったのかなと思っています。そこで今月のテーマを「予防再考」としました。

予防再考
 
〇一次予防、二次予防、三次予防
 公衆衛生の分野で当たり前のように言われている「一次予防、二次予防、三次予防とは」で検索するとAIによるまとめ、概要が示され、次のように書かれていました。
 
 一次予防、二次予防、三次予防は、予防医学における病気の予防や管理の概念です。?
 一次予防:病気にならないように、生活習慣や環境を改善したり、健康教育を受けたりすることで健康増進を図る。
 二次予防:病気や障害の重症化を予防するために、健康診断や人間ドックなどで早期発見・早期治療を行う。
 三次予防:すでに発病している病気を管理し、合併症やさらなる損傷を予防したり、社会復帰できる機能を回復させたりする。
 
 AIが示した「一次予防、二次予防、三次予防は、予防医学における病気の予防や管理の概念です」というのは非常に偏った判断です。そもそも「予防」というのは病気の予防だけではなく、事故、犯罪、災害といった幅広い分野で使われている概念です。さらにこの回答で一番びっくりしたのが「健康教育を受けたりすることで」というくだりです。もしこれを学生さんが読むと教育で人を変えられると錯覚してしまうのではないでしょうか。さらに早期発見・早期治療(対応)でも予防ができるとも受け取れますが、大学生が質問してくれたように(二次)予防のつもりが後追いになっているだけの場合が少なくありません。
 
●「予防ができる」という錯覚の原因
 と、偉そうに発信している私ですが、自分の反省を込めて話すようにしているのが「エイズ予防にノーセックスかコンドーム」と声高に叫んでいた頃はまったく予防がわかっていなかったということです。「エイズ予防にノーセックスかコンドーム」という情報をきちんと伝えれば、教育すれば、誰もがHIVに感染せずに済むと勘違いしていました。なぜそうなったかというと、自分自身がそもそもなぜコンドームを使えるようになったのか、使う気になったのかを考えられずにいたからでした。
 コンドームについて考える前に、私がシートベルトを習慣化できた理由を考えてみました。交通事故で死なないためにシートベルトをするというのは常識ですが、それでもしない人も、できない人もいます。私がシートベルトを習慣化できるようになったのは、法律がシートベルトをしなければ、すぐに警察に捕まり罰金を払わなければならないことを教えてくれただけではなく、捕まれば車にかけている保険料がゴールド免許対象にならないことも影響していましたし、何より周りのみんながシートベルトをしているのも見せてもらっていたからでした。すなわちいろんな条件が重なることで気が付けばシートベルトをすることが習慣化されていました。でも単純な発想の人は厳罰化で様々な事件が予防できると錯覚しています。
 
〇予防は結果?
 岩室紳也がコンドームを使うようになったのは「パートナーが妊娠しては困る」というシンプルな理由です。パートナーに対する思いやりとか、自分が性感染症を持っているかもしれないからパートナーにうつさないようにでも、パートナーが性感染症を持っているかもしれないので自分がうつらないためでもありませんでした。コンドームを使っていたというのはあくまでも結果であって、論理的に考えて行動していたわけではありませんでした。自分がHIVに感染するとはまったく思えなかったにもかかわらず、むしろ他人ごと意識だったからこそ「エイズ予防にノーセックスかコンドーム」と叫べていたのでした。
 敢えてここまで書いたのは、「予防」を呼びかけている多くの人も私と同様、自分のことを棚に上げていると思うからです(苦笑)。それがいいとか、許されるとか、悪いとかの話ではなく、それが人間の本性であり、自分たちの本性を無視した議論は全く意味がないと感じたからです。
 
●「正解」の裏には別の「正解」が
 「エイズ予防にノーセックスかコンドーム」は決して間違いではなく、この言葉を、この正解を聞かされた多くの人がそうだよねと思い、自分なりの言葉で伝えてくださいました。一方で反論する人たちはと言えば、「コンドームをつけたら若い子たちもセックスをしていいのか。岩室紳也はコンドームをすれば誰とでもセックスをしていいと言っている」とこれまた極端な反応をしていました。誰も「正解を伝えても他人はその通りできるものではない」という本当の正解を教えてはくれませんでした。
 一方で「エイズ予防にノーセックスかコンドーム」という私なりの「正解」に対して、別の「正解」を教えてくれたのがゲイの友人でした。「どちらも感染していなければコンドームは不要」という「正解」でした。確かにそうですよね。もちろん検査をして感染していないことを確認したのか、といった突っ込みはできますが、HIV/AIDSが身近ではないと感じている、あるいは感じたい人にとっては「どちらも感染していなければコンドームは不要」という「正解」を選択したくなるのも理解できますよね。もっとも一番多い「正解」は「HIV/AIDSは他人ごと」ではないでしょうか。
 
〇表面的な予防から根っこの予防へ
 国が進めている健康日本21という健康づくり運動でも人と人のつながりの重要性が指摘されて久しく、ヘルスプロモーションやソーシャルキャピタルといった考え方でも、結局の所、人と人の関係性、つながりが重要とされています。他の人とつながっている人は健康的な行動をとり、自殺も少なく、教育、防災、治安、経済成長といった面でも効用が確認されています。しかし、そのような話をすると必ず次のような質問を受けます。「人とつながることを拒否する人はどうすればいいのでしょうか」と。
 関係性が希薄になってきた現代社会において、人と人をつなぐというのは世直し的な、壮大な社会実験と言えますし、「無理」と思う人が多いのではないでしょうか。私も正直なところ「無理」と思っています。でも横浜のドヤ街と言われる寿町で活動されている方に教わったのが次の言葉です。
 
 人を変えることはできないけれど、人は変わることができる。
 
 この言葉を信じ、つながりの大切さを伝え続けるしかないと思っています。皆さん、頑張りましょう。

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~今月のテーマ『包茎再考』~

●『包茎と向き合った2024年8月』
○『そもそも包茎とは』
●『「自然にむける」という誤解』
○『過保護な亀頭部』
●『包茎は切るべからず』
○『保育園での性教育』
●『ハエ便器でこぼれ80%削減』
○『かぶれば包茎、むければOK』
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●包茎と向き合った2024年8月

 OCHINCHINというパンフレットをはじめ、これまで包茎についていろんな発信をしてきました。しかし、先月(2024年8月)はいつもの小さいお子さんから中学生までのおちんちん外来に加え、包茎手術後の後遺症で苦しんでいる40代の人、包皮をむいた時の亀頭部の刺激感が強くてむけない40代の人も受診しただけではなく、保育園児対象の性教育でむきむき体操を教えたら、保育園の先生から「おしっことびちり防止ターゲットシール」を教えてもらうなど、包茎についていろいろ考えさせられるだけではなく、新たな学びと気づきをいただきました。
そこで今月のテーマを「包茎再考」としました。

包茎再考

〇そもそも包茎とは
 おちんちんは亀頭部と、亀頭部を覆っている包皮、そして陰茎根部から成り立っています。包皮が亀頭部を覆っている状態を「包茎」と言います。包皮をずらしても包皮の出口の包皮口が狭く、全く亀頭部が見えない状態は「真性包茎」。包皮をずらして亀頭部が全部露出できる状態は「仮性包茎」。では亀頭部が少しは見えるが全部露出できないのは「亀頭部が少し出たペニス」です。
インターネットを調べると「カントン包茎」とか、いろんな間違った記述がありますが、本当の嵌頓包茎とは、包皮口が狭いものの、何とか亀頭部を露出したまま放置し、むいた包皮がむくんでパンパンに腫れた状態を言います。
 詳しくは以下を参考にしてください。
 https://iwamuro.jp/syho/qahoukei/

●「自然にむける」という誤解
 よく「包茎は思春期になると自然とむけるので放っておくべし」と自信たっぷりにおっしゃる医者がいます。確かにそういう人もいるのかもしれませんが、では「包皮をむいた時の亀頭部の刺激感が強くてむけない40代の人」はどう考えればいいのでしょうか。自己責任でしょうか。このような方を生まないために情報発信をし続けているつもりですが、残念ながら私の力不足でこの方にこれまでそのメッセージがちゃんと伝わっていませんでした。と同時に、「放っておくべし」という人たちはこのような人の存在を知らないのか、どうでもいいのか、ぜひご意見を伺いたいものです。

〇過保護な亀頭部
 でどうしたか。この方は二つの問題点を抱えていました。亀頭部が刺激に弱いことと、包皮口が十分広がっていないことでした。まず、亀頭部をとにかく毎日、最初は指で少し触れる程度でいいので10回から少しずつ回数を増やし、刺激に慣れてきたら回数はそのままにして少し強くこすり、最終的にはタオル等でごしごし洗っても平気になるというトレーニングを指導させていただきました。ごしごし洗っても平気になったら、次は包皮口を広げるため、最初は非勃起時に「包皮をむいて亀頭部を露出したらすぐ戻す」といういわゆるむきむき体操を30回から始め100回まで増やす。包皮口が緩くなったら、勃起時にむきむき体操を行い、最終的には勃起した状態で亀頭部を露出しても包皮口で陰茎が締め付けられない状態を目指しましょうと指導させてもらいました。ちなみにこの方は350キロ離れたところから来られました。

●包茎は切るべからず
 包茎手術後の後遺症で苦しんでいる40代の人は200キロも離れた地域から来られました。中学生の頃、包茎が気になり親に相談したところ成り行きで環状切除術という私も以前は行っていた、ある意味包茎の標準的な手術を受けていました。ところが手術後から亀頭部の過敏状態、縫合部の違和感、勃起時痛、等々いろいろ辛い状態が続いているため、仕事が手に着かなかったり、鬱状態になったりを繰り返されていました。この方だけではなく、包茎の手術を受け、その後の後遺症で苦しんでいる方を数多く見てきましたが、後遺症の原因のほとんどが、包皮切除による神経の損傷です。
 手や足を切断した際に「幻肢痛」といって、失ったはずの手足が存在(幻肢)するように感じたり、その幻肢が痛いと感じたりする現象が知られています。もちろん時間と共に症状が消える人もいるでしょうが、症状が残り、苦しむ人もいます。今回受診された方は術後30年近くたっていたにも関わらず、包皮を多く切除していたため、勃起時に皮膚が突っ張る状態でしたし、皮膚の知覚が過敏な状態が残っていました。

〇保育園での性教育
 昨年に引き続き、陸前高田市の保育園児に性教育をする機会をいただきました。保育園の園長先生や保健師さんたちと一緒に、外陰部の清潔の保ち方、性被害に遭った時の対処法といったごくごく基本的なことを保護者も参加してやりました。もちろん男の子にはむきむき体操を伝えたのですが、その後の振り返りのところで園長先生から「おしっことびちり防止ターゲットシール」を教えてもらいました。おちんちんのことをいろいろやっていながら、そのようなものが市販されているとはつゆ知らず、すぐにネットで購入して保育園でトライヤルをしていただくことになりました。今回購入したのは以下の商品ですが、今後いろいろ試したいと思っています。
 https://www.amazon.co.jp/gp/product/B095YV5Z61
 このシールを見て思ったのが、おしっこをする際に包皮をむいてこのシールを狙えるお子さんと、むかずに狙ったお子さんでは命中率に当然のことながら差が出るはずです。保育園でむきむき体操を教えなくても、ターゲットシールをつけるだけで、考える子は「むかないとまっすぐ飛ばない」ということに気づき、結果的にむくことを覚えると期待されます。将来的にはむきむき体操とターゲットシールのコラボを目指したいと思いました。

●ハエ便器でこぼれ80%削減
 そんな話をしていたら、インターネットの専門家の宮崎豊久さんが次の記事を教えてくれました。
 スキポール空港はハエ便器のこぼれを 80% 削減
 小便器の排水溝付近にハエの画像を入れたら、皆さんがそのハエを狙うようになり、尿漏れが80%減少したとのことでした。日本だけではなく、海外でも、大人でもまだまだいろんな工夫が必要なようです。

〇かぶれば包茎、むければOK
 結局のところ、もちろん思春期になってからでもいいですが、「かぶれば包茎、むければOK」です。それをいつ、誰が、どのように伝えれば、今回受診された、辛い思いをされている人たちを予防できたのでしょうか。
このような書き込みをFacebookにしたところ、心ある泌尿器科の先生たちから賛同のメッセージをいただくだけではなく、「不要な包茎の手術に加え、(よくわからない)長茎手術も併せて受けた人が術後の出血で陰嚢がパンパンに腫れたのが来たばかり」といった情報をいただきました。
 インターネットにはいろんな情報がある一方で、今どき男子は「包茎」という言葉も知りません。そのため騙され、不要な手術を受けたり、逆にむくことも知らないまま思春期を通り越してセックスができなかったりという現状があります。さて皆さんは何ができますか。私は「かぶれば包茎、むければOK」を地道に伝え続けたいと思います。

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~今月のテーマ『忖度社会』~

●『生徒の感想』
○『忖度は勝手な思い込み?』
●『熱中症対策での忖度』
○『患者さんに学ぶ』
●『低カリウム血症が疑われる熱中症の記事』
○『効果的なカリウム補給法』
●『熱中症対策のコンビニ朝食』
○『AIDS文化フォーラム in 横浜』
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●生徒の感想
 
 綺麗ごとなど言わずに、正直に話してくれているからこそ信頼できるし、人間のありのままを知る機会にもなって本当に良かったです。(高2女子)
 
 テレビで放送されている情報は信ぴょう性が高いと思って疑わなかった自分がいた。先生の言葉から視覚から入った情報で分かった気にならないこと。特にマスコミの情報を鵜呑みにせず、疑問を持たなければならないこと。メッセージが深く刺さった。(中3男子)
 
 今まで教えられてきたことに間違っていたということがあったということに驚いた。特に命を大切にしろではなく、もともと命は大切だということが一番心に残りました。普段、人と話しにくい性についての話もしっかり説明してくれて、自分のこれからの人生のためにも大切にしていこうと思いました。(中3女子)
 
 「綺麗ごと」、「信ぴょう性」、「命は大切だ」と言った言葉に生徒さんが反応してくれたことをどう思いますか。2024年7月末に日本産婦人科医会の性教育指導セミナーが奈良県で開催され、「若者が求める性感染症予防教育とは」という講演をさせていただきました。大会のテーマが「どうするネット社会の性教育~SNSの功罪を考える~」だったのですが、不思議とSNSの「功」の話がほとんどありませんでした。なぜなのかと考えた時に、SNSを利用している大人が少ないというのもありますが、もう一つはマスコミがSNSをはじめとしたさまざまな媒体に忖度(そんたく)しているからではないかと思いました。
 そこで今月のテーマを「忖度社会」としました。

忖度社会

〇忖度は勝手な思い込み?
 「忖度」を広辞苑で調べると「(「忖」も「度」も、はかる意)他人の心中をおしはかること。推察」とありました。皆さんは他人の心中をおしはかる能力はありますか。少なくとも私はありません。ということはこの忖度というのは相手の思いとは裏腹に、自分で勝手に「相手はこう思うだろう」と思い込んで選択、行動をしている可能性も否定できないとも言えます。こう考えると、忖度されたとされる側が「そんなことをお願いしたことはない」と反論することもあながちウソとは言えないのですね。

●熱中症対策での忖度
 猛暑を通り越して酷暑という状況の中、マスコミは「熱中症予防のために水分、塩分、クーラーの大切さ」を繰り返し伝えていますが、この報道に疑問を持ったことはありますか。水分補給も、塩分摂取も、クーラーの使用もどれも大事なことですが、予防を考えるためにはもう少し具体的に、どれぐらいの水分、塩分が必要なのかを検討したいものです。
 高温下で1時間働くと汗1.5l、塩分4.5g失います。野球を2時間半していると5.4gの塩分が必要です。夜中、特に汗をかいた感覚がなくても汗0.5l、塩分1.5g失います。ということは、夜中に失った水分や塩分を補うだけではなく、朝食で午前中の活動に合わせた水分と塩分の補給が必要ということになります。
 朝はパン食という方が多いのですが、食パン1枚(塩分0.8g)、卵とベーコン(塩分1.5g)、バナナ1本(塩分0g)、牛乳200ml(塩分0.1g)で合計塩分摂取量は2.4gです。ご飯(塩分0g)、塩鮭(塩分2.2g)、納豆(塩分0.6g)、味噌汁(塩分1.5g)で塩分は4.3gなので、午前中部活等に出かけるお子さんには梅干し(塩分1.0g)や沢庵3切(塩分0.8g)を食べさせたいですね。栄養的には反論もあろうかと思いますが、カップ麺はスープまで全部摂取すると塩分は4.5gとなります。
 「熱中症対策にスポーツドリンク」や「塩分補給に塩分タブレット(1粒)」と言っていますが、スポーツドリンク500mlに含まれる塩分は0.5~0.6g、タブレット1粒の塩分は0.12gです。これでは十分な塩分補給にならないことがわかります。テレビコマーシャルやワイドショーでは様々な熱中症対策用品が紹介されていますが、新型コロナウイルス対策同様、本当に国民が必要としている情報が伝わっていない、コマーシャルを出してくれている企業に忖度していると思うのは私だけでしょうか。

〇患者さんに学ぶ
 そんな思いでいた時に、私が診ていた患者さんが「暑いから水分を取っていたけど、体がだるい、力が入らない」と訴えたので血液検査を行ったところ、血液中の低カリウム血症でした。
 低カリウム血症の主な症状は、「手足の力が抜けたり弱くなったりする」、「手足のだるさ」、「こわばり」、「筋肉痛」、「麻痺」、「不整脈」などで、病状が進むと、「体を動かすと息苦しくなる」、「歩いたり走ったりできなくなる」こともあります。医者がこのような患者さんを診るのは多くの場合使っている薬の副作用が原因ですが、熱中症や過度の水分の摂取で尿からカリウムが失われることもあります。
 
●低カリウム血症が疑われる熱中症の記事
 この患者さんをきっかけに、過去の熱中症の記事を検索したところ、次のようなニュースがありました。
 
7月、熱中症で死亡35人 「このまま死ぬかも」と感じた人の症状は
 
 意識を失った人の症状を見ると

・気分が悪くて何も飲めない
・指がつり、足や首の筋肉もしびれ
・水を飲もうとしたが、うまく飲みこめなかった
・足から始まったしびれが体を伝うように上がってきて、顔に到達
・話すこともできなくなる
 
 先に紹介した低カリウム血症の症状と一致します。でもこう言っている方は、水分補給は意識的にしていたり、木陰にいたりしていました。
 また、このニュースで非常に重要なことは意識を失ったものの、助かった人たちは他の人と一緒にいたことでした。逆に「畑仕事中に倒れていた方の死亡が確認された」という報道も多いのですが、裏を返すと一人だと助からないこともあり、誰かと一緒にいることも熱中症対策で重要です。

〇効果的なカリウム補給法
 カリウムは野菜、海藻、果物に多く含まれ、一日に2,000~2,500mg摂取する必要があります。普段から、朝食で多くの野菜を食べ、野菜や海藻入りの味噌汁を飲み、夏場は梅干しを必ず食べている私ですが、先日、この酷暑の中15分ほど歩いたら少し脱力感を感じたので、コンビニで100%のオレンジジュース250ml(カリウム530㎎)飲んだところ、すぐに脱力感が回復しました。野菜ジュース200ml(カリウム620㎎)もいいと思いますが、パッケージに書かれているカリウムの含有量をチェックして選んでください。

●熱中症対策のコンビニ朝食
 酷暑を乗り切るには何より朝食でしっかり、塩分、カリウム、水分をちゃんと摂ることです。コンビニで調達するのであれば、食材の中の塩分とカリウムをチェックするようにしてください。おにぎり(塩分1.0g)×2、たまごサンド(塩分1.2g)、カレーパン(塩分1.4g)、カップみそ汁(塩分2.2g)、梅干し(塩分1.0g)、野菜ジュース(カリウム530㎎)、バナナ(カリウム360㎎)です。もちろん水分も大事ですが、水分をしっかり摂れているかはおしっこの量と濃さ(濃いいと水分不足)でチェックして、この酷暑を乗り切りましょう。

〇AIDS文化フォーラム in 横浜
 2024年8月2日(金)~8月4日(日)
 https://abf-yokohama.org/
 お待ちしていますが、必ず朝食を食べていらしてください!!!

紳也特急 299号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,299  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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バックナンバーはこちらから
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~今月のテーマ『膣内射精障害の新たなリスク?』

●『生徒の感想』
○『対話で生まれる気付き』
●『偏見や差別を助長する情報』
○『自分の選択肢を増やす情報』
●『膣内射精障害と子宮頸がん?』
○『溶連菌による集団食中毒』
●『落下付着した飛沫に注意』
○『AIDS文化フォーラム in 横浜のお知らせ』
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●生徒の感想

 今まで考えたこともないようなことが話で出てきて、頭がついていかなかったんですが、個人的に思ったことは、性とか自分が恥ずかしい、調べたくないようなことでも、自分自身を守っていくために知っておくことは大切だなと思ったのと、これから先、なにが起こるかわからないからこそ、時々岩室先生の話しを思いだしてみようと思います。(中3女子)

 皆さんはどれだけ「今まで考えたこともないようなこと」に遭遇してきたでしょうか。実は岩室紳也はこの1ヶ月の間にもいくつもの「今まで考えたこともないようなこと」に遭遇しました。その代表格が「膣内射精障害の新たなリスク?」であり、「溶連菌による集団食中毒」でした。
 そこで今月のテーマをわかりやすく「膣内射精障害の新たなリスク?」としました。

膣内射精障害の新たなリスク?

○対話で生まれる気付き
 最近、いろんな方と対面で話すことが増えました。飲み会の席だったり、イベントでの立ち話だったり、それこそ患者さんとの診察室でのマスクを外した雑談だったり。その中で、特に1対1の関係性だからこそ聞かせていただける話がいくつもあります。その一つが膣内射精障害の新たなリスクを考えさせられた事例でした。
 男性の膣内射精障害は今や深刻な事態になっており、講演会で「床オナ禁止」と言ったことを話すようになって久しいです。ただ、いくら岩室紳也が声高に伝えたところで全国の床オナ事情がそう変わるとは思っていませんでしたが、少しでも膣内射精障害で苦しむ人を減らせればという思いで講演の中に必ず入れていました。しかし、そんな悠長な話ではありませんでした。
 ある方と雑談する中で「子宮頸がんで子宮全摘をしなければならない人がいた」というだけではなく、「その方のパートナーが膣内射精障害だった」という話を伺いました。思わず「何でこれまで膣内射精障害の新たなリスク?について考えてこなかったのか」と大いに反省させられました。

●偏見や差別を助長する情報
 今まで子宮頸がんのリスクとして、性交人数が多い、多産、タバコを吸う、ストレスが多いなどといった情報が流布された結果、スティグマ、偏見、差別がいろいろ貼られ、どれだけの人が苦しんで涙を流してきたことでしょうか。またそれらのスティグマの結果、子宮頸がん予防で大事なHPVワクチンの接種や検診の必要性が十分浸透していません。HIV/AIDSでも不特定多数との性交渉、MSM(男性同性間性的接触)、肛門性交といったことが強調され、他人ごと意識が助長され本当に必要な検査やコンドームのことが十分伝わらなかったり、異性間の性交渉で感染した方に「ゲイでもなければ遊んでもいないのに」と言われたりすることもありました。新型コロナウイルス感染症でも夜の街、ホストクラブ、飲食店利用者と言った犯人捜しの結果、未だに正しい情報が伝わっていない現実があります。
 すなわち、偏見や差別を助長するのは情報の伝え方の問題もありますが、一方で受け止める側の問題でもあります。確かにHIV/AIDSで感染している人はMSMの方に多いのですが、それならその方々にどう啓発すればいいかを考えるべきところ、その情報をMSMの方の排除につなげる人が未だに多いのも事実です。

○自分の選択肢を増やす情報
 1人の感染症予防医として、一人ひとりが予防したいことについて、自分ができること、自分の選択肢を増やす情報をいかに伝えられるかを考え続けてきました。最近のことで言えば、「新型コロナウイルス感染予防のため、自分の飛沫を料理にかけたり、他者の飛沫がかかった料理を食べたりしないようにしましょう」と言い続けています。このような情報は「どこにエビデンスがあるのだ」というお叱りの、岩室個人への攻撃材料にはなるものの、新型コロナウイルスに感染した方へのスティグマ、偏見、差別にはつながりません。
 ここから書かせていただくことは、もちろんエビデンスもなければ、個人的な見解ではありますが、皆さんが考え、伝え、選択する材料になればと思って書かせていただきます。

●膣内射精障害と子宮頸がん?
 膣内射精障害でこれまで岩室が意識していたことは、男性が膣内で射精することでができないため、気が付けば長時間、膣とペニスの挿入を継続していることがカップル双方の負担になったり、妊娠ができなかったりすることだけでした。しかし考えてみれば当たり前のことですが、妊娠希望のカップルが、コンドームを使わないで長時間の性交を繰り返ししていれば、結果的にペニス(亀頭部)に付着したHPV(ヒトパピローマウイルス)が子宮頸部に付着、定着する確率が高くなります。もっとも、そもそも子宮頸がんの原因であるHPVは亀頭部から子宮頸部に付着するという事実がきちんと伝えられていません。
 男性の陰茎がんの原因の一つがHPVであり、真性包茎のように亀頭部をむいてHPVを除去する清潔操作ができない人が陰茎がんのリスクが高いことは泌尿器科医の常識です。子宮頸部に感染、移植されるHPVは男性亀頭部から運ばれるため、男性の亀頭部をごしごし洗い、亀頭部に付着したHPVを少しでも減らすことでHPVを子宮頸部に移すリスクを減らす必要があることはこれまでも伝えてきました。HPVワクチンが有用であることは否定しませんが、9価ワクチンを使ってもカバーできるHPVのタイプは9割ですので、HPVに感染するリスクを減らすことはワクチンを打っている人にとっても重要です。
 これから床オナの話をする際に、「子どもを一緒につくりたい大事なパートナーの子宮頸がん予防のためにも、本人にワクチン接種と検診受診を丸投げするだけではなく、自分自身が膣内射精障害にならないオナニーをマスターしましょう」と言いたいと思いました。

○溶連菌による集団食中毒
 もう一つの「今まで考えたこともないようなこと」が溶連菌による集団食中毒でした。このことにたどり着いたのが、少し前から話題になっている「人食いバクテリア」でした。新型コロナウイルスでもそうでしたが、ニュースやワイドショーで伝えられる専門家による解説や感染予防策が今回も納得できませんでした。とはいえ、ずいぶん前の診療所時代に子どもたちの溶連菌感染症を診療したのを最後に、あまり勉強もしていなかったので改めていろいろ調べて見てびっくりしました。溶連菌による集団食中毒が多数報告されていたのです。
 保健所でノロウイルス対策や様々な食中毒関係の事案を経験していましたが、溶連菌(溶血性連鎖球菌)で集団食中毒が発生していたことは不勉強と大いに反省するとともに、考えてみれば当たり前のことでした。詳しくはHPにアップしていますが、溶連菌の食中毒で一番学ばなければならないのが、新型コロナウイルス同様、感染経路を再確認することでした。

●落下付着した飛沫に注意
 溶連菌の感染経路をインターネットで調べてみてください。ChatGPTに聞くと以下の回答でした。
Q:溶連菌の感染経路を教えてください(2024年6月27日)
A:(中略)食べ物や飲み物を介して:感染者が扱った食べ物や飲み物を摂取することで感染することもありますが、これはまれです。
 溶連菌感染症は特に小児の間で一般的で、保育園や学校などで集団発生することがよくあります。感染予防のためには、手洗いや咳エチケット(咳やくしゃみをする際にはティッシュや肘で口を覆うなど)が重要です。

 食べ物を介した感染は「まれ」と言い切っています。しかし、東京都保健医療局には「食品を介して最近が口に入って感染する「経口感染」があります」とありますし、過去の流行のグラフを見ると、学校の春夏冬休みの時期とゴールデンウィークに流行が収束しています。
 このことに学べば、感染した人がマスクをせずに食べ物を扱ったりすれば食中毒が起きても全く不思議ではないだけではなく、溶連菌が流行する幼児期や学童期のお子さんは自宅で家具や床に溶連菌を付着させている可能性があります。傷や水虫から溶連菌が侵入して起こる劇症型溶連菌感染症を予防するには、傷の手当を清潔にするだけではなく、溶連菌の侵入経路になり得る水虫等も放置せず、治したり、体全体の清潔を心掛け毎日入浴したりすることが重要と言えます。溶連菌の食中毒に学べば、新型コロナウイルスを含んだ飛沫が落下付着した食べ物を食べて新型コロナウイルスに感染するのは、エビデンスはなくても当たり前と思いませんか。でも、こう主張しても「エビデンスは?」と未だに反論されますが、反論している専門家たちは溶連菌による集団食中毒のことを知っているのでしょうか。実は多くの論文は医者ではなく、食品衛生監視員の人たちが書いたり、報告したりしているようです。
 まだまだ分からないこと、不勉強なことがあるようなので、これからもアンテナを高くし、考え続けたいと思います。

○AIDS文化フォーラム in 横浜のお知らせ
 2024年8月2日(金)~8月4日(日)第31回AIDS文化フォーラム in 横浜が開催されます。
 ぜひ会場にいらしてください。お会いできるのを楽しみにしています。