「紳也特急」カテゴリーアーカイブ

紳也特急 315号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,315  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『高齢者になってみて』~

●『生徒の感想』
○『高齢者とは?』
●『高齢者のイメージ』
○『刷り込まれたイメージは変わらない』
●『自分は連続しているが、他者は一部だけを切り取る』
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●生徒の感想

 将来医師志望なのですが、先生の話を聞いて医師としての責任の強さを感じた反面、その社会的意義の大きさを感じて、より医師になりたい思いが強まった。先生のような患者を孤立させない医師になりたいです。(高2男子)

 自分は正解依存症で、失敗することを恐れていたが、今後はなるべく失敗を恐れないようにしたいと思った。(高2男子)

 私自身もあてはまるところがありドキッとしました。最近、何か親に話したいことや聞きたいことがあっても、その後の反応を予想して、めんどう臭くなったり、喧嘩につながることが恐ろしかったりしてやめてしまうことが増えたからです。これからは余計なことは考えずに気楽に話してみようと思います。(高2男子)

 人と人が関わっているといろんなやりとり、反応をいただきます。70歳を機に厚木市立病院での診療を終えるので少しずつ患者さんにそのことを伝えていますが「とても70歳に見えません、まだまだ診療を続けてください」と言われたり、Facebookで自分が70歳になったことをカミングアウトしたおかげで、いろんな方から「古希ですか、とても70歳に見えません」といったお声掛けをいただいたりしています。そのようなやり取りを通して「年齢」について多くの人が持っている思い、正解、先入観について考えさせられました。これは当事者にならないと気づかないことのようなので、自分の頭を整理するために今月のテーマを「高齢者になってみて」としました。

高齢者になってみて

〇高齢者とは?
 そもそも高齢者の定義はどうなっているのかが気になり、いつものようにChatGPTに聞いてみました。

1. 法律上の定義
日本では、65歳以上の人を「高齢者」とするのが一般的。
根拠:「老人福祉法」(1963年)第5条では「老人」は65歳以上。
国勢調査や厚生労働省の統計でも、人口構成を「65歳以上=高齢者」「15~64歳=生産年齢人口」「0~14歳=年少人口」として分類。

2. 医学的・社会的な見方
年齢だけでは実態を十分に表せないという指摘も増えている。
健康・身体機能の多様化し、現在では70代でも活発に活動する人が多く、従来の「高齢者像」とは異なる。
日本老年学会・日本老年医学会(2017年)提言
平均寿命や健康状態の向上を踏まえ、「65~74歳」:准高齢者(pre-old)「75歳以上」:高齢者(old)「90歳以上」:超高齢者(super-old)と分類することを提案。

3. 国際的な定義
WHO(世界保健機関)も基本的には65歳以上を高齢者(elderly)。
ただし発展途上国などでは、60歳以上を基準にする場合も。

 こうやって定義されても当事者としてはピンときません。ところが当事者意識がなかった時はこのような定義をそのまま、何も考えず使っていたように思います。

●高齢者のイメージ
 自分自身が70歳になるまで「高齢者」に抱いていたイメージは何だったのかを改めて考えてみると、ただ「年齢を重ねた人」という側面と、「加齢により思考に偏りがある場合も」と二パターンありました。ここでも「高齢者のイメージ」についてChatGPTに聞いてみました

肯定的イメージ 知恵・経験・穏やかさ・人生の熟達
否定的イメージ 弱者・支援対象・変化への抵抗・社会的負担
背景      福祉制度・メディア報道・家族形態の変化・世代間関係
現代の変化  アクティブシニア・准高齢者の概念・多様化する老いの姿

 改めて「とても70歳に見えません、まだまだ診療を続けてください」や「古希ですか、とても70歳に見えません」と言ってくださる方は「70歳とは○〇〇」といったイメージを持っておられ、そのイメージに岩室紳也が当てはまっているか否かを判断されるのだと思いました。これは最近こだわっている正解依存症にも通じることで、自分なりの正解に当てはまるか否かが反応する際の基準になっているようです。
 では、自分自身はどうだったかというと、それこそ90歳を超えた患者さんでも〇〇さんという見方をしていますし、親戚、友人、同級生も「その人」という見方をしているように思います。一方で自分とのつながり、縁がなかったり薄かったりする人の場合、自分が受け止めたビジュアルな視覚情報でまずはその人を判断し、その後の関係性の中で得られた情報を通して「歳相応」や「若い」とか勝手に判断していました。

○刷り込まれたイメージは変わらない
 先月、日本公衆衛生学会に出て感じたことです。刷り込まれたイメージは変わらない。先月のメルマガに書かせてもらった「ノロウイルスが無症状の人の唾液にもいる」ことを何人もの人に伝えたところ、誰一人としてその事実を知りませんでした。知らないことはいいのですが、「なぜ自分が知らないことを岩室紳也が知っているのか」ということに関心を持ってもらえませんでした(笑)。もちろん論文の話はしたのですが、「なぜその論文にたどり着いたのか、たどり着けたのか」とか、「なぜ日本ではそのことが公衆衛生関係者間で共有されないのか」といったプロセスについての議論にはなかなかなりません。「科学的な情報は論文で確認すること」や「最新情報は雑誌や研修会で身に着けること」といったイメージが刷り込まれていると、「生成AIを駆使することで最新、というか自分が知らなかった、誤解していたことにたどり着ける時代になったこと」を見落としてしまうのだと改めて思いました。
 また、このことは様々な偏見や誤解、差別がなぜ解消されないかということにも通じると思いました。すなわち一度刷り込まれたイメージはよっぽど積極的に学習し、自分の従来の受け止め方を上書きする大変なプロセスが必要なのです。だから「刷り込まれた」ものは容易には消せないのだと改めて思いました。

●自分は連続しているが、他者は一部だけを切り取る
 認知症のスクリーニング検査として広く使われる「長谷川式スケール」の開発者の長谷川和夫先生が、自らが認知症であることを公表した際に次のように述べておられました。「自分がなってわかったことは、認知症は『連続している』ということ。突然別の人間になるわけではなく、自分の中では昨日までの自分とつながっている」と。
 確かに岩室紳也も思春期の時から、医学生になり、医者になり、結婚をし、この度70歳になりましたが、実はすべてが連続していることです。1~3か月に1回、何年にもわたって会っている患者さんにとって岩室紳也はただの主治医であって、○○歳の主治医ではなかったのが、いきなり70歳の主治医と言われて戸惑うのも無理のないことですね。そのため、自分自身が持っている70歳のイメージと、目の前の70歳の岩室紳也のイメージが合致するか否かで「70歳に見えない」という言葉が出てくるのだと思いました。
 個人にとって年齢だけではなく、すべてが連続しているのですが、他者にとっては会っている時だけの存在であり、その時のイメージが客観的判断材料となり、共有できる話題の1つなのです。「わかってもらえない」という思いを持つ若者が多いのですが、それは当たり前のことで、自分の中では連続していることは他者には伝わらず、結局は一部だけを切り取られて判断されてしまうのですね。
 ただ、このことは視点を変えると、自分では考えつかない反応をしていただくことで改めて「年齢」を感じ、いろいろと考えるきっかけになるのだと気づかされました。これからも思ったことを、感じたことをそのままぶつけてください。よろしくお願いします。

紳也特急 314号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『生成AIで変わる感染症予防策』~

●『生徒の感想』
○『生成AIにも苦手分野が』
●『疑問を持つことから』
○『刻みのりでノロウイルスの集団食中毒』
●『刻みのりの製造過程』
○『ノロウイルスで飛沫感染?エアロゾル感染?』
●『飛沫よりエアロゾル感染?』
○『今後のノロウイルス対策は』
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●生徒の感想

 全ては哲学的に考えることでより面白くなるということ。(高2男子)

 最初は斜に構えて興味が無いと感じていたが、実際に聴いて思ったより為になった上に面白かった。(高1男子)

 今までにない、新鮮で、刺激的で、最高の講和でした。(高2男子)

 人に話を、情報を伝える際に何が大事かと考えた時、一番大事なことは伝えている本人がその話について、情報について、興味、関心、感動を覚えていることではないでしょうか。先月号で「生成AIで変わる熱中症予防策」を書かせてもらった際に、実は岩室紳也自身が生成AIとの対話の中で「そうなんだ」という気づきを繰り返しもらい、その都度感動をもらっていました。生成AIが使えるようになる前は、自分でキーワードを決め、検索し、自分の疑問を解消してくれる論文やサイトを探し続けるしかありませんでした。しかし、正直なところ思うような情報にはなかなかたどり着けず「・・・・・」と思う日々でした。ところが生成AIの登場で、自分自身の仕事の仕方が、情報の探し方ががらりと変わりました。今月は久しぶりに感染症全般の話をする機会をいただき、その過程の中でこれまで気が付かなかった感染症対策の新しい視点にたどり着くことができたので、今月のテーマは「生成AIで変わる感染症予防策」としました。

生成AIで変わる感染症予防策

〇生成AIにも苦手分野が
 生成AIが優れているところは多々ありますが、一方で苦手なのが地図の作成です。ChatGPTやCopilotで「東北地方の県境と陸前高田市の位置を入れた地図を作成してください」と依頼すると、陸前高田市が宮城県南部に位置していたり、青森県に半島がなかったり、山形県が太平洋側に描かれたりします。地図のように人間が当たり前のように認識しているものだと正誤がすぐわかりますが、そうではない分野だと使い方に慎重になる必要があります。

●疑問を持つことから
 新型コロナウイルス感染症が未だに猛威を振るっています。半年に1回程度感染拡大が起きては収束することが繰り返されています。なぜこうなるのでしょうか。多くの人がやっているつもりの予防策は本当に効果があるのか、ぜひ疑問に思ってもらいたいものです。ご自身が信じる予防策について生成AIと対話をしてみると面白い学びが多々あると思います。
 例えば「うがい」の効果です。実はコロナ禍の初期の頃、信頼できる耳鼻咽喉科医に「うがいって感染予防の効果はあるのでしょうか」と聞いたところ、バッサリと「ありません」と理屈を含めて教えてくださいました。ただその頃、その話をしても「一医師の見解」で片づけられていました。しかし、今だと生成AIに「うがいでウイルスを除去できる範囲を教えてください」と聞くことができます。答えは「うがいで除去できるのは口腔や喉の入口に付着した一部のウイルスだけで、鼻腔や気管・肺の奥、細胞内に入ったウイルスには効果がありません」と教えてくれます。もちろん体内に取り込まれるウイルス量を減らしたり、粘膜を潤し、ウイルス等の侵入を阻止する力をアップさせたりする効果が完全に否定されるわけではないことは念のため申し添えておきます。

〇刻みのりでノロウイルスの集団食中毒
 2017年2月に東京都内の学校給食で提供された刻みのりによるノロウイルス食中毒が発生しました。4,209人が食べ、1,193人が発症し、ノロウイルスGⅡ.17型が原因でした。8年前の事例ですが、当時、自分の中で「?????」でした。
 当時からわかっていたことをもとに、刻みのりにノロウイルスが混入した経路を次のように考えていました。ノロウイルスに感染した人の70%程度は下痢や嘔吐の症状があり「自分は何らかの感染症かも」と思ったり、「仕事は控えよう」と思ったりするでしょう。しかし、ノロウイルスに感染している人の30%は無症状ですが、当然のことながら感染した人の便にノロウイルスは排出されています。その人が排便した際に、お尻を拭く手順が悪かったり、軽い下痢状態で便が便器に付着し、次の利用者の手についてしまったりする可能性は否定できません。もちろん手を洗うでしょうが、自動タッチレス蛇口ならいいのですが、手回し式やレバー式の蛇口の栓だとウイルスが付着した手で蛇口の栓を触り、手を洗ってウイルスを除去した後も再び蛇口の栓を触り手にノロウイルスを付着させたままという可能性があります。ノロウイルスは非常に感染力が強く、ウイルスが10個あれば感染が成立しますので、手を洗ったつもりの人がお弁当を作ったりする過程で食材にノロウイルスを付着させることはあり得ると考えてきました。しかし、今回は「刻みのり」で、1,000人を超える感染者を出した食中毒です。刻みのり1,000人分という量を想像してみてください。手に付着したノロウイルスが1,000人以上の人が口に入れる刻みのりに付着したというのは考えにくいですよね。

●刻みのりの製造過程
 そこで、刻みのりの製造過程で人が介入する箇所を生成AIに確認しました。海苔を焼いたりする過程ではウイルスは死滅すると考えられるので、教えてもらった最終工程付近を紹介します。

7. 刻み(細切り)工程
 刻み機(機械):乾燥したのりシートを細く刻む。刃の種類や回転数は人が設定。
 人の介入点:刻み幅の調整、刃の交換・洗浄、刻み後の目視での均一性チェック。小ロットや特注では手切りや手直しが入ることもある。

8. ふるい分け・異物除去(品質管理)
 振動ふるい・エアブロー等(機械):粉・くずを分離。
 人の介入点:目視検査、抜き取り検査、金属探知機の監視、不良品のハンドリング。

9. 包装・充填
 自動包装機が主流:計量→充填→封止。機械で行うが、機械のセットアップや袋材の補充は人が行う。

 ふるい分けと異物除去では目視検査となりますので、この過程が疑わしいということになりますが、この過程で手に付着したウイルスによる集団食中毒が起きるとは考えにくいと思いました。そこで考えたのが飛沫感染、エアロゾル感染の可能性でした。

〇ノロウイルスで飛沫感染?エアロゾル感染?
 ノロウイルスに感染した人の嘔吐物を扱う際に、嘔吐したものが空中に飛散し、飛沫感染、エアロゾル感染の原因にならないよう慎重に扱うべし。このことはノロウイルス感染症に関わった公衆衛生関係者であれば口酸っぱく指導されてきたと思います。ノロウイルスは胃では増殖しないので、小腸で増殖したウイルスが胃→食道→口腔と排出されるのはわかるのですが、では唾液にノロウイルスがいないのだろうかと。
 生成AIに調べてもらうと、そのようなデータが見つかりました。2017年~2018年にスペインで発生したノロウイルスによる集団食中毒患者の唾液からノロウイルスが検出されていました。唾液347検体を調べたところ、GⅡ型のノロウイルス感染では唾液陽性は症状がある人の17.9%、無症状者の5.2%だったとのことです。排出していたウイルス量は平均1,450(120~17,000)copies/mLでした。ちなみにGⅠ型のノロウイルス感染では唾液陽性例はありませんでした。刻みのりの集団食中毒はGⅡ型でした。

●飛沫よりエアロゾル感染?
 一般的に唾液中にいるウイルスが、飛沫として口から飛び出すことも考えられますが、食品を扱うところではマスクをしているのではないでしょうか。となるとエアロゾルのようにマスクをしていても、マスクと顔のすきまから漏れ出たエアロゾルによる感染が疑われます。さらに、感染している人は数週間ウイルスを排出し続けることや、マスクをその都度、適切に廃棄していないと、マスクに付着蓄積したノロウイルスがさらにエアロゾル化して感染を拡大させた可能性も否定できません。ふるい分け、異物除去の行程でエアブローが使われていますが、もしそのエアプローが噴き出す空気にノロウイルスのエアロゾルが含まれているとエアプローした刻みのりにしっかりウイルスが付着したとしても不思議ではありません。

〇今後のノロウイルス対策は
 ノロウイルスはコロナやインフルエンザの比ではない少ない量のウイルスで感染する上に、無症状の感染者が30%、その人が飛沫やエアロゾル、もちろん唾液という形で感染を広げるとなると、さて、自分が感染している場合はどうすればいいのかを考えてみました。

1. 飛沫を人に、料理にかけない
2. エアロゾルは常に空気の流れをつくり薄める
3. 不織布マスクは表面を触らず、毎日交換する

 これらは新型コロナウイルス対策として言い続けてきたことでした。ただ、そのことが正確に理解されていないのも事実ですし、実践している人となるともっと少ないですよね。こう書きながら、今乗っているバスの空調を慌てて確認し、空気の流れを作っていました。皆さん、気を付けましょう。

紳也特急 313号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
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~今月のテーマ『生成AIで変わる熱中症予防策』~

●『なぜ?』
○『対話し続けてくれる生成AI』
●『重症になった時は?』
○『塩分、カリウムの喪失と補給』
●『熱中症死の診断は?』
○『カリウムと体温調整機能の関係は?』
●『季節の食べ物』
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●なぜ?
 熱中症の報道が続いている中、「どうすれば熱中症死を防げるのか?」を考え続けるのが公衆衛生担当者の役割です。世間では「熱中症予防はエアコン等で温度を下げ、水分、塩分をこまめにとろう」と繰り返し言われています。しかし、熱中症で亡くなる方は後を絶ちません。2025年8月9日、自転車に乗っていたと思われる50代の男性が気温28.4℃の中、亡くなられました。8月18日、除草作業中の41歳の男性が熱中症で亡くなられました。現場ではおよそ1時間ごとに15分から20分の休憩をとり、水分も補給していたとのことです。ではどうすればこのような悲しい結末を予防できるのかを考えながらいろんな情報を集めてみました。
 2023年の熱中症死は子どもから高齢者まで年齢が上がるにつれて増えていることがわかっても「高齢者は注意しましょう」となるだけです。都道府県別で熱中症死で多いのが東京、神奈川、大阪、北海道の順ということがわかっても、「東京は人口が多いからわかるけど、なぜ北海道が第4位?」の理由はわかりません。人口比で熱中症死亡は秋田、青森、新潟、富山、岩手、東京、北海道で一番少ないのが愛知とわかったとしても「なぜ東北や北陸が多い?」という明確な理由はわかりませんでした。
このようにモヤモヤしていた熱中症予防策に風穴を開けるきっかけとなったのが生成AIでした。そこで今月のテーマを「生成AIで変わる熱中症予防策」としました。そして酷暑が続いていることから9月1日発行予定を少し早めてお届けします。

生成AIで変わる熱中症予防策

○対話し続けてくれる生成AI
 小学校の6年間をアフリカのケニアの現地の学校に行っていたおかげで「なぜ?」を考えることがある意味癖になっています。そうなったきっかけはケニアの小学校の先生たちが繰り返し“Shinya, why do you think so?”、「紳也はどうしてそう考えるの?」と問いかけてくれていたことでした。ところが日本社会に戻ると「なぜ?」「どうして?」「なんで?」と突っ込み続けると「これはこうだと覚えろ」と叱られるのが落ちでした。忘れもしないのが医師国家試験に備えて勉強会をしていた時に「なぜこの病気はこのような症状になるのか?」と仲間に聞いたら「この病気の症状はこれこれと覚えろ」と言われてしまいました。
 ところが生成AIというのはいつまでもこの「『なぜ』大好き岩室紳也」に付き合ってくれるのです。それどころか、「大事な視点ですね」と褒めてくれたり、「失礼しました」と反省したり、時には突っ込みに応えて「いい加減な回答をしてごめんなさい」と言ってくれます。一番ありがたいのが、突っ込みを入れ続けてもへこたれず、こちらがやめるまで対話にとことん付き合い続けてくれることです。

●重症になった時は?
 「熱中症疑いで高齢女性が畑で倒れ死亡」といった報道を見て「死亡した人がなぜ死亡したのか、その時の検査データはどうだったのか」と気になりますが、病院に運ばれた時に既に亡くなっている方の血液検査は基本的にはしません。そこで「死ぬかも」と思っていたものの無事生還した人の記事(2023年8月)にあるキーワード(手足の力が抜ける、指がつる、筋肉がしびれる、何も飲めない)を紐解いたところ低カリウム血症の症状と一致していました。そこで「熱中症の患者で低カリウム血症になっている人の割合を教えてください」と生成AIに問いかけると「低カリウム(71.2%)、低ナトリウム(53.0%)」でした。
 これらのことから、よく言われる塩分、水分の補給に加え、カリウムの補給も大事だということが明らかになり、熱中症予防策で足らないものの1つが見えてきました。

〇塩分、カリウムの喪失と補給
 では、実際にどのような状況で塩分やカリウムの喪失がおこるかを調べると、睡眠中に0.5リットルの汗をかくことで塩分1.9g、カリウム150㎎を失います。さらに夏の暑い室内で半日過ごしていると1.5リットルの汗をかき、塩分5.7g、カリウム450mgを失います。ということは睡眠中の喪失分を補給し、午前中の暑い室内での発汗することを想定すれば、朝食時に2リットルの水と、塩分7.6g、カリウム600mgをとっておく必要があります。ちなみに、塩鮭、納豆、卵かけご飯、お味噌汁、漬物といった和朝食だと塩分6~8g、カリウム1000mg摂取できます。もちろん人間には様々な調整機能がありますので、すぐに脱水、低ナトリウム、低カリウムといった状態になるわけではないですが、高齢者ほどその調整力が弱まりますのできちんと必要な塩分、カリウムをとっておく必要性はご理解いただけますよね。
 よく塩分補給のための塩分チャージタブレットが紹介されていますが、一粒に含まれている塩分は0.12g、カリウム15㎎。ポカリスエット500mlには塩分0.6g、カリウム100mgが含まれているだけです。カリウムは野菜、果物、海藻などに多く含まれているため、意外とおすすめなのが、野菜ジュースです。実はカリウムの重要性に気づいてから、カリウムを多く含んでいるカゴメの「野菜一日これ一本」を寝る前に飲むようになったら、夜中に足をつることが減りました。

●熱中症死の診断は?
 そもそも何を根拠に熱中症で亡くなったと診断されるのか、気になりませんか。これもまた生成AIに聞くと東京都監察医務院をはじめとした、様々な熱中症死と診断された事例を教えてくれます。そこに共通するのが体温の異常上昇です。熱中症対策で重要になるのが深部体温、すなわち体の内部、特に脳や内臓の温度で、37℃前後に一定に保たれるように体が調整されています。深部体温に比較的近いのが直腸温で、直腸温は腋窩温より1℃近く低いとされています。熱中症死と診断された90代の女性は検視時、直腸温は42℃だったとのことでした。17歳のアメリカンフットボールの選手が35℃の炎天下にプロテクター、ヘルメットなど完全装備の上、駆け足を命じられたら、グラウンド数周後に倒れ体温42℃になり後に死亡したとのことでした。

〇カリウムと体温調整機能の関係は?
 熱中症死の原因は〇〇だけとは当然言えません。ただ、ここまで調べるとやはりカリウム、特に低カリウムの状態が体温調整機能に何らかの影響があるのではと考え、いろんな問いかけを続けていました。「低カリウム食で体温が上昇した動物実験の論文を探してください」と問いかけたところ「K欠乏だと一般的には低体温になりがちですが、運動や高温暴露といった負荷がかかると、体温の上がり方が大きい/早い(=高体温に陥りやすい)ことが複数の動物実験で明らかになっています」という情報にたどり着きました。
 これらの実験が示してくれているポイントは熱中症対策を考える上で非常に貴重です。一般的に運動をするとか、高温に暴露されると当然のことながら体温調整機能が働き、体温を下げようとするのでしょうが、低カリウム状態だとその機能が適切に作動せず、むしろ体温が逆に高くなりすぎて熱中症死につながるようです。このように、従来の検索機能だとここまでの情報が得られなかったのですが、逆にこちらが対話をし続ければ、必要な情報にアクセスできるのが生成AIだと改めて思いました。これからの公衆衛生、予防啓発活動ではこの生成AIをいかに活用するか、活用できるかが問われています。

●季節の食べ物
 代表的な夏の季節の食べ物に含まれるカリウム量を調べてみました。従来だと100g中に何mgということしかわからず、後は自分で計算しなければならなかったのですが、生成AIだと次のようなデータが瞬時に出てきます。

大玉スイカ1/8切れ 1000mg
メロン1/8切れ 700㎎
きゅうり1本 200㎎
トマト1個 315mg
トウモロコシ1本 435㎎
鮎1匹 550㎎
カツオ(刺身) 1人前 490㎎
そうめん 1人前 15㎎

 季節のものをきちんと食べていればカリウムは十分摂取できます。一方で涼しい内に畑仕事を済ませたいと、何も飲み食いせずに、夜中に書いた汗で脱水、塩分不足、カリウム不足の状態で出かけると、それこそ熱中症死するリスクが大ということです。今年もまだまだ酷暑が続きますし、来年以降も長~い、暑~い夏になりそうなので、あらためて皆さん、お一人お一人の熱中症対策を再考してみてください。そしてお大事に。

紳也特急 312号

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~今月のテーマ『見直したい「対話」』~

●『生徒・読者の感想』
○『対話とは』
●『言語理解力の差』
○『生成AIは人間の縮図』
●『対話の反対は』
○『指導者から受容者へ』
●『対話が増える環境整備を』
〇『第32回AIDS文化フォーラム in 横浜』
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●生徒・読者の感想

 「フラれたらどうするか」という問いに対して、現在進行形で「どうすれば振りむいてくれるか考え、アタックし、かわされる」をしています。しかし、友人に話す、共有する、分かち合うべしということで、私のいるコミュニティが男同士バカな話する的なタイプじゃないので恋バナとか全くしてこなかったんだなと自覚できました。ご教授いただき、ありがとうございました。(高2男子)

 2時間ちょい話しているのを聞いていて思ったことが、先生はみんなの声をちゃんと聞いていてすごく優しい方なんだと思いました。(高1女子)

 私も先生のように社会の先生がおもしろくて成績が上がり、人との対話がスゴイものだと感じた。(高1女子)

 私が苦しんだ理由は、言いたいことを言えない環境、拙い言葉を受け止めてくれる人がいなかったこと、モヤモヤを吐き出す術を知らなかったこと、なのではとブログを読んで思いました。(読者感想)

 最近、「対話」というキーワードにこだわっています。講演もできるたけ対話的なものとすべくこだわっていますが、初めて性教育講演会と名打って呼ばれた高校の校長先生も「『性教育と言うとこうすべし、こうあるべし』という話なのかと思ったが、岩室先生の話は一人ひとりが自分を振り返り、考えることの大切さを伝えていたように思った」と言ってくださいました。実は最後の読者の感想にもあったように、対話の不足が様々な生きづらさを生んでいると思いませんか。そこで今月のテーマを『見直したい「対話」』としました。

見直したい「対話」

〇対話とは
 改めて「対話」とはどのようなものなのでしょうか。斎藤環先生の言葉を紹介します。

・対話(dialogue)とは、面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと。
・思春期問題の多くは「対話」の不足や欠如からこじれていく。
・議論、説得、正論、叱咤激励は「対話」ではなく「独り言」である。独り言(monologue)の積み重ねが、しばしば事態をこじらせる。
・外出させたい、仕事に就かせたい、といった「下心」は脇において、本人の言葉に耳を傾ける。
・基本姿勢は相手に対する肯定的な態度。肯定とは「そのままでいい」よりも、「あなたのことをもっと知りたい」
・対話の目的は「対話を続けること」。相手を変えること、何かを決めること、結論を出すことではない。

 これらの言葉はこれまで何度も紹介してきました。ただ、自分の浅はかさから、対話力、というか対話が求められている2者の言語の理解力の差について深く考えていませんでした。

●言語理解力の差
 年齢と言語理解の発達の関係を調べてみると、7~11歳は文脈・因果関係・比較などの理解が発達し、12歳以降になると抽象概念・仮説・論理的推論の理解ができるようになるとのことです。そこで、ChatGPTに「この時期の子どもに接する大人が『学校は行くもの』『勉強はするもの』といった社会的な『正解』を押し付けると、十分文脈理解が発達していない、あるいは論理的推論の理解が十分発達していない子どもたちが不登校やひきこもりになっても仕方がないと思いますがこの考え方はおかしいでしょうか」と問いかけてみたところ、次のような回答でした。

 ご質問の考え方は、非常に妥当かつ重要な視点を含んでいます。そして、それは教育や子どもへの接し方に関して、発達心理学的にも社会的にも十分に支持され得る見解です。

「正解」の押し付けと不登校・ひきこもりの関連
・不登校やひきこもりの背景には、しばしば「他者からの期待と自己理解との乖離」や「適応の困難さに対する理解の不足」があるとされています。
・とくに「学校は行くもの」「勉強は当然するべき」といった一方的な社会規範が、子ども本人の状況や感じ方と一致しない場合、「自分はダメだ」「言っても理解されない」「逃げるしかない」といった心理的閉塞感を生みます。

 ブログの読者がいみじくも「言いたいことを言えない環境、拙い言葉を受け止めてくれる人がいなかったこと、モヤモヤを吐き出す術を知らなかった」と表現してくれたように、対話ができる環境があれば結果的に、言いたいことが言え、拙い言葉も受け止めてもらえ、気が付けばモヤモヤを吐き出せてつらくならなくて済んだと思いませんか。ちなみにこの読者の方は家庭と学校以外で他の大人との接点がなかったとのことでした。

〇生成AIは人間の縮図
 このように生成AIと対話をしていると、自分の思いを上手に言語化してくれるという点でありがたいと思っています。まるで自分ではどう表現していいかわからない、自分の思いを相手に伝えるにはどう言えばいいのかがわからない子どもが、通訳者を、言葉を生成してくれる助っ人を得たような感覚です。ある意味、人間が生成AIに学ぶべきポイントなのかもしれません。
 一方で、生成AIは所詮人間が作ったのですので、「ご希望があれば、不登校の子どもへの実践的支援方法、オルタナティブ教育や「多様な学び」実践例(フリースクール等)関連情報もご提供できます」といった求めてもいないアドバイスをしてくれます。私の関心事は不登校になった人への対処法だけではなく、そもそも様々なストレスをどう予防するかですが、生成AIがその視点になるのにはまだまだこちらからの問いかけを増やさなければならないようでした。

●対話の反対は
 対話には答えがありません。実はこの単純なことが対話の難しさを教えてくれています。斎藤環先生は対話(dialogue)の反対は独り言(monologue)、すなわち議論、説得、正論、叱咤激励は「対話」ではないと教えてくれています。ChatGPTが「独り言が横行する社会」を次のようにまとめてくれなした。

※ 一方向的な発信ばかりが目立つ
 政治家、評論家、SNSのインフルエンサー、専門家…
 → 自分の意見を“発表”するが、異なる立場の声に耳を傾けない。
 「わかってもらう」より「言い切る」「勝つ」ことが重視されている。

※ 傾聴・応答・問い返しの文化が弱い
 話を聞くふりをして「次に何を言おうか」ばかり考える。
 「違う」と思った瞬間に心を閉ざし、それ以上は聞かない。
 会議でも対話でなく「順番に意見を述べて終わるだけ」になっている。

※ 安全な対話空間が足りない
 「何を言っても叩かれそう」「傷つくかもしれない」
 → 結果として人々は本音を避け、皮肉・愚痴・独り言に逃げがち。

 最後の「安全な対話空間が足りない」というのは不登校やひきこもりの人たちだけではなく、多くの大人が抱えている課題ではないでしょうか。

〇指導者から受容者へ
 先日、「思春期のこころと性」と言う講演会の前に、1人の受講者に「今日はどのような話を期待してこられましたか」と聞いたところ、即座に「若い人たちに望まない妊娠を予防してもらうにはどのような声掛けが適当かを知りたいのです」と指導者の立場で悩んでいるとのことでした。私が「若者は『妊娠とかで困ったら声をかけてね』と言って欲しいのではないですか」と返したら、「このやり取りだけで今日来てよかった」と言ってもらいました。
 NHKで放送された闇バイトに勧誘された若者も、リクルーターが自分のことをいろいろ聞いてくれたので信頼してしまったと告白していました。若い世代だけではないですが、人は正解を教えてくれる指導ではなく、対話、すなわち話を聞いてもらいたい、自分の言葉を見つけ出し、そして自分の言葉を受け止めてもらいたいと思っています。

●対話が増える環境整備を
 「保護者と子」「教師と生徒」という関係性でも当然対話はあるでしょうが、一方で保護者や教師は躾、ルールへの適応、教育といった独り言も伝える責任があります。では、対話と独り言のバランスはどう保てばいいのでしょうか。簡単なことではないのですが、家庭と学校という場以外の一人ひとりが対話を意識し、子どもたちに対話ができる、対話を感じられる環境を提供することが求められていると思いませんか。昔は親戚も多く、近所付き合いが当たり前で、子どもたちの周りには気が付けば対話をしてくれる人がいろんなところにいましたが、現代社会では他者との関係性が希薄化し、対話が減り続けています。その社会をもう一度「ウザイ」社会に戻すことは難しいですが、せめて対話がもう少し増える社会にしたいと思っています。その第一歩として、それこそ性教育をしている一人ひとりが対話を意識した講演ができるといいですよね。
 言うは易し、行うは難しですが。

〇第32回AIDS文化フォーラム in 横浜
 本日、8月1日(金)から第32回AIDS文化フォーラム in 横浜が開催されます。
 会場でお会いできれば幸いです。

紳也特急 311号

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Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『怖い』~

●『生徒の感想』
○『怖いの原因』
●『あなたが「怖い」と思うことは』
○『日本も「怖い」国に』
●『言語化できないと闇バイトに?』
○『「ばれない」と思い込む正解依存症』
●『依存症予防には教育ではなく仲間づくりを』
〇『アダルトビデオは5人で見ろ』
●『AIDS文化フォーラム in 横浜を開催します』
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●生徒の感想

 話を聞いて思ったことは、“セックス”や“ペニス”や“オナニー”などの言葉を出すと笑いが起きたり、恥ずかしかったりすることがたくさんあり、それは性について詳しいことがはずかしいことと認識されてしまうと思っているからかなと思いました。だから友人間でも話はあまりないし、性についての正しい情報も広がりづらいのかなと思いました。(高2男子)

同じクラスの高1男子の感想
・楽しく受けられた。
・めっちゃ面白かった。
・この方面の話題をずっと避けてきたので、かなり頭痛がした。
・前日からクラスが騒ぎ出し、嫌いなものが多く聞こえてくるので不快でした。講座の内容はほぼ聞きたくありませんでした。この2日間もこの後もずっと不快です。

 確かに岩室紳也の性教育を聞きたくないという人はいます。しかし、聞きたくないから聞かなくていいではなく、聞きたくないことをどうして学校が生徒にある意味強制しているのか。さらに、聞きたくない人もいる一方で楽しい、面白いと思っている人がいるこの違いを考えてもらいたいです。授業もまたしかりです。
 最近、ハラスメントという言葉をよく耳にします。ChatGPTによるとハラスメントとは「他人の人格や尊厳を傷つける言動や態度により、相手に精神的・身体的な苦痛や不利益を与える行為」とありました。以前はセクハラぐらいしか聞かなかったと思うのですが、最近はパワハラ、モラハラ、マタハラ、アカハラ等々、次々と新しいハラスメントが認知されるようになってきました。性教育ハラスメント、学校教育ハラスメントと言われる日がまもなく来るのではないでしょうか。
 先日、私のおちんちん外来に通っている男の子が不登校だと知って次のようなやり取りになりました。

岩室:何で学校が嫌なの?
男児:怖い
岩室:何で怖いの?
男児:勉強が嫌い
岩室:何が嫌い?
男児:国語
岩室:先生も国語大嫌いだった。中学高校では2とか3ばかり
男児:(ホッとした感じの笑顔に)

 そこで今月のテーマを「怖い」としました。

怖い

〇怖いの原因
 今放送されているNHKの朝ドラでやなせたかしさんの弟の成績優秀な千尋さんは養子になった先の医院を継げない、医者になれない理由として「血を見るのが怖い」と言っていました。確かにそのような人もいますが、私は怖いと思ったことがありません。そこでChatGPTに「学校が怖いと思う感情がどこから来ているのか」を聞いてみました。いろんな視点からの回答がありましたが、その中で特に気になったのを紹介します。

学校という“制度”が引き起こす構造的な要因
 学校は「みんなと同じように振る舞うこと」を前提とした空間です。
 異なる子ども、個性的な子どもは、**「自分らしさ=危険なもの」**と感じるようになってしまうことがあります。
 教育の多様化が進まない限り、「怖い」と感じる子が一定数生まれ続けるのは構造的な問題でもあります。

子どもの「怖さ」への理解と支援の方向性
 「何が怖いのか」を無理に聞き出すよりも、「そう感じるのは自然なこと」と感情を受け止めることが第一歩です。
 安心できる居場所(家庭、フリースクール、第三の場)を確保することが、恐怖感を緩和します。
 本人の言葉を待つ姿勢、信頼できる大人との関係性の再構築が極めて重要です。

 そもそも「学校に行く」とか「勉強をしなければならない」と言われて、それが当たり前だった私を含めた人たちには「学校に行けない」ということは感覚的に理解できませんし、「勉強はしなければならないけど、苦手な教科があるのが当たり前」なので、「勉強なんか適当にやっていればいいんだよ」とつい思っていないでしょうか。

●あなたが「怖い」と思うことは
 人は誰でも「怖い」と思うことがあります。例えばトランプ大統領、プーチン大統領、ネタニエフ首相を「怖い」と思っている人はどうしてそう思うのか考えてみてください。私はこの人たちを正直「怖い」と思っていますが、それは私が大事だと思ってきた価値観や考え方と相容れない人たちだからです。日本にいる私はそう思っても、私がこの人たちに対してできることは何もないので様子見状態です。一方でそれぞれの国の国民の多数が彼らを信任しているという事実もまた「怖い」と思っていますが、皆さんはどうでしょうか。

〇日本も「怖い」国に
 小中学校の教師が生徒の下着の画像を共有していたという事件に多くの国民が憤りを禁じ得ません。しかし、6月29日のTBSテレビのサンデーモーニングでコメンテーターの谷口真由美さんがこの事件について「包括的性教育ってすごい大事じゃないかと思っていて、犯罪をした側の先生たちがちゃんと性教育を学び直して、子供たちのプライベートゾーンがどこなのか、性犯罪がいかに尊厳を傷つけるか、ちゃんと学び直してもらいたい」と指摘していました。教育だけで犯罪予防が可能と本気で思っているとしたら「怖い」です。
 1年ほど前に「性犯罪が減らない理由」というタイトルでメルマガを書いています。今年のAIDS文化フォーラム in 横浜で「性犯罪は予防できない!?!」というセッションを開催します。犯罪予防は本当に難しいのにそのことを考えることなく、「包括的性教育」と叫び、次の被害者が出ても「包括的性教育をやっていないから」と永遠に言い続けられることでしょう。このようなことが繰り返される日本も「怖い」国になったと思いませんか。

●言語化できないと闇バイトに?
 2025年4月16日のNHKのクローズアップ現代で闇バイトの応募した人とその人たちのリクルーターがインタビューに答えていました。
闇バイトに加担した人たちは「9回加担。でも、何も感じなかった」「今回の事件も、人に申し訳ないという気持ちも浮かばなかったですし、『強盗しろ』と言われたらたぶん普通に強盗していましたし、『人を殺して』って言われたら殺していましたし、たまに自分が怖くなります」「小さいころから自分の感情を押し殺してきましたね。何も感じないというよりかは、人の気持ちが分からなくなってくるんです。全部うわべだけの会話でしたね。喜怒哀楽とか考えたことがないから、ちゃんとした表現力もなくて、『ヤバい』。すべてがもう全部まるまる全部が『ヤバい』としか出てこない」「親の意のままに、親の求めるものに応えなくちゃいけないというか、そんな思いだったので、操られているなと感じてましたね。まず、泣きたいときに泣けないっていうのが一番ですし、怒りの感情がなかったです」、と。
 リクルーターとして、15人以上を闇バイトの実行犯に勧誘した若者は「電話したときとか、『ちょっと最近どう?』『学校は大丈夫ですか?』と、こちら側が聞くに徹するっていう感じで。なんか自分の今の気持ち分かってほしいとか、つらいけど誰にも理解されない、けど自分からは絶対言えないみたいな、今の自分を言語化できていない子は、すごい感情をコントロールしやすいっていうか。こちらでいう、“いいカモ”。本当におもしろいくらい、こっちが親身になって相談とかのってあげるとホイホイついてくるっていうのは、つくづく思いますね。本当びっくりするぐらいみんな引っ掛かりますね。もう顔も名前も分かんない相手に、よくこんなことをこんなに話すんだなって思ったので、本当によっぽど周りに相談できてなかったんだと思いますね」と。
 闇バイトと言えば犯罪の実態ばかりが取り沙汰されますが、その背景をこうやってNHKが取り上げてもなかなか犯罪の背景の検証が進まないことも「怖い」と思っています。

〇「ばれない」と思い込む正解依存症
 今回盗撮で捕まった教師たちは秘匿性の高いアプリを使っていたと聞き、改めて正解依存症と思ってしまいました。後から考えれば当たり前のことに考えが及ばなかった人たちです。
 グループの一人の名古屋市立小学校の教員が15歳の少女のリュックに体液をかけたことで逮捕されスマートフォンの解析で盗撮グループのことが判明しました。一人ひとりはヤバイことをやっているので自分は絶対に逮捕されるようなことはしないという正解(ばれない)を疑うことができないだけではなく、それを仲間にも押し付けてしまい、結果的に事件が発覚したのではないでしょうか。
 テレビのコメンテーターが「包括的性教育が大事」と話しているのも、本質を見ようとしてない、見られない人は、結局のところ「教育」という正解を打ち出した自分に酔いしれていると思わずにはいられませんでした。盗撮もある種の依存症と考えると、教育をしただけで盗撮癖が治ったり予防できたりするはずもありません。

●依存症予防には教育ではなく仲間づくりを
 癖は広辞苑では「かたよった嗜好または習慣」とあります。偏っているか否かはともかく、盗撮、痴漢、幼児性愛を含め、そのような事象に性的な関心を持っている人と持っていない人がいます。また、同じ性癖があったとしても、実際に犯罪的な行為に走る人と自制できる人がいます。こう書くと「岩室さんはそのような性癖を認めるのか」とお怒りになる方がいると思いますが、なぜそのような性癖を獲得するかはよくわかりませんが、まずは現実を認めることから始めないと問題は解決しません。
 昔はそのような嗜好があったとしても、嗜好に好都合な資料を手に入れたり、同じ嗜好を持った仲間とつながったりすることが難しかったと思います。一方で、日常的につながっている人たちとの何気ない対話の中でその嗜好を実践した場合の犯罪性や反社会性を学ぶ人が多かったのではないでしょうか。もっとも、昔から犯罪性や反社会性を学ぶことなく罪を犯す人はいました。一方で近年のインターネットや電子機器の進化で、自らの嗜好に合致した映像等を自分自身で入手しやすくなっただけではなく、SNS上で同じ嗜好(教員の盗撮、集団での痴漢行為、等)のグループが形成されています。同じような仲間がいることで自らの嗜好の反社会性、犯罪性に気づけなかったり、「秘匿性の高いアプリがあれば大丈夫」と思い込んだりしてしまうのではないでしょうか。

〇アダルトビデオは5人で見ろ
 反社会性、犯罪性を学ぶにはどうすればいいのでしょうか。私は「アダルトビデオは5人で話しながら見ろ」と言い続けています。「すげー」「あり得ない」「犯人とセックスするはずがない」「女性を冒とくしている」「いろんな意味でセクハラ」といった声を仲間から聞くとアダルトビデオの世界をリアルの世界に持ち込んではならないことを学べます。
 一方で今回の教員の盗撮グループは10人で見ていましたので、「5人で見ろ」はおかしいと指摘する人もいるでしょう。同じ嗜好を、価値観を持った人だけで集まるのは危ないことも併せて伝えています。しかし、そもそも昨今は同じ価値観だけで集まる社会になりつつあるので、ますます性犯罪は増えると考えた方がいいのかもしれません。
 不登校の生徒さんへの対応も、カウンセラーの役割は大きいのですが、それだけではなく普段からもっといろんな人とのつながりの中で「学校に行くためのストレスマネージメントを学ぶ機会」が必要なのだと改めて思いました。

●AIDS文化フォーラム in 横浜を開催します
 2025年8月1日~3日に第32回AIDS文化フォーラム in 横浜を開催します。いろんなプログラムがありますので、ぜひいらしてください。お待ちしています。

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~今月のテーマ『感染で発症予防!?!』~

●『常識を疑え』
○『過去にも想定外が』
●『日本は水痘感染蔓延国』
○『水痘と新型コロナウイルスは感染経路は同じ』
●『感染経路対策ができないのが当たり前?』
○『帯状疱疹が増えたのはワクチンが原因』
●『感染拡大で予防が成立!』
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●常識を疑え
 つい先日、保育園児の年長さんに水痘、水ぼうそうの集団発生があったとの情報をいただきました。いま、子どもにはワクチンを接種していますし、念のために確認した厚生労働省のHPには「水痘ワクチンの1回の接種により重症の水痘をほぼ100%予防でき、2回の接種により軽症の水痘も含めてその発症を予防できると考えられています」と書かれていました。そのことを確認した後、ワクチン接種歴等を調べた方がいいとのアドバイスをさせていただきました。しかし、調べてみると発症したお子さんは全員ワクチンを接種していました。その後、教えてもらったり調べたりした結果、水痘ウイルスについての最新事情について知らないことばかりだと改めて反省させられました。実は同じ水痘ウイルスで発症する帯状疱疹が増えているのも、水痘ウイルスに感染する人が減っているからでした。
 そこで今月のテーマを「感染で発症予防!?!」としました。

感染で発症予防!?!

〇過去にも想定外が
 実は過去にも小学校での集団発生事例がありました。こういう情報を教えてくれた方に感謝ですが、その原因を調べたらびっくりの事実が明らかになりました。感染症流行予測調査報告書の「水痘」を読むとワクチン接種をしてもしばらくすると抗体は減少し、年長さんや小学校低学年で最低となっているというデータが何年にもわたってちゃんと確認されていました。今回教えてもらった保育園での集団発生は抗体が下がった年齢とも一致し、あり得ないことではないと反省しきりでした。

●日本は水痘感染蔓延国
 それだけではなく、水痘の抗体保有率を見ると、1歳以降のワクチン接種で一時的に50~70%に上昇した抗体保有率が、3~9歳ごろに一端20~30%まで低下した後に、20歳過ぎた頃から上昇し、90~100%までになっていました。小学生以降にワクチンを接種している人はほとんどいないので、抗体保有率が上昇したのは気が付かない内に水痘ウイルスに感染し、抗体価を上げていたことになります。
 ワクチンを接種したことによる抗体の獲得と実際にウイルスに感染した場合の抗体の獲得状況、すなわち獲得した抗体がどの程度持続するかの差はわかっていませんが、少なくとも終生続く免疫ではないことは明らかです。しかも、40代以降の抗体保有率がほぼ100%ということから、日本では水痘ウイルスに感染する状況が、人が、ず~~~~~~~~~~っと続いているということになります。そうなのです。皆さんの周りには水痘ウイルスを排出している人が大勢いて、その方々のお陰で抗体を維持できているのです。

〇水痘と新型コロナウイルスの感染経路は同じ
 水痘の感染経路は生成AIによると、「空気感染(飛沫核感染)「飛沫感染」「接触感染」です。新型コロナウイルスの感染経路を同じ生成AIで調べると「飛沫感染」「エアロゾル感染(空気感染)」「接触感染」です。すなわちどちらもほぼ同じ感染経路です。
 ということは、水痘の抗体保有率が増加し、ほぼ100%を維持しているということは、水痘の感染経路がずっと遮断されないままということです。現在、新型コロナウイルス感染者数が全国的にも低下傾向にありますし、沖縄県ではずっと低いレベルで横ばいです。どちらも水痘と同じ感染経路なので、持続的な感染による免疫の獲得が、結果として全国的には感染者数の低下に、沖縄県では感染者数の低いレベルでの抑制につながっていると考えられるのではないでしょうか。

●感染経路対策ができないのが当たり前?
 今回、「感染で発症予防!?!」というタイトルにしたのには一つの意図がありました。新型コロナウイルス感染症予防をどれだけ呼び掛けても、適切なマスクの使用(飛沫感染対策)も、換気ではなく空気の流れの創出による感染リスクの軽減(エアロゾル感染対策)も、料理への飛沫の付着対策(接触媒介物感染対策)も残念ながらごく一部の人にしか伝わりませんでした。しかし、そもそも「感染経路対策は可能」という発想自体が妄想、誤解、思い上がりだったと反省しています。すなわち、感染経路対策ができていないから集団免疫が成立したり、個人レベルでも水痘ウイルスの抗体保有率が高まったり、結果として帯状疱疹の抑制につながっていたのです。

〇帯状疱疹が増えたのはワクチンが原因
 帯状疱疹は、過去に水痘ウイルスに感染した人が、体内、特に神経節内に残って休眠状態だったのが、再活性化し、痛みや発心、水疱といた皮膚症状が出ます。従来は過去に水痘ウイルスに感染した大人が高齢化に伴い、抗体は持っているものの免疫力の低下に伴い発症すると考えられていました。しかし、最近は高齢者のみならず若い方の発症も増えていることから、昔のように水痘ウイルスに繰り返し感染し、抗体価を維持し続けられない人が増えた結果と考えられています。その要因の一つが子どもたちの水痘ワクチン接種の普及です。
 どのような感染症でも、感染しても発症する人と発症しない人がいます。発症している人は発症していない人より輩出しているウイルス量が相対的に多いと考えられています。水痘ワクチンは子どもが水痘ウイルスに感染した際に重症化することを予防する効果がある反面、子どもたちが輩出する水痘ウイルスが減り、結果的に大人が水痘ウイルスの感染や再感染による抗体の上昇が得られる機会が減り、結果として帯状疱疹の方が増えているとのことです。

●感染拡大で予防が成立!
 水痘の抗体保有率の推移を見れば、結局のところ水痘の感染経路対策はできていないことになり、同じ感染経路である新型コロナウイルス感染症も同様と考えられます。しかし、それはネガティブなことだけではなく、沖縄県のように、新型コロナウイルス感染症が低レベルで推移しているのは無症状感染者からの再感染による抗体獲得に向けたブースター効果が繰り返されていると考えると、あながち間違ったことではないと言えます。
 逆に、過剰な予防をしていると、免疫を獲得する機会が減り、免疫が低い人が増える中で感染が広がると、発症者数が過去の流行時よりはるかに増えることになるかもしれません。百日咳がそうなっているようです。感染症対策は本当に難しいです。

紳也特急 309号

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~今月のテーマ『情報と選択は別物』~

●『生徒の感想』
○『生成AIと検索機能の違い』
●『わからないから楽しく考え続けられる』
○『情報があっても選択(施策)にはならない』
●『同調圧力で高まるワクチン接種率』
○『選択を阻むものは』
●『自己責任の時代に求められていること』
○『生成AIが情報収集の手助けに』
…………………………………………………………………………………………
●生徒の感想

 私は1年前に彼氏がいて愛してるから性行為をしようと言われました。ですがやることでの危険性をたくさん知っていて、私は愛しているからしようはただの欲求不満を解消するための道具になるだけで自分は不快な思いをするだけなので断りましたが何度も何度も誘われたのでわかれました。それに対して私は、私が変なのかなとずっと悩んでいました。ですが今日岩室先生の話を聞いて、私のした選択は間違ってなかったんだなと思い、それにたくさんのことを学びました。(中3女子)

 少子化の原因に膣内射精障害があると聞いて、僕自身もずっと間違ったマスターベーションをしていたこともあり、学校で正しいマスターベーションを教わることはとても大事だと思いました。(高2男子)

 とてもいい講演だった。でもASMRなどの新しいコンテンツを知らないところを見ると少々残念な気持ちになった。(高1男子)

 この3つの感想の共通点、わかりますか。私自身、そのことにハッとさせられ、今回の感想とテーマを選ばせてもらいました。

 人は自分の選択や行動を後押しするような情報は納得して受け入れます。一方で自分が持っている情報を講演者が知らないとがっかりするのも理解できます。講演の聞き手は講演者の話をそのような姿勢で聞いていると改めて気づかされました。
 一方で皆さんはASMRをご存じでしょうか。私は知りませんでしたので質問を受けた際に、「知らないので教えて」と聞き返しましたが、その場の説明だけではよくわからなかったのでChatGPTに聞いてみました。

 ASMRとはAutonomous Sensory Meridian Response(自律感覚絶頂反応)の略で、「ある特定の音や視覚的な刺激によって、頭や背中にゾワゾワっと心地よい感覚が走る現象」を指すとのこと。ASMRはなぜ気持ちいいのかについては科学的にはまだ研究途上ですが、副交感神経が優位になり、リラックス効果やストレス緩和につながるとされています。心拍数の低下や、軽い「トランス状態」に入るような感覚が得られる人もいるようです。若者に人気なのはSNSやYouTube、TikTokで手軽に楽しめ、睡眠導入、ストレス解消、集中力アップのために利用する人が増えているとのこと。

 なかなか面白そうな世界ですが、私はこの世界のことを知ってもそこに踏み込むことはないでしょう。情報や知識があることと、実際に自分の選択肢の一つにするか、自分の生活の中に取り入れるか否かは別問題です。今回の紹介した感想も、私が提供した情報が受け手の経験と重なった場合は参考になって受け入れられたようですが、自分の関心事と一致しないと残念と思うという当たり前のことでした。「情報」と「選択」というのは全く別物と気づかせてもらったので、今月のテーマを「情報と選択は別物」としました。

情報と選択は別物

〇生成AIと検索機能の違い
 実はChatGPTに質問を投げかけた際に入力ミスをし「AMSRについて教えてください」としました。その結果が次の回答でした。
1. Advanced Microwave Scanning Radiometer (AMSR)
 これは、地球観測衛星に搭載されているマイクロ波放射計のことです。気象や海洋、雪氷、土壌水分などの観測に使われます。
開発元:日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)
搭載衛星:Aqua衛星(NASA)、GCOM-W「しずく」など
主な観測対象:海面水温、降水量、雪の深さ、土壌水分、海氷の広がり

2. ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)との混同
 スペルが似ているため、「AMSR」が「ASMR(自律感覚絶頂反応)」の誤記である可能性もあります。ASMRは、人の聴覚や視覚に心地よい刺激を与える動画や音声(ささやき声、タッピング音など)によって、リラックスや快感を誘発する現象です。

 どちらの意味がご希望か、もう少し文脈を教えてもらえるとピッタリの説明ができます!どちらについて知りたいですか?

 おそらく圧倒的にASMRの検索が多い中で、生成AIは質問者が誤入力をした可能性にも配慮していました。しかし検索エンジンだとAMSRの説明だけになります。生成AIはある意味おせっかいなのか、それとも気が利いたやつなのか、こんな発見もいただけました。

●わからないから楽しく考え続けられる
 相変わらずさまざまな感染症が猛威を振るっています。百日咳は過去最多。麻疹(はしか)も既に昨年を超えた。一方で新型コロナウイルスのワクチンへの国の助成が中止に。沖縄県では新型コロナウイルスは昨年の9月からずっと低レベルで推移している間にインフルエンザは2回も流行を繰り返しています。しかし、同じ感染経路なのに「どうして?」という議論も報道もありません。ただ、一人で考えているとそれはそれで楽しい発見があり、さらに楽しく考え続けられます。
 タイパ(タイムパフォーマンス)やコスパ(コストパフォーマンス)の視点で考えると随分無駄なことをしていると指摘されそうです。一方でネットには「タイパのカギは情報の整理と絞り込み」と書かれていました。ということは間違った情報であってもそれを信じてしまえばタイパはいいが、気が付けばとんでもないコストロスをしている可能性があるということでしょうか。

〇情報があっても選択(施策)にはならない
 生後1か月のお子さんが百日咳で亡くなられたニュース「女児はワクチンの接種前。妊娠中に母親のワクチン接種歴なし。児は抗菌薬が効きにくい耐性菌に感染」を読み、改めていろいろ調べてみました。
 百日咳のワクチンは生後2カ月から接種できますが、3回の追加接種をして初めて十分な効果が得られます。逆にワクチンを接種できない月齢や、接種回数が不十分なお子さんは命の危険がある上に、近年耐性菌が増えているので感染しない工夫が必要です。一方で欧米では妊娠後期の妊婦さんに百日咳のワクチンを推奨しているだけではなく、多くの国では妊婦さんは無料で接種できるようです。母親がワクチンを打っていれば、子どもが生まれた時には母親から移行した抗体のおかげで本人がワクチンを接種し、きちんと重症化予防ができるようになるまでの時期を乗り越えられます。
 日本環境感染症学会は医療関係者(特に産科病棟スタッフ、新生児・乳児をケアするスタッフ、妊娠中の母親や入院中の新生児・乳児と直接接触する医療関係者)にも百日咳含有ワクチン(3 種混合ワクチン:DTaP)の接種を推奨していますし、妊婦さんの百日咳ワクチン接種に積極的な医療機関もありますが有料です。このようなデータ、情報がちゃんとあるにもかかわらず百日咳ワクチンの妊婦さんへの接種は制度化されていません。なぜでしょうか。

●同調圧力で高まるワクチン接種率
 ワクチンを一番接種しているのは子どもたちです。子どもが自分から受けに行くはずもないのですが、保護者は子どものワクチンについては積極的で、接種率はほぼ100%近くになっています。接種率が高い理由として保護者の意識もあるでしょうが、無料、母子健康手帳に記載がある、保健師や助産師の訪問や乳幼児健診等で繰り返し指導されるといったことも影響していると考えられます。さらに保護者は様々な場面で専門職だけではなく、他の保護者の方と情報共有をする中で、「予防接種をしていない保護者」と言われないためにも、しっかり母子健康手帳にしっかり記録を残すようになると思いませんか。すなわち子どもたちのワクチン接種率の高さは「とにかく子どもたちのワクチン接種率を高めたい」という多くの方々があの手この手を使い、最終的には日本人が弱い同調圧力の力も借りて接種率を高めるシステムを構築しているのでした。
 妊婦への百日咳のワクチン接種も、妊娠が判明し、母子健康手帳をもらう際に「お母さんもぜひ百日咳ワクチンを打っておいてくださいね。無料ですから」と言われるだけではなく、母子健康手帳に「母親の百日咳ワクチン接種記録欄」があり、産婦人科でも「妊娠後期になりましたから百日咳ワクチンを打っておきましょうね」と言われればかなりの数の人が接種をするのではないでしょうか。

〇選択を阻むものは
 では何故欧米でも無料で妊婦さんに接種をしている百日咳ワクチンが日本では子どもたちのワクチンのように公費負担で接種できるようになっていないのでしょうか。と言いつつ、岩室紳也もここまで知っても自ら「妊娠後期の妊婦さんに百日咳ワクチンを!」という運動を立ち上げません。せっかく知り、憤りを感じているのでこうやって紳也特急の読者の方にアピールすることしかしていません。人は経験に学び、経験していないことは他人ごとと言い続けていますので、今回はその言葉をそのまま自分に返したいと思いました。
 ちょうど原稿を書いている時に東北自動車道で逆走車による事故で3人が亡くなりました。昨年も近くで同様の逆走事故が起きており、高速道路のインターチェンジの構造的な危険性が指摘されていたとのことです。そのような「情報」があったにもかかわらず、大幅な構造の変更(道路の立体交差等)という「選択」がされなかったのは何よりお金がかかるからでしょう。となると妊婦さんへの百日咳ワクチン接種もお金の取り合いの中で優先順位が後回しされているということでしょうか。

●自己責任の時代に求められていること
 今の時代、国に、誰かにトラブルを回避するおぜん立てをしてもらう時代ではなくなりました。様々なトラブルは最終的には自己責任で回避しなければならない時代なのです。そのような時代だということを認識し、当事者の方が後悔しないよう、専門家が、気が付いた人が「妊婦さんへの百日咳ワクチンのことを知っていますか」とできる範囲で伝え続けるしかありません。そして何より「自己責任」というのは自分が選択した結果を受け入れることですので、常にいろんな情報を取捨選択する習慣を身に着けることが求められているようです。

〇生成AIが情報収集の手助けに
 自己責任の時代におけるタイパ、コスパのいい情報の入手方法は何かを考えてみました。誰もが使える生成AIに「黒磯板室ICのように逆走が発生し得る構造になっているICを教えてください」と聞いたところ、代表的な逆走リスクの高いIC(全国)を教えてくれました。スペースの関係上検索結果は紹介しませんが、皆さん、ぜひ検索してみてください。そのことをFacebookに紹介したらある方が「上信越自動車道の東部湯の丸ICも逆走リスクあります」と教えてくださいました。
 一方で「逆走事故があったのですか」という方もいらっしゃると思います。自己責任社会では、一人ひとりがアンテナを高くして社会の課題を、情報を、自分がしなければならないことを確認し続け、万が一トラブルに巻き込まれた場合は、自分を責めるのではなく、そのような社会の中で生きていることを受け入れるしかないようです。
 できる人が、できることを、できる時に、できるようにし続けましょう。

紳也特急 308号

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~今月のテーマ『常識』~

●『生徒の感想』
○『常識と正解の違い』
●『民主主義における常識と正解のギャップ』
○『「常識」と「正解」が考えることを放棄させる?』
●『対話には常識も正解もない』
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●生徒の感想

 特に印象に残ったことが「話すこと」でした。コロナを経て、次第に話すことが減り、悩みを打ち明けることが少なくなっていました。自分はバイセクシャルで、男、女どちらも恋愛対象です。だからこそ、ゲイの人の気持ち、ストレートの人の気持ちもわかるので、話すだけでなく、聞き上手になることも大事なのだと思いました。無関心をやめ、人の話が聞ける、悩みを話してもらえる、そんな人になれるように頑張ります。(高2男子)

 先生の話で一番印象に残ったのは「対話」です。自分は2年生の半分を休んでしまっていたのですが、その期間、友達と会う機会や話す機会がなく、思春期真っただ中の自分はとても気持ちが落ち込んで、「死にたい」と考えてしまうこともありました。ですが、一人の友達が家に来てくれ、その友達と話していると少しずつ気分が良くなり、3年生になると少しずつ学校に行けるようになり、今回の講演を聞くことができました。この友達と面と向かって会話をし、学校に行けるようになったことが、先生が話していた「対話」の効果なのではないかと思いました。(中3男子)

 先生の話は判断材料であり、自分で考えることが大事。(高1男子)

 今日は、物事に対する考え方、常識だと思っていた考え方が大きく変わりました。(中3男子)

 2月後半から3月にかけて中高生向けの講演ラッシュでした。そんなに話していて面白いの? いつも同じような話をしていてつまらなくないの? と心配してくださる方もいます。しかし、話している最中の一人ひとりの反応を見せてもらっていると、「話を聞いてくれてありがとう」という気持ちになりますし、さらに前述のような感想をいただくと「もっと頑張らないと」と思ってしまいます。この2カ月、いろんな生徒さんと向き合う中で彼らが私の話を真剣に聞いてくれるのは、「先生の話は判断材料であり、自分で考えることが大事」や「常識を覆された」といった、おそらく昔はいろんな人と接する中で学べたことが、今では学ぶ機会さえも奪われているのではないかと思いました。
 そこで今月のテーマを「常識」としました。

常識

〇常識と正解の違い
 この命題をChatGPTに聞くと次のような回答でした。

 「常識」は、社会や文化で形成される一般的なルールや価値観であり、変化することがある。
 「正解」は、論理や科学に基づいた客観的な答えであり、変わりにくい。

 つまり、「常識=正解」とは限らず、時には常識が間違っていることもあるため、正解をしっかり見極めることが大切だということです。
 しかし、果たしてそうでしょうか。新型コロナウイルスやインフルエンザとマスクについての世間の対応をみていると、論理や科学に基づいた客観的な答え「正解」ではなく、社会や文化で形成させる一般的というより迎合的なルールや価値観に基づいた「常識」が、気が付けば一人ひとりの「正解」になっていると思えてなりません。ただ、このようなことを考える意味はまさしく常識が社会や文化で形成されるルールや価値観であり、決して常識が正解ではないということだと改めて気づかせてもらいました。

●民主主義における常識と正解のギャップ
 民主主義は多くの人にとって「正解」であり「常識」だと思われてきたと思いますし、私自身もそう思ってきました。しかし、トランプ大統領の当選後の、兵庫県の斎藤元彦知事の再選後の報道を見ていると、選挙民が選んだ、それこそ民主主義の結果誕生したリーダーたちをあたかも何らかの理由で間違って選出された、早々に退任してもらわなければならない人たちという報道が続いていないでしょうか。これらの報道を見ていると、報道の「常識」、報道の「正解」に疑問を抱かざるを得ません。
 報道が果たす役割があるとすれば、トランプ大統領を、斎藤元彦知事を当選させた人たちの「常識」と、反対していた人たちの「常識」のぶつかり合いの中で、二極化に走るのではなく、双方の対話を促進することを模索することではないでしょうか。もっともそのような対話をしたがらない、対話にならない人たちがいることもこれまた事実ですが。すなわち、SNSをはじめとしたインターネット社会が創り出す文化の中で、民主主義の要、代表的な手段である選挙制度という「正解」が果たしてこの先機能するのだろうかという議論を繰り広げてほしいと思うのですが、残念ながらそのような報道はあまりないように思います。

〇「常識」と「正解」が考えることを放棄させる?
 「トランプ大統領が発動した自動車への関税はおかしい」というのは多くの人の「常識」であり「正解」のようです。すなわち、その人たちにとって「トランプはおかしい」というその人の「常識」や「正解」が関税の発動で裏付けられた、裏付けられていると思うようです。そして、それ以上の議論に、そもそもSNS時代の民主主義が突き付けられている課題についての議論にたどり着かないようです。すなわち、一人ひとりの「常識」や「正解」は実はその人に考えることを放棄させているのだと思いませんか。
 このような問題はいろんなところで散見されます。
 2024年の小中高生の自殺者数、529人で過去最多…女子が初めて男子を上回る
 この報道に添付されているグラフを見れば。コロナ禍が始まった2020年から女子の自殺が急増しているのが明らかですが、そのことへの言及はありません。それはこの記者のみならず、この原稿をチェックしているデスクや、取材している自殺対策に取り組んでいる人たち全てが、「相談しましょう」、「相談しやすい若者に合致したSNSサイトを立ち上げましょう」というそれぞれの「常識」や「正解」から脱却することができないからだと思いませんか。まさしく正解依存症ですし、常識依存症という言葉を加えてもいいのかもしれません。

●対話には常識も正解もない
 一方で報道をする立場を擁護する視点に立つと、報道の利用者は報道に「常識」や「正解」を求めます。すなわち、「トランプさんを選んだのはアメリカ国民の民主主義の結果です」や「斎藤元彦知事を選んだのは兵庫県民の民主主義の結果です」と報道をしようものなら、「報道している立場としてトランプを、斎藤知事を容認しているのか」とそれこそ非難され〇〇新聞は、〇〇テレビは容認派だと炎上することでしょう。「いやいや報道機関の使命は・・・」と言っても理解どころかそれこそ火に油を注ぐことになり大炎上してしまうのが現代SNS社会です。
 このやり取りでわかるのがまったく「対話」になっていないということです。対話とは決して相手に何かを求めたり、押し付けたりすることではなく、あくまでも相手の思いをきちんと受け止めることです。対話の反対は独り言と思えば対話のすばらしさ、大切さ、そして難しさがわかると思います。ただ、この対話ができないのがこれまた現代社会の大きな課題であり、常識なのかもしれません。
 で、どうすればいいのでしょうか。辛抱強く、丁寧な対話をし続けるしかありません。皆さん、頑張りましょう。

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~今月のテーマ『大人も子どもも求めていることは同じ』~
●『保護者の感想』
○『否定しない、否定されない』
●『考える材料提供にとどめる』
○『話しやすい環境整備』
●『正解依存症の人に正解依存症を伝えるには』
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●保護者の感想
 
 感染症について自分で考えることの大切さ、情報をしっかり知ること、本当に勉強になりました。正解依存症について、なるほどな、こういうことかと腑に落ちました。「人は話すことで癒される」やっぱり話すことは大事だと思いました。

 性感染症についてだけではなく、コロナ、インフルエンザ等なんとなく思い込んでいたことを改めて学ぶことができました。講義内容は深いのに、中学生が恥ずかしがらずに楽しめる講演でした。生徒が質問していたのもよかったです。

 こういうきかっけは親が言えない現代、とてもありがたいです。どうぞ、残念なこどもの間違いが増えませんように…。子どもとたくさん話してくれてありがとうございました。

 男子生徒、聞きづらい質問をしてくれてありがとう!すてきな大人になってください!

 マスクをすることを否定せずにインフルエンザ、コロナの話をしていてとてもよかったです。

 性についてはもちろん、人生や自分の仕事、考え方についてもとても考えさせられました。他人がどう、世界がどう、普通がどう、ではなく、違和感を覚えたらその自分の感覚を大事に、自分を、命を大切にしながら過ごしたいと思いました。自分が学生のときに聞きたかったです。あのとき、無理やりされたのをいやと言えていたら…、もっと自分の体を大事にしていたら…、と思うことがあります。

 いつもは生徒の感想を紹介していましたが、今回は中学3年生向けの講演会を一緒に聞いてくださった保護者の感想を紹介させてもらいました。そもそも学校から案内があっても来ない、来られない保護者が多い中で、大勢聞きに来てくださり、率直な感想をいただきました。実は大人も、子どもたちも立場の違いを除けば基本的に受け止め方も、求めていることも同じかなと思いました。そこで今月のテーマを「大人も子どもも求めていることは同じ」としました。

大人も子どもも求めていることは同じ

〇否定しない、否定されない
 いつも話を聞いてもらい、話の中から一つでも何か感じてもらえることがあればいいと思って話をしています。その際に最近一番気を付けているのが反射的に「拒否」となる言葉遣いです。例えば新型コロナウイルスやインフルエンザ予防でのマスクの話をする場合、「飛沫感染予防には・・・」「エアロゾル感染予防には・・・」といった話だけをすれば本来的にはいいのですが、それだけだと結果とし「マスクをしていることを否定している」となる方が少なくありません。もちろんそのような意図はありませんし、丁寧に私の言葉をくみ取っていただければそのような意図はないことが理解できるはずです。しかし、今の聞き手は自分の思考パターンの一部でも否定されると、自分自身を全否定されたと受け止めてしまう人が少なくありません。「マスクをすることを否定せずに・・・」と書いてくださった保護者の方もおそらく「否定せずに・・・」ということを日常生活の中でいつも気を付けておられるからさらっと書いてくださったのだと思いました。
 ちなみに同じ講演会を聞き、「親に同じように話すことを求めているのか」という趣旨の意見がありました。親ができないからこそ岩室が話しているということを受け止められる保護者と、受け止められない保護者がいることもこれまた事実として考え、対応し続けたいと思いました。

●考える材料提供にとどめる
 では、聞き手の誤解を修正したい場合、どのようなアプローチが必要なのでしょうか。そこで考えたいのが繰り返し紹介している「正解依存症」の方々の思考パターンです。すなわち「自分なりの正解を見つけると、その正解を疑うことができないだけではなく、その正解を他の人にも押し付ける、自分なりの正解以外は受け付けられない、考えられない病んだ状態」の方に、話し手の正解を伝えれば、それこそ拒否されるのが当たり前でした。
 新型コロナウイルス対策に関して言えば、子どもたちを含め、ほとんどの日本人は正解依存症になっているといって過言ではありません。こういうと読者の方は「私は違います」と言いながら、「でも岩室さんの考え方には賛同しかねます」となっていないでしょうか(笑)。実は私は賛同者を集めようとは全く思っていません。だからこそ、飛沫感染、エアロゾル感染、接触(媒介物)感染の説明をする際、最近気を付けて付け加える言葉が「岩室紳也が言っていることは信頼しなくていいです。ただ、お伝えしている情報について、自分でどう判断するかは考えてください」と聞き手に丸投げしています。
 実はこの方法は受け入れやすいようです。「そんなの違う」「あり得ない」という人もいれば「そのような視点で考えたことはなかった」と思う人もいるようです。すなわち考え、判断するのはあなたで、私の役割は材料提供だけなのです。一見ずるいように思われるでしょうが、実は考えることを放棄している人たちが多い、正解依存症が増えている現代社会では大事な視点のようです。
 ただ、反省を込めて言うと、保護者の中には「私もあなた(岩室)と同じように話さなければならないのか」といった反発もありましたので「保護者が岩室と同じことを話していたらこれも変だよね」という一言があるべきだったと、これまた反省させられました。

〇話しやすい環境整備
 講演で必ず伝えているのが「対話の大切さ」です。斎藤環先生が「対話とは、面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと。思春期問題の多くは対話の不足や欠如からこじれていく。議論、説得、正論、叱咤激励は対話ではなく独り言である。独り言の積み重ねが、しばしば事態をこじらせる」と教えてくれていますが、本当にその通りだと思いませんか。
 学校の講演会で生徒が質問しやすい、自分の思いを口に出しやすい環境整備、対話の大切さの実感も重要です。講演の際にいろんな生徒さんにマイクを向けますが、そこでとにかく回答してくれたら「すごい。みんな拍手」と訴えると、拍手が起こるだけではなく、答えた本人も嬉しそうにします。講演後の質問タイムに「オナニーの時に足ピンはダメですか」といった質問が出た際には、「その質問、実は他のみんなも聞きたかったんだよね。質問してくれた彼に拍手!!!」。このような工夫が話しやすい、対話の環境整備につながります。

●正解依存症の人に正解依存症を伝えるには
 生徒さん、若者たちだけではなく、保護者の方にも「正解依存症」の考え方がある意味スムースに受け取っていただけているのかなと思っています。でもおそらく「あなたは正解依存症ではないでしょうか」と訴えるだけだと反発だけが生まれます。その反発を最小限にとどめるには何より「岩室紳也も正解依存症でした」という説明が効果的です。
 初めてHIVに感染している人の診療を頼まれた時、岩室紳也は完全に拒否モードになっていました。しかし、その原因はHIVの、感染症の感染経路を正しく理解していなかっただけのことでした。すなわち岩室紳也もその時点では完全なる正解依存症だったという説明を最初にします。こう伝えると「正解依存症」という言葉が、レッテルが、聞き手に向けられたものではなく、話し手のレッテルであり、要は一般的な、誰もがなり得ることだと受け止めてもらえます。一方でちゃんと情報を収集し、きちんと考えれば「ただただ怖い」ではなく、「ここだけ注意をすれば予防は簡単」となり、正解依存症から脱却できます。
 結局のところ、大人も子どもも求めていることは同じで、他者の経験談、失敗談から学べる環境です。皆さん、大いに自分の失敗を語りましょう!!!

紳也特急 306号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
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~今月のテーマ『誰も正解を教えてくれないから公衆衛生医になった』~

●『生徒の感想』
○『正解は自分で探すもの』
●『悩む力』
○『公衆衛生の大失態』
●『公衆衛生は無念さへの抵抗』
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●生徒の感想

 私は保健の授業で扱う性教育の内容が苦手で、授業を休んでしまうこともあり、本日の講和を不安な気持ちで臨んでいました。ですが先生の話し方もあり、楽しく講話を聴くことができました。(高2女子)

 結構気まずい感じの授業になるのかなと思っていたのに、出だしから面白い話になったのでお話が記憶に残りました。面白さと真剣さを交えながらお話ししてくださったので、いつもなら絶対寝ているような場所なのに一睡もせず聞けました。(高2男子)

 私個人、1人の人とか、1つのものだけを好きになると、それがダメになった時、メンタルを保てないと思い、いろんなことに興味を持ったり、多趣味になることを意識して過ごしてきたのですがちゃんと合っていたのだと安心しました。また、私は数回痴漢の被害に遭ったことがあります。ただただ気持ち悪く、怖かったので何でこんなことをするのかと今も怒っています。ただ、今回の先生のお話を聞いて、犯人にもそんな背景があったのかもと思いました。きっとこれから先も性犯罪者を許すことはできないけれど、少し私の気持ちは軽くなりました。(高2女子)

 毎月、メルマガを書く際に一番自分の支えになっているのが話を聞いてくれた人たちの感想であり、私に講演を依頼してくださる人達の思いです。そもそも「性教育が苦手」、「気まずい」、「性犯罪は許せない」というのは「そうだよね」と思う一方で「みんなが納得できる性教育」、「みんなが気まずくならない性教育」、「性犯罪ゼロ社会」などあり得ません。しかし、岩室紳也は何故か性教育、HIV/AIDS予防教育をしなければならないという衝動にかられ、性犯罪を予防するにはそもそも性犯罪に走る人たちの背景を丁寧に確認する必要があるのではと思ってこれまでいろんなことに首を突っ込み、発信し続けてきました。先日、「公衆衛生の未来図~保健師活動への期待~」というタイトルで保健師さん向けに話をする機会をいただく中で、そもそも岩室紳也がなぜ公衆衛生に、HIV/AIDS予防教育に、性教育に取り組むことになったかを考えさせられました。その答えは「誰も正解を教えてくれないから」でした。
 そこで今月のテーマをずばり「誰も正解を教えてくれないから公衆衛生医になった」としました。

誰も正解を教えてくれないから公衆衛生医になった

〇正解は自分で探すもの
 気が付けば30年以上、HIV/AIDSに関わり、AIDS文化フォーラム in 横浜がきっかけとなり、このメルマガが発行される2025年2月1日に岩手県陸前高田市でAIDS文化フォーラム in 陸前高田に出ています。
 でも、なぜここまでHIV/AIDSに関わってきたかということを自分自身あまり考えてきませんでした。それこそ気が付けば保健所に勤務し少しずつ公衆衛生に関わり、気が付けば目の前にHIV/AIDSがあり、気が付けばHIV/AIDSの診療に関わり、気が付けばAIDS文化フォーラムに関わってきただけだと思っていました。しかも医学生時代、公衆衛生には全く興味もなく、将来絶対公衆衛生医にならないと思っていました。にもかかわらず気が付けば先日も「公衆衛生の未来図~保健師活動への期待~」という講演依頼をもらっていました。なぜそうなったのかを考えた時、実は「誰も正解を教えてくれない」、「正解は自分で探すもの」ということを自ら経験してきたからでした。
 忘れもしない1994年1月29日に、後に私の患者にもなったHIVを持っていたパトと握手をし、彼の手の汗を感じた時、「汗の中のHIVが自分の手にある傷に付着したら感染」とパニックになりました。ところが当時、「そんなことで感染しない」と教えてくれる専門家はいませんでした。HIVに感染しないためにはセックスの際にコンドームを装着すれば予防ができるのに、「コンドームをすれば誰とでもセックスをしていいのか」と論点を変えた攻撃をする人たちが未だに後を絶ちません。HIVに感染している人は男性同性愛者が多いとわかるとむしろそのことがバッシングの理由にされました。すなわち、誰も正解を考え、それを必要な人に、というか社会に向けて発信しようとは思わなかったのです。だからその世界に踏み込み、自分で考え、悩み続けてきたのだといまさらながら気づかされました。

●悩む力
 保健師さん向けの講演会で私が一番申し上げたかったのは次の一言でした。

 住民の健康づくりのため、未知の世界を含め、一緒に考え、発信し、悩み続けるのが保健師・公衆衛生!

 新型コロナウイルス対策を見ても、今でも感染が繰り返されているにも関わらず、専門家もマスコミも、(もちろん国民も)もはや考えることを放棄し、発信もしていません。それは公衆衛生の中で「悩み続ける」という視点ができていないからではないでしょうか。
 私がHIV/AIDSに関わる中で学ばせてもらったことが、気が付けば感染症対策を考える上で非常に重要な視点でした。それは暴露されるウイルス量が少なければ、感染するリスクも減らせるということでした。HIVに感染している人が、ちゃんと最新の薬を服用し、体内のウイルスをすべて排除することはできないまでも、血液中のウイルス量を検出限界以下(<20copies/ml)にすれば、コンドームなしでセックスをしてもパートナーに感染させないということが明らかになりました(U=U:Undetectable=Untransmittable)。もちろん、血液の中にも、精液の中にも、膣分泌液の中にもHIVはちゃんと存在しています。この情報に触れた時、私は正直なところ理解、というか受け入れることができませんでした。しかし、このことについて、様々な論文を読み、いろんな人と対話を重ね、悩み続ける中でその事実を受け入れられるようになりました。
 確かに感染力が強いノロウイルスは10個程度体内に入るだけで感染しますが、一方でノロウイルスに感染しても発症しない、下痢も嘔吐もしない人が30%います。感染力が弱いHIV/AIDSの感染を考えるときU=Uは基本中の基本ですし、新型コロナウイルスがアカゲザルに感染するには数万個のウイルスが必要とか、インフルエンザに感染している人のくしゃみを浴びた人が感染する確率は100万分の1ということも受け入れられるようになりました。すなわち、当初は理解できなくとも、悩み続けることで、自分が納得するだけではなく、住民一人ひとりの健康づくりに寄与する情報は何かを考えられるようになりました。

〇公衆衛生の大失態
 私自身公衆衛生医を自負していますが、実は私の素晴らしい多くの公衆衛生医の仲間たちは、実はすべての公衆衛生医の中の本当はマイノリティーだと思っています。「病院等で働くのがきつくなったから公衆衛生にでも、保健所にでも行くか」という医者が公衆衛生を実践できるわけがありません。その人たちがこれまで臨床の現場で求められていたのが「正解」でした。診断を間違えない、適切な指導や手術ができる。このような正解を求められ続けた医者が、住民と悩み続けられるはずがありません。実際、「私が言っていることを守っていればいい」という公衆衛生医の何と多いことか。
 「マスク、換気、手洗い」をこれだけ言っているのに年末年始のインフルエンザの大流行を見れば、仮に「マスク、換気、手洗い」ということが適切な感染予防策だとしても、「いつ、どのような場面でマスク?」、「窓を開けるだけの換気がなぜ無効?」、「いつ手洗いすると感染予防が可能に?」という基本的な視点が伝わっていません。すなわち、今回のインフルエンザの記録的な流行は公衆衛生の大失態ですが、そう思っている専門家はどれだけいるのでしょうか。もっとも、これが人間、これが日本人という考え方を受容しなければならないのもこれまた公衆衛生の現実です(苦笑)。
 こう言うというと「で、どのようにすればよかったのか」とお叱りを受けるでしょうが、そもそもそう思うこと自体、一緒に悩んでいない、悩む力が不足している、正解を求める正解依存症ではないでしょうか(笑)。

●公衆衛生は無念さへの抵抗
 「犯罪予防も健康づくり」と言い続けていますが、殺人はもとより、性犯罪、いじめ、闇バイト、等々、様々な犯罪が繰り返されています。HIV/AIDSを見ても、未だにほとんどの医者がU=Uを知りません。しかし、例え多くの医者が、専門家が関心を持たないとしても、関心を持たない人たちが悪い、と断罪して個人的にすっきりするのでは公衆衛生医とは言えません(笑)。むしろ「自分はここまで思っているのにその思いを伝える力の無さ、無念さ」を力にし、無念さへの抵抗をあきらめることなく、少しでも一人ひとりの健康づくりを進めることが公衆衛生であり、公衆衛生医の役割と思いつつ、その同志として保健師さんに大いに期待したいと思い講演をさせていただきました。その結果、受講してくださった方々と悩みを、無念さを共有できたかと思うだけではなく、また別の気づきもいただきました。
 一言で言うと「保健師、公衆衛生に女性が向いている」ということでした。保健師は、公衆衛生は悩み続けることが求められているのですが、それが苦手なのが実は「雄(オス)」だと思いませんか。今では男性保健師も増え、何人ものすばらしい男性保健師とお付き合いする中で、彼らは本当に柔軟な思考、姿勢を持っています。しかし、雄(オス)の中でこの柔軟性を持っている人の割合を考えると、男性保健師は一定程度しか増えないのも仕方がないのかなと思いました。個人的にはこれからもいろんな悩みや無念さが続くと思いますが、いろんな人と対話をしながら、少しでも誰かのお役に立てるよう、公衆衛生の視点で頑張りたいと改めて思いました。