「紳也特急」カテゴリーアーカイブ

紳也特急 290号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『インフルとコロナはどう違う?』~

●『生徒の感想』
○『なぜ季節外れのインフル?』
●『加湿が効果的な理由』
○『コロナの後遺症は侮れない』
●『免疫持続期間の違い』
○『これからのウイズコロナ、ウイズインフルを考える』
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●生徒の感想

 先生がおっしゃられたように、正しい感染経路を理解していればマスクよりもずっと有効だという話は新鮮でした。とりあえずマスクをしていればいいんだなと思っていたので、正しい感染経路を知ることから始めようと思います。(高2女子)

 今日の講演をきいて、ウイルスが少し体内に入っただけで感染するわけではないということが初めて知ったことだったので、自分が正しいと思っていた知識はもしかしたら違うかもしれないという意識をもって過ごしたいです。極端にいろいろ避けるのではなく、体内に入ってくるウイルスを減らすという感染対策はまだ浸透していないけどとてもいいなと思いました。(高2女子)。

 日本人はまわりに合わせる民族なので、何かを広めたりしたいときは、誰かが一人行動を起こして、ゆっくり変えていくしかないと聞いて、自分もまわりに流されずに考えて行動しようと思いました。(高2女子)

 感染症に関して、考えれば納得できることも多くて面白かったです。(高2女子)

 私はいつも見ているテレビが完全なものだと思っていたし、教科書に書かれていることで十分な知識が得られると思っていました。しかし、先生がおっしゃっていたことのほとんどを知りませんでした。改めて情報を正しく知る大切さを知ることができました。今後は伝えられている情報以外に知っておくべきことはあるかを考えながら生活していこうと思います。(高2女子)

 今までのコロナに対する常識とは違う話をしてくださって、普通に考えたら当たり前だったけど、今まで考えたことなかったことを考えることができてよかったなと思いました。また、日本人の性格(同調圧力とか)が原因となって、今現在起こっていることがたくさんあると感じました。(高2女子)

 「考えたことがなかった」という感想をよくいただきます。インフルエンザが9月なのに目立って増えていますが、「なぜ、今なのか?」という話も聞きません。一方でテレビに登場される先生方は「これからの季節は乾燥が進みますからインフルエンザが広がりやすくなります」とコメントされていますが、「なぜ乾燥が進むとインフルエンザが広がりやすくなるのか」の説明はありません。ちょうど一年前の278号で「インフルエンザに学ぶ」を書かせていただきましたが、新型コロナウイルスの出現で感染経路等々について様々なことがより詳しくわかってきた一方で、インフルエンザと新型コロナウイルスの共通点や違いが必ずしも理解されていないようにも思います。そこで今月のテーマを「インフルとコロナはどう違う?」としました。

インフルとコロナはどう違う?

○なぜ季節外れのインフル?
 今回のタイトルを考える前に、そもそもなぜ日本の、北半球のインフルエンザが冬場に急増し、夏場はほとんど患者がいないのに、東南アジアでは年中同じ程度の感染者がいて、南半球では流行はほぼ逆のパターンなのに年中それなりに感染した人が確認されるのでしょうか。
 北半球では年末年始から春にかけて、クリスマス、忘年会、お正月、新年会、春節、歓送迎会と人が集まり、お互いにインフルエンザをうつし合う機会が増えます。実際、2009年の夏場に流行した新型インフルエンザがその翌年から他のインフルエンザと同じような流行の仕方をしたのも、翌年の抗体検査の結果から、他のインフルエンザ同様の抗体保有率だったことが証明されています。
 裏を返せば、冬場にしっかりみんなが密になり、多くの人が感染して抗体を、免疫を持っていなければ今年のように集団免疫が早く切れ、夏場からインフルエンザが流行しても全く不思議ではありません。

●加湿が効果的な理由
 これまで、インフルエンザやいわゆる風邪と呼ばれていた他のコロナウイルス感染症の予防に「加湿が有効」と言われてきました。私もなんとなく「のどの粘膜を保護するのだろうか?」と素人的に考えていましたが、新型コロナウイルスのお陰でその理由が科学的、視覚的に紹介されました。
 富岳で( https://www.youtube.com/watch?v=QOzGDi5waJQ :15:26以降)湿度が低いと小さな飛沫(エアロゾル)が増え、湿度が高いとすぐ落下する大きな飛沫が増えます。すなわち、加湿することで浮遊するエアロゾルが減ります。また、加湿とエアロゾルの関係が明らかになったことで、インフルエンザの感染経路としてエアロゾル感染を意識する必要性が再確認されたと言えます。
 ただ、これまでインフルエンザ対策として行われてきた加湿は冬場の暖房との併用だったので何となく受け入れやすかったのですが、年中流行するコロナや夏場のインフルエンザ対策としてどこまで受け入れられるかは未知数ですし、いろいろ考える必要があるようです。

○コロナの後遺症は侮れない
 コロナ禍の最中、多くの人がコロナの後遺症のことを気にしていましたが、今はどうでしょうか。いつも「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」と言っていますが、本当にその通りだと思いました。というのも、私の仕事仲間でまだ40代の方が少し前に新型コロナウイルスに感染し、未だに味覚障害が残り、体のだるさを訴え続けています。もはやコロナはただの風邪になったと言い切っている人もいますが、決してそうではありません。感染予防を、発症予防をこれからも徹底し、体内に取り入れるウイルス量を少しでも減らす工夫をし続けたいと改めて思いました。

●免疫持続期間の違い
 2022年の年末から増え始めたインフルエンザは例年ほどの流行ではありませんでしたが、定点当たりの感染報告数はちゃんとした波になっていました。その後夏場にかけてインフルエンザは例年ほど減少しませんでしたし、コロナ禍前より早く9月になってから急増し、夏休み明けの学校で学級閉鎖、学校閉鎖が相次いでいます。
 一方で新型コロナウイルスは9月になってやっとピークを超えましたが、第8波までの状況を見れば、減少したかと思うとまた増加に転じ、インフルエンザのように低い状況が続く期間がほぼないことが見えてきました。すなわち、感染が広がることで得られる個人の免疫力はもちろんのこと、集団の免疫力もインフルエンザほどは長く持続しないようです。
 ちなみにインフルエンザが冬場にしっかり流行し、集団免疫を獲得した年を見ると、約26週間、約6か月は集団免疫が持続されていました。

○これからのウイズコロナ、ウイズインフルを考える
 コロナ禍前の日本人はインフルエンザに対して、あまり意識することなく、というか意識していなかったからこそ結果としてウイズインフルができていました。ワクチンをする人、マスクをする人、加湿をする人がいつつも、結果的に冬場の感染拡大を、3,000人前後が亡くなることを容認しつつ、集団免疫を獲得して夏場を乗り越えていました。
 ところがコロナ禍で日本人が選択したのは「とにかく予防」でした。その結果、今年のインフルエンザが示しているように中途半端な免疫の獲得につながり、結果的にはインフルエンザが短い周期で流行する状況となっています。もちろん新型コロナウイルスが流行を繰り返している状況は言うまでもありません。
 実は岩室紳也は医者になってからこれまで、一度もインフルエンザのワクチンを打っていませんし、インフルエンザを発症したこともありません。もちろん「感染したことはない」と言っているわけではありません。私はこれからのウイズインフルも、ウイズコロナも、とにかく体内に入れるウイルス量を減らし、上手く行けば感染予防になり、仮に感染したとしても発症が予防できることを期待して、できるだけの感染予防対策を心掛けつつ、多くの人との交流を楽しみたいと思っています。皆さんはどうされますか?

紳也特急 289号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
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~今月のテーマ『権利とrights』~

●『生徒の感想』
○『権利とrightsの違い』
●『選択できるか否か』
○『個人の選択、rightsを奪う他者の価値観』
●『床オナとrights』
○『選択ができる環境の確保を』
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●生徒の感想

 保健体育でエイズ、性感染症について学びましたが“自分の身を守るため”と言われたとき、正直言って全然ピンとこなかったです。性的行為を自分が将来するとは思えない。だからエイズにはかからないだろうと思っていたので他人事のように効いていました。ですが、今回岩室先生のお話を聞いて、自分にもかかる可能性は大いにあるんだ。知っておくことはとても大事なんだ、と思えました。(中3女子)

 岩室紳也さんは性行為という公共の場では言いづらい話において、多くの人が勘違いしていることに対して、何とかマスコミを通して正しい知識を伝えようとしている姿に感動し、自分もそういう人になりたいなと思った。(高2男子)。

 男女合同で性教育お行うことがなかったりして、日本は性教育に抵抗があるみたいな話をこの間テレビで取り上げられてて、自分自身も男子のことについて全くと言っていいほど知らなかったり、抵抗があったので、そういう講演が行われる機会があったらいいなと思ってたら、ちょうど行われて、いろいろなお話がきけて良かったです。(高2女子)

 新型コロナ対策の感染経路の話で、言われたら確かそうだなと思ったこともあったので、どんどん広めて欲しいです。(高2男子)

 マスコミは問題の根本(例えばコロナはどこから来ているのか)をとらえないで報道をしていると感じていた部分があったが、それが今回きれいに言語化されて、とてもすっきりした。マスコミは科学情報を得る場ではないというのに納得した。今日の話を頭に刻みたい。(高2男子)

 先月、日本思春期学会の「男子のリプロダクティブヘルス・ライツ」というシンポジウムに登壇させていただきました。私に与えられた演題は「ポストコロナ時代に考える男子のリプロダクティブ・ライツ」。この分野のことをご承知の方は「リプロダクティブヘルス・ライツ」というのはこれまで女性の問題として議論されてきました。しかし、今回、「男子」「男性」という視点で切り込みたいということで自分なりにいろんな角度から考えてみました。この投げかけから本当に多くの学びを得ましたので、今回のテーマをズバリ「権利とrights」としました。

権利とrights

〇権利とrightsの違い
 多くの人は「権利」と「rights」は単に日本語と英語の違いではと思っていないでしょうか。小学校6年間を英語圏のアフリカのケニアで過ごした経験から、何となくそれぞれの言葉から受けるイメージが違うなと思いつつ、多くの日本人に合わせて深く考えないようにしていました。しかし、Maslow’s hierarchy of needsがマズローの欲求5段階説と誤訳されていたことに気づかせてもらってから、日本語と英語のニュアンスの違いを意識しつつ、言葉の意味の違いから文化の違いをも考えるようになりました。
 広辞苑で「権利」を調べると次のように書かれています。
?一定の利益を主張し、また、これを享受する手段として、法律が一定の者に賦与する力。
?ある事をする、またはしないことができる能力・自由。
 一方でOxford Dictionaryで「right」を調べると[countable, uncountable] a moral or legal claim to have or get something or to behave in a particular wayと書かれています。
 「主張」と「claim」は一見同じように思われますが、「claim」はどちらかと言うと「主張」というより「要求」のように思っています。さらに「享受」はかなりレベルの高い話ですが「have or get」は結果的に手に入ったか否か、すなわち選択できたか否かという話ではないでしょうか。

●選択できるか否か
 思春期学会のシンポジウムを掘り下げるべく、先月開催された第30回AIDS文化フォーラム in 横浜で思春期学会のシンポジウム「男子のリプロダクティブヘルス・ライツ」の登壇者によるトークセッションを開催しました。そこで学ばせていただいたことは、rightsとは選べる、選択できることだということでした。
 これまで自分自身がrightsを正しく理解できていないかった理由は「権利」と言うと「義務」が付いてきたからでした。すなわち何らかの権利を主張するにはそれ相応の義務を果たす必要があるという刷り込みが正しい理解を妨げていました。しかし、rightsは選択できることと理解できるといろんなことが腑に落ちました。
 例えば日本では異性愛者は「結婚」という制度を選択できます。しかし、なぜ同性愛者は「結婚」という制度を選択できないのでしょうか。そもそも他人だった二人が、一緒に生活をし、財産を一定程度共有する結婚制度というのは、その二人やその子どもたちの様々な生活を安定させ、保障するための制度です。なのにどうして「同性愛者」というだけでその選択をすることが出来ないのでしょうか。

〇個人の選択、rightsを奪う他者の価値観
 同性愛者が結婚制度というのを享受できない理由は明らかで、「同性愛」を認めたくないという人たちの価値観でしかありません。そのような価値観を持つこと自体を否定するつもりはありませんが、「価値観」と「rights」を同レベルで考えていいのでしょうか。
 一方で民主主義は多数決で決まるので、ある意味価値観の争いと言えます。ただ、大事なことは「価値観」を超えたものとして認めなければならないのが「rights」、「権利」、「人権」のはずですが、いまだに根強い人種差別を含め、「rights」、「権利」、「人権」を浸透させることは実は至難の業なのです。

●床オナとrights
 難しい話はさておき、思春期学会のシンポジウムで一番の議論は「床オナ」でした。
 読者の中の男性にお聞きします。「あなたはどうやってオナニー、マスターベーションを覚えましたか」。おそらく多くの男性は「自然に」と答えるでしょうから、「どのような状況を自然と表現されているのでしょうか」と切り込むと「覚えていない」となるのではないでしょうか。
 岩室紳也がオナニー、マスターベーションを覚えたのは桐蔭学園の寮生活でした。同室の仲間から「岩室、オナニーって知っているか?こうやるんだ」と布団越しでしたが何となくやっていることが理解できました。しかし、イマドキの男子はそのような話を仲間とすることはありません。では、どこで、どのような場面でオナニー、マスターベーションを覚えればいいのでしょうか。ある意味自然な形で、朝立ちをした際にベッド等にこすりつけ、結果的に射精ができ、それをオナニー、マスターベーションと思ってしまうのです。では、正しいオナニーを知る、学ぶrightsというのをどう考えればいいのでしょうか。

〇選択ができる環境の確保を
 少子化が問題視されているにもかかわらず、国会では次のような議論はありません。
 
 A議員:総理、厚生労働大臣、文部科学大臣に伺います。手を使った正しいマスターベーションができない若者が増え、床オナ率が増加していることで膣内射精障害による不妊症が少子化の原因の一つという指摘があります。仲間でマスターベーションを教え合う環境がなくなっているのであれば、教科書等に正しいマスターベーションの仕方を記載し、保健体育の中で教える必要があるのではないでしょうか。
 K総理:様々な立場のご意見をお聞きした上で、慎重に検討し、善処したいと思います。
 
 正しいマスターベーションとは何かを知り、それを選択するか否かを自分自身で決定できるための環境整備こそが今の若い世代のrightsではないでしょうか。床オナ注意報発令中を訴え続けましょう。

紳也特急 288号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
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~今月のテーマ『「当たり前」って何?』~

●『生徒の感想』
○『一人ひとりの土俵を否定しない』
●『障がい児者の性』
○『性で学ぶ社会性』
●『ダメ絶対を教えるべきか?』
○『当事者の土俵の当たり前を』
●『2023AIDS文化フォーラム in 横浜』
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●生徒の感想
 
 母から「生理周期を記録しとけ」とこっぴどく言われていましたが、その意味を知ることができた講義でした。ちゃんとカレンダーに記録していこうと思います。(高2女子)
 
 コンドームの達人に会えて光栄です。私が襲名したい所存。コンドームの練習とAVを使わないことを意識してこれからのオナニーライフを豊かにしていきたいです。(高2男子)
 
 私はボーイズラブが好きないわゆる腐女子なのですが、漫画などで受けの方が「つけなくていいよ」とかいうのは嘘なんだなとわかりました。勉強になりました。(高2女子)

 保健の授業よりも赤裸々に話をしていただけたので、わかりやすかったです。(高2男子)
 
 義務的な話をするのではなく、なぜどうしてかが分かりやすく、とても面白かった。(高2男子)
 
 人生の営みの大部分、学校では教えてくれないのだなと思いました。人生の楽しみを少しずつ増やしながら、先生に教わったことをインストールして生きていきたいと思います。(高2男子)
 
 中学の頃も岩室紳也さんからお話を聞いたことがあり、高校生になって聞くとまた違うものだなと感じました。話も巧みで聞きやすく、ためになりました。人は人と話すことで癒される、この言葉はこれからも大切にしたいです。(高2男子)
 
 何気ない感想ですが、これらの感想の意味を外来に通っている知的障がい、発達障がいと言われている患者さんたちが教えてくれました。そこで今月のテーマを『「当たり前」って何?』としました。

「当たり前」って何?

〇一人ひとりの土俵を否定しない
 私の性教育だけではなく、コロナ対策の話も岩室紳也にとって当たり前のことをただただ経験に基づいて伝えているだけです。しかし、感想からもわかるように、結果として岩室の視点だけではなく、いろんな角度から物事を見ることができ、何が大事か、何がおかしいかということに気づいてくれていました。
 お母さんから「生理周期を記録しとけ」とこっぴどく言われていても、同じことを他者の視点から、しかも男性、異性の医師から言われると腑に落ちるのでしょう。コンドームの練習とAVを使わないことを意識して、これからのオナニーライフを豊かにするというのはオブラートに包まない、かなりストレートな話をしないと気付かないことです。漫画などで受けの方が「つけなくていいよ」とかいうのは嘘を誰が教えてくれるのでしょうか。このような気づきをしてもらえたのは、保健の授業よりも赤裸々で、かつ義務的な話ではなく、なぜどうしてかが分かりやすだったからのようです。そして結論として、人生の営みの大部分について学校では教えてくれないし、同じような話でも中学生で聞くのと高校生になって聞くのとでは違うのです。
 どの感想もその人にとって大事な気づきですが、それは真正面から彼らと向き合ったからこそ、彼らの土俵を否定しない話だったからこそ気づいてもらえたのだと思います。すなわち、当たり前とは、いろんな人がいて、いろんな考え方が飛び交う中で、一人ひとりが自分自身の土俵の上で生き方を選択していける社会ではないでしょうか。
 
●障がい児者の性
 では、本当に一人ひとりの土俵が尊重されているのでしょうか。私の外来には障がいを抱えている方が何人も通院されています。これまでも多くの障がいをかかえているひとたちとの関りを含め、「障がい児者の性」について講演をさせていただいています。そしていつも私の話を聞いて「できることをすればいいのだとわかって気持ちが楽になった」との感想をいただいています。
 そんな私ですが、最近、立て続けに障がいを抱えつつ成長している方々との関わりの中でハッとさせられることが続きました。
 
 Aさん本人から:岩室先生、女の人の性器はどうなっているのでしょうか?
 
 岩室からBさんへ:私もだけど、女の人のおっぱいを触りたくなるよね。
 
 このようなやり取りについて皆さんはどう思われますか。健常者だって同じ思いになりますよね。でも、その思いが反社会的な行為にならないよう、皆さんはどのようなステップで学習したり、邪念を打ち消したりしてきたのでしょうか。
 
〇性で学ぶ社会性
 女の人の性器について聞いてきた彼で一番びっくりしたのが、いつも一緒に来ているお母さんに「外に出て待ってて」と言ったことでした。いろんな事情から母子家庭だった彼にとって母親は常にそばにいる、いて欲しい存在だったのですが、初めて岩室と一対一の場を自分から求めました。おそらく健常と言われる人であればとっくの昔にその感覚を学習していたのですが(と書きつつ、そうではない人たちを多数見てきましたが)、彼はかなり大きくなるまでその感覚に至れなかったのです。今回の彼の行動を見て思ったのが、私の外来に通い続け、一定の信頼関係を築いていたからこそ彼が主張できたのだと思いました。健常と言われている人たちが当たり前のように経験していることは、実は当たり前ではなく、いろんな要素が複雑に絡み合ってはじめて当たり前になっているようです。

●ダメ絶対を教えるべきか?
 女性のおっぱいを触ってしまったという彼はかなり重度な障がいを抱えています。私の外来に入ると最初にするのが、診察台にうつぶせになり、腰を上下動させることです。これは年齢でいうと中学校高学年ぐらいから始まり、20歳を超えた今でも続いています。しかし、その行為をする彼の表情は私の勝手な想像ですが「岩室先生の前だからしているんだよ」という雰囲気です。でもその都度、私が「ここではいいけど、他でしてはダメ」と叱るとなんとなく嬉しそうにしていました。
 その彼のお母さんから女性のおっぱいを触ってしまったので何とかしたいという相談を受けました。もちろんお母さんもお母さんなりに考え、子ども向けの絵本を購入し、そこに書いてある「『相手が嫌がることをしてはいけません』というのを教えた方がいいでしょうか」、と聞かれました。もちろん反社会的な行動をすれば犯罪者になり、その社会で生きていけなくなるのが今の日本です。しかし、「ダメ、絶対」を教えたから彼が、他の人たちがその行為をやめられるでしょうか。答えはNoですよね。
 では、岩室はどうしたか。まず、「岩室先生も女の人のおっぱいを触りたくなるよ」と伝えました。ただ、言葉でのコミュニケーションだと、彼もどこかごまかすことがあるので、敢えて電子カルテに「どうして女の人のおっぱいを触ってしまったのでしょうか」と書くと、その文字を読み、考えていました。いまさらながらと反省していますが、彼は聞き言葉より読み言葉、文字の方が入るようでした。今回の外来ではここまでしか到達できなかったのですが、一定の前進があったと実感しています。

〇当事者の土俵の当たり前を
 健常者は、マジョリティ側はつい自分の土俵の「当たり前」で考えがちです。しかし、自分とは異なる障がい者やマイノリティの方と接する時だけではなく、他の人と意思疎通を図るには相手の土俵の中の当たり前探しが求められるのだといまさらながら学ばせてもらいました。最近は少し様子が変わってきましたが、健常者は思春期に同じ関心を持った同年代や先輩から性について学習する機会をもらいます。しかし、障がいを抱えていると、そもそも性に芽生える時期にも個人差がありますし、性的な欲求について仲間等から学ぶ機会も少ないですし、性的な欲求とどう向き合えばいいかについて日常の交流の中で学習する機会が非常に限られています。
 だからこそ、できる人が、もっともっと試行錯誤しながら、一人ひとりに合致した学びの環境を模索する必要があると思いました。その時に大事なことは、障がい者やマイノリティの方々の当たり前とは何かを意識し続けることだといまさらながらの気づきをいただきました。

●2023AIDS文化フォーラム in 横浜
 8月4日(金)~6日(日)に30回目を迎えたAIDS文化フォーラム in 横浜を開催します。
 久しぶりに対面で多くの人にお会いしたいと思っています。YouTube配信するプログラムもありますが、ぜひ会場でお目にかかりましょう。よろしくお願いします。

紳也特急 287号

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~今月のテーマ『理解ではなく受容を』~

●『生徒の感想』
○『理解できない「自分の性」』
●『自分のことは棚に上げたい』
○『花柳病から性感染症へ』
●『エビデンスが言い訳に』
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●生徒の感想
 
 今回の講演を通して、性に関する知識だけではなく、人として自分の知らないものに対する考え方や向き合い方、人との関り方など多くの学ぶべきことがあった。多くの様々待考え方の人と出会ってきた先生の話はとても面白く、貴重な時間だった。(高2男子)
 
 テレビでは聞けないような刺激的で面白い講演で、自分一人しかいなかったらば苦笑していたと思います。自分から性について学ぼうとすることは何となく後ろめたく感じて今まで言葉を聞いたり、知ったりしても調べることができませんでしたが、今回の講演で自分はもう知らなくてはいけない時期であったことに気づかされました。この機会がなければ自分の中の偏見に流されて、この大事な情報を知るのが遅くなっていただろうと思います。これからは世間の風潮や偏見に影響されず、自分で決定して行動しようと思いました。(高2男子)

 知らないことばかりでした。性には「穢(けが)れる」という言葉が似合うと思っていたけど違いました。人間の繁栄に必要なことなんですね。(高2男子)

 自分はゲイが20人に1人ということを見事に勘で当ててしまいましたが、今日のお話は知らないことが大変多く先生の良いお話が聞けて良かったです。先生の話を聞いて、人との関わり方、女性への接し方を再認識することができました。そして先生のようにコミュニケーション能力をあげていきたいとも思いました。まだまだ未熟者ですがこれから沢山のことを挑戦して経験して人として社会に出られるように精進して参りたいと思います。大変勉強になるお話をして頂きありがとうございました。先生に言われた通り宝くじも買ってみようと思います。(高1男子)

 コンドームの達人という名前でどんな変な人なのだろうかと、勝手に思っていたのですがとてもちゃんとしている人でとても面白いお話でした。とてもいい声ですっと耳に入ってきました。話し方もとてもうまかったです。コンドームの柄のネクタイがとても印象に残りました。20分の1でゲイというのは思っていたよりも多くて驚きました。(高1男子)

 僕は軽度の色弱であり、小学校の頃は動物を虹色に塗ったり、ピンクの可能性がある僕には赤や水色に見える色をなるべく使用せず、黒の服ばかり着たりして、色弱ということをできるだけバレない様にしてきた。しかし、今はそれを皆とは違う世界が見える。二十人に一人の逸材とはまでは言わないがそれを個性として考えるようにした。それからは色弱であることを隠さず、一種の話題の種にしたり、困ったことがあったら友達に頼んだりするようになった。
 同性愛は色弱より複雑でデリケートなことであるため、まだ世の中では認められていない側面がある。同性愛を個人が持つ個性として受け入れられることは難しいかもしれないが、一人でも多くの人がそれに対し寛容になることが大切である。その為には皆が同性愛についての知識を身に着けることが必要である。僕個人も今回の講演を聞き、新たに得た知識が多々あり、理解が深まった。また、日本の法律で同性婚を容認することも対策の一つではないだろうか。まず個人としてではなく国として認め、それが一人一人に浸透していく。これこそが同性愛が受け入れられる近道であり、第一歩になるのではないかと考える。(高1男子)
 
 最後の感想にあるように、同性婚を国が認めることが第一歩と高校1年生が言っているにも関わらず、今回、「LGBT理解増進法」なるものが成立しました。そこで今月のテーマを「理解ではなく受容を」としました。

理解ではなく受容を

〇理解できない「自分の性」
 LGBT理解増進法のおかげで話が大変しやすくなりました。「皆さんは恋人を作るとしたら異性がいいですか、同性がいいですか、両性がいいですか」と聞いた後に、「では、なぜその性の人がいいのかを考えてください」と投げかけます。
 多数派の異性愛者の方は「なぜ異性の人がいいのか」と聞かれても説明できません。さらに「じゃ、異性であれば誰でもいいですか」と言われると「とんでもない」となります。すなわち、自分がなぜ異性が好きなのかを自分自身が理解も説明もできないだけではなく、異性の中でも限られた人を好きになる理由もわからないですよね。少なくとも私はそうです。ただただ、自分が感じていることをそのまま受け入れている、受容しているだけではないでしょうか。なのにどうして「LGBTを理解しましょう」という上から目線になるのでしょうか。この言葉こそ理解できません(笑)。

●自分のことは棚に上げたい
 最近、「なぜ梅毒をはじめ様々な性感染症が増えているのですか」と聞かれるので次のように答えています。
 
 性感染症を持った人と性交渉を持つから
 
 「そんなことはわかっているが、そもそも性感染症をもらう人ともらわない人の違いは何かを教えろ」とお叱りを受けます(笑)。しかし、HIV/AIDSをはじめ、様々な性感染症をもらってしまった人たちを診てきた立場で言えることは上記の言葉だけです。感染する人たちの職業等は医師、助産師、看護師、教師、警察官、公務員、普通の主婦、まじめな大学生、高校生、中学生、等々で、皆さんの周りにいる多くの方が性感染症に罹患しています。
 「そもそも性感染症に罹患する人はどのような人」と考えてしまう方はご自分のことは棚に上げたい、自分だけは性感染症の世界は他人ごと、性感染症にならないと考えている正解依存症ではないでしょうか。

〇花柳病から性感染症へ
 性行為でうつる感染症は今でこそ「性感染症」と呼ばれていますが、呼称の歴史をたどると面白いことに気づかされます。芸娼妓の社会を総称した花柳界で蔓延した病ということから1905年に「花柳病」と命名されたのを皮切りに、1948年に性病予防法が施行され「性病:Venereal Disease」になりましたが「性産業」のイメージが残ったままでした。1975年に「性行為感染症:Sexually Transmitted Disease(STD)」になりましたが、やはり昔からのイメージは払拭されませんでした。1988年の性感染症学会設立に合わせて「性感染症」になり、1998年にWHOがSTDをSTI(Sexually Transmitted Infection)に変更し、1999年に性病予防法が廃止され感染症法に含まれることになりました。
 日本の呼称は「花柳病」、すなわち性産業従事者や性産業のイメージを引きずっているのですが、英語表記は病原体の移動様式、すなわち誰もが行う性行為という点に着目し続けています。実際、子宮頸がんの原因であるヒトパピローマウイルスは性行為で男性の亀頭部から女性の子宮頚部に感染します。しかし、厚生労働省のホームページには次のように記載されています。
 
 ヒトパピローマウイルス(HPV)は、性的接触のある女性であれば50%以上が生涯で一度は感染するとされている一般的なウイルスです。
 
 キスも性的接触ですし、この一文を読んで自分ごととしてHPVを受け止め、「あっそうか。彼氏とセックスをしたから私もHPVに感染している可能性があるんだ」と思う人はどれだけいるのでしょうか。私でしたら次のように表現します。
 
 ヒトパピローマウイルス(HPV)は、妊娠を望む人を含め、コンドームを使わない性行為を行うことで子宮頸部に感染する可能性があるウイルスです。
 
 この一文だけだといろんな反論が来ることは承知していますが、それだけ感染症を伝え、自分ごとと思ってもらうことは難しいことだということが伝わればと思っています。
 

●エビデンスが言い訳に
 梅毒のような性感染症をもらうのも、もらわないのも、自分がセックスをした相手の、相手の、相手の、相手の、相手の、をさかのぼった時に、感染の連鎖が起きたか起きなかったかの違いだけです。タイムラグが小さく、感染蔓延が起こりやすいのが性産業ですが、その性産業を利用している人の多くが非性産業従事者で、その利用者から次なる非性産業従事者にうつります。
 多くの人が欲しい情報は「自分だけは大丈夫」という言い訳、エビデンスです。だからこそ、実態として性産業従事者や利用者、MSM(男性とセックスをする男性)に多いというエビデンスがあっても私はあえてそれは伝えません。なぜなら勝手に解釈されて自分だけは大丈夫という言い訳にされてしまうからです。
 「新型コロナウイルスはマスクで防げることがある」というのはエビデンスですが、その情報の結果、「マスクをしているから大丈夫」と考えることを放棄した人たちを、マスクが外せない日本人を生んでいると思いませんか。感染症対策では中途半端なメッセージは百害あって一利なしです。
 
 梅毒やサル痘(モンキーポックス)にはコンドームは無効です。肌と肌が触れ合うだけで感染します。
 
 この単純なことを伝え続けることで、「コンドームで防げないならどうしよう」と考え、結果として感染したとしても比較的早期に受診してもらえれば次なる感染拡大の抑止になる人が生まれると考えています。このように、これからも自分ができる範囲で伝え続けたいと思います。講演依頼、待っています。

紳也特急 286号

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~今月のテーマ『不要不急の外出はない』~

●『生徒の感想』
○『きょうよう、きょういくの大切さ』
●『犯罪予防も健康づくりの視点で』
○『自分の責任を考える難しさ』
●『バナナ320本で死ぬ』
○『対話で確認を』
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●生徒の感想
 
 岩室先生はたくさん経験して、たくさん失敗して、失敗したことにしっかり気づいて、そこからたくさん学んで今につながっていてすごいと思いました。(高2女子)
 
 「3密を避けろ」と言われ続け、当たり前のことなのに、「背中合わせで話せばOK」ということを考えてすらいませんでした。(中3男子)
 
 成績を伸ばすためには先生の話をよく聞けばいいという話は本当にその通りだと私も感じました。英語や数学は全然聞いていないのでテストの点が悪いけれど、自分が好きな教科は死ぬほど集中して先生の言葉を一言も逃すことのないように聞いているので、比較的テストの点もよいんだろうなと納得しました。(高2男子)
 
 オンデマンド授業になった当初は朝早くに起きて学校に行かずに済んで良かったと思っていたが、一か月ほどで一人家にいることに退屈さを感じてきた。久々に登校したのはテストの日であったが、次の日も試験があるにも関わらず友達と1時間も立って話したのは思い出深く、人と触れ合うことの幸せを痛感したあの感覚は今でも鮮明に覚えている。誰かと話せる環境や自分の居場所があるだけで多くの人が壁を乗り越えられると思う。つまり、“不要不急の外出”は人間の本質的には存在しないのではないかと私は思う。外に出て日光を浴びて人と会って話すことは人間が生きていく上で必要なことである。(女子学生)
 
 情報を受け入れつつ、友人に話して自分の認識が合っているのかを確かめることが大事とおっしゃられていたことが印象的でした。(高2女子)
 
 一見つながらない感想を羅列したように思われたかもしれません。しかし、私の中ではどれも自分自身が経験してきた事象につながり、最終的には今月のテーマにもつながりました。失敗や悔しい経験に学ぶことは容易ではありません。学ぶためには何より人の話を聞きながら考え続けることです。そのためにも人と会い、自分の考え方との相違に気づけると次なる道が開かれます。
 “不要不急の外出”は人間の本質的には存在しない。本当にその通りです。コロナ禍で繰り返し発信し続けられた“不要不急の外出は控えてください”というメッセージが世の中の様々なトラブルの根底にあるのではと思えます。そこで今月のテーマを「不要不急の外出はない」としました。

不要不急の外出はない

〇きょうよう、きょういくの大切さ
 5月はこのメルマガを発行し続けてくれている渡部さん、陸前高田市の戸羽太前市長、THINK ABOUT AIDSというラジオ番組を長年続けてきた仲間をはじめ、いろんな人と飲む機会をいただきました。コロナ前だったら当たり前の飲み会が制限され、閉店に追い込まれた行きつけのお店もある中、カールロジャーズの言葉、「人は話すことで癒される」を痛感しています。一つひとつの出会いが「不要不急」ではなく「必要不可欠」であり、きょうよう、きょういくの大切さを再認識しました。教養、教育ではなく、今日の用、今日行く所があって初めて人はこころを病まずにいられます。少なくとも私はそうだと思いました。
 
●犯罪予防も健康づくりの視点で
 長野県中野市で4人が亡くなられた事件。犯人が被害者の女性が「独りぼっちをバカにした」と一方的に恨みを抱いたと報道されています。裏を返せば本当に独りぼっちだったのでしょう。犯罪報道でマスコミは常に「動機は?」という視点で原因を探りますが、今回の事件に限らず、京アニ事件、津久井やまゆり園事件、座間の9人殺害事件、秋葉原事件、等々、多くの人が理解に苦しむ殺人事件が繰り返されています。もちろん犯人が悪いのですが、これらの犯罪を予防するという視点はほとんど聞きません。敢えて聞くとしたら厳罰化ですが、死刑以上の厳罰が無い以上、別の方法で予防を考える必要があります。紳也特急216号で「犯罪予防も健康づくり」を書かせていただきましたが、未だにそのような発想は広がりを見せていません。

〇自分の責任を考える難しさ
 新型コロナウイルスが5類となり、定点把握のデータでも再び感染者数が増え始めています。感染者数を増やさないためには、全員が感染経路対策を徹底するか、80%以上の人が感染かワクチン接種のいずれかで免疫を獲得するかしかありません。
 新型コロナの予防を考える上で宮崎や大分の高校で500人規模のインフルエンザの集団感染が起きたことに学びたいものです。コロナもインフルも感染経路は同じで、これだけ大規模な感染が起きたということは、500人がお互いに飛沫を掛け合ったり、落下した飛沫やエアロゾルでの接触(媒介物)感染が起こったりしたとは考えられません。今回はエアロゾル感染対策が不十分な環境を共有していたと思われます。その理由として考えられるのが、空気の流れを創ってエアロゾルを外に排気するという意識が相変わらず浸透していないことです。文部科学省の最新の通知も「適切な換気の確保」としか書かれておらず、「適切」の意味は紹介していません。
 感染が繰り返され、クラスターが続くと、私は自分自身の普及啓発力の無力さを繰り返し反省させられます。しかし、普及啓発をしている人の多くはそのような発想を持たず、感染した人がちゃんと言っていることを守らない、自己責任だと思っているようです。
 殺人が繰り返されている現実、現状に対して「犯人の動機は」「家族の育て方は」と当事者だけに責任を押し付けていないでしょうか。マスコミでコメントをしている人たちも、それを見ている一人ひとりも、自分自身ができることは何かを考え、その責任の一端でも果たそうと思えば、犯罪の予防も少しずつは進むのではないでしょうか。しかし、予防対策の効果、結果は絶対に見えませんのでそんなことやってられないとなるのでしょうね。

●バナナ320本で死ぬ
 2023年5月29日の読売新聞に、小学5年生の生徒が「バナナ320本を食べると死ぬ」というネット上の都市伝説を給食にバナナが出た際にクラスメートに伝えた話からネット情報に翻弄される子どもたち、授業に支障を来している教育現場の問題、さらには脳の成熟より「本能」が先行しているといった記事になっていました。
 昔から都市伝説はいろいろありましたが、口コミのものばかりでそれらを仲間で議論したものでした。ところが最近はYouTubeをはじめ、ある意味しっかりした映像になっているものが多く、判断能力だけではなく、家族や友達を含めた判断をするための対話的環境が弱い子どもたちはもちろんのこと、多くの人たちの間で都市伝説を信じ込む人が増えていても不思議ではありません。「目から入った情報はわかったような気になり、耳から入る情報は想像力を育み記憶に残る」という北山修先生の言葉を思い出していました。本当にその通りですね。

〇対話で確認を
 最初に紹介した高2女子の感想「情報を受け入れつつ、友人に話して自分の認識が合っているのかを確かめることが大事とおっしゃられていたことが印象的でした」を読ませてもらって、ちゃんと私の思いを受け止めてくれたことをうれしく思うとともに、これは感染症対策や犯罪予防などにも当てはまる、これから伝え続けなければならないことだと再認識しました。
 カールロジャーズは「人は話すことで癒される」と言っていますが、癒されるだけではなく、自分自身の勘違いや誤解をも修正してくれます。これからもいろんな人たちと対話を重ね続けたいですし、きょうようときょういくの必要性を繰り返し伝え続けたいと改めて思いました。

紳也特急 285号

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~今月のテーマ『中途半端』~

●『生徒の感想』
○『普及啓発の矛盾』
●『出るウイルス量と感染するウイルス量』
○『漂うものも最後は落ちる』
●『手から食べ物、そして口から肺へ』
○『手からマスク、そして肺へ』
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●生徒の感想
 
 依存症は孤独の病気だと話していて、自分もゲームが好きで、家にいる時はよくゲームをしていて、前に少しだけ何でゲームをするのかを考えたら、家にいると誰とも関わらないからだと思ったことがあって共感出来ました。でも、学校に行って、友達と話したり、サッカーをする方が楽しいので、それで依存症にならなかったのだとわかりました。でも友達などと関わっているといいこともあればよくないこともあるので絆(きずな)のもう一つの読み方(ほだし)も知ることができてよかったです。(中3男子)

 奇抜な話題が目立つ講和でしたが、そこの本質は先生がおっしゃっていた「孤独」という病があるのかな、と考えさせられるお話でした。思えば昨今の世の中、性的な話題はともかく、抜本的な性教育までもがはばかられる始末で、こういった物事に対する具体的な対話が難しいがために間違った脅し文句のような広告で知識が広まることが少なくないと思います。だからこそ“保健講和”という形で意見交流の場を提供していただいたことが、とりわけてそういった経験則にも疎い高校生にも刺さったのだと思います。誰しもが社会コミュニティでの生活を求めているものだなと改めて深く感じ取るきっかけになりました。今日はありがとうございました。(高2男子)
 
 私は小学校に入学してから卒業近くまで、幼稚園では仲の良かった人、数名にいじめられていた。しかし、日々された嫌なことや言われたことははっきりと覚えているが、自宅に帰ってから両親に言おうか考えたりしたことはなく、更には自宅で、学校であったことを思い出していた覚えもない。その後、小学校6年生の頃に、周囲の友達がいじめを先生に伝えてくれ、先生や両親に事実が知られることになった。「どうして6年間も言わなかったのか」「よく6年間も耐えられたね」と何度も聞かれ言われたが、それに対しては自分自身でも疑問であった。されたことに対する嫌な感情は今でも覚えており、その人のことを考えるだけで否定的な気分になるが、自宅に帰ると平気だったのはなぜだろうか。講義を通して、それは自宅や両親、家族の存在が大きくて暖かく、かつ唯一の居場所であったからだと、すとんと腑に落ちた。何をされても声をあげずに6年間過ごせて良かったとは到底考えてはいないが、改めて自分自身には最初から居場所があったことが救いであったのだと痛感した。(女子大学生)

 岩室先生の講話を聴いて、「学びて思はざれば則ち罔し。思ひて学ばざれば則ち殆し」という言葉を思い出しました。自分一人で考えたり、逆にインターネットの情報をそのまま鵜呑みにしたりすることの危険性が身に沁みて分かった講和でした。(高2男子)
 
 同じような講演をしていても、当然のことながら一人ひとりの受け止め方は違います。これが普及啓発の難しさでもあり、自分自身の学びにもつながるありがたい機会でもあります。皆さんは「学びて思はざれば則ち罔し。思ひて学ばざれば則ち殆し」の意味をご存じでしょうか。私はよくわからなかったので改めてネットで調べ、「教わるばかりで、自分で考えることが少ないと力はつかない。自分で考えてばかりで、人に学ばないようだと、考えが偏るので危険このうえない」ということの意味を考えさせられました。いろんな人と対話をしながら、繰り返し考え続けることが新たな気づきにつながるのです。
 しかし、残念ながらこの3年間の新型コロナウイルス対策はいろんな意味で対話も、考え続けることも中途半端だったと言わざるを得ません。そこで反省の意味を込め、今月のテーマは「中途半端」としました。

中途半端

○普及啓発の矛盾
 このメルマガが発行された1週間後の5月8日(月)から新型コロナウイルス感染症は感染症法上の2類相当から5類に移行し、季節性インフルエンザと同じ扱いになります。そこで改めて新型コロナウイルス感染症に対して国民がとっている行動と、岩室がこれまで予防で伝えようとしてきたことのズレ、矛盾に気づかされています。
 3月13日にマスク装着が個人の判断となりましたが、結果的に今まで同様、多くの人が屋外を含めてマスクを装着し続けています。一方で感染した人たちが持っているN抗体の保有率は上昇をし続け、全世代平均で2022年11月に29%だったのが2023年2月時点で42%へと確実に増え続けるといういい方向に向かっています。ちなみにイギリスではすでに80%を超えています。これだけ多くの人がマスクをしているのに感染する人が増え続けているのはなぜなのでしょうか。それは、マスクをしていても感染する経路と、マスクをしているから感染する経路について考えなさいと言われているように思いませんか。

●出すウイルス量と感染するウイルス量
 インフルエンザウイルスに感染している人が1回のくしゃみで排出するウイルス量は200万個。1回の咳で10万個。インフルエンザウイルス感染者のくしゃみをあびて感染する確率は100万分の1。アカゲザルが新型コロナウイルスにエアロゾルで感染するのに必要なウイルス量は数千個から数万個。いろんな方にこれらの数字は教えていただき「そうなんだ」としか思わず、深く検証することを怠っていました。まさしく「学びて思はざれば則ち罔し。思ひて学ばざれば則ち殆し」でした。
 一番考えなければならなかったことは、「くしゃみ」や「咳」だけではなく、そもそも「呼吸」の際にどれだけのウイルスがエアロゾルという形で出続けているかということでした。くしゃみで200万個、咳で10万個だとすると、普通に息をしていれば1分間とは言いませんが、一定時間で数万個は出すのではないでしょうか。しかも、咳やくしゃみの場合は大量にウイルスを含んでいる大きな飛沫はすぐに落下するのに対して、軽い空気中をさまようエアロゾルはその空間の中で濃度を高め、結果として感染するリスクを増やし続けます。こう考えるとエアロゾル対策は本当に重要です。

〇漂うものも最後は落ちる
 エアロゾルは空気の流れを創って拡散、排気しなければ漂い続けますし、マスクをしていても顔とマスクの隙間から口、鼻、肺へと吸入され続けます。でもエアロゾルは1時間もすれば落下します。ここで大事なことは、感染している人が閉鎖空間の中に居続ければその人が排出するエアロゾルがその空間で落下をし続けるということです。雪が降り続ければ積もるように、エアロゾルも、見えないものの落下し、積もり続け、その量は時間とともに増え続けます。落下したウイルスの感染力は1日程度持続します。家庭内感染を調査した論文では、ドアノブや家族が頻繁に触るところからウイルスが検出されたとしていますが、それは感染している人が咳を止める時に手に付着したウイルスをドアノブにつけているだけではなく、家族が落下したエアロゾルを手に付け、それをドアノブにつけた可能性を裏付けるとも言えます。すなわち、感染している人と同じ空間を共有していれば誰の手にもウイルスが付着するということです。だからこそ、接触(媒介物)感染対策が重要になります。

●手から食べ物、そして口から肺へ
 手についたウイルスを洗い落とさずに食べ物に付着させて口にすれば、口腔内にあるACE2レセプター経由で新型コロナウイルスが体内に取り込まれる可能性があることはこれまで伝え続けてきました。しかし、ここで気づかなかったことがありました。皆さん、口に食べ物を入れ、噛みながら味わっているとおいしい香りも味わえますよね。すなわち、食べ物に、料理に付着したウイルスは口腔内で再びエアロゾル化して肺の中に吸い込まれている可能性があります。すなわち、接触(媒介物)感染にはエアロゾル感染という要素もあるということです。

〇手からマスク、そして肺へ
 マスクをしている人がマスクの表面を触っているのをよく見かけます。子どもたちではそのような光景が頻繁に見受けられますが、マスクを触っている指先は当然のことながらいろんなところに触れていて、指先にウイルスが付着している可能性があります。すなわち、手や指に落下したエアロゾルや飛沫の中のウイルスを付着させ、それをマスクの表面に届け、全部ではないものの、少しずつマスク越しに吸入し肺に届けているのです。すなわち、この感染経路は広い意味で接触(マスク媒介)感染となります。
 これまではこのような場面は予防を考える上で問題だと指摘し続けてきました。しかし考え方を変えるとマスクを触るというのはその指をなめるよりは少ない量のウイルスで免疫をつける立派な予防法なのかもしれません。これからは「マスクの表面を触ることは感染するリスクはありますが、マスクにつけるウイルス量が少なければ感染免疫をつけることにつながるのであまり神経質になる必要はありません」と言わなければならないのでしょうか。
 結局のところ、感染予防は本当に奥が深く、中途半端な感染予防対策のように見えていることも、視点を変えると感染予防の一つの選択肢として尊重されるべきなのだと思いました。皆さんはどう思われますか。私は考え続けたいと思います。

紳也特急 284号

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~今月のテーマ『リアルだから響く』~

●『生徒の感想』
○『マスクを外さない、外せない日本人』
●『マスクなしがなぜ響く』
○『ChatGPTが教えてくれるマスクの効用』
●『マスクで感染が増えている?????』
〇『考えることを放棄しない』
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●生徒の感想

 岩室先生の話はとても説得力があり、コロナの感染のことなど、先生の話の中で新しい知識になったこと、元の知識を改めて確認できたことも多くあり、自分はあまり講演が好きではないのですが、今回スクリーンを使わず、私達の意見を聞きながら、話題を広げていき、とても色々なことを話しているのに、とても聞きやすく、印象に残る講演会でした。(中3女子)

 経験したか らこそ分かる人間関係や心理を知る事ができて、今まで考えたことがなかったことを考える機会になりました。(中3男子)

 冒頭にお話してた家族葬について共感しました。小さい頃に葬式には行ったことがありますがあまり覚えてません。中学生の時に1度親戚の葬式に行きましたが初めてのような感覚でとても悲しく切なくなぜ?とも思いました。その時に初めて学んだ感情でもありました。(中3女子)

 今回の講義を終えて、改めて人を今までの経歴ではなく人柄でみようと思いました、ゲイや依存症も差別的な考えはやめようと思いました。(中3男子)

 僕も大きさを気にしていたのですが、「持ち物より持ち主」で安心しました。(中3男子)

 本校の包茎代表という 異名をもらい 嬉しく 思います。岩室先生のお話は私からもお金を払いたいぐらい大切なお話でした。握手した時に手汗があったのであの時ハグをしたかったです。(中3男子)

 マジで必死に笑いをこらえた。さすがに下ネタは耐久出来たが限界で笑い狂った。やっと笑いがおさまった。下ネタに耐えるがんじょうな体にしたい。(中3男子)

 2月後半から3月にかけて中学校、高校での講演をいくつもさせてもらったのですが、以前よりすごくいい反応をしてくれました。ある高校では先生たちが「この子たちがあんなに反応するとは思ってもいませんでした」との声をいただきました。そこでふと思ったのが「マスクをしていない人の話を聞けなかった3年間」でした。私は事前に「飛沫は2メートルしか飛ばないから最前列とは2メートル以上の距離をとっている」ことや、「岩室が排出するエアロゾルを拡散するために首振り型携帯扇風機を持参していること」を説明した上でマスクを外して講演をしています。そうすると生徒さんたちは安心するだけではなく、マスクなしの岩室の表情を楽しめるようです。
 そこで今月のテーマを「リアルだから響く」としました。

リアルだから響く

〇マスクを外さない、外せない日本人
 2023年3月13日から「マスクは個人の判断で」となりましたが皆さんはどうされていますか。私は患者さんの診察時以外では、電車、屋内での買い物時を含め外しています。講演の際にマスクを外すと生徒さんの目線はまるで「人間ってこんな顔をしていたんだ」と言わんばかりです(笑)。一方で電車や屋内はおろか、屋外でもマスクを外さない、外せない日本人が多いのは何故なのでしょうか。
 多くの人から見ると、マスクをしないで電車に乗っている私は「非常識」な存在に映っていると思います。しかし、誰ともしゃべらず、パソコンで原稿を打っているだけなので、マスクで自分が排出する飛沫を気にする必要もなければ、マスクをしていないためかえって周囲の人たちにエアロゾルを吸入させてしまうリスクを下げているのです。しかも、窓が開いている近くに座り、エアロゾルの拡散、排気を意識していますが、そのように考えながら電車に乗っていることに誰一人気づかないでしょうし、「何言っているのかわからない」と言われそうです(笑)。

●マスクなしがなぜ響く
 精神科医の斎藤環先生が「対話とは、面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと」と教えてくださっています。一方で常々「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」と伝えるようにしています。

 「経験」を広辞苑で調べると次のように書かれています。
 ①人間が外界との相互作用の過程を意識化し自分のものとすること。人間のあらゆる個人的・社会的実践を含むが、人間が外界を変革するとともに自己自身を変化させる活動が基本的なもの。
  ㋐外的あるいは内的な現実との直接的接触。
  ㋑認識として未だ組織化されていない、事実の直接的把握。
  ㋒何事かに直接ぶつかる場合、それが何らかの意味で自己を豊かにするという意味を含むこと。
  ㋓何事かに直接にぶつかり、そこから技能・知識を得ること。
 ②〔哲〕感覚・知覚から始まって、道徳的行為や知的活動までを含む体験が自覚されたあり方、またその状態。

 私が中高生向けの講演で、対面で、マスクなしで話すのは、単に情報を伝えるだけではなく、自分自身の失敗談を含め、自分やいろんな人の経験を伝える時、言葉だけではなく、その時の気持ちを思い出しながら自分の表情を見せながら話すことで、よりリアルに、直接的に思いが伝わると思っているからです。
 3月まで放送していた朝ドラ「舞いあがれ」で興味深い経験をさせてもらいました。最終週が新型コロナウイルス感染拡大の第1波の時期の設定で、出演者がマスクをしている場面が流れたのですが面白いほどセリフにリアル感がありませんでした。どの役柄もコロナに翻弄され、苦労をし、お互いに気遣い合う場面なのですが、マスクで顔が隠れているためか、これほどまでに感情が伝わらないのかと思いました。

〇ChatGPTが教えてくれるマスクの効用
 ChatGPTに「マスクの効用について教えてください」と入力すると次の答えが返ってきました。

+++++++++++++++++++++++++++
マスクには、以下のような効用があります。
1.感染症の予防:マスクは、呼吸器系の感染症の予防に効果があります。感染症の原因となる細菌やウイルスが飛沫や飛沫核として咳やくしゃみ、話し声などで放出されるのを防ぎ、他者への感染リスクを低減します。
2.環境汚染物質の除去:マスクは、PM2.5や花粉などの環境汚染物質を除去する効果があります。マスクのフィルター部分が、空気中の微小粒子を吸着して取り込むことによって、呼吸器系への影響を抑えることができます。
3.季節性のアレルギー症状の緩和:マスクは、季節性の花粉症などのアレルギー症状の緩和にも効果があります。マスクが鼻と口を覆うことによって、花粉や他のアレルゲンが体内に取り込まれるのを防ぐことができます。
4.呼吸器系疾患患者の保護:マスクは、呼吸器系疾患患者にとっても有効です。感染症やアレルギー症状の悪化を防ぎ、症状の緩和につながります。
以上のように、マスクには様々な効用があります。ただし、マスクを適切に使用するためには、正しい装着方法や使用期限などについても注意が必要です。
+++++++++++++++++++++++++++

 膨大な情報を集めたAI(ChatGPT)は、「他人にうつさない効果」はちゃんと示してくれますが、「マスク装着者がうつらない効果」については言及していません。

●マスクで感染が増えている?????
 マスクが装着者の感染予防になるということを否定するつもりはありません。確かに目の前にいる人がマスクをしないまま私が口を開けている時にくしゃみをしたら飛沫が私の口から入ることでしょう。しかし、多くの人はそのような場面ではなく、小さい飛沫で空気中をさまようエアロゾルを吸い込むことが何となく怖いと思っているのではないでしょうか。でも、エアロゾルは拡散すれば吸い込む量は減りますし、マスク越しで入るエアロゾルは防げても、マスクと顔の隙間から入るエアロゾルは防げません。一方でマスクの表面をウイルスが付いているかもしれない指で何度も触っている人が後を絶ちません。最近感染者数が増え始めているという指摘もありますが、もしかしたらマスクをすることで周りにエアロゾルをばらまいていることや、マスクの表面をウイルス付きの指で触っていることが感染が増えている原因ではないかと思ったりしています。

〇考えることを放棄しない
 そもそもマスクは何のため?
 この質問を掘り下げられる人と、掘り下げられない人の違いは何だろうかと考え続けている中で、コロナが広がり始めた時に、政府の専門家委員会に入っている先生が言った一言を思い出してしまいます。

 岩室先生と考え方が違いますから。

 対話にならない、対話ができないこの人が政府の専門家委員会で持論を展開し続ければ、当然のことながら「そもそもマスクは何のため?」といった基本的な議論は生まれません。
 リアルというのはある意味自分自身が直接問われる厳しい場面ですが、そこを乗り越えると思いが伝わることをリアルに接してくれた中高生が改めて私に教えてくれました。4月からもまたリアル講演が続きますが、真剣勝負と思って頑張りたいと思います。マスクのない日本を目指して。

紳也特急 283号

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~今月のテーマ『同調圧力』~

●『生徒の感想』
〇『なぜ異性愛者?』
●『理解増進法案?』
○『個人の判断が基本?』
●『考えてはいけない』
○『周りに合わせます』
●『できることを考える』
○『3年後を考える』
●『同調圧力に屈しないのはなぜ?』
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●生徒の感想
 私はあまりみんなに知られていないのですが、私は男子なのですが男子のことが好きになってしまいます。今回の講演会で出てきた「ゲイ」ということですよね?私が生きていく中でどのように生きて行けば良いのでしょうか?(中3男子)

 自分は女子として生まれ、物心がついたころからあまり女子らしいことが好きじゃなく男子のように過ごしてきた時、母におかしいから辞めなさいと言われてからずっと悩んでいました。けど、今日の講演会であんまり悩むことはないのかなと思い、自信が付いたような気がしました。自分勝手な感想かもですが、岩室先生に助けられた気がします。今日はありがとうございました。(中3女子)
 
 自分で調べたり、保健の授業がないと学ぶ機会が少ないけれど、生きていく上でとても大切なことを学ぶことができてとてもためになりました。「LGBTを理解することはできないけれど、分かち合うことが大切」ということが、本当にそうだなと思い、周りの人はもちろん、自分も認めたいなと思いました。(中3女子)
 
 一番印象に残ったのが、「社会がそういう空気を作っている」という言葉でした。(中3女子)
 
 日本は空気を読むといった言葉や、忖度という言葉が流行した通り、周りと違う行動をとることが難しい国民性、文化があると思う。しかし、その文化に流されることなく、自分はなぜこの行動をとるのか、この人が発する言葉の背景には何があるのか、この行動をとることで相手に与える影響はどうか、自分はその行動をされて嬉しいのかなど自分に常に軸を向け、なぜを問い続けて考える癖をつけたいと思った。(大学2年女子)
 
 LGBT理解増進法案について国会内外で様々な議論、主張が展開されています。一方で3月13日からマスク着用は個人の判断にゆだねられることになりました。一見異なる事象のようですが、共通している根底の問題が「同調圧力」だと思いました。そこで今月のテーマを「同調圧力」としました。

同調圧力

〇なぜ異性愛者?
 ゲイの友達に「岩室さんはなぜ異性が好きなのですか?」と聞かれた時にその理由を説明することができませんでした。それ以来、「岩室は異性が好きな自分のことが理解できません。自分のことも理解できないのにLGBTQAの人について理解できるはずもありません。だから理解ではなく、お互いの存在を認め合う、分かち合うことが大事」と話し続けています。それが先に紹介した生徒さんの感想につながったと思います。

●理解増進法案?
 今の国会でLGBT理解増進法の議論が行われていますが、そもそも「理解増進」ということ自体が理解できません。「理解するのが、理解する努力をするのが当たり前」という同調圧力を感じます。一方で「自分は女と自認している男が女風呂に入ってきたらどうする」といった、法案づくりの過程でちゃん議論をすればクリアできることを取り上げ、むしろ議論を避ける方向に持って行こうとしているのではないでしょうか。そもそも、LGBTQAの方々のことを国会で議論するのであれば、人権の観点から、保健体育の教科書の中にきちんと性の多様性について記載し、さらに同性婚をはじめ、人として生きていく上での障壁を取り除く法律を作る必要があるはずです。しかし、日本では同性婚の議論は時期尚早という同調圧力があり、まずはこの辺りからということなのでしょうか。

〇個人の判断が基本?
 3月13日からマスクを着用するか否かは基本的に個人の判断となります。そのためのアドバイスとして厚生労働省のHPに次のように書かれています。

 高齢者など重症化リスクの高い方への感染を防ぐため、医療機関を受診する時、高齢者など重症化リスクの高い方が多く入院・生活する医療機関や高齢者施設などへ訪問する時、通勤ラッシュ時など、マスクの着用を推奨します。
 新型コロナウイルス感染症の流行期に重症化リスクの高い方が混雑した場所に行く時については、感染から自身を守るための対策としてマスクの着用が効果的です。
 
 マスクをすれば医療機関、高齢者施設、通勤ラッシュで出会う高齢者など重症化リスクの高い方への感染を、リスクの高い方が感染することを防げるとのことです。本当でしょうか。

●考えてはいけない
 今でもマスクを徹底しているのに医療機関や高齢者施設でクラスターが出続けていますが、そのことがほとんど報道されない、議論にさえならないのはなぜでしょうか。マスクをしているのにクラスターが発生するということは、マスクでは予防ができない感染経路対策が不十分だったということです。でも日本社会ではマスクが役に立たない場合があることについて、考えてはいけない、指摘してはいけない、議論をしてはいけない空気、同調圧力が存在しています。
 ある講演会の感想で高校生が「これから考えることを放棄しないようにしたいと思いました」と書いてくれましたが、確かに大人たちは「ぐずぐず言っていないで、大人が言うことを聞いて従っていればいい」ということを子どもの頃から子どもたちに叩き込んでいますよね。
 
○周りに合わせます
 3月13日以降、皆さんはマスクの扱いをどうしますか?「周りに合わせます」「周りの状況を見ながら決めます」という方が圧倒的に多く、同調圧力にとりあえず抵抗しないことを選択した結果だと思います。その選択を否定するつもりはありませんが、「周りに合わせる」という選択をする方は「周りに合わせない」という選択をする人が、なぜ合わせないのか、マスクを外している時に、どのような、自分が感染しない、自分から他者を感染させない対策を取っているかをぜひ考えてみてください。もっとも考えずに外す人も少なからずいるでしょうが・・・・・

●できることを考える
 岩室紳也は3月13日以降も講演会、研修会、診療がありますので、臨機応変に、ご一緒させていただく方への感染症対策を伝える手段としてマスクを扱いつつ、外したいと思います。既に実践していることですが、具体的に言うと次のようになります。
 
★挨拶時
・初めて会う方にはマスク姿でご挨拶
・すぐにマスクの意味を説明して外します

★講演会、研修会の場面
・最初はマスクで登壇
・講演の中で飛沫は2メートル先に落下、エアロゾルは空気の撹拌と排気が基本。距離があり、サーキュレーター代わりの小型扇風機を使っているのでマスクは不要と話します。
 
★診療の場面
・マスクで対応(病院の決まりなので)
・患者さんから聞かれたら、外してもいい理由を説明。直接向き合わなければ飛沫はお互いの顔(口、鼻、目)にかからない。エアロゾル対策として、診療室のエアコンの送風を下向きに固定して患者との間にエアカーテンがある状態にして、空気は部屋の両側のドアの下から排気。ベッドに寝かせたお子さんの診察を話しながらする際にはマスクは着用。

★屋内、電車等で
・マスクなし。
・飛沫を他者の顔(口、鼻、目)にかけない。
・咳が出る時は咳エチケット(肘で飛沫を受け止める)。
・新幹線、飛行機等で横に人がいる際には携帯型扇風機で空気の流れを創出。

〇3年後を考える
 中学3年生に話した時、ふと「3月13日以降もマスクを着け続けたいという人は、ぜひいつまでマスクをし続けるのかを考えてみてください」と問いかけてみました。もちろん、気が付けば新型コロナウイルスが消え、コロナ禍前の状況に戻ることがあればその時は外せるのかもしれません。しかし、そうならない時、マスクを外せないまま、3年後、高校を卒業し、就職試験、面接試験となった時、「私はとにかくマスクは外せません」と訴えるあなたを果たしてその職場は採用してくれるでしょうか。
 
●同調圧力に屈しないのはなぜ?
 中学生に「岩室さんはどうやって同調圧力に屈しない力を身につけたのですか」と聞かれました。その時思い出したのがケニアの小学生時代に「イエロー」といじめられていた時の経験でした。確かにいじめる人たちがいて、その人たちが集団になっていたのですが、それも同調圧力だったと思います。でも、その中で私に寄り添ってくれるドイツ人のクレメントという友人がいました。自分がいじめという同調圧力に押しつぶされなくて済んだのは、それに立ち向かってくれる友人がいたからでした。その経験から同調圧力には屈したくないと思うようになったようです。
 同調圧力は決してマスクだけの話ではなく、様々な問題の根底に流れている、考えることを放棄するというリスクの結果だと思っています。そのようなリスクを克服するため、私は3月13日にまずはマスクを外すことからコミュニケーションの機会を増やしたいと思っています。皆さんはいかがですか?
 

紳也特急 282号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『マスクの達人』~

●『生徒の感想』
○『考え方の“癖”』
●『原点、基本から考える“癖”を』
○『黙食でできる感染予防は?』
●『マスクでできる感染予防』
○『マスクでできない感染予防』
●『マスクでおこる感染』
○『絶対マスクをしなければならない場面』
●『マスクの達人講座』
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●生徒の感想
 先生の絆・自立・依存の話を聞いて、独りで生きていけばいいと思っていたのが、少しは人とも関わってみようかなと思うようになった。私はあまり性格が良い人ではありませんが、自分でできるかぎりのことをして、もっとたくさんの人とめぐりあって、いい出会いができたらいいなと思った。(中3女子)

 自分はテレビやSNSの情報を信じてばかりいたので考えを改めるべきだと感じた。(中3男子)

 私の固定観念を破壊した素晴らしい講習でした。あなたの教えは私の人生に必ず役立つでしょう。(高2男子)

 はじめに先生の身のまわりでたくさんの人が命を落としていることを知り、驚きました。また、それを阻止するために「根本を切る」という発想のコロナ対策に関する内容も、とても勉強になりました。(高1女子)

 自分はマスクは絶対につけなければいけないものだと思っていて、マスクをしていない人を見ると嫌な気持ちになるので、その認識を改めようと思いました。適切な条件下ならば、別にマスクを外しても問題ないということをしっかり頭に入れなければいけないなと思いました。(高1男子)

 生徒さんの感想はまるで生徒さんと対話をしているような感覚になります。そして多くの気づきをもらえます。新型コロナウイルス対策について、なぜ毎日感染者数を入力し、グラフを眺め、疑問点があればデータを加工し続け、気が付けば3年が経過しました。業務でもなく、お金になるわけでもないのにもかかわらずここまでやっているのは何故なのかを考えてしまいました。
 HIV/AIDSの時もそうでしたが、適切な情報提供がされないため、たくさんの人が命を落としているからです。もちろん亡くなられた一人ひとりを存じ上げているわけではないのですが、人が亡くなることって本当に辛いことですよね。この思いがコンドームの達人の活動の原点でした。最近は新型コロナウイルスを感染症法上の5類にするために、そして政府のこれまでの情報発信をうやむやにするために、マスクも、黙食も、個人の、自治体や学校の考え方、判断にゆだねられています。そこで、今月のテーマを「コンドームの達人」に学び、「マスクの達人」としました。

マスクの達人

〇考え方の“癖”
 この原稿を書いている時、NHKの朝のニュースで、寒波に備える心構えという視点に立った「知っておきたい考え方の“癖”」という放送がありました。大雪に注意という放送をしていても、結局のところ立ち往生や様々なトラブルが起きている理由をさぐったとのこと。あまり変化ないしいつもと一緒でしょという「正常性バイアス」、不要不急の外出は控えてという報道があっても、みんな外出しているし自分もいいでしょという「同調性バイアス」、これまで大丈夫だったから今回もたぶん大丈夫という「楽観主義バイアス」というのを考え方の“癖”として紹介していました。これって新型コロナウイルスに向き合う時の日本人の考え方ですよね。でも、これは考え方の“癖”ではなく、単に考えることを放棄している自分への言い訳だと思いませんか。

●原点、基本から考える“癖”を
 新型コロナウイルスの感染経路は飛沫感染、エアロゾル感染、飛沫やエアロゾルが落下した食品を食べたり、手に付着した飛沫やエアロゾルに含まれたウイルスを除去しないまま食べ物を素手で触って口に入れたりする接触(媒介物)感染の3つです。私の考え方の“癖”は、常に原点に、基本に、根本に沿うことです。この考え方の“癖”はケニア時代の小学校の教師の、“Shinya, why do you think so?”と繰り返し聞かれ、自分で説明することを求められたことで培われたのかもしれません。

〇黙食でできる感染予防は?
 学校で給食を食べる時、生徒さんたちは黙食を強いられ続けています。しかし、これは黙食が単に正常性バイアスに、同調性バイアスになっているだけで、そもそも食事の時にリスクとなる感染経路は何かを考えることを放棄した結果ではないでしょうか。
 食事中の会話時の飛沫で感染するのは、その飛沫を直接顔にかけられるか、料理にかけられ、その料理を食べた場合です。裏を返せば、会話をしても、相手の顔に、料理に飛沫をかけない、かけられないように注意すればいいだけです。「いやいや生徒たちはそれができないから黙食させている」というのであれば、生徒さんに「黙食」か「飛沫の飛ぶ方向を考えながらの会話可」のいずれかを選択させればいいのではないでしょうか。
 エアロゾル感染やエアロゾルが落下、付着することに対する対策は黙食でも、会話をしていても同じで、サーキュレーター等でエアロゾルを拡散、排気するしかありません。たまたまなのかもしれませんが、NHK首都圏ナビの番組で映っている教室でそのような装置が使われているところは発見できませんでした。
https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20230127b.html
 しかし、エアロゾルはうんと小さい飛沫なので、黙食でも出続けています。その落下したエアロゾルでクラスターが出たという報告は聞かないので、エアロゾルの落下による接触(媒介物)感染のリスクは非常に低いと考えられます。
 手に付着したウイルスについては素手で食べなければ、お箸やフォーク、スプーンで食べていれば大丈夫です。手で食べるパン食の場合は、パンを触る直前にアルコールティッシュでパンに触れる指先を消毒しながら食べればいいだけで、黙食は関係ありません。
 でもこのように、飛沫、エアロゾル、落下付着したウイルスとわけて考えられないから、「黙食」という言葉に同調するのです。

●マスクでできる感染予防
 マスクを着ける理由、外していい場面を確認するためにも、そして正しいマスクの使用方法を考えるためにも、そもそもマスクの意味、効用を理解する必要があります。
 不織布マスクや布マスクは飛沫が口から飛び出すのを防いでくれます。しかし、ポリウレタンマスクだと、飛沫を少しは通してしまいます。
 他者のくしゃみを浴びた場合はそのくしゃみの中の飛沫をもらう可能性がありますので、その時マスクをしていれば口を開けていても飛沫が口の中に飛び込むのを防げます。しかし、口を閉じていればマスクなしでも飛沫をかけられても飛沫で感染しません。
 エアロゾル感染予防で唯一マスクの効果が期待されるのが、口から飛び出したエアロゾルを不織布マスクが一定程度捕捉し、空中に飛散するエアロゾルの量を減らすことだけです。

〇マスクでできない感染予防
 ポリウレタンや安倍のマスクに代表される性能の悪い布マスクだと、かえって口や気道、肺が温められ、マスクを通過して排出されるエアロゾルの量が増えます。もちろん多くのエアロゾルがそれらのマスクを通過して吸入されます。不織布マスクをしていても、マスクと顔の隙間からエアロゾルが空中に排出されてしまいますし、マスクと顔の隙間から吸入されます。

●マスクでおこる感染
 不織布マスクを着けていながら、マスクの表面、裏面に飛沫やエアロゾルを付着させると、それらを吸い込むリスクが高まります。子どもたちだけではなく、大人たちもマスクの表面や裏面を繰り返し触っています。コロナ前にある中学校でマスクをしている生徒とマスクをしていない生徒でインフルエンザを発症するのはどちらが多いか調べてもらったら、マスクをしている生徒さんの方が多いという結果でした。これはマスクの正しい使い方を知らないためだと当時、養護教諭の先生と話していましたが、それ以外の理由として、マスクの表面に付着した飛沫やエアロゾルの水分が乾き、より小さなエアロゾルとなり、マスクを通過する可能性も否定できません。

〇絶対マスクをしなければならない場面
 しゃべりながら他人の顔に飛沫をかけてしまうのを避けられない介護。
 学生に調理の指導をしながら調理の場面を見せざるを得ない実習。
 他にもいろいろ考えられますが、裏を返すと、自分の飛沫が他人の顔や料理にかからないように工夫ができればマスクはいらないということになります。

●マスクの達人講座
 1.マスクは不織布、個包装

 2.包装から取り出すときはマスクの縁、ゴム紐、金具のところだけを触る

 3.マスクを広げる時は縁のところだけを触る

 4.マスクを外す際にはその形状を崩すことなく、顔に接していた面を下にして置く

 5.マスクの表面、裏面を触ってしまった場合は新しいものにとりかえる

 6.使用時間が長くなればなるほど、呼吸でマスクの表面に付着した他人のエアロゾルや飛沫が乾燥し、マスク越しに吸入されるリスクが高まるためできるだけこまめに新しいものに取り換える

 7.使用は最長で1日

 8.捨てる時はマスクに付着した自分や他人の飛沫やエアロゾルに含まれているウイルスが拡散しないよう封筒に入れて廃棄

 マスクを他人の飛沫やエアロゾルを吸い込まないため、すなわち自分が他人から感染しないためにつけていると思っている人が少なくありませんが、それこそ考えることを放棄する“癖”の結果でしょうか。私は屋内マスクが解禁になったらすぐに外します。皆さんはどうされますか?

紳也特急 281号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
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~今月のテーマ『こころに響くリアルな対話』~

●『生徒の感想』
○『対話とは』
●『対話の実際』
○『リアルな対話だから伝わる』
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 あけましておめでとうございます。
 皆様はいかがお過ごしでしょうか。
 岩室家は昨年、千葉県いすみ市出身、2022年5月22日生まれの「こなつ」という新しい家族(猫)が増え、にぎやかで楽しい正月を迎えています。
 猫を含めリアルなつながりが大事だと実感した1年でしたので、まずは元気の源の生徒の感想です。

●生徒の感想
 当り前を当たり前に話してくれる大人ってあんまりいないので、皆にとっても、自分にとっても、本当にいい機会になったので、講師の先生も、用意を手伝ってくれた方々にも、本当に感謝してもしきれないなと思いました。(中3女子)

 私は性的なはなしよりも、生徒からの質問の受け答えがとっても大人な考え方で、人の死に方に価値をつけたくないという岩室さんの言葉がかっこよかったです。(中3女子)

 生徒と同じように話せる大人が初めてだったので勉強になった。(高1男子)

 自立と依存と絆のことを教えてもらい、昔を思い出しました。一人の自分を助けてくれた女子が今の自分をつくってくれたことに改めて感謝したいと思います。(高1男子)

 自分がしたくなかったら、相手に嫌われるとか関係なく、断る勇気が大切なんだなと改めて思いました。(高1女子)

 特に記憶に残っているのが「どこから、どこへ、どうやって」の言葉です。岩室先生もおっしゃっていましたが、僕も性感染症にかかる人はまじめではないと思っていました。しかし、「どこから、どこへ、どうやって」で考えるとそれは大きな間違い、偏見であるということに気づきました。(中3男子)

 今日の講演で、生理について男子はいろいろ知れたと思うので、たよらないといけない時はたよろうと思いました。(中2女子)

 オナニーは皆やっているから別に自分がやっていても恥ずかしくないんだなとあらためて知ることができました。(中2男子)

 私が1番心に残っていることは、未成年だからにんしんしたらいけないわけではなく、大変な子育てを楽しめる時期になってから子どもを産んだ方が良いということです。(中1女子)

 最近の講演後の感想が以前と比べてビシバシ伝わってくるものが多くなったように思っています。何故なのかと考えていた時、ふと生徒さんたちはこの3年間、リアルで、マスクなしで話す人を見たことがないことに気づかされました。おそらく同じ話でもマスクをして話していたらそんなに響かなかったのではと思いました。そこで今月のテーマを「こころに響くリアルな対話」としました。

こころに響くリアルな対話

〇対話とは
 精神科医の斎藤環先生が「ひきこもりと対話」という話の中で「対話(dialogue)とは、面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと。思春期の問題の多くは『対話』の不足や欠如からこじれていく」と教えてくださっています。以前はこの言葉についてあまり深く考えず、「そうだよね」と思いながら紹介していました。しかし、コロナ禍の今、「面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと」の大切さを強調して訴え続けています。文部科学省も対話的な学びの大切さを訴えているのですが、そもそも「対話」とは何かを深く考えていないのかなとも思いました。
 「面と向かう」というのはまさしく(相手の)顔と向き合うことです。すなわち、声だけのやりとりではなく、マスクなしの、お互いの顔を見せ合いながら、微妙に変化する表情を含めたキャッチボールをすることではじめて対話が成立します。

●対話の実際
 実際の講演では次のようなステップを踏んでマスクなしの講演に移行します。
 講演先には早目に着くようにし、会場を確認し、少しでも空気の流れが創出されるようにしてもらいます。講演会が始まる時、今のご時世なので最初はマスクをして登場します。性やエイズ関連の講演依頼がほとんどなので、最初に私自身がHIVの感染経路を正しく理解していないかった話から対話的講演会が始まります。

 私が最初にエイズの患者さんの診療を頼まれたころは治療薬もなく、エイズウイルス(HIV)に感染したら5年から10年でほとんどの人が亡くなっていました。今のコロナよりはるかに怖い病気だったので患者さんを診るなんて到底できないと最初は断りました。

 その時、「何で感染する?」と聞かれ、恥ずかしながら初めてHIVの感染経路を、すなわちウイルスは、(感染している人の)どこから、(感染する人の、その時の場合は医療者の)どこへ、どうやって(うつるか)かを考えました。

 HIVは性行為で感染しますが、患者さんとはセックスはしません。患者さんから感染するというのは針刺し事故だけです。すなわち点滴、注射、採血の際にだけ感染予防のことを考え、注意すればいいということに気づかされました。

 ところで新型コロナウイルスは何で感染しますか?
   「飛沫」と答えられる生徒は半数以下です。

 飛沫はどれぐらい飛びますか?
   「2メートル」と答えられる生徒は1割程度です。

 感染している人の口から飛び出す飛沫は2メートル先に落下するので、最も近い生徒さんから3メートル以上離れているテーブルに戻ったので、マスクを外しても最前列の生徒さんに飛沫は届かないですよね。

 でも、ちょっと勉強している人は「エアロゾル、小さい飛沫での感染は大丈夫なの?」と思いましたよね。では、このエアロゾルを体験してみましょう。全員私の方を見ていて話しもしていないので一度マスクを外してください。

 口の前に掌を当てて優しく『はーっ』て息を吹きかけてください。掌が湿ります。これがエアロゾルという小さな飛沫です。このエアロゾルは空気中をさまよい続け、最終的には落下する、空気より重いものです。だから世間でよく言う換気では外に追い出せません。積極的に空気の流れをつくり、エアロゾルを拡散させる必要があります。この講演会場を見てもらうと、暖房もできる大型の扇風機が作動していますが、創り出された空気の流れが体育館の反対側の横の扉が少しだけ開けてあります。そこから排気されるようにしています。

 後ろの人は見えないでしょうが、私のテーブルには首振り型の携帯型扇風機が作動し、私の周りの空気を撹拌しています。何故空気の流れを創ったり、空気を撹拌したりする必要があるのでしょうか。ウイルスは何個、体に入ると感染すると思いますか。私も勉強をするまではウイルスは1個でも体内に入れば感染すると思っていました。しかし、新型コロナウイルスを身長60センチのアカゲザルに感染させるという実験を行ったところ、数千から数万個のウイルスを感染させる必要があることが明らかになっています。すなわち、感染を予防するということは、体内に入るウイルス量をゼロにすることではなく、体内に入るウイルス量をできるだけ減らす努力をするということです。

 そして飛沫もエアロゾルも最終的には落下します。テーブルに付着した飛沫を触った指先を洗わないで口に入れるポテトフライをつかんだり、(見本を見せながら)パリパリ海苔のコンビニのおにぎりのラップにウイルスが付いていたら、ラップを外した時にウイルスが着いた指で直接海苔を触るので危ないですよね。

〇リアルな対話だから伝わる
 200人もの聴衆の中には当然のことながら私の顔もよく見えないという人もいます。でも、話の内容が聞きたいもので、なおかつ、前述のように聞き手との対話形式だと気が付けば聞き入ってくれるようです。でも、同じ内容を、スライドを使った講演やFacebookで繰り返し伝えているつもりですが、意外と伝わっていません。
 コロナ禍で講演会のみならず授業もオンラインが増えました。私も機材を揃え、AIDS文化フォーラムも8月の横浜、12月の名古屋、今月の陸前高田もハイブリッドで配信しています。しかし、3日間行った横浜で、初日をオンラインで視聴してくださった方が「やっぱりリアルがいい」と2日目、3日目は現地で参加してくださったように、リアルな対話だからこそ思いが伝わることを実感しています。
 昨年は公衆衛生学会、エイズ学会、性感染症学会などで、多くの人とマスクを外した懇親会を重ねてきました。もちろん感染予防のためにお互いの顔に、料理に飛沫をかけないように、携帯型扇風機を回してエアロゾルを拡散しながらです。本年もできることを重ねつつ、リアルな逢瀬を楽しみたいと思います。

 本年もよろしくお願いします。