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■■■■■■■■■■■ 紳也特急 vol,312 ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『見直したい「対話」』~
●『生徒・読者の感想』
○『対話とは』
●『言語理解力の差』
○『生成AIは人間の縮図』
●『対話の反対は』
○『指導者から受容者へ』
●『対話が増える環境整備を』
〇『第32回AIDS文化フォーラム in 横浜』
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●生徒・読者の感想
「フラれたらどうするか」という問いに対して、現在進行形で「どうすれば振りむいてくれるか考え、アタックし、かわされる」をしています。しかし、友人に話す、共有する、分かち合うべしということで、私のいるコミュニティが男同士バカな話する的なタイプじゃないので恋バナとか全くしてこなかったんだなと自覚できました。ご教授いただき、ありがとうございました。(高2男子)
2時間ちょい話しているのを聞いていて思ったことが、先生はみんなの声をちゃんと聞いていてすごく優しい方なんだと思いました。(高1女子)
私も先生のように社会の先生がおもしろくて成績が上がり、人との対話がスゴイものだと感じた。(高1女子)
私が苦しんだ理由は、言いたいことを言えない環境、拙い言葉を受け止めてくれる人がいなかったこと、モヤモヤを吐き出す術を知らなかったこと、なのではとブログを読んで思いました。(読者感想)
最近、「対話」というキーワードにこだわっています。講演もできるたけ対話的なものとすべくこだわっていますが、初めて性教育講演会と名打って呼ばれた高校の校長先生も「『性教育と言うとこうすべし、こうあるべし』という話なのかと思ったが、岩室先生の話は一人ひとりが自分を振り返り、考えることの大切さを伝えていたように思った」と言ってくださいました。実は最後の読者の感想にもあったように、対話の不足が様々な生きづらさを生んでいると思いませんか。そこで今月のテーマを『見直したい「対話」』としました。
見直したい「対話」
〇対話とは
改めて「対話」とはどのようなものなのでしょうか。斎藤環先生の言葉を紹介します。
・対話(dialogue)とは、面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと。
・思春期問題の多くは「対話」の不足や欠如からこじれていく。
・議論、説得、正論、叱咤激励は「対話」ではなく「独り言」である。独り言(monologue)の積み重ねが、しばしば事態をこじらせる。
・外出させたい、仕事に就かせたい、といった「下心」は脇において、本人の言葉に耳を傾ける。
・基本姿勢は相手に対する肯定的な態度。肯定とは「そのままでいい」よりも、「あなたのことをもっと知りたい」
・対話の目的は「対話を続けること」。相手を変えること、何かを決めること、結論を出すことではない。
これらの言葉はこれまで何度も紹介してきました。ただ、自分の浅はかさから、対話力、というか対話が求められている2者の言語の理解力の差について深く考えていませんでした。
●言語理解力の差
年齢と言語理解の発達の関係を調べてみると、7~11歳は文脈・因果関係・比較などの理解が発達し、12歳以降になると抽象概念・仮説・論理的推論の理解ができるようになるとのことです。そこで、ChatGPTに「この時期の子どもに接する大人が『学校は行くもの』『勉強はするもの』といった社会的な『正解』を押し付けると、十分文脈理解が発達していない、あるいは論理的推論の理解が十分発達していない子どもたちが不登校やひきこもりになっても仕方がないと思いますがこの考え方はおかしいでしょうか」と問いかけてみたところ、次のような回答でした。
ご質問の考え方は、非常に妥当かつ重要な視点を含んでいます。そして、それは教育や子どもへの接し方に関して、発達心理学的にも社会的にも十分に支持され得る見解です。
「正解」の押し付けと不登校・ひきこもりの関連
・不登校やひきこもりの背景には、しばしば「他者からの期待と自己理解との乖離」や「適応の困難さに対する理解の不足」があるとされています。
・とくに「学校は行くもの」「勉強は当然するべき」といった一方的な社会規範が、子ども本人の状況や感じ方と一致しない場合、「自分はダメだ」「言っても理解されない」「逃げるしかない」といった心理的閉塞感を生みます。
ブログの読者がいみじくも「言いたいことを言えない環境、拙い言葉を受け止めてくれる人がいなかったこと、モヤモヤを吐き出す術を知らなかった」と表現してくれたように、対話ができる環境があれば結果的に、言いたいことが言え、拙い言葉も受け止めてもらえ、気が付けばモヤモヤを吐き出せてつらくならなくて済んだと思いませんか。ちなみにこの読者の方は家庭と学校以外で他の大人との接点がなかったとのことでした。
〇生成AIは人間の縮図
このように生成AIと対話をしていると、自分の思いを上手に言語化してくれるという点でありがたいと思っています。まるで自分ではどう表現していいかわからない、自分の思いを相手に伝えるにはどう言えばいいのかがわからない子どもが、通訳者を、言葉を生成してくれる助っ人を得たような感覚です。ある意味、人間が生成AIに学ぶべきポイントなのかもしれません。
一方で、生成AIは所詮人間が作ったのですので、「ご希望があれば、不登校の子どもへの実践的支援方法、オルタナティブ教育や「多様な学び」実践例(フリースクール等)関連情報もご提供できます」といった求めてもいないアドバイスをしてくれます。私の関心事は不登校になった人への対処法だけではなく、そもそも様々なストレスをどう予防するかですが、生成AIがその視点になるのにはまだまだこちらからの問いかけを増やさなければならないようでした。
●対話の反対は
対話には答えがありません。実はこの単純なことが対話の難しさを教えてくれています。斎藤環先生は対話(dialogue)の反対は独り言(monologue)、すなわち議論、説得、正論、叱咤激励は「対話」ではないと教えてくれています。ChatGPTが「独り言が横行する社会」を次のようにまとめてくれなした。
※ 一方向的な発信ばかりが目立つ
政治家、評論家、SNSのインフルエンサー、専門家…
→ 自分の意見を“発表”するが、異なる立場の声に耳を傾けない。
「わかってもらう」より「言い切る」「勝つ」ことが重視されている。
※ 傾聴・応答・問い返しの文化が弱い
話を聞くふりをして「次に何を言おうか」ばかり考える。
「違う」と思った瞬間に心を閉ざし、それ以上は聞かない。
会議でも対話でなく「順番に意見を述べて終わるだけ」になっている。
※ 安全な対話空間が足りない
「何を言っても叩かれそう」「傷つくかもしれない」
→ 結果として人々は本音を避け、皮肉・愚痴・独り言に逃げがち。
最後の「安全な対話空間が足りない」というのは不登校やひきこもりの人たちだけではなく、多くの大人が抱えている課題ではないでしょうか。
〇指導者から受容者へ
先日、「思春期のこころと性」と言う講演会の前に、1人の受講者に「今日はどのような話を期待してこられましたか」と聞いたところ、即座に「若い人たちに望まない妊娠を予防してもらうにはどのような声掛けが適当かを知りたいのです」と指導者の立場で悩んでいるとのことでした。私が「若者は『妊娠とかで困ったら声をかけてね』と言って欲しいのではないですか」と返したら、「このやり取りだけで今日来てよかった」と言ってもらいました。
NHKで放送された闇バイトに勧誘された若者も、リクルーターが自分のことをいろいろ聞いてくれたので信頼してしまったと告白していました。若い世代だけではないですが、人は正解を教えてくれる指導ではなく、対話、すなわち話を聞いてもらいたい、自分の言葉を見つけ出し、そして自分の言葉を受け止めてもらいたいと思っています。
●対話が増える環境整備を
「保護者と子」「教師と生徒」という関係性でも当然対話はあるでしょうが、一方で保護者や教師は躾、ルールへの適応、教育といった独り言も伝える責任があります。では、対話と独り言のバランスはどう保てばいいのでしょうか。簡単なことではないのですが、家庭と学校という場以外の一人ひとりが対話を意識し、子どもたちに対話ができる、対話を感じられる環境を提供することが求められていると思いませんか。昔は親戚も多く、近所付き合いが当たり前で、子どもたちの周りには気が付けば対話をしてくれる人がいろんなところにいましたが、現代社会では他者との関係性が希薄化し、対話が減り続けています。その社会をもう一度「ウザイ」社会に戻すことは難しいですが、せめて対話がもう少し増える社会にしたいと思っています。その第一歩として、それこそ性教育をしている一人ひとりが対話を意識した講演ができるといいですよね。
言うは易し、行うは難しですが。
〇第32回AIDS文化フォーラム in 横浜
本日、8月1日(金)から第32回AIDS文化フォーラム in 横浜が開催されます。
会場でお会いできれば幸いです。