紳也特急 118号

~今月のテーマ『マスクとコンドーム』~

●『おっさんの話』
○『無視される政府広報』
●『マスク狂想曲』
○『素人が作る混乱』
●『新型インフルエンザとの共生を』
○『手洗いの意味』
●『うつしまわる先生? 感染しに行く高校生?』

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●『おっさんの話』
 「講義を受ける前は、正直「このおっさんはどんな眠たい話をしてくれるんやろう」と思っていました。中学校でも高校でも外部から来てくださった講義はことごとく寝て何も聞いていなかったのですが、岩室先生の講義は眠気にも襲われず、真剣に聞きました。」
 「先生のお話は最初から最後まで「生きてほしい」というメッセージがあふれていたと思います。」
 「先生の講義を通じて、私は日本の性教育には多くの問題があると改めて感じました。学校の授業で扱われることがなかったので、私は初めて使用するときまでコンドームというものを見たことがありませんでした。当然正しい使用方法も知らず、すべて相手にまかせました。そして相手の財布に入っていたものを使用した結果、見事に破れてしまいました。破れる、即妊娠と思っていた私はだれにも相談できず、食事もまともに取れず、次の生理がくるまで不安に押しつぶされそうな日々を送っていました。」
 「最近は小学校でも性教育が行われていると聞いた。たぶん学生たちのための教育というよりは、とにかく性教育をしたから大丈夫だという大人たちの満足のためにしていると考えられる。‘授業をした’または‘授業をしなければならない’という満足感や義務感による性教育よりは、青少年期に入った学生たちを考えて定期的な性養育を計画して、性についての認識をかけることを目標にする教育を行わなければならないと思う。」
 ある大学での講演の感想を読ませてもらって、あらためておっさんと言われる年代でも少しは若者の心に響く話ができるのかなと思いました。と同時に、伝える相手のためになる対策となっているか否かをきちんと検証し続ける必要があると思いました。
 最近の新型インフルエンザ対策の混乱を見ていると、場外にいるだけによく見えたことがありました。それは「素人のパフォーマンス」がいかに「専門家の適切な対策」や「必要な対策」の邪魔をしているかということです。かつての、そしていまでも続くコンドームをめぐるエイズ対策の混乱のように。新型インフルエンザ対策の混乱の象徴がマスクでした。そこで今月のテーマを「マスクとコンドーム」としました。

『マスクとコンドーム』

○『無視される政府広報』
 5月14日の新聞に新型インフルエンザに関する政府広報が1面広告で出されました。それを見て、思わず「マスク」という字を探したのですが、一つも見つかりませんでした。さすが政府広報と思ったのは「かからない」ために「頻繁な手洗い」と「うがい」をよびかけ、「うつさない」ためにとして「咳エチケット」を訴えていたことです。
 感染症の専門家の中で「マスク」は「うつさないため」には有効な手段であることは言われているものの、「マスク」ではなく「咳エチケット」の方が実際的だと判断されています。一方で「うつらないため」の有効な手段は「頻繁な手洗い」と「うがい」です。「頻繁な手洗い」と言っているのは「徹底的な手洗い」をしても次の瞬間にまた手にウイルスがつく可能性があるからです。優先順位からすると、マスクは政府広報に掲載すべき「うつらないための手段」ではないという判断だったようです。

●『マスク狂想曲』
 こう書くだけで「岩室さんはマスクは全く意味がないと言っているのか」とこれまた極論を言う人がいます。コンドームの話をすると、必ずと言っていいほど「コンドームを教えるということはコンドームをつければセックスをしていいということか」というおしかりを受けます。そのような人はぜひマスクについても「マスクを教えるということはマスクをすれば出歩いても感染しないということか」と文句を言ってもらいたいものです。もっとも誤解のないように、後者は実は私が言いたいことです。
 さらに不思議なのは、優先順位が低いマスクなのに「正しい装着法」が繰り返し報道されたことです。未だに「コンドームの正しい装着法は実演しないでください」という学校がある中で、HIV感染予防の有効な手段は正しく伝えず、優先順位が低いにもかかわらず(マスクの)正しい装着法にこだわる理由は何でしょうか。映像として使えるから?

○『素人が作る混乱』
 今回、「予防にマスクを」と言った人は素人と言ってもいいと思います。新型インフルエンザ対策が混乱する中で、本当に対策はどうあるべきかがわかっている何人かがテレビでコメントしていました。テレビのインタビューは揚げ足取りかと思うくらい、言いたかったところはカットされ、どうでもいいところを強調して報道されることが少なくありません。そのため、ちょっとでも間違ったことを言おうものなら、それを見ているそれなりの専門家は「わかっていないやつ」と判断するでしょう。
 では「専門家」とはどのような人でしょうか。私は新型インフルエンザ対策では「国民が正確に新型インフルエンザを理解し、新型インフルエンザと共に生きる社会を作り上げるための疫学調査、情報提供、コンセンサスづくりができる人」を専門家と考えています。医師免許があるとか、インフルエンザ診療の経験があるとか、感染症の疫学調査を経験したことがあるというだけでは専門家とは言えませんし、そのような人は時として素人より悪く、害にさえなる人も少なくありません。今回、政府の新型インフルエンザ対策本部の専門家諮問委員会委員長の尾身茂自治医大教授や東京都福祉保健局の前田秀雄参事の発言は私が聞いた範囲では適切かつ、「さすが専門家」というぶれない内容でした。しかし、多くのマスコミはその人たちにあまり興味がないどころか、ほとんど取り上げていなかったのは、発言がセンセーショナルではないため、当然と言えば当然でしょうか。

●『新型インフルエンザとの共生を』
 今一度冷静に新型インフルエンザの流行状況を振り返ってみると、興味深いことに気付かされます。一定の年齢以上の人はどうも免疫がありそうだということが明らかになっているということは、逆にその人たちは既に新型(ブタ)インフルエンザと共生しているということです。当然のことながらブタからヒトへの感染があったのでしょうから、その人たちのまわりには豚がいたとことになります。そこで都道府県別の豚飼育頭数を見ると、兵庫県や大阪を中心とした関西圏は豚の飼育数が他と比べ少ないことがわかりました(HPを参照してください)。因果関係はわかりませんが、今回の新型インフルエンザは実は日本では旧型(ブタ)インフルエンザで、日本の多くの地域では既に共生しているウイルスなのかもしれません。
 それならなおさら免疫力がない人が感染しないために大事なことは「自分の予防には、1に手洗い、2にうがい。人にうつさないためには咳が出たら咳エチケット」です。

○『手洗いの意味』
 厚生労働省のホームページに新型インフルエンザの感染経路が次のように書かれています。
 【飛沫感染】感染した人の咳、くしゃみ、つばなどとともに放出されたウイルスを健康な人が吸い込むと感染することがあります。
 【接触感染】感染した人がくしゃみや咳を手で押さえた後や鼻水を手でぬぐった後に他のもの(机、ドアノブ、つり革、スイッチなど)に触ると、ウイルスが付着することがあります。
 その付着したウイルスに健康な人が触れた後に目、鼻、口に再び触れると、粘膜・結膜などを通じて感染することがあります。
 飛沫(ひまつ・しぶき)は重力の関係ですごく近くにいなければすぐに落ちていきます。むしろ感染した人の手についたウイルスがいろんなところに広がっていて、それに接触することでの感染に対する予防、すなわち手洗いが重要になります。政府広報に「頻回の手洗い」と書かれている理由がそこにあります。
 今回の騒動でマスクを買い占めている企業が多いのですが、もし本当に対策をしたいのであれば、まずは手を洗うところの蛇口を自動水洗か、最低でもレバー式にして、手の甲で水が止められるようにして欲しいですね。そして学校の感染予防策としてみんなで手洗いをしている映像が流れるとインパクトがあったのでしょうが、再開を喜び合い、マスク姿でお互いが抱き合っているようではいかがなものでしょうか。

●『うつしまわる先生? 感染しに行く高校生?』
 学校の一斉休校や機内検疫を批判する人がいますが、それらの目的を忘れた批判が横行しています。どちらも「やり過ぎ」という指摘があって当然ですが、それらを高病原性インフルエンザを想定して行うことでどの程度予防が可能か、あるいはそのことで世間はどのような反応をするかを見る上では素晴らしい予行演習だったとも言えます。
 実際、休校になった学校の先生がマスクをして生徒の家庭を一軒一軒回り、素手でチャイムを鳴らし、ドアノブを開ける映像を見て視聴者は教師を通した感染拡大の可能性がある行動を、「先生たちが一所懸命子どもたちのこころのケアに対応することが大事だよね」と見ていたのではないでしょうか。しかし、同じ映像を見た専門家は、接触感染の予防ということが十分伝わっていない、学校閉鎖の目的や意味が理解されていないと歯がゆく感じるとともに、高病原性の襲来に備え、あらためて正確な情報提供と対策の徹底をし直す必要性を感じたはずです。
 大阪府が中学校や高校が休校になった時にアメリカ村で遊んでいた高校生にテレビ局がインタビューをしたら「自分は感染しないと思う」という答えが返ってきました。この反応は性感染症になった高校生が「自分は感染しないと思っていた」と答えることや、コンドームを使わない女子高校生が「自分は妊娠しないと思う」と答えている感覚と同じです。経験しないとわからない、想像力がない、と言ってしまえばそれまでですが、実は「一事が万事」です。
 で、どうする? わか~んない~~~