紳也特急 178号

~今月のテーマ『「予防」って何?』~

○『男子の感想』
●『医者が一番「予防」がわかっていない』
○『手術によって治療』
●『保存的に治療』
○『「予防」という発想が生まれない理由』
●『「予防」という幻想』』

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○『男子の感想』

 質問の際にみんなが言っていたことがあまりよくわからなかった。(高校生男子)

 30才までセックスをしなかったら魔法使いになれるって本当ですか?(高校生男子)

 レイプは良くないことだと分かった。(高校生男子)

 自分はSEXに対する執着はあまりありません。そういうのはパソコンなどで十分。彼女とかに求めるのは何となく違う気がしているのです。決して性行動が嫌いなのではなく、興味はあるのですが、いざ自分がするのかと思うと別に必ずしもする必要とは思えません。先生はどのように私の考えを見ますか?(大学生男子)

 男子の感想文を読んでいると、おふざけからちょっと深刻なのまでいろいろですが、とにかく男子向けの性教育が必要と思っていた時に村瀬幸浩先生が「男子の性教育」(大修館書店)を出版されたり、東山書房に「養護教諭のための教育実践に役立つQ&A集V」の中で「思春期男子に必要な性教育の知識を教えてください」という原稿依頼を受けたり、日本家族計画協会の研修で「『おちんちん』はどうなっているの?」の話をしたりする機会をいただきました。改めて男子のトラブルの予防を考えてみると実は「予防」という考え方は非常に高度な、幻想に近いことで、「予防」と口にしながら、じつは「予防」が理解できていない人たちが多数存在するということに気付かされました。
 そこで今月のテーマを「『予防』って何?」としました。

『「予防」って何?』

●『医者が一番「予防」がわかっていない』
 「おちんちん」の講演をするに当たって、改めて子どもの包茎の手術が必要か否かの座談会での議論を振り返って唖然としてしまいました。Urology Review Vol.3、 No.2、 p124-135、 2005に掲載された私ともう一人の先生のディベート「包茎の治療 保存的に治療するか、手術で治療するか」を読んだ後の読者の投票結果は「手術71%」、「保存的29%」でした。まとめをしてくださった東北大学の荒井教授は「両ディベーターともに原則的には保存的治療と述べている(中略)。しかし、実際の診療現場でどのように対処するかと言う現実的対応になったときに意見が分かれるという面がありそうである。あくまでも保存的治療を行う場合、強い信念とそのための十分な時間、スタッフ・家族との連携が不可欠であろう。それを抜きにしては患児や家族のトラウマを大きくすることになりかねない。(中略)一方、手術では標準的な基準が確立されていない。時に医師や家族の都合などで適応が決定されてはいないか、という懸念が残る。当然、手術にもトラウマという問題がある。(中略)あらためてガイドラインの必要性を痛感する。」と上手にまとめてくださいましたが、「手術によって」と「保存的」と意見をくださった内容が正直びっくりでした。

○『手術によって治療』
☆十分な外来時間と子供本人、親の熱意があれば保存的のみの治療は可能だが、実際の診療においては不可能です。

☆繰り返す亀頭包皮炎、嵌頓包茎に対して早急に手術をすることにしています。症状がなければ余計なことをしない方がよいと考えています。

☆包茎だけに時間かけることができず、また、何回も炎症を起こしたり硬くなった場合、保存的にみていくことは親の同意を得ることが難しい。

☆疼痛を伴う場合翻転指導は患児の精神的苦痛が大きく、診察室で無麻酔で行うべき処置ではないと考えます。軟膏などを使用しても翻転が不可能なら、全身麻酔下で、翻転操作や手術を行い、患児や家族のトラウマを避けるのが一番だと思います。

☆最初から手術を勧めるのは稀ですが、翻転指導をしてもうまくできなくて、結局手術を希望する場合が多いと感じます。インフォームドコンセントを行い、時期を待てること(両親の都合に合わせることができること)を説明すると、家族が安心して手術を受け入れてくれます。

☆長期にわたる時間と苦痛(?)をかけて手術をしない理由が私には見出せず、実際の臨床でも困難かと思います。

●『保存的に治療』
☆具体的な翻転指導法は参考になった。以前より保存療法に強い信念と実績を持ち、論旨が明確な岩室先生を支持する。

☆保存的に賛成だが亀頭包皮炎などを起こさない限り、いっさい手を加えないという選択肢もあると思う。

☆亀頭包皮炎は抗生剤で、BXO・絞扼輪が長く強い場合はステロイド軟膏などによって保存的にうまくいくことが多い。(BXO:炎症などで包皮口が固くなっているような状態)

☆先端のみ露出できれば十分清潔することができ、亀頭部分すべてを翻転する必要はないと思うが、手術するまでもないと考える。医療者間で治療の考え方が異なるが、ガイドラインなどで治療者間での考え方の標準化が望まれる。

☆当科の手術統計を調べたら過去5年以上小児包茎手術はゼロであり、実際にも保存療法を行っていたので保存療法に軍配を上げたい。また、岩室先生が「されど包茎」治療について医療機関別役割分担を述べていたのには同感である。

○『「予防」という発想が生まれない理由』
 「何のため」ではなく、「忙しいし割が合わないから手術」というのはあまりにも短絡的だと思いませんか。一方で「亀頭包皮炎を起こさない限り、いっさい手を加えないという選択肢もあると思う」と述べている先生がどうして「亀頭包皮炎を予防する」ためにできることは何かという発想にならないのでしょう。これは「正解はこれです。なぜならこういうことだからです。」という日本式教育の弊害です。
 医者は「病名」を覚え、「病因」を明らかにし、「治療方法」を持っていれば医療、診療行為が提供できます。包皮の中に細菌が入り込み炎症を起こす亀頭包皮炎に対しては抗生物質の内服や軟膏塗布で治療することになっていますのでそのことを知っていれば診療上は何の問題もなく患者さんを治すことができます。しかし、医療と違って予防は大変複雑なプロセスを頭の中に思い浮かべ、そのことへの対処方法を考えなければなりません。
 そもそも包皮の中に細菌が入る環境とはどのようなことでしょうか。「ミミズにションベンをかけるとちんちんが腫れる」というのは多くの人が聞いたことがあると思いますが、これは本当でしょうか、単なる迷信でしょうか。実はこれは本当のことです。

 ミミズにションベンをかけるのは子ども、それも男の子

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 小さい男の子のほとんどは包茎

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 おちんちんをむいておしっこをしなければミミズを狙っても命中しない

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 上手く命中しないとミミズをほじくり出す時に汚れた手でおちんちんを触り細菌が包皮内に

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 細菌が繁殖し亀頭包皮炎になる

    ↓

 包皮をむいて排尿すれば最初からミミズに当たり、風呂で包皮をむいて洗えば亀頭包皮炎は予防可能

 このように迷信と思われていたことを科学的に検証するとミミズにションベンをかけても亀頭包皮炎にならないように予防するにはどうすればいいかがわかります。
 一方で「ミミズにションベン」と「亀頭包皮炎」の関連を連想することは至難の業のようです。考えることを放棄した人は「そんなの迷信」で片づけていないでしょうか。どうしてそうなってしまうのかと考えてみるとそもそもどの教科書にも、「包皮内に細菌が入って繁殖すると亀頭包皮炎を起こします」とは書いてあっても、「包皮内に細菌が入ってもむいて洗い流せば亀頭包皮炎を予防することができます」とは書かれていません。さらに言えば人は経験をしないことは自分事になりません。中高の教科書に「コンドームは性感染症の予防に有効です」と書かれていても、実際に性感染症にならないと実感を持って予防するということにはなりません。

●『「予防」という幻想』
 臨床の先生たちが「亀頭包皮炎の予防」というごくシンプルな発想にさえなれないのを改めて振り返ることで、実はそもそも「予防」という発想はわかりやすいものの、実際には非常に高度な思考パターンだということに気付かされました。
 先日、「エイズ動向委員会が2013年の1年間に新たに報告されたエイズウイルス(HIV)感染者とエイズ発症患者数の確定値を発表し、感染者、患者合わせ計1,590人で、5年ぶりに過去最多を更新した。」と報道されました。脅しが一番と思っている人が報道するとこうなるようですが、HIV感染者とエイズ発症者はそもそも感染時期にずれもありますし、両者を丁寧に分けてみると、実は両方ともほぼ横ばいの状況が続いています。
 http://homepage2.nifty.com/iwamuro/kennketu.htm
 予防ということをPRしたいのであれば、なぜMSM、同性間性的接触で横ばいの状況が生まれているのかをもっとPRすべきではないでしょうか。私は居場所づくりが進んでいるのが大きいと考えていますが、エビデンスはありません。「そんなの意味なし」と切り捨てる人もいるでしょうが、では「エビデンスのある予防の実践」を一つでも教えてくださいと反論したくなります。そうなのです。「エビデンスのある予防の実践」はないのです。だから「予防」というのは幻想なのかもしれません。