紳也特急 199号

~今月のテーマ『私にできる依存者支援』~

○『いま〇〇警察署にいます』
●『あなたにもできる薬物依存者支援』
○『こんな考え方でいいの?』
●『失敗できる場所』
○『「つなぎ」の促進』
●『医療者に警察への通報義務はない』
○『「使ってしまった」と告白できる場所』
●『依存症の原因は依存不足』
○『なぜ助けを求めずに一人で対処するのか』
●『当時者に学ぶ姿勢』

○『200号記念パーティー開催のお知らせ』

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○『いま〇〇警察署にいます』
 ある講演を終え、主催者の皆さんと雑談をしていたところ、携帯が鳴りました(といってもバイブレーションですが)。あと2~3分で折り返し電話ができる状況だったのですぐに出ませんでした。講演会場を後にしてからすぐに留守電を聞きました。私のHIVの患者さんからでした。毎週火曜日に外来診療をしているものの、緊急事態や他での診療拒否等の問題もあるため、私のメールアドレスと携帯番号は患者さんにお知らせしています。
 「◇◇です。いま〇〇警察署にいます。覚せい剤をやってしまいました。」と入っていました。
 折り返し電話をしたものの、既に電源は切られていました。
 いま、HIV/AIDSの診療現場では薬物使用者の問題は避けては通れない問題です。こう書くと「やっぱりエイズになる人は特殊な人」と思う人が多いのでしょうが、われわれHIV/AIDSに関わっている医療者にとって、何故、HIV/AIDS関係者にとって薬物問題が身近なのかを教えてくれる本と出会いました。AIDS文化フォーラム in 横浜でも毎年講演していただいている松本俊彦先生が書かれた「よくわかるSMARPP~あなたにもできる薬物依存者支援~」です。
 そこで今月のテーマを「私にできる依存者支援」としました。

『私にできる依存者支援』

●『あなたにもできる薬物依存者支援』
 Amazonで探し物をしていた時に、松本先生の本の発売予告が飛び込んできました。正直なところ、タイトルが「よくわかるSMARPP(日本語名:せりがや覚せい剤依存再発防止プログラム)」だけだったら興味を示さなかったと思います。しかし、副題の「あなたにもできる薬物依存者支援」を読み、思わず予約しました。陸前高田市に向かう車中で一気に読み、「私にできる依存者支援」、さらに言うと「みんなでできる依存者支援」、「みんなで行いたい依存者支援」という思いを強くしました。
 昨今、薬物依存と言えば元プロ野球選手の清原和博容疑者のことを思い浮かべるでしょうし、マスコミ報道を見ても、本人の自覚や意識といったところが繰り返し取り上げられています。素人の評論家集団が依存症のことを語るのは、一般庶民への間違った洗脳につながりますので困ったものだと思っています。

○『こんな考え方でいいの?』
 HIVの感染経路に静注薬物があることは多くの方の知るところです。ところが、HIVに感染している人たちの中にどれだけ薬物経験者がいるかはこれまで明らかになっていませんでした。私がこれまで関わってきた126人のHIV/AIDS患者さんの中で私が知っているだけで6人の使用者がいます。今回電話をしてきた方もご本人から使用経験についてカミングアウトを受けていました。薬物使用で刑務所に入っていた方もいますので、その人たちをどう支え続けられるかは私だけではなく、厚木市立病院のHIV/AIDSチームにとっても喫緊の課題でした。もちろん手をこまねいていたわけでもなく、実際に薬物の相談を受けたり(と言っても警察に突き出すのではなく)、幻覚による混乱状態に巻き込まれている家族からの相談を受け止めたり、外来診療時に少しでも再犯防止につながる工夫を考えたり、と試行錯誤を重ねていましたが、正直なところ「こんな考えでいいの?」という不安はありました。
 HIV陽性者のためのウェブ調査( http://survey.futures-japan.jp/result/ )では、1年以内に薬物使用経験は31.2%、過去の使用経験は74.4%でしたので、真剣に考えないとだめだと思っていた時に松本先生の本に出合いました。常日頃、薬物依存の問題に関わっている人であれば「常識」が書かれているだけかもしれませんが、実はこの本に書かれていることは決して薬物依存への対処法だけではなく、若者たちが、人が生きていく上で必要としている支援や環境について書かれていました。ところが多くの人たちは、課題を抱えた若者たちの根底にある彼らが抱えるリスクではなく、表出した課題(薬物、HIV/AIDS、不登校、等)にのみ着目し、その状況を脱出させようとしているだけだと、改めて実感させられました。本の中で特に印象に残った言葉(★)を紹介します。

●『失敗できる場所』
 ★安全に失敗できる場所
 ★失敗したことを正直に言える場所
 この言葉を読み、患者さんが留守電に「◇◇です。いま〇〇警察署にいます。覚せい剤をやってしまいました。」と言えた、というか言いたかったのだと思うとともに、そのような居場所をもっと作ってあげなければ、再犯を防止できないと思いました。
 実はこの患者さんは以前にも逮捕されていました。その時も自首したのですが、自首する前の私の外来で「先生、オレ、薬やっているの知っていた?」とカミングアウトしてきていました。うすうす感じていたので「そうじゃないかと思っていたよ」と返したら、「で、何か言わないの?」というので、「どうしたらいいかは自分でわかっているんじゃないの」とさらっと話していました。その数日後、ご家族から「息子が覚せい剤で逮捕されました」と連絡があり、警察署で一度面会し、刑務所からも一度手紙をもらっていました。出所後も連絡があったのですが、更生施設が遠方だったので合えないまま今回の逮捕となりました。松本先生の本を読み、今度はもう少し会って話す場を作らねばと思っています。

○『「つなぎ」の促進』
 ★SMARPPの効果と意義は、医療、保健、司法、地域など、さまざまな領域のザルを結びつけることにあります。そして援助者と当事者、また援助者同士の「つなぎ」を促進することにあるのです。
 この一文はまさしく健康づくりの分野が大事にしているソーシャル・キャピタル(信頼、お互い様、ネットワーク)の醸成で薬物依存者支援の輪を広げようということです。絆(きずな+ほだし)をいろんな人が共有することでしか支援は上手く行きませんし、SMARPPは手段の一つでしかないことを教えてくれています。
 病院でチーム医療(医師、看護師、薬剤師、カウンセラー等)を行っていますが、大事なのはいろんな職種がいることではなく、いろんな個性を持った人がいて、利用者(患者)が自分と相性が合う人を見つけられるかです。そのためにはまずは「つなぎ」、「関係性の構築」が大事になります。

●『医療者に警察への通報義務はない』
 ★「医師は患者の違法薬物使用を発見した場合は警察に通報する義務がある」と信じている医療者は意外なほど多いのです。
 「失敗できる場所」にもつながるのですが、時として患者さんは薬物所持を見つかるような場面をわれわれ医療者に与えてくれます。試されているのか、偶然なのかはともかく、われわれ医療者はその現場こそが「失敗したことを正直に言える場」になっていると信じ、支援の一環の中で何ができるかを問われているという意識を持ちたいものです。もちろんその際にご本人が出頭したい気持ちになるようであれば、それに寄り添うということも考えられます。

○『「使ってしまった」と告白できる場所』
 ★違法薬物使用の発覚は、治療を深める絶好の機会といえます。(中略)薬物依存症からの回復に必要なのは、世界中で少なくとも1カ所は正直に「使いたい」「使ってしまった」と告白できる場所が存在することだからです。
 ここを読ませていただき、すごく残念に思ったのが、今回の患者さんはおそらく再度刑務所に入り、「治療を深める絶好の機会」を失うことになることでした。刑務所の中にいれば薬との縁、つながりは物理的に遮断されます。しかし、刑務所の中には効果的な更生プログラムがあるわけではなく、さらに言うと、更生プログラムがあってもそれだけで治るはずがありません。この患者さんが次に出所した時に、それこそ松本俊彦先生に紹介したからといって再使用を予防できるかと言うとそうではありません。患者さんが出てきた時にどのような環境整備ができるかがわれわれに問われています。

●『依存症の原因は依存不足』
 ★苦痛を緩和するための依存症
 この言葉を読んで、清原和博容疑者のことが浮かんだ方も多いと思います。痛み止めとして最初は使い始めたという報道もあります。しかし、私は以前から言い続けた「依存症の原因は依存不足」を再確認できたと思いました。
 松本俊彦先生と築地本願寺で行ったシンポジウムでご一緒した時、松本先生が、私が話した「依存症の原因は依存不足」という言葉を「その通りですよね」と言ってくださいました。また、最近よく引用させていただいている熊谷晋一郎先生の「自立は、依存先を増やすこと」にも通じます。人間は「人と人の間」でしか、誰かに依存し続けなければ生きて行けない存在です。一人ひとりに必要な、オーダーメードの依存先をどう増やし続けられるかを改めて考えたいと思います。

○『なぜ助けを求めずに一人で対処するのか』
 ★おそらく物質依存者に見られる援助希求性の乏しさは、実際に援助を求めて傷つく経験を重ねていたり、そもそも誰かに援助を求められるような環境に生育して来なかったりしたことが影響しているのでしょう。
 よく大人たちは「つらくなったら相談しよう」と言いますが、援助希求性、助けを求める力も助けを求めた経験もない、さらに言うと「助けて」という言葉を発するコミュニケーション自体が苦手なため、結局のところ他者に依存することができず、依存症になるというパターンではないでしょうか。この言葉は決して依存症患者さんだけの問題ではなく、全ての若者に共通するリスクのように感じています。

●『当時者に学ぶ姿勢』
 ★私の依存症臨床の突破口となったのは、当事者に学ぶ姿勢でした。
 あとがきに書かれている松本先生の言葉はまさしく岩室紳也のこれまでの様々な取り組みにも共通することです。HIV/AIDSの入り口も患者さんからの学びでした。しかし、当事者に学ぶ姿勢というのが意外と難しいのだと最近思っています。なぜなら「専門家」、「専門性」を学んだ人たちの多くは、専門という看板を背負わなければならないと思っているようです。先日、私が若者の自殺予防の話を宮城県でしたところ、好評だったのですが、感想の中に「最初は泌尿器科の先生が何故?と思いましたが、最後は納得していました」というのがありました。「泌尿器科」と聞くだけで「自殺」と無関係と思ってしまう「日本人頭」というリスクが社会に蔓延しているようです。

○『200号記念パーティー開催のお知らせ』
 来月号で紳也特急は200号を迎えます。1999年9月1日から200回=16年+8か月。44歳は既に60歳に。先の号外でお知らせしましたように、この機会に、岩室紳也の「セミ生前葬」を開催します。
 紳也特急の200回、岩室紳也の17年、一緒に時間を共にした皆さんの17年を振り返りつつ、そもそも、なぜ、いまの岩室紳也が存在し得たのかを、皆様への感謝と共に振り返る時間にしたいと思います。
 岩室紳也が医学部に入り、泌尿器科医、公衆衛生、さらには性教育、HIV/AIDS診療、被災地支援、自殺対策といった幅広い活動をするようなったのは、偶然ではなく、出会いがもたらした必然でした。これからは既成の専門性ではなく、より幅広い視点で活動できる人が求められる時代です。その時代の一端を一緒に感じてみませんか。皆様とお会いできるのを楽しみにしています。

 日時:2016年3月27日(日)ランチタイムを予定
 場所:横浜駅周辺予定
 会費:5000円程度(半立食パーティー形式予定)