紳也特急 214号

~今月のテーマ『子宮頸がんワクチンの普及に向けて』~

●『メールの限界?』
○『自己責任という評価』
●『テロ等準備罪処罰法案』
○『統計を読み解く基本』
●『子宮頸がんの統計を読み解く』
○『思い立ったら吉日HPVワクチン接種制度を』

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●『メールの限界?』
 メールは便利な情報伝達手段ですが、時として相手がちゃんとメールを読んでいるのだろうかと思うことがあります。次のようなやり取りをどう思いますか。

相手:10時の講演開始時間を9時30分に早めることは可能でしょうか。
岩室:時間変更、了解しました。
相手:9時30分から11時40分でお願いします。
岩室:9時30分から11時40分だと中学生にはちょっと長いように思いますがいかがでしょうか。講演時間1時間30分+質問(これは続く限り応えたいと思います)でいかがでしょうか。
相手:講演を1時間30分でお願いします。始まりは9時30分からで大丈夫でしょうか。

 あれ?9時30分スタートは最初に了解したはずだが・・・と思ってしまいました。確かに最初に9時30分開始を了解したものの、2時間10分では長いと指摘され、その枠を変更したのだから講演開始時間もまた岩室が変えることを撤回したと思ったのでしょうか。私としては順序立てて決めてきたことだと思っているのですが、一部でも変更になると全てを再確認したくなる時代なのですね。最近流行りの「全か無か」、「全否定」に通じるものを感じてしまいました。
 そう言えば総合的な判断ができていないものの一つとして子宮頸がん予防のためのHPVワクチンだと思わされることが続いています。日本思春期学会理事会でも議論が深まらない一方で、講演の中に岩室紳也の考え方を入れてほしいといった要望が少なからずあります。でも、そのような要望を出される方は「打つべきか打たないべきか」を聞きたいのであって、「ワクチンを含めた子宮頸がん予防の考え方」を聞きたいのではないようでした。そこで敢えて今月の話題を「子宮頸がんワクチンの普及に向けて」としました。

『子宮頸がんワクチンの普及に向けて』

○『自己責任という評価』
 今の時代、「評価」という言葉をよく聞きますが、健康づくりに関する評価には短期的な評価と中長期的な評価に加え、個人の健康状態に対する評価と集団の健康状態に対する評価という視点が求められています。わかりやすいのが性感染症です。私が専門としているHIV/AIDSですが、今でも間違った評価法として、個人の感染を「自己責任」という視点だけで片付けてしまう
人が多いのが現状です。HIV/AIDSの流行が明らかになった時から私は個人の感染は確かに自己責任ですが、自己責任という考え方で評価を終わらせてしまうと感染していない人の予防方法も自己責任で終わってしまい、集団として、社会として何をするべきかという発想も、アイディアも生まれないと言い続けてきました。ところがこの考え方が浸透してこなかった原因が「他人ごと意識」だと気づくのにすごく時間がかかりました。
 「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」
 すなわち、HIV/AIDSを身近に経験するまでは「自己責任論」に終始し、自分が経験した人たちだけが身近な問題と感じられるようです。

●『テロ等準備罪処罰法案』
 皆さんは「テロ等準備罪処罰法案」を身近に感じますか。確かに日本でもオウム真理教によるテロ事件もありましたし、世界では様々なテロが繰り返されていますので身近に感じている人もいると思います。しかし、自分が取り締まりの対象者になるかもしれないということを考えている人はいないと思います。私も次のような経験を重ねているからこそ、今回の法案に疑問を感じたり、考えたりすることができているように思います。
 大学生の時、学生課の人に「左翼系の団体と関わっているのか」と聞かれたことがありました。寝耳に水どころか、政治的な活動にまったく無頓着で、左翼も右翼もよくわからない学生だったので、何を言われているのかがわかりませんでした。実は私の車がそのような活動をしている団体の事務所の近くで確認されたため、どこからか大学に問い合わせがあったようでした。その当時乗っていた車は家庭教師をしながら、月賦(ローン)で買った6年落ちのサニークーペでした。それを自分が使わないときは仲間が使っていたのですが、その中の一人がそのような活動に興味があって行っていただけなので自分の身の潔白が晴らされたと信じ込んでいました。
 ところが、大学を卒業してしばらく経ってから神奈川県庁の知り合いから妻に神奈川県警で保健師を探しているので勤めてもらえないかと言われたので履歴書を出してお受けしたのですが、全く連絡もなく、「頼んでおきながら失礼な」と思っていました。それから何年かしてから突然「採用」の連絡があったのですが、結果的にお断りしました。その時初めて私がまだ公安のリストに残っていたのだと気づかされました。今の時代だとFacebookで何気なく知らない人の「友達申請」をOKしただけで公安のリストに載ってしまう可能性も否定できないのです。

○『統計を読み解く基本』
 HIV/AIDSはここ数年という短期間で見ると異性間性的接触も同性間性的接触もほぼ横ばいです。しかし、長期的な視点で見ると異性間が横ばいになってから既に20年以上経過しています。性感染症は最近減っていると言われていますが、淋菌とクラミジアは減っていますが、ヘルペスや尖圭コンジローマはずっと横ばいで、梅毒が増えています。さらに淋菌や梅毒は男性が多く
クラミジアは女性が多くなっています。ヘルペスや尖圭コンジローマはほぼ同数です。
 このように詳しく紹介したのは、男女の比率や増減の傾向が異なるということは、その性感染症が流行している集団や背景が異なるということです。昔から泌尿器科医は、淋菌は性産業で流行しているが、クラミジアは素人さん間のフェラチオやセックスで広がっているという印象を持っています。今回、梅毒だけが急増している状況は、明らかに他の性感染症とは異なる集団で流行していると考えられます。HIV/AIDSを診療している医者はMSM(男
とセックスをする男性)間で梅毒が流行していることを実感しています。しかし、その集団だけだと説明がつかないのが女性の急増です。個人的に相談を受けていると、性産業に従事している女性の中での感染の広がりがあり、外国からの持ち込みではないかと考えられます。

●『子宮頸がんの統計を読み解く』
 ここまで、他人ごと意識や統計のことを書いてきたのは、結局のところ自分の関心事には熱心になるものの、世の中の動きを反映した統計についてはよっぽど関心がない限り読み解こうとさえもしないことをお示ししたかったからです。
 10代の人工妊娠中絶率の推移をこの60年間追ってみてください。1950年代から横ばい、増加、横ばい、急増、そして2001をピークに下がり続けています。妊娠したということはコンドームを使っていないということで、当然のことながらHPVに感染して子宮頸がんを発症するリスクを背負っています。もちろん全員が発症するわけではありませんが、子宮頸がんの罹患率も同じような傾向で推移すると考えられます。
 25歳から29歳で子宮頸がんに罹患した人は、その10年前、すなわち15歳から19歳の時に感染したHPVが原因で子宮頸がんになったと考えられます。25歳から29歳の子宮頸がん罹患率をグラフにし、2012年の子宮頸がん罹患率を10代の人工妊娠中絶率の2002年のグラフにプロットしてみてください。25歳から29歳の子宮頸がん罹患率の推移が15歳から19歳の人工妊娠中絶率の推移と同じ傾向で、25歳から29歳の子宮頸がん罹患率のピークが2011年で2012年は低下するのに対して、15歳から19歳の人工妊娠中絶率は2001年をピークに下がり続けています。

○『思い立ったら吉日HPVワクチン接種制度を』
 CDCのホームページ(http://ur0.pw/DMxU )にはHPV感染予防にコンドームが有効だということも書かれていますし、先に紹介した10代の人工妊娠中絶率や子宮頸がん罹患率の関係を見てもコンドームの有効性は明らかです。もちろんメルマガで何回も紹介させていただいたように、男性がおちんちんをごしごし洗うことも重要です。
 これらのことをすべて伝えた後に、でも結局のところコンドームなしでセックスをするとしたら、子宮頸がん予防にはワクチンしかありません。ただ、ワクチンがどれだけの持続効果があるかはまだ明確ではありません。いろんな論文で10年程度は大丈夫だろうと言われているので、15歳で接種すると25歳までしか保証できないことになるので、自分がセックスをするかもしれないと思った女性が活用できる「思い立ったら吉日HPVワクチン接種制度」を創設することを提案したいと思います。まずはしっかりノーセックスやコンドームの重要性を教え、自分が、お子さんがコンドームなしでのセックスをするかもしれないと思ったその時点でワクチンを無料で接種できる制度です。それをしないで感染したらやはり自己責任でいいのではないでしょうか。皆さん、どう思われますか。