基本を忘れた正解

 繰り返し申し上げますが、子宮頸がんを予防する上でHPVワクチンの有用性は否定されるものではありませんし、岩室紳也は様々な場面でHPVワクチンの有用性を伝えています。具体的に言えば、知的障がいを抱えているお子さんが性被害に遭うというのは残念ながら事実ですし、実際に男の子が性被害でHIVに感染し亡くなられるというケースにも関わらせていただいています。性被害に遭う可能性がある方々で、男女を問わずHPVワクチンを打つ意味は伝え続けています。その私がなぜ、HPVワクチンについて事細かく啓発し続ける必要性を訴えているのか、私もやっと気づかせていただきました。「正解依存症」のことを訴え続けている私ですが、改めて私も正解依存症だったと思い知らされました。

 HPVワクチンについて積極的に推進しましょうと訴えている方に「岩室は自分の思いを押し付けているだけだ」と言われ、ハッとさせられました。科学的事実を伝えようとしていても、科学的な事実に基づいた対話をしようとしていても、相手の思考パターンに、相手が受け入れられる伝え方で伝えない限り、所詮「思いの押し付け」になるだけだと反省させられました。新型コロナウイルスの蔓延時に、リスクコミュニケーションの大切さを散々、身に染みて痛感させられていたのに、やはり人間はリスクコミュニケーションの基本からすぐ逸脱してしまうのだと反省です。
 改めてリスクコミュニケーションの図を見直すと、お互いに意見の交換に留まっているだけで、相互の理解は全く進んでいませんでした。裏を返せば、相互の理解を得ることができない理由に着目する必要があるということです。

 私がHPVワクチンの議論で一番気になっているのが、HPVが性行為でうつる病原体であるにも関わらず、残念ながら性感染症対策という視点でHPV対策が論じられていないことだと、今更ながら気づかされました。感染症対策の基本は中学校の教科書にも書かれている「病原体の死滅による発生源をなくす」「感染経路を断つ」「体の抵抗力を高める」の三つです。HPVワクチンは体の抵抗力を高める効果はありますが、他の二つの対策も同時に考える必要があります。
 子宮頸がんの原因となるHPVは主にセックスパートナーの亀頭部から子宮頚部に感染するのですが、亀頭部に付着したHPVを完全に死滅されることは不可能です。ただ、HIVをはじめ、ウイルスの感染が成立するためには暴露されるウイルス量を減らすことが効果的だとわかっていますので、コンドームを使用しない場合は事前にペニスをしっかり洗っておくことは一定の効果があると期待できます。
 感染経路を断つ一番の方法はセックスをしないことです。すなわち一生セックスをしない人にとってワクチン接種は不要です。性体験率の低下が顕著になっている状況の中で、「誰もがセックスをするのだから、全員が接種した方がいい」というのは少し乱暴ではないでしょうか。
 「HPVワクチンは子宮頸がんを減らす」というのは正解ですが、一方でHPVワクチン接種を接種したことで大変苦しい状況に置かれています。ではそのようにつらい思いをしている方を生まず、かつHPVワクチンの恩恵で子宮頸がんにならないことを選択したい人にもその選択肢を残すにはどうすればいいのでしょうか。

 一番大事なことは、自分で考え、自分で選択し、結果を自分自身が受け入れられる状況、環境を作ることです。この基本を忘れ、「とにかくHPVワクチンを打ちましょう、それもお金がかからないキャッチアップの時期に」という正解を押し付けていないでしょうか。最終的にどのような状況になっても、すなわちHPVワクチンをめぐる最悪のことは、「HPVワクチンを接種をしなかったために子宮頸がんに罹患した」か「HPVワクチンを接種した結果、重篤な後遺症が残った」です。そのどちらも嫌だからどうすればいいのでしょうか、という方はリスク軽減について改めていろんな情報を集め、実践してください。
 感染症対策に絶対的な正解はないことだけはぜひご理解いただき、ご自分で選択し続けていただければと思います。後悔をしないためにも、させないためにも。

エビデンスが正解にならない時

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