正解依存症社会に広がる「自己実現の欲求」

 多くの人はマズローの欲求の5段階説というのを見聞きしていると思います。今では高校の教科書にも書かれており、2分でわかる!“マズローの欲求5段階説”といった解説記事がネット上にもあふれています。何を隠そう、岩室紳也もインターネットの専門家から、「マズローの欲求の5段階説」って正しい訳ですかと聞かれ、初めて原文”を読んでみました。それまでは訳本”さえも実はちゃんと読まずに、みんなが言っているから正解なんだろうと思っていました。

 まずびっくりしたのが、欲求の5段階説と理解していたことが、原文ではhierarchy of needsでした。確かにneedsには欲求的な要素もあるのでしょうが、人が必要としていることを階層化したと理解した方がより分かりやすいと思いました。
 さらに正しい理解を妨げていたことが“love”の訳でした。「愛」と訳すとなんだかすっきりしないと思っていた時に、ある神父さんに「岩室さんはloveの最初の日本語訳を知っていますか。御大切、大事です」と教わりました。アメリカの大統領選挙で候補者が“I love you, American people”と言っていることからも理解できるように、needsの視点で考えた時、“love”は「愛」より「御大切、大事」と理解した方が「与えるlove」「受けるlove」が必要ということがすっきり理解できると思いませんか。
 さらにマズローはそれぞれの階層のneedsの要素について紹介しています。自己実現と訳したself-actualizationの要素として「道徳心、創造力、自発性、課題解決力、偏見がない、現実の受容」を挙げています。しかし、これらはどう見ても「自己実現の欲求」の要素ではないですよね。
 で、マズローがself-actualizationについてどう述べているかを本文で読むと次のように書かれていました。「(自らの才能や潜在能力に応じて)できることを具現化すること」と。人には当然のことながら才能や潜在能力に差があります。全員が東大に入れるわけではありません。でも、自らの才能や潜在能力に応じてできることを具現化することは誰にでもできます。そのようなneedsが満たされることが道徳心や現実の受容につながるというのは納得しやすいですよね。
 さらに言うと高垣忠一郎”が述べているように、「自己肯定感=自分は自分であっていい」と理解すると、「自分は自分であっていい=self-actualization」であり、「自己肯定感=現実の受容」と理解でき、すっきりします。

 ちなみに「ニーズ」を広辞苑で調べると次のように書かれています。

 必要。要求。需要。「住民の―にこたえる」

 公衆衛生の分野でもよく「ニーズ調査」としてアンケート調査が行われます。しかし、その人に必要なことを必ずしもその人が気づき、「要求」として持っているとは限りません。アンケート調査がニーズ調査になると思っているとしたら、それは立派な正解依存症です(笑)。

つづく

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