「正解依存症」カテゴリーアーカイブ

岩室紳也が考える正解依存症とは次のようなものです。

自分なりの「正解」を見つけると、その「正解」を疑うことができないだけではなく、その「正解」を他の人にも押し付ける、自分なりの「正解」以外は受け付けない、考えられない病んだ状態。

このブログでは正解依存症(correct answer addiction)がまん延している状況を考えます。

生徒に問う、「正解依存症」という病(JBpress記事)

 いろんな学校で性教育(?)の講演会をさせていただいていますが、その取材を受ける機会は少なく、受けても内容を詳しく紹介してくださる機会はあまりありません。今回、おおたとしまささんが「男子校の性教育2.0」という本を執筆されるにあたって、駒場東邦の中学3年生対象の講演会を取材し、一部は本にも紹介してくださいましたが、それがJBpressのネット記事になりました。ここで紹介するのはそのタイトルが秀逸、かつ私の思いをそれなりに伝えていただいたからです。

「セックスするならコンドーム」の連呼やめた「コンドームの達人」が駒場東邦の生徒に問う、「正解依存症」という病

つづく

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SNSが助長する正解依存症

 SNS上に次のような書き込みをされました。

 コンドームの達人こと岩室紳也先生。かつての先生を存じ上げませんが今の先生は会話が成り立たない方という印象しかない。

 お会いしたこともない、ネット上でわずかなやり取りを下だけの方がご自身のサイトにこのようにコメントをし、それに「いいね」をされる方がいる。でも岩室紳也との対話は一切なし。でもこの方はリテラシーを大事にされているようです。
 それはそれでいいと思っています。みんながお互いを理解したり、対話を続けられたりするというのはある意味空想のようなものなのだと思っています。しかし、SNSというのはこのような書き込みをした瞬間、「私のこの意見は正解です」と認知されたような錯覚を生んでいないのでしょうか。
 実は私も敢えてこのようなブログや、SNSではFacebookという自分自身の素性がわかる書き込みをしているのも、異なる意見があれば是非公開の場でやり取りをさせてくださいという思いからです。そう思うようになったのはSNSの問題を学んでいたからでした。

 「目から入った情報は分かったような気になる」と北山修先生が最後の授業で教えてくれましたが、おそらく「「目から入る文字を自分なりの解釈で勝手に読んで分かった気になっているだけ」なのだと思いました。

 私のFacebookへの書き込みにいろんなコメントをいただきますが、対話になる方と、対話にならない方がいます。もちろん私の書き方に問題がある場合は指摘を受け修正するようにしています。しかし、同じ文面を読み、岩室の表現不足や岩室なりの思い込みを修正し、最終的に双方が納得できるように持って行って下さる方と、最後まで全く歩み寄れない方がいます。その違いをあらためて考えてみました。

 結局のところ、対話というのは、基本的に相手を認め、受け入れることなのではないでしょうか。もちろん相手の気持ち、思い、思想に賛同できない場合は多々あります。しかし、大事なことは「なぜこの人は、この人たちは自分とは異なる考え方をするのだろうか」ということに思いを寄せることだと思います。

 イスラエルとハマス。この問題を遠く離れた、地域の課題をほとんど知らない日本人の私が軽々に論じること葉できません。SNSが普及した結果、日本でも同じように理解することを拒否する社会が広がるのかなと思うと、背筋が凍る思いです。皆さんはいかがですか?

生徒に問う、「正解依存症」という病(JBpress記事)
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正解依存症社会に広がる「自己実現の欲求」

 多くの人はマズローの欲求の5段階説というのを見聞きしていると思います。今では高校の教科書にも書かれており、2分でわかる!“マズローの欲求5段階説”といった解説記事がネット上にもあふれています。何を隠そう、岩室紳也もインターネットの専門家から、「マズローの欲求の5段階説」って正しい訳ですかと聞かれ、初めて原文”を読んでみました。それまでは訳本”さえも実はちゃんと読まずに、みんなが言っているから正解なんだろうと思っていました。

 まずびっくりしたのが、欲求の5段階説と理解していたことが、原文ではhierarchy of needsでした。確かにneedsには欲求的な要素もあるのでしょうが、人が必要としていることを階層化したと理解した方がより分かりやすいと思いました。
 さらに正しい理解を妨げていたことが“love”の訳でした。「愛」と訳すとなんだかすっきりしないと思っていた時に、ある神父さんに「岩室さんはloveの最初の日本語訳を知っていますか。御大切、大事です」と教わりました。アメリカの大統領選挙で候補者が“I love you, American people”と言っていることからも理解できるように、needsの視点で考えた時、“love”は「愛」より「御大切、大事」と理解した方が「与えるlove」「受けるlove」が必要ということがすっきり理解できると思いませんか。
 さらにマズローはそれぞれの階層のneedsの要素について紹介しています。自己実現と訳したself-actualizationの要素として「道徳心、創造力、自発性、課題解決力、偏見がない、現実の受容」を挙げています。しかし、これらはどう見ても「自己実現の欲求」の要素ではないですよね。
 で、マズローがself-actualizationについてどう述べているかを本文で読むと次のように書かれていました。「(自らの才能や潜在能力に応じて)できることを具現化すること」と。人には当然のことながら才能や潜在能力に差があります。全員が東大に入れるわけではありません。でも、自らの才能や潜在能力に応じてできることを具現化することは誰にでもできます。そのようなneedsが満たされることが道徳心や現実の受容につながるというのは納得しやすいですよね。
 さらに言うと高垣忠一郎”が述べているように、「自己肯定感=自分は自分であっていい」と理解すると、「自分は自分であっていい=self-actualization」であり、「自己肯定感=現実の受容」と理解でき、すっきりします。

 ちなみに「ニーズ」を広辞苑で調べると次のように書かれています。

 必要。要求。需要。「住民の―にこたえる」

 公衆衛生の分野でもよく「ニーズ調査」としてアンケート調査が行われます。しかし、その人に必要なことを必ずしもその人が気づき、「要求」として持っているとは限りません。アンケート調査がニーズ調査になると思っているとしたら、それは立派な正解依存症です(笑)。

SNSが助長する正解依存症

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エビデンスが正解にならない時

 「賛成か反対か」では見えない正解で紹介しましたが、1994年の国際エイズ会議でアフリカでのHIV(エイズウイルス)感染蔓延を抑え込むため、男性に割礼をすることを推奨していた研究者に反論した私は、結果として自分が考えている正解が必ずしも他の国で通じるものではないことを思い知らされました。では、それから30年経った今のWHOの考え方はどうでしょうか。いまだに Voluntary medical male circumcision for HIV preventionと紹介され、その有用性が認められています。すなわち、アフリカでの対策として今でも推奨されています。

 では、泌尿器科医でもある私が日本で、「HIV(エイズウイルス)の感染拡大予防のため、男子は積極的に割礼を受けましょう」と言おうものなら、「非常識」「何考えているの」「それでもあなたは医者」とそれこそSNSで炎上することでしょう。すなわち、WHOがアフリカで示した「エビデンス」のあるHIV感染予防手段は必ずしも他の地域での選択し、正解にはならないことがわかります。
 敢えてこのように書かせていただいているのは、いま、流行のように、「エビデンス」「科学的に正しい」「情報リテラシー」と言ったことが言われています。もちろんどれも大事なことですが、次のような事実を皆さんはどう思いますか。

 HPVの9価ワクチンのシルガード9の「効能又は効果」に次のように記載されています。
 ヒトパピローマウイルス6、11、16、18、31、33、45、52及び58型の感染に起因する以下の疾患の予防
 子宮頸癌(扁平上皮癌及び腺癌)及びその前駆病変(子宮頸部上皮内腫瘍(CIN)1、2及び3並びに上皮内腺癌(AIS))
 外陰上皮内腫瘍(VIN)1、2及び3並びに腟上皮内腫瘍(VaIN)1、2及び3
 尖圭コンジローマ

 一方で中咽頭がん患者の85~90%でHPV16型が検出されます。厚生労働省が認可したワクチンでは中咽頭がん予防は適応になっていませんが、どう考えてもシルガード9は中咽頭がんの予防に効果があります。しかし、「ワクチンの適応範囲」ということでエビデンスを求めると、HPVのワクチン(シルガード9)は中咽頭がんの予防にならないことなります。

 性行為でのHIV感染拡大を予防する方法として次のようなことが明らかになっています。
 1.セックスをしない
 2.コンドームを使用する
 3.感染している人が治療してU=U(Undetectable=Untransmittable:治療でHIVが検出限界値未満になるとコンドームを使わない性行為をしてもパートナーに感染させない)を可能とする

 1は現実的ではないのですが、2と3はアフリカではいまだにハードルが高い状況です。小学校の6年間をアフリカのケニアで過ごした人間として、アフリカの国々が経済成長を遂げ、教育も浸透し、コンドームも当たり前のように購入でき、HIVに感染しても治療が当たり前のように受けられる状況になることを願っていますが、そのような状況になるまで後何年、何十年待てばいいのでしょうか。

正解依存症社会に広がる「自己実現の欲求」

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基本を忘れた正解

 繰り返し申し上げますが、子宮頸がんを予防する上でHPVワクチンの有用性は否定されるものではありませんし、岩室紳也は様々な場面でHPVワクチンの有用性を伝えています。具体的に言えば、知的障がいを抱えているお子さんが性被害に遭うというのは残念ながら事実ですし、実際に男の子が性被害でHIVに感染し亡くなられるというケースにも関わらせていただいています。性被害に遭う可能性がある方々で、男女を問わずHPVワクチンを打つ意味は伝え続けています。その私がなぜ、HPVワクチンについて事細かく啓発し続ける必要性を訴えているのか、私もやっと気づかせていただきました。「正解依存症」のことを訴え続けている私ですが、改めて私も正解依存症だったと思い知らされました。

 HPVワクチンについて積極的に推進しましょうと訴えている方に「岩室は自分の思いを押し付けているだけだ」と言われ、ハッとさせられました。科学的事実を伝えようとしていても、科学的な事実に基づいた対話をしようとしていても、相手の思考パターンに、相手が受け入れられる伝え方で伝えない限り、所詮「思いの押し付け」になるだけだと反省させられました。新型コロナウイルスの蔓延時に、リスクコミュニケーションの大切さを散々、身に染みて痛感させられていたのに、やはり人間はリスクコミュニケーションの基本からすぐ逸脱してしまうのだと反省です。
 改めてリスクコミュニケーションの図を見直すと、お互いに意見の交換に留まっているだけで、相互の理解は全く進んでいませんでした。裏を返せば、相互の理解を得ることができない理由に着目する必要があるということです。

 私がHPVワクチンの議論で一番気になっているのが、HPVが性行為でうつる病原体であるにも関わらず、残念ながら性感染症対策という視点でHPV対策が論じられていないことだと、今更ながら気づかされました。感染症対策の基本は中学校の教科書にも書かれている「病原体の死滅による発生源をなくす」「感染経路を断つ」「体の抵抗力を高める」の三つです。HPVワクチンは体の抵抗力を高める効果はありますが、他の二つの対策も同時に考える必要があります。
 子宮頸がんの原因となるHPVは主にセックスパートナーの亀頭部から子宮頚部に感染するのですが、亀頭部に付着したHPVを完全に死滅されることは不可能です。ただ、HIVをはじめ、ウイルスの感染が成立するためには暴露されるウイルス量を減らすことが効果的だとわかっていますので、コンドームを使用しない場合は事前にペニスをしっかり洗っておくことは一定の効果があると期待できます。
 感染経路を断つ一番の方法はセックスをしないことです。すなわち一生セックスをしない人にとってワクチン接種は不要です。性体験率の低下が顕著になっている状況の中で、「誰もがセックスをするのだから、全員が接種した方がいい」というのは少し乱暴ではないでしょうか。
 「HPVワクチンは子宮頸がんを減らす」というのは正解ですが、一方でHPVワクチン接種を接種したことで大変苦しい状況に置かれています。ではそのようにつらい思いをしている方を生まず、かつHPVワクチンの恩恵で子宮頸がんにならないことを選択したい人にもその選択肢を残すにはどうすればいいのでしょうか。

 一番大事なことは、自分で考え、自分で選択し、結果を自分自身が受け入れられる状況、環境を作ることです。この基本を忘れ、「とにかくHPVワクチンを打ちましょう、それもお金がかからないキャッチアップの時期に」という正解を押し付けていないでしょうか。最終的にどのような状況になっても、すなわちHPVワクチンをめぐる最悪のことは、「HPVワクチンを接種をしなかったために子宮頸がんに罹患した」か「HPVワクチンを接種した結果、重篤な後遺症が残った」です。そのどちらも嫌だからどうすればいいのでしょうか、という方はリスク軽減について改めていろんな情報を集め、実践してください。
 感染症対策に絶対的な正解はないことだけはぜひご理解いただき、ご自分で選択し続けていただければと思います。後悔をしないためにも、させないためにも。

エビデンスが正解にならない時

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科学的根拠という正解の盲点

 インフルエンザのように抗体保有率が流行にどのような影響を及ぼすかがある程度解明されているものもあれば、新型コロナウイルスのように抗体保有率と流行の関係性がまだよくわかっていない感染症も多々あります。ところが最近「科学的根拠という正解」を残念ながら多くの人が掲げるようになり、結果として多くの人を苦しめているように思えてなりません。
 子宮頸がんを予防する上でHPVワクチンの有用性は否定されるものではありません。敢えてこのことを最初に書かせていただいたのは、HPVワクチン推進派の人たちは「岩室先生は推進派ですか、反対派ですか」と必ず突っ込んでくるからです。一方で反対派の人はこう書くと「岩室先生は推進派なのでもはやわれわれの考え方が理解できない人」とレッテルを貼られてしまいます。
 よく考えてみてください。

 子宮頸がんを予防する上でHPVワクチンの有用性は否定されるものではありません。

 ということは見方によれば「有用」とも言えますし、見方を変えれば「有用な側面と、副反応を含めて摂取したくない人がいるならそれもOK」ということです。でも副反応は心配で摂取したくないという思いの人が、「どうせ摂取しないならHPVに感染して子宮頸がんになるのを諦めなさい」ということでもありません。さらに言うと、確かに9価ワクチンはかなり効果がありますが、その効果は100%ではありません。メーカーのHPを丁寧に読めばシルガード9は前がん病変で10.6%、浸潤性子宮頸がんで6.4%に関与していません。すなわち、ワクチンを接種すれば100%子宮頸がんにならないとも言えず、摂取しても気をつけたいことは何かを伝える必要があるのですが、そのようなメッセージを聞いたことはありますか。
 私は子宮頸がんの原因になっているHPVが男性のペニスの亀頭部(もちろん指等もありますが)から感染していることを考えると、亀頭部にHPVが残存する可能性を提言する必要があるのではと言っているだけなのですが、残念ながらそこで「科学的根拠は」「エビデンスは」と言われてしまいます。
 そもそも論文として採用されるものには確かに科学的根拠、エビデンスが求められます。しかし、論文で次のことを証明するためにはどのような枠組みが必要でしょうか。HPV感染のリスクが高い性行為の一つとして「不特定多数との相手と性交渉をしている」ことがあげられています。ということは次のような組み合わせで検証をしないと科学的根拠、エビデンスを持ってペニスをごしごし洗うことの効果を証明することはできません。

 不特定多数の、ペニスをごしごし洗っている人とコンドームなしのセックスを人
 不特定多数の、ペニスを洗わないままの人とコンドームなしのセックスを人

 この2群に分けてどちらの方が将来的にHPV感染リスクが高く、かつ前がん病変、さらに子宮頸がんになるリスクが高いかを調べる必要があります。でも、皆さん、この研究に参加しますか。しませんよね。
 何を言いたいかというと、「科学的根拠」や「エビデンス」といった言葉を安易に使う人は、そもそも「科学的根拠」や「エビデンス」の限界を知らないで、それらを正解と思っていること自体が正解依存症ではないでしょうかということです。

基本を忘れた正解

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情報の入手方法で変わる正解

 北山修先生が「最後の授業―心をみる人たちへ」で「映像は想像力を奪う」と述べています。この言葉に出会ったのは2010年にNHKで放送された「北山修 最後の授業」でした。「目から入る情報はわかったような気になる。耳から入る情報は想像力を育み記憶に残る」という言葉を聞き、すごく納得しました。
 新型コロナウイルスだけではなく、インフルエンザ、様々な性感染症について多くの人はインターネットやテレビ等を通して情報を得ていると思いますが、私は基本的に自分でデータを収集してグラフ化をしたものをネットにアップしたり、講演等で使っています。なぜそうするようになったかというと、一方的に見せられた情報だとそれこそ「わかったような気になる」だけだということを繰り返し経験してきました。
 新型インフルエンザがいい反省例でした。2009年に日本中がパニックになったのに、翌年以降は流行しませんでした。与えられた、マスコミ経由の情報にしか接していなかった当時の岩室紳也は「なぜ1年で流行が収まったのか」を考えることもしませんでした。しかし、どこかで感染症、それも新型インフルエンザのことを含めて講演を依頼された時に調べていく内に、インフルエンザの抗体保有状況が毎年チェックされており、その分析結果を読み解くと、2009年に流行した新型インフルエンザは、結果的に感染が広がり、多くの人が他のタイプと同じように抗体を持つようになり、いわゆる「普通のインフルエンザ」になったことがわかりました。でも、そのような話はマスコミには登場しません。
この一文を読んでくださった方で、新型インフルエンザが普通のインフルエンザになった理由をご存じなかった方はここまでの私の記述で納得されたでしょうか。おそらく「No」ですよね。では次の図を見て納得いただけたでしょうか。

 2009年だけインフルエンザが夏場から流行しました。

なぜでしょうか。そしてそのことを伝えてくれた人に、情報に出会ったことはありますか?

 新型インフルエンザとなった2009pdmの抗体保有率は最初の流行後の2010年2月時点でも低い状況でした。

 抗体価が低いのは何故で、その意味をどうたらえるべきなのでしょうか。

 2009年の流行前に採取されていた血液では抗体価が低かたのですが、それが年々高くなり、結果的に「普通のインフルエンザ」になりました。

 私自身、このデータと向き合いながら、このデータについて紹介しながら、実は自分自身の中での対話を通して理解を少しずつ深めている状況です。こう話すと頼りがいがない専門家に見えるでしょうが、それが岩室紳也の限界なのでお許しを(笑)。

科学的根拠という正解の盲点

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後悔を生む正解、反省を生む選択

「反省はするけど、後悔はしない」

 この言葉は普及啓発をしている専門家として大いに反省と共に考えさせられた言葉です。
 人に何かを伝える時、つい自分なりの正解を言葉にして伝えてはいないでしょうか。私がHIV/AIDSの問題にかかわり始めた時、「セックスをするならコンドーム」という正解を伝えていたことを反省せざるを得ませんでした。
 ところがある日、家族計画の専門家の助産師さんが「岩室先生、コンドームってこうやってつければいいんですよね」とおもむろに家族計画(避妊指導)でいつも使っている試験管を取り出し、そこに馴れた手つきでコンドームをスルスルっと着けたのを見て「いやいやペニスには皮がありますからそこまで配慮しなければ・・・」と言う思いでチャンピオン君を作成しました。その後、大学生の勧めでYouTubeにコンドームの正しい装着法をアップしたところ、再生回数が新旧のバージョンを合わせると672万回を超えました。
 なぜこれだけ再生回数が伸びたかと言うと、異性愛者の男は自分のペニスにしかコンドームを装着したことがないため、ある意味自己流でやっていますので「正しい装着法」と言うのを学びたくなるからだと思っています。実はこれまで芸能人を含め、いろんな人にチャンピオン君にコンドームを装着してもらいましたが、完璧にできたのは、残念ながら亡くなってしまったHIVに感染した、ゲイで、私の患者&親友&共演者だったパトだけでした。そのパトと次のようなやり取りをしていました。

岩室:コンドームの着け方が完璧なのにどうして感染したの。その日はコンドームを使わなかったの。
パト:使ったよ。
岩室:じゃ、どうして感染したの。
パト:コンドームは所詮ゴムでしょ。たった一回破れたんだ。
岩室:その時のセックスのこと、後悔していない。
パト:どうして後悔するの。自分で、この人とセックスをしたい。コンドームはちゃんと練習して着けた。結果的に破れて感染したけど自分でchoice、選択して決めたこと。反省点はあるかもしれないけど後悔はしていない。

 人はいろんな選択をして生きて行きますが、自分で選択し、結果としていろんな困難、トラブルに遭遇しても、その結果を悔いるのではなく、その後も前向きに生きて行けるようなメッセージの届け方が大事だとパトから教わりました。逆に、自分で選択をしないから、自分で選択をさせてもらえないから後悔につながると思いませんか。

情報の入手方法で変わる正解

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「賛成か反対か」では見えない正解

 HPV(ヒトパピローマウイルス)でも新型コロナウイルスでもワクチンが開発されました。一方で、ワクチンを接種したことで副反応、副作用に苦しんでいる方がおられるのも事実です。そのため、よく「岩室先生はHPVワクチンについて、新型コロナウイルスワクチンについて賛成派、推奨派、反対派のどの立場ですか」と聞かれます。そう聞きたい気持ちは理解できますが、公衆衛生医を自認している私としては「正解依存症の方の質問」と思ってしまいます。
 そもそもワクチンの目的は何でしょうか。HPVや新型コロナウイルスに感染した結果、子宮頸がんに、陰茎がんに、新型コロナウイルス感染症になってしまうことを予防することです。ではHPVに、新型コロナウイルスに感染しないために、感染しても発症しないために出来ることは何でしょうか。ここでは敢えて列挙しませんが、予防のために出来ることはいくらでもありますよね。
 議論が炎上しないよう、敢えて多くの人が関心も情報もあまりない陰茎がんの予防について紹介したいと思います。日本泌尿器科学会の陰茎がん診療ガイドラインには「HPV感染も陰茎癌発症の重要な因子である」と記述されていますので、費用対効果等はさておき、HPVワクチンは陰茎がんの予防手段の一つであると言えます。一方でガイドラインには次のような記述もあります。「割礼による浸潤性陰茎癌の予防効果は,包茎症例に限定されることより,陰茎癌の発生母地となる組織の除去に加え,包皮内の衛生状態の改善,ウイルス感染のリスク低下,それに伴う慢性炎症および亀頭炎の減少が陰茎癌の予防に寄与すると考えられている」や「デンマークでは,1943〜1990年の間で年代とともに陰茎癌が減少したが,割礼率が2%未満のため,浴室付き住宅の普及による衛生環境の改善が陰茎癌の予防に寄与したものと推測されている」と。すなわち、包皮内を常に清潔にし、付着したウイルスが慢性炎症等で発がんにつながらないようにすることは、結果として自分自身のみならず、コンドームを使わない時のセックスパートナーへのHPV感染リスクの低下につながると考えられます。
 公衆衛生、予防対策で重要なことは、考えられる様々な手段を伝え、その中で、一人ひとりが何を選択するのか、何が選択できるのか、どのような環境であれば結果的に目的を達成できているかを考えることです。と偉そうに言っていますが、私自身、1994年の国際エイズ学会でオーストラリアの研究者が「アフリカでのHIV感染予防のためには割礼が有効」と話していたので、私が「包皮内を清潔にしていれば同じような効果が得られるはず」と反論しました。その時、「アフリカの人に清潔の大切さをどう伝えれば理解されるのか。さらにアフリカのどこに体を清潔にするための水があるのか」と反論されました。実はちょうどこの頃、泌尿器科医として「子どもの包茎の手術は不要。むきむき体操で亀頭部を翻転できるようになれば包皮内の清潔は保てる」と訴えていたのでその流れで「HIV予防のための割礼手術に反対」と訴えたつもりでした。しかし「アフリカのどこに体を清潔にするための水があるのか」という指摘を受け、改めて公衆衛生の奥深さを痛感させられました。
 「賛成か反対か」、「〇か×か」は「正解か間違いか」が明確に区別できる場合はいいのかもしれません。しかし、ワクチン以外にも選択肢があるような感染症対策の問いかけとしては適切ではありません。でも様々な選択肢について考えられないと「賛成か反対か」になってしまうのですね。難しいです。

後悔を生む正解、反省を生む選択

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正解がないのが対話

 思春期の様々な問題に向き合っていると、斎藤環先生の「ひきこもりと対話」で紹介された言葉がすごく大きな学びになります。

●対話(dialogue)とは、面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと。

●思春期問題の多くは「対話」の不足や欠如からこじれていく。

●議論、説得、正論、叱咤激励は「対話」ではなく「独り言」である。独り言(monologue)の積み重ねが、しばしば事態をこじらせる。

●外出させたい、仕事に就かせたい、といった「下心」は脇において、本人の言葉に耳を傾ける。

●基本姿勢は相手に対する肯定的な態度。肯定とは「そのままでいい」よりも、「あなたのことをもっと知りたい」

●対話の目的は「対話を続けること」。相手を変えること、何かを決めること、結論を出すことではない。

 このように対話には相手に押し付ける「正解」は登場しません。裏を返せば社会には「学校に行こう」「目標を持とう」「仕事をしよう」「男は男らしく、女は女らしく」「みんなと仲良く」といった多くの正解が蔓延(ばひこ)っています。
 裏を返すと、多くの人は相手を、子どもを変え、どうするかを決め、理想の結論に向かって頑張ろうとして、対話ではなく会話をするから疲れるのではないでしょうか。どうでもいい、ただのおしゃべりを重ねているうちに、自分がどうしたいのかが見えてくればラッキーぐらいの対話を重ね続けたいものです。

「賛成か反対か」では見えない正解

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