紳也特急 297号

…………………………………………………………………………………………
■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,297  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
…………………………………………………………………………………………
バックナンバーはこちらから
…………………………………………………………………………………………
~今月のテーマ『性犯罪が減らない理由』~

●『教員の性犯罪』
○『10年経っても変わらない視点』
●『こころを病むから犯罪者に』
○『こころを病まないために』
●『信頼・つながり・お互い様』
…………………………………………………………………………………………
●教員の性犯罪

 残念なニュースが続いています。リンクはすぐ切れるでしょうから記事の冒頭だけ紹介します。

 中学校元校長を懲戒免職 スカート内を盗撮か 相模原市教委
 相模原市立の中学校の元校長が電車内や駅の構内で女性2人のスカートの中などを盗撮したとして、市の教育委員会は懲戒免職の処分にしました。

 女性教諭(27)が保健室で男子生徒にキスして懲戒免職 相談を受けたのに適切な指導をせず抱きしめる 「私を守って」とメッセージも
 中学校の保健室で、男子生徒を抱きしめたりキスをしたりなどした、27歳の女性養護教諭が懲戒免職処分になりました。4月23日付けで懲戒免職処分となったのは、三重県内の公立中学校に勤務する27歳の女性養護教諭です。

 東京の小学校の男性教諭逮捕 勤務校の男子児童に抱きつきか
 3月、都内の小学校に勤める38歳の男性教諭が春休み中に駐車場で同じ学校の男子児童に抱きついたとして、不同意わいせつの疑いで逮捕されました。

 懲戒免職。逮捕。盗撮。不同意わいせつ。こういう記事を皆さんはどのような思いで読んでいるのでしょうか。
 2024年10月に全国被害者支援ネットワークに研修会を依頼されました。常々「犯罪予防も健康づくり」(紳也特急188号)と言い続けてきたことで認めていただいたようです。しかし、多くの日本人は未だに「犯罪予防は厳罰化で」という発想しかないと思いませんか。そこで今月のテーマを「性犯罪が減らない理由」としました。

性犯罪が減らない理由

〇10年経っても変わらない視点
 先に紹介した相模原市の元校長による盗撮事件について、相模原市の鈴木英之教育長は2024年4月18日に開かれた会見で「校長がこのような行為をしたことは誠に遺憾で被害者にお詫び申し上げます。今後起こらないように教職員への研修を繰り返していきたい」と話していました。2014年に神奈川県立高校の教頭が電車や駅構内で盗撮を繰り返していたとして懲戒免職処分になった際、神奈川県教育委員会の桐谷次郎教育長は「教職員を厳しく指導していきたい」と話していました。
 この時から性犯罪が起きる度に教育長、教育委員会は指導や研修を徹底すると言っています。一方で私は指導や研修では性犯罪は減らせませんと言い続けてきました。百歩譲って研修で、指導で犯罪が予防できるのだとすると、その研修を、指導を十分、効果的にしていなかった責任が教育委員会にあります。教育長は監督責任を取る必要があるのではないでしょうか。でも、多くの人は研修で、指導で簡単に予防できるはずもないと思っているのでマスコミも教育長の責任追及をしません。では、どうすればすべての犯罪を止められないまでも、少しでも犯罪を減らせるのでしょうか。

●こころを病むから犯罪者に
 人が犯す罪の中には確かに情状酌量の余地があるものも存在します。しかし、誰が考えても性犯罪は情状酌量の余地はありません。では、皆さんはどうしてそのような犯罪の加害者にならないのでしょうか。精神科医の春日武彦先生に教わった視点が一番「犯罪者の本質」をついていました。犯罪者をこころが病んだ状態の人ととらえることでした。

 こころを病むとは、その人のものごとの優先順位・価値観が周囲の人の常識や思慮分別から大きくかけ離れてしまうこと。

 性犯罪を例に考えるとわかりやすいです。すべての男がそうだとは言いませんし、異性愛者ではない人もいますが、女性の下着に興味を持つ男は大勢います。しかし、その男たちのほとんどは盗撮をしません。なぜなら「犯罪者にならない人のものごとの優先順位・価値観が周囲(世間一般)の人の常識や思慮分別からかけ離れていないから」です。裏を返すと「犯罪者、盗撮者になる人のものごとの優先順位・価値観は周囲(世間一般)の人の常識や思慮分別から大きくかけ離れてしまっている」のです。

〇こころを病まないために
 では、こころを病まないために何が必要なのでしょうか。こころを病めば当然のことながらストレスが溜まります。春日先生は、誰しも、すなわち結果的に犯罪者になってしまう人も、本当は目標のある生活をしたいと考えていると言います。ただ、誰しも実生活の中で挫折や失敗、失恋等を経験します。問題はその時にいろんな人との関係性の中から客観性、経験、情報、志、余裕、想像力をもらえると、そのストレスを乗り越えることができると言います。逆にそれらがないとストレスをため込み、こころが病み、犯罪者となってしまう。
 欲求の5段階説や自己実現と誤訳されたマズローのhierarchy of needs(人が必要としていることの階層化)に学べば、自己実現ではなく、自らの才能や潜在能力に応じて、できることを具現化すること(self-actualization)が必要、needsです。そのためにはいろんな人から受けるlove、すなわち大切に、大事にされる経験こそが必要、needsです。さらに、自分自身がいろんな人を大切に、大事にする経験がなければ自尊心や自信が得られず、self-actualizationの要素の一つである「道徳心」が育たず、犯罪者になるのです。

●信頼・つながり・お互い様
 犯罪予防も健康づくりという言葉を裏付ける考え方がソーシャルキャピタル、社会関係性資本です。ソーシャルキャピタルの三要素は「信頼」「つながり」「お互い様」です。そしてこの三要素が揃っている環境で暮らしている人は自らが健康的な行動をとれるだけではなく、地域の治安、防犯にも効果があることがわかっています。しかし、皆さんは「人とつながることで犯罪は予防可能です」と言われてもすぐに「そうだよね」と思えないですよね。岩室紳也も公衆衛生をきちんと勉強していなかったころは同じく思えませんでした。ましてや気が付けば教育長になっていた方々がこのような視点を持っているはずがないのは百も承知です。
 では、どうすればいいのでしょうか。人とつながることがウザイと思っている多くの人たちに、犯罪だけではなく、ひきこもり、不登校、児童虐待を減らすには人と人をつなぐことが大切、と言ってもスルーされるだけです。そして、これからもどこかの教育長が「性犯罪予防のために研修や指導を徹底します」といい、国民がそのニュース映像を見て納得し、次なる犯罪被害者が生まれる・・・・・これが犯罪を減らせない理由なのです。実は教育長だけではなく、マスコミも、国民も「犯罪予防は厳罰化で」ということを正解と信じ切っている正解依存症に陥っていないでしょうか。
 依存症の治療はなかなか難しいですが、国民一人ひとりのneedsが明らかになったからには、私はこれからも地道に人と人がつながる大切さを訴え続けたいと思います。犯罪被害者を減らすために!!!