紳也特急 106号

~今月のテーマ『いま、何を、どう伝えるか』~

●『大学生の感想』
○『情報格差社会』
●『多様性は一人ひとりの中に』
○『韻がわからない』
●『R30に出ていましたよね』

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●『大学生の感想』
 ここ何年か講義をさせていただいている大学から学生さんのレポートが届きました。A4にほぼぎっしり感想や考えたことが書かれたすべてのレポートに目を通すことで私自身が勉強をさせてもらっています。今年も多くの示唆をいただいたので、いくつかを紹介します。

◆私は、中・高の保健の授業もしっかりと聞いていたものの、周囲に比べてあまりに無知でした。まず、妊娠して生理が止まるという事も初めて知ったし、性行為のことについても全くと言ってもいいほど知りませんでした。
◆コンドームは避妊の道具としては知っていましたが、性感染症の予防にも効果があることは知りませんでした。
◆よく聞くのは「ゴムをつけるのにもたつく男はダサイ」などという女の子の発言です。たしかにセックスの際のコンドーム着用のタイミングは難しく、あまり手間取るとムードがなくなってしまうのもよく分かります。しかし、ここをむしろ女の子が手伝うとか、逆に着けてあげるとかすればいいと思います。何も、男の子にかっこよく袋を開けてすばやくつけることなど(少なくとも私は)望みません。
◆講義後には「コンドームのつけ方を大学の授業で習うとは思わなかったけど勉強にはなったよね」とか、「奥さんの月経周期を把握しているなんて最初は気持ち悪いと思ったけど理由を聞いて先生はなんて優しいんだろう!と思った」という事を友人と話し、その他にもいろいろと意見を交換できました。性について、というのはなかなか話しにくいテーマですが、先生の講義を通して話をすることができたこともこの授業での収穫でした。
◆この講義の感動を母に伝えようとしたが、「コンドーム柄のネクタイをしていた」といった時点で全く信用してくれなかった。しかし、生で聞いたものには分かる。形だけでない、本当に中身のあるお話だった。
◆岩室先生の「本当にあなたはセックスをしたいのですか?」という問いはある意味衝撃的でした。私たちの今の状況を否定的にとらえるのではなく、自分の心と体の成長について目をそらさず、きちんと向きあうことを教えてくださいました。
◆この講演を期に、人にレッテルを簡単に貼らないことを目指します。
◆最近、人間関係で思うようにいかず、「人間関係って面倒臭いな」と思っていましたが、私を楽しませてくれるのも、幸せにしてくれるのも「他人」であることに気付いた今日からは、「人と人との繋がり」を大切にしていきたいと思います。
◆私の両親はコミュニケーションをほとんどとらないので危機だと思います。実家に帰ったときは二人がコミュニケーションをとるように協力しようと思います。
◆伝えたい事をそのまま言うのではなく、自分が話した内容から聞いた人が感じ取れるような話し方を身につけたいと思いました。

 感想を読ませていただいた後に、12年ぶりの2冊目の単著(思春期の性~いま、何を、どう伝えるか~:大修館書店)を出しました。本の題名は「思春期の性」ですが、思春期の性の中のこのようなことを伝えたいという意図で書いたのではなく、岩室紳也が「思春期の性」を語ることで何を伝えたいかを書かせてもらいました。今回のレポート、感想文を読ませていただき、本の意図は間違っていなかったのだと安堵しましたので、今月のテーマは「いま、何を、どう伝えるか」としました。

『いま、何を、どう伝えるか』

○『情報格差社会』
 なかなか優秀な大学生たちにも関わらず「妊娠して生理が止まるという事も初めて知った」という事実に驚かれた人もいるのではないでしょうか。「コンドームは避妊の道具としては知っていましたが、性感染症の予防にも効果があることは知りませんでした」で大学に入れるのと思った人もいるでしょう。しかし、大学入試には、「女性が妊娠した場合、最初に起こる体の変化は(      )」といった問題は出ません。保健体育の先生たちでこのメルマガを読んでくださっている方は、ぜひ授業内容を見直していただければと思います(笑)。
 自分自身が新たな気付き、知識の習得をした場面を思い出せば簡単なことですが、入試等で徹底的に勉強させられたか、それとも何らかの感動をもって、こころに響いたものであれば記憶にとどまるのですが、自分の問題にならない情報は馬耳東風となってしまうといういい例です。情報氾濫社会と思っているのは実は大人たちの誤解のようです。確かにこちらから積極的にアプローチしようとすればインターネットのおかげで昔と比べれば手に入る情報量や内容が格段に増えたと言えます。しかし、若者たちにとってそれらの情報との接点は携帯やパソコンでアクセスした情報となりますので、そのような情報に積極的にアクセスしている人が接している情報量はすごく多いでしょうが、携帯などのツールを使わない人たちは以前の若者と比べればむしろコミュニケーションの減少の結果、得られる情報量は減少しているのではないでしょうか。少なくとも妊娠すると生理が止まるということを知らなかった女子大生にとっては、その情報は一度もこころに響く形で接することがなかった情報だったのだと思います。現代は情報氾濫社会ではなく、むしろ情報格差社会のようです。

●『多様性は一人ひとりの中に』
 300人ほどの学生さんのレポートには一人ひとりの生い立ち、現在の生活環境の違い、性に対しる意識の差が鮮明に見て取れました。と同時に、私の1時間半の講義が持つ意味も一人ひとりにとって違うのだということも再認識させてもらいました。今回提出されたレポートは大学関係者が見ないことを確約して提出されているため、内容は個人的なことを含めて具体的なものも数多くありましたが、一人ひとりが私の話を通して、自分自身を振り返り、これから性だけではなく、様々な問題とどう向き合うかの答えを自分自身の中で探そうとしているように感じました。
 金子みすゞさんの詩で「みんなちがってみんないい」というのがありますが、多様性は一人ひとりの中にあり、本当に「みんなちがってみんないい」はずです。しかし、今の社会は均一であることを是とし、一人ひとりの個性を、多様性を認めない雰囲気が少なくとも若者たちにはあるようです。かなり高い水準の大学に合格した学生さんだからこそ、逆に大学に入ったらある程度同じような人たちがいるのかと思いきや、高校時代と同じように、あるいは高校時代以上に多様な人たちがいることに戸惑いを持ったと思います。しかし、俵万智さんの詩の一節にあるように「つながるつながるつながるなかでわたしはわたしを見つけ出す」ということを、私の性の話に「つながる」ことを通して体感してもらえたようなので、語り手としてはうれしい限りでした。自己満足?

○『韻がわからない』
 一方で「最近の子は無表情、無反応になってきた」と心配している先生たちもいます。「いい子でいること」を、「みんなと同じ」、「大人しくしている」、「悪ふざけをしない」、「喧嘩をしない」ことと教えられてきたためか、面白い話に対しても一斉に笑えない若者たちが増えています。もちろんすべての話にみんなが笑うはずもないのですが、笑いたいけど笑えない、あるいは最初から笑わないようにしている人たちが確実に増えています。自分が面白いのだったら自分が笑えばいい。こんな当たり前のことを、「どうしてそこで笑ったんだ」と言われるのが怖いから自分を押し殺すことを繰り返してきた人たちが増え、ある集団を形成しています。当然のことながら自分の中に感動が生まれないだけではなく、人と感動を共有しないので自分の感動の幅が広がりませんし、新しい発見もありません。
 さらにある先生が教えてくれたのですが「岩室さんの『かぶれば包茎、むければOK』には反応しているものの、それが韻を踏んでいることを理解していない子たちが多くなっています」と教えてくれました。確かに「かぶれば包茎、むければOK。むいて、洗って、また戻す」を思いついた時、韻を踏んでいるのでこれは使えると思いましたが、韻を踏むことでリズム感が出て、伝えたいことが心地よく伝わり印象に残るというのはどこで覚えたのでしょうか。学校の国語の先生ではなく、いろんな人と韻を踏んだ言葉を繰り返し使っているなかで体感し、さらに国語の先生に「韻を踏むとは」と教えられてガッテンになったのだと思います。生きる力はコミュニケーションからというのを実感させられる毎日です。

●『R30に出ていましたよね』
 R30に出演した事後談です。私の家の最寄駅の構内ですれ違いざまに一人の女子高生が「R30に出ていましたよね」と声をかけてくれました。感想を聞かせてもらったところ、目を輝かしながら「すごくよかった」、「勉強になった」と真剣に話してくれました。彼女にとってこのオジサンの顔はR30が放送されてから一か月以上経っていたにもかかわらず、すれ違いざまに思い出すくらいインパクトがあるものだったようです。そのことを家内に報告したら「いつも同じ格好をしているからじゃない」とあっさり言われてしまいましたが、印象に残るファッションセンスも大事だといいように解釈しています。でも、テレビに出るといいことばかりではありません。いつもビールの配達をお願いしているお店の店主さんが「岩室さんってお医者さんだったのですね」と素性がばれるという一幕もありました(苦笑)。と同時に、「知らなかったことが多かったのでためになりました」と身近な人に言われると、また頑張ろうと思えました。やはりつながっていることが大事ですね。