紳也特急 107号

~今月のテーマ『思春期を経験していない若者たち』~

●『必ず署名してくださいね』
○『あるメール相談』
●『アキバ事件に学ぶ』
○『正解を与えない性教育を』
●『双方向の性情報を』

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●—– Original Message —–
From: <○○@docomo.ne.jp>
To: <○○@○○.ne.jp>
Sent: Friday, June 20, 2008 5:02 PM
Subject: Re:岩室です
ご返事をいただきありがとうございました。こんなに早くいただき驚いています。今年から私達の研究で、携帯などをとりあげることにしました。依存と生活やコミュニケーションも大きな要素になってくると思います。また、何かあったときには、質問させてください。よろしくお願いします。

●『必ず署名してくださいね』
 皆さんはメールでのやり取りをする際に、相手に「このメールの送り手は私です」ということをどう伝えていますか。携帯、依存、コミュニケーションといったことを意識して取り組もうとされている方も署名することなく返事をくださいました。私が「必ず署名してくださいね」とお返ししたら、「よくやってしまうのです」とのことでした。実はHPからの相談メールに返事をすると半数以上の返事が署名なしで送られてきます。とりあえず受けたメールはすぐには削除しないのでアドレスを頼りにその前のメールに何が書いてあったかを調べたり、名前を確認したりして返事を書くようにしています。もちろん「必ず署名してくださいね」と付け加えています。
 携帯メールをやり取りしている人たちは「メルアド」を交換する際に相手の名前を入れておいたり、中には写真で相手を判別したりしているため、相手のアドレスが登録されていれば誰からのメールか分かる仕組みになっています。私は携帯でメールをしていないのですが、携帯電話が便利なのは相手の番号から誰がかけてきているかが分かることです。そのためか、電話で「○○です」と名乗らないでいきなり話し出す人がいますよね。誰からの電話か分からないまま電話の対応をするのと、最初から「○○さんね」とわかって出るのでは電話に出るストレスに大きな差があります。
 コミュニケーションが大事と言いながら、限られた仲間の中でしかコミュニケーションがとれていないと、コミュニケーションからくるストレスに弱い人間が出来上がらないでしょうか。そんなことを考えていた時に横浜市思春期問題連絡会で一緒に議論をさせていただいている神奈川大学の久田邦明先生が「思春期を経験していない若者が多い」という旨の発言をされ、「これだ」と思ったので、今月のテーマを「思春期を経験していない若者たち」としました。

『思春期を経験していない若者たち』

○『あるメール相談』
Q:あの~質問なんですが、排卵後に生でセックスをしたら妊娠ゎしませんか?
A:排卵後に生でセックスをしたても妊娠しますよね。どうして妊娠しないのですか?
Q:なんでするんですか?卵が排出されて精子と受精しないからだと思います。
A:排卵とは「卵子が卵巣から排出される」ということです。体から排出ではないので、そこに精子がいれば妊娠しますよ。
 やり取りを少し凝縮していますが、排卵を卵子が体から排出されると理解していたのでしょうね。確かに丁寧に説明しないとそう誤解されることもあります。この相談者は自分の性体験と自分が持っている性情報の間で「妊娠」という不安が浮かび上がり、インターネットでいろんなことを調べているうちに私のHPにたどり着いたようです。彼女とのやり取りで気付かされたのは少なくとも彼女は自分の中で生まれた不安を私にぶつけ、混乱している情報を整理し、最終的には自分が選択するしかないということに到達することができました。しかし、同じように「生でセックス」をしても結果的に妊娠していなかったため、悩むこともなく「大丈夫でしょ」という感覚で生きている子と、このメール相談をしてきた子とでは同じ機会の活かし方が違います。

●『アキバ事件に学ぶ』
 多くの人が理不尽にも殺されてしまった事件をどう考えればいいのか、いま、日本中で議論されています。犯人がどのように育った結果、このような事件を引き起こすことになったのかを多くの専門家は分析しようとしています。マスコミが報道していることを鵜呑みにするのは危険だということを承知の上で、週刊現代が取材した3歳年下の弟さんの言葉に考えさせられるものがありました。

 「犯行前、携帯の掲示板に〈彼女が欲しい〉〈俺はモテない〉といった内容の書き込みをしていたことは、驚きでした。私の家では、“性”に関する話題は決して触れられないタブーだったからです。(中略)犯人も私同様に“性”というものから遠ざけられて生きてきたので、性に対してはかなりの距離感があったと思っています。」

 私が思春期を送った頃は「彼女が欲しい」とか「俺はモテない」というのは中学生や高校生の頃に悩むことでした。そして高校を卒業する頃には自分が行動するしかないと猪突猛進的にアタックと挫折を繰り返しつつ、一人ひとりがパートナーを見つけて行きました。私にとっての思春期とは悶々とした自分の性衝動、性欲をどう自分で処理し、処理している自分が情けなくなったり、それこそ「オナニーをし過ぎると頭が悪くなる」といったことを真剣に悩んだりする時期でした。2次性徴は誰にも平等に起こる大事なストレスの場でした。しかし、先のメール相談の子のように自分の性と向き合い、それなりに悩んで誰かにぶつけて解決していく人と、何も悩まず、あるいは悩みはなかったことにして、性と向き合うことをせずに生きている人とでは様々なストレスと向き合う力が違うのは自明の理です。

○『正解を与えない性教育を』
 性とどう向き合えばいいかを教えるのが性教育だとすると、いま、学校で行われている性教育は転ばぬ先の杖のような内容が多いのですが、これでいいのでしょうか。自分自身の性教育を振り返ってみると、確かに、包茎で悩むなといった内容もありますが、こうすればいい、こうしなければならない、こんなことで悩むなという正解を与える内容は少なく、岩室紳也や多くの人たちという事例を使いながら、こんな例も、あんな例もあるよ。で、あなたはどうすると投げかける性教育を心がけています。
 結婚して、子どもを作ろうと思っている二人なら、当たり前のことですが一緒に保健所でエイズ検査を受けてからコンドームなしのセックスで子どもをつくらないと、私の患者さんのように妊娠して喜んでいる時に「あなたはHIVに感染していますよ」ということになります。さてあなたはパートナーに言えますか。「保健所で一緒にエイズ検査を受けよう」と。この投げかけは多くの若者に「自分の弱さ」を感じてもらえるいい方法です。このような投げかけをしながら、自分もしなければならないことができていなかったという話ができる大人が多くなれば若者たちも学ぶチャンスが増えます。
 しかし、中学校の教科書には「ストレスに対処する方法」として、「自分を支えてくれる人を持つ。(ふだんのコミュニケーションをたいせつにしましょう。)」、「物事を前向きに考える。」、「趣味などで気分転換をする。」、「自分の心身の状態に気づき、リラックスさせる。(体ほぐしの運動は、そのためのよい方法です。)」といった正解はありますが、大人が読んでも「それ~ができれば苦労はな~い」と思うものばかりです。

●『双方向の性情報を』
 週刊誌の記事に弟さんが「同じ家庭、環境に置かれながら私が犯人と同じことをしないのは、外の世界に飛び出し、苦しみながらもそれまで欠けていたものを手に入れたからだと思います。」とコメントしています。この言葉に学びたいですね。犯人が特殊な人だと切り捨てることは簡単です。どのような家庭環境が影響したのかを評論することも簡単です。しかし、同じような事件はこれからも必ず起こります。事件を起こした人と起こさなかった人の違いが「それまでに欠けていた」ことを補い続けられた人と、補い切れなかった人との違いではないでしょうか。
 もちろん完璧な人間はいませんが、思春期は自分の体やこころの変化を通して「それまで欠けていた」ストレスと向き合う力を身につける貴重な時期です。しかし、思春期を経験していない若者が増えてきたことは事実です。その傾向は性教育バッシング後加速し、自分の性欲や妊娠できる体になったという事実、すなわち2次性徴と向き合わせない雰囲気がさらに強くなっています。私が育った時代はそれでも仲間からもらう双方向の性情報を通して、自分たちの中でストレスとどう向き合うかを学ぶことができました。しかし今はインターネット等からの一方通行の性情報の中で、正解だけを与えられた若者たちは「それまで欠けていた」ものを学ぶコミュニケーションもないまま、結局のところこころを病んでいます。
 これからの若者たちには「思春期を経験しろ」、「仲間どうしで大いに悩め」と言いたいですね。2次性徴という男性にとっても、女性にとってもとんでもなく大きなこころとからだの変化の渦の中で、もがき、苦しむからこそ、我慢も、社会のルールも、ストレスへの対処法も覚えられます。思春期に一番大事なのは仲間等との双方向のコミュニケーションの中から自分なりのストレス対処法を身につけることです。それができていない若者たちが多い今、同じような事件は間違いなく繰り返されるでしょう。