紳也特急 124号

~今月のテーマ『最も効果を上げたHIV感染予防策』~

●『行間を読み取る若者たち』
○『20代の男性異性間のHIV感染は横ばい』
●『やはり学校教育が大事』
○『学習指導要領で強調される「異性」』
●『ゲイもあり』
○『多様なつながりが理解を広げる』

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●『行間を読み取る若者たち』
 年間100校程度で話をしていると本当に多くの学びをいただきます。私が研修会で「自分の言葉を語る」、「自分を語る」ことの大切さを強調しているのは、実は自分を語っていると、聞き手が私の言葉以上のことに気づき、私にも実は正直に自分のことを語ってくれ、それがまた岩室紳也の次の講演や仕事、生き方の糧になるからです。
 「今日はいいお話を本当にありがとうございました。私は人間が少し苦手です。何というか接触する事じたいも恐いくらいです。でも、先生のお話のおかげで少し克服できることができるかもしれません。」(高校1年女子)
 「私がいちばんよくわかった大切なこととは、互いを思いやる気持ちを持つことです。二人で行う性交渉という行為に欠かしてならないのは、これにつきるということを教えて戴きました。」(高校2年女子)
 「性の奥深さを知った。講和が終わったとき、最初に「ついてる」「ゲイの方いますか?」などという言葉に対して笑しか出てこなかった自分が小さく見えた。コンドームをつけるということは、ただ単に性病を回避するだけではなく、相手に“思いやり=愛”を示すものでもあった。今後そういう機会にめぐりあうとき、僕は自信を持って判断できるだろう。今回の講和のおかげで過ちをおかすことなく人生を全うできることに感謝したい。コンドームの達人のホームページを「お気に入り」に追加したいと思います。」(高校3年男子)
 生徒さん一人ひとりの感想にもいろいろ考えさせられますが、その生徒さんの前に立つために乗り越えなければならないハードルもまた少なくありません。先日、あるカトリック系の学校で講演を頼まれたのですが、お邪魔する前に学校内で次のような声が上がっていると聞きました。
 ・生徒たちに、正しい知識や、常識、マナーを知ってほしい。
 ・高校生に、コンドームについての教育等必要ないはず。
 ・「するならつけようコンドーム」等の、表現には注意してほしい。
 ・「人間の性」について話をお願いしたい。
 しかし、当日校長先生と話をしたところ(詳細は後述)、私の思いを生徒さんにぶつけることの了解をいただき、すごくやり取りも活発な講演会になりました。いろんな声、いろんな思いが大人たちにある一方で、いま、若者たちのエイズ予防で効果をあげていることは何か、これから何をしなければならないかを改めて検証すると、実はある年代と層ではHIV感染は少し横ばいになっていることが明らかになりました。そこで12月1日世界エイズデーのテーマを「最も効果を上げたHIV感染予防策」としました。

『最も効果を上げたHIV感染予防策』

○『20代の男性異性間のHIV感染は横ばい』
 先月、名古屋で開催された日本エイズ学会で「学校外講師に求められHIV感染予防啓発の視点の変遷」という発表をしてきました。「日本ではHIV/AIDSが増えつづけている」とか、「日本は先進国の中で唯一AIDSが増えつづけている国だ」といった脅し啓発が多く、まるで日本ではエイズ対策がことごとく失敗しているような印象がありますが、本当に今までやってきたことは効果がなかったのでしょうか。日本ではHIV/AIDSのデータはそれなりにちゃんと集められていると思います。それらを一つ一つ丁寧に見てくると実は興味深いことに気が付きました。
 2年ほど前から言い続けてきたことですが、AIDSを発症、すなわちHIVに感染した後、検査もせずに体調を崩し医療機関を受診した結果、「あなたはAIDSを発症しています」と言われる人たちをみると、男性同性間性的接触のAIDSの人たちは増えつづけているのですが、男女とも異性間性的接触のAIDSの人たちは横ばいです。しかし、この人たちが感染したのは1990年代から2000年代初期になりますので、どのような啓発が異性間のAIDS発病抑止に効果があったのかを断定することは難しいと思います。今回の学会発表に当たって、いろんなデータを検証する中で、異性間性的接触で感染した日本国籍の男性HIV感染者数の推移を年代別にみると、20代だけがここ10年(1999年から2008年)横ばい状態が続いています。ある年代だけが横ばいになるということは、その年代だけが受けている啓発活動が効果をあげているということになります。

●『やはり学校教育が大事』
 20代の異性間の男性が共通して受けている啓発と言えば学校でのエイズに関する授業となります。そこで高校の教科書に記載されているHIV/AIDSのことを遡って調べてみました。いま、もっとも使われている大修館書店の教科書を見ると、1988年にはじめて「エイズ」に関する記載がありますが、「エイズ:近年、国際的に大きな問題となっている伝染病の1つにエイズ(AIDS:後天性免疫不全症候群)がある。これは、エイズウイルスという病原体が、性交渉や輸血などを介して感染し、発病していく病気で、体の免疫機能がおかされるために、肺炎にかかったり、がんをおこしたりして死亡する率が高い。欧米やアフリカで患者が急増しているが、日本でもふえてきており、現在その予防と研究がすすめられている。」と間違いのない記載ですがまだ対岸の火事といった記載です。
 1994年から使われている教科書には「エイズとその予防」という章建てで見開き2ページが割かれ、予防方法についても「すなわち、不特定多数との無防備な性的接触をせず,コンドームの使用を怠らないなど,一人一人が『リスクの高い性的接触をさける』ことです。」と記載されています。記憶に新しいことですが、1994年は横浜で国際エイズ会議が開催され、教科書の改訂と相前後して日本中でHIV/AIDSに関する報道がありました。すなわち、「報道」はすべての年代に届いているはずですが、20代だけが横ばいになっているのはその世代だけにプラスアルファで届いていたものが報道等の効果をさらに効果的なものにしたと思われます。これが教科書を含めた教育現場での取り組みではないでしょうか。

○『学習指導要領で強調される「異性」』
 ところが、同じ20代の男性同性間性的接触によるHIV感染者数は増加の一途をたどっています。そこであらためて教科書を見てみるとどこにも「同性」、「同性愛」、「ゲイ」といった記載はありません。1999年の学習指導要領には「思春期と健康の中に『思春期における心身の発達や健康課題について,特に性的成熟に伴い,心理面,行動面が変化することについて理解できるようにする。また,これらの変化に対応して,異性を尊重する態度が必要であること,及び性に関する情報等への対処など適切な意思決定や行動選択が必要であることを理解できるようにする。』とあります。2009年に改訂された学習指導要領にも同じような記載がありますが、どこにも『同性(愛)』に関する記載はありません。最新の教科書の「性への関心・欲求と性行動の選択」の章には「異性」という表現や男女が一緒にいる姿は1ページに9回も表現されていますが「同性」に関する記述はありません。もしあなたが同性愛、ゲイであったらこの教科書をどう受け止めるでしょうか。少なくとも自分のことを無視された、理解されない存在と思いますよね。

●『ゲイもあり』
 いまの日本はとかく批判が多く、エイズ教育に関しても「学校側が消極的だ」、「学校は何もしていない」という声を多く聞きます。しかし、データが示すように学校現場での取り組みが功を奏したとしか考えられない20代の異性間性的接触による男性のHIV感染者の抑制効果に学びたいものです。と同時に、学校現場の限界を踏まえつつ、いま、学校現場と協働する保健医療の再度の役割を改めて明らかにする必要があるのではないでしょうか。学校外講師は学校の先生たちができない同性愛、ゲイの人たちのことを少しでも取り上げ、「ゲイもありだよね」とか、「友達にゲイの人がいるよ」とか、「ゲイの人は妊娠しないからコンドームが使えないんだ」といったことを自分事意識でサラっと言うだけでそれなりの効果があるはずです。
 「そんなのは学校側がちゃんとやるべき。多様なセクシュアリティについて教科書が書くべきだ」と思っている方に2009年の新しい学習指導要領の一文を紹介します。
 「指導に当たっては,発達の段階を踏まえること,学校全体で共通理解を図ること,保護者の理解を得ることなどに配慮することが大切である。」
 この一文がある限り、よっぽど大きな社会的な出来事、例えば首相が「実は私はゲイです」とカミングアウトするなどがない限り、今までのサイクルで言うと2019年まで改訂されないでしょうし、仮に改訂があっても教科書が世に出るまでには学習指導要領改訂から4年ほどかかります。中には「政権交代があったから性教育バッシングの風潮も変わる」と思っている人もいらっしゃるようですが、それはとんでもない誤解だということを敢えて申し上げておきます。あの動きは実は超党派の動きです。

○『多様なつながりが理解を広げる』
 最初に書いたように先日、あるカトリックの学校に呼ばれました。私自身が不勉強だった時は、カトリックは「同性愛も、コンドームも、中絶も否定する宗教」と決めつけていました。しかし、これは大きな誤解であり、このように決め付け、価値観を押し付ける宗教であればアフリカなどHIV/AIDSが猛威をふるっている所では宣教活動ができるはずもないということをカトリックの多くの方に教えていただきました。カトリックの学校の校長先生にお会いした際に、私自身が宗教の奥深さと大切さをAIDS文化フォーラム in 横浜の「宗教とエイズ」で学んでいることをお伝えし、2008年のAIDS文化フォーラム in 横浜の報告書でカトリックサンスルピス修道会の牧山強美神父さんにもご協力いただいていることをお話しさせていただいたところ、私の思いの全てを生徒さんにぶつけさせていただくことの了解をいただきました。多くの人とのつながりがその学校の生徒さんとの新たなつながりを生んでくれたことに感謝です。
 一人ひとりの活動の効果を評価することは本当に難しいですね。しかし、これからも社会の動きには注視しつつ、私の話を聞いた結果、一人ひとりが何かを感じてくれるよう、話す内容をレベルアップし続けたいと思っています。