紳也特急 153号

~今月のテーマ『こころのケアって?』~

●『女子高生からの質問』
○『若者の自殺が増えている』
●『岩手と宮城の自殺が減った』
○『こころの不健康度チェック』
●『こころのケア』
○『男性と女性で異なる「こころ」』
●『性差を考えたこころのケアを』
○『若者はこころを育てるところから』
●『そもそも「こころ」って何?』

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●『女子高生からの質問』
 被災地に入り続けて1年。正直かなり疲れて来ていた頃に次のようなメールをもらいました。
 私は15歳で高校生になりました。中学校の「性の授業」で岩室先生の講演のビデオを見て、このサイトをみつけました。彼氏に「セックスしたい」と言われた事があります。「妊娠するのが怖いから嫌だ」と言うと、「わかった」と言ってくれました。「断ったら嫌われるかもしれないから」と思っていたけど、「私もしたいけど、妊娠が怖いから」と言ったら「べつにセックスするためにつきあってる訳じゃない」と言ってくれました。
 子供ができても、学生なので育てる事はできません。中絶も自分のお金ではできません。性病になっても、自分のお金で治療することもできません。「妊娠するかも」という怖さが上回って、セックスをした事はありません。でも最近私も「セックスしたい」と思うことがあります。
 先生は講演会やサイトで正しいコンドームのつけたか等を説明していますよね。でも、他の大人はだいたい説明してくれません。「セックスなんてしちゃ駄目だ」っていう感じがします。
 私は子供です。彼氏も子供です。子供はセックスをしてはいけないのでしょうか?子供のセックスには、愛がないのでしょうか?どんなに好きでも、してはいけない事なのでしょうか?親や学校の先生には聞けないので、ここで聞いてみる事にしました。

 しっかりした女の子ですよね。皆さんならどう返事をしますか。何回かやり取りをした後、私は「失敗やつらい経験が悪いことだとは思っていません。だから「決めるのはあなた」というスタンスです。」と返事をしたら、「私には厳しい意見にも聞こえますが、確かにそうかもしれません。ゆっくり考えて、自分でするかしないか決めてみます。ありがとうございました。」という返事をくれました。
 このやり取りを通して、彼女に癒されている、こころのケアをしてもらっている自分に気付かされました。さらに、4月号から被災地のことを連載させてもらっている医学書院の「公衆衛生」という雑誌の5月号に国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所災害支援研究室長の鈴木友理子先生が書かれていた「災害後のこころのケア」を読んで「わが意を得たり」と思いました。
 そこで今月号のテーマを「こころのケアって?」にしました。

『こころのケアって?』

○『若者の自殺が増えている』
 自殺をする人が14年連続3万人を超えました。3万人と言えば東京マラソンを走る人の数です。何年か前から自殺対策に首を突っ込み、被災地で地域の健康づくりを考え続けている中で、今行われている自殺対策、被災地で行われているこころのケアについて疑問を抱かずにはいられませんでした。ハイリスクな、危なそうな人を見つけ出して予防できるのはほんの一握りの人たちではないんだろうか。「サインを見逃すな」と言えば言うほど、かえって身内が自死してしまった家族や関係者を傷つけるのではないか。そのように思っていた私の考えを後押しし、今後の対策のあり方を示唆してくれるデータが次から次へと明らかになりました。
 私が自殺対策に首を突っ込んだのは、若者たち、特に男のこころが近年急速に変化してきたことの背景を考え、自殺を含めいろんな資料を分析していたのがきっかけでした。ここ何十年か、女性の自殺は横ばいなのに男性の自殺が増え続けていました。しかも男性の自殺が急増した時期と、十代の人工妊娠中絶、不登校、児童虐待が急増した時期がぴったり一致していました。一方で年齢別にみると、実数では高齢者の自殺が多いのですが、人口当たりの自殺率を比べると高齢者ではむしろ減少傾向なのに、若い女性の自殺は増加傾向にありました。すなわち、「男」と「若者」の自殺に問題解決へのヒントがありました。

●『岩手と宮城の自殺が減った』
 東日本大震災後、私も被災地では自殺が増えるのではないかと懸念していましたが、平成23年度の都道府県のデータを見ると、岩手県と宮城県では自殺は減少し、福島ではほぼ横ばいの状況でした。よく考えると、このデータはある意味ごく当たり前の結果だと言えます。
 私が継続的に関わっている岩手県陸前高田市では人口の7.7%が、宮城県女川町では人口の9.2%が亡くなる、もしくは行方不明になっておられます。住宅の全壊+半壊の被害は陸前高田市が42.9%、女川町82.4%です。このような悲惨な状況にも関わらず、しかも避難所の体育館には1,000人を超える人が寝食を共にせざるを得なかったにも関わらず、なぜ多くの方が自殺をすることなく耐えられてきたのでしょうか。
 確かに被災者の方々は劣悪な環境で暮らすことを余儀なくされました。しかし、同じ境遇を体験している仲間の存在を毎日確認することができたことは、こころのケアという観点から見るといい方向で影響していました。一方で福島の方々は同じ避難生活と言っても、住み慣れたところから、仲間から引き離され、仮に避難しているところの住まいの環境が岩手県や宮城県の方々の避難先より良かったとしても、こころを癒してくれる居場所を失った結果、残念ながら自殺を減らせませんでした。

○『こころの不健康度チェック』
 日本人は早期発見、早期治療という言葉が大好きです。そのため、どうすれば自殺しそうな人を早期発見できるかと考える人が増えました。こころの元気度の指標の一つとして注目されたのがK6といううつ状態や気分・不安障害の人たちを把握する6項目の設問でした。(10項目の「K10」もあります)。
 K6質問票では過去30日の間にどれくらいの頻度で次の6つのことがあったかを5段階(全くない、少しだけ、ときどき、たいてい、いつも)で確認します。
 神経過敏に感じる
 絶望的だと感じる
 そわそわ、落ち着かなく感じる
 気分が沈み込んで、何が起こっても気が晴れない
 何をするのも骨折り
 自分は価値のない人間だと感じる
 点数が高いと問題とされ、「こころの相談窓口にどうぞ」となります。
 今は5点以上の人は要注意、13点以上の人はかなり危険な状態にあるとされています。全国では5点以上が28.0%、13点以上が3.0%なのに対して、陸前高田市は5点以上が41.3%、13点以上が5.6%でした。この結果から、被災地では多くの人がうつ状態になったり、気分が落ち込んだり、不安を抱えながら生活していることが読み取れます。にもかかわらず、自殺は増えるどころか減っています。ここが被災地のこころのケアで大事にしなければならないポイントです。

●『こころのケア』
 皆さんはつらい経験をした時、どのようにその経験、つらい時期を乗り越えますか。やけ食い、やけ酒もあるでしょう。こんなことを言うと「落ち込んだ時のアルコールはアル中につながる危険がある」と怒られそうです。しかし、人間ってそんなに単純でしょうか。
 今回、被災地で何人もの壮絶な体験をした人たちに会いましたが、明るく元気にされていることにこちらが戸惑うこともたびたびでした。一方で身内を亡くしたり、将来のことを考えると様々な不安が頭から離れず落ち込んでいる人も少なからずいます。で、どうすればいいのか。被災地の復旧は少しずつ始まったものの、仕事もない。家を再建する目途も立たない。そのような人のK6の点数は間違いなく高いでしょう。精神科医にちょっと話を聞いてもらい、眠れないんです、つらいんですと話したら睡眠薬、抗不安薬、向精神薬を出されてすっきり眠って元気になれるか。答えはNoです。

○『男性と女性で異なる「こころ」』
 男性と女性では少し視点を変える必要があります。男性(雄)と女性(雌)のこころの違いに着目してください。
 雄(オス)は群れない習性のため、関係性に学べず犯罪なども一人で行う。一方で欲望(性欲・顕示欲・独占欲、等)の塊のため、名刺と役割がないと人前に出られない。さらにプライドの生き物で、人に言われても変われず、おだてられないとすぐいじける。
 それに対して雌(メス)は群れる習性があり、周りに合わせ、関係性に学び、癒される。欲望(食欲・愛情欲・物欲、等)はオスと異なり、日常の中に幸せと役割を見つける力がある。プライドより本能とあきらめの生き物で、「まあいいか」と現実を受け入れ続ける力が備わっている。
 この違いがどこから生まれるかというと、生まれつき、本能的なものに加え、思春期以降、月経という耐えがたき、理不尽な生理現象を毎月のように経験させられた結果、ストレスに強くなっていく女性と、射精という快感だけを追い求めて、思春期に形成すべきストレスに耐える術、耐える力を育むことが少なく育ってきた男たちでは自ずとストレス耐性力に差が出てきます。

●『性差を考えたこころのケアを』
 で、どうすればいいのか。井戸端会議とはよく言ったもので、女性はとにかく誰かと話をする機会をつくることです。その機会づくりになり、多くの被災地の女性のこころを救ったのが発災直後から被災各地で行われた保健師さんたちによる全戸訪問調査(ローラー作戦)でした。「被災された、あるいは家は被災されていなくても大変な思いをされている皆様の健康状態を伺いに来ました」と遠方から来た保健師さんが声をかけてくれたら、不安を含めてこころの中のモヤモヤを話し、気分転換を図っていました。
 もちろん男性たちもそのローラー作戦に癒された人も大勢います。しかし、ローラー作戦以上に男性たちのこころをいやしたのが、自治会や地域の様々な活動で培ったネットワークを駆使したり、力仕事を引き受けたりして、「やっぱり男の人は違うよね。助かります」と言われ、プライドがくすぐられたことでした。復興イベントなども男のプライドにかけて成功に導くように企画や運営をしたり、漁師さんとか、手に職を持っている人であれば「よし、もう一旗揚げてやるか」と頑張っている人も少なくありません。

○『若者はこころを育てるところから』
 では、若者たちのこころに向き合うにはどうしたらいいのでしょうか。先日講演に行った学校の養護教諭の先生が、「今の子はいろんな不安を抱えながら保健室に来るんだけれど、何を、どう相談したらいいかがわからないんです。でも、私はただ一人の、身近な人間として話を聞くだけでいいのかなと思っています。それだけで不安が解消されたり、元気になって帰って行きます。でも、いろんな思いが噴出して気持ちの整理がつかなくなったらカウンセラーさんと話すと少し気持ちの整理ができるよと話しているんです」と教えてくれました。
 近頃の若者たちは人と人との間でもまれながら育っていません。そのためコミュニケーション能力が育たず、結果として人に話を聞いてもらって癒される経験も少なくなっています。保健室の先生が「話を聞くだけ」と言いながら、聞き上手になって、言葉を引き出したり、言葉を教えたりしながら若者たちと向きあい、育てながら、結果として一人ひとりを元気にしておられました。
 そうなんです。うつだから、元気がないから、K6の点数が高いから、不安だからといっていきなりカウンセラーに会っても、そもそも人に何かを話そうという気にもなっていない人が、他人に上手に自分の思いを伝える力がない人が、カウンセラーを、カウンセリングを活用できるはずもありません。若者たちのこころを支えるには、何より彼らとのコミュニケーションを図り、若い、未熟なこころと同時にコミュニケーション能力を育てるところから始めなければなりません。

●『そもそも「こころ」って何?』
 こころとは、目に見えない、人と人が関わる時に生まれてくるものです。「一人でもこころはある」と思っている人も、よ~く考えれば、うれしさも、寂しさも、楽しさも、つらさも、苦しさも、結局のところ他人、他者との関係性の中で生まれてくるものだと気付くはずです。そのこころが傷づいた時は、こころを癒し、修復する際にもやはり誰かと関わり、男性は自らのプライドを満たし、役割を感じられることを見つけるしかありません。女性はいろんな人との関係性の中で癒され、支え合いながら現実を受け入れ続けるからこそ、そのような環境を整備することが求められているのです。1999年にWHOで議論があったように、spiritualとdynamicな健康。すなわち、夢や希望といったこころを元気にする経験を日々積み重ねていくことが大事なのです。
 こころが弱っている時に「神経過敏、絶望的、そわそわ、落ち着かなく、気分が沈み込んで、何が起こっても気が晴れない、何をするのも骨折り、自分は価値のない人間だ」と感じますかと聞かれても元気は出ません。そんなことを聞く前に、男性には仕事や役割という居場所を創りましょう。若者の自殺対策を進めるには、何より仕事に就けるだけのコミュニケーション能力を育てましょう。そして、被災地では誰かと、陸前高田を、女川をこんな街にしたいよねと一杯ひっかけながら夢を語っていると男性も女性も元気になるのではないでしょうか。
 私も被災地支援だけを仕事にしていたらおそらく今はもっと参っていたと思います。しかし、私を頼ってHPから相談してくれ、「ありがとうございました」と言ってくれる一人ひとりに癒されるからこそ、何とか被災地支援もやっていられるようです。
 ストレスに耐える力とは、ストレスと向きあう力であると共に、ストレスを少し横に置いて、他のことをやりながら、ストレスをやり過ごす環境を持っているかどうか、持てるかどうかです。そのような環境整備、まちづくり、居場所づくりをこれからも被災地の人たちと、若者たちと、そして皆さんと模索し続けたいと思います。

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