紳也特急 189号

~今月のテーマ『コミュニケーションで深まる理解』~

○『根深い誤解』
●『岩室の講演内容に疑問』
○『やりとり、コミュニケーションで深める理解』
●『雰囲気で使う言葉?』
○『コミュニケーションを妨げる言葉の使い方』
●『コミュニケーションで広がる理解』

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○『根深い誤解』
 1981年にHIV/AIDSが世に知られるようになってから既に34年経ったにも関わらず、未だに誤解、偏見が根強く残っています。次のような相談がありましたが、誤解や偏見は医療関係者ほど根深いと感じてしまいます。

Q;病院でHIVにかかわらせてもらっています。いろいろと勉強不足でお恥ずかしいのですが、教えていただけたらと思い、メールをさせてもらいます。
 HIVの患者さんのお仕事についての質問です。調理師をされていらっしゃる方が仕事を続けていいものなのか、包丁などでけがをする危険性もあるのでやめた方がいいのではないか、と悩まれているのですが、先生のお考えをお聞かせいただけないでしょうか。
 血液暴露もあるし、やめた方がよいだろう…という主治医の意見なのですが、もしも包丁などでけがをしたとしても、きちんとした対処さえすれば他者への感染のリスクはほとんどないのではないだろうか…と先生の本などを読ませていただく限り感じるのですが。

A:「恥ずかしい」と思ったらいい仕事はできませんよ(笑)。実は今日、偶然ですが、20年以上前に私の第一号のHIVの患者さんとなった方の関係者の方にお会いしていました。泌尿器科医でありながらHIV診療に関わることになった私はいつも「HIVの診療経験がない岩室でよければ診るよ。でもちゃんと勉強はするし、最先端の先生の指導は仰ぎ続けるよ」と言って患者さんに信頼してもらえるようにしていました。
 知らぬは恥ではなく、知ろうとしないで自分で勝手に決めてしまうのが恥ではないでしょうか。
 前置きが長くなりましたが、この調理師の方は全く悩む必要はありません。頑張って調理師の仕事をして、よかったらいつか、お礼を込めて岩室に美味しいものをご馳走してくださるようお伝えください。
 理由と根拠は簡単です。万が一その方が、血があふれるような、それこそ食材が血に染まるような状況になった時、その食材を調理してお客さんに出しますか?もしそうだとしたら単なる犯罪者です。もちろん、そうしたとしてもうつりませんが。
 治療を受け、HIVが検出限界以下になっている人であれば、それこそ相手とセックスをコンドームなしでしても感染させないでしょう。そのようなケースをわれわれは多く見ています。このことを根拠に予防のためには早期発見、早期治療をと言っている人もいます。
 →このことについては別の問題があり、岩室は賛成しかねていますが、またの機会に触れたいと思います。
 実は日本人は「risk」を考えることが苦手で、riskの「結果」を排除しようとします。すなわち、(感染している)人を排除すれば、riskがなくなるという発想です。これは一見わかりやすいようで、人権侵害につながり、結局のところriskが解消されず、同じことが繰り返されるだけです。

 お陰様でこの相談がきっかけとなり、理解が進んだようで何よりでした。 「わからないことがあれば誰かに聞く」というのが当たり前の岩室紳也だからこそ、HPから私にメール相談ができるようにしています。もちろん何でもかんでも便利屋のように聞かれても対応しきれませんが、「わからない」、「納得できない」で終わらせるのではなく、ちゃんと聞いたり、質問したりすることの大切さを感じる場面が続きましたので、今月のテーマを「コミュニケーションで深まる理解」としました。

『コミュニケーションで深まる理解』

●『岩室の講演内容に疑問』
 相変わらず講演をし続けていますが、ありがたいことに講演後に質問を受け、伝えることの難しさを実感させてもらっています。

 私は高校1年生です。先日はとても面白い講演有難うございました。知らなかったことや驚いたことばかりで本当に為になりました。
 さて、今回メールをした理由は先日の講演で少し疑問を抱いたことがあったからです。それはずばり、”女子はセックスをしたがらない”ということです。岩室先生は、彼氏または彼女ができたときにやってみたいことを書き出すと、男子はセックスをしたいと書くが女子はそれを書く人はいないだろう、とおっしゃっていたかと思います。それを聞いた瞬間、わたしは少し疑問に思いました。本当に女子はセックスをしたがらないのか、と。
 講演が終わったあと仲の良い友達数人にも、”さっきの講演でさ、女子はセックス無理みたいなこと言ってたけど実際そんなことなくない?”と聞いてみました。するとみんな口を揃えて、”好きな人とならいいよね” ”キモくなければいいよね”と言っていました。キモいの判断基準は難しいかもしれませんが。(笑)これを聞いて、たしかに周りにはセックスを拒む女子もいますが、そうでない女子も今はたくさんいるのではないかと思いました。
 それともこの年齢でセックスしたいと思う女子は性欲が強いのでしょうか?岩室先生のおっしゃる通り拒むのが普通なのですか??わたしは今同い年の彼氏がいますが、その人とセックスをしたくないと思ったことはありませんし、どちらかというとむしろしたいくらいなので、どうなのかなと思いました。
 お忙しいとは思いますが、どうぞ岩室先生の意見をお聞かせください。

○『やりとり、コミュニケーションで深める理解』
 何よりこのように疑問と感じたことを言語化し、伝えてくれるとこちらも話し方を変えることができて勉強になります。そして言葉の一つ一つを丁寧にやり取りすることで理解が深まることも実感させられます。

 ”女子はセックスをしたがらない” この話を話題にしてもらっただけでもありがたいです。
 改めて皆さんへの質問です。「好き」や「キモい」の定義は何でしょうか。ここを曖昧にして、短絡的に”好きな人とならいいよね”、”キモくなければいいよね”というのは論理の飛躍、思考の停止ですよね。
 さらにお聞きします。「コンドームは破れる可能性があることを知っていても『好き』や『キモくない』ならその覚悟を含めてOK」なのでしょうか。ただ、一般論で考えても意味がないのでご自身のことで考えてみてください。あなたには彼氏がいて、彼氏とはしたいと思っているのだとすると、何故したいのでしょうか。
・彼をもっと身近に感じたいから。
・彼とつながっていることを実感したいから。
・彼があなたに夢中になっているのを確認したいから。
・彼氏とならするのが普通だから。
・「コンドームが破れて妊娠する可能性がある」のを知った今でも、あなたは彼氏とはしたいと思っていますか。
 ぜひ正直な気持ちをおしえてください。

●『雰囲気で使う言葉?』
 使っている言葉の意味や定義をよくわからないまま、その言葉を使って誰かとコミュニケーションを図ることってありますか。意味や使い方を誤解して使っている場合はありますが、私は雰囲気や感覚で言葉を使うことはあまりないので返事に期待していました。

 好きの定義まではわかりかねますが、キモいというのは”清潔感のない”、ということや”異様に性行為ばかりを要求してくる”ことを私やその友達は指しているのかなと思います。
 そうでした、コンドームは破れる可能性があるというのを忘れていました。それだけまだ考え方が甘いということなのでしょうか。それでもやはり、人間は経験しないと実感が沸かないものだと思っているので私自身もそうだと思います。
 わたしが彼氏としたいと思うのは、
> ・彼をもっと身近に感じたいから。
> ・彼とつながっていることを実感したいから。
> ・彼があなたに夢中になっているのを確認したいから。
です。
> ・「コンドームが破れて妊娠する可能性がある」のを知った今でも、あなたは彼氏とはしたいと思っていますか。
 この質問についてはさっき言ったようにまだ実感がないので安全日を確認して最善の注意を払えば大丈夫だろうと思ってしまいます。それではいけないのもわかっていますが、じゃあいつセックスできるんだ、と思ってしまいます。
 そして前回の私の文章が悪く上手く伝わらなかったかもしれないのですが、”女子がこの歳で性行為を求めるのはおかしいのか”についてもう一度お聞かせください。

○『コミュニケーションを妨げる言葉の使い方』
 最近、「人は経験にしか学べない」という言葉を伝え続けていますが、そのことを共有できていたようで何よりです。一方で、そうなんだ、なるほど、と思いました。この女の子の言葉をおじさん、いやいやおじいさんは理解できていませんでした。
 「女子はセックス無理みたいなこと言ってた」は「女子がこの歳で性行為を求めるのはおかしいのか」という意味だったのです(苦笑)。

 まず、”女子がこの歳で性行為を求めるのはおかしいのか”についてですが、個人的な問題なので一人ひとりが自分で選択すればいいと思っています。ですから、あなたがしたいのであれば止めるつもりもありません。ご安心を。
 私は講演の中であくまでも「科学的な事実」を伝えているつもりです。一言も「セックスをするな」とは言っていませんよね。
 一方で、男子向けに「彼女ができたらしたいことの中に絶対セックスがあるよね」と言ったのは覚えていると思いますが、これはギリギリ先生たちがOKする表現だからです。
 以下のことを講演で言うと学校の先生たちに怒られますので言いませんが、ズバリ言うと、「男は誰しも自分のペニスを女性の膣の中に入れて射精をしたいよね」という意味で話しています。男子は私の表現を「男は誰しも自分のペニスを女性の膣の中に入れて射精をしたい」と受け取っていたはずです。
 あらためて聞きますが、あなたは
・彼のペニスをあなたの膣の中に受け入れたい
というのではないですよね。あなたが彼氏としたいと思うのは、
> ・彼をもっと身近に感じたいから。
> ・彼とつながっていることを実感したいから。
> ・彼があなたに夢中になっているのを確認したいから。
です。
 だから、私は”女子はセックスをしたがらない”と言ったのです。
 少しくどく言えば、”女子は、彼をもっと身近に感じたいから、彼とつながっていることを実感したいから、彼があなたに夢中になっているのを確認したいから、セックスに応じるのであって、ペニスを膣に入れられ、そこで射精をされるセックスという行為自体をしたいわけではない”という意味です。いかがでしょうか。

●『コミュニケーションで広がる理解』
 性行為とはないか、性行為がそもそも何のためにあるのかを決めつけること自体、多くの人からご批判をいただくと思いますが、返した言葉をそのまま紹介しています(笑)。

 女性はセックスをしたいというよりは愛情が欲しい。それに対して男性は(愛すると人と)セックスをしたい。多少ずれてはいるかもしれませんが、先生のおっしゃりたいことがなんとなくわかったような気がします。
 セックスに対しての捉え方がそもそも男性と女性で違うのですね。それを踏まえたうえで先生のお話しを思い出してみると、よりお話しの意味がわかる気がします。
 普通に過ごしているだけでは、このようにセックスなどのことについて深く考える機会はないと思います。とても新鮮な思いです。今改めて、講演を聞いて良かったなと思っています。

 このようなやり取りを重ねることが理解を深める上で重要だと改めて感じさせてもらいました。一方で、よりストレートな表現をしないと伝わらないということも実感させられました。だからこそ「コミュ障」という言葉でくくらず、諦めず、コミュニケーションをとりつづけることが大事なのではと思いました。