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■■■■■■■■■■■ 紳也特急 vol,287 ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『理解ではなく受容を』~
●『生徒の感想』
○『理解できない「自分の性」』
●『自分のことは棚に上げたい』
○『花柳病から性感染症へ』
●『エビデンスが言い訳に』
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●生徒の感想
今回の講演を通して、性に関する知識だけではなく、人として自分の知らないものに対する考え方や向き合い方、人との関り方など多くの学ぶべきことがあった。多くの様々待考え方の人と出会ってきた先生の話はとても面白く、貴重な時間だった。(高2男子)
テレビでは聞けないような刺激的で面白い講演で、自分一人しかいなかったらば苦笑していたと思います。自分から性について学ぼうとすることは何となく後ろめたく感じて今まで言葉を聞いたり、知ったりしても調べることができませんでしたが、今回の講演で自分はもう知らなくてはいけない時期であったことに気づかされました。この機会がなければ自分の中の偏見に流されて、この大事な情報を知るのが遅くなっていただろうと思います。これからは世間の風潮や偏見に影響されず、自分で決定して行動しようと思いました。(高2男子)
知らないことばかりでした。性には「穢(けが)れる」という言葉が似合うと思っていたけど違いました。人間の繁栄に必要なことなんですね。(高2男子)
自分はゲイが20人に1人ということを見事に勘で当ててしまいましたが、今日のお話は知らないことが大変多く先生の良いお話が聞けて良かったです。先生の話を聞いて、人との関わり方、女性への接し方を再認識することができました。そして先生のようにコミュニケーション能力をあげていきたいとも思いました。まだまだ未熟者ですがこれから沢山のことを挑戦して経験して人として社会に出られるように精進して参りたいと思います。大変勉強になるお話をして頂きありがとうございました。先生に言われた通り宝くじも買ってみようと思います。(高1男子)
コンドームの達人という名前でどんな変な人なのだろうかと、勝手に思っていたのですがとてもちゃんとしている人でとても面白いお話でした。とてもいい声ですっと耳に入ってきました。話し方もとてもうまかったです。コンドームの柄のネクタイがとても印象に残りました。20分の1でゲイというのは思っていたよりも多くて驚きました。(高1男子)
僕は軽度の色弱であり、小学校の頃は動物を虹色に塗ったり、ピンクの可能性がある僕には赤や水色に見える色をなるべく使用せず、黒の服ばかり着たりして、色弱ということをできるだけバレない様にしてきた。しかし、今はそれを皆とは違う世界が見える。二十人に一人の逸材とはまでは言わないがそれを個性として考えるようにした。それからは色弱であることを隠さず、一種の話題の種にしたり、困ったことがあったら友達に頼んだりするようになった。
同性愛は色弱より複雑でデリケートなことであるため、まだ世の中では認められていない側面がある。同性愛を個人が持つ個性として受け入れられることは難しいかもしれないが、一人でも多くの人がそれに対し寛容になることが大切である。その為には皆が同性愛についての知識を身に着けることが必要である。僕個人も今回の講演を聞き、新たに得た知識が多々あり、理解が深まった。また、日本の法律で同性婚を容認することも対策の一つではないだろうか。まず個人としてではなく国として認め、それが一人一人に浸透していく。これこそが同性愛が受け入れられる近道であり、第一歩になるのではないかと考える。(高1男子)
最後の感想にあるように、同性婚を国が認めることが第一歩と高校1年生が言っているにも関わらず、今回、「LGBT理解増進法」なるものが成立しました。そこで今月のテーマを「理解ではなく受容を」としました。
理解ではなく受容を
〇理解できない「自分の性」
LGBT理解増進法のおかげで話が大変しやすくなりました。「皆さんは恋人を作るとしたら異性がいいですか、同性がいいですか、両性がいいですか」と聞いた後に、「では、なぜその性の人がいいのかを考えてください」と投げかけます。
多数派の異性愛者の方は「なぜ異性の人がいいのか」と聞かれても説明できません。さらに「じゃ、異性であれば誰でもいいですか」と言われると「とんでもない」となります。すなわち、自分がなぜ異性が好きなのかを自分自身が理解も説明もできないだけではなく、異性の中でも限られた人を好きになる理由もわからないですよね。少なくとも私はそうです。ただただ、自分が感じていることをそのまま受け入れている、受容しているだけではないでしょうか。なのにどうして「LGBTを理解しましょう」という上から目線になるのでしょうか。この言葉こそ理解できません(笑)。
●自分のことは棚に上げたい
最近、「なぜ梅毒をはじめ様々な性感染症が増えているのですか」と聞かれるので次のように答えています。
性感染症を持った人と性交渉を持つから
「そんなことはわかっているが、そもそも性感染症をもらう人ともらわない人の違いは何かを教えろ」とお叱りを受けます(笑)。しかし、HIV/AIDSをはじめ、様々な性感染症をもらってしまった人たちを診てきた立場で言えることは上記の言葉だけです。感染する人たちの職業等は医師、助産師、看護師、教師、警察官、公務員、普通の主婦、まじめな大学生、高校生、中学生、等々で、皆さんの周りにいる多くの方が性感染症に罹患しています。
「そもそも性感染症に罹患する人はどのような人」と考えてしまう方はご自分のことは棚に上げたい、自分だけは性感染症の世界は他人ごと、性感染症にならないと考えている正解依存症ではないでしょうか。
〇花柳病から性感染症へ
性行為でうつる感染症は今でこそ「性感染症」と呼ばれていますが、呼称の歴史をたどると面白いことに気づかされます。芸娼妓の社会を総称した花柳界で蔓延した病ということから1905年に「花柳病」と命名されたのを皮切りに、1948年に性病予防法が施行され「性病:Venereal Disease」になりましたが「性産業」のイメージが残ったままでした。1975年に「性行為感染症:Sexually Transmitted Disease(STD)」になりましたが、やはり昔からのイメージは払拭されませんでした。1988年の性感染症学会設立に合わせて「性感染症」になり、1998年にWHOがSTDをSTI(Sexually Transmitted Infection)に変更し、1999年に性病予防法が廃止され感染症法に含まれることになりました。
日本の呼称は「花柳病」、すなわち性産業従事者や性産業のイメージを引きずっているのですが、英語表記は病原体の移動様式、すなわち誰もが行う性行為という点に着目し続けています。実際、子宮頸がんの原因であるヒトパピローマウイルスは性行為で男性の亀頭部から女性の子宮頚部に感染します。しかし、厚生労働省のホームページには次のように記載されています。
ヒトパピローマウイルス(HPV)は、性的接触のある女性であれば50%以上が生涯で一度は感染するとされている一般的なウイルスです。
キスも性的接触ですし、この一文を読んで自分ごととしてHPVを受け止め、「あっそうか。彼氏とセックスをしたから私もHPVに感染している可能性があるんだ」と思う人はどれだけいるのでしょうか。私でしたら次のように表現します。
ヒトパピローマウイルス(HPV)は、妊娠を望む人を含め、コンドームを使わない性行為を行うことで子宮頸部に感染する可能性があるウイルスです。
この一文だけだといろんな反論が来ることは承知していますが、それだけ感染症を伝え、自分ごとと思ってもらうことは難しいことだということが伝わればと思っています。
●エビデンスが言い訳に
梅毒のような性感染症をもらうのも、もらわないのも、自分がセックスをした相手の、相手の、相手の、相手の、相手の、をさかのぼった時に、感染の連鎖が起きたか起きなかったかの違いだけです。タイムラグが小さく、感染蔓延が起こりやすいのが性産業ですが、その性産業を利用している人の多くが非性産業従事者で、その利用者から次なる非性産業従事者にうつります。
多くの人が欲しい情報は「自分だけは大丈夫」という言い訳、エビデンスです。だからこそ、実態として性産業従事者や利用者、MSM(男性とセックスをする男性)に多いというエビデンスがあっても私はあえてそれは伝えません。なぜなら勝手に解釈されて自分だけは大丈夫という言い訳にされてしまうからです。
「新型コロナウイルスはマスクで防げることがある」というのはエビデンスですが、その情報の結果、「マスクをしているから大丈夫」と考えることを放棄した人たちを、マスクが外せない日本人を生んでいると思いませんか。感染症対策では中途半端なメッセージは百害あって一利なしです。
梅毒やサル痘(モンキーポックス)にはコンドームは無効です。肌と肌が触れ合うだけで感染します。
この単純なことを伝え続けることで、「コンドームで防げないならどうしよう」と考え、結果として感染したとしても比較的早期に受診してもらえれば次なる感染拡大の抑止になる人が生まれると考えています。このように、これからも自分ができる範囲で伝え続けたいと思います。講演依頼、待っています。