紳也特急 288号

…………………………………………………………………………………………
■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,288  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
…………………………………………………………………………………………
バックナンバーはこちらから
…………………………………………………………………………………………
~今月のテーマ『「当たり前」って何?』~

●『生徒の感想』
○『一人ひとりの土俵を否定しない』
●『障がい児者の性』
○『性で学ぶ社会性』
●『ダメ絶対を教えるべきか?』
○『当事者の土俵の当たり前を』
●『2023AIDS文化フォーラム in 横浜』
…………………………………………………………………………………………
●生徒の感想
 
 母から「生理周期を記録しとけ」とこっぴどく言われていましたが、その意味を知ることができた講義でした。ちゃんとカレンダーに記録していこうと思います。(高2女子)
 
 コンドームの達人に会えて光栄です。私が襲名したい所存。コンドームの練習とAVを使わないことを意識してこれからのオナニーライフを豊かにしていきたいです。(高2男子)
 
 私はボーイズラブが好きないわゆる腐女子なのですが、漫画などで受けの方が「つけなくていいよ」とかいうのは嘘なんだなとわかりました。勉強になりました。(高2女子)

 保健の授業よりも赤裸々に話をしていただけたので、わかりやすかったです。(高2男子)
 
 義務的な話をするのではなく、なぜどうしてかが分かりやすく、とても面白かった。(高2男子)
 
 人生の営みの大部分、学校では教えてくれないのだなと思いました。人生の楽しみを少しずつ増やしながら、先生に教わったことをインストールして生きていきたいと思います。(高2男子)
 
 中学の頃も岩室紳也さんからお話を聞いたことがあり、高校生になって聞くとまた違うものだなと感じました。話も巧みで聞きやすく、ためになりました。人は人と話すことで癒される、この言葉はこれからも大切にしたいです。(高2男子)
 
 何気ない感想ですが、これらの感想の意味を外来に通っている知的障がい、発達障がいと言われている患者さんたちが教えてくれました。そこで今月のテーマを『「当たり前」って何?』としました。

「当たり前」って何?

〇一人ひとりの土俵を否定しない
 私の性教育だけではなく、コロナ対策の話も岩室紳也にとって当たり前のことをただただ経験に基づいて伝えているだけです。しかし、感想からもわかるように、結果として岩室の視点だけではなく、いろんな角度から物事を見ることができ、何が大事か、何がおかしいかということに気づいてくれていました。
 お母さんから「生理周期を記録しとけ」とこっぴどく言われていても、同じことを他者の視点から、しかも男性、異性の医師から言われると腑に落ちるのでしょう。コンドームの練習とAVを使わないことを意識して、これからのオナニーライフを豊かにするというのはオブラートに包まない、かなりストレートな話をしないと気付かないことです。漫画などで受けの方が「つけなくていいよ」とかいうのは嘘を誰が教えてくれるのでしょうか。このような気づきをしてもらえたのは、保健の授業よりも赤裸々で、かつ義務的な話ではなく、なぜどうしてかが分かりやすだったからのようです。そして結論として、人生の営みの大部分について学校では教えてくれないし、同じような話でも中学生で聞くのと高校生になって聞くのとでは違うのです。
 どの感想もその人にとって大事な気づきですが、それは真正面から彼らと向き合ったからこそ、彼らの土俵を否定しない話だったからこそ気づいてもらえたのだと思います。すなわち、当たり前とは、いろんな人がいて、いろんな考え方が飛び交う中で、一人ひとりが自分自身の土俵の上で生き方を選択していける社会ではないでしょうか。
 
●障がい児者の性
 では、本当に一人ひとりの土俵が尊重されているのでしょうか。私の外来には障がいを抱えている方が何人も通院されています。これまでも多くの障がいをかかえているひとたちとの関りを含め、「障がい児者の性」について講演をさせていただいています。そしていつも私の話を聞いて「できることをすればいいのだとわかって気持ちが楽になった」との感想をいただいています。
 そんな私ですが、最近、立て続けに障がいを抱えつつ成長している方々との関わりの中でハッとさせられることが続きました。
 
 Aさん本人から:岩室先生、女の人の性器はどうなっているのでしょうか?
 
 岩室からBさんへ:私もだけど、女の人のおっぱいを触りたくなるよね。
 
 このようなやり取りについて皆さんはどう思われますか。健常者だって同じ思いになりますよね。でも、その思いが反社会的な行為にならないよう、皆さんはどのようなステップで学習したり、邪念を打ち消したりしてきたのでしょうか。
 
〇性で学ぶ社会性
 女の人の性器について聞いてきた彼で一番びっくりしたのが、いつも一緒に来ているお母さんに「外に出て待ってて」と言ったことでした。いろんな事情から母子家庭だった彼にとって母親は常にそばにいる、いて欲しい存在だったのですが、初めて岩室と一対一の場を自分から求めました。おそらく健常と言われる人であればとっくの昔にその感覚を学習していたのですが(と書きつつ、そうではない人たちを多数見てきましたが)、彼はかなり大きくなるまでその感覚に至れなかったのです。今回の彼の行動を見て思ったのが、私の外来に通い続け、一定の信頼関係を築いていたからこそ彼が主張できたのだと思いました。健常と言われている人たちが当たり前のように経験していることは、実は当たり前ではなく、いろんな要素が複雑に絡み合ってはじめて当たり前になっているようです。

●ダメ絶対を教えるべきか?
 女性のおっぱいを触ってしまったという彼はかなり重度な障がいを抱えています。私の外来に入ると最初にするのが、診察台にうつぶせになり、腰を上下動させることです。これは年齢でいうと中学校高学年ぐらいから始まり、20歳を超えた今でも続いています。しかし、その行為をする彼の表情は私の勝手な想像ですが「岩室先生の前だからしているんだよ」という雰囲気です。でもその都度、私が「ここではいいけど、他でしてはダメ」と叱るとなんとなく嬉しそうにしていました。
 その彼のお母さんから女性のおっぱいを触ってしまったので何とかしたいという相談を受けました。もちろんお母さんもお母さんなりに考え、子ども向けの絵本を購入し、そこに書いてある「『相手が嫌がることをしてはいけません』というのを教えた方がいいでしょうか」、と聞かれました。もちろん反社会的な行動をすれば犯罪者になり、その社会で生きていけなくなるのが今の日本です。しかし、「ダメ、絶対」を教えたから彼が、他の人たちがその行為をやめられるでしょうか。答えはNoですよね。
 では、岩室はどうしたか。まず、「岩室先生も女の人のおっぱいを触りたくなるよ」と伝えました。ただ、言葉でのコミュニケーションだと、彼もどこかごまかすことがあるので、敢えて電子カルテに「どうして女の人のおっぱいを触ってしまったのでしょうか」と書くと、その文字を読み、考えていました。いまさらながらと反省していますが、彼は聞き言葉より読み言葉、文字の方が入るようでした。今回の外来ではここまでしか到達できなかったのですが、一定の前進があったと実感しています。

〇当事者の土俵の当たり前を
 健常者は、マジョリティ側はつい自分の土俵の「当たり前」で考えがちです。しかし、自分とは異なる障がい者やマイノリティの方と接する時だけではなく、他の人と意思疎通を図るには相手の土俵の中の当たり前探しが求められるのだといまさらながら学ばせてもらいました。最近は少し様子が変わってきましたが、健常者は思春期に同じ関心を持った同年代や先輩から性について学習する機会をもらいます。しかし、障がいを抱えていると、そもそも性に芽生える時期にも個人差がありますし、性的な欲求について仲間等から学ぶ機会も少ないですし、性的な欲求とどう向き合えばいいかについて日常の交流の中で学習する機会が非常に限られています。
 だからこそ、できる人が、もっともっと試行錯誤しながら、一人ひとりに合致した学びの環境を模索する必要があると思いました。その時に大事なことは、障がい者やマイノリティの方々の当たり前とは何かを意識し続けることだといまさらながらの気づきをいただきました。

●2023AIDS文化フォーラム in 横浜
 8月4日(金)~6日(日)に30回目を迎えたAIDS文化フォーラム in 横浜を開催します。
 久しぶりに対面で多くの人にお会いしたいと思っています。YouTube配信するプログラムもありますが、ぜひ会場でお目にかかりましょう。よろしくお願いします。