~今月のテーマ「ピルと自己責任」~
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〜『他人事意識蔓延中!』〜
11月4日の読売新聞「発信」欄に岩室の投書が掲載されました。「第二の薬害エイズを防げ」と題して投書したのが「エイズ検査目的の献血防げ」に変わり、内容も随分おとなしい表現になったものの一般投稿の「気流」欄より大きな字で掲載されました。しかし、残念ながらその後の反響はほとんどありません。反論するに値しないのか、核心を突きすぎていて反論する余地がないのか(思いあがるな)、読売はあまり読まれていないのか、「他人事意識」で読まれているのか、みなさんはどう思われますか。
そんな中で積極的な評価をしていただいた方が2人いました。1人は東京新聞の論説委員で1997年7月28日付けで「HIV感染 献血時の陽性結果を通知・汚染血混入増す恐れ」という記事を書いた方でした。その方曰く、多くの医者を取材したが岩室さんのような意見を言う人は一人もいなかった。皆さん異口同音に感染の事実を知って教えないわけにはいかないと言っていた、とのことです。もう1人は「岩室さんは自由人で良いね」とコメントしていただいた公務員(といってもいろいろありますが本人の立場もあるので)の医者です。その方は自分の論文が新聞記事になった時にお役所の方針と相容れない所がありクレームがついた経験をお持ちでした。
世の中には多くの問題があるにもかかわらず、私を含めた大半の人は自分が関心があること以外については「他人事意識」を通しています。「自分が輸血を受けてHIVに感染したことがわかった時に今の制度をどう思いますか」と自分の問題として意識してもらおうとしても、「考えられない」と多くの人は言います。息子さんを性感染によるエイズで亡くされた方も「最初はどうしてうちの子が」と思ったと話されていました。当事者になるまで他人事意識でいるのが最近の日本人の傾向ではないでしょうか。「あなたならどうする」という問いに「わかんない」、「その場にならなければ思いつかない」というのでは将来の自分に先駆けて他人が不幸になっていくことを教訓にできないと思います。
ピル解禁でSTD(性感染症=以下STD)が増加すると懸念している動きもありますが、私はこのような親切丁寧な発想は社会防衛としては理解できますが自己責任と社会防衛のどちらを重視するかという点では献血での陽性告知と同じ発想のように思います。輸血を受ける人のリスクを減らすことを重視するのか、HIV感染が増加することを何が何でも阻止するのか。ピルが使えるようになりましたがSTDの検査が半強制的に行なわれています。このことを放置するとSTD感染は自業自得であるという意識を定着させる危険性があると考えています。
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読者の方から「ピルが解禁になり女性の避妊に対する選択肢も広がったとは思いますが知識については、今一つ自信がありません。将来的にピルで避妊を考えているのですが、何か注意事項などはありますか?また、学校の教育現場ではどのようにお話をされているのですか教えて下さい。(20代女性)」という質問を受けました。
そこで今月は「ピルと自己責任」、「ピルに学ぶ他人事意識」を考えてみました。
●まず基本的な事を押さえておきましょう。
◇ピルは何故避妊になるのか
女性の体は妊娠するとホルモンの影響で新たに別の子供を妊娠することはありません。ピルを服用すると、「あなたは妊娠しています。他の妊娠を受けつけることはできません」という状態になり妊娠できない(避妊する)状態になります。しかし、ホルモン量が少ないため1回でも飲み忘れると効果がなくなり妊娠してしまいます。(それだけではない、もっと正確に言わないと誤解を与える、という声も聞こえてきますが、ピルがどう作用して避妊できるのか、どうして避妊効果が高いのか、を知りたい方は成書をお読みください。わかりやすく書いてある本(「からだにやさしいピルの本」北村邦夫著、講談社健康ライブラリー、等)を参照してください。
◇ピルとSTD
低容量のピルの解禁を「STDの蔓延につながる」という理由で反対した人がいますが、諸外国のデータではピルの普及は決してSTDの蔓延に結びついていないことが明らかです。ただ、外国人は自己が確立している、日本の若者は安易だから、単純な発想として、今まで避妊のためにコンドームを使い、偶然STDを予防できていた人がコンドームを使わなくなるとSTDに感染する可能性があることは否定できません。
ピルが解禁されたことをどう国民は受け止めているでしょうか?
(1):結果オーライタイプ
これまでの経緯はともかく、解禁されたことを皆さんと共に喜びたいと思います。手に入るようになったのだからもう良いジャン。
(2):ピル解禁反対派
ピルが解禁されることでHIV感染症をはじめとしたSTD(性感染症)が増えることが懸念されます。処方する産婦人科の先生たちには徹底的な指導をお願いしたいと思います。
(3):女性の権利擁護派
これまで解禁が遅れたことは女性が自ら避妊するという選択肢を奪っていたことであり、解禁になった今もSTDは女性が広めるといった誤解も根強く残っています。そのためピルを購入する際に様々な制約や検査等を強制されていることは承服できません。今後はピルがより入手しやすくすること、ピル以外に女性が受けている様々な差別、等にも取り組みたいと思います。
(4):冷めた見方
ピルに限らず、多くの人が「他人事意識」で見ている問題は解決に向かって行くスピードが非常に遅いことが今回も明らかになりました。ピルをはじめとして問題を先送りするのが日本人であり、非常に日本人的な解決速度、解決方法だったと思います。どう考えてもSTD検査を義務付けたり、産婦人科医の指導を強制したりと矛盾だらけの対応ですよね。でも私は使わないからどうでもいいか。
★「ピルかコンドームか」の前に押さえておきたいこと。
避妊の選択肢はいろいろありますが、現在の日本では将来的には妊娠すること妊娠させることを期待する若者にとってはピルかコンドームしか選択肢はないと思います。他のものはこれら二つと併用することはあっても単独で十分な効果を上げることはできません。しかし、ピルかコンドームかを議論することは実はあまり意味のないことではないでしょうか。
◆自分のタイプを認識するために、このアンケートに回答してください。
あなたはセックスをしたい、でも妊娠しては困る。さてあなたはどのタイプ?○で答えて下さい。
「実生活でですか、浮気を想定した場合ですか、等々」と質問をしないと回答できないという人がいるでしょうが、「これまでの、そしてこれからのあなた」を想定して該当するものには○×を付けて回答して下さい。
1、自分が避妊を主体的にしたい 。
2、パートナーからのSTD感染は「あり得ない」と思える 。
3、パートナーからのSTD感染は「あきらめられる」と思える。
4、自分からのSTD感染は「あり得ない」と思える 。
5、自分からのSTD感染は「あきらめてもらう」と思える。
皆さんはどうお答になりましたか。あなたとパートナーで避妊やSTD予防にあった方法は、次のようになると思います。
1、自分が避妊を主体的にしたい。
男性:○の場合 コンドームを使用
×の場合 女性にピルを服用してもらう
女性:○の場合 ピルを服用
×の場合 男性にコンドームを使用してもらう
2、パートナーからのSTD感染は「あり得ない」と思える。
男性:○の場合 女性にピルを服用してもらう
×の場合 コンドームを使用
女性:○の場合 ピルを服用
×の場合 男性にコンドームを使用してもらう
3、パートナーからのSTD感染は「あきらめられる」と思える。
男性:○の場合 女性にピルを服用してもらう
×の場合 コンドームを使用
女性:○の場合 ピルを服用
×の場合 男性にコンドームを使用してもらう
4、自分からのSTD感染は「あり得ない」と思える。
男性:○の場合 女性にピルを服用してもらう
×の場合 コンドームを使用
女性:○の場合 ピルを服用
×の場合 男性にコンドームを使用してもらう
5、自分からのSTD感染は「あきらめてもらう」と思える。
男性:○の場合 女性にピルを服用してもらう
×の場合 コンドームを使用
女性:○の場合 ピルを服用
×の場合 男性にコンドームを使用してもらう
結果はどうでしたか?
ピル派
コンドーム派
それとも両方
「ピル」がいい女性
1、自分が避妊を主体的にしたい。
2、パートナーからのSTD感染は「あり得ない」と思える。
3、パートナーからのSTD感染は「あきらめられる」と思える。
4、自分からのSTD感染は「あり得ない」と思える。
5、自分からのSTD感染は「あきらめてもらう」と思える。
「コンドーム」がいい女性
1、パートナーに(も)避妊を主体的にして欲しい。
2、パートナーからのSTD感染は「あり得る」と思える。
3、パートナーからのSTD感染は「あきらめられない」と思う。
4、自分からのSTD感染は「あり得る」と思える。
5、自分からのSTD感染は「あきらめてもらう」と思えない。
「ピル」がいい男性
1、パートナーに(も)避妊を主体的にして欲しい。
2、パートナーからのSTD感染は「あり得ない」と思える。
3、パートナーからのSTD感染は「あきらめられる」と思える。
4、自分からのSTD感染は「あり得ない」と思える。
5、自分からのSTD感染は「あきらめてもらう」と思える。
「コンドーム」がいい男性
1、自分が避妊を主体的にしたい。
2、パートナーからのSTD感染は「あり得る」と思える。
3、パートナーからのSTD感染は「あきらめられない」と思う。
4、自分からのSTD感染は「あり得る」と思える。
5、自分からのSTD感染は「あきらめてもらう」と思えない。
★ピルかコンドームではない!
このように分類してみると、実はピルかコンドームかの2者択一の選択肢ではなく、STDが身近な問題なのか、身近な問題として考えられるか、考えられないか、さらには、受け入れられるか、受け入れられないか、が選択のポイントになります。2人ともパートナーからのSTD感染はあり得ないと思っているのであれば避妊に何を使うかは2人で決めればいいことです。STDを避けたいと思うのであれば「No Sex」か「コンドーム」しかありません。私のようにHIVに関わったり、クラミジア感染症の治療を行なっていると「普通の人」がSTDに感染していることが実感できますが、多くの善良な市民はSTDを「他人事」としか受け止められないのが日本の現実で、ここを理解してもらうことに苦労します。もちろん、例えSTDに感染しても普通に医療を受けられるようにすることはわれわれ医療者としては当然のことですが・・・。
★ピルをどう教える
車を運転したいと考えている人に何を教えますか。まずは免許を取りなさい保険に入りなさい、が最低限の「自己責任」ですよね。もちろん交通事故で人を死なせてしまったら交通刑務所に入ること、事故の回避方法、パンクの修理方法、等々、いろいろと教えてあげたいことがあると思います。しかし、全てをマスターしてから車に乗るわけではありません。
「セックスをしたいが自分は妊娠したくない」と思っている女性にとって、ピルは「自己責任」でできる最良の避妊方法だということを教えてあげることは医療者、そして人生の先輩として当然の義務です。しかし、「パートナーからのSTD感染はあきらめられない」と思っている場合はコンドームも併用する必要があります。避妊しか念頭にない男性の場合、女性がピルを使っているならコンドームによる避妊をしなくてもいいと考えても不思議ではありません。私は女性がピルを使うことには大いに賛成しますが、パートナーにピルを使っていることを話すことについては慎重になる必要があると話しています。信用、信頼、の問題ではなく、女性が、自分をSTD感染から守るためには男性にコンドームを着けさせるしかないのです。
★覚悟があれば受容できる?
HIVに感染した人、STDに罹患した人、末期がんになった人。医者という職業は私を病気を持った多くの人に引き合わせてくれました。その人達から学ばせてもらったことは、どんなに困難な状況になってもその状態を受容できた人はそれなりに幸せになれるということでした。もちろん病気にならない方が良いに決まっています。しかし、なってしまった時に大事なことはその人がどう病気を受容するか、その人を周りがどう受容できるかです。アンケートに「あり得る」、「あり得ない」、「あきらめられる」、「あきらめられない」という文言を入れたのは最悪の状況をどう「受容」できるのか、他人事意識ではなく自分の問題として考えるきっかけになればと思ってのことです。
★価値観や立場を押しつけるな
産婦人科医や女性団体はピルを推進し、泌尿器科医はコンドームを勧めるというパターンになりつつあります。さらに性教育関係者は「2人の理想的なパートナーシップ」を掲げていますが、セックスでパートナーをつなぎとめようとする現実もあります。
STDを予防するには検査かコンドームしかありません。しかし、だからこそ私はピルの解禁は女性の選択肢が広がったという点で賛成していますが、敢えて積極的には勧めてはいません。ピルの解禁とSTD予防の視点は全く異なるものです。理屈だけで「STDを予防できて当然」という風潮が生まれれば「予防できなかった人は自業自得」と差別を受けることになります。エイズで亡くなった私の友人も結果的にHIVに感染してしまった人でしかなかったのです。しかし、人は、医療関係者ほど、社会的立場がある人ほど「どうしてその時にコンドームを使わなかったの」と意見をしたがります。
避妊とSTD予防の両方の観点から見ると男性がコンドームを着けることがベストです。
女性が望むなら避妊のためにピルを(内緒で)使うといいと思っています。
みなさんはどう思われますか。
私は言いたい「立ったらつけようコンドーム」
→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→http://cai.presen.to/c.html
◆読者の方から
1、Vol.3を読ませていただいていて疑問に感じたことがあります。「検査目的の献血をなくさない限り、輸血でHIVに感染するリスクを減らすことができません。検査結果を知らせなければ検査目的の献血はなくせます。私には単純明快なことであり、これを実施しない理由が理解できません」とありますが、献血血液のHIV抗体検査の結果については、献血者本人には告知しない、のだとわたしは思っていました。手元にあるパンフレット「エイズ時代を生きる若者たちへ」(財団法人エイズ予防財団・監修/東京法規出版/1998年度版)の33ページ下段には、「献血では抗体検査の結果は知らされません・・・献血された血液は輸血による感染を防ぐため抗体検査が行われていますが、その結果は献血者本人には知らされません。抗体検査が目的の献血は、無意味なだけでなく、迷惑になる可能性もあります。絶対にやめましょう」とはっきり書いてあります。しかし、今回の岩室さんの文章を読んでいたら、必ずしもそのことは「決まっていない」ような、「徹底されてはいない」ような、そのような印象を受けました。実際の所はどうなのでしょうか?献血では抗体検査の結果は知らされないことになっているのに、現実には知らされているような現状があるのか?はたまた、それは全国共通の医療現場の決まりとはなっていない、ただの申し合わせ程度のことなのか?そのあたりの実際の現状はいかがなものなのでしょうか?お教え願えればありがたいです。(中学校教師)
2、献血では抗体検査の結果は知らされないことになっているのに、現実には知らされているような現状があるのか?
3、それ(上記)は全国共通の医療現場の決まりとはなっていない、ただの申し合わせ程度のことなのか?そのあたりの実際の現状はいかがなものなのでしょうか?
紳也
1、ご質問にあるパンフレットに限らず、あまりにも多くの場面で「不正確な、事実誤認がある記述」が見当たりませんか。エイズ予防財団が監修しているから絶対正しいのでしょうか。お上が、国が、厚生省がお墨付きを与えたものが絶対正しいのなら、薬害エイズはおこらなかったはずです。拙著「エイズ、いま、何を、どう伝えるか」は1996年5月の初版以来改版を重ねお陰様でこの度第六版を1999年9月20日に出しました(もっとも印刷の間違いで第五版となっていますが)。初版の記述の中には間違っていたこと(私の勉強不足?)もありましたがp69●厚生省が「輸血が危ないと言えない訳」の中味も版を重ねる毎に書き換えています。出版社の理解を得て、少なくともその時代の最先端の「正確な情報」を提供しようと考えています。初版から第六版までの違いをチェックすると岩室の理解の変遷とエイズを取り巻く状況の変化が見えて面白いと思います。さらに言うと教科書(どことは言いませんが)の記述に間違い(HIVは空気に触れると感染力を失う)があります。何が正しいのかを出まわっている情報で判断するのではなく、自分自身が判断するしかないと思います。
2、ご自身で献血を受けてください。感染している時には教えてくれることになっていることがわかると思います。
3、日赤が行なっている献血が100%安全ではないということは医療現場には徹底されていますが、輸血を受けて人の中で輸血後3ヶ月の時点でHIVの抗体検査を受けている人は少ないと思います。(ここのコメントについては全国的なアンケートをしていませんが私の知る範囲での情報です。ちなみに厚生省は読売新聞でのコメントのように「しているはずである」という姿勢をとっています。)
誰にでも間違いがあるはずです。間違っていたら「ごめんなさい」といえる環境を作るためにも、○○に書いてあったから、誰々が言ったから、という権威主義的な発想は止めませんか。幸い私の本は改版することができました。しかし、本が売れずに改版することができなければ「岩室の本には間違いがいっぱいでけしからん」と言われて弁明の余地もないことになります。次にエイズ予防財団から出るパンフレットに期待しましょう。
◆CAI編集者より今月の一言
誰が決めたか知らないが、今日は世界AIDSデー!そしてホームページ開設1周年。クリスマスならプレゼント、正月ならお年玉に初詣。バレンタインデーなら愛?の告白。じゃあAIDSデーは?シュールに自分とパートナーで健康について考える日なのかな。
1つのキッカケとしてAIDSを通して2人で話し合えるチャンス日なのかなとも思います。2人の間でSTD(性感染症)の話題はタブーな人が多いと思います。でも、今日だけはせっかくチャンスがあるのだから話し合ってみれば。
では、来年も皆様にとって良い年になりますように。 (わ)