「賛成か反対か」では見えない正解

 HPV(ヒトパピローマウイルス)でも新型コロナウイルスでもワクチンが開発されました。一方で、ワクチンを接種したことで副反応、副作用に苦しんでいる方がおられるのも事実です。そのため、よく「岩室先生はHPVワクチンについて、新型コロナウイルスワクチンについて賛成派、推奨派、反対派のどの立場ですか」と聞かれます。そう聞きたい気持ちは理解できますが、公衆衛生医を自認している私としては「正解依存症の方の質問」と思ってしまいます。
 そもそもワクチンの目的は何でしょうか。HPVや新型コロナウイルスに感染した結果、子宮頸がんに、陰茎がんに、新型コロナウイルス感染症になってしまうことを予防することです。ではHPVに、新型コロナウイルスに感染しないために、感染しても発症しないために出来ることは何でしょうか。ここでは敢えて列挙しませんが、予防のために出来ることはいくらでもありますよね。
 議論が炎上しないよう、敢えて多くの人が関心も情報もあまりない陰茎がんの予防について紹介したいと思います。日本泌尿器科学会の陰茎がん診療ガイドラインには「HPV感染も陰茎癌発症の重要な因子である」と記述されていますので、費用対効果等はさておき、HPVワクチンは陰茎がんの予防手段の一つであると言えます。一方でガイドラインには次のような記述もあります。「割礼による浸潤性陰茎癌の予防効果は,包茎症例に限定されることより,陰茎癌の発生母地となる組織の除去に加え,包皮内の衛生状態の改善,ウイルス感染のリスク低下,それに伴う慢性炎症および亀頭炎の減少が陰茎癌の予防に寄与すると考えられている」や「デンマークでは,1943〜1990年の間で年代とともに陰茎癌が減少したが,割礼率が2%未満のため,浴室付き住宅の普及による衛生環境の改善が陰茎癌の予防に寄与したものと推測されている」と。すなわち、包皮内を常に清潔にし、付着したウイルスが慢性炎症等で発がんにつながらないようにすることは、結果として自分自身のみならず、コンドームを使わない時のセックスパートナーへのHPV感染リスクの低下につながると考えられます。
 公衆衛生、予防対策で重要なことは、考えられる様々な手段を伝え、その中で、一人ひとりが何を選択するのか、何が選択できるのか、どのような環境であれば結果的に目的を達成できているかを考えることです。と偉そうに言っていますが、私自身、1994年の国際エイズ学会でオーストラリアの研究者が「アフリカでのHIV感染予防のためには割礼が有効」と話していたので、私が「包皮内を清潔にしていれば同じような効果が得られるはず」と反論しました。その時、「アフリカの人に清潔の大切さをどう伝えれば理解されるのか。さらにアフリカのどこに体を清潔にするための水があるのか」と反論されました。実はちょうどこの頃、泌尿器科医として「子どもの包茎の手術は不要。むきむき体操で亀頭部を翻転できるようになれば包皮内の清潔は保てる」と訴えていたのでその流れで「HIV予防のための割礼手術に反対」と訴えたつもりでした。しかし「アフリカのどこに体を清潔にするための水があるのか」という指摘を受け、改めて公衆衛生の奥深さを痛感させられました。
 「賛成か反対か」、「〇か×か」は「正解か間違いか」が明確に区別できる場合はいいのかもしれません。しかし、ワクチン以外にも選択肢があるような感染症対策の問いかけとしては適切ではありません。でも様々な選択肢について考えられないと「賛成か反対か」になってしまうのですね。難しいです。

後悔を生む正解、反省を生む選択

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