紳也特急 138号

~今月のテーマ『良くしようとするのはやめたほうがよい』~

●『中学生の感想』
○『目標の前に目の前のことを』
●『居場所が必要』
○『当事者に学ぶ』
●『変えることはできないけれど、変わることはできる』

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●『中学生の感想』
 私は“思春期の心と性”という題名に少しはずかしい気持ちになりました。中学生の私にとって遠い話だと思ったし、自分には関係ないと思ったからです。だから“お礼の言葉”を言う担当になった時もちょっと嫌でした。やっぱり「性」とか、いろんなことを口に出して言わなければならないのかと思い、はずかしかったです。でも、先生のお話聞いているうちに気づきました。私は勘違いしていたのだと。
 先生は、私の知らないたくさんのことを知っていらっしゃいます。いろいろな患者さんと向き合って、死を見てきて、友人を亡くした悲しみも知っている。学校の先生や教育長さんが知らないことも知っている。私たち中学生の心の中まで知っているようでした。先生の講演を聞いていると、ドキドキしてきます。最初は知りたいと思わなかった“性”のこと、もっと知りたい、もっと聞かせて欲しい、そう思わせてくれるような、大変興味深いお話でした。(中3女子)
 私は今まで、セックスなんて、自分とは全く関係ないものだと思っていました。セックスなんて、チャラチャラしている男の人や女の人がやるものだと思っていたので、一生やらないものだと思っていました。だからセックスをしなければ赤ちゃんができないと知ったときはとてもビックリしました。私には少し前、付き合った男の子がいました。その男の子に私はある日、「やってみない?」と聞かれました。私はその時、セックスについてよく知らなかったので拒否しました。でも、その男の子は、「俺がやりたいから」と言ってきて、私はショックを受けて別れました。今日の講演で「愛の反対は無関心」という言葉を聞きました。彼はその時、私に無関心だったんだと思い、別れて良かったと思います。でも今日の岩室先生の講演を聞いて、これから先の私の人生のために、性については、もっと深く知っていかなければと思いました。(中3女子)
 私は今までに何人かの男の子と付き合いました。でもやっぱりすごく変態?って思うことが多くて、メールでも恥ずかしくなうような内容の時もありました。私はだんだん彼氏にやりたいとか思われていることがとても怖くなり、それを理由に彼から逃げるように別れを告げたこともありました。本当はすごく好きだったけど・・・。
 今日、岩室先生の話を聞いて、安心しました。でも一番学んだところは、「ダメ」「ヤダ」ってちゃんと自分で言うことです。本当に自分のことを大切に思ってくれているのなら「わかった。がまんする」って言ってくれる、と先生から聞き、そんな人に出会えたらなあって思っていました。(中3女子)

 若い人たちの感想を読ませてもらう度に、「へ~~~、あの話からこんなことを考えるんだ」と自分自身や自分が関わってきた多くの人たちの経験を語ることの大切さを実感させてもらっています。「命を大切に」とか、「思いやりの気持ちを持とう」といったスローガンをいくら言っても人は変われないと思っていたら、私の思いをずばりタイトルにしている本に出会いました。「良くしようとするのはやめたほうがよい」村田由夫著。そこで今月のテーマはそのタイトルを拝借し、「良くしようとするのはやめたほうがよい」としました。

『良くしようとするのはやめたほうがよい』

○『目標の前に目の前のことを』
 大人はよく若者たちに「人生の目標は?」とか、「あなたは将来何をしたいの?」と聞きます。先日の講演会で保健師の方に「岩室先生はどうして性やエイズのことに取り組むようになったのですか?」と聞かれました。「そこにエイズがあったから」が私の答えでした。私のこの発言を聞いてくれていた専門学校に通う学生さんが「あの発言、かっこよかったですよ」と言ってくれました。
 エベレストで亡くなったイギリス人登山家のジョージ・ハーバート・リー・マロリーが、「なぜ、あなたはエベレストを目指すのか」と問われて「そこに山があるから(Because it is there.)」と答えたという逸話があります(Wikipedia)。私自身、小さい時からこの話を知っていましたが、気が付けば、私も「そこにエイズがあるから」医者として、公衆衛生関係者の一人としてHIV/AIDSに関わるようになっていました。確かに世界一のエベレストに人類で最初に登頂するという大きな目標を持つ人がいてもいいでしょうし、私も「(当時は)多くの人が差別をするエイズの患者さんを差別せずにきちんと診たい」とか、「急増するHIV/AIDSを私の力で減らしたい」という壮大な目標を掲げればよかったのかもしれません。しかし、事実そうではなかったし、私は自分自身の目の前にあることに一所懸命取り組むことしかできない性格です。ただ、取り組んだからには、今日の自分より明日の自分が一歩でも前進していたいとも思っています。結果として、「(他人を)良くしようとするのはやめたほうがよい」を地で行っていました。そのことを当たり前のように語ったことが「かっこよかった」と言ってもらえたのでしょうか。

●『居場所が必要』
 「良くしようとするのはやめたほうがよい」を私に下さった方との接点は、横浜市子ども・若者支援協議会の中の思春期問題部会でした。今年、思春期の若者が直面している様々な課題について議論と検証を繰り返す一方で、横浜市が市内数か所で展開している若者の居場所づくりの評価事業に関わっています。「コンドームの達人がどうして若者の居場所づくりの評価に関わるのか」と率直に疑問を抱いた方もいるでしょうが、実は「性」の問題も、「居場所」の問題も根っこのところでは同じ課題、社会に蔓延する、誰もがさらされているリスクがありました。
 思春期問題部会のメンバーでCAPセンター・JAPAN (子どもへの暴力防止プログラム)の活動をされている方が紹介してくださった「ドキュメント高校中退」(青砥恭著:ちくま新書)に、「なぜ、高校を中退したのか、あゆみに聞いた時に、非常に冷静に自分の過去を考えていることに驚かされた。賢い二三歳の女性だった。なぜ、自分が家族ではなく、不良集団を選んだのか。自分の側にいてくれる人間たちを選んだのだ(もちろん客観的に見れば、守ることなどできないのだが)。」と書かれていたのを読み、「セックスは好きじゃないけど、ぎゅっと抱きしめられるのがうれしい」と話していた高校生を思い出しました。
 「家庭が学校化している」と教えてくれたのは評価委員会長の教育学者。
 「この居場所は第2、第3の家庭かな」とボソッと言った居場所の運営者。
 「『人と人のつながり』の中で人間の力や息吹を感じることのできる空間があれば、人は自分の中に生きる力を充電することができる」は多文化・青少年交流プラザ館長の言葉。
 「不登校児のフリースペース的な場所や寿地区のようなドヤ街でやっていると言う時点でハイリスクアプローチを連想されるだろうが、やっていることは子どもたちが『何もしなくて良い、存在するだけでそれを認められる居場所づくり』」とMLで教えてくれたのは居場所の運営者で「良くしようとするのはやめたほうがいい」の編集者。
 このようにいろんな方々と話し、議論をする中で、あらためて「セックスは居場所を求める若者たちの選択肢の一つ」であり、人は「居場所」を求め続ける存在であり、「人間」ということばは人と人との間の「居場所」に居てこそ人間なのに、「居場所がない」、「関係性の喪失」というリスクを抱えている人が多いことが様々な問題の根底にあるとあらためて教えられました。

○『当事者に学ぶ』
 「良くしようとするのはやめたほうがよい」の副題は「ドヤ街から、アルコール依存や登校拒否を通して、『生き方』を考える」です。タイトルも核心をついていますが、内容も感動でした。横浜市にあるドヤ街と言われる寿町に住んでおられる一人ひとりと丁寧に関わられた中から、アルコール依存症に対する正しい治療法は何かも的確に指摘されています。ハイリスクな人(アルコール依存症)への効果的なアプローチは、結果として本人が変わるためのきっかけとなる関係性の構築(AA〔Alcoholics Anonymous(無名のアルコール依存症者たち)〕とか、アルコール依存症者だった人との間で生きること)という、誰もが必要としている関係性の喪失というリスクの回避対策(ポピュレーションアプローチ)が急がば回れだと。本当にその通りです。「このことを一番受け入れていないのは医者だ」という指摘には頭が下がる思いです。

●『変えることはできないけれど、変わることはできる』
 この言葉も感動でした。(大人は子どもを、人は他人を)変えることはできないけれど、(子どもも大人も、環境・関係性次第で)変わることはできる。校舎内を生徒がバイクで、自転車で走り回り、窓ガラスの修理代が年間300万円にもなっていた学校に地域の人たちが入り、生徒への声かけや挨拶運動をする中で、見えない力で学校が変わった話も聞かせてもらいました。
 ヘルスプロモーションとは、「人々が自らの健康をコントロールし、改善できるようにするプロセスである」と言い出した人たちは「他人は人を変えることはできないけれど、環境や関係性で人は変わることはできる」ということを言っていたのですね。いまさらながら、当事者や現場を大事にし、そこに学んでいる人たちのすごさに脱帽です。

「良くしようとするのはやめたほうがよい」
 村田由夫著
 発行:寿青年連絡会議清算事業団・豆の木がっこうを育てる会
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