紳也特急 264号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,264 ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース!

性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『考えることの難しさ』~

●『生徒の感想』
○『何故、“AIDS”文化フォーラムなのか?』
●『若者たちは今』
○『聞きたいメッセージを“考えたい”』
●『考えることを阻害する要因』
○『マスクをしている方が感染』
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●『生徒の感想』
 男子の気持ちを代弁してくれてありがとうございました。(高2男子)

 医者はとても素敵な職業だなと思いました。私も先生のようなあたたかい医者を目指して頑張りたいです。(高2女子)

 正直、タイトル「自分らしく生きる」を見て、自己啓発系のセミナーかな、面倒くさいなと思っていましたが、いろいろためになるはお話、ありがとうございました。(高2女子)

 物事を疑ってみることはすごく大事だと思いました。何故その行動をするのか考えて日々過ごしたいです。(高2男子)

 今回の話を通して、今まで自分の考えが間違っていたことに気づいた。特に、自分(男)が女性を好きな理由を知らないのに男が男を好きな理由を求めるのはおかしいという話には「確かになー」と思いました。(高2男子)

 コロナやAIDSも同じ感染症で、これらの感染症に対する正しい知識ってなんだろうか、と改めて考えさせられました。(高2男子)

 なぜマスクをつけるのか。3密を回避するのか。盲目的に信じるのではなく、自分たちの目で見て、考えないといけないなと思いました。(高2男子)

 先生の話で非常に印象深かったのが「I love you」の語源の話です。すごく驚いたとともに、これから英文で“愛してる”という時に、すぐに”I love you”と書けなさそうです。「愛してる=大切にする」素晴らしいと思いました。自分がそういう立場(性行為を行うなど)になったとき、相手を大切に思う、思いやる、そんな「love」の気持ちが相手とのきずなを強めていくのかなって考えました。このお話を聞くことができた私は本当に本当に幸せです。今まで無知だった自分が怖いくらいです。このような機会をくれた先生方と岩室さんに感謝します。今まで以上に親を尊敬できました。どうもありがとうございました。(高2女子)

 「私が言ったことを信じないでください」という言葉や、何でもすぐ信じるのではなく、自分で考えることが大切だということが一番印象に残りました。(高2女子)

 以前、長崎で講演をした際に一人の高校生が「考えることを放棄しないようにしたいと思いました」という感想をくれました。「考えている人」はなぜ考えられるのか。「考えていない人」はなぜ考えられないのか。「考えてもらう」ためにどのような働きかけをすればいいのでしょうか。新型コロナウイルス感染症が話題になってからすでに1年半が経過しましたが、ますます「考えていない」「考えたくない」人が増えているように思っています。そこで今月のテーマを「考えることの難しさ」としました。

『考えることの難しさ』

○『何故、“AIDS”文化フォーラムなのか?』
 第28回目を迎えるAIDS文化フォーラム in 横浜が8月6日~8日に開催されます。今年こそは多くの人と対面でお会いできればと思っていたのですが、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、今年もオンライン開催となります。オンラインとはいえ、「ともに生きる ~つながりの参加者になる~」をテーマに貴重な数多くのプログラムが無料で体験できますので、皆様のご参加をお待ちしています。

https://abf-yokohama.org/

 でも、よく「まだAIDSですか」「何でエイズですか」「もういいんじゃないですか」と言われます。しかし、ぜひ“考えて”いただきたいのが、一つの感染症について、いろんな人が、いろんな角度から28年間も(もちろんその前からですが)“考え”続けている感染症はどれだけあるでしょうか。
 感染しているウイルスはまったく同じものなのに感染経路で「いいエイズ(薬害)」「悪いエイズ(性感染)」と区別し、結果的に差別を助長した経験もしました。なぜそのようなことが起こるのかをそれこそず~~~~~~っと“考え”続けてきました。しかし、“考えていない”人たちが、新型コロナウイルス対策と称して、「夜の街」「接待を伴う飲食」「酒類の提供」を「悪い新型コロナウイルス」と位置付けて、偏見や差別を助長しているだけではなく、どう予防すればいいのかが国民に伝わらず、結果的に大流行となっていないでしょうか。

●『若者たちは今』
 65歳以上のワクチン接種率は1回目85.7%、2回目73.1%(2021年7月29日現在)となっているため、高齢者の感染者数も重症者数も減ってきています。その結果として、数字上20代、30代の若い世代の感染割合が高くなるので「若者が問題だ!!!」とまた犯人捜しの報道が繰り返されています。しかし、高齢者の割合をワクチン接種前に戻すと、全体の割合の中で若者たちが特に増えたわけではありません。
 では、なぜ20代、30代の感染者数が多いのか。そもそもこの世代はどこから感染予防の情報を得ているのかということを“考える”必要があります。もちろん割合の問題ですが、新聞は読まず、テレビのニュースも見ません。ワイドショーを見たとしても正直なところ「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」といった具体的、かつ実生活に役立つ情報はなく、「自粛」「気を引き締めて」「3密回避」が繰り返されているだけです。ネットニュースを見ても「感染が増えている」と思うだけですし、感染した知人がいても、若者の場合多くは軽症か無症状なので「大丈夫」と思ってしまいます。40代、50代は重症化する人がいるといっても、人は経験に学び、経験していないことは他人ごとだということを“考えれば”、「医療崩壊」を訴えるだけではなく、この世代が関心を持つ情報は何かを“考えること”が求められています。

○『聞きたいメッセージを“考えたい”』
 YouTubeのコンドームの達人講座の再生回数が新旧のバージョンを合わせると667万件に達したのは、YouTubeという新しい媒体だったことに加え、ちょうど若い世代がお互いに性に関する情報交換をしなくなった時期に一致した結果、若い人たちのディマンド(要求)に合致したからだと“考えています”。しかし、私の分析が正しいか否かの証拠、エビデンスはありません。
 若者たちが興味を持つのはSNSではなくその中身です。知り合いの50代の方の家族内に新型コロナウイルスを持ち込んだのは若いお子さんでした。その若い世代に「キスでうつる」という性教育を親はもちろんのこと、マスコミもしたがりません。すなわち若者たちのディマンドにもニーズにも応えていないのが今、専門家たちが発信しているメッセージです。必要なのは「強いメッセージ」ではなく「聞きたいメッセージ」だということを“考えていただきたい”ですが、実はこれは非常に難しいことです。

●『考えることを阻害する要因』
 ところが感染症対策に限ったことではないのですが、“考える”ことを阻害するのがエビデンス、根拠、正解を求める風潮です。最初の頃は、「確かに論文になっていることは大事」と思っていましたし、今でもそれを否定するつもりはありません。しかし、新型コロナウイルスに長く向き合い続ける中で、世の中がエビデンスとされている論文に振り回されていると“考える”ようになりました。
 私もいろんな論文を書いてきましたが、論文として一番大事なことは、嘘がないことと、論理に一貫性があることです。例えば「調査の結果、感染はAから空気中に、そして空調の関係から空気の流れに沿って広がったエアロゾル感染と“考えられる”」と書き、そこに矛盾がなければ論文として採用されます。しかし、“考えられる”ということは、違う可能性も“考えられる”とも読めるのですが、読んだ人はエアロゾル感染だったんだと鵜呑みにし、“考えること”を放棄していないでしょうか。

○『マスクをしている方が感染』
 感染症で感染経路を実験的に実証することは不可能です。「キスで唾液による感染はない」と言い切る医者もいますが、感染している人とディープキスをして何人が感染するかといった実証実験などできるはずがありません。さらに感染した人が自分のプライベートな生活について言わないでしょうし、聞く側も聞きづらいと思うのが今の日本です。
 ということで、「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」を“考えつつ”、どの感染経路が多いとか少ないとかではなく、あくまでもいろんな可能性について紹介し、できる人が、できることを積み上げられる環境整備を心掛けるしかありません。
 エビデンスは得られなくても“考える”ことの大切さを教えてくれた経験がありました。ある中学校の養護教諭が肌感覚で「マスクは本当に有効ですか?」と聞いてきました。そこで「マスクをしている生徒と、マスクをしていない生徒のどちらがインフルエンザに感染するかを調べてみてください」とお願いしました。マスクをしていると多くの人は、つい手に着いた飛沫を無意識の内にマスクの表面に付着させ、最終的に飛沫の水分が蒸発するとウイルスを吸引してしまうリスクがあると“考えた”からです。結果は「マスクをしている生徒の方がインフルエンザに罹患していた」でした。もちろんこのデータは発表できません。なぜなら「リスクが高いとわかっている行為を止めさせずにデータを収集したのであれば倫理的に問題だ」と言われてしまうからです。こう話すと必ず「エビデンスは?」という反論がありますが、その反論こそ「考えることの難しさ」をスルーしていると“考えてしまいます”
 “考えて”みてください。国民に感染予防方法を具体的に伝えることなく、「自粛」「気のゆるみ」「3密回避」と叫んでいるだけの方がよっぽど倫理的に問題だと“考えて”しまうのですが、この“考え”、変でしょうか。